カンピオーネ!~Another Tales~   作:緑葉 青

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第九話を書き上げた勢いに乗ってとても早く書きあげられました。

この話で一応第一章はおしまいです――――ってあれ!?エピローグなのに長いなこの話!


第十話

 意識が徐々に蘇ってきた新の目がまず認識したのは、厚く空を覆う雲では無く、太陽が顔を出すにつれ少しずつ赤色に染まっていく東の空だった。

 

「……………ここ、何処だ?っていうか、今何時だ?」

「おお、おはよう新!ちゃんと朝に目を覚ますなんて律儀な人間なんだね君は」

 

 体中を襲う倦怠感の内から絞り出した誰かに対して放ったという訳では無い呟きに、律儀に返答を返したのはへらへらと笑う金髪の青年だった。

 

「…………あれだけ暴れまわっていたのに元気そうだな、お前は」

「いやあ、僕だって疲れているさ。町に降りて早く腹ごしらえに行きたいしね。でも、君をそのままこんな所で眠らせたままにしておくのも気分が悪い。そんなわけで僕もこのまま待っていたのさ」

「………ああ、待たせてしまっていたのか。悪いな」

 

 そう言って、自分にかかってしまっている塵を払いながら新はゆっくりと身を起こす。カンピオーネとしての回復力の賜物か、目立った傷は既におおよそは回復してしまっている様だったが、やはり服の傷はどうにもならなかったらしい。古着ともいえない程にボロボロになってしまったそれを見て、新は早急に着替えの必要性を悟った。

 その次に、周囲の風景を見まわしてみたが、

 

「…………なあ、あの後どこかに俺を移動させたか?」

「うん?いや別に?」

「………そっかあ」

 

 自分の周りを見渡し、新は感傷に浸る。

 戦いを開始したのはあくまで“正面玄関跡”だったが、今自分の目に見えているのは完全に“城跡”だった。どちらかと言えば更地に近い場所の真ん中の方にはクレバスのような巨大な斬撃の跡が口を開け、その周りの瓦礫は全て焼夷弾の束の直撃を食らったかのように焼け爛れてしまっている。

 

(やっちゃったな~~~)

 

 どこか現実感のない風景を現実逃避しつつ眺めていると、新は重要な事に気が付いた。

 

「……………!!!あああっっ!!そうだ、忘れてた!」

「うん?何を忘れてたの?」

「……………なあ、ここに俺達とは別に人は居なかったか?え~と、死体とかでもいいんだけど(やっべー。カティの妹さんの事とかすっかり忘れてたよ、やべえ)」

 

 新は冷や汗が止まらなかった。侯爵との戦いに夢中で彼女たちの事が完全に考慮の外に追いやられてしまっていた。もし戦いの巻き添えを食らって彼女たちが死んでしまっていたら、カティに顔向けができなくなる。

 しかし、どうやら考えていた最悪の結果は回避できていたらしい。

 

「いや、そういうのは何も無かったかな。強いて言うなら爺さんの亡骸とか?」

「ああ、なんだ。そうかそれは良かった………ってあれ、ヴォバン侯爵死んだの!?」

 

 新にとってそれは驚きの報告だった。勿論、殺す気どころか骨まで残さずに焼き滅ぼそうと思って攻撃をかけたのは事実だったが、いざ死んだと聞くと拍子抜け感が出るのも本心だった。

 

(そっか、死んだか。意外とあっけなく死んだんだな、大魔王は)

 

 以前読んでいた本の中で非常に恐ろしく描かれていた大魔王だったが、やはり死ぬ時は死んでしまうらしい。

 

「……なあ、爺さんって今どこにいる?」

「え?ああ、あそこだよ。何もないクレーターみたいな所」

「??…………ああ、成程。確かにいるな」

 

 そう呟いた新はおもむろに腰を上げ、歩き出す。

ヴォバン侯爵の遺体が転がっていたのは、斬撃とクロによる爆撃が炸裂した中心部付近だった。あらゆるものが消し飛ばされた中、それだけが不自然に横たわっている。

 新は遺体の所まで歩くと、目を細める。

 侯爵の服は完全に焼け焦げ、最初に対面した時と比べれば見る影もない。しかし、目は依然として大きく開かれており、燃やしていた闘志の程を感じることができる。更に胸部は赤黒く変色し、そこを刺し貫かれて絶命したのだろうと推測できた。

