遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第82話 再起

 

皆本遠也 LP:4000

手札3枚 場・《ジャンク・ウォリアー》《ブラック・マジシャン・ガール》

 

遊城十代 LP:2000

手札4枚 場・《E・HERO スパークマン》 伏せ1枚

 

 

 

 デッキからカードを引いた俺は、手に握られた三枚のカードに視線を落とす。そして勝つためにはどのようにすればよいのか考えを巡らせた。

 このデュエル、目的は十代を立ち直らせることである。しかしだからといって、ことデュエルに関して手を抜くつもりはない。わざと負けるなどもってのほかだ。

 そもそも勝たせたところで十代が元に戻る保証はない。それに、そんなデュエルでは俺の思いが十代に伝わることはきっとないだろう。

 だから、本気でいく。その気持ちを叩きつけるように十代を見やると、十代はぐっと口元を引き結んで視線を逸らした。

 

 ――十代。今お前が目を逸らしたのは、何故だ?

 

 俺はそう心の中で問いかける。

 当然答えは返ってこない。しかし代わりに、その答えを俺なりに推測する。

 

 ――今みたいな気持ちでデュエルすることに、お前は抵抗がある。だから目を逸らした。

 

 つまりそれは。

 

 ――まだデュエルそのものを嫌いになったわけじゃないってことだ。

 

 デュエルが好きだからこそ、今のような気持ちでデュエルすることに抵抗を覚えているのだ。その後ろめたさが十代に目を逸らさせる。

 しかし、それはつまりまだ希望があるということだった。たとえ融合が使えなくても、デュエルそのものを十代は嫌っていない。恐らくは十代自身も気づいていない無意識のことだろうが。

 しかし、それで十分だ。デュエルに対する思いが失われていないのなら問題ない。それならば、この俺の思いもデュエルを通じてきっと十代に伝わる。

 そう信じる。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果により、墓地から《レベル・スティーラー》を特殊召喚!」

 

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 

 待ちかねたかのようにソリッドビジョンとなって飛び出すジャンク・シンクロンと、その効果によって横に並んだレベル・スティーラー。

 俺の声に応えて力を貸してくれる二体のモンスターに向けて手をかざすと、まるでそれがわかるかのように彼らはその体を小さく揺らした。

 

「集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」

 

 

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

 

 機械義手のようにも見える腕だけのモンスター。赤く鋭い五本の指が握り拳を作るように一度動き、そして再び手を開くとその爪を一直線に十代の場へと向けた。

 俺が次に起こす行動がわかっているかのような動きだった。頷き、右手を同じく十代のフィールドに向けて振るう。

 

「バトル! アームズ・エイドでスパークマンに攻撃! 《ハンズ・オブ・ヴィクトリー》!」

 

 直後にアームズ・エイドが地面の僅か上を滑るように移動し、その手を大きく広げてスパークマンの眼前に迫る。

 攻撃力ではアームズ・エイドに軍配が上がる。よってアームズ・エイドの爪撃をスパークマンは防ぎきることが出来ず、苦悶の声と共にその身を散らせていった。

 唯一十代の場に存在していたスパークマン。それが除去されたことで今、十代のフィールドはがら空きである。

 これは十代を助けるためのデュエルである。しかし、手心を加えるつもりはない。何故ならそんな手抜きのデュエルでは何も伝わることなどないと思うからだ。

 本気だからこそ伝わるものがある。だからこそ、手を抜くなどとんでもなかった。

 全力でぶつかる。それが今できることだ。

 

「ブラック・マジシャン・ガールで十代にダイレクトアタック!」

 

 俺の宣言にマナが頷き、ふわりと俺の前で飛び上がるとその杖を構える。

 杖先に形成されていく紫電を纏った漆黒の球体。魔力という名のエネルギーを凝縮したそれを、マナは杖ごと振りかぶって一気に振り下ろした。

 

『《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!』

 

 裂帛の声と共に闇色の砲弾が飛んでいく。一直線に十代へと向かっていくそれが命中すれば残りライフ2000の十代のライフはちょうど0をカウントすることになるだろう。

 すなわち、この攻撃が決まれば俺の勝ちだ。しかし俺の中には未だ勝利の予感はない。

 何故なら、十代というデュエリストのことを俺はよく知っていたからだ。

 

「く、リバースカードオープン! 速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》! デッキから《ハネクリボー》を守備表示で特殊召喚!」

 

 

《ハネクリボー》 ATK/300 DEF/200

 

 

 伏せられていたカードがリバースし、同時に十代の場に姿を現す小さなモンスター。

 それを見た瞬間、俺は微かに自分の頬が緩むのを自覚した。

 これが、遊城十代だ。そう思わされたからである。

 

『クリクリー!』

 

 気合たっぷりに勇ましい声を上げるハネクリボーが、迫りくる攻撃から十代を守るように小さな手を広げて立ち塞がる。

 俺はその勇敢な姿に応えるべく声を上げた。

 

「戦闘を巻き戻す! ブラック・マジシャン・ガールでハネクリボーを攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 指示を受け、マナが既に放たれていた攻撃を魔術による遠隔操作で軌道をずらす。それによって攻撃はハネクリボーへと移り、ハネクリボーはその攻撃を正面から受け止めることとなった。

 

『クリー!』

 

 ハネクリボーが大きな声を上げる。ともすれば断末魔でしかないそれは、しかし決して負の感情によるものではなかった。

 ハネクリボーは俺たちに背を向けていた。そして十代と向かい合い、まるで十代に伝えるべきことがあるかのように十代を見ながらの声だった。

 何を伝えたかったのか、人間の言葉を話せないハネクリボーの意志を正確に読み取ることは難しい。しかしそれでも、何となく俺にはわかるような気がした。

 そして訴えかけるようなそれを最後に、ハネクリボーはフィールドから姿を消した。十代はそれを呆然と見つめる。

 

「……相棒……」

「これでお前の場にモンスターはいない。だが、ジャンク・ウォリアーで攻撃しても、十代……お前にダメージはない」

「……ハネクリボーが破壊されたターン、俺は一切の戦闘ダメージを受けない……」

「そうだ。ハネクリボーがお前を守ったんだ。自分の身を犠牲にしてな」

「――っ!」

 

 俺の言葉に息を呑み、目を見開く。

 そんな友の姿を見ながら俺は言葉を続けた。

 

「ハネクリボーだけじゃない。お前はいつも、そうやって沢山の仲間に支えられてきたはずだ。そしてそんな彼らに、お前はどうやって応えてきた?」

 

 それが、遊城十代というデュエリストだった。

 カードたちを十代はただのカードとして以上に信頼し、だからこそカードたちもそんな十代を信頼し、力になろうと全力を尽くす。

 そして十代はそんな彼らの力を余すことなく活かし、楽しんでデュエルをすることで応えてきた。

 口で言うだけではない。心の底からそれを無意識に実践し続けているのが十代という男だった。

 そんな男だからこそ、今のピンチにハネクリボーが来てくれたように、カードたちは十代を助けようと力を振り絞ってくれるのだ。

 それは、これまでに十代から受けた信頼を知っているからだ。俺はそう思う。

 

「……俺は……」

 

 下を向き、自問するように声をこぼす十代。

 俺はそれに取り合うことはせず、口を開いた。

 

「メインフェイズ2。俺はアームズ・エイドをジャンク・ウォリアーに装備する」

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3300

 

 

「ターンエンド。さぁ、お前のターンだ、十代」

 

 俺がターンを促せば、十代は経った今そのことに気付いたかのように顔を上げると、デッキに指をかけた。

 

「俺の、ターン……」

 

 引いたカードを一瞥。そのカードをそのままディスクへと置く。

 

「《E・HERO バブルマン》を守備表示で召喚。場に他のカードがないため、カードを2枚ドロー」

 

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 

 ここでバブルマンを引くか。これもデッキの……カードたちの声の一つの形なのだろう。

 カードたちは十代のために持てる力を最大限に発揮している。

 なら、あとはそれをお前自身がどうするかだ……十代。

 

「……カードを2枚伏せて、ターンエンド」

 

 そのままリバースカードを場に出して十代のターンが終了する。

 俺は何も言わず、デッキトップに指を置いた。

 

「俺のターン!」

 

 手札は三枚。その中から一枚のカードを手に取りディスクへと差し込む。

 

「《調律》を発動! デッキから《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、デッキトップのカードを墓地へ送る! そしてジャンク・シンクロンを召喚!」

 

