真恋姫的一刀転生譚 魏伝   作:minmin

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仕事始めから取引先がミス連発で残業祭り。
更新が遅れて申し訳ありません。
今回は日常フェイズになります。


ただこのぬくもりを

 門を潜り抜け市街へ出る。突き刺す日差しに目を細めた。

 中天を告げる太鼓の音が濁って聞こえる。見上げた空には鱗雲。どうやら明日は雨になるらしい。

 目的の店へ大通りを歩く。朝服姿の自分を見て、市で仕事をしている人々がひそひそ話しているのが聞こえてきた。

 彼らには珍しい光景かもしれないが、一刀は荀家にいた頃、さらに言うなら日本にいた頃から下町の雑多な雰囲気が好きだった。

 毎日を生きる人々の息遣い、その営み。泣き、笑い、喜び、悲しみ。それらを感じることで、自分は今この世界に属しているのだと実感できる。

 深呼吸をひとつ。全身に隈なく、彼らから貰った元気が行き渡る気がした。

 

「おーい!!兄ちゃーん、こっちだよー!!!」

 

 季衣が通りの先で飛び跳ねながら手を振っていた。声の大きさに周りの人が後ずさっている。

 

「今行くよ!」

 

 思わず顔がほころぶ。彼女から貰える元気も、また別格だ。

 

「ありがとう、季衣。待っててくれたんだな」

 

 早足で近づいて頭をなでると、えへへーと目を細めて嬉しそうに笑った。

 あれだけの大声を出しても、嫌な顔をしている人は一人もいなかった。季衣がどれだけ愛されているのかがよくわかる。この小さな体の何処に入るのかという量を食べ歩く彼女の姿は、既に城下の一種の名物になっていた。

 季衣の後について店に入る。一刀以外の面々は既に奥の個室に集まっているようだ。

 

「このお店はねー、秋蘭様のお勧めなんだって!

 元々安くて美味しかったんだけど、最近腕の良い料理人が入ったらしくて、ますます美味しくなったんだってさ!」

 

 季衣はご機嫌な足取りで軽やかに歩く。もし知っていればスキップでもしているだろう。

 

「それは楽しみだな。っと、着いたぞ」

 

 扉の前に季衣と並んで立つ。ノックをすると、何してるの?と首を傾げられた。曖昧に笑って誤魔化しておく。もう十年も以上この世界で暮らしているというのに、未だに現代の癖が出てしまうことがある。染みついた習慣は、中々直せないものだ。

 

「一刀ね?入っていいわよ」

 

 声に促されて部屋の中へ。

 一番奥に華琳、その両脇に春蘭、桂花。秋蘭は姉の隣で、桂花の隣の空いている場所が季衣の席だろう。優と直心は桂花の反対側で二人して固まっていた。女性ばかりのこの会食、しかも桂花がいるとなればその緊張は計り知れない。二人の目はまるで救世主を見るかのようだった。

 

「来るの遅いでー。一刀で最後や」

 

 霞は直心と一つ席を空けて、隣の楽進の首に腕を回して酒を飲んでいた。いつから飲んでいたのか、すっかり出来上がっている。楽進に続いて李典、于禁。彼女らの歓迎会と、華琳の州牧就任の祝いが今回の会食の目的だ。

 陳宮も誘ったのだが、馴れ合うつもりはないのです、と断られてしまった。張三姉妹は長姉の療養とその看病で欠席である。

 

「遅くなって申し訳ありません。人材の諮問が思ったよりも長引いてしまいまして」

 

 一礼して詫びてから席に座る。季衣も桂花の隣に収まった。

 

「構わないわ。国の要はまず何よりも『人』よ。手を抜かずにしっかりとやりなさい。まあ、貴方は言われずとも承知しているでしょうけど。

 ところで、今の音は何?」

 

 華琳にも一刀の行動は不思議に映ったようだ。この時代にはノックなどという習慣はないのだから仕方ない。

 

「実家にいた頃からの習慣でして。部屋に入ってもいいかどうかを扉の外から確認するための合図です。大声を出さなくてもよいので中々便利ですよ。

 ……特に桂花の部屋に入る前には。一度うっかり忘れて大変なことになりました」

 

