昼休みにこの作品をチェックしてくださっている方とかいるんでしょうかね?
もしそういう方がいるなら嬉しいです。
今回のタイトルはシンプルに。しかし色々意味を込めたつもりです。
ではどうぞ~
「――公孫賛の居城が落ちた?」
一刀からの報告に、詠が思わずといったように声を上げる。
驚きで染まったその顔は、智謀を誇る軍師にはとても見えないほど可愛らしい。
自分の補佐についたこの気の合う同僚は、予想外の事態に直面した時、意外なほどあどけない表情を見せるということに最近気づいた。
「袁紹は――趙雲、だったかしら。先鋒がそいつにあっさりやられて、劉備の口車に乗って撤退したんじゃなかったの?
あれ以来、演習をするくらいでまともに軍を動かしてなかったと思うけど……」
その通りだ。兵が更に増え、武具を揃え調練を繰り返しているというが、何処かに侵攻したという話は入ってきていない。
こちらに兵の動きを悟らせずに城を落とす。そんな頭があの袁紹にあるとは思えない。
などと考えていると、一刀がこれまた予想外の言葉を口にした。
「どうやら、穴を掘っていたようです」
「穴?どういうこと?」
再び疑問の声を上げたの詠だが、胸中では皆同じ思いだろう。さっぱりわけがわからない。
「大規模な騎馬隊の調練に紛れて、少しずつ兵を城壁に穴を掘る作業にまわしていたようです。
袁術が孫策に敗れるという一報が入ると同時に一気に城壁を崩し進入したとのこと。不意を衝かれた公孫賛は僅かな兵と逃走するのが精一杯で、組織だった反撃はほとんどできなかったようですね。今は劉備を頼り此方へ向かっていると報告がありました。
袁紹軍はそのまま此方へ向けて軍を進めています。おそらくは、公孫賛を攻略した後速やかに対曹操軍へと移行できるよう、以前から軍備を進めていたものと思われます」
やはり袁紹らしくない。用意周到に過ぎる。あのじゃじゃ馬を制御するか、誘導するか、どちらにしろ長い間思い通りに動かした知恵者が裏にいる。文醜、顔良の言うことくらいしか聞かないあの性格を考えると、あの二人も協力しているのかもしれない。何れにせよ、曹陣営にとって面白くない事態になりそうだった。
「――麗羽らしくないわね」
ぽつりと呟かれた言葉に、皆の視線が自然と主の方へ向く。
脚を組み、頬杖をつきいつも通りの見た目で座っているが、視線と思考はどこか別のところへと飛んでいるようだ。
「華琳様もそう思われますか。これほど緻密な策を、こちらに全く悟らせず実行に移すなど、袁紹にできるとは思えません。二枚看板以外に、誰か頭の回る者が近くに登用された可能性が――」
「そうじゃないわ、桂花」
自分の言葉は、主によって遮られた。皆が驚きでやや目を見張っている。
普段の軍議では、華琳は軍師、武人問わずまず臣下だけで議論させる。意見が出尽くし、議論が下火になったところで初めて口を開くのだ。
それが、今日は軍議が始まったばかりで口を開き、筆頭軍師である自分の言葉を遮った。
そうじゃない。自分は、何か重要な勘違いをしているということだろうか。
「それは、どういうことでしょうか?」
控えめに問うと、初めてこちらに視線を戻して話始めた。
「別に優秀な軍師がついたことはそれでいいわ。自分に何かを為す能力がないなら、その能力を持つ者を引き上げるのも君主の才覚の一つでしょう。
問題は、穴を掘るという行為そのものよ」
穴を掘ることそのものが問題?
一体どういうことだろうか。少しばかり時間がかかる気がするが、調練に紛れて行う点も含めて悪くない策に思える。
「麗羽は尊大だけれども、その器量は大きいわよ。自分が名門袁家に生まれたこと、そして今その当主であることを誇りに思っている。
派手で華麗であることを好み、地味であったり卑怯な手を嫌う。それは反董卓連合での方針にも現れているでしょう?