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 

「ジャンク・シンクロンのモンスター効果! レベル・スティーラーを蘇生する! 更にアームズ・エイドの装備を解除! モンスターゾーンに特殊召喚する!」

 

 

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

 

 モンスターゾーンを全て埋める。それにより、必要なモンスターは全て出揃った。

 さぁ、いくぞ十代。

 

「レベル4アームズ・エイドとレベル1レベル・スティーラーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 空へと駆け上がる三体のモンスター。一体は三つの輪となり、残る二体は五つの星となり。合わせて八つの輝きが、その光を一層強めて眩く俺たちを照らし出す。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 極光を切り裂いて現れる白銀の竜。その体からも溢れる光は散り散りになって宙を舞う。甲高い鳴き声を上げながら十代のフィールドを睥睨し、スターダストはジャンク・ウォリアーとマナの間に降り立った。

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 ジャンク・ウォリアー、スターダスト・ドラゴン、ブラック・マジシャン・ガール。三体ともがこのデッキのエースを名乗るに相応しいモンスターたちだ。

 十代、お前にも沢山の仲間がいて、そして頼りにしているエースたちがいるはずだろう。

 それを思い出せ、十代。

 

「バトル! ブラック・マジシャン・ガールでバブルマンを攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 俺の宣言と同時に、杖を掲げてマナの攻撃が開始される。

 先ほどハネクリボーへと向けられた攻撃が今度はバブルマンへと向かい、バブルマンは守備の態勢をとったまま破壊されて消えていった。

 

「く……ッ、罠発動! 《ヒーロー・シグナル》! 俺の場のモンスターが破壊された時、デッキからレベル4以下の「E・HERO」を特殊召喚する! 《E・HERO エアーマン》を守備表示で特殊召喚!」

 

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

 

 

 バブルマンが破壊された瞬間、即座に十代の場にて発動されるカード。それによって現れたエアーマンが膝をついて防御の態勢をとる。

 俺がかつて十代に渡したカードの一枚。元の世界ではHEROデッキであるならば必須とまで言われたカードだ。何故なら魔法罠の除去とモンスターのサーチをこなす二種の効果を持っているからだ。つまり、勝利へと繋がるキーカードだったからである。

 そんなカードであることを知っているからこそ、このとき俺はある確信を得た。

 

「エアーマンが特殊召喚に成功した時、デッキから「HERO」1体を手札に加えられる。俺は《E・HERO フェザーマン》を手札に加える……!」

 

 十代がカードを手札に加え、デッキをシャッフルしてディスクに戻す。

 バトルはまだ続いている。

 

「スターダストでエアーマンを攻撃! 《シューティング・ソニック》!」

「ぐ……!」

 

 スターダスト・ドラゴンの攻撃がエアーマンを粉砕する。

 これで再び十代の場はがら空き。そして俺の場にはまだジャンク・ウォリアーがいる。

 

「ジャンク・ウォリアーでダイレクトアタック! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 背中のバーニアを吹かし、ジャンク・ウォリアーが疾駆する。その拳が届けば、敗北は免れない。

 見つめる視線の先。ジャンク・ウォリアーが向かうその場所で、伏せられていたカードがゆっくりと起き上がった。

 

「リバースカードオープン! 罠カード《オフェンシブ・ガード》! 直接攻撃を受ける時、エンドフェイズまで攻撃モンスターの攻撃力を半分にする!」

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→1150

 

 

 攻撃力半減か。十代の残りライフは2000。つまりどうやってもこのターンで削り切ることは出来なくなったわけだが、しかし。

 

「だが、ダメージは受けてもらう!」

「ぐぅッ……!」

 

 

十代 LP:2000→850

 

 

 ジャンク・ウォリアーの拳が十代に炸裂する。その眼前に薄い障壁のようなものが張られたものの、衝撃は突き抜けて十代へと襲い掛かっていた。

 

「く……オフェンシブ・ガードの効果により、俺はカードを1枚ドローする」

 

 これで十代のライフは1000を切り、もはや一撃でも受ければ危うい領域にまで下がった。

 ……しかし、負けていない。何もしなければ今のバトルで終わっていたというのに、だ。

 

「やっぱりな」

「え?」

 

 俺の感じた確信は間違っていなかった。その思いが自然と口をつき、それを聴きとめた十代が反応する。

 

「やっぱり、お前はまだデュエルを忘れられていない。たとえ融合に忌避感を抱いても……デュエリストとしての本能が、負けることを避けている」

 

 その言葉に、十代は動揺したようだった。

 

「なにを……」

「そうだろう十代。お前は無意識に俺に勝てる手段を考え続けているんじゃないか?」

「……!」

 

 返ってきたのは沈黙だった。そして沈黙とは肯定の証でもあった。

 十代の根っこは何も変わっていない。そんな俺の確信はやはり間違いじゃなかったのだ。

 

「なぁ十代。お前のために倒れていったモンスターたちは、我が身を賭してでもお前を支えてきた。そしてそれに、お前はいつだって応えてきた。彼らの力を信じて、全力を尽くして勝利を目指すことでな」

 

 そうだろう、と十代に問う。

 返答はない。けど何も言い返してこないということは、つまりそういうことなのだ。

 

「みんなのことも、同じだ。たとえばお前がもし命を失ったとしよう。その時、お前は皆の不幸を願うか?」

 

 違うだろう。いや、間違いなく違う。

 そうではなく。

 

「皆が幸せに生きる事を願うはずだ」

 

 さっき十代は言った。お前に俺の気持ちはわからない、と。それは全くその通りで、俺に人の心を読む力なんてないから、人の気持ちはわからない。

 だけど、例えそうだとしても間違いないという想いがあった。

 互いの気持ちがわからなくても俺たちは通じあっている。正確に理解することは出来ないかもしれない、けれど感じることは出来る。

 何故なら、それが俺たちがアカデミアで出会って以来ずっと築き上げてきたもの――絆なのだから。

 

「皆だって同じだ。皆は、お前の笑顔が見たいんだ! 幸せになって欲しいんだ! 自分を責めるなとは言わない! けどな……それだけじゃいけないんだよ!」

 

 徐々に俺の声が荒くなっていく。それは、やはり今の十代の姿が納得し難いものだからだろう。

 何故なら十代が皆の死を理由に自分を追い込むのは、皆の気持ちへの冒涜だからだ。 皆はきっと笑ってくれることを願う。それがいかに難しいことかは普段明るい十代がここまで追い詰められていることからも分かっている。

 俺だって何も感じていないわけじゃないのだ。未来の知識がある俺だってこうなのだ。十代のそれは想像を超えるものに違いない。

 だがそれでも、十代には前を向いてほしかった。

 友達を、仲間を、誰よりも大切にしてきた十代だからこそ、皆の想いを受け取って欲しかった。

 このままでは十代の心が壊れてしまうとわかるからこそ、十代には笑ってほしい。たとえそれが俺のエゴなのだとしても、俺の心にあるのはその一心なのだった。

 俺はそんな気持ちを込めて真っ直ぐ十代を見る。その先で、十代は肩を震わせていた。

 

「……俺だって……わかってるさ……!」

 

 震わせながら、十代は苦しげに呻く。次いで激しい言葉が掠れた声で押し出された。

 

「わかってるけど! 仕方ねぇだろ! 皆もういないんだ! 俺のせいで!」

 

 激昂と共に顔が上がる。そこには悲哀と怒りで歪んだ剥き出しの十代の心が映し出されていた。

 

「笑えるわけないだろ……もう、みんなも……」

 

 拳を握りしめ、飾らない言葉が漏れる。

 

「――明日香も、いないのに……!」

 

 叩きつけるように告げられたその内容に、俺はハッとする。

 最後の言葉に込められた意味……そのことに、ここまで言われて気付かないほど鈍感ではなかった。

 

「お前、明日香のことが……」

「……ああ。――たぶん、明日香は……俺にとって……」

 

 それ以上、十代は何も言わなかった。けれど、そういうことなのだろう。

 そして、その気持ちを伝えるべき相手は、もういない。

 十代が、どこか縋るような目で俺を見た。

 

「――遠也、お前だってマナが目の前で死んじまったら、生きる気力なんて湧かないだろう……」

 

 お前ならわかるだろう。

 言外に込められたその響きを確かに感じ取って、俺は言葉を詰まらせた。

 

 ――マナが、死んだら……?

