カンピオーネ!~Another Tales~   作:緑葉 青

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更新が2か月以上空いてしまって申し訳ありません。

はい、執筆にだれてくることが重なってしまったためです。それ以上でもそれ以下でもないですね、ごめんなさい。


これで第2章は終わりです。
元々七瀬の顔見せがメインの章だったのでこのくらいで。


第十四話

 腹の底に響くような叫びと共に、黒々とした牛鬼の眼が新を睨みつける。その刹那、巨木にも例えられるような太さの腕が、その巨体から繰り出されたとは思えない速度で放たれた。

 その一撃は、人間はおろか大型トラックでさえも拉げてしまう程の破壊力を持っていることは明白だったが、

 

「加速、10倍速!」

 

牛鬼の迫りくる腕を、新は自分の時間を加速させることで余裕を持って避ける。

 

(遅い)

 

 ゆっくりと牛鬼の腕が新の側面を通り過ぎていくのを視界の端に眺めながら、新は黒の焔を右手に集め、凝縮させる。

 南条新第2の権能、『天より降り立つ黒鴉』。この権能を使い始めた頃はその全ての力はクロ達を通じてしか発動ができなかったが、最近では新自身も天の焔を上手く扱えるようになっていた。

 

「―――らあッ!!」

 

 気合の声と共に、解き放つ。

 右手から解き放たれた天の焔は、轟音と共に牛鬼の胴体へ狙い過たず直撃した。

 

「―――――!!!」

 

 苦悶の呻きを上げながら、石畳の上へ倒れる牛鬼。しかし、これだけでは致命傷には程遠い。

 そしてそれは、新本人にとっても承知のこと。

 

「暁の鳥よ、天の焔を纏いて我が敵を焼き払え―――――――――クロっ!」

 

 聖句と共に、焔を身に纏ったクロが牛鬼の真上に出現する。そして突撃。

 このクロによる破壊力は、手負いの牛鬼を葬り去るのに充分過ぎるほどだった。

 

「これでウェルダン、一丁上がりだ」

 

 爆音と共に、消し飛ばされる牛鬼の命運。それを新が、爆風に目を細めながら眺めていた。

 

(まあ、厳密な肉体は無い奴らみたいだし食べられないんだけどな、牛鬼)

 

 もしも食べる機会があれば、興味本位で少しだけ食べてみたいなと思いながら。

 

「―――あと2体」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「………凄い」

 

 橘の口から零れたのは、紛れも無く感嘆の言葉だった。

 数十人以上の第一線級の魔術師が束になって漸く敵うかどうかであろう神獣。それを8体も相手にした場合、この遠崎分室だけでは到底抑えきることはできずに踏み潰される結果に終わる筈だ。

 しかし、今眼前に展開されている結果はどうだ。

 蹂躙されているのは紛れもなく牛鬼の方だった。南条新の使役する八咫烏が牛鬼たちの公園外への進出を抑え、彼が一体ずつ確実に焼き尽くしていく。

 牛鬼からの攻撃は一撃も当たることは無く、南条新からの攻撃は確実に命中する。

 

(こりゃ想像以上……本当に人間とは思えないや……)

 

 牛鬼が弱いのではなく、新が桁外れに強すぎるのだ。

 新の手から放たれる黒の焔。それを取ってみても、一般的な魔術師が使う魔術を超越した魔力が宿っていることは見ただけでわかった。それはまるで、大砲による一撃の様。

 一流の魔術師でさえも一瞬で体内の魔力を枯渇させてしまうような攻撃を立て続けに放ちながらも平然としているその様は、まさに超越者と呼ぶに相応しい。

 そして、

 

(そういえば七瀬さんも……思っていたよりもずっとやりますよね)

 

