カンピオーネ!~Another Tales~   作:緑葉 青

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第五話

 雨がとうとう降り始めた。

 8月にも拘らず冷たい雨は、この闇にそびえる古城にもその水滴を叩き付け続けている。

 今まで中庭を煌々と照らしていた松明の殆どは数分前に消えてしまい、今では中庭で唯一屋根のあるこの儀式場のみを明々と照らすのみとなっていた。

 儀式場は初めて見る人がいるなら、そこは城の中に作られた神殿と思う人もいるかもしれない。それほどにその場は整った、洗練された雰囲気を醸し出す場所と言えた。

 神がこの場所に降臨すると言われても、違和感を感じる人は少ないだろう。

 そして、儀式の為に集められた巫女たちも皆、雨を凌ぐために屋根の下に集まり儀式の始まる瞬間を今か今かと待ち構えていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 スティーナ・ルフタサーリは緊張していた。

 

(ああ、私ったら緊張するなんて柄じゃない……こんな儀式、私だけの力じゃどうにもならないってのにな)

 

 彼女は元々、緊張とは無縁な人間だった。危機感を感じにくい性格と言ったらそうなのかもしれないが、今まで大抵の修羅場や危機はそのピンチ自体を楽しむことで自分の本来の力を引き出すことができていた。

 しかし、今回はそうではなかった。

 心臓の鼓動が速い。特に何もしていないのにもかかわらず、だ。

 この儀式についての不安、恐怖に押しつぶされそうになる。この儀式が終わる頃、自分は生きて家族と再会できるのだろうか。そして、また姉と再会できるのだろうか、と。

 そこまで思って、ふと気づく。

 

(ああ、お姉ちゃんが私の隣に居ないからなんだ)

 

 今までは、どんなピンチの時にも一緒に姉のカティがいた。

 姉は強かっただけでなく、いつもスティーナに向かって笑いかけてくれていた。だから、緊張することが無く今までやっていくことができていたのだ。

 しかし、今スティーナは一人だ。自分を支えてくれる人はいない。

 

(私、今までお姉ちゃんにべったりだったのか………。自覚はしてなかったけど、みんなにはシスコンって思われてたかも)

 

 思い悩むスティーナだが、幸いなことに周りの人間からしたらカティのシスコン度のほうが完全に目立っているためにスティーナまでシスコンとは全く思われていない。逆に、スティーナはシスコン姉の被害者という立場が第三者から見た印象だった。

 

(って駄目だ駄目だ、そんな余計なことは考えちゃあ。ちゃんと儀式に集中しないと)

 

 危うく思考が横道に逸れてしまったスティーナは頭をふって気を散らす。

 ふと周辺の状況を見てみる。僅かながらにざわついていた少女たちの話し声は聞こえ無くなっていた。それは彼女達が話さなくなったのか、ただ雨音によって聞こえなくなったのかは分からない。

 しかし、巫女たちの表情を見るに前者の方が正解のように思える。表情は皆先程よりも暗く、不安そうな表情を隠そうともしていない。

 スティーナは、その風景を見て気を引き締める。まだ死ぬと決まったわけじゃない。もしも人間の生き死にが神の気まぐれによって決まるのなら、必ず生き残る方の幸運をつかみ取ってやる。

 スティーナは決意を新たにする。彼女に近づいていた少女が声をかけるのはそのすぐ後だった。

 

 

「すみません。少し聞きたいことがあるのですが」

「………?」

 

 スティーナは顔を上げる。

 そこにいたのは、とても美しい少女だった。

 美しい銀髪のポニーテールに華奢な体つき。にもかかわらず、引き締まった顔つきをしており温厚な印象は受けない。

 

(真剣な時でのお姉ちゃんに似てる……)

 

 彼女を見た印象がそうだった。

 普段はぽやぽやしていながら、やる時にはきっちりやる。自分の姉はそんな騎士だった。

 

「ああ、何かな?」

 

 姉の面影を見るスティーナの返答に、少女は表情を変えずに話しかける。

「これは貴方のものではありませんか?」

 

 それは落とし物なのだろうか?少女が手にしていたのは緑色のブローチだった。蝶を模したもので、エメラルドでもあしらっているのか傍目から見ても高級そうな感じがする。

 

「私の物じゃないな。私はブローチを使わないから」

「そうですか、失礼しました」

 

 少女は一礼し、スティーナのもとを去ろうとする。が、少し気になったスティーナは彼女に声をかけてみることにした。

 

