空で明るい月が地上を見下ろしている。
あと数刻で日が変わる頃、ここオーストリア中部の地元の人間にもその所在があまり知られていない古城では全ての魔術においての最も難しい儀式の一つ、神の招来が行われようとしていた。
神の招来に必要なのは3つの要素。
極めて巫力の優れた魔女や巫女。
神の降臨を狂気に近い強さで願う祭司。
そして呼び寄せる神に血肉を与えるための神話、地上の国や人々に広く知れ渡る物語。
そしてここ、古城の中心部にある大きな中庭のような場所。其処から見渡せるのは四方を囲む4~5階建ての煉瓦造りの建物。そしてその壁沿いと地面には百前後の燃え盛る松明が設置されており、周辺を見渡すには不便なことはなかった。
この中庭の中心部、石畳の広場では女性たちが数十人、神を招来するために必要な1つ目の要素である極めて巫力の優れた魔女や巫女となる少女、そして女性たちが集められていた。
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スティーナ・ルフタサーリは噴水の縁に腰掛けながら、自分と同様に巫女として集められた人達を無表情に眺めていた。
思っていたよりも多いな、と思う。神を招来するためには一定以上の巫力が必要になる。そのために必要になる巫女がここまで多くなるものだろうか。まあ、巫女を手当たり次第にかき集めてきたという可能性もあるだろうが。
(わざわざ私を捕まえるためにフィンランドに手勢がやってくる程だもんなあ)
無駄な心配と分かりながら、心配になる。自分は東の空に朝日が昇る頃、ちゃんと生きていられるのだろうか。
神の招来の儀式なんて自分の14歳の短い人生の中で生きてきて初めて目撃する。まさか生贄にされる意味で当事者になるなんて思ってみなかったが。
ふと目についたのはどちらも美少女といって差し支えのないだろう、会話をしている銀髪の少女と茶髪の少女。どうやら何か助けてもらったらしく、茶髪のほうが銀髪のほうにお礼を言っている。茶髪のほうは東洋人だろうか?ここにいる面子としては珍しいように思えた。ここにいるのは東欧の人間が中心だったからだ。
どちらも自分とは少し年下のように見えた。
(私より年下かな、こんな子たちまでいるなんて……)
スティーナは回想する。
思い出されるのはまだこんなことになるなんて思ってもみなかった頃。姉のカティと過ごしていた時の記憶だった。
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「ねえスティーナ、神様ってどんな人たちなのかなあ」
スティーナに言葉を投げかけたのは彼女の姉のカティだった。
夕食を取り終えて数時間後、二人は今大きな燃え盛る大きな炎が踊っている暖炉が備え付けられてある談話室で話し込んでいた。
「どんなって、そんなのわかんないよ。でも、その神がどういう属性の神なのかによるんじゃないのかなあ。太陽神だったり、英雄神だったり」
「むう。スティーナって夢が感じられないなあ」
「夢って……まつろわぬ神による災厄を予防するのが私たち、『鈴蘭白十字』の役割なんだから。夢なんて持っていちゃいけないんじゃないかなあ」
スティーナは呆れたように呟く。
自分の姉は魔術の才能に溢れ、数年以内に大騎士の称号を得るのは間違いないといわれるほどの実力を持つ。そして戦闘時の判断力も目を見張るものがあるのだが、如何せん普段の精神年齢はどうもひょっとしたら自分よりも低いようだ。
しかもその姉はよく自分と一緒に行動したがる。自分は魔女で、あっちは魔術師であるにもかかわらず、訓練の最中であっても自分にひっついてくるのだ。
とはいえ、それについて自分が不満に思ったことはない。
両親に何も言われない限りは一緒に行動した結果、姉に助けてもらったこともたくさんあるのだ。それは戦闘の事であったり、対人関係のことであったり。
それにスティーナの方も、カティのことが姉のシスコン度ほどでは無いにしろ大好きだったので一緒にいることが楽しかった、ということも理由として言える。
「も―いいじゃんよ別に―――。スティーナの堅物め――――」
