カンピオーネ!~Another Tales~   作:緑葉 青

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明けましておめでとうございます。

書き上げるまで時間がかかりましたが、投稿します。




第八話

 既に戦場には屋根の類は無くなっている。ヴォバン侯爵が、戦闘が開始された早い段階で竜巻を起こして吹き飛ばしてしまったためだ。

 そしてそこには轟音、狼の声、そして剣尖の叩き付けられる音が幾重にも重なり合って響き、踊っている。

 その真っ只中を、雨に打たれながら新は息を潜めていた。

 

「来い、クロ」

 

 新は呟き、頭上に3mほどの八咫烏を出現させる。

 

(加速、10倍速!)

 

 新は内部時間加速を自分ではなく、クロにかけた。

 瞬間、新幹線の最高速を優に超える速さを叩き出したクロは一直線にヴォバン侯爵に向かって突撃していく。ヴォバン侯爵は現在サルバトーレと向かい合っているため、新に対して後ろを向いてしまっている。完全な奇襲になる筈だった。

 が、こちらを見ずに腕を振った侯爵は、クロの突撃コースの延長線上に突如として狼を数頭召喚した。

 

(!!)

 

 新は目を見開く。

 ヴォバン侯爵に食らいつくはずだったクロは、このままでは数頭の狼と衝突して倒されるとはいかなくとも完全に勢いを削がれてしまうだろう。

 しかし、

 

(大丈夫だ、これなら)

 

 新は余裕を崩さなかった。

 その心情を証明する様にクロは翼を揺らめかせると、自分を睨み付ける狼達を軽やかに躱しきった。

 新の権能はスピードを操作するのではなく、対象の内部時間を操作する力だ。少なくともいつもと同じ速さでしか飛んでいないクロにとっては、10分の1の速さでしかこちらを妨害してこない狼は大した障害にはならなかったのだろう。

 黒の焔を燃やしながら、依然自分の方に向かってくるクロにヴォバン侯爵も驚いたのか目を見開いていた。時速数百キロで向かってくるクロに対して、ヴォバン侯爵には避ける術があるとは思えない。

 が、甘かった。

 クロが侯爵に襲いかからんとするその瞬間、空から落ちてきた雷がクロに直撃した。稲妻を直接浴びたクロはヴォバン侯爵の横を逸れ、黒い炎を撒き散らしながら地面に激突して消えて行ってしまった。

 

「小僧、悪くはないが詰めが甘いな」

(ちっ……)

 

 隠れ潜んでいた新の方を見据え、獰猛な笑顔で侯爵がそう笑いかけてきた。いかにクロの客観的な速度が時速数百キロであろうとも、神速に匹敵する速度の稲妻を避けることは叶わなかったようだ。

 

(しょうがない、奇襲は失敗か)

 

 心中で舌打ちしながら、新は瓦礫の裏から体を出す。数百頭の狼の視線を一身に浴びると、体かピリピリと痺れてくる。

 来る。

 そう直感した瞬間、目の前の狼たちが一斉に叫びを上げながら襲い掛かってきた。

 その数は数十頭。前に戦った騎士たちのような身を切り裂く殺気ではなく、粗いながらも自分の体に打ち付けてくる鈍器のような殺気が新を襲う。

 

(………ッ!)

「加速、20倍速!」

 

 新の周りの世界が減速する。

 ゆっくりと自分に躍りかからんとこちらを睨んでくる狼達を躱し、新は侯爵に向かって全速力で駆けだした。

 

(…………痛むな)

 

 今の新は腹部に裂傷を負っている。

 その為、防御に徹しての持久戦ではこちらが不利だと考えていた。元々相手は最古参のカンピオーネなのだ。守りに入っては地力に勝るあちらが有利という考えもあったが。

 新はゆっくりと自分の体に落ちてくる雨の中を突っ切りながら走る。自分の敏捷性を最大限に高めながら次々と襲いかかってくる狼達を避けていく。

 そして権能の連続使用の際の副作用の一種である頭痛に耐えながらヴォバン侯爵のもとにたどり着く。残り3メートル。

 その時、視界の隅に光が煌めいた。

 

「―――――――ッ!があっ!」

 

