今回も少々実験的な試みをしておりますので、意見を聞かせて頂けたら嬉しいです。
内容はタイトルまんま、かな?
ではどうぞ~
食堂の扉を開けると、中には珍しい顔があった。
「一刀殿も昼食ですか?」
「ええ。よろしければ相席しませんか?」
「喜んで」
どうぞどうぞ、と椅子を差し出してくれた。礼を言うとはにかむように笑う。気持ちのいい笑顔とはこういう顔のことを言うのだろう。
「一刀殿が食堂におられるとは珍しいですね。普段は城下の大衆飯店でしょう?」
「そうですね。
視察の一環としてなるべく通うようにしています」
視察の一環?
「どういうことですか?」
「民が集まる飯屋、酒場は、民の本音が集まる場所でもありますから。
町の政治に対する不満、世に流れている噂。食している料理やその値段を知ることも民政の大切な資料になります。
それらを拾い集めてまとめることも私の仕事のひとつなのですよ。
桂花が民政、公台殿が軍務。そして私はその間を取り持つ何でも屋といったところでしょうか」
「なるほど……」
一軍人である自分には縁遠い仕事だ。民が食している料理の種類や値段がどのように政治に繋がるのか、想像もできない。
「茶、いかがですか」
「いただきます」
一刀が手ずから茶を入れてくれる。その手つきは熟練とはいかないまでも中々様になっていた。動きに淀みは一切無く、流れるように茶が準備されていく。
「入りましたよ。冷めないうちにどうぞ」
「ありがとうございます」
軽く杯を掲げてから口に含む。
うまい。
思わず唸ってしまった。続けて二口、三口と流し込む。
一気に飲み干す。満足の息がほう、と出た。
そんな自分の様子を、一刀は穏やかに笑いながら見つめている。
「お気に召して頂けたようでなによりです」
一刀も自分の茶を飲み、うん、とうなずいた。
「驚きました。一刀殿にこのような得手があったとは」
「洛陽にいた頃教わったんです。
茶葉が良い状態になる瞬間を見極める目と、それまでじっと待つ忍耐が大事、だそうですよ」
洛陽で教わった。師事した人物は、あの王允だろう。思い返してみると、一刀の仕草が妙に年寄りじみている時がある。それは、王允を真似ているのかもしれない。
「想っておられるのですな、その人のことを」
「そう、ですね。今でも想っている。
あの人が生きた証を何か少しでも残したくて、決して忘れないようにこの身に刻み付けている。
子どもじみた感傷かもしれませんが」
一刀の目が遠くなる。
彼の脳裏には、今どんな思い出が浮かんでいるのだろうか。
「お待たせしました兄様!
あ、文烈さんも来てたんですね!何にしましょう?」
大きく明るい声に一刀の目が元に戻った。
礼を言いながら典韋から膳を受け取る。美味そうな料理が並んでいた。
「私も一刀殿と同じものをお願いします」
「はーい!お任せですね。少々お待ちください!」
元気良く厨房へと向かう。二人してその後ろ姿を眺めていた。一刀も、先ほどとはまた違う優しい顔だ。
「彼女が私が此処に来ている原因ですよ」
典韋の方を見つめたまま一刀が言う。
「というと?」
「町の飯屋も中々美味いのですが、やはり流々の料理には及びません。気がつけば足が此方に向いてしまっている時もあります」
おどけたように肩をすくめる。
きっと王允も、このように場を和ませていたのだろう。
「それはいけませんね。職務怠慢です」
「人間、食欲と睡眠欲には抗い難いのですよ。
……というわけで、お先にいただきます」
「どうぞどうぞ。
私も、茶のおかわりをいただこうかな」
暫く飲み食いする音だけが響く。まったりとした沈黙が心地いい。
やがて、典韋が新たな膳を持ってきた。
「お待たせしましたっ!
笑ってるのが聞こえましたけど、何か面白いことでもあったんですか?」
一刀と顔を見合わせる。そして、お互い同時に噴出した。
「流々が仕事の邪魔をしてるんだって話をしてたんだよ。
ですよね?優殿」
「ええ。全くその通り」
堪えきれずに大声で笑う。一刀も同様だ。
「ええ!私そんなことしてませんよう!
酷いです兄様!」
わたわたと両手を振る。その様子がおかしくて、また笑ってしまった。
「流々ー!!お腹すいたー!!
