遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第79話 覇王Ⅳ

 

 マナの前に現れ、マリシャス・エッジからの攻撃をその身で止めてマナの命を守ったモンスター――セイヴァー・スター・ドラゴン。

 その操り手たる男は一度覇王に目を向けると、やがてセイヴァー・スター・ドラゴンの背から飛び降りた。トントンとその体躯の数か所に小気味よく足をつけつつ地面に降り立った彼は、振り返るとセイヴァー・スター・ドラゴンを見上げつつその体を軽く撫でた。

 

「サンキュー、助かったよ」

 

 それに応えるかのようにセイヴァー・スター・ドラゴンは一鳴きし、その姿を薄れさせていく。

 そうして後に残ったのは、デュエルディスクを構えたまま立つ覇王と、傷つき倒れる三人だった。フィールドに出ているモンスターの姿は既にない。強制的にデュエルに介入したため、デュエルそのものがその時点で終了という扱いになったのである。

 ゆえに、この場に残った者たちの目はその乱入者に向けられている。

 白を基調としたアカデミアブルー男子の制服。黒く短い髪が谷底から吹く熱い風に揺れる。その左腕に着けられたデュエルディスクは独特で、その動力部分は虹色の輝きを放っていた。

 それは、彼らがずっと捜していた人物の一人であった。異世界で行方知れずとなり、彼らがこの世界に足を運ぶこととなった切っ掛けともなった男。

 彼らの仲間にして、アカデミア屈指の実力者。シンクロ召喚を世に広めた立役者の一人であり、シンクロ使いとして名を知られたデュエリスト。

 十代の親友にして、マナの恋人。

 

 ――皆本遠也。

 

 その男が今、ゆっくりと彼らのほうへと歩き出した。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 久しぶりの再会というには、素直に喜べない状況。というのが、この場に来た俺の感想だった。

 なにせ友人たちは揃って息も絶え絶えな状態となっており、マナに至ってはもう少しで危うく命を落とすところだったのだ。そして、それをしたのは俺にとって親友と呼ぶべき男である十代だ。これで心の底から喜べるはずがない。

 実際、見るからにボロボロだったマナの身にマリシャス・エッジの攻撃が向かおうとしていたのを見た時は肝が冷えたものだった。

 しかし、こうして助けることが出来た。デュエルに横やりを入れてしまった形になるが、それでマナの命を救えたならば後悔などない。

 そんなことを考えながら歩き、気付けば目の前には座り込んだマナがいる。傷と土汚れで塗れた姿。しかし十代を助けるために必死に戦ってくれていたと伝わってくる姿は、汚れていたとしても尊く輝いて見えた。

 

「ごめんな、遅くなって」

 

 剥き出しの肩には擦り傷。女の子の肌にそんな痛々しい痕をつけてしまったことを悔やみながらそっとなぞると、マナは首を横に振りつつ俺の手を上から握った。

 温かさと共に微かな震えが伝わってくる。マナの目は潤み、涙が頬を伝う。

 

「――遠也……本当に……、よかった……!」

 

 掠れた声だった。

 これほどまでに心配をかけていたのか。俺は自分の手を握る小さな手を愕然とした思いで見下ろした。

 心配をかけているだろうと思いながらも、きっと皆は大丈夫だと俺は思っていた。仲間がいる、友達がいる。だからきっと、大丈夫だと。

 けれど、違ったのだ。そんなことは俺の独りよがりな想像にすぎず、実際には俺が思う以上に心労をかけていたのである。

 考えてみれば当たり前だ。俺だって仲間の誰かがいなくなったら、居ても立ってもいられなくなるほどに不安になるだろう。ましてそれが――マナだったら。俺は自分が冷静でいられる自信がない。

 マナも同じだったのだろう。俺が生死もわからずいなくなったことで、その心にかけた負担は相当だったに違いない。マナもまた俺のことを大切に思ってくれていると信じられるからこそ、俺は自分の浅慮に猛省する。

 だけど、そんな中でも。これだけ想ってくれているんだと実感できたことに嬉しさを感じてしまう俺は、やはりどうしようもない人間だった。

 自嘲する。だが、そんなどうしようもない自分にも、出来ることがある。

 

「……遠也……、――ッ!?」

 

 その肩に置いていた俺の手、それを握っていた小さな手を更に上からそっと掴み、そして強引にその体をこちらに引き寄せる。

 極限まで力を使い尽くした今のマナに抗う力はなく、その体はすっぽりと俺の腕の中に納まった。

 久しぶりに体全体で感じる温もり。その感覚を再び手に取れたことに嬉しさと安堵を感じながら、俺は自分の肩に口元を埋めるマナの頭をぽんぽんと撫でた。

 

「ありがとう……マナ」

 

 俺がいない間、何があったのか。知識として大よそは知っていても、こうして傷だらけの姿を見ると、その苦労、辛さを実感する。

そんな中でも、マナは決して友を見捨てず、仲間のために戦ってくれていたのだ。マナにとっての仲間、そして俺にとっても仲間である皆のために。

 俺は撫でていた手を止めて、マナの顔をぐっと肩に押し付ける。込み上げる愛しさに従い、もっとその体温を感じられるように。

 その想いに、行動に、俺は応えたい。その気持ちが胸の中に湧き起こり、それはやがて一つの決意となって俺の口から溢れ出た。

 

「――大丈夫。あとは任せとけ」

「――っ、うんっ……!」

 

 泣きながら笑う。感極まったように再び涙をこぼしたマナが、俺の背中に腕を回して制服を強く掴む。

 そのいじらしい仕草にこぼれそうになる笑みを押し殺して、俺はしばしその体温を感じていた。

 本当なら、もっとこうしていたい。だが……。

 

『――遠也、無粋なことを言いますが……』

「ああ、わかってる」

 

 だが、いつまでもこうしてはいられないのが現実だった。十代はいまだ覇王として立っている。それを放っておくわけにはいかないのだから。

 俺の耳元で聞こえた声に確たる答えを返す俺を、マナのきょとんとした目が見つめる。

 

「え、遠也……今の声は……?」

 

 不思議そうなマナの問い。しかしそれに俺は答えず、抱き合っていた状態からマナの体を離した。

 次いでその腋の下から彼女の背中に腕を回し、もう片方の腕は膝裏に通す。そして、一気に持ち上げた。

 

「よっ」

「きゃ!?」

 

 いわゆるお姫様抱っこ。そう呼ばれる形でマナを抱え上げた俺は、そのまま倒れているジムとオブライエンのところに歩いていく。

 

「ぅ、遠也……」

「……無事だったんだな、よかった……」

 

 倒れ伏せる二人、その横に抱えていたマナをゆっくりと下ろすと、俺は二人に小さく笑いかけた。

 

「二人も、ありがとう。アイツのために戦ってくれてたんだよな」

 

 俺は全身を鎧で覆った男に視線を飛ばす。

 覇王十代。これ以上傷つきたくないとばかりに着こまれた鎧は、その心を守るためのものなのかもしれない。無表情の下に隠された十代の本心を思うと、なんともやるせない。

 

「遠也……礼ならいらないぜ。俺は、俺のFriendのために全力を尽くした、だけだ……」

「俺も、な。当然のことをしたまで、だ」

 

 ジムとオブライエンの声が届き、俺は視線を二人に戻した。すると、そこにあったのは倒れ伏せながらも晴れやかな顔の二人。友のために戦った自分自身を誇るかのような姿に、俺はありがとうなんて言った自分を恥じた。

 二人にとって、それはわざわざそんなことを言われるまでもなく当たり前のことだったのだ。俺の謝辞は、彼らのそんな友情に水を差すようなものだった。

 俺は頭を掻いて、二人に謝った。

 

「悪い、変なことを言っちまったな」

「ははっ……気にするな、――My friend」

 

 にやりと笑ってジムが言い、オブライエンもそれに頷く。

 そんな二人に、参ったなと俺は苦笑する。心からの友情を感じるその熱い心に、俺は嬉しさを抑えきれなかった。

 自然と浮かぶ笑みを二人に向け、更にその隣に座るマナにも向ける。

 友のため、仲間のために、命を賭して戦った三人。その傷ついた姿に、俺は心からの敬意を抱く。だがいくらその姿が尊くとも、自力で起き上がることすら難しいほどの姿をそのままにしておくことは出来ない。

 俺はおもむろに虚空へ向けて声を発した。

 

「なぁ、傷の回復ってできる?」

『出来ます、精霊界に近いこの世界ならば。……ただし、体力までは戻すことは出来ませんが……』

「そうか……悪いけど、頼めるか?」

『ええ、承りました』

 