 その姿を数秒間見ていた新は、侯爵の傍にしゃがみ込む。

 

(…………俺達の勝ちだ。カンピオーネが死んだらどうなるかは知らんけど、そこなら心置きなく隠居できるだろ。気が済むまで何年も休んでいるがいいさ)

 

 心の中でそう言って、右手を伸ばし侯爵の開かれていた眼を閉じる。ついでに手も組もうとも思ったが、この人物が宗教や神の類を信じることなどあり得ないと思ったのでその事についてはしなかった。

 そして立ち上がり、踵を返す。

 

「………じゃあな、爺さん」

 

 ぽつりと言葉を落とし、歩き出す。その言葉は、もしかすると独り言だと当人は思っていたほどに小さかった。

 

 

 

「それじゃ、俺は町に帰るよ」

 

 そう言った新に、サルバトーレはピクリと肩を動かして反応した。

 

「おお!?じゃあ僕も一緒に行くよ。おなかペコペコだしね。早く何か食べたいなあ」

「そっか。なら早く行こう」

 

 テンションの高いサルバトーレに思わず苦笑しながら腕を振ると、地面から大きめのクロが浮き上がってくる。二人はその上に乗って、肩を並べて座り込んだ。

 空を見上げて特に何もないことを確認し、いざクロを羽ばたかせようとしたその時、サルバトーレが新に向かって話しかけてきた。

 

「ねーねー新、僕ちょっと思ったんだけどさ」

「――うおっ!?……って何だ?一体」

 

 吃驚した心臓を落ち着かせながら新はサルバトーレに話しかける。

 

「あのさ、新。僕の事を名前で呼んでないよね。」

「へ?………ああ、確かに」

「やっぱりさ、友達同士は名前で呼び合うべきだと思うんだよね、僕は」

「……………誰と誰が友達だって?」

「もちろん僕と新さ!共に強大な敵に剣を突き付けあって戦った戦友同士だろう?」

「あ~~、そういわれてみればそんな気がしないでもないようなあるような気がするが………………ま、いっか。……じゃ、とっとと町に行こうぜサルバトーレ。着くころにはホテルで朝食も出ているだろ」

 

 その言葉に、サルバトーレは大きな笑顔を咲かせた。

 

「うん!!よし新、早く町で腹ごしらえだ!」

「はいはい。分かったよ、サルバトーレ」

 

 ラテン系特有のテンションの高さに苦笑しながら、クロに飛び立つように命令する。指示を受けたクロは声を上げ、黒い翼を大きく羽ばたかせた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「は~いスティーナ、あーん♪」

「いや、必要ないってお姉ちゃん。私もうそんな年じゃないし…………ってやめてよみんなが見てるからっ!」

 

 山々の間から朝日が顔を覗かせる湖の畔の広いバルコニーに設えてあるオープン席には、朝食を摂ろうとするホテルの宿泊客で少し混み合っていた。昨晩は不可解な雨と強風がこの地区を襲ったものの、今では空にその痕跡もなく、一片の曇り空でさえ認められることなく晴れ渡っている。つまり、外での食事には申し分のない天気という事だ。

 そしてそのオープン席の中の1つ、とあるテーブルでは輝くような笑顔を見せるプラチナブロンドヘアーの少女と同じ髪をした、少し年下と思われる少女が隣同士に座って少し騒いでいた。

 

「………本当、お二人はとても仲がよろしいのですね」

 

 神の招来の儀式が行われそうになってから一夜、城から逃走してきた巫女たちとカティは無事にハルシュタットの町にたどり着くことができた。そしてその中から疲れが溜まっている者はホテルの部屋で休息を取り、そうでない者はホテルのバルコニーで食事を摂っている。ちなみに、それらの代金の方は巫女の中に1人、クレジットカードを持っている者が居り、厚意によって彼女が立て替えてくれた。

 そのような経緯を経て、自分の妹にカッテージチーズを食べさせようとしている姉、カティ・ルフタサーリと羞恥心のせいだろうか、顔を赤らめながらそれを嫌がる妹、スティーナ・ルフタサーリの姿にテーブルの対面から『青銅黒十字』の騎士にして昨晩スティーナの友人になったリリアナ・クラニチャールが生暖かい視線を向けているのが、今の食事風景だった。

