遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第78話 覇王Ⅲ

 

覇王 LP:1000

手札5 場・伏せ2枚

 

ジム LP:4000

手札1 場・《新生代化石騎士 スカルポーン》 伏せ2枚

 

オブライエン LP:4000

手札5 場・《ヴォルカニック・エッジ》

 

マナ LP:4000

手札3 場・《ブラック・マジシャン》

 

 

 

「次は俺だ! いくぞ、十代! ドロー!」

 

 オブライエンの声にも力が籠もる。そしてその手札から一枚のモンスターカードを取ると、デュエルディスクに移動させた。

 

「俺は《ヴォルカニック・エッジ》をリリース! 来い、《ヴォルカニック・ハンマー》!」

 

 

《ヴォルカニック・ハンマー》 ATK/2400 DEF/1500

 

 

 ヴォルカニック・エッジが成長し、一回り以上大きくなったような姿を持つモンスター。その効果は、墓地の「ヴォルカニック」1体につき200ポイントのダメージを与えるというバーン効果である。

 そしてヴォルカニック・ハンマーのステータスは、レベル5の攻撃力2400。対して覇王の残りライフは僅かに1000を残すのみだった。

 

「十代の場にモンスターはいない。この攻撃が決まれば俺たちが勝つ。――だが……!」

 

 勝利が目前とわかっていながらも、オブライエンはモンスターへの攻撃の指示を出しあぐねていた。

 何故ならばこの異世界でのデュエルは生死に直結している。ライフポイントがゼロになることは、すなわち命を落とすことと同義なのである。

 それゆえにオブライエンは攻撃できない。攻撃すれば十代のライフが尽きて十代が死ぬ。そんなことを到底できるはずがなかった。

 指示を躊躇うオブライエン。それを見ているマナもオブライエンの気持ちは痛いほどわかるために視線には複雑なものが混ざっている。

 しかし、そんな彼らの迷いをジムが放った言葉が一掃する。

 

「攻撃しろ、オブライエン!」

「ジム!? 何を……」

 

 なぜ十代の命を奪うような行動を促すのか。驚いて横に顔を向ければ、ジムは真剣な表情で赤く輝く右眼を指さしていた。

 

「オリハルコンの眼が教えてくれている……この眼があれば、十代ではなく覇王の意思のみを倒すことができる!」

 

 そう断言するジムの顔に迷いはない。ただ一つ、信じてくれという無言の訴えがあるのみだった。

 

「ジム……! わかった、お前がそう言うならば俺はそれを信じよう!」

 

 志を同じくする友が言うのだ。なら、疑う必要などあるはずがない。

 頷いたオブラインは、ただ真っ直ぐに覇王を見据える。そして覇王を倒すべく口を開いた。

 

「俺はヴォルカニック・ハンマーで十代にダイレクトアタック!」

 

 ついに下された攻撃の指示。その指示に従い、ヴォルカニック・ハンマーが大きく首をのけぞらせ、その口から特大の火炎球を吐き出した。

 その軌道は覇王へと一直線に向かっている。これが直撃すれば、覇王といえどひとたまりもないだろう。

 

「これが決まれば……!」

 

 十代を取り戻す未来に指がかかった、そう思ったマナが意気込んで言いつつヴォルカニック・ハンマーが放った攻撃の終着点に視線を向ける。

 そして、目を見開いた。

 覇王の場に伏せられていた一枚のカードが起き上がっていたからである。

 

「――その攻撃の前にこの罠カードが発動している」

「なに……!?」

 

 オブライエンは焦燥を滲ませながら。覇王はあくまで淡々と。

 カードの効果を説明するべく口を開いた覇王の目前で、そのライフを削り取ろうとしていた炎が掻き消えた。

 

「罠カード《歓喜の断末魔》。相手のメインフェイズ、相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの攻撃力を0にする」

 

 

《新生代化石騎士 スカルポーン》 ATK/2000→0

《ヴォルカニック・ハンマー》 ATK/2400→0

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500→0

 

 

 地獄の底に蠢く悪意が凝縮されたような叫び声がフィールドを包む。三人も思わず耳を塞いだその声によって、フィールド上のモンスターたちの攻撃力は最低値である0にまで下がってしまう。

 攻撃力が0ならばヴォルカニック・ハンマーの攻撃は意味がない。覇王の前で攻撃が消えてしまったのも、攻撃力が0になっていたからなのだろう。

 オブライエンが苦虫を噛み潰したような顔になる。だが、歓喜の断末魔の効果はそれだけではなかった。覇王の声が続く。

 

「更にこの効果で攻撃力を0にしたモンスターの元々の攻撃力の合計分、ライフポイントを回復する」

「な、なんだとッ!?」

 

 攻撃力を0にする効果に加え、その数値をそのまま自身のライフに変換する効果。オブライエンでなくとも思わず声を上げていただろうその効果。それによって、1000にまで減らした覇王のライフが急速に回復していく。

 

 

覇王 LP:1000→7900

 

 

 初期値の二倍近くにまで膨れ上がったライフ。これでは敵に塩を送ったようなものだった。

 

「く……カードを1枚伏せて、ターンを終了する!」

 

 苦渋に満ちた顔でオブライエンはターンの終了を宣言した。

 ヴォルカニック・ハンマーのバーン効果も攻撃を宣言してしまった以上は使うことが出来なかった。相手に利することしか出来なかったことを、オブライエンは次のターンプレイヤーであるマナに詫びた。

 

「すまない、マナ……!」

 

 マナはそれに「大丈夫だよ」と笑みを返す。

 実際オブライエンでなくても覇王のあの行動は止められなかっただろうし、覇王のライフをあそこまで回復させてしまったのはブラック・マジシャンなどもフィールド上にいたからだ。そう考えれば、オブライエン一人の責任ではなかった。

 しかしオブライエンが自分を責める気持ちもわかる。ならば、マナはその気持ちも背負って戦うだけだった。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを確認し、いいカードが来てくれたと口端を上げる。マナは内心でよしと頷き、そのカードを手札に加える。

 

「私はブラック・マジシャンをリリースして、《ブリザード・プリンセス》をアドバンス召喚!」

 

 

《ブリザード・プリンセス》 ATK/2800 DEF/2100

 

 

 短くも美しい青い髪、白を基調にしたドレスを身に纏う氷の王女。しかしその手に握られた巨大な氷のモーニング・スターが、プリンセスというにはいささか似つかわしくないイメージを見る者に抱かせる。

 マナの場にいたのは攻撃力0のブラック・マジシャン。ならばいっそリリースしてしまえば無駄がない。ブリザード・プリンセスはそういう意味でベストのモンスターだった。

 

「このカードは魔法使い族1体をリリースして召喚できる! そしてアドバンス召喚に成功したターン、相手は魔法・罠カードを発動できない!」

 

 魔法使い族をリリースすれば、攻撃力2800を誇るレベル8の最上級でありながら実質上級モンスターとしての運用が可能になる。

 そのうえ一時的な大寒波の効果まで内蔵しているというのだから、まさにうってつけだった。

 

「ブリザード・プリンセスで十代くんにダイレクトアタック! 《コールド・ハンマー》!」

 

 たとえ伏せカードがあろうと、このターンに限っていればそれは意味がない。更に覇王のフィールドには依然としてモンスターは1体もいないのだ。

 ぶんぶんと風を切る音を響かせながらモーニング・スターを振り回し、ブリザード・プリンセスはその細腕からは想像もできない怪力によってハンマー部分となる氷塊を覇王の目の前に炸裂させた。

 

 

覇王 LP:7900→5100

 

 

 ダイレクトアタックの成功。それによって大きくそのライフを削り取ったのを確認しながら、自分の場に戻ってきたブリザード・プリンセスにお疲れさまと声をかける。

 そして一枚のカードを手に取ると、それをディスクに差し込んだ。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 そして再び、覇王のターンが訪れる。

 

「……ドロー」

 

 カードを引く。そして一枚のカードをディスクに読み込ませた。

 

「魔法カード《テイク・オーバー5》を発動。デッキの上からカードを5枚墓地へ送る。カードを2枚伏せ、ターンエンド」

 

 十代はカードガンナーをはじめ墓地を活用することが多いが、その中でもこれは墓地肥やしにおいて最高峰のカードだろう。デッキから5枚ものカードを一気に墓地へ送れるのだから。

 5枚を選択して墓地へ落とす苦渋の選択ほどではないとはいえ、それでもたった一枚の魔法カードだけで驚異的なまでに墓地が肥えた。

 墓地に落ちたカードが何かはわからないが、恐らくは引きの強い十代のこと。展開に有利なカードが落ちていると見るべきだろう。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ジムはそんな思考をしつつカードを引く。