足をばたつかせて駄々をこねる姉の姿を眺めながら、スティーナはふと思う。
自分の姉が、自分の元を離れることがあるのだろうか、と。
これまで二人はずっと一緒だった。そう言っていい。姉の友人は自分の友人でもあったし、小さい頃は2人一緒のベッドに寄り添って寝ていた。
だから、自分たち姉妹は世界平均から見ても非常に仲のいい2人という自覚があった。
姉が妹離れする。そんな事態は想像し難かった。
でも、それでも。そんな事態があるとするならば。
恋
が原因になるのかなあ。と思う。
そうそう姉のハートを撃ち抜く男がいるとは思えないが、もしも姉がそんな人に出会ってしまったなら。
自分も、姉離れをしなければいけないのだろうか。
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スティーナは回想を終了した。
どうして姉との取り留めもない記憶が思い出されたのかはわからない。これから自分は神を招来するための供物となる身分だ。その役割を果たすためにも気の乱れは許されない。
自分の気の乱れは、それだけで儀式においての障害になり得る。それが神の招来などという大規模な儀式なら尚更だ。
自分の周囲では巫女たちが複数人のグループを作って話し込んでいる。
それは世間話であったり、自分の境遇の話であったりするようだった。
彼女達の中に明るい顔をした人はいない。当然か、と思う。
これから自分たちは死ぬ可能性も十分ある儀式へと挑むのだ。ここに来ることが急に決定した人もいるだろうし、家族に別れを告げられる時間も無かった人も少なくない筈だ。
かくいう自分もヴォバン侯爵の手勢がやってきてここに向かわなければならなくなった時、姉に別れを告げることは叶わなかった。それは自分の心残りの一つでもあった。
(お姉ちゃん、心配してるだろうな……)
スティーナは、姉の慌てふためく姿やメソメソ泣いている姿を容易に想像することができて思わず笑ってしまった。
適量の笑いは自分の精神を安定させるのに役に立つ。今までも沢山姉に勇気をもらってきたのだ、今回も姉に力を分けてもらおう。
しかし、スティーナは想像の中での姉の泣きべそが終わった後、姉が見せるもう一つの顔が思い出されてきた。
それは、怒り。
もしも姉が自分たちがこれからやらなければいけないことを知ったら、沢山泣いた後、沢山怒るだろう。
それは何に?……当然決まっている。
自分たちにそれを強制したヴォバン侯爵に、だ。
当然だ、そう思う。通常の倫理として、沢山の犠牲を払ってまつろわぬ神を呼び寄せるなんて許されることではない。スティーナだってそう思うし、この場にいる巫女たちだってそう思っているはずだ。
しかし、それは普通の人間に限っての話。
今から神を呼ぼうとしているのは魔術師たちの遥か上に君臨する、神殺しの魔王なのだ。
その決定に反抗することは許されない。権威、地位の話ではなく単純な力の問題で敵わないのだ。
―――人間は、神とカンピオーネには敵わない―――
それは、欧州のみならず、世界中の魔術師に受け継がれてきた常識、鉄則だった。
だからこんな無茶な事だって実現されてしまう。それが「王」なのだから。
気まぐれに考える。
もしこの儀式がヴォバン侯爵の気まぐれで中止になったのなら、どんなに嬉しいだろうか。そしたら今すぐ家に帰って、自分のことをたくさん心配して夜も眠れないであろう、大好きな姉に心行くまで抱きしめられるのだ。
いつの間にか、それがスティーナにとっての支えになっていた。その為に、自分にできることを全力でやり遂げよう。そう思った。
(生き残ろう)
彼女は決心した。
こんな早い段階で自分の人生を擲つことになるなんて思ってもみなかった。だから、こんなたかだか14歳位で自分の未来を閉ざしてしまうわけにはいかない。
絶対に、自分の家へ無事に帰還する。そう思ってスティーナは右拳を握り締める。
スティーナはふと空を見上げる。
先ほどまで大きな月と明るい星々で自分たちを照らしていた光はすっかり雲に閉ざされてしまっていた。
先ほどの夜空に代わって今空を覆っているのは雷雲だろうか?