 ちなみに、他の巫女や魔女たちも空腹な者は皆、その付近で思い思いにテーブルに座り食事を摂っている。

 

「いや、そんなこと言ってないで早く助けてよリリアナ!―――いや、ちょっと止めてそこ触らないでお姉ちゃん――きゃあっ!」

「助けるって言われましても……」

 

 沢山の具が投入されているコンソメスープが湛えられたカップに手をつけながら、困惑の言葉をリリアナは口に出す。

 カティからは目視できるほどの幸せオーラが立ち上り、邪魔するのが気後れしてしまうほどだった。まあ、ここまで自分の妹を心配してやって来たほどの人なのだしこの位のスキンシップなら見守っているだけでもいいのかな?とリリアナは結論を出し、傍観することに決めていた。

 

「ほらスティーナ、チーズがダメならメロンはどう?あ~ん♪」

「だだ、だから自分で食べられるから!これ以上くっつかないでよお姉ちゃ――ひゃっ!?」

 

 そんな姉妹の仲睦まじい様子を温かい目線で見つめていたリリアナは、ふとカティの目が自分の後ろ、ホテルのロビーの方向にはっきり向けられたのに気付いた。

 何が見えているのだろうかと思ったその直後、更にカティは突如として席から立ち上がり、大声で誰かに呼びかけた。

 

「おおーい!おはよう新!こっちだよ!」

 

 一体何なのだろうかとリリアナが振り向いたその先には、カティに呼びかけられた当人と思われる東洋人の少年が呆れた表情をして、こちらに歩いてきている所だった。彼は特にこれと言って特徴のない容姿をして、ラフな服装でまとめている。

 しかし、リリアナはその少年に気を配っている余裕はなかった。何故なら、その隣を歩いていた金髪の青年が今ここにいることに驚愕してしまっていたからだ。

 

「さ、サルバトーレ卿!?どうしてここに!?」

 

 思わず、勢いよく席から立ち上がってしまった彼女が放った言葉は、彼女をよく知る者であれば珍しいと思ったほどの素っ頓狂な声だった。

 すると、その言葉を聞いた東洋人の少年はサルバトーレ・ドニに目線を移し、

 

「……あれ?何、この子と知り合いなの?」

「え~~と、何処かで会ったことがあると思うんだけどな。誰だっけ?忘れちゃったよ」

 

 おいおい……と呆れた声で若きイタリアの魔王に言葉をかける少年に何者だろうかと不審そうな顔を向けるリリアナだったが、彼女が口を開くよりもカティが二人の会話に口をはさむ方が早かった。

 

「新!紹介するよ、この子が私の妹のスティーナ!どう?可愛いでしょ!!」

「………なるほど、お前がシスコンだっていうのは本当に間違いじゃ無かったみたいだな。大好きオーラが見える位にハグしてるし。…………初めまして、南条新と言います。よろしく、スティーナさん」

 

 カティに呆れと納得の混じった声をかけて、赤面しながら姉の為すがままになっているスティーナに話しかけて自己紹介をする少年の名前はどうやら「ナンジョウアラタ」というらしい。

 

「あ、はい。初めまして、南条新さん。スティーナ・ルフタサーリです。姉がいつもお世話になってます」

「え~!?新とは昨日会ったばかりなんだし、お世話になってなんかないって!」

 

 溺愛している妹にいい顔をしたいのか、社交辞令にもむきになって反応するカティに新は思わず苦笑してしまう。

 

「まあ、カティに夕食奢った位だよ。30ユーロ位」

「………む。いいじゃない別にそのくらい!」

「別に嫌とは言ってないって。料理も美味しかったしな」

「むう……………まあいいや。それでさ、さっきから気になってたんだけどその人だれ?昨日は居なかったよね」

「ん?ああ、そうだな。折角だから紹介するか」

 

 物欲しそうに周囲の料理をちらちらと眺めていた金髪の青年を前に向かせ、新は親指を向けて紹介する。

 

「こいつの名前はサルバトーレ・ドニ。陽気なのが取り柄のイタリア人だ。昨日の夜にこいつと一緒に唯我独尊爺さんとちょっと命懸けの喧嘩をしてな。それが原因で仲良くなった」

 

 新の紹介の言葉にサルバトーレは少し口を挟む。

 

