カンピオーネ!~Another Tales~   作:緑葉 青

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第十三話

 遠崎市では、代表的な市民の足として路面電車が代表的なものとして挙げられる。

 大正時代に運航が始まったこの電車は、遠崎市市民で利用したことのないと答える人はまず存在しないだろう。

 

(と、と、と~さききょうぶんど~~~む~かしむかしのそのむっかし~か~わっのうっえから~どんぶっらこ~~~)

 

 車内に流れる老舗洋菓子店のテーマソングを心の中で口ずさむ少年、南条新は座席の一番端に座り、ぼんやりと車外の景色を眺めていた。

 車内は家族連れも散見し、座ることができず立っている人も多く見受けられる。

 しかし幸いに新の向かいにはそのような人はおらず、外を眺めるのに何ら支障は無かった。

 

(………まさか、翌日にお呼びがかかるとは思っていなかったんだけどな)

 

 あれから朱東坂七瀬がどうしてくるのか昨晩新は色々考えを巡らせていたのだが、まさかこんなに早く再コンタクトを取ってくるとは思わなかった。

 

『お話したい事があります。どうか、私と会って頂けませんか?』

 

 そんな事を電話口で言われたのだ。

 この申し出を蹴ることもできたが、昨日彼女に念押しした事を勘案すれば、再び同じような事を別の日に言われることだろう。

 つまり、彼女はどうしても新に話さなければいけない事があるのだと推測できる。

 

(面倒なことに巻き込まれること確実だな。全く、せっかくの休みの日なのに)

 

 結果的に、新はこの申し出を承諾した。

 このまま逃げるよりは、まだしもそっちの方が合理的な判断だろう。

 しかし、新には疑問点が1つ。

 

(しかも何で待ち合わせ場所があそこなんだ?)

 

 朱東坂七瀬から指定された待ち合わせ場所は、新どころか遠崎市民の誰だって知っているようなスポットの一つだった。

 確か、新は小学校の時の課外授業の時以来言ったことは無かった筈だ。バスや電車の移動中、窓から見えることはあったが。

 

(ただ単に分かりやすい集合場所にした……それじゃあ少し薄いな。……まあいいや、別にこっちにとって悪いことってわけでもないし)

 

 そこまで考えた所で、丁度新が降りる駅のアナウンスが流れる。

 おもむろに財布からICカードを取り出し、座席を立つ。電車が止まり、乗客の流れに乗って下車をする。

 

(こんな夏真っ盛りの日に、屋外にいるなんてあまり気が乗らないんだがな)

 

 新が現在立っている停留所は遠崎市市街地の中心部であり、今でも日差しが容赦なく照りつける場所だ。

 だが、あの待ち合わせ場所に行けば少しはその暑さも紛れるだろうか。

 

(宇志ノ杜公園、ねえ)

 

 どうせなら、待ち合わせの場所はクーラーの効いた屋内が良かったが、向こうの希望ならしょうがない。

 歩行者用信号が青になるのを確認し、眼前の公園に歩を進めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

(人払い……か?)

 

 集合場所に近づく程、目の前に現れる市民の数が少しずつ減少してきている。

 更に、周辺の空気に呪力が滞留してきているのが感じられる。

 それ故に、新はこの公園一帯に「人払い」の魔術がかけられているのがよく分かる。その結界は、カティがハルシュタットで展開したものよりもずっと大規模に展開されている様だった。

 

(人に聞かれたくない事を話すのなら、こんなところに来なければいいのに)

 

 この公園を待ち合わせ場所に指定した七瀬の真意がどうしても気になる。

 もしその事に大した理由が無かったなら、必ずクーラーの効いた場所に移動してもらおうと新は決めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

(待ち合わせの10分前……南条君は時間にルーズってわけではないみたいかな。まあ、1時間前から待ってる七瀬さんに比べればまだまだだろうけど)

 

 宇志ノ杜公園が一望できる雑居ビルの5階には、正史編纂委員会、遠崎支部が保有している一室がある。 

 そこから橘は、幾人かの同僚と共に南条新と七瀬の姿を認めていた。

 

