真恋姫的一刀転生譚 魏伝   作:minmin

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残業が思ったより早く終わったので投稿です。
今回の話は、前回の話と対になってます。
ではどうぞ~


関羽と荀攸

 食堂への道をゆっくりと歩く。たいしたことの無い距離だが、その間に様々な人とすれ違った。

 熱く議論を交わし、顔を真っ赤にて歩く文官二人組み。何かに遅れるまいと急いで走る警備の兵。大量の竹簡を抱えほとんど顔の見えないおそらく男。

 誰もが忙しく動き回っている。そして誰もが活き活きとした顔をしていた。許都は、今日も活気に溢れている。

 時折、城内を巡回する兵が声を掛けてくる。汜水関での華雄との一騎打ちを覚えている兵が少なからずいるのだ。

 華雄についてはあまり知らない。董卓を侮辱されて打って出たということは、今は曹操軍にいる呂布や張遼とは違い自らの意思で董卓に仕えていたのだろうか。もしそうだとすれば、あれほどの武人がなんと勿体無い。

 今更詮無いことを考えながら扉の前へ。中から笑い声がする。

 扉を開けると、予想通りの顔が一つ。そして予想外の顔が二つ並んでいた。

 

「お待ちしておりました関羽殿。こちらへどうぞ」

 

 自分を食事に誘った荀攸が向かいの席にと手招きする。その隣の卓では、陳宮が呂布に次々と肉まんを手渡していた。

 まるで小動物のように口いっぱいに食べ物を放り込む様子は、とても天下無双の武人には見えない。心が和むが、視線が合うと逸らされてしまった。陳宮は、最初から自分など目に入っていない。

 

「お待たせして申し訳在りません」

 

 一言謝辞を述べてから腰掛ける。

 

「食事をご一緒にとお誘いしたのはこちらですから、気にすることはありませんよ。

 まずはお茶でもどうぞ」

 

 朗らかに笑って茶を注いでくれる。礼を言って一口飲むと、かなりの美味だった。茶葉が良いだけでなく、きっと淹れる腕も良いのだろう。そう思える味だ。

 暫く二人で茶を楽しんでいると、唐突に荀攸が問いかけてきた。

 

「関羽殿が来られてからもう一月程になりますか。

 この許都は、関羽殿にはどう映りますか?」

 

 どう映るか。

 思うことは様々あるが、一言でまとめると――。

 

「乱世の都、でしょうか」

 

 荀攸の眉がぴくりと上がる。

 

「乱世の都、ですか。それはどのように?」

 

「城外での大規模な土木工事に、洛陽のものを超える高さに改築された城壁。いたる所で煙が立ち昇り、建築中の建物はひしめき合うように配置され、その周りには都とは思えないほどに広い農地があります。宮殿も瀟洒ではありますが華美な意匠、装飾は一切施されておりません。

 極僅かの間にこのような都を造るとは、改めて曹孟徳恐るべし、といったところでしょうか」

 

 荀攸が再び杯に茶を注ぐ。

 

「我が主、曹孟徳は司空の位にあります。それらのほとんどは主自らの発案ですね。お気に入りの関羽殿にそのように高く評価されて、主もお喜びになるでしょう」

 

 曖昧に笑っておく。少し乾いた笑いになってしまったかもしれない。

 公人としての曹操は素晴らしいし、尊敬もできる。自分を将としても一人の武人としても高く評価してくれていることも理解している。が、色事の対象として見ることはやめてほしかった。自分にはそのような趣味はないのだ。

 

「都そのものだけではありません。

 人、牛馬は全てそれぞれに仕事が与えられ、忙しくそして無駄なく働いています。他の地から流れてきた餓民を積極的に受け入れ、建設の仕事をさせ充分な食と金、土地まで与えていると聞きました。これは貴方や荀彧殿の手腕でしょうか」

 

 茶を飲みながら穏やかに微笑むこの男は、今尚書の地位にある。姪の荀彧は侍中と尚書令代理を兼任している。主である曹操が司空であることを考えると、まさに漢朝の中枢に居ると言っていい。だというのに、それを全く感じさせない。

 

「ええ。民政の責任者は桂花ですが、私や詠――賈ク殿や董承殿も携わっています。最近では隣にいる公台殿にも。

 餓民の受け入れに関しては、一応私の発案ということになりますかね。公共事業により国民の職と賃金を確保するのは基本です。

 ……まあ、劉岱が溜め込んでいた財宝や、調度品などを行商人を通じて袁家に売り払った金をつぎ込んでいるので長くは続かないのですが」

 