 笑みすら含んだ声が返され、直後、三人の体を淡い水色の光が包み込んでいく。

 その不思議な現象に一瞬表情を強張らせた彼らだったが、しかし俺がその直前に言っていた言葉を聞いていたためかその混乱はすぐに収まっていた。

 そして十数秒の後。三人の体に刻まれていた傷痕は綺麗に消え去っていた。そして痛みがなくなったためか立ち上がる力も戻ったようで、伏せていた状態からゆっくりと立ち上がる。

 

「……傷が、治った……?」

「今のは、一体……」

 

 ただ、やはり体力までは戻っていないようでよろめいている。ジムとオブライエンが口にした疑問を聞きながら、俺は真剣な顔で立ち上がった三人を見た。

 もう三人の体は限界に近い。これ以上の無理は命に関わるだろう。

 俺はそう判断すると、くるりと彼らに背を向けた。

 

「まだ体力は戻っていないんだ。そこで休んでいてくれ」

「What……? ――っまさか、遠也!」

 

 俺の言葉に何かを察したジムが言葉を続ける前に、俺は口を開く。

 

「俺は、十代を倒す」

 

 デュエルディスクは既に起動している。デッキのシャッフルはディスクが行っており、いつでもカードが引ける状態だ。だから何の準備をする必要もなく、俺は覇王に向かっていった。

 しかし。

 

「待って!」

「……マナ?」

 

 俺の前に、マナが宙を滑空して降り立つ。

 見た目の痛々しい傷こそ既にないが、その顔に滲む疲労は隠しきれていない。そんな状態でありながら、マナの瞳には強い意志が宿っていた。

 

「私も、一緒に戦う」

「戦うって……」

 

 俺はどう答えたものかと言い淀む。

 体力もまだ戻らないその体で、無理をしてほしくない。それが俺の本心である。マナはもう十分頑張ってくれた。だから、あとは俺に任せて休んでいてほしかった。

 しかし、そんな俺の考えを見透かしていたかのようにマナは首を横に振る。そして、はっきりと言い放った。

 

「私は、遠也のパートナーだよ! だから……」

 

 しかしすぐに、声に微かな震えが混じる。

 俺の姿を映す緑の瞳が揺れていた。

 

「お願いだから……一緒にいさせて……!」

「マナ……」

 

 両腕を広げ、頷かなければ通さない。そんな強硬な態度を示しながら、しかしその表情には恐怖と不安が顔を覗かせていた。

 その理由がわからないほど、俺は朴念仁ではないつもりだった。恐らくは俺がユベルによって生死不明の失踪状態に追い込まれたこと。それがきっとマナの中では大きなトラウマになっているのだ。

 僅かに目を離している間に、消えてしまうかもしれない。そんな可能性を、俺はあの時最悪の形で証明してしまった。その恐怖が、マナにこの行動をとらせているのだろう。

 あくまで俺の推測だ。しかし、間違いないという確信があった。

 俺がマナのことで、間違うなどということがあるはずがないのだから。

 そしてだからこそ、俺が返す答えはたった一つ。マナの不安を解消するための答えは一つだった。俺は小さく息を吐き出す。

 

「――マナ」

 

 名前を呼び、一歩前へ。そして、目の高さにある金糸に彩られた頭を軽く撫でると、俺はそのまま手を後ろへ滑らせて頭を掻き抱いた。

 

「ゎ、ぷ」

 

 僅かにずれる帽子、そしてこぼれる吐息。熱い呼気を一瞬服越しに感じて、俺はすぐにマナを解放した。

 そして、突然のことに目を白黒させている相棒に笑いかける。

 

「一緒にいてもらわないと、俺が困る。いくぞ、マナ!」

「……っ、――うんっ!」

 

 体のことは心配だが、ここで拒絶すればきっとマナの心は癒されない。体がもし完治しても、それでは意味がなかった。

 だから、これで正しいのだ。歩く俺の横を飛ぶマナの嬉しそうな笑顔を見て、俺はそう思った。

 そして僅かな時間の後、俺の歩みが止まる。隣を飛んでいたマナも空中で動きを止めた。

 なぜなら、今立ち止まった位置から視線の先に立つ覇王までの間に、十分な距離が確保できたからだ。

 そう、デュエルをするには十分な距離が。それを確認して、俺は口を開いた。

 

「さて、と。十代、久しぶりだな」

「………………」

 

 答えはない。だが、それはわかりきっていたことだ。だから俺は何も気にすることなく、デッキから五枚のカードを抜き取った。

 

「――デュエルしようぜ。俺たちの気持ちはいつだってカードと共にある。そうだろ?」

「……いいだろう」

 

 今度は返答があった。そして、覇王は既に持っていた手札や墓地のカードなどを全てデッキに戻すと、デッキをシャッフルする。そして再びデッキをディスクにセットすると、そこから五枚のカードを手に取った。

 準備は整った。だが同時に俺の背中から声が飛ぶ。

 

「待て、遠也! 覇王は強い! いくらお前でも、容易く勝てる相手じゃないぞ!」

「十代は……十代は、もはや心の闇に呑まれている。それに……お前は知らないだろうが、皆はもう――」

 

 ジムとオブライエンの声。それに、俺は背中を向けたまま口を開いた。

 

「知ってる。皆のことは」

「なっ……!」

 

 オブライエンが絶句する。そしてそれはジムも、マナも同じだった。

 その場にいなかった俺が何故知っているのか、それが三人がいま抱いている疑問だろう。確かに、普通であれば俺がそれを知る術などない。

けれど、俺は確かに知っている。とはいえそれ、あくまで俺が知る通りの流れであったのなら、の話だが。

 

「……昔のことを夢に見たせいか、色々思い出したからな」

 

 小声で俺は呟く。ジムたちには届いていないだろうが、横にいたマナが訝しげな顔を向けるのがわかった。俺はそれに苦笑だけを返す。

 この世界に来たばかりの頃を、ユベルによって別の場所に飛ばされて意識を失っている間に見ていたからだろうか、俺は忘れていたこの世界の知識の幾つかを思い出していた。

 その記憶があるから、俺は知っているのだ。十代が覇王になる過程を。だがそれは同時に、皆が真実死んだわけではないという事実も俺に教えていた。

 そう、俺はまだ皆が元に戻る可能性があることを知っている。しかし、それを俺は説明することが出来なかった。何故なら、その根拠となる理由が俺以外には理解できないものだからである。

 正直に話したところで、それは他者にとっては根拠のない妄想でしかない。だからそれを言ったところで十代が元に戻るということもないだろう。

 それはこうして覇王十代を目の前にすることで実感できた。今の十代に生半可な言葉は意味を為さない。固く閉ざされた十代の心を思わせる覇王の怜悧な瞳は、そのことを容易く俺に確信させた。

 そして、そうであるならば、俺が出来ることは一つしかなかった。

 俺は後ろを振り返り、握った拳を彼らに突き出す。

 

「――大丈夫! 十代は、必ず取り戻す!」

 

 俺に出来ることなんて、結局デュエルだけだ。けど、そんなたった一つのことを通じて俺たちはこうして同じ場所に立っている。

 皆と出会い、笑い、喜び、時には大きな壁にぶつかりながらも生きてきた。この二年余りのかけがえのない時間は、デュエルを通して得られたものだった。

 だから俺は今もデュエルでこの気持ちを……皆の気持ちを、十代に届けてみせる。それこそが、デュエルで絆を結んできた俺たちの取るべき道だった。

 そんな俺の決意を、意志を、感じ取ってくれたのだろうか。何か言いたげにしていたオブライエンはやがて言葉を呑みこむと、ふっと笑った。

 

「……頼む、遠也」

 

 一言、俺に全てを託す言葉。

 更にジムも続く。

 

「この思い……届けてくれ! 遠也!」

 

 愚直なまでに友を思う二人の男の声。

 当然、俺が返す答えなど一つしかない。

 

「任せとけ!」

 

 そうして二人に再度背を向け、俺は覇王――十代と今度こそ相対する。

 そうして改めて見る覇王の表情は凪いだ海のように起伏がなく、平坦な顔はまるで能面のようでもあった。

 けれど、俺は知っている。あの作られた表情の下に隠された十代の心を。

 確かにこの世界で十代に襲い掛かった現実を、俺は実感としては知らない。知っているのは、元の世界での知識としてあったものだけであり、本当はそれ以上の悲劇があったのかもしれない。

 だが、今この時に限ればそれは関係がないことだった。たとえ十代の身に降りかかったことを俺が知らなくても、何も問題はないのだ。

 何故なら、俺の隣のマナが、後ろにいる二人が、俺に教えてくれている。あれだけ己が身を削ってでも助けたいと願った切なる思い。その真摯な思いは、今この場で三人から十分すぎるほどに感じ取っている。

 ならば、深く考える必要などない。目の前に闇に囚われた友がいて、その救出を願って戦った仲間がいるのだ。であるなら、何も迷うことはない。

 マナと一度視線を交わらせ、互いに頷く。

 そう、何も迷うことはない。俺はただ、カードを取るだけである。

 

「いくぞ、十代!」

「来い」

 

 皆の思いを届け、十代を助ける。

 確固たるその思いを胸に俺は口を開き、戦いの開始を告げる言葉が十代の声と重なった。

 

 

――デュエルッ!

