犬とお姫様   作:DICEK

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密やかに、女王と犬は動きだす

 

 

 

 

 

 

 今日も今日とて、いろはは八幡と連れだって廊下を歩いていた。厳密には歩く八幡の横を勝手についていっている形である。時刻は放課後。行き先は会議室。文化祭実行委員会の会議に出席するために歩いている訳だが、そこに向かうまでに八幡といろはが合流する確率は、実のところとても低い。

 

 一年と三年で学年が違うこともあるが、そもそも一緒に行こうなどと約束をするような間柄でもない。だからいろははたまに強制的に、八幡に関わっていくことにした。クラスまで押しかけとびっきりの笑顔を浮かべて一緒に行きましょう先輩と言って、嫌がらせをしてやるのである。

 

 心底迷惑そうな顔を遠慮なく向けてくる八幡に、いろはは背筋をぞくぞくさせた。いろはに対し、そんな反応をする男子はほとんどいない。かといって少数派である嫌悪感をまる出しにするような反応でもなかった。とびっきりの笑顔は結構効いているというのがいろはの見立てであり、迷惑そうな顔はその誤魔化しであると確信していた。

 

 そんな顔をしながらも、後輩の誘いを断らずに近くを勝手に歩いてくれる八幡は、見た目に反して良いヤツではあるのだろう。理解できた気分になると比企谷八幡というのは実に面白い人間だった。

 

 二年以上になると八幡に話しかける人間はほとんどいない。今年度に入ってからだと精々めぐりくらいとしか会話していないはずだ。理由は単純である。陽乃第一の子分にして恋人である彼と関わり、悪い意味で陽乃に目を付けられるのが嫌だからだ。

 

 男子でさえそんなノリであるから、女子はもっと近寄らない。雪ノ下陽乃はそれこそ、敵と認識した人間には全く容赦をしないと評判である。そんな女の恋人に懸想していると思われたら、何をされるか解ったものではない。

 

 この学校で一度でも陽乃を見たことがある人間は基本的に、八幡に積極的に関わろうとしない。権力拡大を狙う人間は直接陽乃が相手をしたし、その他大勢にとってはあくまで八幡は子分の一人という認識である。しかもめぐりと違ってとっつきにくく、恋人でもあるので扱いも難しい。

 

 そんな人間に無理して話しかける人間もおらず、学校ではめぐり以外に話し相手もいない有様だったのだが、奉仕部が結成されてから色々と状況が変わった。

 

 一部には女王様の犬が一年女子を侍らせていると噂も立ったが、そこに集まっているのがどういう女子かを知ると噂も沈静化した。その一人が陽乃の妹であるのは言わずもがなであるが、その妹を含めて普通とカテゴライズされる人間が一人もいないとあっては、子分育成所なのだなと認識するより他にない。

 

 その筆頭が『犬の犬』と影で呼ばれる川崎沙希なのだが、それはまた別の話。

 

 いろはが話しかけ、八幡が適当に相槌を打つというやり取りを飽きもせずに繰り返していると、いつの間にか会議室についていた。先だって歩いていた八幡がドアを開け、いろはに入るように促す。彼女がいる余裕なのか仕草の端々に配慮が伺える。これで表情が普通以上であれば言うことはないのだが、仏頂面の男性に親切にされるというのもそれはそれで趣があると思えるいろはだった。

 

 うきうきしながら中に入ったいろはと八幡が見たのは、会議室の隅で一心不乱に資料に赤ペンを走らせるめぐりの姿である。添削すべきところは添削し、書き加えるべき所に書き加えているだけなのだが、それをほとんど全てのページで行っているために、資料を作成した実行委員などは重くブルーになっているのだが、めぐりはそれにも気づいていない。

 

「城廻なにやってんだ」

「はっちゃんこそ何してるの? 手が空いてるなら手伝ってよ」

「何かあったのか? 外部協力者がここまで手伝うって珍しいな」

「……もしかして聞いてないの?」

 