 

 それは、想像すらしたことがない未来だった。

 もちろん、形あるモノがいずれなくなることはわかっている。それは人間にとっての死であり、物で考えれば破壊だろう。

 だが、マナは精霊だ。それこそ古代エジプトの時代から今なお存在を保っているほどの存在である。

 だから、死ぬなら人間である俺が先だと漠然と考えていた。きっといずれ来る別れはそういう形になるのだろうと、根拠もなく。

 だが……言われてみれば違うのだ。この世の中に絶対はなく、そして得てして物事は唐突にやって来る。それはこの世界に移動してきてしまった俺自身がよくわかっていることだった。

 だから、マナが俺の前で死んでしまう未来が来る可能性も、否定しきることは出来ないのだ。

 それを考えただけで、背筋に氷の柱を差し込まれたような冷たい衝撃が俺を襲う。

 マナは俺にとってかけがえのない存在だ。もはや俺自身と切り離して考えることは出来ず、隣にいるのが当たり前だと思っていた。

 それだけに、可能性の話とはいえマナがもし俺の前から消えてしまったらという話はショックだった。

 もし本当にそうなった時。俺は十代のようになってしまわないと果たして自信を持って言えるのだろうか?

 ふと、そんな疑問がよぎる。そしてその答えを探すようにフィールドのマナに目を向けた。

 ちょうど俺を見ていた緑の瞳と視線が交差する。金色の髪、俺には勿体ないほどに可愛い少女。この、俺にとって一番大切な存在を失った時、俺は本当に――。

 

 

 ――言ったはずだよ、君の全てを僕にぶつけてくれって。

 

 

 不意に、脳裏に誰かが言った言葉が蘇る。

 これは……そうだ。まだ俺がこの世界に来たばかりの頃、遊戯さんと感情のままにデュエルした時に本人から投げかけられた言葉だった。

 何故、今になってあの時のことを思い出すのだろう。けれど、思い出したことにはきっと意味があるはずだった。

 俺はより深くあのデュエルを思い出そうと記憶を掘り返していく。

 

 ――君は逃げている。

 ――君が逃げているのは、“ここが現実だと認めてしまっていることから”……じゃないかな。

 

 あの日、あの時のデュエル。それは俺という存在がこの世界で初めて一歩を踏み出したとも呼べる出来事だった。

 

 ――君の悲しみも、不安も、怒りも、寂しさも! 僕たちが分かち合ってみせる!

 

 そう俺に対して正面から向き合ってくれた遊戯さん。その理由を、遊戯さんはこう言った。

 

 『僕たちはもう友達だから』と。

 

 

 そこまで思い返して、俺はようやく気が付いた。

 俺が十代にあそこまでカッとなった理由。それは、こちらの気持ちを知る由もなく自分の気持ちはわからないと十代が言った言い分が、俺や皆の気持ちを蔑ろにしたものだったからだ。

 確かにそれもある。しかし、それだけではなかったのだ。

 俺はきっと、十代を見て思い出したのだ。あの時の、内側に籠もっていた自分を。

 どこまでもこの現実から逃げていた昔の自分と重ねあわせて、俺は感情を露わにしてしまったのだ。まるで情けなかった自分を見ているようだったから。

 

 そう考えれば、今の十代とあの時の俺は似ていた。

 この現実を認められずに、逃げている。俺は元の世界への望郷のため。十代は犯した罪の苦しみのため。

 俺たちは共にこの現実を認められないでいる。その点で、あの頃の俺と今の十代は共通していた。

 なら、今の俺とあの時の俺の違いとは何だろうか。そう考えた時、出てくる答えは簡単なことだった。

 一人で膝を抱えていた俺に、差し伸べてくれた手があった。友という名の絆を示してくれたその手が……俺たちの決定的な違いだった。

 共に喜び、共に笑い、そして何かあれば手を伸ばしてくれる友の存在。体を張って俺にそれをわからせてくれた遊戯さんのような存在。それこそが今の十代に足りない切っ掛けなのだ。

 悲しみ、不安、怒り、寂しさ、そして苦しみ。たとえ何があろうと分かち合ってくれる存在。そんな存在が確かにいることを俺は心から信じている。いま多くの友を失ったことで十代の中で揺らいでいるそれこそが、今の俺と昔の俺との違いなのだ。

 俺にとっての理解者……それはマナだ。しかし、マナだけじゃない。これまでに俺が出会ってきた仲間たち――その全員がそうなんだ。

 だから、たとえマナが俺の目の前から消えてしまったとしても、俺は独りじゃない。繋げてきた絆がある限り、俺は決して孤独ではないのだ。

 その時に俺を襲う悲しみは大きく、言葉に出来ないほどに苦しいだろう。

 

 けれど、きっと――。

 

 

「……なぁ、マナ」

『うん』

 

 返ってくる声。それが、何気なくも大切なものなのだと改めて思う。

 そのことを実感しつつ、俺は問いかけた。

 

「俺が死んだら、悲しいか?」

 

 何の脈絡もない一言だったが、マナはそれに一瞬言葉を失う。

 そして、ひどく真剣な顔になって俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。

 

『……うん。すごくね』

 

 どこまでも真摯な声だった。それだけに重く、同時に嬉しかった。そして俺は一言「そうか」とだけ返したのだった。

 一度瞼を閉じて、心の中にある思いを整理する。そして、再び十代と向き合った。

 

「……十代、お前の言う通りだ。マナが死ぬなんて、想像するだけで気が狂いそうになる」

 

 心に穴が開くとはよく使う表現だが、しかしもしそうなった時。真実そのような空虚さを俺は抱えることになるだろう。

 いっそそんな現実など無くなればいいとすら思うかもしれない。

 俺にとってのマナとはそういう存在だ。だから、十代の気持ちは痛いほどわかった。

 それを、十代は俺が共感してくれたと思ったのだろう。俺を見る目に理解者への共感が混じる。

 

「だったら……!」

「けどな」

 

 しかし、その言葉を遮って俺は言う。

 

「俺は死んでもいいとは思わない」

 

 苦しいだろうし、悲しいだろう。逃げ出したくなるほどに辛いだろう。けれど、きっと俺はそれでもこの世界で生きていく。できるだけ幸せを求めて。

 そのことを十代に告げた。

 

「……なんでだよ……」

 

 十代は、俺が言い放った自分との明確な線引きに愕然となる。そして俺に対して投げかけられたのは、力のない疑問の声。

 

「お前だって、その時になればさ……!」

 

 俺はそれに首を振る。それでも俺はそうならないと言い切って。

 そしてその理由はひどく簡単だ。俺は苦笑いを混ぜて十代に応えた。

 

「だってそんなこと、マナが許してくれないだろうからな」

 

 そう言ってマナを見れば、マナは力強く頷いて俺の隣に立った。

 

『とーぜん! もしそうなったとして、自殺なんてしたら口もきいてあげないんだから!』

 

 ぐっと拳を握りながらそう力説する。

 いささか矛盾した言葉であったが、まあ言いたいことはわかる。だから俺は黙って聞いた。

 

『それに……好きな人には幸せになってもらいたいよ。それは明日香さんも……皆もそうだと思う』

 

 そしてマナは最後にそう十代に訴えかける。

 その表情は悲しげで、今の十代の姿にマナも心を痛めていることが容易に見て取れた。

 その心を慮って隣に浮かぶ小さな肩を軽くぽんと叩くと、俺は再度口を開いた。

 

「十代。俺だって、お前らに出会う前は色々あった。一時は情緒不安定で……この世界そのものを恨んだこともあったさ」

 

 その告白に、十代は驚いた顔をした。あいつにしてみれば、今の俺からはあまり想像できない事なのかもしれない。

 だがそれは事実であり、そしてそんな事実があっても、俺は今こうして立っている。 仲間と共に笑い合えている。それは何故かと言われればその答えはたった一つ。

 俺は独りじゃないからだ。

 

「けど、俺には皆がいる。マナに代わる存在はいないけど……俺のことを想ってくれている仲間が沢山いる」

 

 だから、きっとマナがいなくなっても俺は生きていくだろう。出来るだけ笑って、皆と一緒に。

 脳裏によぎる仲間たちの顔。あいつらと一緒なら、きっと俺は笑える。そう思うことが出来た。それこそがきっと、俺たちが持つ絆なのだ。

 

「その絆がある限り、俺は独りじゃない! それに、もしマナを失ってもマナと過ごした時間が無くなるわけじゃない!」

 

 ならそこに、例え姿がもうなくとも俺とマナの絆もまた存在しているだろう。

 

「俺がいれば、マナとの絆は失われない。十代、お前だってそうじゃないのか。お前と皆が過ごした時間は、お前しか知らないんだぞ!」

 