 それから時間はほぼ経たず、新の体が吹き飛ばされた。

 客観的な速度で見たなら新幹線の最高時速は越えていた今の新であっても、稲妻が煌めいてからこちらに落ちてくるまでのタイムラグは殆ど感じることができなかった。

 雷が自身の体を撃ち抜いた。が、普通の人間なら死んでいた規模の雷であっても新の体にはそこまでの傷は見られなかった。

カンピオーネとしての魔力耐性が発揮されている。

 カンピオーネにはたとえ神の一撃や同じカンピオーネの権能の攻撃であったとしても、魔力攻撃は相当の威力ではない限り通用しない。

 しかし、

 

(やばいぞ……このままダメージを受けっぱなしじゃぶっ倒れちまう)

 

 息を荒らげながら新は焦燥感に駆られていた。

 これまで自分はヴォバン侯爵に有効打は与えられていない。しかし、自分のダメージは確実に蓄積している。如何に2対1であってもこのままでは負けてしまう。

 

(やっぱり自分の接近戦能力の無さが原因か?)

 

 侯爵の現在の視線はサルバトーレに向いている。銀の光を煌めかせながら向かってくる剣士には、さすがに大きな危険性を認識しているようだ。

 が、そうであってもサルバトーレも侯爵の懐に踏み込めていない。

 稀に斬撃が狼や風、雷の防御壁を斬り裂いて届くことはあるが、どれもかすり傷程度だ。侯爵の動きを鈍らせられてはいない。

 そして、新自身はもっと状況が悪い。

 今の新やクロにはヴォバン侯爵に直接攻撃を加えられたところで、大きなダメージは期待できない。その上、襲い掛かる風雨雷霆を躱す機動力も防ぐ防御力も持ってはいなかった。

 最大限に権能の力を引き出せばできるかもしれないが、その場合の消耗が激しすぎる。ここぞという時のジョーカーとしての使い道しかない。

 

(最も、今の状況じゃそのジョーカーもどれだけ効果があるかは分から――――ッ!!!)

 

 戦闘中に思案していたのが痛かった。

 自分の周囲に集まっていた狼達に新は全く気付いていなかった。その十数頭。もはや新とは目と鼻の先と言っていいほどの距離だった。

 襲い掛かる狼達に、20倍速程度ではもう避けられないと直感する。

 

(暁の炎よ、大いなる翼となりて数多の敵を焼き払え!)

 

 新が周りの狼達に向かって叩き付けたのは黒の焔。死せる従僕を一掃した翼の羽ばたきだった。

 これで狼も一掃される、新はそう思っていたが

 

(な!!??)

 

 黒の焔は狼に触れた途端、砕け散る。

 狼を焼き尽くさんと放たれた焔は逆に狼達によって粉々にされてしまった。

 

 あり得ない。

 狼なんて太陽とは特に何の関連性もない獣が太陽の焔を一方的に打ち砕くなんてことは。

 しかし、そんな新の驚きをよそに狼の牙がこちらにもう少しで届く。もはや、一瞬の猶予時間も無かった。

 

(―――ッ、加速、50倍速!)

 

 その瞬間、雨が止まった。

 剣尖が叩き付けられ、稲妻が響く音が非常に低く聞こえる。新の視界の雨がゆっくり落ちてくるのが見える。

 通常の50倍の加速時間を生きる今の新には、たとえ時速数十キロで迫る狼の牙が目の前に迫っていても届かない。

 50倍加速された世界の主となった新は、空中に止まる水滴を叩きながらその全てを余裕をもって躱しきった。

 

(――――加速解除――――ッ!?)

 

 世界が戻ってくる。

 新の耳に戦いの轟音が聞こえてくると同時、強烈な頭痛に襲われた。

 

(がああああっ!!)

 

 これまでの加減速の多用の上、ここに来ての50倍速という高負担の内部時間操作を行ってきた代償だった。

 

(――加速、20倍速×18ッ!)