「そのせいで城が一つ無くなっちゃったけどね」

「言っとくがな、あれの主な原因はサルバトーレ、お前が色々と一刀両断してしまった所為だからな?」

「ええ~。新だって色々焼いちゃったじゃない」

「あれはクロがやったんだから良いんだよ、多分」

「その責任転嫁はダメだよ。それ含めて新の神獣なんじゃないか」

「分かってる。言ってみただけさ」

 

 新とサルバトーレの掛け合いにそれを聞いていた人間は皆言葉の意味が分からずに唖然としていたが、

 

「お久しぶりですサルバトーレ卿!」

 

 まず自分がやるべきことを思い出したのか、周りの目も意を介さず、膝をつき、右手を胸に当てるという騎士としての礼の形をとったリリアナに驚きの視線が注がれる。

 

「う~ん。君、何処かで会わなかったっけ?確か名前はリレンザ・ビリリチャンスだったかな?」

 

 絶対違うと新は思ったが、何となく黙っておいた。

 

「…………いえ、リリアナ・クラニチャールです。卿」

 

 サルバトーレの豪快な名前間違いに律儀な訂正をしたリリアナに、オドオドと口を挟んだのはスティーナだった。

 

「………ねえ、リリアナ。そちらの人って一体……?」

 

 リリアナの様子に少し狼狽えた様子のスティーナは、見た目完全に調子良いだけの青年に敬語を使ってしまいながら尋ねる。

 その問いに対してリリアナは静かに立ち上がり、小さく咳払いをしてその問いに答えた。

 

「この御方はイタリアに誕生した新たなカンピオーネ、サルバトーレ・ドニ卿です」

「…………………………………へ?」

「……………か、カンピオーネ?」

 

 カティが発言の真偽を確認するようにリリアナに目線を向けるが、案の定彼女の目の真剣さからからかっている様子では無いと分かった。

 そして、2人が現実を認識したその瞬間、

 

「「しし、失礼しましたサルバトーレ卿!カンピオーネたる御身を存じ上げていなかったとはいえ、数々の非礼をどうかお許しください!」」

 

 流石姉妹というべきか、姉妹そろって同じタイミングで声を出し完全に同じセリフを口走り、更にカティは騎士の礼を取った。更にその直後、周囲でこの話を聞いていた巫女や魔女たちが一斉に跪く。

 

「あ~いいよいいよそ~いうのは。何だか面倒くさいしね」

 

 が、敬意を向けられている当の本人は心底どうでもよさそうな反応をしていた。更に、流石にお腹が空いてきたのか礼をとっている彼女達を無視し、料理の数々が積まれているテーブルに向かってしまった。

 そしてその場から離れる直前、サルバトーレは口を開く。

 

「それにさ、カンピオーネっていうなら新だって同じじゃないか。ねえ?」

「「「!!??」」」

 

 そう言って、サルバトーレは先程の言葉に絶句する少女たちに背を向け料理を取りに行ってしまう。そして後に残されたのは愕然とした少女たちと、彼女たちの視線を一身に受ける新の姿だった。

 

「………………あ、新?さ、さっきのっていったい……」

(あ~~~~~。ま、いっか)

 

 声を震わせながら尋ねてきたカティに新はしばし思案するが、別にそこまで一生懸命に正体を隠す必要も感じなかったのでばらすことに決めた。

 

(来な、クロ)

 

 そう心の中で呟いて新の肩の上に顕れたのは体長30㎝もないくらいの小ささのクロだった。しかし、中に蓄えられている呪力はなかなかの量を入れてある。これなら、手品と見間違うことはしないだろうという考えだった。

 そして、

 

「――――――――――――――――――――――!!!!??」

 

 カティが声にならない悲鳴を上げたのがそのすぐ後だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 昨日の朝の目覚めとは違い、今朝の目覚めは非常に快適だった。

 涼しい風が部屋の中を吹き抜け、目覚めたばかりの体を心地よく冷やしてくれる。いかに夏と言っても、まだ早朝と言っていいほどの今の時間は少し涼しすぎるくらいだった。

 

「――――――んんんっ。よく寝たな」

 

 ベッドから抜け出した新はまず顔を洗い、歯を磨く。そして寝巻から着替え、床の隅に置いてあったトランクを開けて荷造りをする。

 