「自業自得でしょ。次あんなことがあったら本気で殺すからね」

 

 桂花がジト目でこちらを睨んでいた。どんなことがあったのかは彼女の名誉のために伏せておく。

 華琳はそれを見てくすくす笑った。

 

「相変わらず仲が良いのね。

 全員揃ったことだし、そろそろ始めましょうか」

 

 居住まいを正す。霞も、この時ばかりは背筋を伸ばしていた。

 

「楽進、李典、 于禁。貴女たちが私の配下に加わったことを心から歓迎するわ。

 貴女たちと真名を交わせる日を楽しみにしておくから、私を納得させるだけの功を上げられるよう励みなさい」

 

 はい!任しとき!わかったのー!と三者三様の返事

 

 華琳が杯を掲げる。皆も続いて杯を掲げ、同時に飲み干した。

 

「曹操殿も、州牧就任おめでとうございます」

 

 直心の祝いの言葉に、華琳は控えめに笑った。

 

「あくまでも代行、よ。

 貴方に請われてとはいえ、ここで州牧を自称すれば、天下に二心有りと取られかねないわ。

 ……麗羽あたりは何か言ってきそうね。そのまま手を出すほど愚かではないと思いたいけれど」

 

 確信は持てない。袁紹は何をやってもおかしくないからこそ袁紹だともいえる。

 

「まず間違いなく正式に任命されるでしょう。

 既に洛陽の董承殿に使いは送りました。遠からず戻ってくるはずです」

 

 送った使者には自分や霞からの私信も託してある。董承や賈ク、恋の近況も知れるだろう。

 

「先の話をしても仕方ないわ。今は食事を楽しみましょう」

 

「そうですね」

 

 手近の蒸した豚を取って口に運ぶ。美味い。絶妙な柔らかさ、それに噛めば噛むほど肉汁があふれ出してくる。

 直心が、思わずといった感じで唸って顎鬚を撫でていた。それを見て、秋蘭が得意気な顔をする。

 

「美味いだろう?

 この料理は単純な分、料理人の腕の良し悪しが直に出る。私も初めて食べた時には同じように唸ったものさ」

 

 それもうなずける。華琳や桂花も素直に驚いた顔をしているし、季衣などは顔を上げずに一心不乱に食べていた。

 

「美味しいのー!」

 

「ほんまや、こら美味いで」

 

 于禁と李典もうなずき合う。

 

「確かに……これにあれを付ければ……」

 

 楽進は食べながらぶつぶつと何かを呟いていた。

 

 炒飯、肉まん、ラーメン、回鍋肉。鶏粥にザーサイ、魚の煮物。北麺南飯という言葉があったが、この世界の食はそれに囚われず実に彩り豊かだ。まあ、どう見ても日本ナイズされたラーメンがこの時代にある時点でどこか間違っているのだが、この世界が色々とおかしいのは今に始まったことではない。

 炒飯をレンゲで掬って一口。やはり美味い。米の一粒一粒がしっかりと油でコーティングされて口の中でぱらぱらとほぐれた。

 この炒飯に使われている野菜や香辛料は一体何処で生産され、どのようにしてこの街まで運ばれてくるのだろうか。一刀のうろ覚えの世界史の知識では、この時代に既にシルクロードを通じて交易が行われていたのかわからなかった。

 

「さっきから面白い顔をしてるわね。何を考えているのかしら?」

 

 気づくと華琳が微笑みながらこちらを見ていた。桂花と楽進もそれとなく気にしているようだ。

 

「これらの料理に使われている食材は、どの地から仕入れているのか、と。

 物によってはこの地で生産してもいいでしょうし、他の地の特産品ならば、それを軸に交易を盛んにできるかもしれません」

 

 それを聞いて、今度は声を上げて笑う。

 

「本当に面白いはね、貴方は。軍師の次は商人になるつもり?」

 

「そうですね。野に下るつもりはありませんが、官が主導して商いを活性化する必要はあると思います。

 とくに交易はそうですね。ご主君の目指す太平の世が実現すれば、羅馬と交易をしてみたいと思っています。漢の地では余り価値が見いだせない物も、かの地では高級品として扱われている場合もあるでしょうし、その逆もしかりですから。

