真恋姫的一刀転生譚 魏伝   作:minmin

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青州黄巾党編、ひとまずの終了。
今回引用した台詞を華琳が言ったらかっこいいなってずっと思ってました。


強の始まり

「熱した油!続けて火矢を放ちなさい!!」

 

 華琳の指示に従い、火にかけられていた油が入った大鍋がひっくり返される。続けて火矢だ。梯子を登っていた黄巾兵が揃って火達磨なった。

 驚くべきはその後だ。誰一人悲鳴ひとつあげず立ち向かってくる。

 もうこれで何波なのか。波状攻撃に終わりが見えない。一度城内に入れば顔色ひとつ変えず中の人間を皆殺しにしていくだろう。

 

「操り人形、ね。確かにその通りだわ」

 

「華琳様?」

 

 右隣の桂花がこちらを見る。反対側の陳宮は腕を組んで正面を向いたまま聞き耳を立てていた。

 

「彼らからは、日々の営みの痕跡というものが見えてこないわ。

 起きて、動いて、食べて、寝て、という人として当たり前の営みがね。

 おそらく、昼夜問わず食事も睡眠も取らせないまま操り続けているのでしょう」

 

「それは……」

 

 桂花が絶句する。ふん!と不快気に鼻を鳴らす音もした。

 

「許せないわね。

 操っている者は――或は者たちかもしれないけれど――民をそこらに転がっている石ころと同じくらいにしか思っていないのじゃないかしら」

 

 怒りが沸々と湧き上がってくる。この光景を生み出した者には、相応の報いを受けさせてやらないと気が済まない。

 

「別段珍しい考え方でもないのです。

 程度の差こそあれ、支配者階級なんて皆同じ考え方ですぞ。

 どれ程手荒に扱っても死に絶えることはなく、一時数が減っても放っておけば勝手にまた増えてくるもの。地位を笠に着てふんぞり返っている者なんて皆そんなものなのです」

 

 こちらを見ないままの陳宮の言葉に、華琳もまた前を見つめたまま答える。

 

「そうね。確かに貴女の言う通りでしょう。

 ――けれど、この曹孟徳の考え方は違う」

 

 ここで初めて陳宮は華琳の方を見た。

 何を甘いことを。その目はそう言っている。

 

「ちょっと――」

 

 桂花が陳宮を諌めようとしたその時だ。

 

「後方に砂塵!!黄巾の本隊です!!!」

 

 物見台にいる兵の大声が響く。若干声が上ずっていた。

 遠方に、何か黒い大きな塊が見える。それは、まるで大きな1つの生物のようだ。

 

「あ、あれが黄巾の本隊……」

 

「百万を超す群衆とはこれ程のものなのですか……」

 

 軍師二人も思わず唸っている。余りの数に不安が込み上げているのかもしれない。しかし、華琳の心中は響き合うものを抑えきれなかった。天道に我が道が見えてくる。

 

「あれは一つの国よ」

 

 思いがけない言葉に、桂花と陳宮が二人して華琳の顔を見つめる。

 

「この曹孟徳が治めるべき民であり、国」

 

 ――そのためにも、上手くやりなさい、北郷。

 

 

 

 

 

 

「おっしゃ。一刀の読み通りやな。

 あん中に皆を操っとる親玉がおるんやろ?」

 

 霞が首をこきっと鳴らす。

 他の兵も、士気は十分だ。

 

「ああ。外から見てよくわかったけど、確実に策を練って指示を出してるやつがいる。中央か、それとも後方か。行くなら、城が見えて気がとられてる今だ」

 

「ほな――行こか!

 手加減なし、最初っから全速力や!!」

 

 霞が手綱引く。馬も高く嘶いた。

 

「全員、うちに続けー!!」

 

 号令と同時に駆けだす。

 一刀も、他の兵と共にその後を追う。

 以前と同じだ。ペースメーカーを霞の馬に任せてただ突っ走る。霞に与えられた兵全員の息がぴったり合っていた。

 兵の数は千。最初の夜襲の後、闇夜に紛れて城を出て平野で調練を繰り返してこの時を待っていた。今では全速力でも全員が一個の生物のように動くことができる。霞も満足の仕上がり具合だ。

 黄巾本隊の後ろ姿が見えた。腰に佩いていた剣を静かに抜く。日の光を浴びて、柄の北斗七星がきらめいた。

 

 ――力をお借りします、王允殿。

 

 一瞬目を閉じて黙祷する。

 刮目と同時に声を張り上げた。

 

「如何な大軍であろうと、進軍中の背後を突けばもろく崩れるのみだ!