(とても真剣だったなあ、七瀬さん)

 

 昨晩、七瀬を彼女の家に送り届けた直後、橘が直談判されたのがそれだった。

 即ち、南条新を宇志ノ杜公園に呼び出すことへの了承。そして、その公園一帯に人払いの結界を張ることである。

 勿論、本来なら市街地のような人口密集地域でカンピオーネの怒りに触れるかもしれないことをするわけにはいかない。それに、「宇志ノ杜公園」という場所も大きな問題だった。

 何故なら、まさしくそこが遠崎市の「爆弾」の中心部だったのだから。

 

(………とはいえ、南条君に協力を仰ぐにはここ以上分かりやすい所が無いのも事実)

 

 今でもこの公園には封印の呪力の残滓が常に滞留し、魔術を嗜んでいる者であったなら他の場所との差異を見つけることも難しくはない。それが、人間よりもはるかに呪力の探知に優れるカンピオーネなら尚更だ。

 勿論、この地域随一のホットスポットにカンピオーネを招くことはそれ相応のリスクも伴う。だが、初めての対面で失敗し、普通の接触方法では逆に危ないと思えた以上、これに賭けてみるのも悪くは無いだろう。

 

(私の保身とボーナスと給料がかかっていますからね。何としてでも成功させてくださいよ、七瀬さん)

 

 上司のデスクにこの計画の置手紙をするという、良く言ったとしても事後承諾としか取れない独断専行を取った橘の責任追及は始末書どころではないはずだ。

 しかし、彼女は上司への不満から開き直っていた。

 

(別に、成功してしまえば文句は無いでしょ。それに私は元々、『方法は全て君に一任するよ』なんて言われていたんだし。………くくっ、ざまあ)

 

 心中で黒い笑みを浮かべながら、彼女は傍に置いておいたペットボトルを取り出し、紅茶を口に含んだ。

クーラーの恩恵を一身に受けながら、橘は2人の監視を続ける。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 新にとって、宇志ノ杜公園の慰霊碑は課外学習時に何度か訪れた程度の関わりしかない。それはこれからも変わることは無いと彼は思っていたし、そうでなくなる要因について、新には心当たりが無かった。

 だが、その考えは返上しなければならなくなったようだ。

 

「………ここまでお呼び立てして申し訳ありません、南条新様」

 

 広い広場にたった一人だけ、慰霊碑の傍に直立不動の体勢で立っていた朱東坂七瀬と向かい合う。

 彼女の挨拶は、新に疑問の回答を与えたような気がした。

 

「……此処に俺を呼んだのは、この呪力の渦と関係があるんですか?」

 

 気にはなっていた。

 宇志ノ杜公園に入った途端、カンピオーネとしての呪力感知能力が力の流れを教えてくれるからだ。

 そしてその流れは渦を巻きながら、新の目の前の慰霊碑から発せられ、収束している。

 新の問いに、朱東坂七瀬はそのままの体勢で首肯する。

 

「はい。この呪力は遠崎大空襲慰霊碑を中心として発せられる物です。そしてその封印の規模だけであるなら、西日本でも最大と言っていいでしょう」

「封印?」

 

 何やら、訳ありな単語が聞こえてきた。

 

「はい。この慰霊碑はとある神獣を封印しているのです。その神獣は今から数百年前にここで封印されたのですが、今までに一度、空襲の影響によって封印が破壊され、顕現したことがあります。この公園はその際、再封印を施した後に作られたものなのです」

 

 何か凄いことを言われた。

 あの慰霊碑は、今でも時たまニュースで見ることのあるものだったが、それがまさか神獣を封印するために作られたものだったとは。

 

「………よくその封印をこんな人口密集地区に作ろうと思いましたね」

「そうですね……当時、最も早く封印を完遂するにはこの場所しか無かったからと聞いています。今から約60年前の復活時、空襲の影響もありまして対処のための遠崎の魔術関係者が全く足りず、神獣は一週間暴れまわったそうです」

「!!」

 