 金銭でなくとも、保存のきく食糧と物々交換できれば餓えに苦しむ民を減らせるかもしれません」

 

「羅馬……大秦との交易、ね。興味深いわ。

 その日が来るのを楽しみにしておきましょう」

 

 ふと気が付くと、卓に座っている全員が一刀を見ていた。

 困惑する。いつの間にか何かをしでかしてしまったのだろうか。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

 恐る恐る聞いてみると、桂花が大きく溜息をついた。

 なんだ。一体なんなんだ。

 その疑問に答えてくれたのは、優だった。

 

「一刀殿は凄いですね。大秦との交易など、私には壮大過ぎて想像もできません。

 目の前の軍務で精一杯の毎日です」

 

 嫌味とも取られかねない台詞だが、優が言うと少しもそのようには感じない。

 横で直心もうんうんとうなずいていた。

 どうやら、またもや価値観の違いが出てしまったようだ。

 

「そ、そうですかね。

 あ、酒が少なくなってますよ、追加しましょう。すいませーん!」

 

 露骨かもしれないが、強引にでも話を変えることにする。

 自分の価値観、考え方がこの世界ではどれ程異様なのかは荀家にいた頃に嫌になるほど思い知った。自分の異端性は、なるべく表に出さない方がいい、とも。

 

 声を上げると、すぐに足音が聞こえてきた。

 部屋に入って来たのは、季衣と同じ年頃の少女だった。

 

「はーい!お待たせしましたー!

 ご注文は……季衣!?」

 

「んー?ってあー!!流々!!」

 

 互いに驚いて大声を上げる。全員が二人に注目していた。

 意図したわけではないが、意識が自分から逸れてほっとする。

 

「ほう、二人は知り合いなのか?」

 

 秋蘭が興味深げに声を掛ける。そういえば、この店を薦めたのは秋蘭だった。すると、この娘が最近入ったという腕の良い料理人なのだろうか。

 

「そーです!

 もー!どうして手紙送ったのに逢いに来ないのさ!

 何かあったのかって心配してたんだよ!?」

 

「え?なんで季衣が此処にいるの?

 もしかして、本当にお城で働いてたの!?」

 

「本当にってなにさ!信じてなかったってこと!?」

 

「だ、だって季衣がお城で働けるなんて思えないでしょ……」

 

「ちょっと!それどういう意味なの!?」

 

 口論が白熱するにつれて、声量も段々と上がっていく。

 霞がもっとやれなどと囃しているが、流石にこれ以上はまずいだろう。

 二人の間に手刀を差し出す。

 

「そこまで。そんなに大声出すとお店にも迷惑だよ。

 ええと……君、名前は?」

 

「て、典韋です……」

 

 冷静になって恥ずかしくなったのか、先程とは打って変わって声は小さい。

 だが、問題は――。

 

「典韋?」

 

「は、はい」

 

「……力に自信はあったりする?」

 

「は、はい。季衣と同じくらい、かな?」

 

 この娘が?あの悪来典韋?

 俄かには信じられないが、あの許チョだって季衣のようなあどけない娘なのだ。そう考えると、典韋が目の前の少女でも不思議ではないのかもしれない。

 

「色々言いたい事はあるだろうけど、ここで喧嘩したら皆に迷惑だよ。

 季衣も落ち着こう、な?」

 

「うー。でも……」

 

 季衣は若干不満顔だ。

 まあ、話を聞く分には少しばかり典韋に非があるように思える。

 

「どうせ喧嘩するなら、もう少し平和的に喧嘩しないか?」

 

 一刀の提案に、二人は顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 店の前の通りは喝采に包まれていた。

 季衣と典韋の二人が槍を引き合っているのだ。いつの間にやら賭けも始まっている。

 その時、季衣が引っ張られて前につんのめった。歓声が一斉に上がる。

 

「よっしゃあ!これでひとつ勝ち越しだ!」

 

「一気に頼むぜ典韋ちゃん!」

 

 その喧噪を、華琳は酒を片手に穏やかに見つめていた。

 

「曹操様は、とても暖かく笑うのですね」

 

 楽進が空いた杯に酒を注ぎながら遠慮がちに言った。

 