「ねえ、君って騎士なの?」

 

 スティーナの言葉に、銀髪の少女は少し驚いた様子で振り返った。

 

「え、ええ。良くわかりましたね」

「うん、私のお姉ちゃんが騎士でね。お姉ちゃんが真剣な時の雰囲気と君の雰囲気が似ているからひょっとして、と思ったんだ」

 

 スティーナの言葉に、彼女は納得したような顔をする。

 

「そうなんですか。女性の騎士とは少し珍しいですね」

「君の方が珍しいと思うなあ。ここに呼ばれてるってことは魔女なんでしょ?その上騎士だなんて、少なくとも私は同じ人を見たことないな。凄いね、そうなるまで大変だったでしょう?」

 

 スティーナに褒められたのが嬉しかったのか、少し表情を綻ばせながら銀髪の少女は返答する。

 

「そんなことはありません。騎士になることは幼少の時からの夢でしたし、魔女としての修業も辞めたいと思ったことはありませんでしたよ」

「そうなんだ。ほんとに凄いな、私よりも年下…………だよね?ごめん、そういえばまだ自己紹介してなかったよ。すっかり忘れてた。

 私の名前はスティーナ・ルフタサーリ。フィンランド人の14歳で、『鈴蘭白十字』に所属してるんだ」

 

 スティーナの自己紹介に、少女は驚いたように目を見開いた。

 

「ルフタサーリとは、フィンランド最大の魔術結社の『鈴蘭白十字』の総帥の姓ではありませんか?」

「うん、そうだよ。良く知ってたねえ」

 

 『鈴蘭白十字』は確かにフィンランド最大の魔術結社で、北欧地域では大きな影響力を持っている。しかし、南の方を見ればそこよりも規模が大きい組織位いくらでもある。だから、彼女がその事を知っていたという事はスティーナにとって驚きだった。

 

(ん?顔つきからしてラテン系のように見えたけど、もしかして北欧出身なのかな?)

 

 スティーナの疑問をよそに、少しはにかみながら今度は銀髪の少女が自己紹介をする。

 

「私の名はリリアナ・クラニチャール。イタリア人で、『青銅黒十字』に所属している騎士です」

「!!」

 

 自分の予想よりもはるかにビッグネームだった。

 人づてに聞いたことがある位だが、確かイタリアの魔術結社を代表する『七姉妹』のいずれかにそれぞれ所属している2人の神童のうちの一人だったはず。人並み外れた潜在能力の持ち主で、まさに天才と呼べる少女。

 それがリリアナ・クラニチャールについて、スティーナが伝聞を通じて感じた感想だった。

 

「は~~。私でも聞いたことのあるような天才じゃないの!凄いな、そんな人と話せる日が来るとは思わなかったよ」

「いえ、いくら騎士の称号を得たといっても私はまだ未熟者の身です。もっと修業を積まなければ」

 

 謙虚な少女だな、と思う。

 自分の姉とは違い、芯から騎士に染まっているように見えた。こんな人間が、歴史の1ページに名前を刻むのかもしれないな、とも思った。

 

 

 スティーナとリリアナ・クラニチャールは少しの間、互いに楽しみながら会話を交わした。特にリリアナは、15歳にして大騎士の称号を得たスティーナの姉のカティに対して大きな関心を払っているようだった。

 そして、普段はどこかが抜けているカティの人物像を話したスティーナはリリアナがどこか微妙な顔をしていたのを見逃さなかった。おそらく、自分の目指している騎士の姿にそぐわなかったのだろう。

 その表情を見て、スティーナはリリアナの事を微笑ましく思う。

 自分たちとは違う世界を見て他人を歯牙にもかけないような天才かもしれないと思っていたが、どうやら良い方向に予想とは違ったようだ。

 スティーナから見た彼女の人物像はとても生真面目で頭が硬い人間、というものだった。自分の信念、役割をそう簡単に曲げることのない人。そして優しさも同時に持っている。

 もっと仲良くなってみたいな、そう思った。そして、この儀式が終わって2人とも無事だったら友達になってみたいな、とも思った。

 

 

「ああ、それじゃあ私はもう行かないといけません」

 

 リリアナは、緑色のブローチをスティーナに見せながらそう言った。

 それでスティーナは、リリアナが自分に話しかけていた理由を思い出した。

 

