真恋姫的一刀転生譚 魏伝   作:minmin

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残業マーチがましになってきました。
まあ、明後日も祝日なのに仕事なんですけどねー。
ではどうぞ~


孫の飛躍

 

「――やはり此処に居られましたか、蓮華様」

 

 一人きりだったはずの書庫に、静かな声が響いた。

 

「何の用?張昭爺。

 たまの休息時くらい、貴方のしかめっ面を見なくて済ませたかったのだけど」

 

 竹簡に視線を落としたまま言う。

 

「人の目を見て話すのは礼儀の基本ですぞ。

 それに、もし人違いだったらどうなさるおつもりですか」

 

 声が僅かに叱責の色を帯びる。

 

「言ったでしょ、しかめっ面を見たくないって。御小言は朝議の時だけで充分よ。

 それに人違いはありえないわね。誰も通すなって言いつけてある思春が通して、しかも私の真名を呼ぶ男なんて貴方くらいよ、張昭爺」

 

 竹簡を次の項へと送る。竹が擦れる独特の音に紛れて、大きな溜息が聞こえた。

 

「やはり貴女も先代の娘、雪蓮様の妹ですな。

 幼い頃お世話させて頂いた、あの素直な蓮華様は何処に行ってしまわれたのか」

 

 ああ嘆かわしい、などと言っている。

 きっと額に手を当てて、役者のように大げさに首を振っているのだろう。見なくてもわかる。間違いない。

 

「半分くらいは貴方が原因ね、きっと。

 嫌われ役を一手に引き受けてくれてるのは助かってるけど、それも長年続けば染まっていくってことじゃないかしら?最近の貴方、御小言を楽しんでるようにしか見えないもの」

 

「それは心外ですな。私は全て蓮華様のためを思って諫言しているというのに」

 

 今度は肩をすくめているのだろう。生まれた頃からの付き合いだ口では敵わないことはわかっている。まあ、家臣としてはその外交の手腕も、遠慮のない物言いも含めて感謝はしていた。絶対に口にしてなどやらないが。

 

「しかし相変わらず書庫に篭るのがお好きですな。たまの空き時間くらい、ゆっくり身体を休めればよいものを」

 

 こつこつと、此方に近づく音がする。やがて、五歩の距離で止まった。

 此処で止まるということは、それ程重要ではない、内密にするようなことではない、ということだ。その時は三歩まで近づいてくる。

 

「たまの休みだから、趣味に時間を使いたいのよ。

 それに……」

 

「それに?」

 

「母様がね、言ってたの。シャオがまだ小さい頃だったわ」

 

 

 『雪蓮には武の才が、そして蓮華には政の才があるわ。

  でも、どんな名剣でも手入れせずに斬り続ければ刃こぼれしてしまう。どんな名君も、停滞していてはいつかは腐ってしまう。

  蓮華、貴女は書を読みなさい。

  剣には砥石が必要なように、政には書が必要よ』

 

 その後、姉様にも何事かを言っていた。きっと、あちらは武に関する心構えでも語っていたのだろう。

 

「だから私は此処に篭るの。私の心を、決して腐らせないように」

 

 母様の志は、この身にしっかりと根付いている。それは、何があっても色あせることはない。

 

「先代がそんなことを……。

 武人、君主としては素晴らしいお方でしたが、母親としてはどうにも不器用だったように思えましたがな。意外としっかりしていらっしゃったようで」

 

 確かに不器用ではあった。言葉で何かを伝えるのが苦手で、姉妹揃って口よりも手で躾けられたようなものだ。

 

「しっかりしていた、っていうのはどうかしらね。

 最後までシャオにはだだ甘だったでしょう?」

 

 それを聞いて、爺がぽん、とい手を打った。

 

「ああ、そうでした。

 その小蓮様ですが」

 

 聞きたくない。非常に聞きたくない。間違いなく厄介事だ。

 

「何処を探しても見つかりません。

 どうやら雪蓮様の軍に紛れ込んだようですな」

 

 予想通りと言えば予想通りの言葉に、長い長い溜息が出た。

 

「……周々と善々は?」

 

「善々はいつもの場所に。

 周々は居りませんな。おそらくは小蓮様とご一緒でしょう」

 

 一応の護衛はいるのか。

 いくらあのシャオでも、全くの一人で遠征軍に同行するようなことはしない……はずだ。

 

「なら、とりあえずは大丈夫でしょう。

 ……雪蓮姉様が、無茶をしない限りは」

 

「あの雪蓮様ですぞ?