 いつだって俺たちは一緒にいたというわけじゃない。俺がいない間に十代が皆と過ごした時間が必ずあるはずだった。なら、その記憶はもはや十代がいなくなれば失われる。

 だというのにそれを選択するのは、あまりにも皆が報われないのではないかと俺は思うのだった。

 

「でも、俺は……っ!」

 

 十代が苦しげに呻く。しかし待てどもその言葉の続きはなかった。

 きっと十代だってそんなことはわかっているのだ。しかし、自分自身に科した罪があまりにも重いせいで身動きが取れなくなっている。

 なら、あとは俺の役目だ。その重さに耐えるだけで精一杯だというのなら、その体を引っ掴み強引にでも圧し掛かる重りの下から引きずり出す。あるいは、一緒にその重りを支えてやる。

 それが、友達ってもんだろう。

 

「俺はこれでターンを終了する! ――十代!」

 

 デッキから一枚のカードを抜き出し、十代に向かって投げる。

 それは狙い違わず十代の手元へと届けられ、受け取った十代は訝しげな顔で俺を見た。

 

「遠也、なにを……」

「特別だぜ。お前にそのカードを貸してやる」

 

 俺がそう言えば、十代は怪訝そうにしつつもゆっくりとカードをひっくり返し、その表面を確認する。

 そして直後、十代の目が見開かれた。

 

「な……! これは――《融合》!?」

 

 その声に一拍遅れ、十代の驚きの視線が俺を貫く。

 今の十代にとって《融合》はトラウマそのもののカードだ。そのため、今回の事の発端となる超融合、更にはミラクル・フュージョンでさえ使えなくなっているのが十代の現状である。

 そんな自分に、何故これを。俺を見る瞳にはそんな困惑の念が見て取れた。

 確かに、ミラクル・フュージョンですら使えない……融合全般に抵抗がある十代に、言ってしまえば使えないカードである融合を渡す意味などないように思える。

 だが、俺は十代に融合を使ってほしかった。忌避してほしくなかった。

 それは、融合が十代の持ち味だからということだけではない。

 俺は真っ直ぐ十代と視線を合わせた。

 

「十代。俺にとってお前は友達だ」

「そりゃ、俺だって……!」

「二年前、俺とお前の間で交わしたそのカードは俺たちの友情の証だ。そして融合は、何も俺とお前の友情を表すだけじゃない」

 

 俺は十代から視線を外し、マナを見る。向けられる小さな微笑みに対して頷き、続いて後ろでこのデュエルを見守っているジム、オブライエンを見た。更に十代の傍でその姿を見つめているネオス、ハネクリボー。この場にいる全員を見渡してから、改めて口を開く。

 

「俺たちは一人じゃない。皆との繋がりはこうしてカードによって融合し、繋がっているんだ。俺たちだけじゃない、ヨハンやエドにカイザーに三沢、それにレイやレイン……アカデミアにいる皆とだって今でも俺たちは繋がっている!」

「――ッ!」

 

 たとえこの場にいなくとも。俺たちの絆がなくなったわけじゃない。たとえ離れていようと、心は皆と共にある。

 今、俺たちがここにいること。それが融合というカードに込められた全てだった。

 

「十代、確かに超融合……お前の融合はこの世界を苦しめた。けど、それは融合が悪いんじゃない!」

 

 わかっているはずだ、十代にも。

 本当に悪いのは人の心。覇王という人格、そしてユベルという存在。その歪んだ心こそが全ての元凶なのだと。

 覇王という人格も、ユベルも。共に自分の信じた行動をしているだけだろう。しかしそれが多くの人にとっての不幸になるのなら、止めなければならない。それこそが、十代が向かい合うべき本来の敵であるはずなのだ。

 融合そのものに罪はない。たとえ残虐な手段として用いたものだとしても、融合というカード自身に忌避されるような要素はないはずなのだ。

 何故ならカードとは、俺たちの絆を繋げるもの。

 今は実際に手を下した自身への強い後悔がそれを忘れさせているようだが……十代がカードに込めた意味はそんなものではなかったはずだった。

 カードはまだ出会っていなかった俺たちを一か所に融合し、友情を繋げてくれた。それこそがカードに込められた俺たちの思いであるはずだった。

 ぐっときつく拳を握り込む。そして俺は自分の胸……心臓の上を強く叩いた。

 

「俺とお前の友情がそのカードに詰まっているように! いつだって、どこにいようと、俺たちの心はデュエルで通じ合ってきた! 十代! お前が使う融合には、俺たち皆との思い出がたくさん詰まっているはずだろう!」

 

 カードに宿った思い出は、何も今回の凄惨な記憶だけではないはずだ。デュエルを通じて笑い合い、喜び合い、高め合った記憶もまたカードに宿っているはずである。

 明日香、万丈目、翔、剣山、吹雪さん……。多くのデュエルをし、そして同じ時間を過ごしてきたかけがえのない仲間たち。その思い出は決して色褪せることはない。

 そしてそんな皆との絆は、俺たちの記憶の中に生きている。そして、その絆の証となるものこそ今十代の手の中に存在しているものだ。

 俺の背中を押す、温かい声なき声。確かに感じるそれに背中を押されるようにして、俺は声を張り上げた。

 

「カードをとれよ、十代! 皆との絆は、そこにあるんだ!!」

 

 

 ――自分たちは、カードと共にお前と一緒にいる。

 

 聞き間違えるはずのない、よく知った声。ここにはもういない皆の声が俺の耳に囁く。

 それは、幻聴でも勘違いでもない。

 姿がなくとも伝わる想いは確かに存在している。だから、きっと今の声は俺に届いたのだ。そして、それはきっと十代にも。

 俺の目線の先。十代は、軽く俯いて唇を噛み、何かをこらえるようにして瞑目していた。

 聞こえたのだろう、皆の声が。たとえ何があっても一緒にいるという仲間の声が。

 不意に十代の肩が小さく震える。その目尻に光る何かを、俺は何も言わずただ見つめていた。

 

「……っ……みんな……」

 

 十代がより深く俯く。こらえきれない涙を隠すかのようなその姿勢は、まるで許しを乞うているかのようでもあった。

 じっと見つめる先で十代の口からこぼれる、「ごめん」と「ありがとう」の言葉。誰に対してのものであるか、などと問うことはしない。ごめんの意味も、ありがとうの理由も、俺が一から十まで全てを知る必要はないのだから。

 ただ十代に重くのしかかっていた何かが今、その重みを軽くした。そのことだけを俺は理解していた。

 十代が顔を上げる。袖で己の目元をぬぐい、少し赤くなった目が俺を見る。

 

「十代」

 

 名前を呼ぶ。しかしそれに十代は答えを返さず、代わりに俺が手渡したカードをデッキに入れるとシャッフルし、そして改めて俺と向かい合った。

 こちらを見る視線に先程まで見えていた負のイメージはない。怯えも恐怖も悔恨もなく、ただ前を向いている瞳が俺を映し出していた。

 その姿が意味するところを心の奥まで理解し、俺は思わず口元が緩むのを抑えられなかった。何故ならそれこそ、待ち望んでいた友の姿だったからだ。

 これが俺の知っている十代だった。どこまでも真っ直ぐに前を見て、己の信じた道を突き進む。

 馬鹿かもしれない。賢くはないかもしれない。けれど、そんな姿こそが俺たち全員を惹きつけてやまない十代という男の魅力だった。

 俺が、マナが、ジムが、オブライエンが、ネオスが、ハネクリボーが。皆が目を向ける中で、十代の指がデッキトップに置かれる。

 その指は、もう震えていなかった。

 

「俺のターン――ドロー!」

 

 決意を込めた声で十代はカードを引く。そして引いたカードを確認し、やがてその視線は傍らにて見守っているネオスとハネクリボーに移る。

 そして最後に、対峙する俺へと向けられる。

 手札七枚を持ったまま、十代は静かに口を開いた。

 

「皆はもういない。けど……俺は、生きてる」

 

 確かめるような口調だった。それに俺は頷いて応える。

 

「ああ。そして俺は――いや、俺たちはそれが何より嬉しい」

 

 俺の言葉にマナも、ジムやオブライエンも頷く。

 十代は神妙な顔で目を瞑った。

 

「皆も、そう思ってるのかな……」

 

 それはわかりきった質問だった。だから俺はすぐにこう返す。

 

「当然。あいつらがどんな奴らかだったなんて、今更言うまでもない事だろ?」

「――だよな」

 