その微かに雷鳴を響かせる雲は、嵐の支配者が人間のちっぽけな思いを嘲笑っているように聞こえた。
もしくは、これから起こる神話の世界の戦いに興奮を隠し切れないようにも聞こえた。
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いつの間にか、ハルシュタットの町の北西に広がる森では闇が濃くなっていた。
既に空には月や星々の姿はなく、雷雲と思われる厚い雲が新の頭上を覆っている。その雲は微かに雷鳴を響かせながら、地面を圧していた。
森には地元の人間のために作られたものなのか、何の種類かは分からないものの、木で作られた街道がきちんと備え付けられていた。
そのお蔭かたとえ出歩くのが夜であったとしても、野生動物に遭遇する等の危険な目に遭うことは無さそうだった。
南条新は歩いていた。
クロに乗ったまま城に向かうことも考えていたが、カティに聞いた情報の魔術師の存在を考慮して城の数キロ前で降り、徒歩で向かう事にしたのだった。
(雷雲……嵐の前兆か)
新はこれまでの空や天気予報を完全に無視した、突如として夜の空に発生した雲についてヴォバン侯爵の仕業という可能性を考えていた。
彼は嵐を支配するという権能を保有していたはずだ。
新が以前読んだ本に記載されていた記述によると、確かその権能の名は『疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドランク)』。風雨雷霆を操り、数多の町を滅ぼしたという悪名高い力だった。
(ヴォバン侯爵とやらはこんな早い段階から何をしようとしているんだ?)
新にはその理由がわからなかった。たとえ今夜神を招来するとしても、その前の段階で自分の武器を呼び寄せようとする理由はなんだ?何か特別な理由でもあったのだろうか?
と考えてみるが、結局
(ま、いっか)
深く考えないことにした。
カンピオーネ同士の戦いにそこまでの計画性は必要あるまい。もしどうしても聞きたいのならば、ヴォバン侯爵にあってから聞き出せば良い。
そんな事を考えながら新は歩く。新の歩く道の延長線上、微かな明かりが灯る古城が見えた。
(思っていたよりも小さいな)
自分の想像ではもっと大きく、シンデレラ城のような大きさの建造物を想像していたのだが。
まあ、あの城はあくまで神の招来を行うためだけの所なんだろうと見当をつけた。それ故にそこまで凝った建物ではないのだろう。
そこで、新はふと気づいた。
誰かがいる。
新がこれから歩く先、簡単に舗装された歩道の伸びていくところに何者かが一人、ぽつんと立っていた。
その人間は男性のようで今新の向いている方、城の方角を向いているようだった。自分にはまだ気付いていないようで、ただ城を眺めているように見える。
でも、新にとってそんなことはどうでもよかった。
その人物から目が離せない。
新は彼から何か途轍もないものを感じ取っていた。
強い。
新は直感した。
夕方に遭遇した『貪る群狼』などとは比べ物にならない。カンピオーネたる自分から見ても、自分と同じかそれ以上の凄まじい力を感じ取ることができた。
新が警戒すると、その人物は自分を注視する視線に気づいたようにこちらを振り向く。もしも彼がヴォバン侯爵側の勢力だとすれば、誰にも気付かれずに城に接近するという計画が破綻してしまう。
新は何が起こってもいいように、体の呪力を集中させる。もし敵対行動をとられれば、すぐさま彼の体をバラバラにするつもりだった。
(……………)
振り向いたその人物は、金髪の青年だった。
年齢は新より少し上と思われ、俗にハンサムと言われるような整った容姿をしている。
服装は黒のTシャツに半袖のジージャン、そして七分丈のズボンで、肩には釣竿を収納するようなケースを下げている。
日曜日に暇を持て余していた大学生が、少し近くの池にブラックバスでも釣りに行こうかなと出かけているのだと言われれば、納得できる姿だった。
新は警戒を怠らない。この周辺に目立った川や池なんて無かった筈だし、そもそもこんな深夜に普通釣りには行かない。
何が起こっても対応できるように神経を張り巡らせ、いざとなればクロも出て来るように態勢を整える。
ここから見ていれば、金髪のその青年は新に何か話しかけたそうしている様に見える。
(一体誰かは分からないが、それが敵なら強引に突破す)
「ねえ、何か食べるもの持ってないかな?」
(る、ってはあ!?)