 ふと、橘は七瀬の方に視線を向ける。

 七瀬はカンピオーネではない。従って、神獣が跋扈するその広場に居続けるのはどう見ても危険なため、橘は早々に退避を敢行すると思っていた。

 しかし、その予想は早くも裏切られる。

 七瀬の射かける矢はその一撃一撃が第一線級魔術師に相応しいものであり、確実に牛鬼にダメージを蓄積させ続けていた。おそらく麻痺の状態異常も付与させているのであろうその矢によって、射かけられた対象の動きは確実に弱っているのが見て取られる。

 

(まあ、南条君の援護があってこそでしょうけど)

 

 七瀬の周りには10羽前後の八咫烏が展開している。

 その七瀬の周りを旋回する烏達は牛鬼の攻撃の妨害や、七瀬が標的とした牛鬼の動きの阻害などの支援作業を行っていた。遠くから見るだけでも、高度に組織立てられたと分かるような動きで。

 さらに、七瀬には南条新第一の権能『加減速制御』が掛けられているようだった。彼女の動きは明らかに人間の反応速度を超過している。

 弓構え、引分け、離れ。その全ての動きが目にも留まらぬ速度で行われた。それが、戦いが始まってから現在まで全く衰える気配が無く続けられている。

 

(動きの速さが数倍になるだけで全く違う。こんなにも戦闘が有利に運べるなんて)

 

 勿論、七瀬がここまで活躍していられるのは新のサポートがあってこそであるのは疑いようがない。牛鬼に対する防御、回避を八咫烏が一挙に担っているために彼女は攻撃だけに集中することができているのだ。だから、今の七瀬の活躍が彼女の力そのものであるという話でではないだろう。

 それでも、ここまで神獣に対して善戦ができるのならそれだけで褒められるべき強さを持っていると、橘は思った。

 

(良かった……本当に良かった。南条君が慰霊碑をぶち壊してしまった時はどうなってしまうかと思ったけど、これなら外に被害が出ずに問題を解決できる)

 

 橘の肺から、数秒かけて息が深く吐き出される。

 新の黒い炎が封印を破壊してしまったその瞬間、それを見ていた橘たち正史編纂委員は一気に恐慌状態に陥った(実際に気絶してしまったものも何人かいた)。

 しかし、一体どうなってしまうかと思ってみれば被害は慰霊碑を中心とした広場だけに集中する結果となっており、民間人への被害が出てくることはおそらくもう無いだろうと思われた。

 

(これであと1体ってトコかな。もう少し)

 

 新が呼び出したと思われる、炎を纏う八咫烏によってまた一体、牛鬼が焼き尽くされて絶命する。

 これで残りは広場の中央部、小型の八咫烏の包囲によって身動きが取れないでいる蜘蛛形の牛鬼一体のみ。

 もはや、牛鬼の殲滅が時間の問題なのは確定事項だろう。少なくとも、橘はそう思っていた。

 そのため、

 

「―――――――なっ!!?」

 

 その直後に七瀬が陥った危機に、橘をはじめとした委員会の人間が反応できなかったのは必然だっただろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 牛鬼との戦いにおいて、七瀬はこれまでにない程緊張していた。

 新に自分も戦うと自分の主張をねじ込んだのは良いものの、自分が神獣と戦うにあたってどう見ても足手まといになってしまうのは間違いなかったからだ。

 この戦いで命を落とす可能性も、十分あり得る。

 しかし、その予想は戦いが始まってすぐ裏切られることになる。無論、いい意味で。

 

「前栽の桜よ、我に敵討つ言の葉を与え給え―――――」

 

 呪言を紡ぐ。

 矢を向ける先は、所々に傷を負いながら、今こそ七瀬に襲いかかろうとする牛鬼。黒々とした筋肉質な体に、牛の顔。もしこの鬼の攻撃が直撃したなら、人間では即死は免れないだろう。