 脳裏に浮かぶ、皆で面白おかしく過ごした日々を思い起こしつつ俺は自然と笑みが混ざった声でそう言った。

 そして十代もまた笑みを見せながらそれに頷いた。恐らく、俺と同じ光景が頭の中によぎっているに違いない。

 あいつらが、十代が無事に生きていることを喜ばないはずがない。むしろ、自分を責め続ける十代を怒るような連中だろう。特に一部は「貴様のシケた面など見たくない」とか言って怒り狂いそうだ。

 翔や剣山はそれを宥めるだろうし、吹雪さんはそんなやり取りを快活に笑って流しそうだ。そして気苦労の絶えない明日香はそれを呆れながらも苦笑して見守っていることだろう。

 そんな、最高の仲間たち。

 彼らが仲間の無事を喜ばないなど、思うだけでも有り得ない事だった。

 

 唐突に、パァン、と乾いた音が高らかに響き渡る。

 少し逸れていた気が引き戻され、見れば十代の両手はいつの間にか自身の頬に当たっていた。今の音は、十代が自分の頬を思いっきり張った音だったのだ。

 手を顔から離すと、そこには赤く腫れた頬がある。しかし十代は痛みなど感じていないようで、それどころか、どこか晴れやかですらある顔をしていた。

 手札の中の一枚を手に持つ。そうして俺に向ける視線は、これまで出会ってからずっと近くで見てきたものだった。

 そんな友の姿に、俺は今度こそ隠しきれない笑みを浮かべる。

 皆の声が届いた。そして十代はそれに応えたのだ。それが無性に嬉しかった。

 

「――……いくぜ、遠也! 俺のデュエルは、こんなもんじゃない!」

「ああ、よーく知ってるよ……!」

 

 デュエルに前向きに臨もうとするその姿勢は間違いなく俺が知る十代のものだった。 これまで見てきた幾つものデュエルを思い返し、俺は先程まで以上に気を引き締める。

 同時に、こう思う。一見もとの十代に戻ったかのようだが、恐らくいまだ全てが吹っ切れたわけではないのだろうと。しかしそれも当然だ。今回の件のことを思えば、そんなに簡単なものでもないだろう。

 けれど、十代は思い出したはずだった。俺たちの友達がいかに素晴らしい奴らだったのかを。

 原因になった自分を責める十代の気持ちを知りつつも、きっと皆は言うだろう。気にするな、大丈夫だと。

 そしていつもの十代に戻ってくれることを願ってくれるに違いない。そう確信させてくれる仲間たちが皆だった。

 十代は皆を犠牲にしたと言う。しかし他でもない、その犠牲になった皆が願っているのだ。十代の復活を。

 確かに多くのものを十代は失わせてきた。そんな数えきれない犠牲の上に、今十代は立っている。それはまぎれもない事実だ。

 しかし、だからといって落ち込んでいるだけでは駄目なのだ。立ち止まっていては、何もできないのである。

 何をするにしても、まずは前に進むこと。そこから何をするのかは、十代が決めることだ。再び後ろを振り向き懺悔を願うなら、それもいいだろう。大事なのは、前に進んだということなのだ。

 その上で、十代がどうするのか。それはきっと今後の行動が示していくことだろう。 その中に贖罪が含まれるのかもしれないし、それ以外の何かがあるのかもしれない。

 それが何であるかを今はまだ知る必要はない。ただ今知るべきなのは、たった一つ。

 その心の中にどれだけ複雑な思いが渦巻いていようと、十代は再びデュエルすることを決めた。その事実だけを認め、それを決めた友の気持ちを知り、全力で応えてやることだけだった。

 

「来い、十代!」

 

 息を吸い込み、声と共に吐き出す。

 言葉にはしない多くの思いが今も十代の中にある。けれど、今はただデュエルをする。それがきっと、そんな思いを乗り越えてデュエルすることを決断した友への、一番の応えになるはずだった。

 俺はそんな気持ちを込めて向かってくるだろう十代を迎え撃つために態勢を整える。視線の先で、十代の顔が微かに綻んだ。

 

「……サンキューな、遠也」

 

 返事はしない。ただ目線で再び、来い、とだけ告げる。

 その意思は真っ直ぐに伝わり、十代の顔つきも真剣なものに変わった。

 

「――俺は《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、2枚を捨てる!」

 

 そして瞬時に顔つきを真剣なそれに変えると、すかさず手札の魔法カードを発動させる。

 天使の施し……墓地肥やしと手札交換、デッキ圧縮を一枚でこなす恐ろしく強力なカードだ。だからこそ、十代の本気ぶりが窺える。ついさっきまでの十代なら、きっとこのカードは使ってこなかっただろう。

 今の十代は、俺が知るデュエリスト――遊城十代だ。再度そう意識し直し、決意を込めた顔でカードを手に取るその姿を見据えた。

 

「そして……魔法カード《ミラクル・フュージョン》を発動!」

 

 《ミラクル・フュージョン》。

 その名前が口に出され発動された瞬間、俺の後ろで驚きとも感嘆ともとれる声が上がる。

 

「十代が、融合系カードを使った……!」

 

 今の声はジムだろう。その声は喜びの色が多く含まれているのが聞いていてわかる声音だった。

 恐らくは真っ先に覇王であった十代に命がけで立ち向かい、その心の救済を願ったジム。そんな友情に厚い男だからこそ、今の十代にとって大きなトラウマでもあった融合系カードを自ら使った姿を見て、喜ばずにはいられなかったのだろう。

 覇王ではなくなっても、自らの罪の重さに歩みを止めた十代。しかし今、十代は立ち止まることを止めて一歩を踏み出した。それが明確にわかる瞬間だったからこそ、ジムと同じく俺もまた、そんな友の変化が嬉しかった。

 

「俺はもう、恐れない……! 俺の手にあるのは、残酷な結果を作り出した元凶じゃない! ――俺に力を貸してくれるカードという名の絆なんだ!」

 

 たとえ十代がやったことが罪だとしても、それだけは変えようのない事実である。そしてその絆がある限り、十代はどれだけ間違おうとも必ず再び立ち上がる。

 その思いに応えるために。

 

「それを善にするのも悪にするのも俺次第だってんなら……俺は俺のデュエルをするだけだ! こいつらと一緒に!」

 

 発動されたミラクル・フュージョンから光が溢れ、それはやがて十代のデュエルディスクへと吸い込まれていく。

 次の瞬間、十代のフィールドに変化が起こる。バブルマンとクレイマン、墓地に存在している二体のHEROが薄らと姿を現したのだ。

 すなわち、水属性のモンスターとHERO。ならば次に出てくるモンスターは、恐らく。

 

「俺は墓地のバブルマンとクレイマンを除外して融合! 現れろ……極寒より生まれし氷のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

 瞬間、十代のフィールドにて突然吹き荒れる吹雪。竜巻のように巻き上がる雪風に思わず目を細め、しかし決して逸らすことなく俺はその推移を見つめ続ける。

 雪の竜巻はやがて更に細く細く収縮していく。そしてその中に人影が見えたと思った時。竜巻を食い破るように中から姿を現すのは、陽光を反射してその体を煌めかせる氷結のHEROだった。

 

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 かつて俺が渡し、今や十代のデッキのエースとして定着したE・HERO。その英雄然とした凛々しいモンスターが十代の場に立ち、腕を組んでこちらを見る。

 

「更に!」

 

 アブソルートZeroが場に現れてもしかし、十代の行動が止まる気配はない。

 俺のほうを意味ありげに見て、十代は小さく笑った。

 

「使わせてもらうぜ、遠也――! 魔法カード《融合》を発動! 手札の《E・HERO バーストレディ》と《E・HERO フェザーマン》を融合する!」

「手札融合、それも正規素材でか……!」

 

 なんて、らしいんだ本当に。それがあまりにも十代らしくて、俺は知らず笑っていた。

 そしてその素材で出てくるHEROといえば勿論。

 

「来い、マイフェイバリットカード! 《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」

 

 

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100 DEF/1200

 

 

 赤と緑を基調としたシャープな肉体。その背には純白の翼を生やし、下に垂れる尻尾は竜のそれを思わせる。

 そして右腕の先、手の代わりに存在するドラゴンヘッドが大口を開けて火の粉を散らす。

 アブソルートZeroとフレイム・ウィングマン。ともにネオスと並んで十代のデッキを代表するエースたちである。

 アブソルートZeroとは線対称の位置に立ったフレイム・ウィングマンは、アブソルートZeroとは異なり腕を組まずその両腕は下げられたままだった。

 何故なら、十代の指示がすぐにフレイム・ウィングマンへと向かったからである。

 

「バトル! フレイム・ウィングマンでマナに攻撃!」

 