 相変わらず十代の場にモンスターはいないが、その理由を彼は薄々察していた。

 いや、恐らくはオブライエンとマナも既に予想がついているだろう。

 十代は恐らく“ふるい”にかけているのだ。ジムたち三人が自分が戦うに値する戦士であるかどうか。

 こうしてチャンスを与え、自分を倒せるほどの力を持つか否か。それを見極めようとしているのだとジムは思っていた。そしてその推測は実のところ、的を射たものであった。

 まったく舐められたものだ、とジムは嘆息する。普通はそんな倒されることを望むような真似をしようとは思わない。覇王はそれだけ自分の強さに自信があるということなのだろうが。

 しかし、その傲慢が命取りだ。それは自信ではなく驕りであると教えてやる。

 そう息巻いて、ジムはカードをデュエルディスクに読み込ませた。

 

「俺は手札から魔法カード《タイム・ストリーム》を発動! ライフポイントを半分払い、新生代は中生代へと逆進化する! スカルポーンをエクストラデッキに戻し、現れろ《中生代化石騎士 スカルナイト》!」

 

 

ジム LP:4000→2000

 

 

《中生代化石騎士 スカルナイト》 ATK/2400 DEF/900

 

 

 兵士から騎士へ。人型ではあるものの未だ知性を感じるとは言いづらかった容姿のスカルポーンが、今度はより洗練された姿へと進化していく。

 鎧はすすけた黄土色になり、兜と肩当てに脛当てというシンプルなものに。左手には同色の盾を持ち、骨を削っただけの槍は鉄製の大剣へと変化する。

 怪物じみていた体も人間の骨格へと変わったことで、背筋を伸ばして立つその姿はまさしく騎士にふさわしい。

軽く剣を素振りして、スカルナイトはその切っ先を覇王へと向けた。

 

「更に魔法カード《奇跡の穿孔》を発動! デッキから岩石族モンスターの《サンプル・フォッシル》を墓地に送り、その後カードを1枚ドローする!」

 

 ディスアドバンテージの生じない《おろかな埋葬》。岩石族専用の非常に有用なカードだ。

 更に。

 

「罠発動、《岩投げアタック》! デッキから岩石族の《フォッシル・ダイナ パキケファロ》を墓地へ送る! そして相手に500ポイントのダメージを与える!」

 

 墓地へと送られる直前、フォッシル・ダイナ パキケファロが大岩を一つ覇王に向かって投げつける。それは覇王のすぐそばに着弾し、そのライフを削った。

 

 

覇王 LP:5100→4600

 

 

 だが、ダメージはおまけでしかない。ジムの狙いは、岩石族を墓地へ落とすことであった。

 何故ならば彼の手札にある切り札は墓地の岩石族を除外して特殊召喚するモンスターだからだ。そしてその維持にも墓地の岩石族が必要になる。

 ゆえに墓地を肥やした。そしてそれが達成された今、これからすることなど決まりきっていた。

 

「――このカードは、墓地の岩石族モンスター2体を除外することで特殊召喚できる! 俺は《サンプル・フォッシル》と《フォッシル・ダイナ パキケファロ》を除外する!」

 

 墓地に存在していた二体が光と共に消えていく。そしてこれでついにジムの手札にあるモンスターの召喚条件が満たされた。

 ジムはそのカードを掲げ、空へと手を伸ばして高らかに宣言する。

 

「今こそ灼熱の地中より現れろ!」

 

 直後、大地が震え地響きがフィールド上に木霊する。揺れる大地に誰もが地につけた足に力を入れる中、ジムは振り上げていた手を大地に向かって振り下ろした。

 

「来い! 《地球巨人 ガイア・プレート》!」

 

 その名が呼ばれることを待っていた。そう思わせるほどに、ジムの宣言に合わせて彼らがデュエルしている一本道の下――マグマの底から巨大なモンスターが飛び出してくる。

 岩をくっつけて人型を作ったモンスター。言ってしまえばそれだけの容姿。しかしその岩の一つ一つが人間よりも一回り以上大きいのだから、それらが合わさった大きさは筆舌に尽くしがたい。

 巨大であることはそれだけで脅威である。それを実感させるようなモンスターだった。

 

 

《地球巨人 ガイア・プレート》 ATK/2800 DEF/1000

 

 

「これが俺の切り札だ! 出し惜しみはしない……! 十代、全力でお前を取り戻す! 更に罠発動、《化石岩の解放》! 除外されている岩石族1体を特殊召喚する! 蘇れ、《フォッシル・ダイナ パキケファロ》!」

 

 

《フォッシル・ダイナ パキケファロ》 ATK/1200 DEF/1300

 

 

 ジムは決意の言葉と共にその指を攻撃目標へと突きつけた。

 

「バトル! フォッシル・ダイナ パキケファロで十代にダイレクトアタック! 《クラッシュ・ヘッド》!」

 

 

覇王 LP:4600→3400

 

 

「フォッシル・ダイナ パキケファロは攻撃のあと守備表示になる! 更にスカルナイトの追撃! 《ナイツスラッシュ》!」

 

 スカルナイトが指示に従って飛び出し、その手に持った剣を上段に構える。素早く覇王へと接近したスカルナイト、あとはその剣を下ろせば勝負が決まる――その時。

 覇王の場に伏せられていた一枚のカードが表側表示へと変更される。

 

「――速攻魔法《死者への供物》。相手モンスター1体を破壊する。スカルナイトを破壊」

「なにッ!?」

 

 ジムの驚きの声と同時、覇王に肉迫していたスカルナイトは爆発と共に倒れ墓地へと送られていく。モンスター除去系の速攻魔法。そんなカードが伏せてあったとは、とジムは悔しさをその顔に滲ませる。

 

「ただしこのカードを発動した場合、次のターンのドローフェイズは訪れない」

 

 さすがにノーコストで発動できる性能ではないため、そのぶん覇王には次のターンのドローを封じるという厳しいデメリットが課せられる。

 これでこのターンで覇王を倒すことは不可能となった。しかし。

 

「まだだ! ゆけ、地球巨人 ガイア・プレート! 《プレート・テンペスト》!」

 

 それならば、ジムは後の仲間のために力を尽くすまでだった。

 指示が下されるやいなや、ガイア・プレートがその巨体を僅かに沈ませると、一気に空へと飛び上がる。

 その巨体から想像もできない身軽さで中空へとその身を躍らせたガイア・プレートは、何の変哲もない拳を思い切り振りかぶった。

 しかしその拳は巨岩で出来ている時点で純粋な凶器以外の何物でもない。それが叩き込まれればひとたまりもないだろう一撃を引っ提げて、いよいよガイア・プレートが引き絞った腕を覇王が立つ下方に向けて押し出した。

 風を切り、迫る豪腕。そして繰り出された拳は、覇王の前に展開された障壁によって防がれていた。

 

「罠発動、《ドレインシールド》。相手の攻撃を無効にし、その攻撃力分のライフを回復する」

 

 

覇王 LP:3400→6200

 

 

 ガイア・プレートの攻撃力2800がそのまま覇王のライフへと吸収される。それによって再び覇王のライフは大幅に回復し、6200ポイントにまで上昇。

 己のフィールドに戻ってきたガイア・プレートの背中越しに、ジムは涼しげな顔をする覇王に唇を噛むしかなかった。

 

「く……ターンエンドだ」

 

 これで自分のターンは終わった。だが、自分は一人で戦っているのではない。

 ジムは横に立つオブライエンに視線を移す。頼んだ、と信頼の心を眼差しに含めたそれを受け、正しくその意志を読み取ったオブライエンは強く頷いて前を見た。

 

「まだ安心するには早いぞ、十代! 俺のターン!」

 

 デッキから引いたカード、それを確認したオブライエンの口角が持ち上がる。

 それは彼のデッキにおける最強のモンスター。そして今の手札には、その召喚に必要なパーツが全て揃っていた。

 

「いくぞ! リバースカードオープン! 永続魔法《ブレイズ・キャノン》! 更に《ブレイズ・キャノン》を墓地へ送り、《ブレイズ・キャノン-トライデント》を発動する!」

 

 共に永続魔法に分類される二枚の魔法カード。

 ブレイズ・キャノンは手札の攻撃力500以下の炎族モンスター1体を墓地へ送ることで相手モンスター1体を破壊する効果を持つ。

 そしてブレイズ・キャノン-トライデントはその発展系。自分フィールド上のブレイズ・キャノンを墓地へ送ることで発動し、手札の炎族モンスター1体を墓地へ送ることで相手モンスター1体を破壊して500ポイントのダメージを与える効果を持つ。