「よし、じゃあ行くか」

 

 新はトランクを転がしながらロビーまで下り、まだ太陽が顔を出したばかりの時刻にもかかわらず宿泊料金を払って支払いを済ませる。新には、ホテルで朝食を済ませてから出発するという考えは無かった。

 そしてフロントから離れてホテルから出ようとする新と、

 

「………にゃ!?お、おはよう……」

 

 丁度ロビーに降りてきたと思われるカティが鉢合わせしたのは、あくまでもただの偶然だった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「………………」

「………………」

 

 会話が無い。

 新が今からこの町を離れることを知ったカティが、それなら私も途中まで送っていくと言い出し、新がその提案に首肯した事によって2人一緒にまだ人通りの少ない観光通りを歩いているものの、二人の間にはどこかぎこちなさがあるのかどちらとも何となく話しだせずにいた。新とカティの2人とも、会話をするきっかけが見つからずに戸惑っているように見える。

 しかしそれではいけないと思ったのか、おずおずと声をかけてきたのはカティの方だった。

 

「………あ、えーと、あの……あ、新様……?」

「何敬語使ってるんだよ気持ち悪いな」

「速攻で拒絶された!?」

 

 カティの問いかけを即座に一刀両断した新に、カティは愕然とした様子だった。しかし、今新はカティの方を向いているため、カティの第一目的は達成されたといえるだろう。

 

「だ、だってさ。みんな新に敬語使ってるし。私だって空気位は読めるんだよ?」

「だったら初めて会った時から貫徹して敬語使ってろよ。途中から敬語になるなんて言われた当人は結構傷つくんだからな!?」

「ふ~ん、そんな物かな」

「じゃあさ、妹のスティーナがお前にこれからずっと敬語使うってなったらどうよ?」

「スティーナが…………………………夜な夜な泣いちゃうな。絶対」

「ああ、そこまでの反応は予想外だったが、つまりそういう事だ」

 

 二人で適当な会話をしながら街道を進んでいく。先程まではぎこちなかったが、今では仲のいい友人同士に見える位には2人の仲は縮まっているように見えた。

 

「ねえ新、昨日は大変だったんじゃない?人付き合い的な意味合いでさ」

「そういう意味合いに取らなくても大変だったよ。一体何だったんだよ全く……どこの王侯貴族なんだよって感じだったな」

「あははっ、だってそうじゃない。カンピオーネは魔術師たちの王様なんだから。ホテルの宿泊代とか色々貰ってたんだし、別に良かったんじゃないかな、そこは」

「………いや、あれは俺にとっては面倒くさい事態への必要経費だったと思ってる」

 

 新が自分の事をカンピオーネと暴露した後、昨晩に儀式場を爆破したのも自分だったことを認め、さらに騒ぎが大きくなった。その上、その後の会話で新とサルバトーレがヴォバン侯爵を殺してしまったことが判明するともはや、周囲の人間は驚き疲れてしまったようだった。

 そして新が疲れたと言っているのは朝食後、騒ぎを聞きつけてきたと思われる近隣の魔術師たちが新の下に一斉に挨拶にやってきた事である(因みにサルバトーレはその直前、何処かへと姿をくらました。その癖、夕食時になると夕食を食べにちゃっかり戻ってきたためその事が新に殺意を抱かせる結果となった)。その他、城跡に向かってヴォバン侯爵の遺体を回収する等、彼らの訪問や要請を無碍にする事を何となくできなかった新は、余計に疲れを溜める結果になった。

 

「じゃあ、こんな早い時間に出発するのはその人達から逃げるため?」

「それもあるけど、それは1番目の理由じゃないな」

「へえ、じゃあ何?」

 

 カティの問いに、新は嫌な顔をしてため息を一つ吐くと、

 

「おそらく今日、サルバトーレが俺に決闘を吹っかけてくるだろうからだ」

 

疲れたように最大の理由を口にした。

 

「……え?サルバトーレ卿が?」

「そう。アイツは根っからのバトルジャンキーだからな。ヴォバン侯爵の件が片付いたから、次は俺に決闘をしようと誘うだろう。そして俺はそんなのはまっぴら御免だ。疲れる上に命の危機も加わってるからな」

「………へ、へえ。そうなんだ……」

 