 直後、フレイム・ウィングマンが翼を広げ、這うようにして飛んでくる。そしてマナの前まで瞬時に辿り着くと、その右腕の竜頭を眼前に構えた。

 

「《フレイム・シュート》!」

『きゃあっ!』

 

 竜の口から放たれる火炎の息。それはマナに至近距離から襲い掛かる。いかに魔力でその身を守れるマナといえど、攻撃力が上回る相手のそんな攻撃を受ければひとたまりもなかった。

 倒され、フィールドから消えていく。

 

「マナ……!」

 

 

遠也 LP:4000→3900

 

 

 俺のライフが100ポイント削られる。だが、削ったのはフレイム・ウィングマンである。そのモンスター効果は――。

 

「フレイム・ウィングマンの効果発動! 戦闘で相手モンスターを破壊した時、そのモンスターの攻撃力分のダメージを与える!」

 

 マナがいた場所へと向けたままになっていた右腕を、今度は俺に照準する。そして、再び炎が俺に向けて放たれた。

 

「ぐぁっ……!」

 

 

遠也 LP:3900→1900

 

 

「そしてアブソルートZeroでスターダスト・ドラゴンに攻撃! 《瞬間氷結(Freezing at moment)》!」

 

 十代の指示を受け、組んでいた腕を解き、アブソルートZeroが滑るように地面を疾駆する。その先に待ち受けているのは、攻撃力が自身と等しいスターダスト・ドラゴンである。

 そういうことか……! 十代の狙いを悟り、俺は苦い顔になった。

 

「スターダストとアブソルートZeroの攻撃力は互角! つまりアブソルートZeroも破壊される……けどこの瞬間、アブソルートZeroの効果が発動するぜ!」

 

 アブソルートZeroの放つ拳とスターダストのブレスがぶつかり合い、大爆発と共に両者が消えていく。

 しかしアブソルートZeroが倒れた場所からはその残滓である冷気が溢れ、フィールドを漂い始めていた。

 

「このカードがフィールド上を離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

 

 最強のHEROとまで呼ばれたことがあるのは伊達ではない。心持ち寒く感じるフィールドを前に、俺は靄のように立ちこめる冷気の向こうに立つ十代を見た。

 

「スターダストがいればその効果は防がれていた。そのための相打ち、だろ?」

 

 十代は頷く。

 

「そういうことさ! いけ、《絶対零度(Absolute Zero)》!」

 

 自身の名を冠す効果名。それが声に出された瞬間、漂っていた冷気が一気に冷やされて俺の周囲を次々と凍らせていく。スターダスト・ドラゴンがいない今、その脅威を止める術はない。

 そして真っ先にその被害を受けたのは、当然のように俺の前に立つモンスターたちだった。

 

「ジャンク・ウォリアー……!」

 

 氷の彫像と化したジャンク・ウォリアーが、声をかけた直後に粉々に砕けて散っていく。

 同時に漂っていた冷気も急速に晴れていく。後に残ったのは、人っ子一人いない真っ新なフィールドのみである。

 いま俺の場はがら空き。しかし、十代の場にいるモンスターは既に攻撃を終えている。本来ならばここでバトルフェイズは終了し、俺のターンへと移ることだろう。

 だが、俺は覚えていた。マインドクラッシュを使った時。十代の手札にどんなカードがあったのかを。

 

「まだだぜ、遠也! 速攻魔法《融合解除》! フレイム・ウィングマンの融合を解き、その素材となったモンスターを復活させる! 蘇れ、バーストレディ、フェザーマン!」

 

 

《E・HERO バーストレディ》 ATK/1200 DEF/800

《E・HERO フェザーマン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 

 フレイム・ウィングマンの融合素材として墓地へと送られていた二体のHERO。それぞれ炎と風を象徴する、E・HEROの中でも代表的な二体がフィールドへと姿を現し、俺に向けて臨戦態勢をとる。

 そう、十代の手札の中にはこのカードがあったのだ。そして融合解除は速攻魔法。バトルフェイズ中の特殊召喚であるため、更なる攻撃が可能となる。

 二体の合計攻撃力は2200。対して俺の残りライフは1900。その事実を認めたことで、ジムたちから声が上がる。

 

「この攻撃を受けたら、遠也の負けだ!」

「やはり融合を使う十代は……強い!」

 

 オブライエンの声には実感と喜びが含まれていた。再び立ち上がった十代の復活をこの一連のやり取りの中に垣間見れたことが、十代のことを友として、戦士として認めているオブライエンにとっては嬉しいのだろう。

 俺もそのこと自体には素直に喜びを感じているが、しかしそれはそれ。これはこれである。

 負けるか否かという瀬戸際である現在、俺にそんなことを考える余裕はなかった。

 

「フェザーマンとバーストレディでダイレクトアタック! 《フェザー・ショット》、《バースト・ファイヤー》!」

 

 フェザーマンから鋭い羽根が混じる風が、バーストレディからバレーボール大の火の玉が放たれ、一直線にこちらへと向かってくる。それは通せば確実に俺のライフを削り切る致命的な攻撃である。

 そんな攻撃にさらされつつ、俺は思う。さっきまでは覇気の感じられない様子であったにもかかわらず、ひとたび心を決めてしまえばここまで強くなる。こいつは本当に凄い奴だと。

 十代がやる気になれば、途端にカードたちが力を貸す。十代とHEROたちの間に存在する信頼は、きっと俺が思う以上に深く尊いものなのだ。

 それが今こうしていかんなく発揮され、俺を倒そうとしている。その繋がりの強さにはさすがという思いが強い。

 

 ――しかし。

 

「そう簡単に負けられんさ! 手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動!」

「ダイレクトアタックを無効にしてバトルを終了させるモンスター……さすが遠也だぜ」

 

 俺と同じようなことを思ったらしい十代に俺は苦笑する。思わず「さすがなのはお前だよ」と返せば、十代は不思議そうに首を傾げた。

 どうやら自覚がないらしい。俺はやれやれとばかりに肩をすくめる。

 

「ったく、融合を使い始めた途端圧倒し始めたくせして……」

 

 冗談交じりに僅かな意趣を込めて言えば、十代はやっと俺が言う「さすが」の意味を理解して、にっと笑った。

 

「これが俺とHEROたちの絆だぜ!」

 

 快活に言い、付け加えるように手札の一枚を抜き出すと、「そして」と言葉を続けた。

 

「メインフェイズ2、俺はこのターンまだ通常召喚をしていない。バーストレディとフェザーマンをリリースして、《E・HERO ネオス》を召喚するぜ! これでターン終了だ!」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 ネオス……。アブソルートZero、フレイム・ウィングマンと並ぶ十代のエースモンスター。それでいて十代にとっては特別な意味を持つ特別なHEROだ。

 力のこもった掛け声と共に、その精悍な肉体を躍動させてネオスがフィールドに降り立つ。フィールドに出たネオスはまず十代を見て、次に俺を見る。そしてそのまま俺に体ごと向き合った。

 

『ありがとう、遠也。君のおかげで十代は――』

 

 感謝と喜びが滲む真摯な言葉だった。

 俺はそれに気にするなと返し、片手を振って応える。

 

「ネオス、お前に言われなくても俺は同じことをしていたさ。だから感謝の必要はないぜ」

『しかし……』

「どうしてもってんなら、このデュエルで返してくれ」

 

 それでは気が収まらないとばかりのネオスに、俺はただデュエルでの答えを求める。

 改まって頭を下げるなんて、俺たちの間には不要なことだ。

 

「――来いネオス、十代と一緒にな」

 

 そんなことよりもデュエルである。

 俺たちにとってはそれだけで十分だろう。

 

『遠也……。――わかった、君の気持ちに応えよう!』

 

 俺の意を汲んだネオスは一拍の後に大きく頷き、そして背後に立つ己が相棒へと振り返った。

 

『勝つぞ、十代!』

「おう、頼んだぜネオス!」

 

 互いに頷き合い、二人は揃って俺へと向き直る。

 その瞳に宿るのは決意と闘志。慣れ親しんだデュエリストの気迫が、ピリッと肌を刺すのが心地よかった。

 その意思に応えるのは、やはりデュエルによってしかない。

 

「俺のターン!」

 

 手札の二枚。そのうち一枚をデュエルディスクに差しこむ。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いた十代が、その手をそのままこちらへとかざした。

 

「バトル! ネオスで遠也にダイレクトアタック! 《ラス・オブ・ネオス》!」

 