 手を止め、資料から顔を上げためぐりの声で、八幡は全てを察した。めぐりが手を付けていない中から半分を受け取り、めぐりと同じように赤ペンで添削と書きこみをしていく。黙って見ていたいろはもこの時点で事情を察した。八幡とめぐりが揃って血相を変えるような理由など、一つしか思い浮かばない。

 

「雪ノ下先輩が今日来るんですか?」

 

 誰も聞きたくても聞けなかったことをいろはが聞いたことで会議室にどよめきが広がった。来るという話は噂としては把握している者がほとんどだったが、正確な日程までは誰も知らなかったのだ。関係者の中で日程を把握していそうな人間は八幡とめぐりだが、その二人は外部協力者であって実行委員ではない。

 

 それでもとっつき易いめぐりならば可能性があると考える人間も多いが、彼女は『はるさんの担当はまずはっちゃん』という関係者以外にはそれこそどうでも良い主義を持っているため、陽乃関連についてははっちゃんに聞いての一点張りで日程については答えてはくれないのだ。

 

「そうみたいだよ。はっちゃんに知らせてなかったってことは本気みたいだね。サプライズ?」

「心臓に良くないサプライズな所があの人らしいな」

「私会うのは少し久しぶりかも。はっちゃんは先週末には会ってたんだよね?」

「ああ。免許持ってることを俺に知らしめるとかで、数字三文字のスパイ御用達メーカーの車に乗ってきたよ。陽乃の持ち物じゃなくて静さんのだったんで、あの人も一緒だったが」

「平塚先生、かっこいい車乗ってますもんねー」

「金の使い方がたまにぶっとんでんだよなあの人。緊急脱出装置とかオートトラッキングガンとか装備してないのがうちの女王様は甚く不満だったようだが、確かにかっこいい車ではあったよ」

「ところで先輩。数字三文字のスパイって誰なんですか?」

「アレック・トレヴェルヤン」

「はっちゃん……」

 

 どうしてそういうことを言うのと八幡の答えに呆れるめぐりであるが、その間も手は止めていなかった。二人でやっただけあって仕事もスムーズに進み、今日配られるはずの資料の添削はあっという間に完了した。資料を作った委員が物欲しそうな顔をしているが、当然のことながら添削した資料は一部しかないため、修正して刷りなおすような時間はない。

 

 会議が終わったら渡すと伝えると、委員はそっと胸をなで下ろしたようだった。何事でも、向上心があるというのは良いことである。

 

「お疲れさまです」

「いや、疲れるのはこれからなんだが」

「そうですか頑張ってください。私も勉強させてもらいます」

「心を折られないように気を付けろよ」

 

 事も無げに八幡は言うが、見た目ほどいろはも緊張していない訳ではなかった。雪ノ下陽乃は現状、いろはの人生の目標である。中学生の時分、あんな人間になりたいと憧れを抱き、そうなるために努力を重ねてきた。過去の自分よりも前に進んでいる確信はある。同年代の中でもトップ集団を走っているという自信もある。

 

 だが、あの日の陽乃と肩を並べられるかと言われると、首を横に振らざるを得ない。思い出が美化されているという可能性もないではないが、総武高校に入学してから集めた雪ノ下陽乃の伝説を一つ聞く度に、近づいたと思った背中が遠のいていくのを感じるのである。

 

「……それにしてもまだ相模先輩は来てませんね。ここでサボりがバレると大目玉ですが」

「嬉しそうに言ってるところ悪いがそういう期待はするだけ無駄だ。ああいうタイプはこういう時に限って鋭い嗅覚を発揮するからな」

 

 八幡の言葉が終わるかどうかというところで、会議室のドアが開き南以下サボり組がぞろぞろと入ってくる。南は当たり前のように会議室前方の委員長の席に座る。いらっときたいろはだが、それを顔には出さないように努力する。ここで怒っても相手に攻撃の材料を与えるだけで何の解決にもならない。ここは我慢、我慢と心中で念じていると今度は雪乃が会議室にやってきた。

 

「比企谷君、本当なの?」

「主語がなくても伝わるってのもアレな話だが本当だ。俺もさっき知ったばっかりだが」

「…………私、今日欠席しても構わないかしら?」

「好きにしたら良いと思うが、そんなことしたら今日お前の部屋まで押しかけに行くぞあの人」

 