 欧米人がその姿を見たとするならば、ミノタウルスを呼称するような姿だった。

 牛鬼は、七瀬に殺意を向けて咆哮する。更に、丸太のような足を踏み出し目についた少女の息の根を止めるため走り出した。

 しかし、七瀬は焦らない。その必要はない。

 何故なら彼女はわずか数分の間に、周囲を旋回している八咫烏を信じられるくらいには彼らに何度も助けられていたのだから。

 

 上空に遷移した烏の中の一羽が、牛鬼の眼を爪で切り裂く。その加速は一般的な鳥が出すことができるソレを遥かに超えていた。

 一流の魔術師であっても困難なそれが容易く行えたように見えたのは、それは八咫烏が神獣故か、それとも南条新第一の権能によるものか。

 いずれにしろ、切り裂かれた目の痛みにのたうち回る牛鬼には既に七瀬を襲う力はない。

 だから、もう当てるだけで全てが事足りた。

 

「風よ、我が力を運びて鏃の光となさしめ給え―――!」

 

 呪言によって作り出されたのは金色の閃光が宿った矢。それが七瀬の右手から解き放たれ、一拍の後に牛鬼の頭蓋を貫いた。

 

(やった)

 

 呻き声と共に口から赤黒い血が溢れだし、轟音と共に倒れる。

 倒れる際に幾つもの石畳がめくれ、その欠片が七瀬の方にも飛び散ってきた。そしてそれを引き起こした牛鬼は既に事切れたようで、一瞬の沈黙の後、霞となって消滅した。

 

(これで、後一体。あれはもう彼に任せてもいいかな)

 

 高ぶっていた息を整える七瀬は視線を動かし、黒い炎に包まれている牛鬼に目を移す。

 蜘蛛のような姿をしたその神獣は既に多くの傷を受け、倒れ伏そうとしていた。その姿を離れた所から見ていた新は静かに右手を挙げ、振り下ろす。

 瞬間、牛鬼を包んでいた炎が更に強く燃え上がった。

 断末魔の叫びと共に消えていく牛鬼。凄まじい勢いで燃え広がっていく山火事の如く、全身を舐める様にのたうつ黒の輝きが神獣に引導を渡した。

 七瀬はそれを確認すると、安堵で全身の力を抜いた。両腕をだらりと下げ、深呼吸をしながら青空を仰ぐ。

 

 終わった。そう安心していたのが悪かったのか。

 

「――――きゃあっ!!??」

 

 突如として胸に衝撃が走った。

 予想外の事に思わず悲鳴を上げてしまい、それを腕で掴んでしまった七瀬は慌ててぶつけられたものを見る。

 それは、赤ん坊だった。

 粗末な布で包まれたその子供は、七瀬の姿を認めるとニヤリと笑う。その眼は赤ん坊が通常するはずのないものだった。まるで、上玉の獲物を手につかんだ獣のような。

 背筋が凍り、慌ててその赤ん坊を手放そうとする七瀬だったが、既に彼女は罠に落ちてしまっていた。

 

「――――――ッ!!」

 

 地面へ落ちた弓の音と共に、急に腕が下から伸びた腕に掴まれたかのように落ちる。

 その元凶、急激に体重を増加させた赤ん坊は顔が引き攣るような笑った顔のまま、その身体を変化させていった。

 石化していく。

 その上、七瀬の腕と同化させてしまったかのように体から離れなくなってしまう赤ん坊。そのため身動きが取れなくなってしまう七瀬は、内心歯噛みしながら牛鬼の伝承について必死にリフレインさせていた。

 

 山陰地方で伝えられる牛鬼の伝承は、他の地域と比べて些か特殊である。何故なら、牛鬼が人を襲う過程で唯一濡女が登場するためである。

 濡女とはもともと人の生き血を啜る蛇の妖怪であるが、牛鬼と共に現れる場合は蛇の要素は現れず、産女のようなものとして登場する。すなわち、腕に抱えている赤ん坊を通りすがりの通行人に抱えさせ、その赤ん坊を石に変化させて逃げることを奪う。そしてその後に牛鬼として変化して無防備となった人を襲うのだ。

 

 いつだったか、この公園の封印の話を聞かされた時に様々の牛鬼のバリエーション聞かされたことを思い出し、悔しがる。

 牛鬼が復活した際に、どうして初めは女性の姿で現れる山陰地方の牛鬼について、考えが回らなかったのだろうか?その事について考えが至っていれば、最初に見逃すこともなく、確実に倒すこともできたはずなのに。

 

(――――重いッ―――――!!)

