今回はタイトル通り華琳と桃香がメインになります。
ではどうぞ~
「で、麗羽は何故か素直に軍を引いたわけだけど……これで終わりじゃないよなあ」
白蓮殿が腕を組んで溜息をつく。
「そうだろうねえ。
あれだけ盛大に自分は皇帝だーって言っちゃったからねえ。今になってやっぱりやめました、なんてわけにはいかないよ」
長姉も同じく腕を組んで言う。
「まあ、細かい理由はわからないけど今回は助かったんだからいいじゃない。戦ったら絶対負けてたんだろうし」
「桃香……そんなはっきり言うなよ」
悲惨な予想も、この長姉の口から語られるとまるでたいした問題ではないように思える。何もかもを呑み込んで身の内に収める器の大きさ。それが劉玄徳という人の魅力だ。
「仕方ないよ白蓮ちゃん。
兵に馬。武器に甲冑。軍師に参謀。食べ物に、それを作る農民と農地。ぜーんぶ袁紹さんの方がいっぱい持ってるんだもん。勝てないのも当然だよ。
私たちが来て将の不足は多少ましになったけどそれだけじゃあねえ」
白蓮殿か再び溜息をついた。先程よりも大きい。
「まさしく全部だな。しかもどれもそう簡単には増えないときたもんだ。
どうすりゃいいんだまったく」
どうすることもできない。それ以外に答えはないように思える。
軍議が始まってから一言も発していなかった末妹に水が向けられたのはそんなことを考えている時だった。
「ここで問題です。
こんな風にものが足りないときはどうすればよいでしょうか?
はい鈴々ちゃん答えて!」
突然指名された妹はきょとんとした顔をしていた。自分が頭が回るほうではないことを自覚している鈴々は、普段の軍議では大人しく座って皆の話を聞いているだけなのだ。
「え、えと。えーっと…………買う?」
鈴々が自信なさげに答える。
長姉は軽くうなずいた。
「そうだね。でも今私たちが欲しいものの中には売ってないものもあります。売ってるものも袁紹さんみたいにお金がいっぱいあるわけじゃないので買えません。
買いたいものがあるけど、お金がない。じゃあどうするかな?」
「え?えっと、えっと……借りる?」
今度の答えはやや逡巡が短い。長姉も大きくうなずいた。
「その通り!
じゃあ、さっき言ったものが全部揃ってる所は?
はい、愛紗ちゃん!」
「曹操殿の所以外にはありませんね」
「大正解!
今なら都と天子様までついてくるよ!これはもう曹操さんに助けてもらうしかないでしょう!」
どうだとばかりに大きな胸を張る。
本人はいい考えだと思っているのだろうが、言っていることは実に情けない。鈴々は素直に感心しているが、白蓮殿は苦笑いだ。
それを眺めていると、隣から声がした。
「面白いな、劉備殿は」
そう言って酒を一口。軍議が始まった時から、ずっとメンマを摘みに酒を飲むばかりで一言も発さなかった趙雲が、初めて口を開いた。
「面白いか?」
「ああ、実に面白い」
杯を置いて大きくうなずく。
「持論だがな。
慕われる君主、大成する君主は大きく分けて二種類いる。
一つは、常に先頭を往き皆を惹きつけ先導する者。
一つは、後ろでどっしりと構え皆に安心感を与える者。
違いはあれど、どちらも指導者として素晴らしい資質だ」
「うむ」
なるほど、と思った。説明もわかりやすい。
「孫策殿が前者の良い例だ。
曹操殿は前者と後者、両方の資質を等しく持ち合わせている。まさしく傑物だな。
だが――劉備殿はそのどちらでもない」
「それは、長姉に指導者としての資質がない、ということか?」
思わず声に怒りの色が出てしまった。
それを感じ取ったのか、趙雲は肩をすくめる。
「それがわからん」
「わからん?」
どういうことだ?
「武も智もそれほどでもない。先頭にたち、皆を強烈に惹きつける光を持っているようには見えんな。かといって、劉備殿さえ居れば問題ない、と思わせるような安心感があるのかと問われればそれも怪しい。そのくせ、掲げる理想と言うことだけはやたらと大きい」
そんなことはないと否定したい。したいが、何も言えない。唸って黙り込むことしかできなかった。
「だが、何故かわからないが人が集まる。何故だかわからないが助けてやりたくなる。それが少しずつ大きくなっていく。いつの間にか相手を自分の味方に染め上げている、とでも言おうか。これほど器が量れない御仁も珍しいぞ」
趙雲の視線を追って長姉を見つめる。どうやら、彼女が曹操への使者になるということで落ち着いたようだった。
「――それで私の所に来たわけ?
