夢のないレギオス   作:歯並び悪い

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第十一話

 汚染獣、それはこの荒廃した滅びの世界に唯一適応した最強の生き物である。

 

 人が触れただけでも死にいたる汚染物質を糧とし、それのみで生命を維持することができる生存力、何十メルトルもの巨体が持つ圧倒的な質量、生半可な傷では死に至ることはない馬鹿げた生命力。

 尤もそれは雄性体以上の個体の話であり、幼性体は食べることによって栄養を摂取しなければならないが、それでも一般人では話にならなず、未熟な学園武芸者でも荷が重いだろう。

 

 

 汚染獣、それは箱庭の世界を生きる人類の天敵である。

 

 

 ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ

 

 あまり表面が滑らかでは無いだろう物同士をすり合わせたような、黒板を爪で引っかいたような、聞く者の背筋をぞっとさせる音があたり一面に鳴り響いている。

 それを奏でているのは千にも登る生まれたばかりの幼性体だ。

 黒に近い紫色の外皮、頭部に灯る赤色の瞳、幼虫と蛹を足して何メートルかに巨大化させたような体躯と、強靭な顎、個体によって多少の違いは有るが額にあたるだろう部位から生える角は人間の命を奪うのに充分なものだろう。

 

 ピギッピギッ

 背の外皮を開き中から自らの体液に塗れた虫のような翅を取り出し、ぎこちないながらも動かす。生まれたてであろうと、本能で体の動かし方が理解できる。やがて、少しずつ翅を動かすことにも慣れ、一匹一匹と空中へと飛び立つ。

 

 

『私の愛おしい子らよ、餌はすぐそこだ。さあ襲い、殺し、食らい尽くしなさい』

 

 

 

 幼性体に知能は無い。

 

 頭に響く母の声と、漂いくる美味そうな匂いのみを頼りに、只目前にある餌場を目指す、己の食欲が満たされるまで只管に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「射撃隊撃て!」

 

「効かないっ!?」

 

「くそっ!目だ!目を狙え!」

 

「ぐぁぁあああああああ!う、腕がああああ」

 

「怪我人を下がらせろ!早く!早くしろ!」

 

 

 そこは地獄だ。大多数の武芸者の攻撃は硬い外皮に阻まれて用を成さず、小隊を中心に何とか一匹ずつ倒すも、数は増えていくばかり。

 現在かろうじて死人が出ないようにしているが、怪我人は後を絶えない

 ツェルニの武芸者では防衛線を維持するだけで、限界だった。

 

 防衛線から離れたところでは空中から落とされた幼性体が小山のように積み重なり、そこから少しずつ防衛線へと向かってくる。

 

 あの山の幼性体が一度に向かってきてしまえば防衛線はたちまち崩壊するだろう。そうなればツェルニは滅ぶ。

 それが分かっているからこそ武芸者たちは焦り、動きは鈍る。

 

 

 

 

「見事な悪循環だな」

 

 そんな阿鼻叫喚な地獄絵図を遠く離れた空中から、頸によって強化した視力で眺めながら、レイフォンは呟いた。

 まるで重力など存在しないかのように、地上数百メートル地点で静止している。

 

 その左手には都市外戦用装備の手袋の上に更にもう一枚白い手袋があった。

 熟練した武芸者ならば、そこから伸びる千にも昇る極細の糸が見え、それが類稀な殺傷力を持つ武器なのだと分かるだろう。

 

 レイフォンは戦いが起きている都市外延部から数キロ離れた地点にいながら、武芸者たちへと襲い掛かる幼性体の数の調節をしているのだ。尤も、本当に危ないところにだけ介入しているため、戦っている武芸者たちには気付かれず、重傷者は今もなお増えている。生かさず殺さずの絶妙な加減である。

 

「目標補足しました。最短ルートを表示します」

 

 本当に容赦が無い、と思いながらもフェリは自分の役割を忠実に果たす。

 念威を通して見える戦場は悲惨な物で、手足が有らぬ方向へと曲がったもの、肉が裂け骨が見えている者、酷い所では腕が千切れているものなどもいるが、レイフォンはそれを全く気にしない。

 おそらく、再生可能であると分かっているが、それでもフェリにとっては見ていて気持ちのいいものではなかった。

 自分もいつか此れに慣れる日が来るのかと思うと嫌な気分になった。

 

「分かった。幼性体を殲滅した後、突入する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおぉお!」

 

 ドスッ!

 己が全力で汚染獣の外皮に掌底を打ち込む。

 

──外力系衝剄の変化 流滴

 練り上げた衝剄を細胞内へと流し込み、内部からの浸透破壊で硬い外皮が部分的に脆弱になる。

 

「おりゃああ!」

 

 そこへシャンテが槍を突き刺し、

 

「燃えろおおおおおおおおおお!」

 

 化錬剄の焔により内部から完璧に命を絶つ。

 

 

「次だ!シャンテ!」

 

 戦況は悪い。俺とシャンテとの連携でなんとか戦えてはいるが、周囲の隊員が押されている。後退しなければ何れやられるだろうが、後退することもまたその結果を先延ばしにしているだけに過ぎない。

 

 そもそもこの戦いに危険性は少ない。幼性体などあの方ならば瞬く間に殲滅できる。だからこの戦いは謂わば茶番だ。恐らくはツェルニの武芸者に経験を積ませようという魂胆だろう。危なくなればあの方が出てきてくれる……

 

 だから、だからこそ、他力本願な自分に腹が立つ。

 

 自分の無力さが恨めしい。

 

 兄と比較され、己の弱さを痛感し、だからこそ故郷から逃げ出したと言うのに、ここでも自分の無力さを突きつけられる。

 鍛錬を怠った日は無い。努力を惜しんだつもりも無い。それ故に1年から第五小隊の隊員として居続けられた。それ故に今では隊長の座にも着けた。

 だが、何故己はこんなにも弱い?幼性体などグレンダンの武芸者ならば鼻歌交じりに虐殺できる。何故己は一匹殺すの此処まで苦労している?己の5年間はなんだったのだ?