 新は思わず驚愕した。

 今から60年前、遠崎市はそんなダブルパンチを食らっていたとは。

 

「各地からの救援は県外からも押し寄せていったそうですが、それでもどこか別の所に封印の地を設定する余力は無かったようです。そしてここは以前から存在していた封印を修復して再設置するだけでよかったため、封印設置場所はこの現宇志ノ杜公園に決定したと言われています」

 

 成程。一応は理解した。

 確かに空襲の真っただ中に神獣が出てくれば、この町はとんでもないことになったに違いない。

 

「そうですか……で、あなたは俺をここに読んで何がしたいんです?」

 

 その言葉に、七瀬はただでさえぴっしりとしていた姿勢をさらに正す。

 

「………実は、近年この慰霊碑に仕掛けられてある封印が弱体化し、解れかかっているのが明らかになっています」

「そりゃ大変だ」

「このままでは近いうちに神獣が復活し、この町に多大な被害をもたらしてしまうでしょう」

「それは困るな」

 

 この辺りが特に生活圏という訳ではないが、たまに買い物に来たりもする。それができなくなるのは止めて欲しかった。

 自分の主張が好意的に受け止められたと思ったのか、七瀬はホッとしながら言葉を続ける。

 

「はい、ですから南条様にはこれの対処をお願いしたいのです」

「………具体的には?」

「そうですね………出来れば、神獣が二度と復活しない位の強力な封印の再構築をお願いしたいのですが」

 

 無理だ。新は早々に結論を出した。

 自分はそもそも魔術を使ったことのない人間だ。権能しか使えないのに何で封印なんて高度なことができるのであろうか。

 心中で嘆息する。しかしその代わりに解決策を思いついた。

 

「封印はできません」

「そうですか……」

「ですが、何とかすることならできるでしょう」

「!?本当ですか!?」

「ええ」

 

 残念そうに落ち込んだ七瀬の顔が、その5秒後には復活する。彼女は見かけによらず感情表現が豊かな方の人間なのかもしれない。

 新はその表情変化を満足げに眺める。

 彼の案は、あと1時間もすれば万事解決するくらいの最良の策だと、新は結論を出していた。

 

「あの慰霊碑を封印ごと破壊して、出てきた神獣を速攻で殺してしまうというのは如何でしょう?」

「……………………………………………は?」

 

 反応は思っていたよりも芳しくなかった。何故だ?

 

「な、なな何を言っているんですか!?駄目に決まっているじゃないですか!!そんなことしたら、この周囲がどんな惨状になるか―――――」

 

 しかも完全否定された。

 

「でもなあ………別に封印されているのってまつろわぬ神じゃなくて、神獣なんでしょ?だったらサクッと倒せますけどね、俺なら」

 

 思わず唖然としてしまったが、新の言っていることに偽りはないだろうと、七瀬は思う。

 まつろわぬ神と互角に戦いうるカンピオーネであれば、その眷属でしかない神獣は敵ではないだろう。

 しかし、

 

「そそ、それでも認められません……!この公園には人払いの結界は張っていますが、その結界は物理、呪力攻撃には何の効果もないのです!万が一流れ弾の類が結界を超えて、市街地に飛び込んでいくようになったら……!」

 

 七瀬の主張には一理ある。

 2人が立っている所は緑に覆われてはいるものの、ここはあくまで市街地の中心部。もし神獣の討伐という選択肢を取るのだとすれば、周囲への隠蔽工作等、それなりの準備を進める必要があるだろう。それが、いかに神獣相手に負けることがまず無いカンピオーネが討伐という選択肢を取るのだとしても、だ。

 とはいえ、

 

「その心配は大丈夫ですよ。ええ問題ないですね。その神獣が現れた瞬間に嫌って程の攻撃を叩き付けて瞬殺すればいいんですから。それでミッションコンプリートです」

 

 その話を聞いて、新が簡単に納得するはずもなく。

 おもむろに彼が右手を掲げると、黒色の炎と共に慰霊碑の上に体長10メートル級の八咫烏が出現した。

 七瀬は顔面蒼白になり、何とか新を止めようとするも

 

