少しは更新頻度もましになるかな?
そろそろ第二部もメイン話に入っていく予定です。
ではどうぞ~
筆頭軍師である桂花。その横に彼女の補佐についている詠。月は全員にお茶を用意した後に壁際に控えていた。続いて陳宮。桂花の隣、詠の反対側には郭嘉と程イクが並ぶ。そして桂花の正面に自分。
軍師一同が車座に座っている。武将も任務中の者を除いて部屋に集まっているが、それぞれの場所に思い思いに散らばっていた。
壁にもたれ掛かり腕を組む者。どかっと胡坐をかいて座る者。生真面目に姿勢を正している者もいれば、酒を持ち込んで一杯やっている者もいる。
「――図らずも曹操殿が黄巾討伐の一介の義勇軍だった劉備と共闘したことが彼女を平原の相に押し上げたのです。
また青州兵の受け入れ等、曹操殿が悪名を馳せれば馳せるほど、劉備の人気は高まった」
協議しているのは劉備の処遇だ。語っているのは陳宮である。
「両袁家が皇帝を自称している今はよいでしょうが。
しかし、後ほど必ず皇帝を傀儡として権力をほしいままにしているという悪評、皇帝を廃し自らが天子を名乗るつもりだという憶測は必ず出てくるのです。
その時に天下に沸き起こるのは『劉』氏待望の声。劉備はそれに乗り一気にのし上がること間違いないのですぞ。
万物全ての現象に鑑みれば、『劉玄徳』とは『曹孟徳』と対を成すもう一つの力であると考えるべきなのです」
反応は様々だ。目を閉じて静かに陳宮の話を聴く者。陳宮をじっと見つめ、彼女の語りを通じて陳宮という人物そのものを見定めようとする者。肯定気味の顔の者、否定気味の顔の者。
「今は微小な勢力ながら、放っておけば曹操殿の覇業にとって最大の災厄となるのです。
ぬけぬけとこちらに飛び込んで来たのですから、しかるべき罪を与えて誅殺すべし!
さもなくば後顧の憂いを残すのです!」
真っ先に言葉を発し、反論したのは桂花だった。
「劉備を買いかぶり過ぎじゃないかしら。
単に『劉』の姓に怯えているように見えるわよ?」
「そうね。私もそう思うわ。
今の時代、力のない『劉』なんて五万と居るわよ」
詠が桂花に続いて同意の声を上げる。
この二人、何かと気が合うようだった。そういえば、性格も似ているかもしれない。
「曹操殿と劉備をあたかも表裏と見なし量ってみるのです。
そうすれば、また別の景色が見えてくるのですぞ」
「華琳様に匹敵するとでも言うの?冗談じゃないわ」
曹操と劉備。その二人をまったくの対等として量る。桂花にとってはありえない話だろう。忠誠心など元からあまり持っていない陳宮だからこその視点と言えるかもしれない。
「いえ、一理はあると思います」
郭嘉が眼鏡を指で押し上げながら言った言葉に、桂花と詠の首がぐるんと回ってそちらを向いた。
先輩二人に見つめられて一瞬怯むが、つかえることなく話し始める。
「劉備という人は、理ではなく感情で動く民草の心をまとめて飲み込むことで台頭してきた人です。
それはすなわち、その器に入る人が多ければ多いほど力をますことを意味します。
一国一州を争うだけでは小器でしょうが、天下をかけた争いとなれば大器となる」
程イクは目を閉じ、黙したまま親友の話を聴いている。
「――『柔よく剛を制す』。その言を残した光武帝・劉秀。項羽を飲み込んだ高祖・劉邦。
名君として名を馳せた『劉』氏に共通して見える風格を劉備殿もまた持っているのではないでしょうか」
「まさか中山靖王・劉勝の後裔だっていう大法螺を真に受けてるんじゃないでしょうね?」
桂花が半眼で郭嘉を睨む。彼女はそれから目を逸らし、隣の程イクをちらりと見やった。
すると、今まで目も開けず、一言も発さなかった程イクが初めて声を出した。
「お兄さんは、どう思いますか~?」
間延びした声につられ、皆が揃ってこちらを向いた。
突然大人数の視線に晒され居心地が悪くなる。苦笑いしてしまった。
「……一応、代々伝わる『靖王伝家』という宝刀を持っているらしいですよ」
『おうおう兄ちゃんよ。風が聞きたいのはそういうことじゃねえんだぜ』
「意地悪する人はめっ、ですよ~?」
宝譿と本人の両方から責められてしまった。