 その状況を想像したのだろう。興奮で赤くなっていた雪乃の顔が普通に戻る。ふぅ、と小さく息を吐いて落ち着きを取り戻した雪乃は、邪魔したわね、と言って自分の席に着く。いつの間にやってきたのか、一年J組の男子も既に雪乃の隣に着席していた。存在感の塊のような雪乃の隣にいるからか、まったく目立たない地味な生徒である。

 

「雪ノ下さんとお姉さん、そんなに仲が悪いんですか?」

「とっても仲良しだよ。ただ雪ノ下さんの方がどう接して良いか解らないみたいで」

 

 あーといろはは声を漏らした。めぐりの言いたいことは良く解る。八幡を含めた奉仕部五人の中ではまだ雪乃はとっつき易い方ではあるが、それはトップクラスに難物である八幡と色々アレな姫菜と沙希が比較対象だからだ。世間の基準で言えば十分過ぎるほどとっつきにくい上に、どうやらJ組には同性のファンがいるようである。

 

 女子が多い国際教養科では仕方のないことかもしれないが、男子の存在感が薄いのもその辺りが理由なのだろう。あのクラスの生徒からすると女子二名で代表を出したかったのだろうが、男女一名ずつというのは委員会発足時からの慣習であり、男子がクラスに存在する以上これを覆すのは容易なことではない。続いているというのはただそれだけで存在感を持つのだ。

 

 いろはが奉仕部に混ざっても辛うじて何とかやっていけるのは、いろは自身が八幡の『大親友』であるめぐりの紹介であることと、奉仕部唯一の良心っぽい存在であるところの結衣の貢献が大きい。良心的で人当りが良いがあの娘も奉仕部に残って平然としている辺り普通の感性はしていない。いろはの目から見てもあそこには誰一人として普通の人間はいないのだが、その普通でない雪乃でも姉である雪ノ下陽乃というのは相手にするに難物なのだろう。

 

 八幡とめぐりは黙って椅子を立ち、ドアの前に並んで立つ。在校生の中では一目も二目も置かれる二人が緊張した面持ちであることに、会議室は静まり返る。

 

 その静まりかえった会議室に、女王は現れた。

 

 この感動を、何と表現したら良いのだろう。あの日ステージ上で見た雪ノ下陽乃は、今までいろはが見たどんな人間よりも輝いて見えたのだが、今この時、いろはの前にいる雪ノ下陽乃はステージでもないのにあの日よりも遥かに輝いて見えた。

 

 高校生と大学生というのはこうも違うものだろうか。彼女も半年前までは間違いなくこの学校に通い同じ制服を着ていたはずなのだが、とてもそうは思えない。ただでさえ大きかった戦力差が、しばらく見なかった間にもっと大きくなっている。

 

 あの人に並び立つような良い女になる。それがいろはの現在どころか一生涯の目標であるのだが、実物を見るとその決意もぐらりと揺らいでしまう。それ程までに陽乃は全身から存在感を放っていた。自分の成功と幸せを疑っていない人間はこうまで輝けるのかと。男のいない我が身が惨めに思えてきた。

 

 そんないろはの心中を知らない陽乃は、八幡とめぐりの案内で外部協力者の席に座った。右後ろには八幡が。左後ろにはめぐりが立つ(・・)。当たり前のように着席しない二人に、この学校で三人揃っているところを見たことがないいろははそういうものかと思ったが、現在の状況に最初に疑問を持ったのは陽乃本人だった。振り返り、苦笑を浮かべた陽乃は、

 

「座ったら? 二人がそうしていると、私が立たせてたみたいに思われちゃうんだけど?」

 

 すいません、と八幡たちは揃って謝り、各々陽乃の隣に着席した。陽乃一人が中央に座り、その両脇に八幡たちが立つ。悪の組織感が半端ない構図だったが、全体として見るとめぐりのほんわかした雰囲気が色々とぶち壊しにしていた。八幡と陽乃だけならば悪の組織でも、めぐり一人が入るだけで雰囲気ががらりと変わってしまう。