公孫賛の言う通りだわ。貴女、よっぽどの大馬鹿かよっぽどの大物かのどちらかね」
公孫賛からの書簡を丸めながら目の前に座る劉備に言う。
「いやあ、そんなに褒められると照れちゃいますね」
褒めていない。少なくとも私は褒めていないし、きっと公孫賛もそうだ。
堪え切れず溜息が出る。これが書簡にあったいつの間にか劉備の色に染められる、ということなのかもしれない。
「……まあいいわ。
正式な官位は後日与えることにするわ。貴女はともかく関羽と張飛の二人は私にとっても役に立つし」
「自慢の妹たちですから」
えっへんと無駄に大きい胸を張る。
本当に、何故こんな娘にあれだけの猛将が付き従うのかわからない。
「しかし凄い竹簡の量ですねー。これ全部兵法書ですか?」
辺りをぐるりと見回しながら劉備が問う。
その目は、新しい玩具を与えられた子どものように光っていた。
「書庫に大量の竹簡があるのは当たり前だけど、此処にあるのは私が注釈をつけて選集した分だけよ。原本はもっと多いわ」
「注釈に選集ですか……。
えっと、こっちは?兵器に宮殿、その中の意匠。何かわからない器具の設計図に、これは詩文。
うーん。やっぱり凄いですねえ曹操さんは。何でもできて何でもやっちゃうんだ」
暫く劉備の好きにさせてやる。半分も理解できていないだろうが、首を捻りながらも次々と書簡を漁っていった。
やがて真桜が書いた投石機の設計図に興味を示した。熱心に読みふけっている。
「そうね。最近はやりたいことが多すぎて困っているわ。
……それで、貴女は何がやりたいのかしら?」
劉備の動きが止まる。
返事は、書簡を眺めたままだった。
「それは勿論、できるだけ戦をしないで乱世を終わらせること。戦なんかしないで、皆がずっと仲良く暮らせる世の中を創ることです」
そう。反董卓連合の時、関羽を引き抜きに行った時もそう言っていた。
「それなら何故私の所に来たのかしら。天子を奉戴しているとはいえ、私は未だ麗羽に比べれば勢力としては小さいわ。戦をしたくないのならば、降伏してそのまま麗羽の庇護下に入ったほうがよさそうに思えるけれど」
竹簡を纏めて、こちらへと振り返る。
目に宿る色が、変わっていた。
「だってそれじゃあ、漢王朝が滅んじゃうじゃないですか」
真っ直ぐにこちらを見つめて来る。その視線に、強い意志が宿っていた。
「……それは、貴女が儒を重んずるからかしら」
「それはちょっと違います。ええと、別に儒を軽んじてるわけじゃないんですけど……」
そこで辺りをきょろきょろ見回す。
そのまま身を乗り出して声をひそめた。
「大きな声じゃ言えませんけど、天子様だって一人の人間です。ご飯も食べるし、眠りもする。曹操さんは、天子様と私たちの違いって何だと思います?」
確かに大きな声でできる話ではない。
どうやら、こちこちの儒者というわけではなさそうだ。
「皇族に生まれたか。皇帝の血を引いているか。それだけね」
自分の答えに劉備は大きくうなずいた。
「そうです。それだけなんです。
天子が天子たる所以は、血の繋がりだけ。
言葉にするとちっぽけな理由ですけど、それも四百年続けば今みたいに敬われるようになる。
そして千年続けば、神聖で侵しがたいものになるでしょう」
何かが変わった気がした。
今の今まで取るに足りない存在だった劉備が、関羽と張飛の武を頼りにするだけの存在だったはずの劉備が、何か得体の知れないものに変わっていく。
「国には人と同じで寿命があります。国を作るのは人ですから、当たり前かもしれませんけどね。
国も、人も、いつかは腐る。腐った国を、その時代の英雄が掃除して立て直す。世界は、その繰り返しでしょう。
でも、それは漢王朝の下でが良いと私は思うんです。天子様は常に天子様でいて、その時代時代の英雄、覇者は天子様の下で政を行う。
それが私の考える、戦をできるだけしなくてすむ世の中の在り方です」
目の前にいるのは、最早何の力もない小娘ではなかった。
これは、敵だ。
天意。運命。そういった言葉が、昔から嫌いだった。それは、仕方ないと諦める言葉、天などという見えもしないものに身を任せる言葉だと思ったからだ。
人は皆、天に生かされてるとでも言うのか?冗談じゃない。
私の往く道は私が決める。人の力をなめるな。人の力で、人の才能で、この国を、この大陸を変えてやるのだ。ずっとそう心に決めて生きてきた。
その自分が、今初めて天意というものを感じているのかもしれない。
日は昇ればいずれ沈むように。雨は天から地へと落ちるように。
曹操と劉備は、敵同士なのだ。決して交わることのない、水と油。
ならば戦う。正々堂々、正面から打ち破る。完膚なきまでに、その理想を打ち砕く。
「……そう。
ならば、その理想を実現するためにも、精々励みなさい」
後日、劉玄徳は左将軍に任じられた。
許都の民の多くは、その知らせを喜んだという。
如何でしたでしょうか?
華琳と桃香の考えの違いを出したかったんですが、中々難しいですね。
華琳が血にこだわることは停滞、腐敗に繋がると考えています。どこぞの銀河帝国のように緩やかに腐っていくと。儒から解き放たれた新たな気風、唯才による世の革新を考える華琳にとってはまさに正反対の考え方なわけです。
明日から連日残業なので更新がまた遅れますが、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
感想お待ちしております。