 

 

皆本遠也 LP:4000

覇王 LP:4000

 

 

「俺のターン!」

 

 先攻は俺。そして引いたカードを見て、俺は一瞬驚きつつも表情を緩めた。

 このカードは、十代が覇王となっていることを考えてここに来る前にデッキに入れたカードの一枚だった。それが早速手札に来てくれる。それだけ、このデッキのカードたちも十代を助ける力になりたがっているのだと感じさせる。

 

「……頼むぜ、みんな」

 

 カードに思いを託し、そして力を貸してくれと願いつつ俺は一枚のカードを手に取るとデュエルディスクに差しこんだ。

 

「俺は魔法カード《ソーラー・エクスチェンジ》を発動! 手札の「ライトロード」1体を墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドロー! その後、デッキから2枚のカードを墓地へ送る!」

 

 【ライトロード】には必須となる手札交換カード。このカードの優秀さは、単なる手札交換には終わらないことだ。

 ライトロードの特徴でもある墓地肥やし能力。このカードは手札を交換しつつ墓地も肥やせるというまさに一石二鳥のカードなのである。

 もしライトロード限定でなかったら、即座に制限もしくは禁止行きだっただろう。そしてその性能ゆえ、たとえ純ライトロードでなくとも、ライトロード要素があるデッキならば十分に採用圏内となる。

 

「手札から《ライトロード・ハンター ライコウ》を墓地へ! そして2枚ドローし、2枚をデッキから墓地へ送る!」

 

 墓地へ落ちたカード、そして手札に来たカード。その両方を確認して、俺の表情は自然と笑みを形作る。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 

 もはやおなじみ。橙色を主とした鉄の体、同色の帽子をかぶり、メガネが特徴的なチューナーモンスター。

 二頭身の体をいっぱいに広げて俺のフィールドに立ったこのデッキのエンジン役、その小さな体に宿った力、早速使わせてもらおう。

 

「ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスター1体の効果を無効にし、表側守備表示で特殊召喚できる! 蘇れ、《チューニング・サポーター》!」

 

 

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 

 大きな中華鍋を頭からかぶった、小さな機械族のモンスター。今のソーラー・エクスチェンジで墓地へと送られていたモンスターである。

 更に。俺は手札のカードに指をかけた。

 

「手札から《暗黒竜 コラプサーペント》を特殊召喚! このカードは墓地の光属性モンスターを除外することで特殊召喚できる! ライトロード・ハンター ライコウを除外する!」

 

 墓地からライコウが消えていき、その直後ジャンク・シンクロンの横に現れる小さな黒球。唐突に現れたその黒いコアを覆うようにして形成されていくのは、小型ながら間違いなくドラゴンであった。

 黒い鱗、黒い翼。手足こそないが、翼と体のねじりを利用して体勢を整える。牙の生えた口を開き、レベル4のドラゴン族、コラプサーペントが小さな咆哮を轟かせた。

 

 

《暗黒竜 コラプサーペント》 ATK/1800 DEF/1700

 

 

 そしてこれで、俺のフィールド上に必要なモンスターが揃った。

 

「早速出番だ。頼んだぜ!」

『――期待に応えられるよう、全力を尽くしましょう』

 

 エクストラデッキから聞こえる声。それにマナが困惑した表情になる。

 そう、これはマナも知らないモンスター。俺がユベルによって別の場所に飛ばされた後にデッキに加わったカードである。

 

「レベル4暗黒竜 コラプサーペントに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! ――集いし光が、いま永久に滅びぬ命となる! 光差す道となれ!」

 

 レベルは7、その種族はドラゴン族。二体のモンスターが織り成す光の中から、青くしなやかな流線を覗かせて、そのモンスターがフィールド上に姿を現す。

 

「シンクロ召喚! 降誕せよ――《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》!」

 

 声と同時に溢れる光。それはシンクロ召喚のエフェクトによるものではなく、現れ出ずるドラゴン自身が放つ光であった。

 艶のある青い体表は光を反射して輝き、背中ではためく翼はどちらかといえば羽に近く、名前の通りに妖精を連想させる幻想的な光の鱗粉が羽ばたきによって周囲に散る。

 丸みを帯びた細い体躯に大きな瞳。どこか女性を感じさせるスマートなフォルムと顔つきは、ドラゴンの中にあっても特徴的であった。

 

 

《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》 ATK/2100 DEF/3000

 

 

 だが、このドラゴンが他のドラゴンと決定的に異なるのはそこではない。

 エンシェント・フェアリー・ドラゴンとはペガサスさんが世に解き放った六竜のうちの一体。すなわち、スターダスト・ドラゴンと同じく未来において復活する地縛神を倒す存在――シグナーが持つドラゴンなのである。

 その特別なドラゴンであるエンシェント・フェアリーは、守備の態勢をとりつつゆっくりとその顔を俺に向けて語りかけてくる。

 

『さぁ、いきましょう遠也。あなたの友を救うために』

「こ、この声……!」

 

 マナがエンシェント・フェアリーの声を聴いて、得心を得た表情になる。

 先ほどから姿は見せずとも声を発し、マナを含む彼らを回復してくれたのが紛れもないこのエンシェント・フェアリー・ドラゴンだったのである。

 シグナー竜の中でも唯一人語を操る存在である彼女にマナが目を向けていると、エンシェント・フェアリーはそれに対して穏やかな声で応えた。

 

『あなたがマナですね。遠也が言っていた、大切な人』

「え?」

「何を言ってるんだ、おい!」

 

 この状況で話すような内容ではない。

 俺はさすがに現状を鑑みて見過ごすことは出来ないとばかりに叱責する。決して恥ずかしいからではない。

 だが、そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、エンシェント・フェアリーはたおやかに笑う。

 

『ふふ、すみません。ですが、精霊を同等の存在だと心から思い、愛する。それは非常に尊いことであると――』

「あ、愛する……」

「あー、そんなことは後回しだ! 今はそれよりもデュエルだろ!」

 

 これ以上この話題を広げられてはたまらない。そんな思いで叫んだ言葉に、マナが「そんなこと……?」と若干むくれた声を出す。

 だが、今ばかりはそれに構っていられる状況ではない。それよりも今はこのデュエルを制して十代を覇王の状態から解放しなければならないのだ。

 だというのに、なんでこんな空気になってしまっているのか。

 俺は小さく溜め息をつく。……が、微かに込み上げる笑みは抑えきれなかった。

 

 ――こんな空気、大いに結構。真剣であることは事実だが、そんな中でもこうであることこそ、いつもの俺たちだ。

 

 こうしていつでも仲間と笑い合ってデュエルをする。それが、俺たちのいつも通りだろう。

 

 ――なぁ、十代!

 

 そう目で問いかけるも、十代の表情に変化はない。

 十代はやはり、覇王となったことで忘れてしまっているらしかった。

 しかし、忘れているならば思い出させればいい。俺が必ず、そうさせてみせる!

 

「暗黒竜 コラプサーペント第二の効果! このカードがフィールド上から墓地へ送られた場合、デッキから対となるモンスター《輝白竜 ワイバースター》を手札に加える!」

 

 デッキが自動的にシャッフルされ、その中からせり出された一枚のカードを手札に加える。そして間を置くことなく俺はフィールドの妖精竜に視線を向けた。

 それに気づいたエンシェント・フェアリーが首肯するのを受けて、俺はフィールドに手をかざす。

 

「エンシェント・フェアリー・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚できる! ただしこの効果を発動するターン俺はバトルフェイズを行うことができない!」

 

 エンシェント・フェアリー・ドラゴンが鋭く咆える。

 これは対象モンスターの効果を無効にすることもなくボードアドバンテージを稼ぐ強力なものであるが、そのターンはバトルフェイズを行うことができないために攻勢を仕掛ける時には向かない守備よりの効果である。

 展開後の攻撃を行えないデメリットは通常であれば大きい。しかし。

 

「今は遠也の先攻、もともとバトルフェイズは行えない。あってないようなデメリットというわけか……」

 

 背後から聞こえてきたジムの言葉。それにその通りだと無言で頷く。

 そう、今は俺の先攻ターン。そのためこのデメリットはこのターンに限り意味のないものになる。先攻ターンなら、この効果のメリットのみを活用できるのだ。

 

「俺はこの効果でレベル3のチューナーモンスター《スチーム・シンクロン》を特殊召喚! 更に墓地の闇属性コラプサーペントを除外し、手札から《輝白竜 ワイバースター》を特殊召喚!」

 

 

《スチーム・シンクロン》 ATK/600 DEF/800

《輝白竜 ワイバースター》 ATK/1700 DEF/1800

 

 

 デフォルメされた機関車のようなモンスター。蒸気をその煙突から吐き出しつつ現れたシンクロンと、その横に出現する輝く蒼球。

 蒼球はやがて光に包まれ、その光は青い体皮と白い鱗を形成していき、対となるコラプサーペントのようにドラゴンの姿へと変化していく。

 しかし手足がなく蛇に近しいために東洋の竜に通ずるところのあったコラプサーペントとは異なり、ワイバースターには手足もあるため比較するならば東洋よりも西洋の竜にこそ近いといえるだろう。

 その小さなドラゴン、ワイバースターは、白い熱を宿した火を口の端から漏らしながら小さく唸る。

 これで再び俺のフィールドにモンスターが揃った。そのレベルの合計値は、8。

 

「レベル4輝白竜 ワイバースターとレベル1チューニング・サポーターに、レベル3スチーム・シンクロンをチューニング! ――集いし願いが、新たに輝く星となる! 光差す道となれ!」

 

 スチーム・シンクロンが作り出した三つの輪。その中に身を投じる五つの星。俺はエクストラデッキから取り出した一枚のカードを天高く掲げた。

 さぁ――来い!