 発展系というだけあって、手札から捨てるカードに攻撃力の制限はなくなり、更にバーン効果まで付属している。ただし両者とも共通して、この効果を使う場合は自分のモンスターは攻撃できないというデメリットがある。

 ともに強力な除去カードではあるが、いま覇王の場にモンスターはいない。ならば発動しても意味はないが……しかし。

 オブライエンが操るカードの中には、ある特殊な召喚条件を持つモンスターが存在している。そしてそのためにこれらのカードの発動は欠かせないものだった。

 

「このカードは、ブレイズ・キャノン-トライデントを墓地へ送ることで特殊召喚できる! 今こそ煉獄の炎より出でよ! 《ヴォルカニック・デビル》!」

 

 オブライエンの宣言と同時、彼らが戦う場の下に流れる溶岩が間欠泉のごとく下から噴き出して一本の柱となる。

 そしてその中から溶岩を切り裂いて現れたのは、全身を漆黒の装甲に包んだ二足歩行する竜のような外見を持つ悪魔だった。その頭部には溢れる熱が炎となって噴き出しており、体の至る所に赤く発光する火の輝きが線となって走る。

 鋭い眼光、鋭い牙。そして鋭い爪を勢いよく広げて、ヴォルカニック・デビルはけたたましい咆哮を上げた。

 

 

《ヴォルカニック・デビル》 ATK/3000 DEF/1800

 

 

 これがオブライエンのデッキにおける切り札。相手の攻撃を自身へ誘導する効果を持ち、更に相手モンスターを戦闘破壊した時に相手の場のモンスターを全滅させる効果を持つ。

 更にその効果で破壊したモンスター1体につき500ポイントのバーンまで行うというのだから、その強さは折り紙つきだ。猛る炎を凝縮したような効果は、パワフルの一言に尽きる。

 しかもその攻撃力は3000ポイント。たとえ今のように相手にモンスターがいない状況であっても、その攻撃力の高さは立派な脅威であった。

 

「バトル! ヴォルカニック・デビルでダイレクトアタック! 《ヴォルカニック・キャノン》!」

 

 ヴォルカニック・デビルが下された指示に雄叫びを放つ。そしてその頭を僅かにのけぞらせると、勢いをつけて前方へと突き出して口を大きく開いた。

 瞬間、その口腔から飛び出す紅蓮の熱球。高速で放たれたそれは宙を総べるようにして覇王へと向かい、その身を砕かんばかりに襲い掛かった。

 

 

覇王 LP:6200→3200

 

 

 3000ものダメージの直撃。これにはさすがの覇王も堪えたのだろう。わずかに後ずさり、一瞬眉を顰めた。

 

「ヴォルカニック・ハンマーを守備表示に変更! そしてその効果により、200ポイントのダメージを与える!」

 

 

覇王 LP:3200→3000

 

 

 墓地のヴォルカニック1体につき200ポイントのダメージを与える効果。攻撃力0になっているため攻撃しても意味がないが、この方法であれば微々たるものだがライフを削ることが出来る。

 ほんの200ポイントだからと勝ちへと近づくチャンスを逃すほどオブライエンは愚かではない。ましてこのデュエルには十代の身も懸かっているのだ。出し惜しみをしている場合ではないのである。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 フィールドに伏せカードが現れ、オブライエンのターンが終わる。

 そして先ほどのジムと同じようにオブライエンは横のマナへと目を移した。

 それを感じたマナもオブライエンと視線を合わせ、互いに頷く。

 

「任せたぞ、マナ!」

「うん! ジムくんとオブライエンくんの思い、私が届けてみせる! ――私のターン!」

 

 託された二人の意志。それをこのターンで形にしてみせる。そう意気込んでマナはカードをドローした。

 覇王のライフは残り3000。このターンで削り取ることも不可能ではない。

 

 ――ううん、絶対にやってみせる!

 

 二人が繋いでくれた気持ちを決して無駄にはしない。翠の瞳に熱い思いをたぎらせ、マナは真っ直ぐに覇王を見つめた。

 

「魔法カード《思い出のブランコ》を発動! 墓地の通常モンスター1体をこのターンのエンドフェイズまで復活させる! もう一度お願い、《ブラック・マジシャン》!」

 

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

 

 再びフィールドに姿を現す最上級魔術師。その背中の向こうで、マナは「更に」と言葉を続けた。

 

「装備魔法《団結の力》をブラック・マジシャンに装備! 私の場に存在するモンスターの数×800ポイント、つまり攻撃力を1600ポイントアップさせる!」

 

 ブラック・マジシャンが己の魔力を高めていく。溢れ出る黒いエネルギーがその力を増幅させていく中、途中で青い魔力もその中へと混ざっていく。

 それはブリザード・プリンセスから送られてくる魔力だった。仲間の力を自身の攻撃力へと昇華させ、ブラック・マジシャンは溢れ出る力を陽炎のように揺らめかせながら、ブラック・マジシャンは覇王のフィールドを見据えた。

 

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500→4100

 

 

 覇王の場にモンスターはいない。そしてそのライフはブラック・マジシャンの直接攻撃で削り切れる値だ。

 そしてマナの場には攻撃力2800のブリザード・プリンセスも健在である。その総攻撃力は、実に6900ポイントにまで達する。

 

「バトル! ブリザード・プリンセスで十代くんに攻撃! 《コールド・ハンマー》!」

 

 まずはブリザード・プリンセスがマナのフィールドから飛び出し、大きく振りまわして遠心力を加えた特大の氷塊を豪快に覇王へと叩きこむ。

 

「……っ」

 

 

覇王 LP:3000→200

 

 

 たまらずたたらを踏む覇王。そしてこの攻撃が通ったことにより、その残りライフはついに僅か200。

 そしてマナのフィールドには、いまだ攻撃の権利を有するブラック・マジシャンが存在していた。

 

「頼む!」

「決めろ、マナッ!」

 

 ジムとオブライエン。二人の声にマナは頷き、心の中で決死の祈りを続けながらその細い指を空に掲げた。

 

 ――どうか私たちの声を届けて……ブラック・マジシャン!

 

 そして直後、マナの指先は空から地上へと振り下ろされ、天空を示していたそれは覇王へと向けられた。

 

「お願い――! ブラック・マジシャンで十代くんに攻撃! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》ッ!」

 

 マナの、ジムの、オブライエンの。三人の思いが今ブラック・マジシャンの杖先へと集まって一つの巨大なうねりを作り出す。

 ブラック・マジシャン自身を覆うほどの魔力塊となったそれを最上級魔術師は巧みに操って頭上へと結集させると、裂帛の声と共に右手に握った杖を指揮棒のように振るって覇王へと突きつけた。

 瞬間、方向性を加えられた魔力がブラック・マジシャンの頭上から一気に覇王へ向かって流れだす。それはまるで風に押されて突き進む嵐のように。三人の思いによって後押しされた一撃が、覇王を倒す雷となってその身に襲い掛かろうとしていた。

 

「戻って……――十代くんッ!」

 

 願い、祈り。どんな言葉でもいい。マナはただ必死にその結末を望んで声を上げた。

 ジム、そしてオブライエンも同じ気持ちだった。この攻撃で覇王のライフを0にして、十代を取り戻す。覇王という壁を取り払い、十代に自分たちという仲間がいることを思い出させてやる。

 決して自分は一人ではないのだと教えてやるのだ。……打ちひしがれる友を救うために。

 だから。

 

「届け……!」

「届け!」

「届いてっ!」

 

 三人の声が重なる。十代のことを呼ぶ声が。

 そしてその呼びかけが実を結ぶ時は刻一刻と近づいていた。ブラック・マジシャンから放たれた一撃は既に覇王の目前へと迫り、その牙はついに覇王に突き立てられようとしていたからだ。

 勝った――。そう三人の心にそんな安堵にも似た思いが去来した、その時。

 ブラック・マジシャンの攻撃は覇王に着弾する寸前で、弾かれるようにして掻き消えた。

 

「――罠カード《ガード・ブロック》。この戦闘ダメージを0にし、カードを1枚ドローする」

 

 どこまでも無感動、機械的に覇王はデッキからカードをドローする。

 ガード・ブロック。元は遠也がよく使い、そして今では通常パックにも収録されるようになって一般的にも広まってきた罠カード。

 そのレアリティは高くない。それゆえに十代も手に入れ、このカードをデッキに組み込んでいたのだろう。

 

「……そんな……」

 

 マナの口から愕然とした声が漏れる。

 今の攻撃は最高の一撃だった。自分と、ジムにオブライエン。三人の思いを込めた一撃だったのだ。

 それが防がれた。その事実が与える衝撃は思った以上に大きかった。

 