「あ、ごめんね。すっかり話し込んじゃって。そういえばそのブローチの持ち主を探してたんだったよね」

「はい。先程地面に落ちていたのを見つけたんですが、最初から地面に落としてあったものとは考え難かったので」

「そうだったんだ。まあ、そこまで人数が多いわけじゃあ無いしすぐ見つかると思うよ」

「ええ、私もそうだと思います」

 

リリアナはブローチの持ち主を探しに向かう。

 スティーナもそれを手伝おうかと思ったが、そこまで手間がかかるようなことではないと思ってやめておいた。もしも何かトラブルの類が起こっているようなら、その時に手を貸せばいいだろう。

 

「ではスティーナ、私はこれで」

 

 そして、リリアナがスティーナに礼をして踵を返すのと、

 

「「ッ!!!」」

 

 後ろの方、この城の正面玄関から突然轟音が響き渡るのはほぼ同時だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 サルバトーレ・ドニは城内へ侵入するために突撃を敢行していた。

 彼の右手には鋼鉄製と思われる、バスタードソードが握られている。それはおそらく、侵入者を排除するために現れたヴォバン侯爵の手勢のうちの一人が手にしていたものだったのだろう。

 己の半身ともいえる武器を手にしたサルバトーレは、彼を取り囲む人数が数十人にも上るにも拘らず非常に生き生きとしながら戦っている。その姿は正に、天才的な剣の申し子と言える姿だった。

 

 次々に現れてくるのは、人間も存在するが大半が『死せる従僕』たち。

 彼らはすでに死んでしまい、高度な判断を下す思考能力は持ち合わせていない。それゆえ、かつて大騎士と呼ばれた剣の名手であってもその戦い方に理性による判断能力がともっていない以上、たった1人の天才を押しとどめる戦力にもなりえなかった。

 

 だからこそ、というべきか。

 数十人目の剣士や魔術師を仕留めたサルバトーレは自分の周りに数十頭の狼が展開されていることに気づく。

 城の巨大な扉を目の前にして、そこには灰色の巨大な狼の群れが自分の体を噛み千切ろうとひしめいていた。

 通常の人間なら、それが大騎士や大魔術師であってもまず突破しようとは考えずに一目散に撤退を敢行するだろう。それか、ここが自分の死に場所と覚悟を決めて攻めの一手を選ぶかだ。

 なぜなら、この巨大な狼の群れに周囲を取り囲まれているという事は通常、逃げることすら困難になることを意味するためだ。

 

 が、サルバトーレがとった行動はそのどちらでもなかった。

 彼は笑う。

 その顔は、心底楽しそうに見えながらそれだけではない狂気に溢れていた。

 天才であるが故の狂気。己の全てを剣を振るうことに捧げ、血反吐を吐きながら到達した地点がそこだった。

 

 彼の右腕から莫大な魔力が迸る。

 それと同時に、魔力を纏う右腕が輝き出す。サルバトーレのそれは今や、名工の作り上げた彫像もかくやという姿に光り輝いていた。

 その色は銀。

 そして、この輝きこそがサルバトーレ・ドニの現在保有する唯一の権能の一端。 

 

「ここに誓う。僕は、僕に斬れないものの存在を許さない」

 

 彼の口から言霊が奔流となって溢れ出る。

 言霊は莫大な魔力となり、彼の持つバスタードソードに絡みつく。

 その後彼は上段に構えた姿勢で、自分の目の前にそびえ立っている扉に向かって全力で振り下ろした。

 

「この剣は、地上の全てを切り裂き、断ち切る無敵の刃だと!」

 

 一閃。

 

 刀身はそこに届いていなかった。

 にもかかわらず、高さは10メートルはあるだろうか、大理石で作られたと思われる巨大な扉が一撃で吹き飛ばされた。

 

 否。正確にはそうではない。

 

 彼の剣の振り下ろしから飛び出した銀色に輝く光が扉を完全に真っ二つにした後、その時の衝撃で門が吹き飛んだのだ。

 その事を証明する様に、サルバトーレと扉の間には通常では考えられない景色が広がっていた。

 

 大地が切り裂かれている。

 深さは数メートルほどだろうか、サルバトーレから真っ直ぐに伸びた斬撃の跡は扉の手前の階段も一緒に断ち切っていた。

 

