真恋姫的一刀転生譚 魏伝   作:minmin

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本当は前回にする予定だった秋春姉妹の幕間です。
今回は前編春蘭視点となっています。
ではどうぞ。


幕間 姉妹語り

 自室までの道を秋蘭と並んで歩く。

 郭嘉と程イクの歓迎会は大いに盛り上がった。

 華琳が戯れに郭嘉に手を出そうとし、それを受けて郭嘉が鼻血を大量に出して倒れ、そんな郭嘉に桂花が嫉妬し、それを北郷が男三人で酒を酌み交わしながら穏やかに見つめていた。

 季衣と流流は、程イクの――北郷が言うには『腹話術』だったか(程イクはあくまで人形の宝譿が喋っているのだと言い張っていた)に夢中になり、董承と賈クはそんなことはしなくてかまわないと言ったのに侍女服で忙しく料理を運んでいた。

 二人が運んできた料理の大半は恋の腹の中に消え、それに付き合っていた陳宮が食べすぎで倒れる。霞は最初から最後まで酒を飲み続けながら凪にちょっかいを出し続けていた。凪は幼馴染二人に助けを求めるも面白がって霞を煽る。

 悪くない。たまにはこんな日も、悪くない。

 ただ、一つ気になるのは――。

 横目でちらりと隣を歩く妹を見やる。酒で頬が僅かに赤く染まっていた。今日は普段より多く飲んでいたせいか、少し気だるそうに歩を進めている。それが秋蘭の持つ雰囲気と相まって、独特の妖艶な色気を立ち上らせていた。

 

「どうした?姉者。

 そんなに見つめられると照れてしまうではないか」

 

 秋蘭もまた目だけをこちらに向けて問いかけてきた。気づかれていたらしい。

 昔からそうだった。人の心の動きに聡いというよりは、気配りができる妹なのだ。あまり頭が良くない自分をよく助けてくれた。秋蘭はそんな自分を可愛いなどと言ってくれるが、面倒ばかりかけている自覚はあるのだ。心苦しいという思いは持っている。

 

「ああ。いや、その、な」

 

 桂花が軍師として加入するまでは、華琳の補佐は秋蘭の仕事だった。主の地位が上がるにつれて、自分たちの面倒な机仕事も増えた。自分にはうまくできない。それを助けてくれたのも、秋蘭だった。

 華琳の補佐、姉妹の机仕事。それらを全て一人でやっていた。それでも疲れた様子を見せなかった。実際には、疲れていないはずがない。常にどこか余裕を持ち、感情をあまり表に出さない妹。それが秋蘭だ。

 だが――。

 

「秋蘭は」

 

「うん?」

 

 言うべきか、言わざるべきか。

 一瞬迷って、結局口にすることにした。

 

「北郷が、好きなのか?」

 

 秋蘭が突然転びそうになる。慌てて支えてやった。

 しっかり立たせてやると、目が落ち着き無く動いている。これほど動揺する秋蘭を見るのは久しぶりだった。

 

「大丈夫か?」

 

 無言のままこくんとうなずく。左右に激しく揺れていた瞳がようやく止まった。

 そうか、とだけ言って歩き出す。秋蘭も、無言のままついてきた。

 暫く居心地の悪い静寂が続く。

 やがて秋蘭が口を開いた。

 

「……いつから気づいていたのだ?姉者」

 

 それは、まるで隠していた悪戯がばれてしまった幼子のようで。

 あまりに秋蘭らしくないその声色に、つい笑ってしまった。

 

「さて、な。

 酒を飲んでいる北郷を見つめるお前を見て、ふと思ったんだ。

 別にこうだったから、ああだったから、などという理由はない。

 本当に、ふと思ったんだ。

 ああ、秋蘭は北郷が好きなんだ、とな」

 

「…………」

 

 自分の答えに、秋蘭は何も言わなかった。いや、言えなかったのか。

 顔の赤味が先程より増していた。酒のせいだけではない。

 

「私こそ聞きたい。

 いつからだ?」

 

「姉者?」

 

 怪訝そうにこちらを向く。

 

「いつから北郷に懸想しているのだ?」

 

 少し意地悪な聞き方になってしまったかもしれない。わかってはいるがやめられなかった。このできた妹に優位に立てることなど早々ないのだ。

 ところが、返ってきた言葉は思いの外真面目なものだった。

 

「……以前、夜間の行軍訓練明けに、北郷の部屋の前を通りかかったことがある」

 

 口をつぐんだ。

 こぼれ出る言葉には軽はずみに茶化してはいけない、そんな重い何かが感じられた。

 

「灯りがついていたので、無理はするなと声をかけるだけのつもりだったのだがな。

 姉者。北郷は、その時何をしていたと思う?」

 

 ふむ、と考えてみる。

 夜間行軍の訓練明けということは、相当夜も更けている頃だろう。そんな夜中にしなければならない仕事……。

 

「間諜からの報告を受けていた、か?」

 