 理由が分からずに首を傾げるカティに話している新は精神的になんだか疲れ切ったようであり、その様子に思わずカティも苦笑する。

 

「………………そうだ。ねえ新、ちょっと突然で悪いんだけどさ」

「何だ?」

「えーと、まああれだ、新が最初に弑し奉った神様をちょっと教えてほしいんだけど」

「……?確かに突然だな。というか、唐突だな」

「い、いやね!?ちょーっとふとなんとなく気になっちゃったもんだからさ。ああ、別に他意は無いからね!?」

「で、本心は?」

「実家に帰ったら間違いなくお父さんに起こられるからその情報で怒りを少しでも和らげようと思いましたごめんなさいだから教えてくださいお願いします!」

「大人しく怒られてろ、シスコンめ」

「いやいや!新はそう言うだろうけどね、怒ったお父さんってそれはもう恐ろしいんだから!そうなった日には3日はスティーナを抱きしめてないと私急性心不全でで死んじゃうんだよ私!」

「何故かとばっちりがスティーナに来るのか……恐ろしいな」

「でしょ!!?」

「何故お前が言うんだよ」

 

 その後もカティと言葉の応酬を交わしていた新だったが、その途中で諦めたのか小さくため息を吐く。

 

「いいよ」

「その怒り様は地獄の業火よりも燃え上が―――-って、へ?」

「だから良いよって。俺が最初に殺した神様。教えてやるよ」

「………え!?本当!?いいの!!?」

「疑うんだったら教えてやらん」

「疑いませんだからお願いします!」

「よろしい………でだ、おれが最初に殺した神様の名前は……」

「うん」

「……………………月読命だ」

「………つくよみ?それって何の神様なの?やっぱり時間の神様?」

「確かにそれで間違いじゃあないが、基本的には月の神様として有名だな」

「月の神様?アルテミスみたいな?あれ、新の最初の権能って時間を操る権能でしょ?どうして月の神様からそんな権能が出てくるの?」

「詳しいことは自分で調べろ。……そうだな、日本じゃ昔は今みたいな太陽暦じゃなくて月で暦を作る太陰暦が使われていたんだが、おそらくそれが原因だろうな。確か万葉集っていう歌集の中にも月の満ち欠けから月日を数えている描写があったらしいし。で、そこから時間を司る属性を得たんだろうな」

 

 新の説明に、カティは納得したような顔をする。

 

「へえ~。そんな事もあるんだ。知らなかったな、私」

「一応魔術結社に在籍しているんだったらさ、そういうのももう少し勉強した方が良いんじゃないのかお前……………と、もうここでいいか」

 

 呆れたような声を出す新は、ふと周囲がほとんど人通りのない場所に来たと気づくと、空を見上げて立ち止まった。その様子を見て、カティもその言葉を察して立ち止まる。

 

「そっか。…………もう行くの?」

「まあな、ここなら一般人に見られる心配はないだろ」

 

 そう言って新は右手を振れば、地面から大きな八咫烏が起き上がってくる。普通の人間では決してできないその光景に、カティは少し息をのみ、目を見張った。

 クロが完全に実体化したことを確認し、新はクロの上に乗りこむ。

 

「じゃあな、カティ。見送りありがとうな」

「あ………うん。じゃあね」

 

 カティは少し所在なさそうにちらちらと周囲に視線を泳がせる。新はその様子を少しだけ不審に思ったが、わざわざ言うほどでもないと思ったのでそのまま発進することにした。

 そして、クロに飛び立たせようと思ったその時、

 

「――――ッ、ちょっと待って!!」

「ん?」

 

 カティに大声で呼び止められた。何だと思って振り向けば、理由はわからないが彼女の顔が心なしか赤くなっている様に見える。

 

「え、ええとね新。ちょっと言わないといけないことがあって………」

「言わないといけないこと?」

「………うん」

 

 こくり、と首を縦に振るカティは一体お前は誰だと思うくらい恥じらいに満ちていた。そこにはアホなシスコンの子と言う姿は影も形もない。

 そして、

 

「私たちを助けてくれてありがとう、新」

 

 新はカティの微笑を絡ませながらの言葉に、正直、見惚れた。その所為で言葉が出なかった新の事を、続きを聞きたがっていると思ったカティは言葉をさらに重ねる。

 