……兄ちゃんたち、何してるの?」
大声で叫びながら飛び込んできた許チョが首を傾げる。はたから見たら怪しいことこの上ないだろうが、中々笑いは止まらなかった。
手の甲で一刀の部屋の扉を二回続けて軽く叩く。すぐに中からどうぞと声がした。
扉を開け中に入る。正面の机で北郷が竹簡を眺めていた。どうやら仕事中だったようだ。
「この風習は中々良いな。確か『のっく』というんだったか?」
もっと広まってくれると助かるのだが。そう言うと、何故か苦笑いされてしまった。
「大秦のさらに先にある国の風習です。漢の大地に浸透するには、時間がかかるでしょうね。
残念ながら、秋蘭が生きているうちには難しいかもしれません」
「そんなものか。
っとすまない。これが今回の演習で消費した兵糧の目録だ」
抱えていた竹簡を渡すと目が細まった。不機嫌な空気が漂ってくる。
「……一人分ですか?」
「勿論姉者の分もある」
はあ、とため息をつかれる。
「春蘭にも、少しは書類仕事を覚えて欲しいんですが……」
気持ちはわからなくもない、が。
「一刀。
それは、桂花に優に抱かれろ、と言うようなものだ」
「つまりは、天地がひっくり返ってもありえない、と」
「そういうことだ。諦めろ」
再びため息。しかも、先程より大きかった。
「……まあいいです。
それより、流石と言うべきか、当初の予定より消費が少ないですね。
これなら、余った分は備蓄に回せそうです」
渡した竹簡にざっと目を通しながら一刀が言う。
「お前が来てから補給が常に速やかに行われるようになって助かっている。
一刀こそ流石だろう」
褒めたつもりなのだが、一刀は手を目の前で軽く振った。
「自慢するようなことではありませんよ。
補給は戦の基本ですから。いかな大軍でも、いかに精強な軍でも、食料がなければどうにもなりません」
無言でうなずく。全く同感だ。
人間は盤上の駒ではない。食事も取るし、眠りもする。それを理解せずに策を語る自称軍師のなんと多いことか。
「まず民を十全に食べさせ、その上で兵への補給を万全にする。
それができない者は、軍を動かす資格はないと思っています。
……その点では、ご主君に取り立ててもらうためにした桂花の行動は、軍師失格と言っても過言ではないんですが」
桂花と初めて会った時のことか。思い出して、つい笑ってしまった。
「そんな顔して言っても説得力はないぞ?
……少し、妬けるな」
「秋蘭?」
ゆっくりと近づく。
机の上に身を乗り出して、鼻先が触れ合いそうになるまで顔を近づけた。
「目の前に、こんないい女がいるんだ。
他の女のことを考えるのは男としてどうなんだ?」
「……からかわないでください」
目を逸らす。
その顔を両手で挟んで、無理矢理こちらを向かせた。
「割と本気だ。
……お前なら、抱かれてもいいと思っている」
触れるだけの、軽い口づけ。
「考えてみてくれ」
「……妻は、桂花と、決めています」
手強いな、この男は。
「華琳様をこの大陸の覇者にするのだろう?
その軍師となれば、お前もそれ相応の地位になる。
早く出世して、側室にしてくれ。
……女がここまで言ってるんだ。恥をかかせてくれるなよ?」
「…………善処します」
真っ赤になって小さくなっている一刀にもう一度口づけして、部屋を出た。
どれくらい話していたのだろうか。
部屋に入る前は明るかった空は、いつの間にか赤く染まっていた。
「――次」
新たに一人が前に出る。
動く。最初に教えた型などまるで無視。獣のように殴りかかってくる。
――そんな大振りでは当たらないと言ったはずだぞ。
言葉にはしない。してもあまり意味が無い。最近になってようやく覚えたことだった。
かわす。突き出された相手の右腕を左手で掴み、踏み込んで右肘を胸に叩き込んだ。
胸を押さえてうずくまる。
「――次」
また一人。初っ端から飛び掛ってくる。同時に握り締めていた拳をこちらへ向けて開け放った。
砂。目潰しか。
腕で目だけを庇う。飛び上がったのは悪手だ。砂程度では、上から降り注いだ場合効果は半減する。
拳を突き上げる。落ちてくる力も合わさった衝撃を受けて、相手は地面に倒れこんだ。
「調練の成果は如何ですか、文謙殿」
闇夜から声が聞こえてくる。姿はまだ見えない。といっても、この場所に来るのは今鍛えている部下の兵を除けば一人しかいない。
「北郷殿」
一礼する。
薄明かりに浮かび上がった顔を見ながら、この軍を任された時のことを思い出した。
「此処に居る者たちが、貴女に任せたい軍の兵です」
困惑していた。
いきなり一軍を任せると聞かされた時も戸惑ったが、今はそれ以上だ。
目の前には、様々な人間が並んでいる。性別も年齢もばらばらだが、彼らには一つだけ共通点があった。
目に光が、ない。
何も映していない、完璧な無。
まるでこの世の全てを諦めてしまったかのような、絶望の目。
彼らを率いることなどできるのだろうか?着任早々不安が募る。
そんな自分の心境などお構いなしに、荀攸は言葉を続けた。
「彼らは元青州の民です」
青州の民。
ということは、先の戦で操られていた者たちか。
「その中でも、自分の行いを受け止め切れなかった者。天涯孤独の身となり、生きる希望を無くした者。兵を志願した中で、特に苛烈に戦う者を五十人集めました」
「それで、この目の暗さですか」
思わず言葉にしていた。慌てて口を閉ざすが、目の前の彼らの表情はぴくりとも動かない。
「ええ、そうです。
文謙殿。さし当たっては、彼らに体術を仕込んでください」
体術を?
