夢のないレギオス   作:歯並び悪い

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第十三話

 コンクリートの壁を爆砕させられるほどの威力が篭った拳が凄まじい速度で迫って来る。

それを後ろに身を仰け反らせてやり過ごす、そのまま地面に手を付け、バック転の要領で距離をとる。相手も深追いは禁物と判断したのか追撃は来ず、5メイルほどの距離を隔てて両者がにらみ合う。

 

 いや、実際睨んでいるのは片方の短い金髪を逆立たせた男だけだ。もう一方、防戦に回っていた男からはそこまでの覇気が感じられない。なんと言うか目が死んでいる気がするのだ。何が彼をそこまでさせるのかは分からないが、とにかく姿勢、表情、雰囲気から一切のやる気が感じられない。そんな状態で金髪の男の猛攻をギリギリとは言え凌いでいたのだから、むしろ中々すごい事なのかも知れない。

 

「ちょこまかとっ!」

 

 やがて、痺れを切らしたのか金髪の男が再び突撃を敢行する。

 

 

 

 

 2人の周りでも似たような光景が繰り広げられていた。

 あちらこちらから肉を打つ鈍い音や、痛みを堪える呻き声が聞こえてくる。

 

 

 ここは、錬武館。

 武芸科1年の体術の授業の真っ最中だ。

 だが、授業と言っても何か大したことを教えている訳ではない。特に最近はひたすら組み手をしていくだけで、講師役の先輩が偶に問題があった部分を指摘したりするだけである。

 武芸者とは生まれたときから戦うことを義務付けられた者たちだ。学園都市に入学する年齢の者ならば例外なく何らかの武術を収めている。世界的にメジャーな流派もあるにはあるが、基本的に誰かと被る事は無い。

 おまけに未だ錬金鋼が使えず、衝頸が授業で取り扱われることが無い今の段階では、講師役の上級生も教えようが無い。だからこそ、明らかに動きが理に適っていない生徒を注意したり、生徒一人ひとりの実力を把握することに留めているのだ。やる気が無いわけではなく、組み手以外にすることがあまり無いのである。

 

 

「両者そこまで!次の者は前へ出ろ!」

 

 ドスンッという人体が強かに壁に打ちつけられた音とともに、講師役の厳つい声が錬武館の片隅にてこだまする。

 

「いたたたた」

 

 壁に打ち付けられた男がそう呟きながら、のろのろと立ち上がる。声からして痛そうには聞こえないが、手は打撃を貰った部分をさすっていて、強がっているようにしか見えない。

 

 そのままゆっくりとした歩みで観戦者の群れに混じり、彼、レイフォン・アルセイフは、ふぅ、と一つため息をついた。後悔のため息だ。

 

 暇つぶしに、と軽い気持ちで武芸科の授業に出てみたものの、見事に全ての先輩に目を付けられていた。どうやらブラックリストか何かに乗せられたみたいだ。ずっとサボっていたのだから自業自得である。

 そして、問題児と見なされたせいなのだろう、組み手の相手は実力はあるが、素行が悪いことで有名な生徒であり、監視するような上級生の目とも相まって精神がガリガリと削られていく。おまけに組み手が終わった今でも睨み付ける様な上級生の視線は離れてくれない。

 

「災難だったな、レイフォン」

 

 この空間内で唯一レイフォンにとって友人と言える関係であるナルキが声を掛けてくる。思えば、随分寂しい学園生活である。なにしろ男友達がエド1人しか居ないのだ。

 そもそも入学して一ヶ月足らずで半分以上サボっているのだから友達など出来るわけが無いのだが……

 まあ前世と合わせれば軽く40は超える年齢なのだから今更友達が欲しいとも思えないしな、などど心の中で言い訳をし、自己完結する。誰に言うわけでもないが、レイフォン自身のプライドを守るために必要なことなのだ。

 

「全くだ。蜥蜴のごとく嫌われてんのな、俺。あんなのと当てるなんていじめ以外のなんでもねえよ」

 

 レイフォンの組み手の相手は1年生全員に敬遠されていたのだ。なまじ実力があるため、一撃一撃が重く、手加減を知らないのか今まで数人対戦相手を医務室送りにしてきたらしい。

 らしい、と言うのは勿論レイフォンがサボっていたため実際に見てないからだ。

 

「それだけ授業サボってるんだから当然だ。寧ろこれで私より評価が高かったら、私はこの学園をやめるぞ」

 

 なかなかに厳しいお言葉だが、唇の端が少し上がっているあたりレイフォンをからかっているのだろう。

 

「くくくっ、その言葉覚えてろよ?後で泣いて謝っても……そうだなぁ、知り合い皆の前で泣いて土下座して謝るまで許さんぞ?」

 

「ふっ、大丈夫だ。レイフォンが今の調子なら、何があっても私は負ける気はしないからな」

 

 そういってクールに胸を張るナルキ。そんな所が女性ばかりにモテる原因だと言うのに何時までたっても気付かなさそうだ。その慎ましい胸には何も魅力が感じられないと言うのに……

 ナルキの胸をじっと見つめながらレイフォンがそんな事を考えていると、キッっとレイフォンを睨み付ける。コンプレックスに感じているようでしばらく視線が和らぐことは無く、レイフォンはそれを気にした素振りも無く、始終ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 そしてナルキはレイフォンのニヤ付いた顔の意味を理解することは終ぞ無かったのである。

 

 

 