 これが、彼のカンピオーネたる権能。

 ケルト神話に登場するダーナ神族の王、ヌアダから簒奪した権能だった。

 ヌアダは戦闘中、右腕を切り落とされて負傷する。医術と技術の神ディアンによってヌアダは銀の腕を取り付けられ、銀腕のヌアダという異名を持つようになる。

 そしてヌアダが持つ剣である「クラウ・ソラス」は「光の剣」という異名を持ち、何人たりともその剣から逃れられないとされていた不敗の剣だった。

 

 サルバトーレ・ドニの権能はその逸話に由来する。

 銀の腕で振るうあらゆる刃物をすべてを切り裂く至高の魔剣へと変貌させ、あらゆるものを断ち切らせる権能。

 後日、イギリスの賢人議会によって『切り裂く銀の腕(シルバーアーム・ザ・リッパ―)』と命名される権能だった。

 

 

(うーん、ちょっとやりすぎたかなあ)

 

 大理石の扉を吹き飛ばしたサルバトーレ・ドニは右手に剣をぶら下げながらそんな事を思った。

 彼の周りには既に狼の姿はない。

どうやら、先ほどの斬撃の余波でまとめて吹き飛んだようだった。

 その証拠に、彼が今立っている石畳は既にその周りに無残な姿を晒していた。

 石畳を構成するブロックは周囲にまき散らされており、サルバトーレの立っている地点を中心に放射線状に吹き飛ばされたように見える。

 

(ま、いっか)

 

 が、サルバトーレがそんな事を気にすることはない。

 なぜなら、彼は周囲の被害をわざわざ気にする性格をしていないのと同時に、いつの間にか、前に立っていた人物に視線が釘付けになっていたからだ。

 

「小僧。私の狩場に土足で上がり込みおって。何の用だ」

 

 視線の先にいたのは老人だった。

 どことなく、理知的な印象を受ける人物に見える。

 短く整えられた銀色の髪にエメラルド色の瞳。黒のスーツに革靴。その容姿は、書物に囲まれながら研究を続ける大学教授のようだった。

 しかし、その老人の周辺から湧き上がる殺気と敵意は通常の人間とは比べ物にならない。

 鋭く怒りに歪められた容貌は老人の理性的な印象を覆して余りある。その姿は正に、良い所で狩りの邪魔をされた為に怒り狂う猛獣の姿だった。

 

 その老人の名は、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。

現在、地上に存在する最古参のカンピオーネにして、東欧を中心に非常に大きい影響力を持つ魔王。

 そして神の招来の儀式の主催者で、純然たる戦士でもあった。

 

 

「やあ、初めまして爺さん。あなたと決闘をしに来たよ」

 

 ヴォバン侯爵の怒気に微塵も巻き込まれることもなく、サルバトーレはそう言い放った。

 

「何だと……そのようなことの為に私の一時の慰めの時間を掻き乱しに来たのか――――」

 

 侯爵はサルバトーレに対する殺気を隠そうともしない。

 そう呟いた直後、不意に侯爵にエメラルド色の瞳が輝き始める。

 

『ソドムの瞳』。

 瞳の輝きは、その権能が発動する証だった。

 ケルト神話の魔神バロールを殺戮し簒奪した権能で、その能力は生者を生きながらにして塩の塊に変えること。

 

 そのエメラルド色の光を、サルバトーレは真正面から浴びる。

 その光を浴びた人間は、全て例外なく塩の塊と化し、そこに塩で出来た青年の彫像ができる筈だった。

 

 が――――――――

 

「――――!?」

 

 ヴォバン侯爵の顔に驚きという感情の色が加わる。

 塩の塊になる筈だったサルバトーレは、その体に何の変化も起こしていなかった。

 泰然としているその様子はまるで、何の変哲もない、コンサートに使われるようなレーザー光線を浴びただけのようにも見えた。

 

「……ん?その光は何かの手品なのかな。こんな時にする芸とは思わないけど」

 

 サルバトーレは何も解ってないかのように首をかしげる。

 事実、彼にはその光が何なのか全くわかっていなかった。今まで長い間剣の修業に打ち込んできたため、他のカンピオーネの事については殆ど知る機会がなかったのだ。

 純粋な疑問を浮かべるサルバトーレの顔は、結果的にヴォバン侯爵の感情に対して火に油を注ぐ結果となってしまった。

 

「貴様―――舐めた真似を」

 