 無茶をしないなどありえませんな」

 

 一度も顔を合わせていないのに、次の瞬間溜息が見事に重なった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうした?雪蓮」

 

 突然後ろを振り返って空を睨む親友に声を掛ける。

 珍しく、こちらの問いかけに暫く返事をしなかった。

 

「今、誰かに馬鹿にされたわ」

 

 おいおい。

 

「一応聞いておくが、根拠は?」

 

「勘よ♪」

 

 困ったことに、一笑に付すことができない。雪蓮の勘は必ずと言っていいほど当たる。最早超常現象の類だ。

 

「お前を馬鹿にしているのが劉ヨウならばよいのだがな。

 こちらを侮ってくれるに越したことは無い」

 

 雪蓮がやっと前に向き直る。とはいえ、若干の不機嫌顔のままだった。

 

「まあ、ね。

 袁術が皇帝を自称した途端に擦り寄った輩だしそんなもんでしょ。ここで劉ヨウを潰せば、また結構離反する奴も増えるんじゃないの?」

 

「ああ。

 袁術に忠誠を誓っているのは張勲を初め直率の部下など極一部で、後は金だの利権などに吸い寄せられた有象無象だ。

 しかも天子を狙って差し向けた軍が曹操に無様に敗れたことで人心は急速に離れている。追撃をせずに兵の投降を受け入れ、袁術など歯牙にもかけない態度をとったことも大きいな」

 

 雪蓮が愛馬の首筋を撫でながらうーんと唸る。

 

「皇帝の護衛についてた呂布はほとんど戦わないで、最近移ったばかりの張遼と……陳宮だっけ?その二人の部隊だけで勝っちゃったみたいじゃない。しかも五倍の数相手に。

 曹操は、どんな風にその二人を育てたのかしら」

 

 確かに、曹操の手腕は驚嘆に値する。軍事においても、民政においてもだ。明命からの報告には、唸らされてばかりいる。

 

「それは当人に聞いてみなければわからんよ。

 ……そろそろ集落に入るぞ」

 

 その瞬間、雪蓮の顔が切り替わる。

 馬上で背筋を伸ばし、大声を張り上げた。

 

「速度を緩やかに!

 矛先を地に向け、民の一人一人と目を合わせて通り過ぎなさい!

 孫家が江南に戻ってきたことを知らしめるのよ!」

 

 

 

「「「「「応!!!!!」」」」

 

 

 

 全軍が一斉に応える。

 兵の心は、今再興の時を迎えた孫家に、雪蓮の下に一つになっていた。

 

「やるのお、策殿は。

 あの若さで母君と見まがうばかりの差配ぶりじゃ」

 

 いつの間にか、隣に祭殿の馬があった。

 

「ええ。

 孫家長年の悲願、その時が目前に迫っている。ですが、焦りを全く感じさせません。一戦ごとに、王の風格を増していくようです」

 

 暫く二人で主を見つめる。

 

「……もうすぐじゃの」

 

「もうすぐです」

 

 別働隊を蹴散らしながら劉ヨウの城に到着するまでに、雪蓮に付き従う兵は三万を超えるまでに膨れ上がった。

 

 孫家の、孫策の時代が来る。

 それを、皆が感じていた。

 

 

 

 

 

 

「南の方約十里に砂塵!!!」

 

「孫策だー!孫策が来たぞー!」

 

「兵の数およそ三万!」

 

「また増えたのか?なんと十日の間に……」

 

「数の上では互角だが……劉ヨウ殿はどうした!?」

 

「知らんのか!北門から逃げ出したらしいぞ!」

 

「城を捨てたのか!?

 我々は……皆殺しにされるぞ!」

 

 城内全ての兵に動揺が走っていた。

 無理も無い。城の主が民と兵を捨てて一人逃げ出したのだ。

 心の通わぬ主とはいえ、途中で任を投げ出しては不忠などと考えていた自分が馬鹿らしい。

 兵の中央に向かってゆっくりと歩く。

 主が逃げて、この大史慈の道が決まった。

 

「取り乱さなくてよい!ここを君たちの死に場所にはしない!