 飛び上がり、上空から勢いよく手刀を振り下ろすネオス。

 俺のライフを0にする攻撃を前に、俺は小さく笑ってディスクを操作した。

 

「罠発動、《ガード・ブロック》! この戦闘によるダメージを0にし、俺はカードを1枚ドローする!」

 

 ネオスの放った手刀は俺の眼前に展開された半透明のバリアにぶつかり、火花を散らす。

 やがて攻撃の勢いもなくなったネオスは、そのまま十代の場へと引きあげていった。

 対して俺はカードを一枚引き、確認して手札へと加えた。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 十代のエンド宣言。それを聞き、俺は自らの手札のカードたちへと思考を傾けていく。

 いま手札にあるのはレベル1のチューナーモンスター《モノ・シンクロン》と《異次元の精霊》の二枚。ともに優秀なモンスターだが、しかし素材となるチューナー以外のモンスターを確保できなければ宝の持ち腐れだ。

 俺のフィールドにモンスターは一体もおらず、シンクロ召喚の下地は何もない状態だ。このまま十代にターンを渡しては、恐らく負けることになるだろう。

 ……まぁ、考えたって仕方がない。次のドローで何を引くかの出たとこ勝負しかあるまい。

 けど、それがこのデュエルモンスターズの醍醐味だ。

 この一枚のドロー。ちっぽけなそれが大きな力を呼び寄せ、生まれたうねりがデュエルを制する。そんな奇跡さえ起こるのがデュエルなのだ。

 楽しいな、十代。心の中でそう呼びかける。

 ただ穏やかに学園の中でデュエルしていた日々。その時のような純粋な気持ちで、俺はカードを引いた。

 

「――俺のターンッ!」

 

 引いたカードは……よし!

 

「《闇の誘惑》を発動! デッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する! 2枚ドロー!」

 

 まずは新たに二枚のドローを行う。……引いたカードは共に魔法カード。

 シンクロ素材となるモンスターは引く事ができなかったが、しかしまだ手は残されている。

 

「闇の誘惑の効果だ。手札から闇属性の《モノ・シンクロン》を除外する。そして《異次元の精霊》を召喚!」

 

 

《異次元の精霊》 ATK/0 DEF/100

 

 

 光に包まれた小さな精霊。大きな瞳をきょろきょろと動かしながら、フィールド上にふわりと浮かびあがる。

 チューナーモンスター単体では現状どうにもできない。まして異次元の精霊は攻撃力が0で守備力が100のモンスターだ。このままではネオスに倒されるだけだろう。

 そして今の俺の手札の中にモンスターはいない。更に罠カードもなく、十代にターンを渡せば敗北は必至だ。

 だが、僅かにでも可能性があるのならばそれに賭ける。最後まで諦めずに。

 故に俺は、一枚のカードを手に取った。

 

「俺は魔法カード《モンスター・スロット》を発動する! 俺の場のモンスター1体を選択して発動! そのモンスターと同じレベルの俺の墓地に存在するモンスター1体を除外し、デッキからカードを1枚ドローする。そのカードが選択したモンスターと同じレベルのモンスターだった時、特殊召喚できる!」

「博打に出たな、遠也……!」

 

 十代が僅かに驚きをその表情に表した。

 十代が言う通り、このカードはモンスターの特殊召喚を賭けたいわゆるギャンブルカードの一種だ。

 場に存在するモンスターのレベルを参照し、それと同レベルの墓地のモンスターを除外することで、場に同じレベルのモンスターを揃えるチャンスを得る。

 成功するかどうかは運しだい。まさしくギャンブルカードと言えるだろう。

 俺は自分をあまり運がいい方とは思っていないので、こういう運任せなことはあまりしたくないのだが……もはや俺の手に残された手段はこれしかない。

 ならば、やるしかなかった。

 

「いくぞ! 俺はレベル1の異次元の精霊を選択し、墓地から同じくレベル1のレベル・スティーラーを除外する! そして……カードを1枚ドロー!」

 

 ドローしたカードが選択した場のモンスターと同じレベルなら、特殊召喚。違っていれば、当然特殊召喚は出来ない。

 そして、俺が引いたカードは――緑色の枠で囲われていた。

 

「――引いたのは魔法カード! よって特殊召喚は出来ない」

 

 そもそもモンスターカードではなかった。よって当然特殊召喚は出来ない。

 背後の仲間たちから残念そうな声が漏れる。そして対戦者である十代が、ふぅと一息ついた。

 

「当てが外れたな、遠也!」

 

 十代の声。それに俺はこう返す。

 

「それはどうかな」

「え?」

 

 戸惑いを見せる十代に、俺はにやりと笑って今引いたカードを見た。

 

「確かに俺が引いたカードはモンスターカードじゃないから、特殊召喚は出来ない。このカードの真価は確かにそこにあるが……」

 

 だが、モンスター・スロットの利点はそれだけではない。

 

「効果で引いたカードはそのまま手札になる。つまり墓地除外がそのままドローソースになるのがこのカードの良い所だ!」

 

 モンスター・スロットの発動に必要なのは墓地からの除外だ。つまり効果で一枚引けば、手札の枚数は変わらず一枚の手札交換ができるのである。

 そして今、俺の手札の中に望むカードが来た。そのカードを十代に向けて俺は勢いよく突き出した。

 

「俺が引いたカードは魔法カード《星屑のきらめき》!」

「それは……スターダストの蘇生魔法!?」

 

 正確にはドラゴン族シンクロモンスター専用の蘇生魔法というべきだろう。

 その効果は、墓地のモンスターを任意の数除外することで、そのレベルの合計と等しいレベルのドラゴン族シンクロモンスターを墓地から復活させるというものだ。

 モンスター・スロットによるシンクロ素材の確保はできなかったが、これならば問題なく戦力を整えることが出来る。

 

「俺は墓地のジャンク・ウォリアーとジャンク・シンクロンを除外する! その合計レベルはスターダストと同じ8だ! よって墓地のスターダスト・ドラゴンを特殊召喚する! ――飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 周囲の空間から光の粒が一点に向かって集束していき、それらはやがて巨大な竜の姿を形成する。

 光によって再び墓地から姿を現したスターダストが咆哮し、十代のフィールドのネオスと向かい合った。

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

「けど、それだけじゃネオスと相打ちになるだけだ! 勝つことは出来ないぜ!」

 

 異次元の精霊ともに、これで二体。しかし今俺のエクストラにこの二体で出すことが出来るシンクロモンスターはいない。

 ゆえに、十代の言葉は正しかった。このままでは相打ちに持ち込むのが精いっぱい。異次元の精霊も次のターンには破壊されてしまい、再び俺に敗北の機会が巡ってくることになるだけだろう。

 だが、それはこのまま何もしなければの話だ。

 

「まだ俺には1枚、手札があるぜ」

 

 これはモンスターカードではない。そしてシンクロ素材となる低レベルのモンスターを呼び出すカードでもなかった。

 しかし今の局面において、とても有用なカードだった。

 

「手札から魔法カード発動! 《武闘円舞(バトルワルツ)》!」

 

 発動させたカードが光を放ち、その効果を現実のものにしていく。

 スターダスト・ドラゴンの体がぶれ、二重になって見え始めた。

 

「このカードは自分フィールド上に存在するシンクロモンスター1体を選択して発動できる! そのモンスターと同じ種族・属性・レベル・攻撃力・守備力を持つ「ワルツトークン」1体を特殊召喚する!」

 

 スターダスト・ドラゴンから生まれるもう一体のスターダスト。その体はやや灰色に近い色にくすんでおり、本物との違いは一目瞭然だ。

 スターダストのコピーでしかないトークンだが、しかし重要なのは攻撃力2500のモンスターが二体になったということであった。

 

 

《ワルツトークン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 隣り合って並ぶスターダスト。圧巻と言っても差し支えない迫力があったが……しかし、その強力な効果ゆえに制約もまた存在していた。

 

「ただしこのトークンの戦闘によって発生するお互いのプレイヤーへの戦闘ダメージは0になる」

 

 そう、このトークンはプレイヤーにダメージを与えることは出来ないのだ。これは自分への反射ダメージにも言えるので完全なデメリットともいえないが、相手にダメージを与えられないのはやはり痛いだろう。

 しかし、ダメージを与えられないのはプレイヤーに対してのみだ。

 

「モンスターに対する戦闘ダメージは発生する! つまりモンスターの戦闘破壊は問題なく行えるってことだ!」

「く……」

 