 

 攻撃を避けた新を再び追い始めた狼たちの上半身を加速させ、引き千切る。その命を奪われた狼たちはそのまま絶命し、塵になって消えていった。

 

「はあ、はあ……」

 

 息を荒らげて、新は周りを見渡す。

 戦況に大きな動きはない。実際のところ、新がヴォバン侯爵の雷を浴びてからそう時間は経っていない。加速された時間が長かったせいで主観時間が長くなってしまっているのだ。

 今、腹部の裂傷以外には目立った傷はないものの強烈な頭痛が新を蝕んでいる。それは間もなく終わるだろうが、これから続けて加速、減速を行っていけば自分の体がどうなるかわからない。最も、どうかなることが分かった所で止めるつもりは毛頭無かったが。

 

(減ってるな…クロも)

 

 新が最後に確認したときには8羽いたクロも、4羽にまでその数を減らしていた。サルバトーレを狼から守るための防御壁が当初の5分の1にまで減少したことで、彼自身に狼が襲い掛かる頻度が多くなってきている。ヴォバン侯爵に対する有効な攻撃力を持つ彼がそれに封殺されるのはまずい。

 ここで新は、

 

(はあ……これからは援護に回るか。少なくとも俺じゃあ爺さんに有効打は与えられそうにない)

 

 方針の変換を決定した。

 このままここで戦い続けるよりは、サルバトーレの援護の方がまだ働けると判断したためだ。

 

「暁の鳥よ、数多の姿をとりて我を導け!」

 

 神獣を召喚する言霊を発する新の周囲に、黒の焔を揺らめかせ体長3mほどの八咫烏が50羽前後現れる。今までこの数のクロを召喚したことは無いため自分への負担がどうなるかは分からない。が、正直そんな事を言っている場合ではない。

 数十羽のクロたちが、狼を薙ぎ払っているサルバトーレの援護に回る。それと同時に、新もヴォバン侯爵の下へと走り出す。

 戦いは、まだまだ終わりを見せてはいなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 空気が断続的に揺れる。

 

「……ッ!」

 

 聞こえていた轟音は今や爆音と化していた。

 雷撃と斬撃、そして風による莫大なエネルギーから溢れ出る音は城から出ようとする巫女たちの耳にもはっきりと響いてきている。

 

(一体何が起こってるのよ!?)

 

 殿を任されているスティーナ・ルフタサーリは、背中で感じている音と衝撃に冷や汗を止めることができないでいた。

 無理もない。背後で行われている戦いは、もはや人間の手に負えない、自然災害クラスのものなのだから。

 巫女たちは雨に打たれながら城壁の裏口から外に出る。その扉にも鍵がかかっている筈なのだが、おそらくそこは先頭を走っているリリアナ・クラニチャールがどうにかしてくれたのだろう。

 

(それにしても、誰がヴォバン侯爵と……)

 

 自分の後ろに誰もいないことを確認してから裏門を出る。

 その途端、城壁の内側とは比べ物にならない程の風雨が彼女たちの体を襲った。このまま雨に打たれていれば風邪を引いてしまうだろうが、自分たちの生死が係っている段階でそんな事を言っている場合ではない。そのまま走る。

 彼女たちは全員裸足だったが幸い、地面には足を切ってしまうような障害物の類は無い様だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ここまでくれば……もう大丈夫かな……」

「おそらく……あの戦いの様子から考えて、ここにまで戦闘が波及することは恐らく無いでしょう」

 

 戦いから逃げてきた巫女たちが身を寄せ合っていたのは城の裏手の森の、巨大な木の下だった。

 ここなら、風雨をおおよそは凌ぐことができる。

 スティーナとリリアナは木の根元に座り込む巫女たちを眺めながら、これからの方策について話し合っていた。

 

「まあ、いずれにしてもあの戦いが終わるまではここにいないと危ないだろうね……」

 

 ここからでも、戦いの余波と見られる閃光と爆音が感じられてくる。もはや、儀式場となっていた城の半分が倒壊しようとしていた。

 

「そうですね……もう侯爵閣下は私たちに用はないでしょうし……」

「まあ、あれだけ暴れちゃってるからねえ………ふう」

 

 スティーナは座ったまま、背中を太い幹に預ける。

 彼女は疲れこんでしまっていた。

 ほかの巫女たちもそうだろうが、スティーナは戦闘のための本格的な訓練を受けたことが無い。必要最低限の護身術ならその限りではないが、だからと言って命の危険を感じながら走り続けていられるほど彼女は心身ともに丈夫な体はしていなかった。

