Kranteerl y io dyin 作:witoitaa
一瞬目を見開いて現状を確認する。慣れないような視界と、感触が唇を襲っているということを、フィスルクーフェーは認識した。レヴィアに唇を奪われている…?
「ッッ!!」
とっさに喉をひねっただけのみっともない声が漏れてしまった。分かりやすく顔を赤らめながら、大きく右に振り向いた。
「ああ、駄目ですよそんなに急にうごいたら」
「う、うるせえ!お前が吹っかけてきたんだろうが!」
だがレヴィアには純粋に人を元気づけたという感覚しかないらしい。その証拠に顔は赤くなっておらず、さもこのことが「男子を元気づける方法である」と教えられたかのように平常心を保ちながらティッシュを取り出してきた。これで涙を拭かせるつもりらしい。
「…みっともねえ姿を見せてしまった」
泣きながらフィスルクーフェーは答えた。答えたものの、やはりあふれてくる悲しみを抑えることはできない。だが、自分の信仰を捻じ曲げることは、ラネーメ人やユーゲ人の主食の穀物一粒も思わなかった。もしも思ってしまっては、これまで自分をここまで忠実な人間に育て上げた父親、そのまた祖父、さらには信仰のもとで敵対してきた彼らでさえも裏切ることになるから。
「フィスルクーフェーさん、あなたは愛嬌があると思うの。その真面目な姿勢は、敵味方問わず様々な人を引き寄せる。その純粋な信仰心と折れない信念は、きっと正真正銘、あなたの主が望まれたことだわ」
「お前…」
「って私の母親が言っていたわ」
「お前じゃないのかよ」
今度はノックの音が聞こえてきた。それほど重要な用事でもないということを受け取り、誰かを問う旨をドアの向こうの人間に言い放った。
「誰だ」
「アルシー=ケンソディスナルだ。フィスルクーフェー、あんたの通信機が鳴っているぞ」
「通信機…?緊急電話じゃねえだろうなあ」
この件がXelken.valtoalの本部にばれて、あっさりと承諾されるようなことではない。アルシーを危険にさらしたことも然り、あやうく奪われかけたことも。加えてフィスルクーフェーは慈善活動へと打ちこんでいたところだ。
「緊急ではない。あんたへのメールだ」
とりあえず安心する。入室を許可すると、アルシーが左手に持っている通信機をフィスルクーフェーに手渡しした。
「これは…本部からだ」
こんな時に本部から連絡とは、絶対にDAPEもしくはアルシーがらみの要件だろう。フィスルクーフェーは「汚名返上独立戦争参戦召集令」というタイトルを読み流し、本文を確認した。
――
全Xelken同志
我らXelken.valtoalは、Xelkenを名乗りデュインの侵略と独立を目指すXelken.alesを我らの敵、Xelkenならざる者として認めた。従って我らはXelken.alesに全面敵対し、立場を考慮しながら、結果としてユエスレオネ連邦への加勢を決定した。古理語の復活を背負う同志諸君よ、この戦争の内はユエスレオネ連邦と結託し、ユエスレオネ連邦軍の軍事的指揮に従いつつ、Xelken.alesがXelkenとして認められないように尽力せよ。
――
始まりの挨拶はこんな感じ。以下は細かい方針や総統の言葉、そして集合日時と集合場所が記されていた。いよいよ彼らはこんなところでのんびりとしている場合ではなくなったというわけだ。フィスルクーフェーは一切自分の体の心配をせずに、かつてデュインにいた時のように指揮を執りはじめた。
「フェリーサは。フェリーサはどこに行った」
「フェリーサはもう荷造りを…いや、あんたはまだそこにいたほうがいい」
「なんだと?一端の迷える高校生が、崇高なる理想を持った高きXelkenの戦士に指図か?」
「侮るなよ、俺だって崇高なる理想を持った敬虔なるトイターの民だ。もう、あの頃の俺とは違う」
レヴィアとフィスルクーフェーは一切の邪魔をしない。アルシーは続けた。
「母さんから聞いた。この戦争、ハタ王国も参戦しているらしい。もし母親も失っていたら俺は間違いなく今まで通り連邦兵として復帰してこの世界の正義を背負っていた。訳も分からずにな。だが、今は違う。俺の両親にこんな仕打ちをしたあいつらの騙る正義を放っては置けないんだ」
フィスルクーフェーは笑いながら、ある意味では感心しながら言った。
「そうか…じゃあこの戦争ではお前を俺らに正式に引き込むことはやめておいてやるよ。報告ありがとうよ。時期に出発するから遊んでいるフェリーサをとっ捕まえて待っていろ」
アルシーを退出させた。だが、もう一人の存在にフィスルクーフェーは気が付いていた。
「お前もだそこのロリ眼鏡」
ドアのところにはアクリニーが壁にもたれかかっていた。
「あーら、フィスルクーフェーちゃん。反抗期かしら?」
「黙っていろ。俺はあいつと戦って敵を倒すまで。俺の正義が敵と定めたら俺の敵なんだ。文句あるか?」
「ないわよ。貴方たちが私たちの世界に入ってこなければね」
「俺は入らねえよ…少なくともユーゲ人が相手ならな。彼らはいい民族だ」
レヴィアを連れてアクリニーは部屋を出た。フィスルクーフェーは再びこの独房のような病室で一人取り残された。悲しみにふけっている場合ではない。
「いっちょ前に信念と言うものを叫び始めやがったか、あのガキ…昔の姉さんみてえだ」
そう呟いた。これからいよいよ地獄が始まることを、アクリニーだけが予測できていた。