 

「シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 翼を広げ、光の中より上空へと駆け上がる白銀の星。

 輝きを身に纏い空を駆ける竜はやがてその身を地上へと戻し、覇王を威嚇するかのように咆哮を上げた。

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 そしてコラプサーペントと同じく、対となるワイバースターにも当然フィールドから墓地へ送られた時に発動する効果がある。

 

「輝白竜 ワイバースターのモンスター効果! デッキから対となるコラプサーペントを手札に加える! 更にチューニング・サポーターの効果発動! このカードがシンクロ召喚によって墓地へ送られた時、デッキからカードを1枚ドローする!」

 

 これで俺のフィールドにはレベル7とレベル8のシンクロモンスターが並んだことになる。しかしながら、俺の手札はそこまでの展開を行ったとは思えないものだ。

 事実、それに気が付いたらしいオブライエンが俺の手元を確認したのか驚愕の声を上げた。

 

「――ッ、実質消費した手札が1枚だけだと!?」

 

 そう、いま俺の手札は五枚。デュエル開始時の枚数からほぼ変わっていないのである。

 互いに互いをサーチしあう白と黒の竜。その効果がいかんなく発揮された形だ。

 もっとも、その強力な効果ゆえに通常召喚はできず、自身の効果による特殊召喚は1ターンに1度という制約がある。

 だがそれを差し引いてもその効果やはり強い。手札の数とはすなわち可能性の数、その可能性を生み出してくれるのだから大したものだ。

 ともあれ、これで俺がこのターンに出来ることはやった。再び特殊召喚効果を使用することは出来るが、今手札にチューナーはいない。ならばこの後のために温存しておいた方がいいだろう。

 あとは、最後の一手。

 五枚となった手札の中に含まれる一枚のカードを手に取ると、暫くそのカードを見つめる。

 これが、今回のデュエルのキーカードだ。十代を元に戻すべくこの場に来る前にデッキに入れた特別なカード。

実際に発動させる機会があるかはまだわからないが……しかし、賭けてみる価値はある。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 十代を必ず助け出す。そうカードに誓うと、俺は十代に向けて指を突き出した。

 

「――さぁ、十代! 出し惜しみは無しだ! 全力でやろうぜ、俺とお前のデュエルを!」

 

 拳を握りつつ俺がそう宣言すれば、それに追随して二体のドラゴンが咆哮を上げる。その力強さは俺に頼もしさを感じさせてくれるが、それに向き合う十代は威圧感として受け取ったのだろう。眉を顰めてこちらを見ている。

 その十代の様子に俺はさもありなんといった感じだが、マナたちは全く異なる受け取り方をしたようで驚きの声が上がった。

 

「十代くんが……動揺してる……」

 

 隣でこぼれたマナの一言。俺はその内容に疑問を持ち、視線を横にずらした。

 

「どういうことだ?」

 

 しかし、その問いに答えたのはマナではなく、少し距離を置いて後ろに立つジムだった。

 

「十代……覇王は、どんな事態にも動じなかった。俺たちがどれだけ追い詰めても、ダメージを与えてもな」

 

 更にオブライエンも続く。

 

「だが、いま十代は動揺している。それはやはり、お前を……失ったと思っていた親友を前にしているからなのかもしれない……」

 

 オブライエンがどこか感傷を含ませながら言ったそれに、俺はしばし黙考した。

 オブライエンが言ったことが真実である可能性は確かにあるだろう。十代のことだから決して俺が死んだと信じなかったとは思うが、それでも不安には思っていたはずだ。もしかしたら、と。

 その件の人物が目の前に現れれば、やはり動揺は隠せないだろう。

 それに加え、俺のフィールドにいる二体はただのモンスターではない。赤き竜の加護を受け、地に縛られし神々と五千年周期で戦うという途方もない存在なのだ。しかも今はスターダストだけではなく、エンシェント・フェアリーもこの場にいる。

 ましてここは精霊が実体化する異世界。二体から発せられるプレッシャーは、スターダスト一体の時とは比較にならないはずだった。

 それら二つの要素が合わさったことで、さしもの覇王も動揺が現れたのだろう。だが、覇王の心だけならばそこまで動揺はなかったはずだ。何故なら、そういった感情的な反応は人間らしい心がなければ出来ないものだからである。

 ならば、それだけ十代の心はいま表に出かかっているということ。そう判断した俺は、十代を助け出す明確な希望が出てきたと微かな期待を胸に抱いた。

 それが雰囲気に出ていたのか。十代を向いていたエンシェント・フェアリーがくるりと振り返り、俺を見た。

 

『油断はしないように、遠也。あの者からは強い闇の力を感じます』

 

 俺のそれを気の緩みではと懸念したその言葉に、俺は苦笑した。

 なぜなら、その言葉はいささか見当違いであったからだ。

 

「エンシェント・フェアリー・ドラゴン。忠告はありがたいが……」

『はい』

「俺があいつ相手に油断なんてするはずがない」

 

 はっきりと言い切る。それは俺が十代を親友だと、好敵手だと、仲間だと、そう認めているからこそ断言できることだった。

 友としても、いちデュエリストとしても俺は十代をもしかしたら十代自身よりも認めている。そんな相手に油断なんてものをするはずがないのである。

 

『ふふ、すみません。愚問でしたか』

 

 そのことを感じ取ったのか、エンシェント・フェアリーもまた微かな笑みをこぼして自身の心配が杞憂であったことを詫びる。

 俺はそれに、気にするなと手を振って応えた。

 そして、改めて十代を真っ直ぐに見据えた。

 

「さて――来い、十代!」

 

 決意、使命感、期待……。様々な感情を抱きながら、俺は自分の気持ちが命ずるままに十代に好戦的な言葉を投げかける。

 そしてそれを受ける十代は、静かにデッキの上に指を乗せることで応えた。

 

「……ドロー」

 

 普段の十代からは考えられないような冷たい声音。それに違和感を覚えつつも、俺はその立ち上がりを見守った。

 

「《E-HERO ヘル・ブラット》を特殊召喚。このカードは相手フィールド上にのみモンスターが存在する時、攻撃表示で特殊召喚できる。更にヘル・ブラットをリリースし、《E-HERO マリシャス・エッジ》をアドバンス召喚」

 

 

《E-HERO マリシャス・エッジ》 ATK/2600 DEF/1800

 

 

 見覚えのあるHEROの出現に、俺は微かに眉を寄せた。

 両手甲から伸びた長い爪と、こちらを嘲るかのように笑みを崩さない顔。それはついさっきマナの命を刈り取るべく攻撃を仕掛けたモンスターだった。いい印象があるはずがない。

 同じように、マナの表情も些か強張っていた。

 

「相手フィールド上にモンスターがいる場合、マリシャス・エッジは1体のリリースで召喚できる。――バトル。マリシャス・エッジでスターダスト・ドラゴンに攻撃。《ニードル・バースト》」

 

 そして今度はその爪がマナではなくスターダストに襲い掛かる。

 飛び上がったマリシャス・エッジは爪で空を切り裂くように腕を振り、それによって生じた無数の真空の針がスターダストへと飛来する。

 スターダストの攻撃力は2500、対してマリシャス・エッジは2600。僅か100ポイントではあるが、それは明確な差だ。結果、スターダストは攻撃をまともに受けて苦悶の声と共に倒され、その余波である暴風が俺に吹きつける。

 

 

遠也 LP:4000→3900

 

 

「……簡単に対処してきやがって……!」

 

 顔の前に腕をかざして風を防ぎながら、俺は悔しさを滲ませて愚痴をこぼす。

 しかし、次の瞬間。俺の心に湧き起こったのは、デュエリストとしての本能。自分でも度し難いと思ってしまうほどに、どうしようもない感情が悔しさを押し流して顔を覗かせる。