「―――――暁の鳥よ、黒き炎を纏いし汝よ!わが敵を討ち、光明を示せ!」

 

 彼女が何かをするよりも、新が聖句を完成させる方が早かった。

 

「な―――――――――――!?」

 

 そして新の意思に見事応えた神獣、「八咫烏」は狙いを寸分も狂わせることなく、黒の炎を慰霊碑に叩き付ける。

 

「―――――――――――――――――――――!!」

 

 慰霊碑はなす術もなく倒壊し、破片が周囲にまき散らされる。

 立っていた場所から逃げる七瀬の悲鳴は、慰霊碑の崩れ去る音に紛れて新にはよく聞こえなかった。

 そして残念にもその事は、蘇ってくる神獣を手ぐすねを引いて待ち構える新にとってどうでも良いことでしかなかった。

 

「―――――来たか」

 

 慰霊碑があった場所に呪力が収束し、何らかの生き物の形を成して行っているのがよく分かる。

 想像を超えるほどの呪力の大きさでもないし、別に体が戦闘状態に移行していくわけでもない。通常の人間ならば一大事だろうが、カンピオーネにとってはまつろわぬ神でもない怪獣程度、負ける気がしなかった。

 

「――――暁の鳥よ、我に応えよ」

 

 口元に笑みを浮かべる新は、別に神獣が形を成すまで待つつもりは無かった。

 一撃必殺。

 上空のクロに呪力を流し込み、一瞬で片をつけるべく聖句を紡ぐ。

 

「暁の炎よ、黒き翼と成し、我が敵を焼き払え!」

 

 新の聖句が完成するや否や、クロの体が炎に包まれる。

 その後、漆黒の炎を纏ったクロは未だ形を成さない神獣に体当たりし大爆発を起こした。

 

「くっ――――!」

 

 いつの間にか新の隣に逃げてきていた朱東坂七瀬が、身を打ちつける爆風に対してくぐもった呻きを上げる。

 

「うむ。完璧」

 

 そんな彼女を尻目に、新は確かにまだ顕現し切っていない神獣が完全に消滅したことを確認した。

 一体何の神獣だったのか結局分からなかったが、まあ大した問題ではない。

 

「よし、じゃあもう帰るか。いいですよね朱東坂先――――――」

 

 自分のやるべきことは済んだ。

 そう思って帰宅しようとし、新の傍にいた七瀬に声をかけたその時

 

“公園内の複数個所から、呪力の塊が爆発した”

 

「な――――!!??」

 

 それは新にとっても、そして隣の七瀬にとっても完全に予想外の出来事だっただろう。

 人払いの結界内とはいえ、先程新が倒した神獣とほぼ同じ力を持つと思われる神獣の気配が約10、突然に表れたのだ。

 予想外の事に、2人はそれらが形作られていく事を見ていることしかできない。

 

「―――――本当に怪獣だ」

 

 ぽつり、新が呟く。

 その認識は間違いではなかったが、次々と現れる神獣は必ずしもそうとは限らなかった。

 ある物は、頭が牛で一つ目、そして胴体が鬼のような姿をし、ある物はその逆、頭が鬼で胴体が牛の姿をしていた。

 その隣では、頭が牛で胴体が蜘蛛の姿をした物が叫びを上げ、蝙蝠の羽を持った牛が翼を広げていた。

 またその向かい、顔が龍で体が鯨の形をした物も周りに水が無いにも拘らず、ゆっくりと身を起こす。

 

 その全てが巨大な化物で、神獣だった。

 

「あ~と、先輩?こいつ等、一体何なんですかね、今更ですが」

 

 新は自分に突き刺さるやっちまった感に冷や汗が出そうになりながら、七瀬に聞く。

 その七瀬は新とは反対側、突如として現れた女性の姿を睨んでいた。

 彼女は発生した事態に険しい顔をして、体内の呪力を引き出し、周囲に気を配りながらその問いに答えた。

 

「…………牛鬼、です」

 

 