「く……!」

「まだ……まだ駄目だというのか……!」

 

 二人もまた口惜しそうに唸る。最大のチャンスと言っても過言ではない好機であっただけに、一層それを掴み取れなかったことが悔やまれた。

 それに覇王の残りライフは変わらず危険領域ではあるが、次のターンはその覇王である。それを思えば、ここで決めておきたかったというのが正直な気持ちだった。

 それはマナも同じだっただろう。いささか消沈した面持ちで、マナは振り絞るように言葉を吐き出した。

 

「……カードを1枚伏せてターンエンド……、そしてブラック・マジシャンは思い出のブランコの効果で墓地に戻る……」

 

 まるで幻のように消えていくブラック・マジシャン。これでマナの場にはブリザード・プリンセスが一体のみとなった。

 だが、まだだ。まだ諦めるには早い。

 マナはそう気持ちを新たにして自分を奮い立たせる。

 覇王のライフは200ポイント。対してマナのライフは4000のままであるし、オブライエンも同様だ。ジムのライフこそ自身の魔法カードの効果で2000となってはいるが、ダメージを受けたわけではない。

 だから、まだ希望はある。希望がある限り、諦めてなるものか。

 そうしてマナは俯きそうになった顔を上げて前を向く。そして再び視界に覇王の姿を収め――その口が小さく動くのを見て取った。

 

「……ここまでか」

 

 ただ一言。ぽつりとこぼしたその声に、どういう意味かと問いを発する暇もなく覇王は言葉を続けた。

 

「ならば、もういい」

 

 諦めきった口調。失望を滲ませた声で言った覇王に、一瞬マナたちは息を呑んだ。

 そしてその間に、覇王はターンプレイヤーとしてデュエルを進行させていく。

 

「死者への供物の効果により、ドローは出来ない。だがこのスタンバイフェイズ、テイク・オーバー5の効果が発動する」

 

 テイク・オーバー5。ひとつ前の覇王のターンに発動したデッキの上からカードを五枚墓地へ送る魔法カード。

 このカードにはまだ効果が二つある。一つはこのカードが墓地にある限り、自分のカードの効果でデッキからカードを墓地へ送れない効果。

 そしてもう一つは、

 

「スタンバイフェイズにこのカードが墓地にある時、手札・デッキ・墓地のこのカードと同名カードを除外することでカードを1枚ドローできる。ドロー」

 

 自身と同名カードを除外することで、スタンバイフェイズにカードをドローする効果である。

 この効果は除外する枚数を指定していない。そのため、一枚除外するだけでもドロー効果は使用できる。一枚採用するだけで実質ノーコストで墓地肥やしを行うカードに化けるのである。

 ドローフェイズこそ封じられているが、ドローそのものを封じられたわけではない。覇王のこれはその抜け穴を突いた戦術と言える。

 恐らくはここまで覇王は考えていたのだろう。その周到さに、三人は驚きを隠せない。

 そして今。覇王は長い雌伏の時を終え、ついに行動を起こそうとしていた。

 

「このカードは、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、手札から攻撃表示で特殊召喚できる」

 

 覇王が静かに口にした召喚条件。

 それにマナは思わず、え、と困惑の声を漏らしていた。

 何故ならば、そんな召喚条件を持つE・HEROをマナは知らなかったからだ。

 三人の中でマナは十代との付き合いが最も長い。それゆえ、そのデッキに存在しているHEROについても熟知している。もちろん他のモンスターについてもだ。

 しかし、そんな効果を持つモンスターをマナは知らない。無論、新たに加わったカードである可能性もあるが……。

 そんなマナの思考に対する答え、それはこの直後に示された。

 

「――来い、《E-HERO(イービル・ヒーロー) ヘル・ブラット》」

 

 現れるのは体格のいい人型のモンスター。どこか昆虫を思わせる節のついた筋肉を黒い甲殻が随所を覆い隠している。背中から生えた羽もやはり昆虫を思わせるものであり、その目は複眼のそれに近い。

 また頭部からは鋭く大きな角が生えており、翼のような見た目でありながら触覚のようにもとれる不思議な印象のそれは、全体的に黒を纏っていることもあり不気味な印象を抱かせるものだった。

 

 

E-HERO(イービル・ヒーロー) ヘル・ブラット》 ATK/300 DEF/600

 

 

 その口元にはこちらを嘲るような笑みが張りついている。腰部から伸びる尻尾を揺らしながら、ヘル・ブラットと呼ばれたそのモンスターは薄ら笑いを浮かべたまま覇王の前に立った。

 そして、そのモンスターを前にした三人は思わず言葉を失っていた。それはそのモンスターの名前が、想像も出来なかった類のものであったからだ。

 すなわち。

 

E・HERO(エレメンタル・ヒーロー)じゃ……ない?」

 

 マナがこぼしたその一言が全てだった。

 十代のデッキに存在するHEROは「E・HERO」だけであったはずなのだ。「E-HERO」など聞いたこともない。

 まして、そのHEROの名に含まれるのは「イービル」――悪魔である。嘲笑を浮かべる邪悪なモンスター。そんな存在を十代が従えているとは、信じられなかったのである。

 だがしかし、現実に十代のフィールドにはそのモンスターがいる。その衝撃が抜けきらぬままフィールドを見つめる三人の前で、覇王は更なる行動を起こしていく。

 

「魔法カード《HEROの遺産》を発動。墓地にレベル5以上のHEROが2体以上いる時、デッキからカードを3枚ドローできる。墓地には《E-HERO マリシャス・エッジ》と《E・HERO ネクロダークマン》、《E・HERO ネオス》が存在している。3枚ドロー」

「ネオス……」

 

 大幅なドローを行う覇王を見つつ、マナは唐突に出てきたその名前をぽつりと呟いた。

 恐らくはテイク・オーバー5を使用した時に墓地に落ちていたのだろうが、十代のエースとして常に活躍し十代を支えてきた彼は今何を思っているのか。覇王となった十代を見ていると、それを間近で見ていたであろうネオスの心情は推し量れないものがあった。

 

「更に、《E-HERO ヘル・ゲイナー》を召喚」

 

 

《E-HERO ヘル・ゲイナー》 ATK/1600 DEF/0

 

 

 覇王のフィールドに現れる新たなE-HERO。ヘル・ブラットとどこか似た容姿を持つ悪のHEROは、ヘル・ブラットがレベル2であるのに対してそのレベルは4とわずかに高い。

 そのためか、その容姿は互いに共通項が見出せるものであっても、ヘル・ゲイナーのほうはより禍々しいものになっている。黒い鎧のような装甲より生える幾つもの刃に、鋭い爪。

 悪魔族に属する異形のHEROたち。これまでの十代ならば有り得ないそれらのモンスターを操る覇王の姿に、彼らは知らず呑まれていた。

 

「――悪魔族専用融合カード《ダーク・フュージョン》を発動。手札のフェザーマンとバーストレディを融合。現れろ、《E-HERO インフェルノ・ウィング》」

 

 十代にとって馴染み深いモンスターであるフェザーマンとバーストレディ。一瞬フィールドに姿を現した彼らもまた、マナたちが知る姿とは微かに異なっていた。

 浅黒い肌に爛々と輝く瞳。正気を感じさせないそんな姿の二体が、覇王の頭上に出現した闇色の渦に吸い込まれて消えていく。

 そうして現れるのは、これまでフェザーマンとバーストレディの融合体としては存在していなかった女性体のHERO。バーストレディを基礎としたのだろう体に、その身を覆ってしまうほど巨大な漆黒の翼。

 顔の半分を隠すバイザーの下で、インフェルノ・ウィングは小さく覗く口に嗜虐的な笑みを浮かび上がらせた。

 

 

《E-HERO インフェルノ・ウィング》 ATK/2100 DEF/1200

 

 

「ダーク・フュージョン……悪魔族専用の融合だと!?」

「十代……お前にとってE・HEROは、もはやE-HEROの踏み台でしかないとでも言うのか……!」

 

 オブライエンとジムの二人が、信じがたいとばかりに声を荒げる。あれほどまでにE・HEROたちを信じ愛していた十代が、彼らの結束の力を悪しき方向へと曲げてしまったことが二人には信じられなかった。

 そして、マナも。彼女は自身もデュエルモンスターズの精霊である。だからこそ、二人よりもある意味においてはE・HEROたちの気持ちがわかるつもりだった。

 実際に彼らの声が聞こえたわけではない。しかし、マナは確信していた。E・HEROたちは今、嘆いている。十代が変わってしまったことに、それを自分たちが止められなかったことに。