 

「だが……それでこそ、十代だ!」

 

 それは、こんな時でもデュエルを楽しいと思ってしまう心。こうして十代とデュエルをするのが楽しくて仕方がないと思ってしまう、デュエリストの性だった。

 

「遠也のやつ、笑っている……」

「あいつはまさかこの状況でもデュエルを楽しんでいるというのか……?」

 

 ジムとオブライエンの怪訝な声が耳に届く。

 だが彼らの気持ちも尤もだ。これは十代を助けるための一戦。更に言えば、ここにくるまでに多くの仲間たちが犠牲になっている。それを思えば、このデュエルの中で笑うなんて考えられないことだろう。

 俺だって冷静に考えればそう思う。友達の死を軽んじる奴だと思われたとしても仕方がない。

 しかし、俺はそれでもこの高揚に嘘をつくことは出来なかった。何故なら、デュエルを楽しむ気持ちは決して皆への裏切りではないからだ。

 むしろ、十代や皆のことがあるからこそ、俺は絶対にこのデュエルをただ辛く厳しいものにするつもりはなかった。

 その答えは、至極簡単である。

 隣で、マナが背後の二人に振り返る。

 

「そうだよ、遠也は楽しんでる。けど……不謹慎なんかじゃない」

 

 その言葉に、俺はまた異なる意味の笑みを浮かべた。俺の気持ちを、マナは理解してくれている。そのことが嬉しかった。

 マナを見れば、こちらを見ていた視線をぶつかる。そしてマナもまた微笑みを浮かべていた。

 

「みんな……私も忘れてた。デュエルは楽しんでやるものだって。――そうだよ、私たちの絆はいつだって、そうやって紡がれてきたんだから!」

 

 その言葉には、どうしてそんな簡単なことが出来なかったのか、という後悔があった。しかし同時に大切なことに気が付くことができた嬉しさに満ちていた。

 気付かなかったことは、ある意味では仕方がないことだ。マナたちはずっと極限状態の中で生きてきた。そんな中にあって、デュエルを楽しめと言う方が無茶というものだろう。

 俺がこのデュエルを辛く厳しいものにはしないと思った理由。それは今マナが言った理由に集約される。俺たちの絆はいつだって、デュエルを楽しむ中で生まれ、強められていった。

 

 なら、楽しくないデュエルなんて――俺たちのデュエルじゃない。

 

 心の闇に十代が呑まれている今だからこそ、一層デュエルを楽しむ心が大事なのだと俺は思う。

 怒りでも、憎しみでも、苦しみでもない。デュエルは楽しいものなんだってことを、一番それを体現していた十代に思い出してもらう。

 これは、そのためのデュエルだ!

 

「カードを1枚伏せる。そしてこのエンドフェイズ、ヘル・ブラットの効果が発動。このカードをリリースして「HERO」の召喚に成功したエンドフェイズ、デッキからカードを1枚ドローする」

 

 そして、十代は「ターンを終了する」と告げる。

 それを聴き届け、俺は自らのデッキトップに指をかけた。

 

「俺のターン!」

 

 新たに加えたカードを含めた手札を見るが、マリシャス・エッジを破壊できるカードはその中に無い。

 現在手札にあるコラプサーペントを特殊召喚すれば展開は出来るが、攻撃力2600には届かないのだ。

 ならば……。

 

「俺はモンスターをセット! カードを1枚伏せて、ターン終了だ!」

 

 モンスターゾーンと魔法・罠ゾーンに現れる二枚の伏せカード。これが今自分に出来る最善だった。

 だが、俺が知る十代ならば容易く突破されないとも限らない。十代とカードとの絆は俺もよく知っている。その絆が生み出す驚異的なドローの前には、たとえ鉄壁の布陣を敷いたとしても安心することは出来ないだろう。

 ゆえに、警戒を怠るわけにはいかない。

 

 ――尤も、それは俺が知る十代が相手ならの話だけどな。

 

 心の中でそう呟き、俺は覇王十代へと意識を戻した。

 

「ドロー」

 

 デッキから引いたカードを確認し、十代はそれをすぐさまこちらに見えるように突きつけた。

 

「魔法カード《天使の施し》。デッキから3枚ドローし、2枚を捨てる」

 

 更に、と覇王は続ける。

 

「《HEROの遺産》を発動。墓地にレベル5以上のHEROが2体以上いる時、デッキからカードを3枚ドローする。墓地にはレベル5の《E・HERO ネクロダークマン》とレベル7の《E・HERO ネオス》がいる。よって3枚ドロー」

 

 二体の上級E・HERO。フィールドには現れていないモンスターだ。

 十代がこれらのモンスターを墓地へカードを送るタイミングは今しかなかった。ということは……。

 

「いま墓地へ落とした2枚で発動条件を満たしたのかよ……」

 

 しかも、ともに墓地にいた方が都合のいいカードである。もはや感嘆するよりなかった。

 

「《N(ネオスペーシアン)・グラン・モール》を召喚。更に速攻魔法《速攻召喚》を発動。この瞬間に再び通常召喚を行う。《E-HERO ヘル・ゲイナー》を召喚」

 

 

《N・グラン・モール》 ATK/900 DEF/300

《E-HERO ヘル・ゲイナー》 ATK/1600 DEF/0

 

 

 現れる二体のモンスター。特にイービル――悪魔の名に相応しい凶悪な容姿を持つヘル・ゲイナーはこれまでの十代のデッキには入っておらず、俺としてもこうして見るのは初めてのモンスターだ。

 その沸き立つ邪悪なオーラは、十代が覇王となってしまったことを物語っているかのようであった。

 そして、もう一体。

 

「グラン・モール……」

 

 俺の目に映っているのは、黒紫色の闇にその体を覆われたネオスペーシアンの姿。その目は虚ろで焦点が合っておらず、彼本来の意識がない事が窺える。

 悪しき光に対抗する、優しき闇。そんな正義の心を持つ彼らをも、十代の心の闇は変えてしまったというのか。

それほどまでに、十代の心の闇は深い。グラン・モールの姿は、俺にそのことを悟らせるには充分であった。

 

『なんて無慈悲な……彼の嘆きが、悲しみが伝わってくるようです……』

 

 エンシェント・フェアリーはそんなグラン・モールの姿に、その胸中を斟酌して悲しげな声を出した。

 精霊世界を統べる存在という側面を持つエンシェント・フェアリーにとって、宇宙で生まれたとはいえデュエルモンスターズの一部であるネオスペーシアンもまた、その慈愛の対象なのだろう。

 その声に含まれた本気の悲しみは、俺にもよく伝わってきた。

 

「グラン・モール……無念だったろうな、お前は」

 

 己の主が変わりゆく様をただ見ていることしか出来ず、そして止めることも出来なかった。その無念は察するに余りある。その気持ちは、恐らく他のネオスペーシアン、E・HEROたちも同じだろう。

 

『遠也……このデュエル、彼らのためにも負けられません』

「ああ」

 

 エンシェント・フェアリーの言葉は、そのまま俺の気持ちと同じであった。故に力強く頷き、俺は覇王となった十代を正面から見据える。

 いま十代のフィールドに並んでいるモンスターは三体。マリシャス・エッジ、ヘル・ゲイナー、グラン・モールだ。

 その種族は、悪魔族と岩石族の二種類である。

 ならば、出てくるはずだった。元の世界でも専用デッキが構築されるほどの強力モンスター。E-HEROの代名詞的存在である最上級モンスターが。

 そして、十代がデュエルディスクに手を伸ばす。背後から息を呑む音が聞こえた。

 

「く、くるぞ……!」

「ああ……! Be careful、遠也! 十代の場に伏せられているカードは恐らく――!」

 

 オブライエンとジムの焦燥に満ちた声。その声を聴く限り、恐らく三人とのデュエルで十代はあのモンスターを召喚していたのだろう。

 そして、ジムが警戒を呼び掛ける伏せカード。俺はそれに心当たりがあった。元の世界では召喚制限により件のモンスターをそのカードで召喚することは出来ないが、この世界ならば可能な融合カード。

 それは後の十代を象徴するカードの一枚となる、融合系カードの頂点に位置する最強の融合カードであった。

 

「――究極にして無敵の力を見せてやろう。リバースカードオープン! 速攻魔法《超融合》!」

 

 十代のフィールド上にて伏せられた状態から起き上がり、その正体を晒す。

 伏せられていたのはやはり、速攻魔法カード――《超融合》。

 そのカードが発動されたのと同時に十代を中心として巻き起こる嵐のごとき暴風。その頭上に現れた漆黒の渦へ向かって巻き上げられる砂埃に目を細めながら、俺は小さく舌打ちをした。

 

「……厄介なカードを……!」

 