そんな麗羽が、軍を引いたと見せかけ、袁術が敗れるまで待ち、穴を掘るという地味な策で城を落とす。
どうにも、麗羽らしくないわ」
「…………」
言われてみれば確かにそうだ。袁紹らしくない。
『そのような策、私にふさわしくありませんわ!』とか言いそうだ。
『華麗に雄々しく優雅に前進』なんて策とも呼べない策を各地から集まった諸侯相手に本気でぶち上げたのだ。その袁紹が、あのような方法で城を落とすだろうか。
人の性根、性格というものは中々変わらない。その性格を変えるほど袁紹に影響を与えた人物がいる、ということか。策の性質からいって、それはあの二人ではないだろう。
ということは――。
「黄巾を操っていた男、かもしれませんね」
一刀の呟きに、一同に緊張がはしる。自分も身体が強張るのがわかった。
あの凄惨な光景を生み出した男。あの男が、裏で糸を引いているというのか。
考え過ぎかもしれない。しかし、簡単に笑い飛ばすことができない程度にはありうる話だった。
しばしの静寂。誰もが、あの惨劇を思い返し、決して繰り返してはならないと心に記していた。
その静寂を破ったのは、やはりというか主だった。
「ここでぐだぐだ悩んでいても仕方ないわ。人というものは実際に会ってみないと本当のところは推し量れないものよ。
というわけで――ちょっと会いに行きましょうか」
言うが早いが、立ち上がって歩き出す。
その姿を、誰もが呆然と見つめていた。
「あの、会いに行くとは、誰にでしょうか?」
「勿論麗羽によ。
これぐらいわからないようじゃ、王佐の才の名が泣くわよ?」
いや、普通はわからない。
万単位の大軍を率いて攻めてくる敵の総大将に、まるでそこらに散歩でも行くかのように『ちょっと会いに行く』なんて言う人は普通はいない。
だが、度々思い知らされるが華琳は普通ではない人だった。
翌日。
朝議の後、執務室に戻り自ら判断しなければならない案件を凄まじい速さで終わらせた我らがご主君は、本日本当に袁紹に会いに行くことにした。
同行するのは護衛として季衣、春蘭、秋蘭姉妹、優、霞、そして何故か軍師であるはずの自分である。
一応自分には護衛など勤まりそうもないと言ってみたのだが。
『心配するな。華琳様は私たちが必ず護る。
お前を連れて行くのは軍師の目でも袁紹軍を見てもらいたいからだ。流石に敵のど真ん中に桂花を連れていくわけにはいかんだろ?』
桂花を危険にさらすわけにはいかない。そう言われては、何も言うことができなかった。
そんな事情で、今黄河を目にしているわけなのだが――どういうわけか春蘭が姿を見せない。軍規はきっちり守る春蘭が遅れるとは、一体何があったのだろうか。
そんなことを考えていると、後ろからその春蘭の声が聞こえてきた。
「すまん!遅れた!実は恋文を貰ってな!」
思わず全員が振り返る。
見ると、馬上の春蘭の左手には確かに文らしき紙が握られていた。
主の隣に馬を並べると、それを拡げて渡してみせた。
「夏候惇将軍の武と知を仰ぎ、是非とも袁紹軍にお招きしたい、だと」
今度は全員で苦笑いする。
まあ、恋文と言えなくもない。
「天下の将と軍師を躍起になって招請しているとは聞いていましたが、まさか春姉まで誘ってくるとは。無節操極まりないですね」
優がどこか面白がっているように言う。最近では、自分や霞の前でも姉妹と真名で呼び合うようになっていた。
「それなら私の所にも来ていたぞ?」
「うちにもやな」
秋蘭と霞が続けざまに言う。
それを聞いて、優の顔が固まった。
「……なんですと?」
優とは反対に、華琳の顔は楽しそうだ。
「季衣がこそこそ隠していたのはこれね。
まさか優には来ていないのかしら?」
優の顔は、固まったまま動かない。
「華琳様ー!!準備できましたよー!!」
川縁にいる季衣の声が聞こえてくる。数艘の小型船が用意されていた。
「気にしないでいいわ優!私の所にも来ていないわよ!」
「慰めになっておりません!」
駆け出す背中に向かって優が大声を上げるも、彼女は楽しそうに笑うだけだ。
「袁紹の持ってる情報はあてにならんってことさ」
「いやいや!袁紹の目の付け所は意外に鋭いかもしれんぞ!」
姉妹も主の後に続いて駆け出す。
「春姉!それはどういう意味……ちょ、待ってください!」
慌てて自分も駆け出す優。
霞と顔を見合わせて肩をすくめる。
「ちなみに一刀には?」
「何も無し。面子丸潰れになった原因だからな。嫌われてるみたいだ。後で優にも言っておくよ」
結局、船が出るまで優の顔は真っ赤になったままだった。
騎馬のまま船に乗って大河を進む。対岸は黎陽。袁紹軍の一大拠点だ。
「本当にこのまま七騎で敵の先陣に乗り込むおつもりですか?」
春蘭が一応は、という感じで聞いてみる。
「乗り込むだけじゃないわ。その黎陽を攻撃するわよ」
予想の斜め上を飛んでいく答えに全員が唖然としてしまった。
「どうしたの?曹の大剣夏侯惇をして心胆寒からしめる無謀かしら?」
「い、いえそんなことは……」
否定はしているが、内心では無謀だと思っているだろう。自分もそうだ。
「けどね、春蘭。我が大剣。
今貴女が天下の武人に畏怖をもってそう呼ばれるのは、この私とともに大の中に小をはらませ、順の中に奇を盛り込み戦い抜いてきたからでしょう?
