真恋姫的一刀転生譚 魏伝   作:minmin

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中原動乱編、第二幕の開始です。
まずはプロローグから。今回も、蒼天航路から新キャラ参加です。相棒の名前が浮かんだ人はかなりの三国志好きだと思いますw
そういうのが気に入らない方はブラウザバックお願いします。


紺碧の張旗

 大地を駆ける。

 できる限りの速さで、しかし馬に無理をさせないように繊細に。

 早駆けは、ただ速度のみを重視すればよいというものではない。馬を酷使しすぎると、脚が潰れて動けなくなってしまう。それでは意味がない。

 

 草原に吹く風のように、速く、そしてやわらかく。

 

 それが早駆けの心得だ。

 華雄がよく言っていた。風と一体になった感覚が得られた時が、人馬一体という言葉を本当に体言した瞬間だと。

 霞も同感だ。それだけに、同じ感覚を共有できる仲間が逝ってしまったことがより一層悲しくなる。

 とはいえ落ち込んでばかりはいられない。先日華琳の認可を受けて正式に結成された張遼騎馬隊。この軍を、嘗て月の下で率いていた軍と同じように精強に鍛え上げること。それが今の一番の目標だった。

 

 

 

 

 

 

 場内、謁見の間にて、霞は鮑信と共に跪いていた。目の前には新たな主君となった華琳の姿がある。両脇には春蘭、桂花を筆頭に武官、文官の幹部が並んでいた。

 

「二人とも、顔を上げなさい」

 

 威厳に満ちた声が頭上から降ってきた。

 顔を上げる。華琳が席を立ち、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。隣の鮑信がごくりと唾を飲む音が聞こえた。気持ちはわかる。先日の穏やかな雰囲気とはまるで違う。五尺がかけているあの小さな身体の何処からこれほどの覇気が発せられるのか。

 

 ――乱世の奸雄?そんなもんで終わる玉とちゃうでこれは。

 

 自らの主君とわかっていても、戦慄を覚えずにはいられない。冷や汗をかいたのは、恋と仕合った時以来だ。

 

「今日、正式に鮑信、張遼の二人を将軍に任命する。

 真名は既に交わしてあるわ。まあ、張遼はともかく男の鮑信の真名を人前で軽々しく呼ぶわけにはいかないのだけれどね」

 

 最後の台詞と同時に一転して笑みに変わる。息が詰まるような重圧も、嘘のように消え去った。

 

「それは残念ですな。私がもう二十若ければ、閨で呼んで頂けるよう励みましたものを」

 

 鮑信が顎鬚を撫でながら早速軽口を飛ばす。部屋が朗らかな笑い声に包まれた。

 ひとしきり笑った後、華琳が手を二回叩く。それを聞いて季衣と流々が部屋の外へ出て行った。

 

「私から二人に最初の褒美よ。受け取りなさい」

 

 入り口に立っていた見張りの兵が扉を開ける。季衣と流々が戻って来たようだ。

 中に入り、それぞれ手にしている物を掲げて見せる。

 

 それは、牙門旗だった。

 

 大きい。通常の倍はある。

 鮮やかに染め抜かれた生地に、鮑と張の文字。

 開け放たれた扉から入ってくる風に、見事にはためいていた。

 

「貴方たちの旗よ。

 作ったのは、裁縫、服飾の職人を希望する元青州の民。

 貴方たちの働きが。貴方たちが戦い、下し、受け入れた民の営みがこの旗を生んだの。

 それを誇りに思いなさい。そして、その誇りを掲げなさい。

 この旗は、その証よ」

 

「――――」

 

 言葉が出ない。

 胸がいっぱいになって喋れない。その意味を今初めて実感していた。堪え切れずに涙が溢れる。気づくと包拳礼をしていた。鮑信も同様だ。

 

「「ありがたく!!」」

 

 華琳の顔と、牙門旗。美しいはずのそれらは、涙で滲んで歪んで見えた。

 

 

 

 

 

「楽しそうですな、張遼将軍」

 

 新たに配属された副官の路招がどこかで聞いたようなことを言った。こちらを見てにやっと笑う。そうすると厭らしい悪人面になるのだが、どうしてか憎めない男だった。

 

「んー……ちょっとな。

 張遼将軍、かあ。うち、将軍になったんやなあ」

 

 後ろをちらりと見やる。牙門旗が、蒼空に優雅にはためいていた。

 

「そうですな。見事な牙門旗です。

 しかし、張遼殿は以前董卓軍に所属していた頃も将軍だったでしょう?」

 

「そう、それや」

 

「は?」

 

 路招の首が高速でこちらに回る。今度は中々の間抜け面だ。

 

「うち、この前まで董卓軍におったやろ?