 当然、俺はその効果を知っている。手札一枚をコストに要求するとはいえ、その性能はコスト以上の成果をもたらすトンデモカードだ。

 それというのも、相手フィールド上のモンスターを融合素材にし、なおかつあらゆるカードにカウンターされないという除去カードとしてみれば最高の性能を持つからだ。

 事実、このカードの前には歴代主人公のエースカードたちも無力である。実質このカードはあらゆるモンスターへのメタとなっていると言っても過言ではないのである。

 とはいえ、この世界にいわゆる属性HEROは存在しておらず、俺が十代に渡したアブソルートZeroのみがその括りに含まれるだけだ。それが唯一の救いである。

 それに、今回は俺のフィールドに運よく融合対象となるモンスターがいなかったため除去カードとしての側面は使用されていない。ゆえにその真価は発揮できていないが……しかしそれを鑑みてもその効果は強力の一言に尽きた。

 さすが、究極の融合カードは伊達じゃないか。頬を伝う汗までが風にさらわれる中、俺はこの現象を引き起こしている一枚のカードに戦慄を覚えた。

 

「手札1枚を墓地へ送り、悪魔族のマリシャス・エッジと岩石族のグラン・モールで融合召喚を行う!」

 

 その宣言の直後、フィールド上に存在していた二体は荒れ狂う風によって黒い渦へと吸い込まれていく。そうして二体を取り込んだ漆黒の歪みは中心に向かって縮んでいき、やがて一体のモンスターの姿を形作っていく。

 

「出でよ……! 《E-HERO ダーク・ガイア》!」

 

 その名が告げられたのと同時、超融合により生まれたモンスターが大きく翼を広げてまとわりついていた黒の名残を吹き飛ばす。

 そうして現れたのは、岩のごとき装甲を全身に纏った有翼の悪魔。HEROに属するだけあって人型ではあるが、その容貌はやはり悪魔族であると感じさせるものだった。

 

 

《E-HERO ダーク・ガイア》 ATK/? DEF/0

 

 

「ダーク・ガイアの攻撃力は融合に使用したモンスターの攻撃力の合計となる!」

 

 

《E-HERO ダーク・ガイア》 ATK/?→3500

 

 

 ダーク・ガイアに気迫のこもった声を上げると同時に、その体に可視化された闘気が満ち溢れてその攻撃力を増強していく。

 マリシャス・エッジの攻撃力2600とグラン・モールの900。足し算とは単純だが、しかし単純故に強力だ。

 今回は片方が攻撃力が低いモンスターだったが、これを上級以上のモンスター同士でやればその攻撃力が5000を超えることも珍しくない。このお手軽に高攻撃力を得られるところが、ダーク・ガイアの強みである。

 しかも、今回に限っては厄介なオマケつきだ。

 

「更にヘル・ゲイナーの効果発動! このカードを2ターン後の未来に飛ばすことで、悪魔族のダーク・ガイアは2度の攻撃を行うことが出来る!」

 

 十代のフィールドに立っていた悪魔、ヘル・ゲイナーがその姿を薄れさせてその姿を幻のように消していく。

 その直後に、雄叫びを上げるダーク・ガイア。恐らくはヘル・ゲイナーの恩恵がその身に宿ったということなのだろう。

 対象が悪魔族限定とはいえ、永続的に二回攻撃の能力を与える効果。しかも自身は二ターン後に戻ってくる。攻撃力3500の二回攻撃がこのままでは毎ターン襲ってくることになる。厄介極まりなかった。

 これだけでも十分恐ろしいが……しかし、ダーク・ガイアには更に厄介な効果があるのだった。

 

「Shit! マズいぞ! あのモンスターには、攻撃時に相手の守備モンスターを攻撃表示にする効果がある!」

 

 そう、ダーク・ガイアは相手のフィールド上に存在する守備表示モンスター全てを強制的に表側攻撃表示に変更する効果を持っているのだ。

 そして、その凶悪さは言わずもがな。ジムが思わず声を荒げたのは当然というものだ。何せ、ただでさえ高攻撃力になりやすいダーク・ガイアの攻撃をこちらは攻撃表示で受けなければいけないのだから。

 ダーク・ガイアの攻撃力を超えることは容易ではない。多くのモンスターはその前に倒れ、プレイヤーのライフを削ることになるだろう。さすがは元の世界で専用デッキが作られただけのことはあるモンスターだった。

 しかし、それでも後ろの仲間たちはまだ冷静だった。それは恐らく、俺の伏せられたモンスターがまだわからないからだろう。

 たとえば仮にゼロ・ガードナーならばこのターンは問題なくやり過ごせる。マッシブ・ウォリアーでもいいだろう。そういったモンスターを俺が持っていることを知っているから、三人はまだ何も言わない。

 しかし……。

 

「バトル! ダーク・ガイアでセットモンスターに攻撃! そしてこの瞬間、ダーク・ガイアのモンスター効果が発動! 攻撃宣言時、相手の場の守備表示モンスターを全て表側攻撃表示に変更する!」

 

 ダーク・ガイアの効果によりまずはエンシェント・フェアリー・ドラゴンが攻撃表示へと変更される。

 そしてもう一体。セットされていたカードから全身を白で包んだ魔導師が一人、姿を現した。

 

 

《スターダスト・ファントム》 ATK/0 DEF/0

 

 

 レベル1、魔法使い族、その攻守はともに0――。

 そしてその表示形式は今、攻撃表示であり、何よりダメージを軽減する効果など持っていない。

 初めて見るモンスターではあっても、どう見ても守備的な効果を持っているとは思えないその見た目。それにオブライエンが焦ったような声を出す。

 

「まずい! このまま攻撃を受けたら遠也の命は……!」

 

 攻撃力0ということは、ダイレクトアタックとほぼ同義である。そのうえ、俺の場には攻撃力2100のエンシェント・フェアリーもいる。

 この二体をダーク・ガイアによって攻撃されれば、俺のライフは尽きる。すなわち、死ぬ。だからこそ、オブライエンもジムも焦っている。

 そして今、その死を告げる一撃がダーク・ガイアの両手に形成されつつあった。

 バスケットボール大の岩が両の手の上に生まれ、その岩を炎が包み込む。小さな太陽のごときその凶悪な代物を、ダーク・ガイアは躊躇なく振りかぶった。

 

「ゆけ、ダーク・ガイア! スターダスト・ファントムに攻撃! 《ダーク・カタストロフ》!」

 

 そして右手のそれを勢いよく投げる。

 それは真っ直ぐにスターダスト・ファントムへと向かい、そして攻撃力0のスターダスト・ファントムにそれを跳ね返すだけの力はない。攻撃力3500と0、スターダスト・ファントムが破壊されるのは最早必然だった。

 

「――っ遠也!」

 

 マナの声。俺はそれに伏せカードを起き上がらせることで応えた。

 そう、スターダスト・ファントムは破壊される。だが、たとえスターダスト・ファントムが破壊されようと、そのダメージをなかったことには出来る!

 

「罠発動! 《ガード・ブロック》! この戦闘により俺が受けるダメージを0にし、デッキからカードを1枚ドローする!」

 

 プレイヤーへのダメージは防ぎ、そしてドローまで行える罠カード。これにより、俺のライフに変動はない。

 ただしガード・ブロックはモンスターの破壊まで防ぐことは出来ないが……、

 

「防いだか……。だが、スターダスト・ファントムは破壊される」

「――ああ、助かったぜ」

「なに?」

 

 破壊されることで発動する効果もある。

 俺はにっと笑うとデュエルディスクの墓地ゾーンから出てきた一枚のカードを手に取った。

 

「スターダスト・ファントムのモンスター効果発動! このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、墓地のスターダスト・ドラゴン1体を特殊召喚できる! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 高い嘶きを上げて再度舞い降りる星屑の竜。

 その表示形式は守備表示。ダーク・ガイアの表示形式変更効果は攻撃宣言時に発動できるため、もう一度の攻撃権がある今守備表示にしたところで意味はないが、スターダスト・ファントムによる蘇生は表側守備表示に限定されている。仕方がないことだった。

 さて、向こうはどちらに攻撃してくるか。

 

「ならば……スターダスト・ドラゴンに攻撃! そしてダーク・ガイアの効果によりスターダスト・ドラゴンは攻撃表示になる! ――《ダーク・カタストロフ》!」

「く……!」

 

 

遠也 LP:3900→2900

 

 

 もう片方の手に持っていた炎の岩を投擲され、スターダスト・ドラゴンが破壊される。

 ダメージを狙うならエンシェント・フェアリーだっただろうが、ここはより攻撃力が高く破壊無効効果を持つスターダストに狙いを定めてきたか。

 だがこれで、フィールドを空にした状態でターンを迎えることは回避できた。

 

「……ターンエンド」

 

 そして、十代のエンド宣言。

 俺のターンが回ってきた。

 