 その悲しみはマナにも痛いほどよくわかった。これは精霊にしかわからない気持ちだったかもしれない。

 マナは思う。十代の下に集うE・HEROたちも仲間であると。ならば、十代だけではない。彼らもその悲しみの中から助け出してあげたいと。

 そう決意を新たにするが、しかし。その目的の前に立ち塞がる壁は、高く、そして険しかった。

 

「ダーク・フュージョンで融合召喚されたモンスターはこのターン、魔法・罠・効果モンスターの効果では破壊されない。更に装備魔法《フュージョン・ウェポン》をインフェルノ・ウィングに装備。レベル6以下の融合モンスターの攻撃力と守備力を1500ポイントアップする」

 

 

《E-HERO インフェルノ・ウィング》 ATK/2100→3600 DEF/1200→2700

 

 

 インフェルノ・ウィングの右腕に赤黒く輝く光が集束する。不気味に右腕に融着したそれを、インフェルノ・ウィングは愉しげに笑って見下ろした。

 

「魔法カード《天使の施し》を発動。デッキから3枚ドローし、2枚を捨てる。更に《命削りの宝札》。手札が5枚になるようにドローし、5ターン後に全ての手札を捨てる」

 

 最高級の手札増強カード。残り手札が一枚という状況で発動されたそれに、三人の顔が焦燥に揺れた。

 しかし、覇王の……いや十代の真骨頂はここからであった。

 

「《ホープ・オブ・フィフス》を発動。墓地の「E・HERO」、ネクロダークマン、スパークマン、フェザーマン、ワイルドマン、ネオスをデッキに戻し、2枚ドロー」

 

 いくつかのHEROはフィールドに現れていない。恐らくはテイク・オーバー5か、今の天使の施しの時に墓地に落ちていたのだろう。

 しかし、ここで更なるドローソース。十代が持つ奇跡のドローの力は常にみんなに頼もしさを感じさせてくれていたが、いざ敵になるとそれは脅威と言う他なかった。

 

「魔法カード《残留思念》を発動。墓地のモンスター2体を除外し、このターン受ける全てのダメージを0にする」

 

 何故このタイミングでそんなカードを、と三人の脳裏に怪訝な思いが浮かぶ。

 だが、それを問う暇などなく覇王の行動は続いていく。

 

「ヘル・ゲイナーの効果発動。このカードを2ターン後の未来まで除外することで、自分フィールド上の悪魔族モンスターはこのターン2度の攻撃が可能になる」

 

 ヘル・ゲイナーが不敵に笑いながらその身を光の粒子と化して消えていく。そしてその場に残った光の残滓は全てインフェルノ・ウィングへと吸収されていった。

 攻撃力3600の、更に二回連続攻撃。まさしく脅威としか言いようがない敵を前に、ジムたちの頬に一筋の汗が伝う。

 そんな彼らの前で静止するインフェルノ・ウィングと、その奥で佇む操り手たる覇王。そして、覇王はゆっくりとその右手をインフェルノ・ウィングに向けてかざした。

 

「――バトル。インフェルノ・ウィングでヴォルカニック・デビルを攻撃。《インフェルノ・ブラスト》」

 

 直後、甲高い怪鳥の声を上げて飛び上がるインフェルノ・ウィング。フュージョン・ウェポンが装備された右手にあらん限りの炎が集まっていき、特大の火炎球を形作る。

 嗜虐性に満ちた笑みをその顔に張り付かせ、インフェルノ・ウィングは一気にその炎をオブライエンの場のヴォルカニック・デビルに向けて解き放った。

 一拍、そして直撃。炎属性炎族のヴォルカニック・デビルだったが、灼熱を超える闇の炎を耐え切ることはできなかった。

 苦悶の叫びを上げつつ爆発とともにその身は散り、残るのはその余波である爆風のみだった。

 

「ぐ、ヴォルカニック・デビル……ッ!」

 

 

オブライエン LP:4000→3400

 

 

 腕を顔の前に掲げて爆風を防ぎながら、オブライエンは自身が最も信を置くデッキの切り札の最後に、呻くようにしてその名を呼ぶ。

 だが、余韻に浸ることは許されなかった。なぜなら、インフェルノ・ウィングは覇王の場に戻ることなく、オブライエンの目の前に迫っていたからだ。

 

「なッ……!?」

 

 一メートルも間にない距離で、インフェルノ・ウィングが止まる。そしてオブライエンの顔を覗き込むと、にたりと笑った。

 

「インフェルノ・ウィングの効果発動。破壊した相手モンスターの攻撃力か守備力、どちらか高いほうの数値分のダメージを与える」

「な、なんだと!?」

 

 十代のエースの一体、フレイム・ウィングマンを想起させるその効果。しかしインフェルノ・ウィングのそれはフレイム・ウィングマンの効果を上回るものだった。

 何故ならばフレイム・ウィングマンの効果は攻撃力のみを参照するのに対し、インフェルノ・ウィングの効果は攻守のどちらか高いほうである。つまり、守備に特化したモンスターであっても大ダメージに繋げることが出来るのだ。これはフレイム・ウィングマンには出来なかったことである。

 同じ融合素材を持ちながら、その能力には差が生じる。これが悪が持つ力であるというのならば、覇王は……十代はこの強さが持つ魅力に抗うことが出来なかったのだろう。

 仲間を守れなかった後悔ゆえに。しかしその後悔は十代が持つ優しさの証でもあった。

オブライエンは十代が持つ優しさにつけこんだ覇王に、怒りを覚える。そしてその力の結果ともいえる目の前のインフェルノ・ウィングを強く睨むが、彼女から返ってくるのは優勢を確信した喜悦の笑みのみ。

 そして、インフェルノ・ウィングがゆっくりとその右腕をオブライエンに突きつけた。

 

「――《ヘルバック・ファイア》」

 

 覇王の声。そして直後、オブライエンの体はインフェルノ・ウィングより放たれた豪炎に包まれた。

 

「く、がぁあああぁああッ!!」

 

 

オブライエン LP:3400→400

 

 

 オブライエンのライフが減少する。しかしそれ以上に、この炎はオブライエンの精神を削り取っていった。この世界でのデュエルは死に直結する。今その終末へと一歩近づいた恐怖と、身を焼かれる炎の痛み。それらが合わさり、オブライエンの意識を蹂躙する。

 

「オブライエン!」

「オブライエンくん!」

 

 ジムとマナが絶叫を響かせたオブライエンに駆け寄る。炎が消え去り、インフェルノ・ウィングが覇王の場に戻っていき、オブライエンは膝から崩れ落ちた。

 それでもどうにか倒れこむことだけはすまいと拳を地面に叩きつけて身を起こすが、四つん這いになったままオブライエンは立つことが出来なかった。

 ジムとマナがオブライエンの体に触れる。手に伝わる熱さにオブライエンの負った痛みを感じ取り、二人はぎゅっと口を引き結んだ。

 オブライエンのライフは残り400。それでなくても、かなりのダメージを受けている。このままでは危険だと二人は思わざるを得なかった。

 しかし。

 

「ヘル・ゲイナーの効果。インフェルノ・ウィングはこのターン、もう一度だけ攻撃を行うことが出来る」

 

 覇王の言葉が耳朶を打つ。

 はっとしてジムとマナが顔を上げたときには、既にインフェルノ・ウィングはこちらのフィールドに向けて飛び立っていた。

 

「ヴォルカニック・ハンマーに追撃。――《インフェルノ・ブラスト》」

 

 その右手がヴォルカニック・ハンマーに狙いを定め、再び作り出された炎が勢いをつけて発射される。一直線にオブライエンのフィールドに向けて突き進む死神の鎌。

 だが、オブライエンのフィールドには、体を丸めて守りの態勢をとったモンスターが存在している。通常であればそれで問題はなかっただろう。しかし。

 

「く……インフェルノ・ウィングには、破壊したモンスターの攻撃力か守備力、高い数値のダメージを与える効果がある……!」

「それだけではない。インフェルノ・ウィングは、守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけダメージを与える」

「か、貫通効果も……だと!?」

 

 オブライエンの表情が驚愕に歪む。それではよしんば効果ダメージを防ぐ事ができたとしても意味がない。

 すなわち確実にオブライエンのライフを削りきる攻撃。それを悟りながらも、オブライエンはせめてもの抵抗とばかりに膝をついた状態で迫る炎を睨めつける。

 しかし、それで攻撃が止まることなどあるはずがなく。今度はオブライエンの命そのものを燃やし尽くす炎球が、再びその身に襲い掛かろうとしていた。

 その時。

 