 このまま最高速度で突っ込み、敵の首魁を討ち取る!」

 

 相手は百万なのだ。実際はそう簡単ではない。だが、今回に限っては別だった。

 黄巾本隊にいるのは、非武装の女子どもばかりだ。いくら妖術で民を集めようとも、武器は何もないところから生み出すことはできない。

 さらに、一度偵察したところ、本隊もほぼ全ての民が操られているようだった。どうやら指示を出している人物は少人数らしい。恐るべきことだが、逆に言えば敵はその少人数で百万全てを制御しなければならないのだ。一般的な軍のように、部隊長、将軍、司令官のように階級で指揮を分散することができない。感覚を共有しているのでもなければ、感情がない集団が背後から奇襲を受けても、距離的にも時間的にも事態を把握するまでには暫くかかるはずだ。そこを突く。

 

「行くでーーー!!!」

 

 霞の檄が飛ぶ。同時に後極に噛みついた。

 群衆が真っ二つに割れていく。やはり反応が鈍い。城攻めにあれだけの戦術を駆使しているのだ。非武装の本隊にまで細かい迎撃の指示を出している余裕がないという一刀の予想は当たったらしい。

 熱したナイフでバターを切るように突き進んでいく。何もしなくても馬が道を作ってくれているが、その分民が下敷きとなっていく。奥歯をぎり、と噛みしめた。

 ひたすらに前へ進む。前へ、前へ。

 そして――見つけた。黄色い天幕が張られた馬車がゆっくりと進んでいる。

 

「霞!あれだ!!」

 

「よっしゃ!」

 

 霞が得物を構えた。白刃が日にきらめく。

 すると、中が騒がしくなり――頭部全体を黄巾で隠した人物が飛び出してきた。

 

「殺!」

 

 飛び上がって霞の頭部に向かって蹴りを放つ。霞も既に迎撃の体制をとっている。

 

 一瞬の交差。

 

 同時に振り返る。

 霞の頬に一筋の跡。

 片や、頭巾が破れて顔が覗いていた。どうやら男だ。男が慌てて頭巾で顔を隠す。

 

「助けて!」

 

 声の方に向くと、男が飛び出してきた馬車から眼鏡の少女が身を乗り出していた。

 

「前の馬車に姉さんが捕まってるの!脅されてるのよ!!」

 

 そういう事か。

 

 気づくと、周りの黄巾が皆棒立ちになっていた。どうやら彼女が妖術を止めたようだ。

 男の方に向き直る。

 

「……その顔。洛陽で見た覚えがある。確か、李儒に近づいていた道士、だったか。

 先の洛陽での政変も、今回の黄巾も、全てはお前の仕業か」

 

 霞の顔が厳しくなる。

 

「顔を覚えられていたとはな。

 ならば……首ごと忘却しろ!!」

 

 同時に男が前へ。再び蹴りを放つつもりか。

 王允の遺刀を構える。

 

「させるかい!!」

 

 迎撃する前に霞が割り込んだ。今度はしっかりと防ぎきる。

 男が離れ、睨み合いになったところで、新たな声が場に響いた。

 

「――そこまでだ」

 

 頭巾の男の背後に、いつの間にか全身白ずくめの人物が立っていた。

 いつ其処に現れたのか。一刀も霞も、この場にいる全員が気づけなかった。

 

「止めるな。目の前にいる獲物を逃がせというのか」

 

 尚も前に出ようとする男の肩を白ずくめが掴んで止めた。

 

「今回はやりすぎだ。卑弥呼がこちらに向かっている。

 ……捕捉される前に引くぞ」

 

「……糞が」

 

 男から力が抜ける。白ずくめが白い大きな布を広げ――翻ると同時に、二人は消えていた。

 誰も言葉を発さない。静寂が訪れた。

 霞が馬を寄せてくる。

 

「……一刀」

 

「霞」

 

「終わったんか?」

 

「……ああ。そうらしい」

 

 二人で周りを見やる。群衆が、徐々に正気に戻り始めている。

 