「だが、ダーク・ガイアの攻撃力は3500! 奴に勝つのは、容易じゃない……!」

「俺たちの時は、結局十代が自分で破壊しただけで、倒してはいない。……どうするつもりだ、遠也……」

 

 二人の声には、ダーク・ガイアという強力モンスターへの恐れが滲んでいた。それはやはり、覇王にあと一歩で敗れるところであったからだろう。

 しかし、ダーク・ガイアがいかに強力であろうと、デュエルモンスターズに絶対はない。必ず突破口は存在するのだ。

 

「俺のターン!」

 

 引いたカードを見る。そして、口元が笑みを形作る。

 まさしくこのカードこそが突破口を開くカードだった。

 

「俺は《ターボ・シンクロン》を召喚!」

 

 

《ターボ・シンクロン》 ATK/100 DEF/500

 

 

 緑に塗装された小さなレーシングカーが命を得たような、小型のチューナーモンスター。そのステータスは弱小と呼ばれるほどのものであり、戦闘を想定した攻守ではない。

 そのため、その利用方法はほぼシンクロ召喚限定である。しかし、このカードには普段はなかなか発揮できないある効果が存在している。

 俺はダーク・ガイアを指さし、ターボ・シンクロンに指示を下す。

 

「バトル! ターボ・シンクロンでダーク・ガイアに攻撃!」

 

 指示に従い、小さなタイヤを回転させて走り出すターボ・シンクロン。

 そのあまりにも無謀に過ぎる特攻に、オブライエンが「馬鹿な!?」と叫び声を上げた。

 

「攻撃力たった100のモンスターで攻撃だと!?」

「ダーク・ガイアの攻撃力は3500だぞ! 一体――!?」

 

 確かに、このままでは俺は3400のダメージを受けて敗北するだろう。

 だが、そうはならない。

 何故なら、ターボ・シンクロンがタイヤを滑らせて直進する先で、ダーク・ガイアは守備の態勢を取り始めていたからだ。

 

「ターボ・シンクロンの効果発動! このカードの攻撃宣言時、攻撃対象モンスターを守備表示に出来る!」

 

 普段はすぐさまチューナーとしてシンクロ召喚の素材にしてしまうため、ターボ・シンクロンの効果は発動させる機会が少ない。いわば隠された効果に近い。

 だが、その効果は決して弱いから使われないのではない。ダーク・ガイアの攻撃力は確かに脅威だが、しかし反面その守備力は――0だ。

 ゆえに、ターボ・シンクロンの前には無力となる。たとえ攻撃力が100しかなくとも、守備力0ならば何も心配はいらない。

 ターボ・シンクロンは勢いよく突き進んでダーク・ガイアへと体当たりを行い、その小さな体は見事にダーク・ガイアに痛撃を与え、ダーク・ガイアは苦悶の声を上げてその身を崩壊させた。

 

「く……!」

 

 戦闘ダメージこそなかったが、レベル1で攻撃力100という低レベルモンスターに単独でダーク・ガイアを倒されたことに、十代の表情にも僅かな動揺が見られる。

 だが、俺からしてみれば動揺することの方が驚きである。低レベルだ、弱小だと言われようと、そのモンスターにはそのモンスターの持ち味がある。この世の中に、決して使えないカードなど存在しない。

 

 ――それは、お前も知っていることだ。そうだろう、十代。

 

 

「更にエンシェント・フェアリー・ドラゴンでダイレクトアタック! 《エターナル・サンシャイン》!」

 

 俺が指示を出すと、エンシェント・フェアリーがふわりと羽を広げる。そして、毅然とした声と共に光が集まっていく。

 

『精霊たちの嘆きを知りなさい――!』

 

 瞬間、目を灼くほどの閃光が覇王に向かって放たれる。聖なる守護の光、とも称されるエンシェント・フェアリーの力。それを真正面から受けて、さすがの覇王もたたらを踏んで後ずさった。

 

「くっ……」

 

 

覇王 LP:4000→1900

 

 

「メインフェイズ2。俺は墓地の光属性モンスター、ワイバースターを除外して手札から《暗黒竜 コラプサーペント》を特殊召喚! レベル4コラプサーペントにレベル1ターボ・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルは5。ターボ・シンクロンが作り出した光輪を四つの星が潜り抜けていく。

 

「集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG ハイパー・ライブラリアン》!」

 

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800

 

 

 色素の薄い長髪をなびかせ、電子ブックのごときパッドを手にした司書の男。青いバイザーで隠された表情の中で、唯一外気に晒されている口元が僅かに弧を描いてエンシェント・フェアリーの隣に降り立った。

 

「俺のデッキに対となるワイバースターはもういないため、コラプサーペントが墓地へ送られても手札に加えることは出来ない。俺はこれでターンエンド!」

「……ドロー」

 

 即座に始まる十代のターン。そして、その手が一枚のカードを掴み取る。

 

「手札から魔法カード《ダーク・フュージョン》を発動。手札の《E・HERO クレイマン》と《E・HERO スパークマン》をダーク・フュージョン。現れろ、《E-HERO ライトニング・ゴーレム》」

 

 

《E-HERO ライトニング・ゴーレム》 ATK/2400 DEF/1500

 

 

 サンダー・ジャイアントと同じ融合素材にして、その容姿もまたサンダー・ジャイアントに酷似している。

 発達した筋肉により肥大化した上半身と、いささかアンバランスな細身の脚部。だがその巨体は対峙する俺に威圧感を伴って迫る。闇に染まったダークグリーンの体を揺らし、その巨大すぎる腕がぬっとこちらに差しだされる。

 

「ライトニング・ゴーレムの効果発動。1ターンに1度、相手フィールド上のモンスター1体を破壊できる。ハイパー・ライブラリアンを破壊。――《ボルテック・ボム》」

 

 そして、その手から放たれるのは黒い雷。それを防ぐ術はこちらに無く、ハイパー・ライブラリアンの体を直撃した。

 これで、俺のフィールドに存在するモンスターはエンシェント・フェアリーのみとなった。

 

「魔法カード《命削りの宝札》を発動。手札が5枚になるようにドローし、5ターン後に全ての手札を捨てる。《O-オーバーソウル》を発動。墓地から通常モンスターの「HERO」を復活させる。――《E・HERO ネオス》を特殊召喚」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

「ネオス……」

『……ぐ、ぅ……う……!』

 

 フィールドに現れたのは、十代のエースモンスターであるネオスだった。しかし今はエースとしてではなく、恐らくは今召喚できる一番高打点のモンスターだからというだけで呼ばれたのだろう。

 そこに親愛の情はなく、冷たい利己心しか存在していない。その事実は、誰よりもネオスにとってあまりにも悲しく救われない事実だった。

 十代の下、その持てる力を発揮した白銀の肉体には心の闇によって侵された漆黒のオーラがまとわりつき、常に呻き声が漏れている。

 恐らくは浸食する十代の闇に呑まれまいと必死に抵抗しているのだろう。しかし苦しげに漏らす声は、その戦いが一筋縄ではいかないものであることを強く物語っている。

 だがそれでも、ネオスは諦めていなかった。苦悶の声は、その証拠だ。十代が覇王となってからもずっと、ネオスはこうして戦っていたのだ。自分ではなく、恐らくは十代のために。

 呻き声の隙間、こぼれる音が、やがて途切れ途切れの言葉となって耳に届く。

 

『じゅう……だい……、き、キミは……わ、たしが……』

 

 ――助け出す……。

 

 たとえその気持ちを裏切られようと、利用されようと、ネオスは十代のことを信じている。

 漏れ聞こえた誓いの言葉に、俺は十代の強さの源を見た気がしていた。

 こうまでなっても慕われる十代という存在。明るく、人だけでなくモンスターや精霊をも惹きつけてやまない男。

 誰よりも友や仲間を大切にし、だからこそそんな十代に応えようと誰もがアイツのために力を尽くす。

 ジムやオブライエンだけじゃない。万丈目、翔、剣山、吹雪さん、明日香、三沢、カイザー、エド……ここにはいない皆だってそうだった。

 ネオスだってそうだ。俺も、マナだって。

 そう思わせるのが十代という男だった。

 だから。

 

「ネオス――」

 

 お前の思いは俺と……いや、俺たち全員と同じだ。

 だから――!