 つまりワルツトークンでネオスを倒し、スターダストで直接攻撃することは可能だということ。あくまでプレイヤーにダメージを与えられないのはワルツトークンだからである。

 そしてこの攻撃を通すためには十代から妨害されないことが必須条件である。そして十代の場には伏せられたカードが一枚だけ存在している。あれが妨害札である可能性は確かにあるだろう。

 だが、俺は覚えていた。このデュエルの冒頭、マインドクラッシュによって暴かれた十代の手札を。

 

「十代! マインドクラッシュでお前の手札に《超融合》があることはわかっている。だから恐らく、伏せたカードがそうなんだろう」

 

 あれは条件さえそろえば万能の除去とも化す最高の融合カードだ。あれが特別なカードだからというだけでなく、そういう意味でも天使の施しの際に捨てずに手札に残していた可能性は高い。

 また、今の十代の手札が一枚のみという点もその根拠となりえる。超融合はコストに手札一枚が必要であるからだ。

 超融合はそれほどまでに強く便利なカードである。だが、十代のエクストラデッキに存在する融合モンスターの中に、俺が知る限りスターダストを融合素材にしてしまえるモンスターは存在していないはずである。

 ドラゴン族を融合素材に指定するE-HEROがいれば話は別だが、覇王でなくなった今E-HEROは既にない。ならば問題はなかった。

 

「これで終わりだ十代! バトル! ワルツトークンでネオスに攻撃!」

 

 バトルフェイズの開始を宣言し、俺の指示に従ってスターダストを模したワルツトークンがネオスに向かって羽ばたいた。

 十代が迫る脅威を前にネオスを見る。

 

「頼む、ネオス!」

「無駄だ、十代! この後のスターダストの攻撃で、俺の勝ちだ!」

 

 確定された事実。しかし十代は追い詰められているにもかかわらず、にやりと笑った。

 

「それはどうかな!」

「なに!?」

 

 十代の手がデュエルディスクに伸びる。

 その瞬間、伏せられていたカードが起き上がった。

 

「――罠発動!」

「罠カードだと!?」

 

 まさか、手札に残したほうじゃなく、天使の施しで墓地へ送ったほうが超融合だったのか!?

 だとすれば、伏せられていたのは一体……。

 戸惑いを見せる俺の前、十代はその疑問に対する答えとなるカード名を高らかに告げた。

 

「《決戦融合-ファイナル・フュージョン》! 効果は――お前も知ってるよな遠也!」

 

 変わらず笑みを覗かせる十代に、俺はそのカード名から導かれる結論に苦い思いをしつつ答えた。

 

「……互いのプレイヤーは、バトルを行う互いのモンスターの攻撃力の合計分のダメージを受ける……!」

 

 かつて俺とカイザーのデュエルでカイザーが使い、十代とカイザーのデュエルで十代が使ったカード。いずれのデュエルでも決着のカードとなった罠カード。

 それを今度は俺と十代のデュエルで見ることになるとは……。

 

「ワルツトークンの攻撃力はスターダストと同じ2500だ! ネオスの攻撃力2500と合わせて、5000のダメージを一緒に受けてもらうぜ! 遠也!」

「ぐ、お前なぁ……!」

 

 どうだとばかりに胸を張りやがって。

 確かに十代がこのカードを持っているのは知っていたが、ここでこうして見ることになるとは思わなかった。

 俺は小さく溜め息をこぼす。

 

「負けず嫌いにもほどがあるぞ……」

「へへ、懐かしいなそれ。カイザーにも言われたぜ」

 

 そういえば卒業デュエルの時に、そんなことを言われていたっけか。もう懐かしい記憶となっている思い出を掘り返しながら、俺は発動された罠カードを見る。

 決戦融合、か。結局最後まで十代のデュエルを左右するのは融合の名を持つカードというわけだ。こいつを融合系に分類していいのかは甚だ疑問だが。

 苦笑と共にそんなことを思いつつ。俺は心で感じた素直な気持ちを十代に向けた。

 

「――やっぱりお前は、根っからのデュエリストだよ」

「最高の褒め言葉だぜ、遠也」

 

 互いに笑い合う。

 そして俺はすっと息を吸い込んだ。

 浮かべる笑みはそのまま。きっと十代も同じ表情をしているだろう。

 このデュエル、十代の心を襲った様々な感情と思い、そして今回の一連の出来事。それらに対する決着をつけるべく。

 スターダストを見上げ、俺は最後の宣言を行った。

 

「――いけ! 《シューティング・ソニック》!」

「――迎え撃て! 《ラス・オブ・ネオス》!」

 

 ワルツトークンの攻撃にスターダストの姿が重なり、ネオスへと向かっていく。対してそれに立ち向かうネオスもまた力強く右腕を掲げて飛び上がっていた。

 流星のごとき真空の砲撃と決意を込めた全力の手刀がぶつかり合う。火花が散り、光が溢れ、高まりあったエネルギーが生み出した爆発を最後に。

 俺たちのデュエルはここに終結した。

 

 

遠也 LP:1900→0

十代 LP:850→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュエルが終わり、ソリッドビジョンが消えていく。

 日の光に溶けるように消えていく戦いの残滓に目を細め、次いで俺は対戦していた十代へと視線を移した。

 そこに立つ十代の顔に、デュエルを始める前まで見られた死相にも似た悲愴感はない。あるのは今の現実を受け入れ、歩くことを決めた男の姿があった。

 

「十代」

 

 距離を置いたまま、口を開く。

 声は届くだろうから問題はないだろう。

 

「辛かったら言えよ。力になる」

 

 前に進むと決めたからには、きっと苦しく思うことも出てくるはずだった。その時に十代を支えてやることが、こうしてこいつを立ち直らせた俺の責任のような気がした。

 十代はその言葉になぜか息を呑む。

 そして少しだけ潤んだ瞳に陽光を反射させて、笑った。

 

「ああ……ありがとう、遠也」

 

 俺はただ頷くだけだった。

 それと同時に、デュエルを見守っていたジムとオブライエンがかけてくる。口々に十代の名を呼びながら、十代へと向かっていく二人の姿を見送って、俺は少し離れた位置に下がってようやく一息ついたのだった。

 

「――遠也はいいの? 十代くんのところに行かなくて」

 

 気づけば、マナが隣に立っていた。

 その言葉に、十代のほうを改めて見る。

 そこではジムとオブライエンが十代に自分の力不足を詫び、十代がそれに自分が弱かったからと詫び、互いに互いが謝りあい、そして最後にはキリがないと言って小さく笑みをかわす三人の姿がある。

 そこに翔や剣山、万丈目に明日香、吹雪さんの姿がないのは悲しいが……けれどきっと、今はこれで良かったのだろう。そう思えた。

 

「いいんだよ、俺は。デュエルを通して散々話したさ」

「そっか」

 

 マナはただそう返すだけだった。

 それに対して俺は何を言うでもなく黙り込んだ。すると、不意に手を握られて、思わず隣を見る。

 横目でこちらを見ていたマナと視線がぶつかる。

 

「……遠也が生きてて、本当に良かった」

 

 実感のこもった言葉。そういえば、覇王や今の十代とのデュエルが続いてしまって、しっかり話す時間もなかった。こうしてマナと向き合ったのは久しぶりだったことを思い出す。

 

「ただいまだな、あらためて。心配かけた」

「本当だよ。……本当に心配したんだからね」

 

 ぎゅっと握る力が強くなる。それに切実さを感じて、俺は何も言えなかった。

 マナが言葉を続ける。

 

「今までどうしてたとか、また聞かせてね。……時間はあるから」

「ああ。ありがとな」

 

 傍にいなかった時とは違う。今はすぐにでもこうして話すことが出来る。

 最後に付け足された言葉には、そんな今に対する強い思いが込められていた。マナが感じていた不安や恐怖の片鱗をそこから感じ、俺はやはり何と言っていいかわからなくなる。

 だから、ただ感謝の言葉と共に繋いだ手を強く握った。手のひらから伝わる温もりと一緒に、この言葉にはしづらい思いも伝わってくれるような気がした。

 ふとジムやオブライエンといた十代の視線がこちらを向く。それを受けて、俺は一歩を踏み出した。つられて歩き出すことになったマナに手で十代たちを示せば、そこにはこちらを見ている仲間たちの姿がある。

 マナも理解し、笑みと共に皆のところに向けて歩き出した。

 覇王は倒れ、既にこの世界の夜は明けた。しかし俺たちの心にかかっていた雲は、今この時にようやく全て晴れたのだ。

 空から降り注ぐ太陽の光、その下を仲間たちの元に向かって歩きながらそう思った。

 

 

 

 


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