 秋蘭の顔から、色が徐々に落ちていった。

 

「間違いではない。

 報告は既に終わっていた。北郷はその報告の内容を元に、ある数を導き出そうとしていたのさ」

 

 数の話は私にはわからないぞ。

 そう言おうとしたところで。

 

「低く見積もっても三千万。

 北郷によると、それだけの民がこれからの戦乱によって命を散らすらしい」

 

 三千万。

 未曾有の大軍と言われた反董卓連合軍の総兵力も、その数には遠く及ばない。

 

「北郷は言っていたよ。

 そのうちのいくらかは、自分が殺すことになるかもしれない。何十万、何百万という民が、救うべき民が自分のせいで死んでいくことになるかもしれない、と」

 

 しかし、それは。

 

「……戦なのだ。仕方ないだろう。

 第一、北郷は軍師だ。あいつが直接手を下すわけではあるまい」

 

「私も同じことを言った。

 だが、北郷は――」

 

 

 『私は軍師です。

  私の判断で。進言で、策で戦が動くときもあるでしょう。

  軍人は武器を以って人を殺しますが、軍師は言葉を以って人を殺す。

  私の口から漏れる言葉の一つ一つが、人を殺すかもしれない。

  その覚悟と責任が持てない者は軍師を名乗るべきではありません。

  思い上がりかもしれませんが、私はそう考えています』

 

 

 言葉が出なかった。

 自分は曹孟徳の剣だ。そう考えて、武人として、軍人として生きてきた。

 だからこそ、智謀を鼻にかける桂花とは反りが合わなかったし、一般兵に混じって調練に参加し、現場の事情をよく汲み取る北郷に好感を持った。

 だが、やはりどこかで軍師というものを軽く見ていたのかもしれない。

 秋蘭の口から語られた北郷の言葉は、その認識を打ち砕くのに十分だった。

 

「北郷は、その命の重みを身一つで背負おうとしているように見えた」

 

 秋蘭の語りは、止まらない。

 

「どうしてそこまでするのか、と問うと、こう返された。

 桂花のためだ、とな」

 

 北郷が桂花を想っていることは気づいていた。鈍感な自分でもすぐに気づくほどわかりやすい。桂花も、口では悪態をつきながら北郷を想っているように見えた。

 

「それを聞いて、どうにもたまらなくなった。

 桂花のために。それだけのために、北郷が自身を痛めつけているように思えて。

 そんな北郷を、愛おしいと思った。

 自分が、これほど男を愛おしいと思えるのだと、驚いた」

 

「…………」

 

 何も言えないままの自分を、秋蘭が遠い目をしたまま見つめていた。

 その目に映っているのは、自分ではなく北郷なのだろう。

 生まれたときからずっと一緒だった妹の、何でも知っていると思っていた妹の、自分が全く知らない姿がそこにあった。

 

「……随分と恥ずかしい話をしてしまったな。

 笑うか?姉者」

 

「……笑うものか」

 

 こんなにも純粋な想いを、笑えるはずがない。

 

「お前は昔から世話焼きだったからな。

 北郷のような男に構いたくなる気持ちもわかる」

 

「そうだな。

 少し、姉者に似ているのかもしれん」

 

「それは、喜ぶべきなのか悲しむべきなのかどっちなんだ?」

 

 どちらからともなく笑い合う。

 主のいない、姉妹二人だけの戯れ。たまには、こういうのもいいものだ。

 

「しかし、北郷の桂花への想いはそうとうだぞ。勝ち目はあるのか?」

 

「さて、な。

 私は別に側室でもいいのだが……」

 

 珍しく歯切れが悪い。

 

「拾われ子、養子。それは皆が知っている。

 とはいえ同姓、しかも親族だろう。

 それを好機と見る自分と、それを理由にするのは卑怯だと思う自分の両方がいる」

 

 なるほど。

 なんというか、実に恋する乙女の悩みだった。

 ここは、姉として助言してやらねばなるまい。

 

「秋蘭。この前、街の書店の店主が進めていた書物の謳い文句なのだがな」

 

「姉者が書店に?一体どうしたのだ?」

 

「いいから聞け。

 それによると、『恋と戦争についてはあらゆる手段が許される』、だそうだ。

 悩んでいるよりも、もっと行動したほうが良いかもしれないぞ?」

 

 いつも冷静な妹が、目を丸くして驚きを示す。

 そんな姿が、たまらなく愛おしかった。

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
やっぱり恋する乙女心は難しい・・・・・・。
実を言うと、作者は魏陣営では華琳様より秋春姉妹の方が好きです。
感想お待ちしております。




追記 来月早々に上司がフランスに一ヶ月旅行に行くそうなので、その穴埋めで仕事が大変なことに・・・・・・汗。
   しばらく更新が遅れるかもしれません。
   オインゴボインゴブラザーズの歌をBGMにがんばって執筆していますので気長にお待ちください。(待っている人いるのかな?)

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