 

 七瀬の体が、赤ん坊の重さに耐えきれずに跪かざるを得なくなる。何とか赤ん坊から手を放し、回避や反撃に移りたいところだが、それもできない。

 彼女が悪戦苦闘している間にも、目の前にいた濡女が、仮初の姿から本来の怪物の姿へ変身を遂げるために魔力を放出する。

「う……わ……………」

 

 七瀬の呻きと共に現れるのは、禍々しいオーラを全身から放つ神獣。

 牛の顔に、蜘蛛のような胴体。何処か土蜘蛛を思わせるその身体からは自然と毒素が漏れ出しているようで、不用意に牛鬼に近づくあらゆる生き物は全てその毒に命を奪われることだろう。

 口を開けると、呼吸と共に紫色のガスが口から噴出し、近くに生えていた草木をそのガスが覆っていった傍から枯らしていく。まるでファンタジー映画に出てくるようなシーンだったが、七瀬がそれを見て同じようなことも思うはずもなく。

 これから起こることを恐れた彼女が思わず両目を閉じてしまったのは、

 

 

 

 突如として牛鬼の上空へ降り立った新が、右手に宿した炎を叩き付ける直前だった。

 

 

 

「きゃああっ!!」

 

 突如として発生した轟音に悲鳴を上げる七瀬。

 が、それよりもはるかに大きく、牛鬼の絶叫が公園の中に響き渡る。しかし、その大声は一瞬で断末魔と化し、さらにその数秒後には声自体が聞こえなくなってしまった。

 その様子を、冷めた目で見つめる新。

 牛鬼の息の根を完全に止めたと判断した彼は地面に降り立つ。そして、彼の周りには10秒ほど前まで植物を枯らし続けていた毒ガスが見当たらなくなっていた。

 何故なら、彼の放った黒い炎は牛鬼の肉体のみならず、周囲にまき散らされていた毒素でさえも一瞬で焼き尽くしてしまったからだ。

 ウェルダンどころか完全に炭化してしまっている牛鬼の消滅を見届け、新は一言。

 

「みっしょんこんぷりーと………ってところかな?これは」

 

 新は気の抜けたことを言っているが、少なくとも彼の周りはそんなことを言っている場合ではない。

 新の立っている周りは完全に焼き尽くされ、焼け野原と化している。

 そこから少し離れた所では、幾つもの染井吉野が薙ぎ倒され、砕けてしまっている。

 その他にも、歩道や街路樹、街頭など無傷でいられているものが殆ど無くなってしまっているほどの惨状だった。

 が、

 

(ん~~~。いやあ終わった終わった!しっかし思ったよりも大したハプニングじゃなかったみたいだなコレ)

 

 この惨状を引き起こした張本人はその事について微塵も反省をしていなかった。

 まあ、本来なら遠崎市全体を巻き込んだ大事件に発展するところだったのが、この狭い範囲の被害だけで済んだという事は驚嘆に値するだろうし、封印の問題そのものが解決してしまったことも考えればその事について新を責める人間はいないだろう。

 

(………さて)

 

 新はおもむろに、七瀬の方に向かって歩き出す。

 地面にへたり込み呆けてしまっている七瀬へと、その様子に苦笑した新は手を差し出した。

 

「立てますか?先輩」

 

 その声に我に返った七瀬は、新の声を咀嚼しながら、彼の顔と右手の間の視線を数度往復させる。

 