 

 見ているだけで面白い三人だが、それだけで時間を潰してしまってはあまりに非生産的過ぎる。同じくぼーっとしていた南を促して、議事の進行を始める。

 

 最大の懸念は進行状況の確認だ。予想していたことではあるのだが、やはり進行状況は悪い。各自の危機感のない報告をメモしながら、いろはは頭の中に浮かべた工程表に修正を加えていく。経過時間と残り時間。そこから全行程の何割を消化できたのかを判断するに――

 

「この時期に三割弱なんだ。凄いね」

 

 陽乃の言葉に、いろは他、一部の少数が小さく肩を震わせる。凄いねと言ってはいるが額面通りに褒めている訳ではない。陽乃が委員長をやっていた時は、この時期には今の委員会よりも遥かに多い仕事量を抱えて六割は終わらせていた。基本的な仕事はかなり前倒しをして片づけ、残りの時間は追加でやりたいことの処理に回していた故に最後まで忙しかったのである。

 

 文章で見ただけでも正気を疑うような処理量だが、やりたいことがあったら何でも持ってこいと言いだしたのは陽乃であり、彼女はその全てを逐一審査して、基準に照らし合わせて問題がなければそれを受理した。それを実行できるかはやりたいと言った人間にかかっているのだから陽乃は関係ない……ということもなく、自分のネットワークも使って人員の調整をし、申請を受けたものは全て当日までに形にしたという。

 

 ここまで働いた上に、陽乃は更に新規のスポンサーまで開拓した。八幡を子分に連れて、自分で挨拶周りをしたスポンサーは今年になっても自分から支援を言いだしてくる程である。

 

 一体どれだけ働いたのだろうと疑問に思うが、その当事者から見ると今年の委員会は相当頼りなく見えるのだろう。今の委員会は進行そのものが例年に比べても遅い上に、追加で何かをやるような余裕はない。陽乃の言葉は暗に進行が自分がやった時は元より、平年と比べても遅いことを揶揄してのものだったのだが、それを理解しているのは去年以前の進行に目を通している人間か、当時を経験したことのある人間のみのため、その真意を理解できたのは少数に留まっていた。

 

 そして悲しいことに、相模南は多数派に属する。陽乃の言葉を額面通りに受け取ったらしい南は照れまくってお礼の言葉を言っていたが、その横で黙って座っているいろはは気が気ではなかった。話には良く聞く『顔は笑っているけど目が笑っていない』という表情を、陽乃は今まさにしている。

 

 この人は人を殺す時もきっとこんな顔をするのだろうと、いろはは確信した。ここからあれこれと口を出してくるのかと思ったが、陽乃が進行について口を出したのはここだけだった。それきり会議は滞りなく、いつもよりもさくさくと進み、解散が近くなった折、またも陽乃が口を開いた。

 

 今度はどんな方向から肝を潰しに来るのだろうと身構えてみると、陽乃の口から出てきたのは実に普通な『質問』だった。

 

「外部参加のステージについてなんだけど、申請の方法は去年までと一緒なの?」

「それについては――」

「同じですが、申請する予定なら今の時点で時間一杯確保しておきますよ?」

 

 南の言葉を遮ってのいろはの言葉である。当然、南は不満そうな顔をするがそれには取り合わない。雪ノ下陽乃を前に自分をアピールできる機会はそうないのだ。後で文句を言われるかもしれないが、それは後で何とかすると決めていろはは更に言葉を続けた。

 

「一枠十分ですが、外部参加者の枠は二つあります。ですがご存じの通りここ五年は自発的な外部参加はなく現時点でも申請がありません。早い者勝ちで占有しても文句は出ないでしょう」

 

 何しろ貴女ですから、と続けたいところを寸での所で堪える。いろはのやり方は十分に独善的で独占的ではあるが過去の例を振り返るに、陽乃以外に申請を出してくる人間がいなそうというのも実情なのだ。

 