「させない――! 罠カード《残像の盾》! そのモンスターの攻撃は私への直接攻撃になる!」

 

 マナの言葉と同時に、伏せられていたカードを起き上がる。

 そしてマナの口から伝えられたその衝撃的な効果に、オブライエンは目を見開いてマナを見た。

 

「な、に……マナッ!?」

 

 オブライエンに駆け寄って傍にいたマナが、立ち上がって距離を置く。

 驚愕の目で自分を見つめるオブライエンとジムに、何でもないとばかりにニコリと微笑んで――マナは炎に包まれた。

 

「きゃぁああぁああッ!」

 

 

マナ LP:4000→400

 

 

 攻撃力3600の直接攻撃。

 耐え難い痛みが体中を駆け抜け、マナはオブライエンと同じく地面に膝をついた。

 

「足手まといを庇うか……」

「くっ……」

 

 足手まとい。そう言われたことに、オブライエンが悔しげに呻く。しかしそれ以上何も言わないのは、マナのダメージが自分のせいであることを自覚しているからだろう。

 しかし、当のマナ自身はそんなこと微塵も思っていなかった。あのままではオブライエンは死んでいた。しかし、自分がこうしてダメージを受けることでオブライエンは今も生きている。

 なら、そこに問題などあるはずがなく、不満など感じるはずがなかった。だからマナは「大丈夫だよ」とオブライエンに笑みを見せ、オブライエンはそれに「すまん」と謝り、次いで「ありがとう」と答えたのだった。

 これで、オブライエンとマナのライフは共に残り400。レッドゾーンに突入している。しかしジムにはまだ2000のライフが残っており、覇王の残りライフは200ポイント。

 ならば、チャンスはある。三人はそう希望を抱く。その意志が瞳に光を宿して覇王を見るが、それを見て取った覇王はただ無表情に嘆息するだけだった。

 

「愚かな。お前たちの抵抗など、無意味なものと知れ」

「なに……!」

「お前たちの力は既に把握した。2ターンもの猶予を与えても、なおこのライフを削り切れぬ輩に――用はない」

 

 覇王はそこで一度言葉を切ると、三人を睥睨した。

 その瞳にはどこか失望にも似た冷たさが宿る。

 そしてゆっくりとその指が手札へと向かい、一枚のカードを手に取った。

 

「手札を1枚墓地へ送る。――見せてやろう。絶対無敵、究極の力。……魂の嘆きが生み出した力の象徴!」

 

 その手にあるのは一枚の魔法カード。それを高々と掲げ、覇王は世界にその名を刻むかのごとく宣言する。

 

 

「発動せよ! 《超融合》ッ!」

 

 

 高らかに告げられたカードの発動。瞬間、世界が鳴動した。

 地は揺れ、空は荒れ、黒雲が立ち込める中、激しい稲光が世界を照らす。

 その雷さえも吸い込むほどのどこまでも黒い渦が天空に生まれ、雷雲そのものでさえも貪欲に吸収していく。まるでブラックホールのように全てを呑みこむ恐ろしい力。

 その影響で吹き荒れる風に、体ごと巻き込まれそうになるのを必死にこらえながら、三人は覇王の口から伝えられたこの現象を引き起こしているカードの名前を脳裏に反芻していた。

 

「十代ッ、そのカードは……!」

 

 それは、暗黒界の狂王 ブロンが作り出した融合カード。万丈目、剣山、翔、吹雪、明日香の魂を捧げて作り出された悲劇のカードだった。

 それを、十代がこうして使うとは。その事実に驚きを露わにするジムだったが、その驚きは次の瞬間更に深いものへと変わった。

 何故なら、ジムの場にいるガイア・プレートが、突然その身を崩れさせたからだ。

 

「なっ……ガイア・プレート!?」

 

 元々巨岩同士が繋がって形を為していたガイア・プレートは、崩れれば岩の集まりでしかない。そしてそれらはこの荒れ狂う風によって宙に巻き上げられ――覇王のフィールドで再び形を為したのであった。

 

「馬鹿な!? 一体どういうことだ!」

 

 コントロール奪取カードなど、覇王は使っていない。だというのに、何故。

 道理の通じぬ事態に直面し驚愕するジム。その疑問に、覇王は淡々と答えた。

 

「超融合を用いれば、自分フィールド上のモンスターと、フィールド上のあらゆるカードを融合素材にすることが出来る」

「な、なんだと……!?」

「そして、超融合をカウンターすることは出来ない」

 

 絶句。

 その効果を聞いた三人は、しばし言うべき言葉を失っていた。

 

「……ば、馬鹿な!? そんなカード、防ぎようがない!」

 

 思わずといった様子で叫んだオブライエンに、覇王はただ頷く。

 

「その通り。これこそ完全なる勝利を導く絶対的な力。その力の前に、己が無力を悟るがいい!」

 

 覇王の頭上に生まれた漆黒の渦に向かって集束していくエネルギー。

 ジムのフィールドに存在していた岩石族、ガイア・プレート。そして覇王自身のフィールドに存在していた悪魔族、ヘル・ブラット。この二体もその渦の中へと吸収されていく。

 そして、荒れ狂う風が止んだ時。呑みこまれた二体を素材とした新たなモンスターの影が黒雲の中に生まれていた。

 

「出でよ、《E-HERO ダーク・ガイア》!」

 

 その名が呼ばれると同時に、翼の羽ばたきによって超融合によって生まれた漆黒の渦が吹き飛ばされる。

 そうして姿を現したのは、岩石を鎧のように纏ったモンスター。その鎧の下にある体はいかにも悪魔らしく闇色に彩られ、大きな翼と尾、それに角がその禍々しさを一層強いものにしている。

 

 

《E-HERO ダーク・ガイア》 ATK/? DEF/0

 

 

 そして、ダーク・ガイアは空中にて、背中の翼を大きく広げて咆哮を上げた。

 

「ダーク・ガイアの攻撃力は素材とした2体のモンスターの攻撃力の合計となる」

 

 素材となった悪魔族、ヘル・ブラットの攻撃力は300。岩石族、ガイア・プレートの攻撃力は2800。

 よって――。

 

 

《E-HERO ダーク・ガイア》 ATK/?→3100

 

 

「く……!」

 

 見る見るダーク・ガイアに満ちていく力。それを確かめるように手を開いては握るダーク・ガイアの泰然とした姿に、ジムは己が追い込まれていることを悟らざるを得なかった。

 そして、ダーク・ガイアの目がジムを貫く。その狙いが自分であることを察したジムは、オブライエンから距離を取ってその目を見返した。

 

「ダーク・ガイアで攻撃」

 

 覇王がついに指示を下し、それに伴ってダーク・ガイアが両手を振り上げてその頭上にて掲げる。

 くるか、と身構えるジムだったが、しかし覇王の言葉は更に続いていた。

 

「そしてこの攻撃宣言時、ダーク・ガイアの効果が発動する。相手フィールド上に存在する守備表示モンスターを全て表側攻撃表示に変更する」

「な、なんだと!?」

 

 ガイア・プレートがいなくなったことで、今ジムのフィールドに存在するモンスターは、守備表示のフォッシル・ダイナ パキケファロ一体のみ。

 守備表示であればこそ、ダメージを受けることはないと安心できた。次の反撃に備えることが出来た。だが、攻撃表示になってしまってはそうもいかない。

 フォッシル・ダイナ パキケファロの攻撃力は1200。それではダーク・ガイアの攻撃を受け切ることなど不可能だった。

 しかし、だからといって今のジムに訪れるその現実を回避する手段などない。故にダーク・ガイアの掲げた手の上に形作られていく炎を纏う巨大な岩塊を、ただ見つめることしか出来なかったのである。

 

「フォッシル・ダイナ パキケファロに攻撃。――《ダーク・カタストロフ》!」

 

 ダーク・ガイアが作り上げた小型の隕石のごときその攻撃が、ついにジムめがけて解き放たれる。そしてそれをどうにかする術を、ジムは持っていなかった。

 ならばせめて背中のカレンを傷つけるような真似はすまい。そう覚悟を決めると、ジムはその攻撃を受けるフォッシル・ダイナ パキケファロに真っ向から向き合い、そして隕石の着弾と共に破壊された際の余波を正面から受け止めることとなった。

 

「ぐ……うぁああぁああッ!」

 

 炎による熱風と岩による衝撃と。それら二つを同時に受け止めたジムは、耐え難い痛みを誤魔化すかのように叫び声を上げて、支えきれなくなった体を揺らめかせて地に手をついた。

 

 

ジム LP:2000→100

 

 

「ぐ、ジム……!」

「ジムくん……!」

 