「………………」

 

 数秒の沈黙の後、七瀬は新の手を取り少しだけ力を入れて握った。

 心なしか頬がほんのりと赤くなり、恥ずかしいのか目を新に合わせようとしない。

 新はその様子を意に介さず七瀬のほっそりとした手を握り返し、彼女がビックリしないような速さでゆっくりと立たせた。

 その後、七瀬が立ったことを確認した新は手を放す。

 

「あ………」

 

 その時に七瀬が口に出したどこか残念そうな声に、新は訝しむ。

 

「………何か?」

「……!?い、いえっ!何でもありませんよっ!」

「??……そうですか」

 

 七瀬の様子に何かあると思われたが、自分には関係のないことだろうと見当をつけ、考えるのをやめる。

 そして、七瀬が落ち着いた時を見計らい声をかけた。

 

「さて、もう俺は帰っていいんでしょうか?」

 

 その言葉に、七瀬は少しだけ呆けていたがすぐに反応を返す。

 

「え………あ、はい。これからの後始末は委員会の人達が行ってくれると思いますので、大丈夫なはずです……それと後日、私とは別の委員会の人間が挨拶に来ると思いますので、よろしくお願いします」

「………面倒ですね。それ、無しにしてくれません?」

「ええ……!?………ま、まあ南条君がそういうんでしたら無理に来られること無いでしょうが」

「じゃあそうしてくれませんか?わざわざ家に帰ってからまた面倒くさいことになるのは嫌ですからね」

 

 新と七瀬の会話と様子から判断するに、つい先日の屋上での出来事よりもずっと距離が近づいている様だった。

 内容は業務的な会話だったが、2人の様子は少なくとも一方が相手を嫌っているという訳では無く、意図的に壁を作っている訳でも無い様だった。

 これなら、まあまあ仲のいい先輩後輩同士に見える位には。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 七瀬とひとしきり話した後、新は踵を返す。

 

「それじゃあ俺は帰ります。先輩はどうしますか?」

「私はここに残りますね。まだやらなければいけない事もありますから」

「―――そうですか。では、朱東坂先輩。また学校で」

「――――はい。また学校で、南条君」

 

 2人は互いに挨拶を交わし、新は歩き出す。

 その直後だった。突然話しかけられたのは。

 

「申し訳ありません。お帰りになる前に少々こちらの話をお聞きいただきたいのですが宜しいでしょうか、南条新様」

「………誰?」

 

 新は急に聞こえてきたその声に、訝しみながら声の方向を見る。

 するとそこには、チラリと一目見れば分かるほどの、赤髪の美少年が佇んでいた。

 おそらく、新よりも年下だろうか。真っ白なカッターシャツに赤色のネクタイ。ベージュのチノ・パンツに白のスニーカー。そのどれもが高級ブランド品と分かるような品の良さを放ち、着こなす人物の格好良さを更に引き立てていた。

 目にした少年を見て、新は直感する。

 

(コイツ、男の敵だ………!)

 

 そう思ってしまうが、まさか彼が何者なのかも分からないのに敵対行動を採るわけにはいかない。

 その新の心情を知ってか知らずか、その美少年は優雅な動きで礼をした。

 

「本日より、正史編纂委員会遠崎分室室長に任ぜられました、沙耶宮馨と申します。お初にお目にかかります、南条新様。今日はご挨拶と、これからについてのご説明に参りました」

「室長……?それって支部長みたいなもの?君、悪いけど年いくつ?」

 

 思わず眉を顰めてしまう新に、「沙耶宮…!」と驚愕した様子で呟く七瀬。その様子を見ながら沙耶宮馨はにっこりと笑いかけて答える。

 