 ついこの間まで敵やったわけや。この隊の中にも連合軍に参加して戦ったやつもおるやろうし、うちや恋に仲間をぎょーさん殺されたやつもおるかもしれへん」

 

「それは、そうでしょうな」

 

 顔が曇る。こちらの言いたいことがわかったらしい。

 

「いくら上からの命令やゆーてもそう簡単には割り切れへんのが人間や。せやけど、この隊は皆うちの命令をしっかり聞いてくれとる。文句言うやつも一人もおらん」

 

「……上意下達は軍の基本ですからな。曹操軍には、そのような者はおりますまい」

 

「表には出さんでも、不満に思っとるやつはおるはずや。

 それでもうちに従ってくれとる。新参のうちにな。

 大将は、その不満を全部引き受けて、うちを将軍にしてくれたんやな、って思てな」

 

「恨み辛みも、不満も悪評も、全てを受け止めてなお前へ突き進む。それが曹孟徳の覇業なのでしょう。だからこそ、今回も直ちに出撃を命じた」

 

「せやな。大将には、感謝してもしきれんわ」

 

 真剣な顔でうなずき合う。

 

 

 

 

 

 ――その知らせが入ったのは、牙門旗を受け取った直後のことだった。

 

「急報!急報です!!」

 

 開け放たれたままの扉を見張りの兵が閉めようとしたその時、謁見の間へと続く廊下を慌しく兵が駆けてくる。息を切らせながらもつれるように部屋に飛び込み、その勢いのままほとんど転ぶようにして膝をついた。

 一瞬の静寂の後、顔を上げたその兵の口から飛び出した急報の内容はとんでもないものだった。

 

「袁術が寿春にて皇帝を自称し仲帝国を建国すると宣言しました!」

 

 その場に居並ぶ全員に衝撃が走る。

 皇帝を自称する?

 素直に従う者などほとんどいないだろう。どう考えても正気の沙汰ではない。

 

「伝国の玉璽は我に在り、最早漢王朝の命運は尽きた。新たなる支配者に従属せよ、と!

 客将の孫策はこの知らせを受けて離反!偽帝袁術を討伐せよとの檄文を各地に送り前面戦争に入りました!」

 

 伝国の玉璽。確か、一刀が皇帝陛下にその所在を尋ねたことがあったはずだ。その答えは、宮殿が炎上した際に失われたということだった。それを何故袁術が持っているのか。

 思わず一刀の方を見る。違和感に気づいたのはその時だ。

 

 驚いていない。

 

 その顔に驚の色は一切なかった。いつものように、得られた情報を整理し、静かに己の中に深く埋没している。

 

「ご注進ー!!」

 

「いや、こちらが急報でございまするー!!」

 

 何事かと入り口を見やる。先程の兵よりいくらかは落ち着いている兵が駆け込んできた。その後ろから続いてまたもや伝令兵。

 

「慌てふためかず、ひとりずつ粛々と述べなさい!」

 

 華琳が一括する。二人の動きがぴたりと止まった。そして再起動する。

 

「も、申し上げます!

 袁術の建国及び皇帝自称の知らせを受け、袁紹が声明を発しました!

 袁家の真の当主はこの袁本初である、故に真の皇帝となるべきは自分である、と!

 同時に公孫賛の領土へと進行しました!」

 

 そこかしこで呻き声が上がる。いつも通り不機嫌顔をしていた音々音でさえ、皇帝を名乗る人物が同時に二人現れるという事態に唸っていた。

 一刀は――表情は、動いていない。まるで、全て予想していたとでもいうように。

 

「次!」

 

「はっ!