──本日、学園都市ツェルニ・武芸科1年、ナルキ・ゲルニは人生最大最悪の過ちを犯してしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイフォンが練武館を出る頃、すでに太陽が地平線の向こうへと沈もうとしていた。珍しく、雲ひとつ無い晴れ渡った空がオレンジ一色に染まり、その中にあって何時もと寸分も違わず爛々と輝く月がいいアクセントとなり見ている者に言葉になら無い感動を与える。美しい空だ。こんな滅びかけた世紀末のような世界だというのに、いや滅びかけているからこそ、これが最後とばかりに輝くのかもしれない。そんなどうでもいいことしか頭に浮かばないほどに空はきれいで、そしてレイフォンは一心不乱に空を見上げている。

 

 

 レイフォンの隣を歩くナルキも、ほうっとため息をつく。ただ、レイフォンと違い、空を見上げている訳じゃない。陶器のような白い肌、西洋人形のごとく作り物めいた顔立ち、感情を失くしたかのような怜悧な瞳、儚げで、神秘的で、透き通るような美少女が夕焼けに照らされ、長い銀髪を風に靡かせながら空を眺めている。ただ、そこに佇んでいるだけだと言うのに、ナルキはその少女から目を離すことは出来なかった。

 

「きれい……」

 

  思わず、呟きが口からこぼれた。月並みな言葉だが、ナルキには他どんな言葉よりも彼女に相応しい言葉に思えた。語彙が、少ないのだ。

 

「ああ、そうだな。空がきれいだな」

 

 ナルキの言葉にレイフォンもまた同感の意を示す。その目は一心不乱に空へと向けられており、心なしか口調には諦めの色が滲んでいた。ナルキには意味が分からなかったが、レイフォンが良く分からないのは今に始まったことでもないからいいか、とスルーすることにする。

 そして、ナルキが再び先ほどの美少女に目を向けるようとし、驚く。その美少女が此方へと真っ直ぐに歩いて来ているのだ。

 良く見ればそれはナルキの知っている顔だった。なにも知り合いと言うわけではない。ただナルキが一方的に知っているだけである。何しろ現生徒会長カリアン・ロスの実の妹にして、第17小隊の念威操者であり、おまけに前回のミス・ツェルニにまで輝いたあのフェリ・ロスなのだ。娯楽の少ない都市内において、これだけの話題性に富んだ人物もそうはいないだろう。寧ろ彼女を知らない者がいるのか怪しいほどだ。

 だが、そのフェリ・ロスが何の用で歩いてきているのかがナルキには分からなかった。先ほどから挙動不審のレイフォンと関係が有るのかもしれないが、当の本人はなかなか現実に戻ってこようとしない。どうしようかとナルキがヤキモキしている間に、フェリが眼前ににまで来ていた。

 

「こんばんは、レイフォン、入学早々女の子を侍らせているなんて、いいご身分ですね」

 

 眼前と言うのはレイフォンの眼前である。そして、フェリはそのままナルキに一瞥をくれることもなくレイフォンに向かって話しかけた。先ほどまで緊張していた自分が馬鹿みたいだ、とナルキの顔が赤くなる。

 

「えっと、まあなんだ、いつにも増して随分とトゲトゲしいですねフェリ先輩」

 

 そんなナルキに目を向けることなくレイフォンは何時も通りに返事を返すこの2人はどんな関係なのだろうか……? 

 レイフォンは顔も良く、金も有り、さらに武芸者でもある、とモテるのに必要な要素が凡そ全て揃っているのだが、サボって学校に来ないため自分たち以外の友人と話すのを見たことがないナルキは思わず邪推をしてしまう。が、レイフォンの顔が少し引きつっている辺り推測が外れる可能性の方が高そうだ。

 

「事実を言ったまでです。それよりも、この前は楽しそうなことをしていましたね」

 

「え゛……、いやぁ、何のことでしょうか?心辺りはないですねぇ」

 

 ナルキに聞かせたくない何かを言われたのだろうか、レイフォンは明らかに狼狽していた。しかしナルキが疑惑の眼差しをレイフォンに向けるも、黙殺される。そして、ナルキが根負けした。

 だが、レイフォンから視線を外したナルキは、今度は期待を籠めてフェリを見つめる。その縋るような視線はいつもの強気なナルキと相まって凄まじい破壊力を生み出した。

 

「そうですか。それなら思い出させてあげましょう。この前ゴル」

「だぁあああ、もう分かった、分かりました!思い出しましたので大丈夫です。それがどうかしたんですか」

 

 核心に迫るかと思われた矢先、レイフォンの強引な妨害に後一歩と言うところで阻まれる。恨めしげにレイフォンを睨むもやはり黙殺されてしまった。

 

「いいえ。ただ、楽しそうだな、と思っただけですよ」

 

「あぁ、もう。分かりましたよ。今度奢りますから。これでいいでしょうか、先輩」

 

 そしてレイフォンは物で釣る作戦に出たらしい。見たところ、フェリも満更では無さそうで、結局ナルキに教えてくれるつもりは無さそうだ。

 尤も、他人の秘密を根掘り葉掘り聞こうと思うほどナルキも無礼ではない。ただ、目の前であからさまに隠し事をされると流石に気になる。結果は焦らされて悶々としただけだが、それは仕様がないとも思う。しかし、この恨みは必ず晴らそうと心に決めるナルキだった。

 

 

「はい、楽しみにしています。それと、フェリと呼び捨てにしてくださいと言ったはずです」

 

 

 

──恨みを晴らすのは結構簡単そうだ。

 

 ナルキは密かに邪悪な笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それからレイフォン。兄からの伝言です。あれが来ました、と」




後半書き方の練習でナルキ視点っぽい感じで書いて見ましたが、しっくり来ないです……
ドラえも~ん!文才がほしいよ!

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