 おもむろに目を瞑る。

 

(まさか、儀式が行われずに生き残っちゃうとは思ってなかったな)

 

 正確にはまだ安全は確保しきっている訳では無いが、そう思ってしまう。

 今までは自分が死んでしまうことも考慮のうちに入れて儀式に臨もうとしてきたのだ。それが無くなったことに対して、自分の気が抜けてしまったことは否定することはできなかった。そしてそれは、リリアナやほかの巫女たちも同様だろう。

 だから、しょうがないと言うべきか、今自分たちが非常に危険な状況にいるという事も察知はできなかった。

 

「「「「っ!!!」」」」

 

 低い音が上がり、地面が突然動く。

 正確には、響きを上げながら自分たちのいる所が下がってくる。

 地滑りだった。

 

(そんなっ!こんなことってっ!!)

 

 スティーナは思わず臍を噛む。

 確かに今は台風が来ているかのような嵐が吹き荒れており、雨量もスティーナが今まで見たこともないようなものだ。

 しかし、だからと言って今ここで自分たちをピンポイントで地滑りが襲うとは思わなかった。本来、地滑りというものは数日間雨が大量に地面を叩き続けて初めて起こり得る現象だ。

 それ故、今ここでそんなものが起こりえるとは考えにくい。それがスティーナ達の反応が遅れてしまった原因だった。

 

「皆さん、何か身近なものに掴まってください!!」

 

 隣にいたリリアナが叫ぶ。

 しかし、既にパニックになっていた巫女たちにはほとんど通じていなかったようでその指示に従う人はほとんど居なかった。

 そこかしこから悲鳴が上がる。

 滑り始めた斜面に加速がつき始め、スティーナの肌でも自分たちが風を切り、落ちて行っているのが感じられた。

 このままでは死ぬ。

 スティーナは背筋が凍りながら悟った。

 ここから安全な場所に飛び移ることができればまた違っただろうが、パニックで体が動かない上に元々そんな事ができる身体能力も持っていなかった。

 

(………………お姉ちゃん)

 

 地面まで十数メートルの所までの所まで彼女たちが迫っていた時、スティーナが頭の中で呟いたのは自分の姉の名前だった。

 いつも、彼女の身に危機が迫っているときに助けてくれた姉。もしかしたら、今この場でも助けに来てくれるかもしれないと思っていた。

 

(あれ……?)

「―――――!、――――――!!」

 

 座り込んだスティーナの視線の先に、見慣れた人物がこちらに向かって叫びながら必死の形相で走ってきているのがわかった。

 

(ありゃりゃ、こんな時にお姉ちゃんの幻覚を見るなんて私って本当にシスコンだったのか)

 

 スティーナは苦笑する。

 今まではシスコンの姉に振り回される妹のようなキャラだったのに、本当は自分もシスコンになっていたとは。

 この幻覚が走馬灯の一種なのだとしたら、これはこれで悪くないと思う。

 大好きな自分の姉の姿を見ながら死ねるのなら、少しは慰めになる。ただ、贅沢を言うならいつも眺めていた姉の笑った顔を見ながら死にたかったが。

 

「―――ティ!今たす――-ね!!」

(あれ?妙にリアルだな……)

 

 ここから見える姉の姿と声が、徐々にはっきりとしてきた。

 そう、まるで本当にここにいるかのような。

 

(―――――ってええっ?)

 

 そう。スティーナの視線の先には本当に自分の姉、カティがここから見るだけでわかるほどの全速力で走ってきていた。

 

「カティ・ルフタサーリの名の下に!凍てつく鎖よ、わが槍に宿れ!」

 

 カティがそう唱えた瞬間、彼女の持つ槍から氷でできたような鎖が10本程度、崩れていく地面に向かって放たれた。

 パニックに陥っている巫女たちで溢れる崩れ落ちる地面に一直線に向かっていく鎖は、その全てが余すことなく地面に突き刺さった。

 その瞬間、地面が凍結する。

 

(うわわっ!)