 自分の功を誇るでもなく、何でもないことのように言ってのける。多くの腐った高官にとって、民とは搾り取る対象、虐げる対象でしかない。それを国から職と食を、さらには土地と金まで与えようというのだ。その政策の重大さを気にしてもいない。

 

「何れにせよ、地も人も、つい最近まで三十万もの大軍と戦をしていたとは思えないほど発展し、活気付いていると思います」

 

「外から来た貴女の目にそう映っているのならば嬉しいですね」

 

 そんな風に談笑していると、典韋が大きな皿を両手で頭の上に掲げてやってきた。

 

「お二人ともお待たせしました!

 うまく焼けたと思いますよ、兄様!」

 

 可愛らしく微笑みながら卓の中央に置かれた大皿に乗っていたのは、こんがりいい色をした豚の丸焼きだった。市で見かける豚よりも小さい。まだ子豚だろうか。

 

「ありがとう、流流。

 もう一つも持ってきてくれるか?」

 

「はーい、すぐにお持ちしますね!」

 

 元気よく返事をして厨房へと向かう典韋の背中を見送る。彼女の姿が消えてから、荀攸は卓に最初から用意してあった包丁を手に取った。

 

「では、今から切り分けます。

 食事の内容はこちらで勝手に決めてしまいましたが、関羽殿は何か食べられないものやお嫌いなものはありますか?」

 

「いえ、特にはありません」

 

 荀攸自らが目の前で切り分けるのか。なんというか、随分と贅沢な昼食になりそうだ。

 そんなことを考えていると、典韋が今度は小さな皿を持って来た。掌に三つは乗りそうな、具なしの肉まんのようなものと、横には何かをすり潰したようなものがある。

 

「これは、まずはこうして食べる料理なのですよ」

 

 荀攸が包丁を鮮やかに振るう。豚の背中を、横一線。なんの抵抗もないかのように通り抜けた包丁の腹の上には、薄く切られた皮が乗っていた。

 その皮を、自分の小皿に滑り下ろす。

 

「どうぞ、関羽殿。まずはそのまま食べてみてください」

 

「は、はい」

 

 こんがりとは焼けているが、このように薄い皮だけを食べるのか。料理としてはどうなのだろう。

 そんな疑問は、口に入れた瞬間全て何処かに吹き飛んでしまった。

 

 美味い。

 

 口の中いっぱいに広がる芳ばしい香ばしい香り。仄かな塩気。そしてなんといっても食感が素晴らしい。舌に触れた瞬間、儚く脆く崩れ去る。

 

「これは……美味しいですね」

 

「本当に!凄く美味しいです兄様!」

 

 典韋も自分に続いて同意の声を上げる。それを聞いて、荀攸はにやりと笑った。

 

「次はこれと一緒に食べてみてください。生地の上に皮を。その上にこの梅をすり潰した後に煮て味付けしたものを乗せて食べるんです」

 

 言われるがままに典韋と競うようにして口に放り込む。人によっては少し濃いかもしれなかった味が、生地によって丁度良くなる。梅で後味がさっぱりするもの良い。そのままもう一つ。予想通りに美味かった。

 

「恋も……ちょうだい?」

 

 気が付くと、呂布が荀攸の横に立っていた。涎を垂らしそうな勢いで、豚をじっと見つめている。

 

「勿論。公台殿もどうぞ」

 

 荀攸が切り分けてやると、二人ともすぐに口に放り込んだ。そして驚いた顔になる。

 子豚丸々一匹分だったが、五人で食べるとあっという間になくなってしまった。

 

 

 

 

 

 一欠けらも残さず食べきったところで、典韋が何か甘いものを用意してくるといって厨房に戻った。呂布は満足気な顔で荀攸に礼を言い、そんな彼女を見て陳宮も幸せそうだった。

 人心地ついたところで、荀攸がこちらに向き直る。目が、真剣なそれに変わっていた。

 

「関羽殿は先程、三十万の大軍と戦をしたばかりの街とはとは思えない、と仰いましたね」

 

「ええ」

 

 居住まいを正す。

 空気が、変わっていく。

 