「それは構いませんが、私とて未だ日々修行の身です。満足に鍛え上げられるかどうかは……」
「問題ありません。
何も全員を体術の達人にしろ、というわけではありませんから。勿論、体術の腕は上がれば上がるほど良いですが。無手でもある程度戦えるようにするだけで十分です。当然武器も使ってもらう予定ですしね。
主な目的は身軽な動き、俊敏な動きを身につけさせることにあります」
「わかりました」
それなら自分一人でも何とかなるかもしれない。数も五十人程度なら把握できる範囲内だ。
「彼らには特殊な軍務に就いてもらいます」
「特殊な軍務、ですか?」
荀攸がこちらに向き直る。
真っ直ぐ自分を見つめてくる瞳に、何故か突然自分の鼓動が大きくなった気がした。
「ええ。
軍務だけでではありません。諜報もやってもらいますし、民草の間に流言飛語を広めることもあるでしょう。山や野を越え敵陣に奇襲をかけることもあれば、場合によっては、暗殺も」
「それ、は」
汚れ仕事として忌み嫌われ、専門の集団に金で任せてきたことを、直属の軍にやらせようというのか。
「この手の仕事は、行う者の心根が暗くなります。闇に引きずられる、とでも言いましょうか。雰囲気や空気というものはうつるものです。やがてそれが軍全体に伝播し、兵全体が陰気になることは避けなければなりません」
確かに、汚れ仕事を為す者と共に働きたくないと考える者は多いかもしれない。
「そこで彼らなのです。
彼らの心の闇は、それらの仕事の闇を凌駕する。何年続けても、闇に呑まれることはないでしょう。元々忌避されていますから、彼らの仕事に興味を持つ者もほぼいないでしょうね」
「……それは、貴方の発案ですか?」
ようやっと搾り出せた言葉は、それだけだった。
「ええ。既にご主君の許可は得てあります。
後は貴女の意思です、文謙殿」
「私の意思?」
どういう意味だ?
「貴女が了承すれば、この軍は全て貴女が率いることになります。逆に断れば、貴女は今後一切彼らと関わることはありません。此処で見聞きしたこと全ては墓の中まで持っていってもらいます。
了承してもいいし、了承しなくてもいい。
断ってもいいし、断らなくてもいい。
全ては、貴女の意思ひとつです」
「…………」
そういうことか。どうやら、これはかなりの機密らしい。
受けても碌なことにならない。断るべきだ。そう、頭ではわかっているのに。
「お受け、します」
気づくと、了承の返事をしていた。
どうして受けてしまったのか、後から思い返してみてもわからなかった。
「それは重畳。
では、今から貴女は正式に飛爪軍の隊長です」
「飛爪軍?」
この軍の名前だろうか。
「そうです。
貴女が放ってみせた気弾。あれは、『猛虎蹴撃』というそうですね」
「え、ええ」
それと、軍の名前と、一体どういう繋がりがあるのだろうか。
「虎の蹴撃といえば鋭い爪でしょう。それが空を駆けるのを、皆が見ていました。故に飛爪軍。如何でしょうか?」
飛爪軍。自分の軍。
「頼みましたよ、楽進将軍」
肩に置かれた手の重みが、これから背負うであろう責任の重みに思えた。
如何でしたでしょうか?
今回は全開の桂花視点も含めて、一刀君の一日を全て他の人視点で書いてみました。
ラストの飛爪軍のモデルは北方謙三先生の作品に出てくる致死軍、飛竜軍です。これから色々活躍してもらう予定です。暗闘ですから、勿論あの娘と戦ったり。
感想お待ちしております。
おまけ その頃の桂花
「育たないって……やっぱり大きい方が好きなのかしら」