この曹孟徳とともにある限り、如何に無謀に思えようと貴女は何も心配しなくていいわ」
如何なる武人でも、如何なる智謀の持ち主であろうと、やはり春蘭以上の臣はいないのだろう。幼い頃主従の契りを結ぶ前は、華琳、春蘭と呼び合っていたそうだ。
その絆は、その信頼は、決して揺らぐことはない。曹孟徳の寝室に自由に出入りすることを唯一許されているとの噂が民の間にも広まっているほどに、二人の絆は固いのだ。
……まあ、寝室に出入りするという噂には、別の原因もあったりするのだが。
船が対岸に着く。
兵がぞろぞろと集まっているが、真昼間から堂々と乗り付けたのだ。誰もが上流から来たと思っている。
「延津で待機しなさい」
「「御意!!」」
漕ぎ手に指示を出し颯爽と歩き出す。
軽やかに馬に飛び乗るその姿に、袁紹軍の兵卒の誰もが見とれていた。
人ごみの中からざわざわと漏れてくる声を聞くと、どうやらお偉方の閲兵だと勘違いしてくれたらしい。
主の目配せで春蘭が前へ。威厳に満ちたその姿に、皆が一斉に姿勢を正す。
「ご苦労!!先陣の防備に精一杯励むがよい!!」
「「「「「は、ははっーー!!!」」」」」
そのまま春蘭を先頭にゆっくりと進む。主を中央に置いて、将軍で挟み込むかたちだ。
「ご主君はいつでもご主君のままですね。
天下の覇を競う大戦の前でも、どこか遊びのように楽しんでいる」
返事はない。しかし、どうみてもこの状況を面白がっている。
「義姉上は楽しいでしょうが、私は生きた心地がしませんよ。
敵も兵卒ばかりではありません。面が割れた時はどうなさるのですか?」
優の嘆きを聞いて益々笑みが深くなった。
何か録でもないことを考えている。間違いない。
「その時は全部優に任せるわ。
大軍をから私を護り抜けば貴方の名も売れるわよ?」
「それは奉先殿が傍におられる時に頼んでください!!」
優が悲鳴を上げると同時に、後方からも大声が聞こえてきた。
「そ、曹操だ!あいつは曹操だぞ!」
「ほ、本当なのか!?」
「間違いねえ!昔洛陽であいつを見た!
それにあのさらしの巨乳は張遼だ!」
もうばれたか。
……いや。よく考えたら、あっさりばれるのが当然のような気がする。
「貴女を連れてきたばかりに見つかってしまったじゃない霞。
もしかしたら『神速』よりも『さらし巨乳』のほうが有名かもしれないわね」
霞の方へ振り返ってくすくす笑う。
霞はものすごく嫌そうな顔をしていた。
「やめてーな。それ、めちゃくちゃかっこ悪いやん……」
無駄話をしつつも場速は上がっていく。
「打ち合わせ通り、このまま本陣まで突っ込むわよ。
此処の司令官は文醜だったわね?」
「はい。間諜からの報告では、いつもこの時間は昼寝をしているようです」
ここからが速さが肝だ。敵軍が体制を整える前に脱出する。
「敵襲!敵襲です!」
「文醜将軍!敵襲です!起きてください!」
ああもううるさい。
「なんだよ~もう……数は?」
しぶしぶ目を開けると、妙に慌てた顔をした兵が二人。何があった?
「数は七騎です。で、ですが……」
「だからなんなんだよ。はっきり言え、はっきり」
「そ、曹操が自ら率いております!」
はいはい、曹操ね。
…………ん?
曹操!?
がばっと跳ね起きる。何処だ。斬山刀は何処だ。
「文醜!!」
天幕の外から聞き覚えのある声。
間違いない。
ようやく見つけた得物を引っつかんで外に出ると、確かに曹操が居た。
「麗羽に一言一句違わず伝えなさい!
この戦にて袁紹は、曹操にからかい尽くされた後、必ず敗れることになる!とね」
麗羽様をからかい尽くす~?
「袁紹殿の新しいお気に入りにもよろしくお伝えください。荀攸がそう言っていた、と」
新しいお気に入り?
「沮授の兄貴のことか?」
荀攸の目が、細まった。
「ええ。よろしくお願いします」
最後の荀攸の表情が、妙に気になった。
如何でしたでしょうか?
『らしさ』とは、麗羽さんのらしさであり華琳様のらしさでもあります。
次回からいよいよ官渡の戦い編に入ります。第二部の山場ですね。
感想お待ちしております。
追記 華琳が無謀すぎる。周りも止めないのはどうかしてるという意見を頂きました。
一応華琳も保険を用意しています。だから皆も止めなかったわけで。
そのあたりの事情は次回にするつもりでしたが……うーん。加筆したほうがいいのでしょうか。。