 侯爵はそう呟いた直後、ふと気づく。

 先ほど吹き飛ばされたあの扉は一体なんだったのだろうか?あのようなこと、普通の人間にはどうやってもできる芸当とは思えない。

 あの扉も唯の扉ではない。本物の大理石によって作られた、重さは数トンにもなる重厚な扉の筈だった。

 にもかかわらず。あの扉はたった一撃で切断され、吹き飛ばされたのだ。

 その上。あの青年には、『ソドムの瞳』の邪眼が通用しなかった。特に何か防護の魔術を使っている様子もない。あれはただ単純に、効かなかっただけの様に見えた。

 そして、青年の右腕から立ち上る魔力の波動は一体何だ?あの銀色の光が少なくとも単なる魔術の類では決してないことは、決して魔術に詳しいというわけではない侯爵にも簡単にわかることだった。

 そうなのだとすれば。

 あの不遜にこちらを見つめる青年のその正体は。

 

「―――――――――そうか」

 

 侯爵の顔色に、憤怒とは違った感情が顕れる。

 その感情の色は喜悦。そしてほんの少しの興味。

 

「貴様、私と同じ、「王」か」

 

 ヴォバン侯爵は笑いながら言った。

 元々、神を招来しようとしていたのは自分が狩りをするための獲物を呼び寄せるためだった。

 何故なら、あまりに強大になり、その名を世界に響かせることになった彼には挑みかかるような人間も神も居なくなってしまったためだ。

 その為、神を呼び寄せ戦おうとしていたのだが。

 

 よく考えてみれば不自然ではない。

 そこに神が顕現するとわかっているのならば、その地に向かうカンピオーネも当然出てくるはずだ。

 その神と戦い、その権能を簒奪するために。

 

「成程―――私から獲物を奪うつもりだったか?貴様」

 

 ヴォバン侯爵の放った言葉には、はっきりと嘲りの感情があった。

 それはそうだ。もしも招来した神を強奪するつもりだったなら、こんな派手に暴れまわることは意味がないどころかマイナスの効果にしかならない。

 だが、サルバトーレの反応は侯爵の予想とは違う事だった。

 

「いや?そうじゃないんだな、これが。まあ、最初はそのつもりだったんだけどね、新に言われたんだよ。強い奴と戦いたいんだったらあなたと戦えばいいってね」

「―――――ほう」

 

 サルバトーレの言葉に、侯爵は目を細める。

 

「いやー僕もどうかしてたね。ここにこんなに強い人がいるのにさ、わざわざ弱い方とこっそり戦おうとするなんて」

 

 侯爵に笑顔を向ける。しかし、その笑顔は間違いなく闘争の喜悦と暗い狂気に歪んでいた。

 ヴォバン侯爵は、その顔を見て何が可笑しいのか突如高笑いを始めた。

 

「フハハハハハハッッッッ!!!!成程、貴様面白い目をしている!―――――――よかろう、本来なら貴様のような誰とも知らぬ奴に私が付き合うことなどありえぬのだがな――――――――私も興が乗った。せめて神が招来されるまでの間、私を楽しませてもらおうか!」

 

 侯爵の姿が変貌する。

 人の姿から、銀色の体毛に覆われた巨大な狼の姿へと。

 『貪る群狼』の持つ能力の一つ。数百頭の狼との召喚とは別に、自らが狼に変身する。そして侯爵はその姿で野獣のように戦うのだ。

 

「へえ………いいね。今までいろんな人と戦ってきたけど、こんな大きい狼と戦ったことはなかったよ。師匠の言ってた通り、いろんな奴らと本当に戦えるもんだね」

 

 雨に濡れたために金色の髪がへばりついてしまっているサルバトーレの笑いがはっきりと大きくなる。正にそれは強者を追い求める戦士としての喜びだった。

 この二人、実はかなりの似た者同士なのかもしれない。

 

「僕は、僕に斬れないものの存在を許さない……………僕は、この世の全てと総ての敵を斬り裂いてみせる!この剣に僕の全てを賭けて!!」

 

 発せられた言霊を受けて、銀色に輝いていたサルバトーレの右腕がさらに輝き出す。更に、その光は彼の持つ剣にも移っていく。

 この剣はまさにこの瞬間、まさしく地上の全てを切り裂く魔剣へと変貌した。

 剣の輝く様を見届けたサルバトーレはほんの少しだけ跳び、体を浮かせる。

 

 瞬間、彼の笑いが一際大きくなった。

 

 地面を蹴る音が周辺に響かないうちに、そこからサルバトーレの姿が消失する。

 彼は巨大な狼と化したヴォバン侯爵に全速力で飛び込み、銀色に輝く剣を揺らめかせながら斬りかかって行った。


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