 

 地面に突き刺さった鎖から伝わった冷気によって、ぬかるんで滑降を続けていた地面が凍り、固まったのだ。

 それだけではない。

 凍りついた地面の周囲が、静止した。

 このままでは谷底に向かって一直線に崩れ落ちる筈だった地面は、急な下り坂の途中で止まってしまった。

 

(これ……お姉ちゃんの魔術……)

 

 自分たちの周囲に巡らされた魔術を見たスティーナは、その正体を一目で見抜いた。

 その魔術は北欧を中心にした魔術師にとって、非常にポピュラーな魔術の一つの『凍結』だったが、その即効性と効果範囲は通常とは比べ物にならない。

 これを行うことができる魔術師は、今現在この世界では自分の姉のカティだけのはずだ。

 カティは槍術の技量だけではなく、『凍結』の魔術によって若くして大騎士の位にまでのし上がった天才なのだから。

 

「う………わ……お姉ちゃん……」

 

 地面に突き刺さる鎖の先にいた姉は、まさに北欧神話に登場するワルキューレの様に勇ましく見えた。

 その姉から放たれた鎖は既にスティーナ達の降下を阻止し、自身から発せられる光によって淡く輝いている。鎖によって支えられたこの場所を見れば、既に危険は彼女達から去ってしまったようだった。

 

(ハハハ………またまた助かっちゃったよ。ここまで運に恵まれたらもう私には幸運は訪れないかもな……)

 

 スティーナは今の自分の境遇が信じられなかった。

 高確率で死ぬと思われた儀式が突如として無くなってしまい、逃げたところで遭ってしまった事故でさえもこの国にいない筈の姉に助けられてしまった。

 もし今この風景が全て夢で、ふと目覚めた所が神の招来の儀式直前の中庭だったとしても納得してしまえそうだ。

 凍りついた地面にへたり込んだスティーナは、ふと自分の姉がいる筈の方向を見つめる。

 そこに、カティはいなかった。

 

「――――――――――きゃあっ!!」

「スティーナ――――――――――――――――――――ッ!!」

 

 なぜなら、いつの間にかスティーナの下へ接近していたカティが、そのままのスピードで抱き着いてきたからだ。

 弾丸のようにスティーナの下にハグを敢行したカティは、自分の妹を押し倒した姿勢のまま胸に顔を埋めた。

 

「ああもう、怖かったでしょ!?お姉ちゃんが来たからにはもう安心だからねっ!こんなかわいいスティーナをもう危険な目には合わせないんだからっ!!」

 

 キャー!と叫びを上げながら満面の笑みを開かせるカティは心底幸せそうな顔をしてスティーナを抱きしめ続けた。

 

「…………まったくもう、お姉ちゃんったら」

「ん~~~~~~~♪」

 

 カティの突撃にスティーナはしばしの間面喰っていたが、すぐにその顔を崩した。右手をカティの頭に乗せると、そのまま優しく撫でる。

 その動きにカティは気持ちよさそうに目を細め、嬉しそうな声を上げる。その一連の動きはまるで自分の主人に懐く忠犬の姿を見る様だった。

 

「ああ~~、久しぶりのスティーナ分だよ~~~。ここでタンクを満タンにしないで何時するって奴だよね~~~~♪」

「あ、あの…………」

「も~~いきなりいなくなったんだからお姉ちゃんはすごく心配したんだよ、むう」

「ええっと……その………」

「にゃあ~~やっぱりあったかいねスティーナ~~…………おや?」

 

 何処かから自分を呼ぶような声が聞こえたような気がして、スティーナの胸から顔を上げたカティは、自分を何とも微妙な目で見ている銀色の髪をした少女を見つめ返した。

 

「???何かな?君」

 

 カティは自分の事を怪訝な目で見つめている少女の事を不審に思いながら尋ねる。

 少なくとも喜びの声を上げながら少女の胸に顔を埋めている人物は傍から見ると完全に不審なのだが、その自覚は今のカティには全く無い。

 

「あの……もしや貴女はスティーナさんのお姉さんのカティ・ルフタサーリ卿ではありませんか?」

「むむっ!?あなた、スティーナの知り合い?………いや、ここで知り合ったのかな?」

「は、はい。リリアナ・クラニチャールを申します」

「おお!まさかのイタリアの天才児さんだったのか!初めまして、私の名前はカティ・ルフタサーリ。よろしくっ」

 