 同じく立ち上がれずに膝をついているオブライエンとマナが、それでもジムの身を心配して名前を呼びかける。

 しかし、ジムに応える余裕はない。そしてそれ以前に、覇王の行動はまだ続いていた。

 

「更に《O-オーバーソウル》を発動。墓地のバーストレディを守備表示で蘇生する」

 

 

《E・HERO バースト・レディ》 ATK/1200 DEF/800

 

 

 黒く染まった肌に、光のない瞳。荒い息をこらえつつそれを見るマナの目には、バーストレディの身を包む悲しみが見えるようだった。

 しかし、覇王にはそれがわからない。だから、覇王は何の感慨も抱かぬままカードを手に取るのみだった。

 

「魔法カード《バースト・インパクト》。バーストレディがいる時、フィールド上のバーストレディ以外のモンスターを全て破壊し、そのプレイヤーに1体につき300ポイントのダメージを与える」

 

 震える体に乱れる呼吸。倒れ伏す三人はお互いのフィールドに視線を走らせる。

 ジムの場にモンスターはいない。しかし、オブライエンとマナの場には……存在していた。

 

「フィールドにはヴォルカニック・ハンマーとブリザード・プリンセスがいる。よってそれぞれに300ポイントのダメージを与える」

 

 バーストレディの手の中に生まれる二つの火球。それを、ただオブライエンとマナは見つめている。もはや、満足に体を動かすことも出来ないためだった。

 しかし、そんな二人を前にしても覇王の中に容赦という言葉は存在しなかった。

 

「やれ、バーストレディ。《バースト・インパクトショット》」

 

 放たれる火球。先程二人が受けた攻撃に比べれば、本当に小さな攻撃。

 しかしそれでも、今の二人にとってそれは大きすぎるダメージとなって襲い掛かった。

 

「が、ぁああああッ!」

「きゃぁああぁあッ!」

 

 

オブライエン LP:400→100

マナ LP:400→100

 

 

 身を焼かれる痛みに、二人は膝に入れる力すらも失って崩れ落ちる。

 だが覇王の場にもモンスターはいる。バースト・インパクトは覇王のフィールドにも効果を及ぼす。インフェルノ・ウィングはダークフュージョンの効果で破壊されないが、ダーク・ガイアは別である。破壊され、ダメージを受けるはずだった。

 しかし爆煙が収まった時。確かにダーク・ガイアの姿はなかったが、覇王の姿はいまだ健在であった。

 

「残留思念の効果により、このターンに受けるダメージは0となる」

 

 ――あの時のカードは、このためのものか……!

 どこまでも隙がない覇王に、三人はもはや咄嗟に言葉も出てこない。

 ジム、オブライエン、マナ。そのライフは既に残り100しかない。覇王のライフとて残り少ないが、しかし状況が圧倒的に違い過ぎた。

 覇王の場には強力なモンスターが並び、こちらにはモンスターはいない。そして、そもそも今回のデュエルのルールは覇王にとって不利に過ぎるものなのだ。三人の後にターンが回ってくるという理不尽の中でも、しかし覇王は生き残っている。それどころか、三人を追い込んですらいるのである。

 その事実には、戦慄するより他なく、地に伏せた状態でいる三人は、どうにか体を起こすもののその目には微かに諦念がよぎり始めていた。

 

「つ、強い……ッ!」

「三人で挑んでいるのに、こんな……」

 

 ついにオブライエンとマナの口から弱音が漏れる。

 二人の視線が向かうのは、余裕すら感じさせる風格で立つ覇王の姿。カードをデュエルディスクに差すその姿を、二人はただ見ていることしか出来なかった。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンド。……これでお前たちの中にもはやライフに余裕がある者はいない。――圧倒的な力の前に、平伏すがいい」

 

 断定するその口調には一片の揺らぎもない。

 そしてそれに反論するだけの気力を、オブライエンとマナは持っていなかった。

 諦めてはいない。今でも十代を取り戻したいと願っている。だが、体に受けたダメージがその気持ちを表に現すことを拒絶していた。

 震える手が、地面に触れる。後は力を込めて、立ち上がるだけ。しかし、その一押しがどうしても出来なかった。

 敵わないのではないかと疑ってしまったことが、気持ちをセーブしているのだ。立ち上がったとしても、覇王に勝つことは出来ないかもしれない。その恐怖が、二人の体に纏わりつく。覇王から溢れる圧迫感が、そうさせていた。

 二人の心に、じわりと広がる敗北の感覚。時が経つごとに染み渡っていくであろうそれが決定的な終わりを告げようとした、その時。

 

「――く……グ……お、れのターンッ!」

 

 二人の横で、聞こえる声があった。

 伏したまま、二人は視線を移す。二人と共に戦う仲間……ジム。彼は肩で息をしながら、体を震わせながら、しかしそれでもデッキの上に指を乗せて、確かに己の足で立っていた。

 その目は覇王を見据えて離さない。そして、震える指がデッキトップのカードを掴む。

 

「あ、諦めるものか……! 十代、たとえ俺のライフが尽きようとも……! お前を、か、必ず……!」

「じ、ジム……」

 

 

 ――友のために。

 

 そのために立ち上がり、どれだけの逆境であろうと決して諦めない。その力強く気高い姿に、何も感じないはずがなかった。

 オブライエンも、マナも。ジムの、仲間の奮起する姿を見て、力が抜けていた手足に強引に力を注いでいく。

 いまだ体は震え、ダメージは残っている。勝てないかもしれない。そんな恐怖も心のどこかに存在している。

 だがしかし、そんな恐怖など十代を失うかもしれない恐怖に比べればどうということはない。そんな簡単なことを忘れそうになるとは、と二人は自分自身に苦笑をこぼす。

 

「そうだ……俺たちは、諦めん……!」

「……十代くんを、取り戻すまでは……!」

 

 よろめきながらも立ち上がり、ジムの横に二人は並ぶ。

 瀕死であった二人が立ち上がって再び向かい合ってきたことに、覇王は眉をピクリと動かす。あれだけのダメージを受けて立ち上がって来るとは考えていなかったのだろう。

 だがしかし、二人が立ち上がることを確信していた人物もいる。横に並ぶ二人を見て小さく笑みをこぼしたその人物は、心の中に感じる仲間の温かさに尊いものを感じながら強く強く、願った。

 

 ――オリハルコンの眼よ……。俺が……いや、俺たちが十代を取り戻すための力を……。

 

 たとえ自分は勝てなくても、誰かが勝てばいい。そうして十代を取り戻す。それを可能にするだけの力。それを……。

 

 ――頼む! 俺に、そのための力を貸してくれ――!

 

 

「ドローッ!!」

 

 勢いよくカードを引きぬく。ジムの手札は僅かのこの一枚のみ。

 願いを込めたドロー。その願いにデッキが出した答え。それを、ジムは即座に発動させた。

 

「魔法カード……《ディーペスト・インパクト》を発動ッ! フィールド上のモンスターを全て破壊し! 互いのライフを半分にするッ!」

 

 彼ら三人のフィールドにモンスターはいない。ゆえに、破壊されるのは覇王が操るモンスターのみである。

 爆音が轟く。

 覇王のフィールドで発生した大爆発は彼の場に存在する全てのモンスターを巻き込んで、荒れ狂う砂煙を発生させる。

 

 

覇王 LP:200→100

ジム LP:100→50

 

 

 これで覇王のフィールドは空になった。互いを遮るものは何もなく、ライフポイントの差もほとんどない。

 今ならば、きっとこの声が十代に届く。そう信じて、ジムは今すぐに休みたいと主張する肺を叱咤して大声を張り上げた。

 

「十代……! 聞こえているか、十代!」

 

 砂煙の向こうから返ってくる反応はない。

 しかし、それでもジムはひたすらに言葉を続けた。

 

「お前にも闇はあるのかもしれないっ! だが、決してそれに呑まれてはいけないんだ!」

 

 闇がない人間などいない。そして時にはその闇に押し潰されそうになることだってあるだろう。しかし、それでも決して屈してはいけないものがあるはずなのだ。ジムはそんな何かがあることを知っていた。

 ジムにとってのそれは、友情。そして十代もまたそんな何かを必ず胸に秘めているはずだとジムは信じていた。

 その十代の良心、あるいは信念とでも言うべき何か。それに届くように、ジムは懸命に訴えかけた。

 さっきまでは届かなかったかもしれない。しかし、互いのライフに大きな差がない今ならば、と。

 

「十代――My friendッ!」

 

 もはやそれは絶叫だった。心の内を余すことなく曝け出し、全ての力を注ぎ込んだ呼びかけであった。

 しかし。

 