金髪の青年は、とても朗らかで人懐っこさも感じられる笑顔でそう尋ねた。
「いやー助かったよ。ここまでやってきたのは良かったけど、お腹が空いちゃってさあ」
新から貰ったカロリーメイトをパクつきながら、歩道に座り込んでにこやかに笑う金髪の青年はそうのたまった。お礼は言っていたが、そこまで誠意が感じられるようには見えない。それが彼の素なのかは知らないが、とても軽いノリだった。
(……………………)
新は憮然とした表情で、彼の対面に胡坐をかきながら金髪の青年を見つめる。
新はカンピオーネの体質によって夜目が効いているため、特に照明は付けていない。それは青年の方も同じであるのかは分からないが、特に何も言われなかったためそのままにしておいた。
金髪の青年は能天気な人間のように見えた。
この期に及んでも新を欺いている可能性は無くはないが、新はその線はないだろうと踏んでいた。
なんというか、まともに人を騙す事ができそうもないくらいアホな人間に感じた。これが芝居だったなら、その反動で新は人間不信になってしまいそうな程に。
「それで?あんたは一体何をしていたんだ?」
新は尋ねる。敬語など使う気にもならなかった。
ここにいるのはあくまでこの先にある古城に向かう為であり、こんなところで油を売っている暇など無い。そのため新は少しイライラしていた。
そんな新の胸中など知ったことではないといった風に、早くもカロリーメイトの3分の2を食べ切った青年は気分が良さそうに話す。
「いやー、この先の城で神様が降臨するって噂を聞いてね。是非とも戦ってみたいと思ってここまでやって来たんだよ!」
「……………………は?」
その青年がどんなにバカな人間かはこの少ない時間とはいえ、凡そ掴めていたつもりだったが流石にその返答は予想外すぎた。というか新は一瞬思考停止してしまっていた。
そんな新の心情など知る由もなく、青年はさらに言葉を重ねる。
「うん、僕の師匠に言われたんだ。僕がもっと強くなるために神やカンピオーネと戦って己の血や肉と成せ!ってね」
「…………あのさ、それってRPG風に言うと始まりの町を出たばかりの冒険者がいきなりラスボスと戦うようなものじゃあ……」
呆れる余りそう口走った新は、青年を発見した時の感覚を思い出す。
あの体から感じ入った底知れぬ強さ。おそらくだが、全力状態のクロとタイマンを張っても打ち勝ってしまうはずだと直感した。
その感覚は青年が只者ではないと、何よりも雄弁に自分自身に語りかけているように見える。
そして、彼からはまつろわぬ神の気配が感じられない。そんなものが本当にあるかどうかは分からないが、神力を封印してその上に記憶すらも消してしまう方法がない限りあの立ち振る舞いはできないだろうと思った。
それならば。
彼が神では無いにも拘らず、神獣と戦い確実に打ち勝ってしまうだろうという力を持っているのだとすればその正体は。
新はある推測を持って対面に座る、既にカロリーメイトを食べ切ってしまった青年に尋ねる。
その推測は新でも考え難い、そう思った。あのような人種はそうそういるものじゃない。というか、あんなのが世界中にゴロゴロ存在しているのならばその時はもう世界の終わりとして魔術師に語り継がれるのではないだろうか。
しかし、少なくとも伝聞や書物からの情報による、彼らの平均的な人物像ではそれも十分にあり得るだろうとも考えていた。
それに。
自分があの城に向かってるのだから、もう一人くらい向かう奴がいてもおかしくは無いのかもしれない。目的に差があるとしても。
「なあ、少し尋ねたいことがあるんだが」
「ん、何だい?君は僕にこんなに美味しいものをくれた恩人だからね。自分のスリーサイズ以外なら何でも答えてあげるよ!」