 そう言って、カティは名残惜しそうにスティーナに抱きつくのをやめて立ち上がった。その真剣な表情を見るに、どうやらシスコン状態から一時的にせよ復活したようだ。

 その後で、抱きしめられていたスティーナも立ち上がる。しかし、先程の自分の姿を周りの皆に生暖かい目で見られていたことに気づくと、顔を赤く染め、頭を抱えてしゃがみこみ出した。

 

(あああ…………いや、なんだか死にたくなってきた……ははは)

 

 いつもなら今の赤面状態からの復活に数分は必要だが、今この状況下でそうは言っていられない。

 しゃがんだあと10秒ほどで立ち上がり、羞恥心をどうにかして封じ込める。

 

(私は何も見られなかった私は何も見られなかった私は何も見られなかった……よし、復活したっ!)

 

 心理状態を元に戻したスティーナは、息を整えて姉とリリアナの会話に参加する。

 

「………え?ってことは何、今のあの戦いは儀式によって招来された神と侯爵によって起こっているものじゃあ無いってこと?」

「はい。儀式場は突如として現れた神獣によって破壊され、そして私たちはそれとほぼ同時刻に起こったと思われるあの戦いの余波から逃げてきたのです」

「うん。ちなみにあの神獣は八咫烏っていう日本神話の神獣らしいんだけど、どうしてそんなのがこんなところに顕れたのかは全くわかんないの」

 

 カティは眉を顰める。

 ただここは神の招来が行われる現場かと思っていればそうではない、全く違う意志がこの場に働いているとわかる。

 しかも、その意志が持っている力は神やカンピオーネに匹敵するほどの力を持つ上に、神の招来の儀式をさせないという考えが伺える。

 ならば、単なる人間でしかないもう自分たちがあの戦いに介入する必要性は皆無だろう。

 

「よし、じゃあまずここから脱出しようか。あの戦いがこれからどうなっていくにせよ、まず自分たちが安全な所にいないと話にならないしね」

 

 カティの提案にリリアナが頷く。

 

「賛成です。一刻も早く安全な場所へ退避しなければ」

 

 リリアナは今自分たちが立っている地面を見る。

 先程までぬかるんでいた地面は今も完全に凍り付いている。

これがたった一人の魔術師によって行われているという事は彼女に少なくない驚きを与えた。

 神やカンピオーネほどでは無いにせよ、長時間自分たちが立っている区画を自分の支配下に入れるというのは魔力量と魔術のセンスの両方とも人間離れしているとしか思えない。

 確かに、まぎれもなく大騎士と言える力量を持った人だ。

 カティの言葉に頷きながらリリアナは、カティに対するイメージを大幅に上方修正した。

 

「よし、皆それじゃあ早く避難しよう!雨に打たれて寒いだろうけど我慢してね!」

 

 20人を超える巫女たちは、カティの先導に従って山を下りていく。

 彼女たちの顔は未だ強張っていたが、その表情からはかなりの不安や憂鬱の色が取れているのが見える。

 彼女たちの体にはいまだ雨が叩き続けているが、もはや彼女達には主だった危険は訪れないだろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 カティは先導と索敵を同時にこなしながら横目で城の方を見つめる。

 2つの光が混じり合いながらの戦いは、今でもなおその勢いは衰えず、むしろ激しくなっているように見える。

 その光を見ながら、カティは思う。

 もしも、今侯爵と戦っていると思われる勢力がいなかったなら、スティーナの救出は困難どころかほぼ絶望的だったろう。

 だから彼、もしくは彼らにはその自覚が無いにしろ自分には恩がある。

 もしも後で会うことがあったならお礼を言おう。

 そう決めて、カティは城から目を離して木々の間を進んでいく。

 大騎士を先頭に置いた少女たちの姿は、雨音に紛れながら闇に溶けて消えて行った。




カティは天然ボケが入っていますがとても優秀な魔術師です。

VSヴォバン侯爵戦は次の話で決着する予定です。

………もっと展開を早めるべきだろうか。

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