「中学2年……今年で14歳になります」

「中2!?俺より2歳年下じゃん!中学生がそんなことするってその委員会ってどんだけ実力主義なんだよ!」

「いえ……。実は、私は沙耶宮家の当主となることが決まっておりまして。遠崎分室の室長を仰せつかったのはそのための社会勉強の一環という面が強いんです。勿論、これからも委員会の皆さんに様々な手助けを借りることも多いでしょうし、私みたいな若輩者がそう容易く責任ある立場になるようなことはそうあることではありません」

「いや……そんな職場体験学習のようなノリでいいのかよ………」

 

 新のぼやくようなツッコミは沙耶宮馨には聞こえなかったようで、そのまま話を進められた。

 

「もしよければ、昼食と一緒に私と話しませんか?……南条様に話さなければならないこともありますし。勿論、食事代はすべて私が支払いましょう」

 

 新は少し考える。

 時刻はもうすぐ昼食にはなかなかいい感じの時間帯になる。ついさっきまで運動をしていたからお腹も空いている所だ。面倒な事を聞かれれば、答えることを拒否すればいいし、まあ良いだろう。

 

「うん、じゃあ行こうか。もうすぐお昼だしね………先輩はどうしますか?」

 

 沙耶宮馨の申し出を受けた新は、七瀬の方を向き尋ねる。

 それを見た馨は、気を利かせてこう言った。

 

「そうですね……南条様もこう仰っていますし、私たちとご一緒にどうですか?勿論、委員会の方々には現場報告と言っておきますので」

 

 七瀬はそれを聞き肩をビクつかせた後、数秒間目線を宙に泳がせてから同行することを了承した。

 それから3人は、公園から出るために歩き出す。

 

「それでは行きましょうか。ここに来る途中に丁度具合が良さそうな感じの洋食屋さんが居を構えていましたので」

「結構チョイスが適当だな……いや、ここに来てまだ時間が立ってないならしょうがないの…かな?」

「ええ、今日ここに到着しました。その直後にカンピオーネの方と謁見することになるとは夢にも思ってませんでしたよ」

「今日!?そりゃあ大変だ。観光どころか自分の家にすらまだ行って無いんじゃないか?」

「ええ、そうなんですよ恥ずかしながら………」

 

 新と馨は出会ってからわずか数分にして、親しげに話すようになった。

 これについては、初めから転倒した七瀬を批判するのではなく流石は沙耶宮馨だと、その会話術の手腕をほめるべきであろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「………………」

 

 仲が良さそうな南条新を沙耶宮馨が話しながら歩く、その3歩後ろをついていく七瀬は、馨の人当たりの良さに驚きながら、こんなことを考えていた。

 

(沙耶宮馨………確かに四家の中の一つ、沙耶宮家には馨という才児がいたはず。次期当主となる最有力候補と聞いていたけど……)

 

 七瀬は首を傾げ、馨を見つめて眉を顰める。

 

(その馨って人は女の子って聞いてたんだけどなあ………お父さん、間違って聞いてきちゃったのかな?)

 

 確かに沙耶宮馨は中性的な顔をしており、成程、女装すれば確かに目覚ましいまでの美少女になるだろう。だがそれでも、一般的な私服の姿で間違えることはあるのだろうか?

 七瀬は一瞬、彼が冷水や熱湯を被る事で性別が変化する特殊能力を持っているのかもしれないと邪推したが、その考えはあまりにも馬鹿馬鹿しくて振り払った。

 まあ十中八九、誰かが間違えてしまった情報を父が鵜呑みにしてしまったという事だろう。

 

(………おっと)

 

 少し考えすぎていただろうか。

 2人の間の距離が些か開きすぎていたことに気付いた七瀬は前を向き、3人で美味しい昼食にありつく為に歩調を速めだす。

 

(橘さんには悪いけど、ご飯、ご飯!)