「後は、ご主君の仕事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 ――数刻後。

 兵が皆困惑していた。突如として攻撃がやみ、黄巾兵が呆然と立ち尽くしている。中にはうずくまり泣き出す者、嘔吐し始める者もいた。

 

「そ、曹操殿。これは一体……?」

 

 鮑信が訝し気に問いかけてくる。

 

「北郷が上手くやったみたいね。皆、正気に戻ったようよ。

 ……どうやら、操られていた間の記憶が残っている、ということかしら」

 

 自らの所業を自覚してしまったのだろう。それを受け止めきれずにいる。

 

「出るわ。開門しなさい」

 

 それだけ言って、門へと歩き出す。桂花が無言でついてきた。

 

「だ、大丈夫なのか!?

 正気に戻ったとはいえ、未だあれだけの大軍だぞ!?」

 

「……言って止まるような御仁ではないのですぞ。

 黙って見ているしかないのです」

 

 陳宮の言う通りだ。

 ここからは、自分の仕事なのだから。

 

 

 門を出ると、そこは惨憺たる有様だった。

 血と埃に塗れ、のたうち回る黄巾たち。無傷の者は一人としていない。何よりも深刻なのは、己の所業に打ち震える彼らの心だ。

 

「顔を上げなさい!!!」

 

 華琳の一括に、思わずその場の誰もがこちらを見つめる。

 

「起きてしまった事は覆らない。

 どれ程凄惨な記憶だろうと、それが操られてのものであろうと、貴方たちはそれを抱えて生きるしかない」

 

 一転して皆項垂れる。そこにあるのは絶望だ。

 

「――しかし、それを一人で抱える必要はない。

 貴方達の心の叫びは、この曹孟徳が全て受け入れる!!!」

 

「う、受け入れるだって?

 俺たちは黄巾だ。誰よりも人を殺した黄巾だ。

 それを受け入れるっていうのか?」

 

 一人が泣きながら声を絞り出す。それを、皆が聞いていた。

 

「貴方たちが求めたのは、目の前の食をただ奪い続けてただ生き延びるための道ではないでしょう。

 その心が本当に求めるものは、この大地を埋め尽くす黄色い民が平和に暮らすことのできる太平の世。

 私ならば、それを実現できる!!!」

 

 ざわつきが大きくなる。いつの間にか、本隊が合流していた。

 北郷と文遠、そのとなりに三人の少女がいる。真ん中の長髪の女は、両脇から抱えられていた。

 

「貴方たちと、それを支えるあの膨大な本隊。その営み。

 それは、既にひとつの国をなしている!!!」

 

 城内の兵も、黄巾も、全ての人間が聞き入っていた。

 この場を支配しているのは、間違いなく曹孟徳だ。

 

「しかし、拠るべき領土がなくては身が休まることはない。

 民はただ餓えた重荷の民となり、兵も略奪のみに生きることになるでしょう。

 貴方たちの行く末は、民を守る政なくしてその存続はありえない!!!」

 

「――どんなことがあっても」

 

 ぽつりと声を出したのは、両側から抱えられた長髪の女だ。

 

「どんなことがあっても、皆が殺されたり、虐められたりすることはない?」

 

 華琳が間髪入れずに答える。

 

「契約する!!」

 

 隣の眼鏡の少女が続ける。

 

「皆、心に傷を負ってる。

 扱い方を間違えれば、貴女といえども命とりになるのも承知してるの?」

 

「承認する!!!」

 

 声が一段と大きくなる。

 

 反対側の少女が、泣きながら訴える。

 

「本当に、皆が安心して暮らせる世になる?」

 

「確約する!!!!」

 

 全員が、膝をついた。

 その光景を、城壁の上から陳宮がじっと見つめている。

 

「……人を基本として国を考えておるのですか?

 領土ではなく民をもって国を宣言し国を創ろうというのですか。

 それが、新しい政だと……」

 

 その知らせは、瞬く間に四海を駆け巡った。

 曹孟徳、青州黄巾党を収め兵士三十万、男女百余万の民を得る。

 後に、史書にはこう記される。

 

 魏武の強、これより始まる。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか?
鮑信さん、生き残りました。
三姉妹もなんとか無事です。
次回の拠点フェイズにて色々語るつもりです。
感想お待ちしております。

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