「曹陣営では、戦とその後の政は密接に関連しています。戦を始める前から政の方向性を考えておき、戦が始まると同時に少しずつ実行に移していく。そして戦後には、賊を追い立てるが如く政に本格的に取り掛かります」

 

 水が流れるように滑らかに語られるのは、今までとは違う新しい政のかたちだ。彼から感じる新しい風は、どこか曹操に似ているような気がした。

 

「そもそもが、兵を動かすためには彼らを食わせねばなりませんし、彼らの家族も食わせねばなりません。戦をすることを考えれば、おのずと政に繋がっていくのです」

 

 そこで荀攸が陳宮をちらりと見やる。彼女は暫く視線を合わせると、一つうなずいた。

 視線がこちらへと戻る。

 

「そして政とは、これと同じなのです」

 

 そう言って皿の上に残った豚の頭を指差す。

 政と、豚の頭が同じ?

 

「それは、どういうことでしょうか」

 

 考えてみたが、自分にはさっぱりわからない。

 

「政とは、料理に似ているのですよ。

 国の主は、まず自分の食べたこともないもの凄いご馳走の味を思い描いてしまうものなのです。それからその味をつくるための様々な食材をかき集め、時には全く新しい調理法を編み出してゆく。それが国を造る法や制度です。

 豪壮な料理を次々に生み出せない王には民はついてこないのです」

 

 言葉が出ない。

 荀攸という人は、自分如きでは量れない。これ程推し量れない人は、長姉や曹操以来だ。

 

「王が描く国のかたちが魅力的なものであれば、誇りや文化も後からついてくるのです」

 

 言葉を発したのは陳宮だ。

 荀攸が大きくうなずく。

 

「その通りです。

 そして我が主曹孟徳は、誰よりも魅力的な国を思い描くことのできる王です。そしてその国という料理をつくるために的確に人材を配置する。曹孟徳という料理長がいて、その配下に食材を切ったり味付けしたりする料理人である私や公台殿がいる。そう想像すればわかりやすいでしょうか。軍人の皆さんは、食材を調達する係ですね」

 

「なる、ほど……」

 

 理解はできる。実にわかりやすくまとめてくれた。しかし、その話の大きさに心が追いついていない。

 

「貴女の主、劉玄徳という人も、同じくらい魅力的な国を思い描くことのできる人です」

 

 長姉が褒められている。鈍くなった頭に沸き起こった嬉しさは、その次の言葉で打ち砕かれた。

 

「しかし、それをつくることはできません」

 

 ――。

 

「思い描く理想は、想像するご馳走の味は、とても素晴らしいものでしょう。しかし、本人にはそれをつくりだす料理の腕がない。だから貴女に頼り、張飛殿に頼り、最近では趙雲殿に頼る。

 自分はこういう料理が食べたいと希望だけは口にするが、料理する腕はない料理長。それが劉玄徳という人です」

 

「我が主を侮辱するか!」

 

 思わず声を荒げる。

 睨みつけるが、荀攸はしっかりと視線を合わせてきた。

 

「侮辱するつもりはありませんよ。

 彼女ならば、いつかその理想を周りの人の力で実現させることができるかもしれません。

 ですが、その分だけ乱世は長引き人が死ぬ。それでも、彼女の下には多くの人が集まるのでしょう。彼女の人気に、彼女の理想に酔って。

 ――そして、理想に溺れて溺死することになる」

 

「…………」

 

「関羽殿。貴女が本当にこの乱世を憂いているのならば、この大陸の民の安寧を心から願うならば、劉備殿にこのまま大人しく曹陣営の一武将でいるように勧めてください。貴女の進言ならば、劉備殿も聞いてくれる見込みがあるかもしれません。

 それが、この乱世をできるだけ穏やかに、できるだけ早く終わらせる方法です」

 

 

 

 

 その後、どうやって部屋に戻ったのか覚えていない。

 気づくと夜で、いつの間にか寝台の上だった。

 あのような言葉など考えるまでもなく捨て置いて、長姉に事の次第を伝えるべきだ。

 そう思うのに、身体は何故か動かないまま、夜が更けていった。

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
今回の引用シーンは蒼天航路屈指の名シーンです。まだ読んだことない人はこのシーンのためだけにでも読み始めて損はないと自分は思っています。
この拙作がきっかけで蒼天航路読んでみた、なんて人がいれば嬉しいんですけどね。(いるわけないか)
感想お待ちしております。

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