「…………私さ、もし新と出会ってなかったら間違いなくこの町で狼に噛み殺されて死んじゃってた。万が一、それから生き残っていたとしても儀式の妨害とかスティーナを助けることなんか絶対にできなかったと思うんだ……はは、自分でも考え無しなんてことは分かってるんだけどね。どうしても体の方が頭よりも先に動いちゃうんだよね、私」

 

 話している内容が落ち着かないのか、時折目線を新から外しながらカティは両手の指を何度も絡ませている。その動作が、新には何故か気になって仕方が無かった。

 

「それでね、新があの時助けてくれなかったら私もスティーナも、もちろんほかの人達の未来も全部閉じちゃってた。勿論、その家族や大切な人たちだって同じ。もし私とスティーナが死んじゃった事をお父さんとお母さんが聞いたら、絶対に悲しませる。泣かせちゃう」

 

 そこまで行って、カティは視線を新に向ける。そこに居るのは、おそらく羞恥によるだろう赤らめた顔と、柔らかな微笑以外には昨日から見ているものと何も変わってはいないはずの姿の筈だった。それなのに、彼女から視線を外すことができない。

 

「だから、新には本当にありがとうって思うんだ……勿論、サルバトーレ卿にもだけどね?今の新のおかげで、私たちは笑っていられる。新がいたから、私はスティーナを沢山抱きしめられる。スティーナに新しい友達だってできた。みんなみんな、新のおかげで明日を見ていられるんだ」

 

 そこまで行って、カティは姿勢を正す。コホン、と咳払いを1つして改めて新に向き直る。

 

「だから、もう一度言わせてください。私を、スティーナを、みんなを助けてくれてありがとう。皆が笑っていられる未来を見せてくれてありがとう」

「…………」

 

 カティの言葉が終わっても、新は何も言えなかった。それは言葉そのものよりも、これまでとは全く違う振る舞いを見せるカティという少女に思わず目を奪われてしまったからだった。

 

「……………別に、お礼を言われることなんて無いさ。あれは自分がやりたいからやったことなんだからな」

 

 無言のままではいけないと何とか返答を引き出したが、カティにはその答えが来ることを分かっていたかのように、すぐに返答されてしまった。

 

「ふふっ。それじゃあさ、私がしたいからお礼をしたんだし、それを新たにどうこう言われることは無いよね、新?」

 

 くすくすと笑いながら新を見つめるカティは、なぜかとても色っぽく感じた。少なくとも、今までの新の人生経験では見たことが無いほどの。

 

「………………わかったよ。どういたしまして、カティ。そう言ってくれれば、こっちも嬉しいかな」

 

 新も笑いかけながら返事を返す。しかし、その時の新は自覚ができている程の顔の紅潮を、カティに気付かれていないかどうかで頭の中が一杯だった。

 そして、本人にそのことを気付かれた様子ではなかったのは幸いだっただろう。

 

「………うん!私が言いたいのはそれだけ。ゴメンね、時間とらせちゃって」

 

 ぴょん!とカティは一歩分後ろに跳び、笑みを零しながら手を後ろで組みながら後ろで結んだ金髪を揺らめかせる。そんなカティの仕草が、今の新には一々気になってしょうがなかった。

 

「問題無いさ。言ってくれて、こっちも嬉しかったしな」

 

 新はそう言って、今まで律儀に待ってくれていたクロを羽ばたかせる。そして数メートルにまで浮き上がった時、それを見上げていたカティが新に向かって突然呼びかけた。

 

「ねえ新!私たち、また会えるよね!?」

 

 その言葉に、カティを見下ろしながら新も叫んだ。

 

「そりゃ会おうと思えばすぐに会えるだろ!何せ、飛行機なら日本からフィンランドまでは数時間で着くんだからな!」

「――――ッ!!うん!またね!新!」

「おう!また今度な!カティ!」

 

 2人が言葉を交わした後、クロは勢いを上げて空に向かっていく。

 カティはその黒い姿が見えなくなるまで、1人と1羽の飛び立っていった空をずっと見つめていた。

 




なんだか最終回みたいな終わり方になりましたね……。

この章の最後はカティのターンでした。この時の彼女は新にどんな感情を抱いているんでしょうね。

この後、少しおまけを書いて第二章に移ります。ですが、新章に突入する前に構想も兼ねて更新を少し休みます。

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