 

 新と馨に追いついた七瀬は新の隣へ追いつき、会話の輪の中に入る。

 そうして3人は、太陽の日が燦々と降る真夏の町の中へ繰り出していった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 宇志ノ杜公園での顛末から、2週間ほどが経った頃。

 文化祭の次週に体育祭という怒涛の学校行事ラッシュが過ぎて、清海高校の生徒と教員たちは束の間の平穏を謳歌していた。

 

「……!おはようございます、朱東坂先輩」

「あ、おはよう。南条君」

 

 七瀬とばったり正面玄関で鉢合わせした新は、彼女と挨拶を交わす。

 

「体育祭も文化祭も、先輩は大活躍だったようで」

「……………はは、私としては、そんなつもりは無かったんだけどね……」

 

 仲が良さそうに会話を交わす2人。

 その様子を見るに2週間前よりも、互いの間はずっと距離が縮まっている様に見えるだろう。

 

 

 

 宇志ノ杜公園での戦いの後、新、馨、七瀬の3人の姿は個人経営と思われる洋食店の中にあった。

 其処で新はメンチカツを切り分けながら、カルボナーラスパゲッティを口に運ぶ馨から委員会側でのことの顛末の説明を聞かされていた。

 

 何でも馨が東京から遠崎市まで派遣されてきた元々の理由は、遠崎分室の独断専行にあったらしい。

 元々は委員会の本部から派遣されて来た別の人間が南条新との交渉を担う予定だったものの、功績を打ち立てて更なる昇進を狙う前・遠崎分室室長が独断で南条新へ接触を開始することを決定したのが事の始まりだったようだった。

 しかもその方策その物は、末端のエージェントに全て押し付けてしまったというのだから笑えない。ほぼ間違いなく、失敗した場合は責任を末端に押し付け、成功した場合のみ成果を独り占めするつもりだったのだろうという事。

 

 その情報を手に入れた委員会本部は急遽今から動くことができて、遠崎分室の全権を担うくらいの働きができると判断された唯一の人材である、沙耶宮馨に白羽の矢を立て、新遠崎分室長に任命して送り出したとのことだった。

 

 新はそれを聞き「しょうもな……」と呟き、七瀬はコーヒーカップに手をつけながらどこか憂いを秘めたため息を吐いた。

 

 馨はその2人の姿に苦笑しながら、話を続ける。

 彼が公園に行く前に遠崎支部へ前・遠崎分室長を更迭したこと。数日のうちに、宇志ノ杜公園は再建されるであろう事。そして、今回前・分室長に対して更に独断専行を行った橘京花以下数名の職員の給与削減が決まったことなど。

 新は給与削減に対して少し罰が軽いのではないかと指摘したが、馨曰く、

 

「まあ、彼らの気持ちも分かりますしね………それに、やらかしたことが結構面白かったですし」

 

だった。

 新はそれでいいのかと思ったが、指摘しないでおいた。それ以上突っ込むと、更に面倒な事態へ発展しそうだったからだ。

 

 ちなみにその時七瀬が傍目から見るだけでもはっきりとした安堵のため息を吐いたのが、新には印象的だった。

 

 

 

 取り留めのない話をしながら、新と七瀬は別れた。何でも、弓道部の部長としての朝練が七瀬にはあるらしい。

 教室棟と部室棟の交差路で別れ、新は教室に向かう。そして自分の教室に入ると、何やらいつもよりずっとクラスメイトが騒がしかった。

 何せいつも休み時間に読書をしていたり、予習復習を行っている生徒でさえもどことなく落ち着きがない程だ。

 

「おはよういぶき……何この騒ぎ」

 

 新は自分の席に着き、隣でどこかそわそわしていたいぶきに向かって尋ねる。

 

「あ、おはよう新。何でも転校生がこのクラスにやってくるんだって」

「転校生?」

「職員室を覗いた奴の話じゃ、金髪の美人らしいぞ!」

 

 新といぶきの話に百春も加わり、会話に花が咲く。

 