 

「バトル。ライトニング・ゴーレムでエンシェント・フェアリー・ドラゴンを攻撃。《ヘル・ライトニング》!」

 

 再びライトニング・ゴーレムから放たれる雷撃。それは過たずエンシェント・フェアリーを撃ち、妖精竜の口から苦痛の声が漏れる。

 

『く、あぁッ……! すみません、遠也……』

「エンシェント・フェアリー……!」

 

 破壊され、消えていくエンシェント・フェアリー・ドラゴン。エンシェント・フェアリーが墓地へと送られた今、俺のフィールドにモンスターはいなくなった。

 

 

遠也 LP:2900→2600

 

 

「遠也……」

「大丈夫だ、マナ。俺は負けない」

 

 二体のシンクロモンスターが倒れ、がら空きになった俺のフィールドを見て、心配したのだろう。そんなマナの声に、俺は大丈夫だと返した。

 だが、それは何も根拠がないわけではなかった。俺はこのデュエルに勝つ。その確信があった。

 だから、自信を持ってマナに大丈夫だと返した。しかし、そんな俺の態度はマナに安心を与えたようだが……同時に不安もまた芽生えさせたようだった。

 ほっとした顔を見せたのも束の間、マナはまた表情を曇らせる。それはきっと、俺があまりにも自信を持って勝つと言ったからだろう。

 普段、俺はあまりそんなことを言わない。そのため逆に不安へと結びついたようだった。

 

「今の十代くんは強いよ、遠也……。だから、油断は――」

「いいや。今の十代は弱い。俺が知るかつての十代よりもな」

 

 断言する。

 俺のこれは油断でも、傲慢でもない。ただ純然たる事実である。

 今の十代は弱い。俺は今の十代に負ける気がしなかった。その気持ちは紛れもない俺の本心だった。

 マナの口から、え、と驚く声が漏れる。しかしそれに応えるよりも前に、十代は次の行動に移っていた。

 

「バトル。ネオスでダイレクトアタック」

 

 ネオスが頭を振り、しかしその指示に逆らうことは出来ずに空へと飛び上がって手刀を構える。

 その瞳に映るのは悲嘆と苦悩、そして虚ろながらも残った意識が俺を認識したのか、友を討とうとしている己への怒りに満ちていた。

 十代を救いたいという思いを同じくするネオスのそんな姿に、マナは見ていられないとばかりに目を伏せる。

 だが、俺は決して目を逸らさない。俺たちの思いは一緒なのだ。

 

 ――だからネオス……必ず俺たちで十代を助け出す!

 

 

「リバースカードオープン! 《好敵手(とも)の記憶》!」

 

 俺のフィールドにて姿を現す、伏せられていたカード。

 通常罠カード《好敵手(とも)の記憶》。……十代、俺たちの願いが、思いが、お前を心の闇から救い出す!

 

「相手モンスターが攻撃宣言を行った時、そのモンスターの攻撃力分のダメージを俺は受ける!」

 

 この効果によりネオスは攻撃をする必要がなくなる。仲間を討たせるような真似をさせずに済んだことに俺は安堵するが、しかし。

 その攻撃力分のダメージを俺は受ける。そしてそのダメージを与えるべく、ネオスの体を覆っていた闇が俺に向かって一気に降り注いだ。

 

「――ッ、ぐ、ぅああぁああッ……!!」

 

 

遠也 LP:2600→100

 

 

 体にのしかかる重圧。それは体だけではなく心にまで侵入してくる。

 心の闇……それがこの攻撃の正体。どこまでも貪欲に心の中へと無遠慮に押し入ってくるソイツの不快感に、俺は叫びだしそうになる。

 血管の中を虫が這いずるような気持ち悪さと苦痛。ネオスはこの感覚にずっと耐えていたというのか。だとしたら、その精神は賞賛に値する。

 十代を助けたいという一心で抵抗を決して止めなかったネオス。なら、俺だってその心に応えてみせる。

 どこまでも、揺るがない己の心。心の深奥にある何人にも侵されない個人の聖域。

 

 “揺るがなき境地(クリアマインド)

 

 その境地へと自らを至らせることで、這い寄る闇は進行を止めた。そして、声高に叫ぶ。

 

 ――消えろ! 十代を助けるんだ……邪魔をするな!

 

 瞬間、視界が白く染まる。

 そして気が付けば、俺は片膝をついて大きく呼吸を繰り返していた。

 

「っ、遠也!」

 

 マナの声に、俺ははっとして立ち上がる。十代が抱える心の闇……あれがダメージを通じて伝わって来たのか。

 俺は呼吸を整えようと一つ息を吐きだし、心配そうに覗きこんでいたマナに対して笑う。

 

「……大丈夫、だ……! ――っそして、攻撃してきたモンスターを除外! 次のお前のターンのエンドフェイズ、俺はそのモンスターの……ネオスのコントロールを得る!」

 

 残っていた痛みを払うように腕を振り、直後に十代の場へと戻っていたネオスが光に包まれる。

 そして除外される瞬間、ネオスの体から一瞬闇が消滅する。除外とはゲームから隔離された空間だ。そこまで心の闇の浸食は及ばないということなのだろう。

 そして消えゆく僅かな時間で、ネオスは十代に振り返った。

 

『十代! 思い出せ! 仲間のことを、友のことを! 前を見るんだ! 君を助けようという友の――』

 

 だが、その言葉は最後まで続かなかった。しかしそれでも、ネオスの言葉は意味があったはずだ。十代は確かにその視線を俺と交わらせたのだから。

 

「ネオスの言葉を聞いたか? あいつはずっと、お前のことを見ていたんだ」

「……くだらん。だからどうしたというのだ」

 

 十代はネオスの訴えを一蹴する。

 その冷たい瞳に動揺はなく、今の言葉が真実であることを俺に告げていた。そのことが、ただ悲しかった。

 

「……お前は弱くなったな、十代」

「愚かだな。お前のライフは僅かに100、俺のライフは1900。比べるまでもない」

 

 俺はにべもなく返されたその言葉に、悲しみを感じずにはいられなかった。

 

「俺の言葉の意味もわからないか……――なら、わからせるまでだ!」

 

 俺の言葉に、十代はふんと鼻を鳴らす。

 

「やってみるがいい」

「はっ、感情が出てきたじゃないか。なぁ、親友!」

 

 俺の言葉に、舌打ちが返ってくる。

 その様子を見て確信する。やはり、ネオスの言葉は無駄ではなかったのだ。

 ネオスが残した必死の言葉が、十代の心に僅かな光を差し込ませていたのである。それが十代の覇王という仮面を揺るがし、感情を表に出させている。

 ならば、あと一押し……好敵手の記憶は、次の相手ターンのエンドフェイズにその真価を発揮する。

 ならば、その時までに何としてでも十代を……!

 

「――遠也。俺はもう、以前の俺とは違う。俺は強く――強くなったのだ!」

 

 その言葉と同時に、風によって巻き起こる砂煙。しかし一時的なものであったそれはすぐに止み、数秒の後にその煙が晴れていく。

 そして再び顔を見せた十代は、変わらず冷たい瞳でこちらを見据えていた。

 

「……強くなった、か」

「そうだ。何も守れなかった俺はもういない。この闇こそが絶対の力……そう、俺は何も取り零すことのない力を手に入れたのだ!」

 

 十代はそう言って拳を強く握る。

 その表情は無表情ながら纏う雰囲気には絶対の自信が感じられる。変わらず氷のように冷たいその瞳にも、どこか熱がこもっていた。

 

「十代くん……やっぱり、あの時のことを……」

 

 マナが声を震わせて十代の姿に嘆きの声を漏らした。

 あの時……つまり、皆を失ってしまった時のことか。それが今の十代には大きなトラウマになっているのだろう。仲間たちへの思いがあまりに純粋であったがために、その悲しみもまた深く、それがこうして十代を覇王にしてしまった。

 今の十代の言葉を聞けば分かる。二度と皆を失うような事態を起こさないために、十代は力を望んだのだろう。そして今、その願いは叶えられた。少なくとも、十代の中では。

 ジム、オブライエン、マナ。この三人の相手を同時にして勝利を収めるほどに。

 しかし、それでも。俺はさっきと同じ言葉を十代に告げた。

 

「――やっぱり、お前は弱くなったよ。十代」

「……戯言を。俺に負けている男が言う言葉に、価値などない。カードを2枚伏せ、ターンエンド!」

「――俺のターンッ!」

 

 十代。たとえお前にわからなくとも、今の俺は以前のお前にあったものを感じられない。

 デュエリストとしての気迫。負けてなるものかという決意。デュエルを楽しむ心。カードを信じる熱い思い。

 今のお前には、それが感じられない。自分の力に自信を持つ今のお前には、そのデュエリストならば持っているはずのものが欠けているとしか思えない。

 だがそれは、本来お前が全て持っていたはずのものだ、十代!

 なら、そんなデュエリストに負けるはずがない。いや、負けられないのだ。

 俺たちが……仲間たち全員が自分の全てを懸けていたもの。それがデュエルだ。そのデュエルに対して、カードを信じず、自分一人の力で臨む今のお前に、負けるわけにはいかない。

 今のお前は、俺たちの友情を繋いできたもの(デュエル)を足蹴にしているのだと気付いていない。

 だから、俺が思い出させてやる。十代、お前が忘れていたものを、必ず――!

 

 

 

 

 


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