 え、袁術が洛陽へと軍を差し向けました!間諜からの報告によりますと、その狙いは皇帝陛下及び董承殿の身柄の確保であるとのこと!」

 

「なんやて!」

 

 思わず大声を出してしまった。皆が一斉にこちらを見る。すんません、と一言いって口を閉じた。

 

「既に皇帝陛下、董承殿は洛陽を脱出しており、護衛には呂布将軍が付いているとのこと!現在袁術軍が追走している模様です!」

 

「そう……わかったわ。

 ご苦労様。貴方たちはゆっくり休みなさい」

 

 華琳が兵を労う言葉をかける。彼らは恐縮しながらゆっくりと出ていった。

 次に言葉を発したのも、やはり華琳だ。

 

「貴方が予想していた火種が同時に大きくなったわね、北郷」

 

「はい。事が同時に起こるという最悪の予想が当たってしまいました。

 ですが、良い方向に予想外のこともあります。

 玉璽を手に入れた袁術はともかく、袁紹までもが皇帝を名乗りました」

 

 それを聞いた春蘭が首を傾げる。

 

「北郷。何故それが良いことなのだ?

 私には単に袁紹が同族の袁術に対抗しただけのように思えるが」

 

 隣の秋蘭がうなずく。霞も同感だ。

 その疑問に答えたのは桂花だった。

 

「先の反董卓連合よ。

 虎牢関で皇帝陛下が御自ら戦場に出てきて停戦の勅をお出しになったわ。各地の諸侯、そして兵の目の前で、戦を止めて見せた。皇帝という存在を、強烈に印象付けたのよ。その印象はまだ薄れていない。恐らく、皇帝を自称するという行為に対する嫌悪感は相当なものになるはずよ」

 

「そうじゃなくても不敬もいいところ、自称するだけでも大逆罪と大差ないのですぞ。

 漢の全土を敵にまわし、かつ相手にこれ以上ない大義名分を与えてやったようなものなのです」

 

 音々音も桂花に同意する。その解説を、華琳は静かに聞いていた。

 

「桂花、北郷、陳宮。策は?」

 

 華琳の問いに、軍師たちは口々に答えた。

 

「陳宮の言う通り、大義はこちらにあります。その大義を利用して、反袁家の象徴となるべきかと」

 

「大義の象徴、天子を奉戴するのですな。その象徴が放つ光に、世の人々は自然と集まってくるのです」

 

「陛下には恋が護衛に付いています。洛陽からの脱出を指示したのは文和殿でしょう。彼女らならば、まず間違いなくこちらへと向かっているはずです」

 

 うなずく。華琳が勢いよく立ち上がった。

 

「ならば――張遼!!!」

 

 膝を付く。力強い声が、身体に染みわたった。

 

「早速初仕事よ。一軍を率いて陛下を迎えに行きなさい。

 輜重隊は連れず騎馬隊のみで先行。一刻も早く呂布の部隊と合流しなさい」

 

「騎馬隊のみ?」

 

 新参の将軍に、騎馬のみで構成された部隊を任せる?

 

「そうよ。北郷の提案でね。

 貴方には、騎馬兵のみで構成された遊撃隊を率いてもらうことになったわ」

 

「必ず、ご主君の力になります。

 千の兵で、十万の大軍を退けるようにもなりましょう」

 

「らしいわよ。期待されてるわね?」

 

 こちらを見て穏やかに笑う。あの、暖かい笑みだった。

 

 

 

 

 

 そして今、此処にいる。

 華琳と一刀の信頼を裏切るわけにはいかない。

 

「急ぐで、路招!」

 

「はっ!」

 

 馬速を上げる。後方翻る旗が、力を与えてくれる気がした。

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
蒼天航路から路招の登場です。出てきた回であっさり首が飛んだのに、作者の印象に強烈に残ったキャラでした。なんか憎めないタイプなんですよね。
感想お待ちしております。


おまけ 前回の没台詞
「うーん……蒸し豚と回鍋肉で豚がダブってしまった……」

 夜中に酒飲みながらつまみを食って見る孤独のグルメは最高ですw

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