 何しろ条件が厳しい。OB、もしくはOGであることが最低条件なのだが、いくら自分の母校だからと言って後輩相手に出しものをしたいという人間はそういない。おまけに集団で参加する場合は、構成人員全てがその条件を満たす必要がある。

 

 あまりに参加者が少ないせいで枠そのものの廃止も検討されている。毎年在校生に枠を振りなおしているのだからそれも無理もない。

 

 その点、雪ノ下陽乃はOGという条件を満たす上に、地元の有名人でもある。元々誰も使っていない枠を解放することに、誰も文句を言うはずもない。枠が埋まらなければ例年の通り在校生に解放することになるため、それを当てにしていた在校生は思うところもあるだろうが、相手が相手だから少なくとも表面上は文句は出まい。

 

 主催する側であるいろはとしては、在校生に受ければ誰がステージに立っても問題なく、それが実行委員会の、引いては自分の功績に繋がるのであれば文句はない。 

 

「良いの?」

「何とかします」

 

 陽乃の問いに、いろはは言いきった。枠については実質的に早い者勝ちであるし、仮に別の人間あるいは団体が申請をしてきたとしても、予備に確保してある二枠を解放すれば問題はない。陽乃とて二年前には実行委員長をやったのだ。当然、どういう風に枠を埋めていくのかは理解しているだろう。この辺りの規定は二年前と全く変わっていない。さも大仕事をしますという体で話してはいるが、時間のやり繰りをするのがいろはたち実行委員会である以上、その辺りの融通は思っている以上に利くのである。

 

 万が一にも邪魔をされないようにそれとなく噂をまいておく必要はあるだろう。ちらと八幡に視線を送ると、彼は非常に嫌そうな顔をしながらも小さく首を縦に振った。先輩らしくフォローはしてくれるらしい。

 

「そう? それならお願いしようかな。出し物はこれから決めるけど、機材が必要な場合はこっちで人手も用意して持ちこむから心配しないで」

「お気遣いありがとうございます」

 

 女王様とまで言われた陽乃である。多少の無理難題が出てくることは覚悟していたが、この調子ならば問題は自分で何とかしそうだ。

 

「で、何しよっか。二人でダンスでもする?」

「えー? 私も混ぜてくださいよ。一生懸命練習しますから」

「おい待てお前まで混ざったら俺が完全に晒し者――」

「いいねー。八幡一人にプレッシャーがかかるのが凄く良い。静ちゃんどうする?」

「私が協力できるのはバンド演奏くらいまでだ。それ以上は巻きこむな」

「雪乃ちゃんは?」

「当日は委員の仕事があるだろうから無理よ」

「そう? それなら仕方ないね」

 

 どちらも後半に時間を作りたいという理由で、実行委員個人のスケジュール調整が可能であることは知っているはずなのだが、雪乃は当然それを口にしなかったし、陽乃も敢えて突っ込んだりはしなかった。八幡の参加は確定しているようなものであるし、そこまで本気ではなかったのだろう。陽乃をそれ程知らないいろははそう結論づけていたが、自分で言いだしたことを追及してこなかったことで、逆に雪乃は心中で身構えた。

 

 何だかんだで最終的にステージに立っている自分を幻想している。あってほしくない未来であるが、陽乃は自分でやると決めたことは、そのほとんどを最後までやりとげる人間である。

 

 何やら華やかそうな出しものになりそうだなぁと見る側であるいろはは適当に考えつつ、副委員長の義務として会議を解散した。解散といってもこれから仕事をしなければならないのだが、南たちはそれが当然とばかりにぞろぞろと会議室を出ていく。陽乃がいてもお構いなしだ。急ぎでない仕事を割り振ってはいるのだが、それにしてもやはり限度があるだろう。

 

 いい加減腰をあげなければならないのか。二年生と衝突するのはできれば避けたいことではあるのだが、文化祭そのものが立ちいかなくなるのは絶対に避けなければならない。

 

 いろはが内心で葛藤しているのを楽しそうに眺めながら、陽乃はぼそりと呟く。

 

 

 

 

 

 

 

「八幡。私は憂慮したよ?」

「…………吉報をお待ちください」

 


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