 牛鬼は、西日本各地にその伝承が認められる怪物の一体だ。

 性格は非常に獰猛かつ残忍で、鋭い爪や角で人を襲ったり、毒を吐いて人を食い殺すと言われている。

 姿は土地によって異なり、一般的な怪物のような姿をしているものや、篝火の姿をとって実態を持たない物、更には女性の姿を取って現れる物まで存在する。

 

 牛鬼に関して最も古い記述は、『出雲風土記』に記されている頭が牛で体が鬼、一つ目である、というものだ。

 また福岡県、観音寺の所有する巻物には人々を困らせていた牛の化物を徳の高い僧が退治したという記述がある。またその寺では今でも、その牛鬼の左腕の骨が所蔵されていると言われている。

 口承の形をとって残された民話や昔話の類も多く、牛鬼の伝承は北九州、山陰、瀬戸内、四国、近畿と言った非常に広い範囲で確認されている。

 

 牛鬼に関する、西日本各地の伝承は非常に多彩であるが、共通点も幾つか存在する。

 出没する場所の多くは海岸や水辺の近くで、その性質は人や家畜に害をなし凶暴。そして人に討ち取られたという記述も多く確認される。

 代表的なものは、愛媛県宇和島地方のもので、人に害をなす巨大な牛鬼を山伏が見事に退治したというものだ。眉間に刀を突き刺し、その後死体を切り刻んで捨てたという。その死体から流れ出した血は七日七晩流れ続け、淵となり、牛鬼淵と呼ばれるようになったという。また、同名の淵は四国全域に存在が確認されている。

 

 このように非常に人々から恐れられた牛鬼であるが、肝心な姿形に関する記述が意外と少ない。

 にもかかわらず、人々は牛鬼という怪物をちゃんと理解して、恐れる。何故ならば、牛鬼という怪異はその外見によって認識されることではなく行われた行為によって認識されるものと考えられるからだ。

 その結果、牛鬼はその伝承が広く拡散していながらも姿形が一定していない。そして、対象化されたのも画家たちの手によって妖怪画等に抽出されてから後、比較的新しいことではないかと思われている。

 

 

「こりゃ、結構不味いかもな………」

 

 新は身を起こし、動き出そうとする牛鬼たちに対して苦い顔を隠そうともしなかった。

 

(こいつらに負ける気は一切ない。だが、それでもこいつらは多すぎる)

 

 今この広場に存在する牛鬼は8体。そのどれもが神獣クラスだが、新は8体同時に相手にしても勝つことができる自信があった。

 しかし、ここは市街地の中心部にある公園だ。しかも、休日の昼間となれば街に繰り出している市民の数も相当なものになる筈。

 もし1体でも公園の外に出られれば、大惨事となってしまうのは避けられないだろう。

 

「暁の鳥よ、数多の姿となりてこの空を統べよ!」

 

 新の紡ぐ聖句と共に、数十羽のクロたちが広場を中心に現れる。

 木の上に止まるクロや、牛鬼の真上を旋回しているクロ。その数十羽全てが、牛鬼たちを取り囲むような立ち位置を取っている。新が絶対に牛鬼を逃がさないように厳命した結果だ。

 

「朱東坂先輩はここから早く逃げてください。ここは俺が何とかしますので――――」

「必要ありません、そんなもの」

 

 自分の隣にいたはずの七瀬に避難を勧めたが、速攻で拒否されてしまった。

 しかも、新が振り向けばいつの間にか彼女の手には、弓道で使うよりも長い弓が握られている。

 

「天鳴る我が守神よ。我が祈りを稲妻と成し、黄金の鏃と為さしめ給え――――」

 

 今まで新が聞いてきたよりも低い声と共に、きりきりと、弓が引かれる。

 七瀬の弓を引いた右手に金色の光が宿り、その光は帯電を起こしながら矢の形に変化していく。

 

「我が身を包みし東風よ、梅花を運びて破魔の力を雷霆の矢に齎し給え!」

 