新は青年からの馬鹿な言葉を無視し、深刻な顔をしながら新は口を開く。
「あんたは……………カンピオーネなのか?」
「うん」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「………あ、そう」
「そうだよ。いやー、少し前になってさ。師匠の言う通り神様やカンピオーネたちと沢山戦おうと思ってるんだ!」
カンピオーネということをあっさりと自白した青年は、太陽のような笑顔とともにそう語った。
最も、その笑顔は海の景色と一緒に楽しみながら眺めるような輝きではなく、炎天下の下での草むしりをする中で、ふと腰を後ろに反らしながら目に入る憎々しい光のように見えてしまったのだが。
新はその印象を後におき、再び尋ねる。
「えーと、神様と戦いに向かっている途中だって言ってたよな」
「うん。楽しみだね!いやあ、どれだけ強いんだろう!」
「あ~~~、その神様が招来させられる理由は知ってる?」
「ん?いや別に。別にいいじゃないか理由なんて。そこに強い神様がいるのなら戦わずにはいられないじゃないか!」
「………………」
ダメだこいつは。
新は心の中で頭を抱えた。
実際に知り合ったことのある人間ではないが、こいつは根っからのバトルジャンキーだ。戦うことができればいい、闘争こそが一番楽しいなんていうある意味一番面倒くさい人種だ。
(なあこのアホの師匠様、なんて事こいつに命じてくれやがったんだよ!)
新は空を仰いだ。
何故か、彼の師匠と思われる若い女性のしかめっ面が頭に思い浮かんだ。苦虫を噛み潰したような顔をしている。
ああ、あの人も苦労したのかと何故かわかった。
実は新こそが、これから欧州の魔術師たちが散々に振り回されることになる、カンピオーネたるこの青年の範の記念すべき最初の被害者になるのだが、そのようなこと新は知る由もなく。
(そこに神様がいるのならってどこの登山家だよ!……いや、登山家に失礼か)
頭の中で青年にツッコミを入れながら新はこの青年に一体何を言おうかと悩んだ。
生贄同然の巫女を救出することが新の目的であるため、最悪神を招来させるためにヴォバン侯爵と手を組んでしまうことは絶対に防がなくてはならない。
その為に、一体何を彼に語りかけるのが最善だろうか。
そこまで考えて、新は重要なことに思い立った。
「そういえば………俺、あんたの名前聞いてない」
名前を聞く流れの前にとんでもないことを口走られたため、今に至るまで肝心なことを聞き忘れていた。
目の前の青年もはっとしたような顔をする。
「そういえばそうだったね。いやあ、食べるのや話すのに夢中ですっかり忘れていたよ!」
「ああ、そうだな。考えるのに夢中でこっちも忘れていたよ。……俺の名前は南条新、よろしく」
「南条新……うん、しっかり覚えたよ!」
青年は満面の笑顔で応える。
これから、新が何年もその青年の自分への呼び声を聞くことになるとは思うことはなく。
そして、新もこれから何年もその青年の名を呼ぶことになるとは思ってもみなかった。
「僕の名前はサルバトーレだ。サルバトーレ・ドニ。よろしくね、新!」
その時、2人の間に風が吹いた。
極東に生まれた黒髪の魔王は、乱れる髪に手を抑えてしかめっ面をしている。
南欧に生まれた金髪の魔王は、風を気にすることもなく能天気に対面の少年に笑いかけている。
その何事もない様に見える風景は、二人のこれからの付き合いの様を象徴しているようにも見えた。
風が止み、その風景は終わりを告げる。
上空では、先刻よりも更に厚くなった雲が2人のカンピオーネを戦いへと誘うため、雷鳴という名の叫びを上げているように見える。
以上が2人の若き魔王、南条新とサルバトーレ・ドニの邂逅の一幕だった。