「人は自分にとって都合の良い事を真実と思い込むものです。たとえ証拠がなくても、たとえそれが嘘であっても、民草が望めばそれが真実となる。劉備殿に関しても同じでしょう」
「ふむふむ。
では、陳宮さんや稟ちゃんの意見についてはどうですか?」
「あながち的外れではないと思いますよ。
ご主君は理を好み虚飾を嫌います。曹陣営全体の方針も、朝政も全て道理に基づいて行われています。
一方、劉備殿はその理から零れ落ちたものを拾い集めて自分の力にする。
理では量れない大器。それが劉備殿でしょう」
郭嘉が少し驚いた顔でこちらを見た。陳宮も満足そうに反り返っている。
二人のその顔を見て、桂花と詠の機嫌が急降下した。
「じゃあ、劉備の処遇についてに貴方の考えは?」
「このまま取り込むのが一番かと。
劉備殿は風評以上の器を備え、人心をとらえる力も並外れている。
関羽殿の武は恋に及びませんが、将として用いれば恋をしのぐ。
張飛殿の武もまた二万の兵に値する。
しかし、ご主君の度量はこれらを遥かに上回ると私は信じています。
劉備殿の人気、関羽殿の将器に張飛殿の武。
これらを丸ごとご主君に飲み込んで頂く」
皆がうーんと考え込む。
一人程イクだけがふふふーと口に手を当てて笑っていた。
後ろから大声が飛んできたのはその時だ。
「そんなものはいらんぞ北郷!」
全員が何事かと顔を向ける。
いつの間にか、真後ろに春蘭が立っていた。
「華琳様の天下にあんな奴らは無用だ!
ちびっ子の言う通り今すぐさっさと殺してしまえ」
いかにも忠誠心厚い武人の意見だ。しかし、春蘭がこれほどはっきり殺してしまえと言うとは予想していなかった。思わず桂花と顔を見合わせる。
「そうは言うけどね。裁可は仰がねばならないでしょ」
桂花の言葉にその場の軍師たち全員がうなずく。
だが、春蘭はきょとんとした顔をしていた。
「あんな奴らを殺すのに裁可なんぞが必要なのか?」
「あのねえ。
仮にも劉備は平原の相だったのよ。そんな戯れに殺せるわけないでしょう」
またも全員一致でうなずく。
それを見て、春蘭は親指で自らの首を指した。
「裁可なら常にこの首で負うているさ。
夏侯元譲は、曹孟徳の天下へ一本道だ」
きっぱりと言い切るその覚悟に皆が息を呑む。
敵わない。そう心底思わせる言葉だった。
「その気持ちは嬉しいけれど、残念ながら劉備を殺すのは許可できないわね、春蘭」
言葉と共に部屋の中に入ってきた主に、全員が居住まいを正す。
「劉備を殺すのはこの私。
そして、それは天の理を感じる戦の場においてのみよ。それまでは一切の手出しを禁じる。
さあ、わかったらこんな協議はやめて早く仕事に戻りなさい!」
主が手を叩いて急かすと、皆が慌てて立ち上がる。各々不満も語りつくしていないこともあるだろうが、曹孟徳という人はこうなったら梃子でも動かないのだ。
結局、それ以降劉備の処遇について協議がもたれることはなかった。
木の幹にもたれ掛かって酒を飲む。
色々と探し回って見つけた、庭にある手ごろな木。此処が、酒を飲むお気に入りの場所だ。
つまみはない。大将自らが発案し造ったという庭を眺め、流れる風を感じるだけで十分に酒が飲めた。
華雄が好きだった、風。
まだまだ語り合いたいことが沢山あった。まだまだ酒を酌み交わしたかった。
最近は、飲む度にそう思う。
「――やっぱり此処に居たのか、霞」
木の後ろから、声。
「なんや。珍しいな。
いつもは見かけてもそっとしといてくれるのに」
一刀が近づいて来るのはわかっていた。いくら酔っていても、そういう専門の輩でも武人でもない気配を見逃すことはない。
腰を下ろす音。どうやら、丁度反対側で同じように幹にもたれ掛かっているようだ。
「ちょっとな。
さっきの協議、最初から最後まで、何も話さなかったろ」
「せやな」
軍人である自分が出る幕ではない、という理由もある。
春蘭ほどの覚悟はない、という理由もある。
だが――。
「関羽が、憎いか?」
喉の奥だけで低く嗤う。
やはり、見透かされていたようだ。
「憎い、とは少しちゃうかな。そりゃ思うところはあるで?