 七瀬の呪言が完成すると共に雷を纏う金色の矢が彼女の手から解き放たれ、稲妻と共に疾走する。そしてその一瞬後、今まさに広場の外に出ようとしていた牛鬼の内の一体に突き刺さった。

 

 牛鬼の悲鳴が園内に響き渡る。

 

 黄金の矢の直撃を受けた蜘蛛のような形の牛鬼は、苦悶の絶叫と共に横転した。

 その煽りを受け、近くにあった銀杏の木が数本薙ぎ倒される。流石に一撃で倒しきる威力は無かったようだが、牛鬼の足が数本吹き飛ばされ、今の内はこれ以上動くことが困難になるくらいの力はあったようだった。

 

「へえ…………」

 

 新が驚きの声を漏らす。

 隣にいる先輩が、神獣と伍せるほどの実力を持っているとは予想外だった。

 

「こうなってしまったからには仕方ありませんね……。先程までの流れは置いておいて牛鬼たちを討滅することだけを、今は考えましょう。…………お手伝いいただけますね、南条新様?」

 

 腕に紫電を帯電させながら、左手に大弓を持った七瀬が新の方を向き、そう確認する。

 何やら座った眼をする彼女の目は、新にとってしても何かしらの恐怖を与えるほどのものだった。

 

(何この先輩ちょっと怖い)

 

 手伝う事前提の事後承諾になっている感じがするが、この騒動の元々の元凶は新自身であるので拒否はできない。

 最も、彼自身としても手伝うどころか率先して動くくらいの責任感を持っているつもりだったので、逃げようとは思っていなかったが。

 

「………分かりました。よろしくお願いしますね、朱東坂先輩」

 

 新は思わず苦笑する。

 昨日殺気を浴びせかけるようにぶつけた相手と、こういう関係になるとは。

 ふと見れば、広場の牛鬼たちがこちらに殺気をぶつけながら向かって来ていたり、市街地の喧騒に反応して外に出ようとしていた。そろそろ、こちらも動かなければなるまい。

 目を閉じた新は聖句を紡ぐ。

 これからはこの広場縦横無尽に、更に全速力で動き回ることになる。その為に、より安定して権能の行使ができるよう呪力を活性化させる必要があった。

 

「夜を遍く照らす、淡き光よ」

 

 思い出すは、あの夏の日“彼”と一緒に見上げた三日月の光。

 

「我が道を示し、定められし時に克する標となれ―――!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「はい、はい。分かりました、橘さん。では今すぐ宇志の杜公園に伺います」

 

 ついさっきまで携帯電派手何かしらの会話をしていた少年は、噴水のすぐ近くに備え付けられていたベンチから腰を上げた。

 

(ふう、結構朝早く東京から出たつもりだったのだけどこんな時刻になっちゃったな)

 

 カッターシャツに赤色のネクタイ、そしてチノ・パンツ。比較的カジュアルな服装でまとめたその人物は、傍目から見ても完全に美少年だった。

 人ごみに紛れ、観光用パンフレットに記載されている市街地図を眺めるその少年に、注目の目が周囲から投げかけられる。

 その中には、何かしらの熱い視線も含まれていた。

 

(10人……いや、9人かな?どこの人も東京とあんまり変わらないのかもね)

 

 しかし少年はその視線を感じながらでも尚、周囲の目の動きを楽しむ感性を備えているようだった。慣れているのか、全く動揺した様子はない。

 

(ここからなら巡回バスの方が近いのか……なるほど、向かい側のバス停だね)

 

 キャリーバックを下げながら歩くその少年は50メートルほど先に大きく整備された歩道橋を見つけた。

 

(カンピオーネ、南条新……一体どんな人なんだろうね。仕事を抜きにしても、楽しみだなあ)

 

 期待と不安と興味に体が浮きたち、思わず笑みを浮かべてしまう。

 正史編纂委員会の中央の指示から派遣されてきたその少年は流行のJ-POPを口ずさみ、ゆっくりと歩きだした。




聖句や言霊の詠唱っていったい皆さんどうやって考えているんでしょうね。

それをひねり出すためだけに数百ページの資料を広げている今日この頃。

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