カンピオーネ!~Another Tales~   作:緑葉 青

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はじめまして。

小説初投稿となります。

拙文ですが、どうかご意見ご感想をよろしくお願いします。


プロローグ

 そこには何もなかった。

 詳細に分析するならば、血液の流出が人体の許容量を超過したために何も判断することができなくなっているというのが正解だった。

 ただ一つ、自分が倒れ伏していることもわかっていない状況の中に聴覚だけが正常に機能していたため、少年にはその声が聞こえていた。

 

「…………まさか、この私が人の子に敗れ去る日が来ようとはな……。知識や風の噂としては知ってはいたが、いざ当事者となった日にはなかなか感慨深いものがあるものだ………くくくっ」

 

 その声は高校進学を前にした春休み、祖父母の家に遊びに行った際に知り合った壮年の男性のものだった。少年はその男性と三日間を過ごした。その日々はこれまでの人生の中で最も濃厚で、最も死に近づいた三日間であったことは疑いようがない。

 

「ふふふっ、―――――様ったら今この時でも穏やかでいらっしゃるのね」

 

 いつからかはわからないが、聞こえてくる声にだれかわからない女性の声が聞こえてきた。もっとも、少年にその声が認識できたかどうかは別であるが。

 

「………ほう、貴女が噂に聞く始まりの女か。なかなかに早く来るものだな。この地はあなたから見れば東の果てといってもいい島だろうに!」

「私にそのような距離は関係ありませんのよ―――――様。私はあらゆる災厄と一掴みの希望を与える魔女。其処が何処であっても必ず顕現致しますわ。

……この子があたしの新しい息子ね。ふふっ、熱い?苦しい? でも、我慢なさい。その痛みはあなたを最強の高みへと導く代償なの。心配しないで、直に終わるから」

 

 女性に話しかけられた気がした。その姿を見ることは叶わなかったがとても美しい女性なのだろうな、と思った。それはこの世のものとは思えない美しい声色からなんとなく感じたことだった。

 

「成程…これが魔王生誕の儀式か。確かに私の神力が流れ込んでいるようだな。……ふふふっ」

 

 少年にはその会話が何を意味するのかはわからなかった。ただ体中が燃えるように熱いということ、そしてその暑さが終わりではなく始まりを意味するのだということは何となく、自分の知識とは全く違うところで知覚していた。

 

「さあ、皆様!この子に祝福と憎悪を与えて頂戴!この島より生まれし、――人目の神殺しに!最も若くして魔王となり地上に君臨する運命を得たこの子に、聖なる言霊を捧げて頂戴!!」

 

 

 すべてはわからなかった。

記憶は右腕を砕かれた時から曖昧だった。ただ、このまま終わってはいけないと思った。自然災害に挑むという自分の行動に嫌気が差した。蔵から鉄剣を盗み出した時には祖父母に罪悪感があった。いざ向かい合ってみると今自分がやろうとしていることが馬鹿馬鹿しいことなのだと痛感できた。相手の神に底抜けの愚か者だと憐憫の情を向けられもした。

 でも、それでも後悔だけは一度もしなかった。

 

 体の熱さが最大に達したかと思われたその時、少年は男性に言葉を投げかけられたのがわかった。それは彼と初めて会った時と同じ、穏やかな声色だった。そしてその言葉は何も判断できない今この時でも尚、少年の頭に強く響く輝きを持っていた。

 

 投げかけられたのは祝福の言葉だった。それと同時に、呪いであり、憎悪であり、餞の言葉だった。そして、短い間だったにしろ、共に過ごした少年への別れの言葉でもあった。

 

 

「……今から君は、数多の戦いと多くの栄光をその身に背負って大地に立つことになるだろうな。その時には、私から簒奪した権能をふるって勝利し続けるといい。私は海に生きる人々の守り神でもある。君なら、私の力を十全に振るい敵に打ち勝ち、人々を護ることもできるだろう……………そろそろ終わりの様だな、ではさらばだ。その力を以て、世界に君の名を示すといい、南条新よ」

 

 

 体から発している光が霞んでいきながら、人の子に殺された神は消えていった。その神が最後に湛えていた表情は、自分が見ていた少年がこの世界に君臨する魔王となったことに対する嬉しさと、これからの成長を見守ることが叶わないことへの寂しさが同時に表わされているように見えた。

 

 

 

 この日は、南条新という少年にとっては誰よりも記念すべき日となる。

 これまでの平穏な人生の終わりと、これからの波乱に満ちた人生の始まりを意味する記念日となったためだ。

 そして、この記念日が人々に投げかける影響も途轍もなく大きかった。ある人にとっては救いを、ある人にとっては絶望をもたらすことになった日として。

 しかし、今この時はまだその波紋は誰にも届いていない。人々がそれに気づくのはこれから数か月後、ある嵐の夜の事だった。

 


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