「この街の全ての民は我が子。私はそう思ってるわ。

 その思いが出ているのかもしれないわね」

 

 華琳が目を通りに向けたまま答える。楽進も同じく視線を移した。

 

「正直、想像していたお人柄とは違いました。

 世間では、その……」

 

「乱世の奸雄、かしら」

 

 尻すぼみになった言葉を華琳が続ける。楽進は、恐る恐るうなずいた。

 

「あながち的外れでもないかもしれないわよ。

 今回だって、軍備拡大のために元賊徒を取り込んだように傍からは見えるでしょう」

 

「そう、ですね」

 

 そして、それは一面の真実でもある。

 この大陸に覇を唱える。それが自分の大望なのだから。

 

「あの娘――典韋といったかしら。

 彼女を気に入ったのは秋蘭だそうだけど。秋蘭が気に入る者は秋蘭と同じよ。道理に基づいて行動し、性格は温厚。滅多に激することはない」

 

 今回はその滅多なことだったみたいね。

 そう言うと、楽進は思わず相好を崩した。

 

「けれど私の下に集う者には、私が奸雄と呼ばれるが故に来た者も多い。そして私はそんな彼らを使う。

 私でも知らない私がこの身の内にいて、それが彼らを呼び寄せているのかもしれないわね」

 

「奸雄が自らの宿命だと?」

 

「さて、ね。

 後の世に、私はなんと呼ばれるのか。

 乱世の奸雄か、はたまた治世の能臣か。今は気にしても仕方ないわ。

 そんなことは、後世の歴史家が勝手に考えてくれるでしょう。

 私は私の気の向くままに、今生を駆け抜けるだけよ」

 

「…………」

 

 感じ入るように黙したまま、楽進は勝負の続きを眺めた。

 それをちらりと見やった後、華琳もまた視線を戻す。最後の一番に観衆は大盛り上がりだが、脳裏に浮かぶのはある男の姿だ。

 

 貴方は後世どのように呼ばれるのかしらね、一刀。

 

 彼は、今まで出会ったどんな人物とも違う。幼い頃から自らの才を自覚し、それが異端であることも理解して生きてきた華琳だが、一刀はそれ以上だ。

 

 異端ではなく、異様。

 

 自分は周囲とは異なるが、まだ常識の端に収まっている。だが一刀は、その有様そのものが他の人々とは異なっていた。

 これから一刀がどのようにこの乱世を駆け抜けるのか。興味が尽きない。

 

「はっはっは。まだまだ若いな優殿!」

 

「ご、五百銭が……」

 

 何処かで聞いたような声が響いた。

 

 

 

 

 

 一方その頃一刀は城へと向かって歩いていた。

 

「……降ろしなさいよ」

 

「だーめーだ。転んだらどうするんだ」

 

「転ぶわけないでしょ。歩けるから降ろしなさい」

 

「そんなに赤い顔して、店の中でもふらついてただろ。説得力ないぞ」

 

「……別に酔ってるわけじゃないわよ」

 

「酔っ払いは皆そう言うんだ」

 

 桂花の体温を背中に感じながら歩く。まるで聞き分けのない駄々っ子だ。

 

「……恥ずかしいでしょ。この年でおんぶなんて。しかも年下に」

 

 いつもより動悸が激しいのも、体温が高いのも、酒のせいだけではないらしい。

 意識してくれているのなら嬉しい。素直にそう思った。

 

「あんたの背中、こんなに広かったっけ」

 

 ぽつりと呟く。

 

「もうすぐ二十だからな。もう子どもじゃないさ」

 

「そうね……あんたも、私も……もう、子どもじゃない……」

 

「……桂花?」

 

 返事がない。どうやら寝てしまったようだ。

 起こさないように静かに背負いなおす。

 

 

 乱世は未だ始まったばかりで、二人は既に子どもではいられない。

 これから先どうなるのか。神ならぬ身では知る由もないが、今はただこの愛しいぬくもりを感じていたかった。

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
初めての日常フェイズです。
二人の関係性も少しずつ変わっていくことでしょう。
感想お待ちしております。

追記 直心はほう信さんの真名になります。わかりづらくてすいません。

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