せやけど勝敗は兵家の常や言うし、うちかて曹操軍をぎょーさん殺しとる。
せやから……憎いやのうて、嫌い、かな」
そうだ。
改めて言葉にしてみて、よくわかった。
自分は、関羽が嫌いなのだ。
「嫌いか」
一刀の返事は短い。もしかしたら、自分に何かを吐き出させようとしているのかもしれない。
「せや。
うちはあんまり頭ええことあらへんから上手いこと言えへんけど、世の中には完璧な人間っておらへんやろ?
うちらの大将かて女好きが過ぎるのも欠点やと思うし、さっきみたいに劉備を殺すなー言うて下に不満を持たせることかてある」
「まあ、そりゃそうだ」
「せやけど関羽は、劉備が完璧な人間や思とるような気がする。劉備の言うとることは全部正しい、みたいにな。うちは、それが嫌いや」
人間誰しも完璧じゃない。誰だって、負の部分、負の感情は少なからず持っている。
関羽にはその負の部分が、清濁の『濁』があまりにもなさすぎるように感じる。
世の中は、人間は、そんなに単純で甘いものじゃない。そう思う。
「……嫌うな、なんてことは言わない。
でも、不満を持っても行動に移すのはやめてくれよ。今は味方なんだからな」
一刀の声が若干すまなそうに聞こえる。
劉備たちを取り込むと進言したのは一刀だ。それを考えているのかもしれない。
「心配あらへん。
敵は敵で、味方は味方。
それと好き嫌いは別もんや」
「そうなのか?」
思わずといった感じで聞き返してくる。そんなに自分は信用がないのだろうか。
「例えば、せやな。
孫策とかは敵やけど好きやで?一緒に酒飲んでみたいわ」
「ああー……確かに、気が合いそうだなあ」
孫呉の人、皆酒が好きそうだったもんなあ、なんてうんうん言っている。
「せやろ?
けど、戦になったらきっちり戦う。
敵だろうが味方だろうが、好きな奴は好き、嫌いな奴は嫌いでええねん。
今日は一緒に酒飲んで笑って、明日は全力で殺しあう。それで、どっちが生き残っても恨みっこ無しや。
そんなもんでええねん、うちらは」
「なるほどなあ……。
じゃあ、嫌いな関羽を引き込もうとした俺も、嫌われちゃうかな」
今度の声は少し面白がっている。
洛陽ではもう少し生真面目だったはずだ。少しずつ桂花に毒されているんじゃないのか。
自然と、口に出していた。
「うち、一刀のこと、好きやで」
「……ああ」
「一刀は、桂花のこと、好きなんやろ?」
「……ああ」
「せやから、待ってる。
うちは、ずっと、待ってるから」
「……ああ」
勝ち目が薄いことはわかっている。それでも、伝えずにはいられなかった。
如何でしたでしょうか?
前回孫呉サイドを書いて思ったのはやっぱり自分は魏の面々が好きなんだなあ、ということ。タイピング速度が明らかに違いますからね。。
今回は霞のお話でした。今回書いてて思ったことは、霞とFate五次ランサーの性格は似てるんじゃないか、ということです。
ラストはあれでよかったのかなあ。恋する乙女心は難しい。。
感想お待ちしております。