「金髪って………外国人か?」

「みたいだね……。どうして転校してきたんだろう、ここはインターナショナルスクールでもないのにね」

「ハーフなんじゃないのか?そしたら別に不自然じゃないだろ」

「ああ、成程」

 

 3人が適当な推論を並べていくうちにチャイムが鳴り、ホームルームが始まる。

 その後、やって来たクラス担任は皆の期待に違わずこう言った。

 

「えっえー。中には噂を耳にしている人もいると思いますが、このクラスに転校生がやってきます!」

「おお―――」

 

 まるで自分の功績の如く高らかに発表する担任だったが、生徒たちはそれを気にすることなく期待の声を漏らす。

 

「さらにっ!金髪です!外国人の女の子です!美人さんです!」

「おおおおおっ!」

 

 その発表と共に、期待の声はさらに高まる。

 その様子にクラス担任は満足げに頷き、両腕を扉の方に向ける。

 

「ではどうぞ!入ってきてください!」

 

 担任の声を受け、教室の扉が開く。その音により、教室の期待は最高潮に達した。

 そして、転校生が教室へ足を踏み入れる。

 

 

「――――――♪」

 

 楽しそうに入ってきたのは、担任の言葉通りの少女だった。

 すらりとした透き通る程の白く長い脚に、程よくくびれた腰。少女としては十分なほどの女らしさを主張する胸部。そして、ロングのプラチナブロンドの髪はうなじの所で一つに括られ、束になった金の髪が彼女の歩きに従ってくるくると揺れる。

 

「――――――――うわ」

 

 教室の生徒たちは、少女の美しさに感嘆の声しか出せない。

 最も、見慣れない西洋人に対する補正がかかっていることも考慮しなければならないだろうが、彼女はそれでも目が覚めるほどの美人だった。

 

「―――――――マジかよ」

 

 そして新は、感嘆というよりは驚愕の声が口から洩れる。

 

 そんなクラスの視線を一身に浴びる少女は担任の期待の視線を受けながら壇上に登る。

 その後、彼女は数秒間だけ目を閉じ、その後目を開けてから自己紹介を始めた。

 

「フィンランドはヘルシンキからやってきました、カティ・ルフタサーリです。好きなものは家族、そしてアイスクリーム。嫌いなものは狼とトマトです。皆さん、私は日本の文化に慣れていないところが沢山あると思いますが、その時は是非とも助けてください」

 

 転校生、カティ・ルフタサーリから聞こえてくるのは妖精を思わせる鈴のような美しい声。その事に、クラスの半分以上が目を見開いた。

 

「これから、よろしくお願いします」

 

 挨拶が終わり、ぎこちなくした礼が住んだ後にカティは目ざとく新に視線を向けると天使のような笑みを向け、一瞬だけウインクを彼に向かって飛ばす。

 

「――――――ッ!」

 

 夏休みの別れの時を思い出し、赤面する新。

 その事は、この直後に拍手が響き渡ったことによりクラスの誰も気づくことが無かったのは幸いと言えるだろう。

 

「ははは―――――――マジか」

 

 自分の今までの日常が砕けていく音が聞こえてくる。

 でも今まで極端に嫌っていたそのことは不思議と、心に嫌な感じはなかった。

 それは、今までの日常が砕けていくのと同時、新しい日常が即座に組み上がっていく音も新にはなぜか聞こえていたからなのだろうか。




とりあえず指摘が入る前に言っておきますと、作者は原作キャラ「沙耶宮馨」に対しては、彼女を少女と思っていません。
というか、彼女を女性というカテゴリに入れるにはどう考えても違和感がありすぎです。彼女を十三話で「少年」と記していたのもそのためです。まあ、稀に少女もひっくるめて少年と呼ぶこともありますし、問題はないでしょう、たぶん。

次回から新章に入ります。
タイトルは「第三の権能と、二柱の天使と(仮)」となっております。
気長に待っていただければ幸いです。

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