 自問が止まず、答えは出ない。

 

 ズンッ

 

 考えている間にも、体は動く。また一匹汚染獣を仕留めるも、達成感は得られない。

 己は何のために生きているのだろうか、こんな弱い己に何ができるのか、

 

 脳は思考へと傾き……

 

 

「ぐがあああぁぁあ!」

 

「ケネースがやられた!誰か後方に下げろぉ!」

 

 

 ケネースがっ!やられた、戦況に余裕は無かったがカバーは出来ていたはずだ!己がぼうっとしているばかりに、部下がっ!

 

「隊長!後退しましょう!」

 

 部下も守れずして、何が隊長か……

 力が、己にもっと力が……っ!

 

『これより、汚染獣殲滅の最終段階に入る。カウントが終わるまでに防衛柵の後ろまで下がれ。10、9、……』

 

 来た。

 汚染獣を殲滅可能な兵器などこの都市にある訳が、無い。

 有りうるとすれば天剣が出てくることのみ。

 もはや用なしだとでも言うように、己の無力を突きつけられたようで……

 

『2、1、……』

 

 

 

──斬!

 

 

 その瞬間世界が止まったように感じた。まるで絶対零度の寒気に侵食され凍りついたかのように汚染獣は唐突に動きを止め、武芸者も事態に追いつかず固まる。

 

 まるで氷りついたような世界の中で、汚染獣だけが、斜めにズレた。

 

 次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と

 次々と上下に別れ、上半分が地に滑り落ちていく

 

 自分が頸技を使って一匹ずつ技を打ち込んでも殺せなかった幼性体が、それこそ豆腐を切るかのような気軽さで切り捨てられていく。

 

 それは幾度も見たことがある光景で、未だに見慣れない光景……圧倒的力による蹂躙だった。

 

 

 

──ああ、これが……力。己にも、これだけの力があれば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汚染獣反応あと、674、……358、……、98、54、21、9、6、4、3、2、1、……都市にある全ての汚染獣反応消滅しました。」

 

 

 ツェルニの上空エアフィルターの外、念威端子を伴いながらレイフォンは高速で飛んでいた。

 幼性体は完全に殲滅した。急いで母体を殺さなければ増援を呼ばれることになる。一瞬、それもまた一興かとも思ったが、流石に都市が囲まれたら手に負えないな、と思い返す。

 

 意識が自然と戦闘時のものに切り替える。

 幼性体の殲滅はレイフォンにとって見れば、謂わば作業だ。一方的な虐殺であり、戦いではない。が、死を微塵も感じぬとも、今から行うのは戦いだ。体はそう認識し、自動的に連戦状態へと移行していく。

 剄脈より吐き出される剄が増え、心が、軽くなる。戦闘に関係のない思考悩みを内側へと押し込め、只心を鈍感に、軽薄に外から受ける影響を極小にしていく。

「くくっ」

 と口から笑いがこぼれ出る。ヘルメットをはずせばレイフォンのシニカルに歪んだ口元が見えることだろう。

 今までの経験から積み上げられてきた、レイフォンなりの処世術だ。戦場での心の揺らぎはそのまま死に直結する。不意に何が起ころうとも、仲間が死のうとも、それに動じないための強がり。幼少から続けていたら、いつの間にか自然と笑うことが出来るまでなっていた。

 

 

 

 

 

 都市の足がめり込み、谷間になっている部分へと侵入する。

 

「誘導します」

 

 耳元からフェリの声が聞こえるとともに、レイフォンの目の前に光が灯り道しるべとなる。

 

 

 

 

 やがて、洞窟の中、鎮座する数十メートルの巨体にたどり着いた。

 

 

 腹が裂け、そこから未だ体液が流れ出ているが、此方を睨み付けるように向けられてくる目は死にそうには見えない。

 やがて、それは顎を打ち鳴らし始めた。身の危険を感じ、増援を呼ぼうとしているのだ。

 

「レストレーション。さっさと死ね、死に損ないが」

 

 復元言語に反応して白金の錬金鋼が刀の形をとり、纏わせた剄によって白金に輝く。

 やがて、輝きが巨大な刃を形成し、それを掲げるレイフォンはあたかも神話の竜に挑む勇者のようで……

 

──外力系衝剄の変化 轟剣

 

 刀を持つ手が振り下ろされ、空間全てに光が満ち溢れ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~帰ったら酒飲も」

 

 

 後にはやる気の無い声だけが響いたのだった。




補足的な何か

・幼性体戦でのレイフォンの援護は上空から鋼糸で危ないところの幼性体の足止めをするってだけです。ばれない様に頑張ってました。きっと念威操者さんたちも気付いていません。
・ゴルネオさんの強さって原作でも良く分からなかったので、シャンテとコンビで体力が続く限りは幼性体をちまちま狩れる程度に。ちなみにゴルネオエリアが苦戦していたのは、レイフォンはあまり援護をしていなかったからと言う設定で……
・刀と鋼糸両方同時に使うためにも、鋼糸は手袋です。リンテンス仕様ですね。




此処まで読んでいただいてありがとうございます。
如何でしたでしょうか?

まだまだ拙い文章ですが、これからも続けますので、読んでいただけると嬉しいです。
あと感想もいただけると嬉しいです。

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