 私に任せよ!!」

 

 一人一人と目を合わせて動揺を沈めていく。上が揺らいでいる軍ほど脆いものはない。

 

「将軍!敵軍は目前で止まりました!」

 

 何故勢いに任せて攻めて来ない。この期に及んで何故だ?

 

「敵は陣幕を広げ宿営の準備を始めております!」

 

 孫策はまだ若いはずだ。若すぎると言ってもいい。

 だというのに、あの止めようのない勢いをあえて止める老練さ。その指揮にはある種の面白さすら感じさせる。

 自然と口角が釣り上がる。自分は、孫策に何を期待しているのだろうか。

 

「諸君に告げる!

 敵の如何なる動きにも一切動じてはならん!

 心を沈め出撃の体勢をとりただ私を見守っておればよい!」

 

 まずは我慢比べだ。痺れを切らして先に動いた方が隙を見せることになる。

 その時、ふいに孫策軍から笑い声が聞こえた。

 見ると、ほぼ全軍が腹を抱えて笑っている。

 

「どうした!?何があった!?」

 

 急いで城門の上へと登る。

 

「た、大史慈将軍!

 り、りゅ、劉ヨウ殿が!」

 

 城と孫策軍との間で、先程逃げ出した劉ヨウが虎に乗った少女に追われている。

 服はぼろぼろに破れ、泣きながら這う這うの体で逃げていた。

 

「こらー!大人しく捕まりなさーい!」

 

 桃色の髪をした小柄な少女が虎を見事に乗りこなしている。

 それを見て、孫策一人前に出た。

 ゆっくりと、。しかし、その歩みの一歩一歩に確かに感じられる力強さ。手にする美しい装飾が施された剣が、陽光を受けて鮮やかにきらめいた。

 

「城内の全ての兵士に申し告ぐ!!」

 

 孫策を感じる。

 若く躍動する次代の王だ。

 

「皆殺しにするわよ!!!

 この孫伯符に降りなさい!!!」

 

 城内が静まり返った。

 孫策一人に、万の兵が圧倒されている。

 主を嘲笑されてのこの大怒号。最早兵は死んだに等しい。

 なれば、道は一つしかない。

 

「開門!」

 

「し、しかし将軍……」

 

 門番がうろたえた声を出す。

 

「問題ない。開けてくれ」

 

 兵が無言のままうなずいて仲間に合図する。

 鈍い音を立てて、ゆっくりと城門が開かれた。

 

「我が名は大史慈!字は子義!

 東莱は黄の出自だ!」

 

 愛用の弓を腰に。反対側に佩いていた剣を手に取る。

 

「孫策殿!

 挙兵以来の貴公の快進撃!まさにあっぱれ!必ずや天下に轟こう!」

 

 このまま何もできず敗れることは、自らの誇りが許さない。

 

「だがこの城をおのがままにされたくば、この大史慈の屍を越えて頂こう!」

 

 応えは直後だった。

 

「のった!!!」

 

 言うが早いが孫策が駆け出す。周りの将が皆止めているがそんなことは関係ないようだ。

 

 剣を合わせる。その時、孫策の声が聞こえた気がした。

 

 ――面白いわね、貴方。

 

 振り向きざまにもう一撃。

 

 ――私の所に来ない?

 

 千の言葉を交わした劉ヨウよりも、たった二合剣を交わした孫策と通じ合っている。

 そう、思った。

 

 

 

 

 この後孫策は江南、江東に割拠する勢力を虱潰しに攻略。揚州のほぼ全域を支配下におさめ天下への基盤を固める。その躍進は彼女を江東の小覇王と称させた。

 尚、太史慈はこの一戦を機に孫策と固い主従の契りを結ぶに至る。

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
小蓮が周々に乗って劉ヨウを追いかけるシーンはこの作品を書き始めた当初から書きたかったことの一つですw
ちなみに蓮華の台詞はドラマ『ゲームオブスローンズ』から頂いてます。あれを見ると創作意欲が湧き立って来る気がします。。
次はどうしようかなあ。今まで書いたことのない人の視点から日常パートもやってみたいし、本編も進めたいし。。
感想お待ちしております。

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