「………………」

 

 覇王がジムを見る眼は鋭く、冷たい。そこに親愛の情を感じ取ることなど到底できず、ジムは自らの呼びかけが十代に届いていないことを悟るよりなかった。

 

「駄目、か……。Sorry、二人とも……」

 

 限界まで傷ついた体で無理をしたためだろう、ジムは膝をついて自嘲気味に笑った。

 

「ジム……! くっそぉッ! 俺のターン!」

 

 友の必死の叫び、そしてそれが報われなかった姿を見て、オブライエンの中に燻っていた炎が再び燃え上がる。

 気力で悲鳴を上げる体を捻じ伏せ、ジムが残したこのチャンスを……果たせなかった友への思いを、無駄にするものかと奮起する。

 その思いがデッキにも伝わったのか、オブライエンが引いたカードはこのデュエルに終止符を打つことができるカードであった。オブライエンはそれでも油断なく覇王を見据え、そしてそのカードを発動させた。

 

「俺は《魂の解放》を発動! 互いの墓地からカードを5枚まで選択して除外できる! 俺は自分の墓地から《ヴォルカニック・エッジ》と《ヴォルカニック・ハンマー》を除外し、お前の墓地から《E-HERO ダーク・ガイア》と《E-HERO インフェルノ・ウィング》、《E-HERO マリシャス・エッジ》を除外する!」

 

 今の十代の主力となるモンスター、E-HERO。その中でも脅威の力を見せた二体と、高レベルE-HEROであるらしいマリシャス・エッジというモンスターをゲームから除外する。

 これで脅威はなくなったはず。それを確認した後、オブライエンは最後のキーカードを発動させるべくフィールドに手をかざした。

 

「リバースカードオープン! 罠カード《異次元からの帰還》! ライフを半分払い、除外されている自分のモンスターを可能な限り特殊召喚する! 来い、《ヴォルカニック・エッジ》! 《ヴォルカニック・ハンマー》!」

 

 

オブライエン LP:100→50

 

 

《ヴォルカニック・エッジ》 ATK/1800 DEF/1200

《ヴォルカニック・ハンマー》 ATK/2400 DEF/1500

 

 

 現れる二体のヴォルカニック。ジムのおかげで覇王のフィールドにモンスターはいない。この状況でアタッカーレベルの攻撃力を持つモンスターを複数召喚できた事実は大きな意味を持つ。

 あちらの伏せカードは一枚。もしあれがミラー・フォースのようなカードだった場合、攻撃すれば破壊され、攻撃しなければ覇王を倒せず手詰まりになることだろう。

 しかし、ヴォルカニックモンスターならばそんな脅威を突破することができる。

 

「ヴォルカニック・エッジの効果! 1ターンに1度、このカードの攻撃を放棄することで、500ポイントのダメージを与える!」

 

 ヴォルカニックの大きな特徴の一つ、バーン効果。これならば攻撃を介していないので覇王に直接ダメージを叩き込んだ勝利することができる。

 また、もし伏せカードが攻撃を止める類のものではなく効果ダメージに関するものであったとしても、ヴォルカニック・ハンマーは攻撃権を残したままだ。これならばたとえ効果ダメージを防がれたとしても、ヴォルカニック・ハンマーによる追撃で覇王を倒すことができる。

 二段構えの布陣。覇王の力を認め、最後の最後まで決して油断をせずに、オブライエンは仲間たちの願いを叶えるために全力を尽くす。

 一度大きく息を吐き出し、そしてオブライエンは覇王に向けてその指先を向けた。

 

「今度こそ、十代に届け……! いけ、ヴォルカニック・エッジ!」

 

 オブライエンの言葉を聴き、ヴォルカニック・エッジが口を開く。その口腔に生まれていく炎を見て、オブライエンは自分たちの勝利を確信する。

 しかし、次の瞬間。ヴォルカニック・エッジがその姿を霞のように消失させていったことで、その表情は愕然としたものへと一変した。

 

「ば、馬鹿な……モンスターが消えていく!?」

 

 気付けば、ヴォルカニック・エッジの隣に立っていたヴォルカニック・ハンマーもまたフィールド上から姿を消していた。

 一体ならともかく、二体が同時に自身のフィールドからいなくなるという事態に困惑と驚愕が入り混じる。

 そのとき、覇王のフィールドでは伏せられていた一枚のカードがその姿を露わにしていた。

 

「カウンター罠《神の宣告》。ライフを半分払うことで、魔法・罠の発動、モンスターのあらゆる召喚を無効にして破壊する。異次元からの帰還はこのカードにより無効となっている」

 

 

覇王 LP:100→50

 

 

 妨害カードとしては最高峰の性能を誇る罠カード。加えてカウンター罠ゆえにそのスペルスピードは3であり、最速である。それをカウンターするカードは、オブライエンにはなかった。

 よろめき、膝が地面につく。気力で維持していた体が再び悲鳴を上げ始める。肩を大きく揺らしながら呼吸を繰り返し、オブライエンは自分を見下ろす覇王を見つめた。

 

「十代……お前の闇は、そこまで……」

 

 それ以上は言葉にならなかった。

 ただ荒く息を吐き、疲れと痛みを和らげようと努める。そうしなければならないほどに、もはや体が限界だったのだ。

 

 ――そしてついに、この場で立っている存在は覇王とマナの二人だけとなった。

 

 

「ジムくん……オブライエンくん……」

 

 大きく消耗し、立つことすらままならない仲間たち。痛ましいほどに十代のために力を振り絞って立ち向かった二人。その姿を見つめるマナの瞳が微かに揺れる。

 はっとして滲む視界を誤魔化すかのように首を振り、マナはこみ上げてくる感情に蓋をして覇王に向き合った。

 しかし、どうしても溢れてくる。二人の姿を見ていると、自分では敵わないのではないかと思えてしまう。そんな弱い気持ちを制御できない自分が、マナはどうしようもなく情けなくて仕方がなかった。

 

「お前のターンだ」

 

 しかしそんなマナの内心など覇王が構うはずもない。

 突き放すような調子で告げられた言葉に応えて、マナはゆっくりとその指をデッキトップに置いた。

 今この時、遠也がいたらどうなっていたのだろうか。そんな詮無い空想が脳裏をよぎり、そして長くその顔を見ていない事に改めて気がついて、マナの声は知らず震えていた。

 

「っ……私のターン……!」

 

 カードを引き、手札はその一枚だけ。

 そして引いたカードは《氷の女王》。逆転の一手とはなりえないカードだった。

 しかし、マナはぐっと唇を引き絞り、そしてフィールドに手を向けると声が枯れんばかりに叫んだ。

 

「リバースカードオープン! 《正統なる血統》! 墓地の通常モンスター1体を復活させる!」

 

 これが、正真正銘最後の一手。

 皆の、ジムの、オブライエンの、そしてマナ自身の思いを。それら全てを乗せて、いま墓地からその願いを果たすモンスターが蘇る。

 

「お願い……私たちの思いを繋げて――! 《ブラック・マジシャン》ッ!」

 

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

 

 フィールドを流れる光の奔流。その中から現れるのは、漆黒の法衣を身に纏った最上級魔術師。

 かの武藤遊戯の代名詞的な存在としても知られる魔法使い族屈指のモンスターが、マナのフィールド上にて光を切り裂くかのように杖を振るう。

 闇色の魔力を流しながら黒杖をそのまま一回転させ、ブラック・マジシャンは強く力の篭もった瞳で倒すべき脅威である覇王に鋭い視線を投げかけた。

 今、覇王の場にモンスターはいない。それだけではなく、伏せカードすら一枚もない。そしてその手札は……ゼロだ。

 三人で一斉に挑み、それでもなお高かった壁。そこにようやく見えた綻びがどれだけ得難いものであったのかは、余人には想像もできぬことだろう。

 それは三人の奮戦が無駄ではなかったことの証だった。諦めずに訴え続けた声が、思いが、ようやく実を結ぶ時が来たのだ。

 ジムとオブライエンも、精一杯の力を振り絞って顔を上げる。

 

 行け――!

 

 二人の視線から伝わってくるその強い意志に押されるように、マナはすっと息を吸い込んで、その指先を覇王に向けた。

 

「バトル! ブラック・マジシャンで十代くんに攻撃! ――《黒・魔・導(ブラック・マジック)》ッ!」

 

 下された指示にブラック・マジシャンが杖を構えると、空を滑るようにして覇王へと向かっていく。

 紫電を纏う闇色の魔力が杖の先で醸成されていき、やがてそれは大きな威力を秘めた魔力の砲弾となって滞留する。

 いよいよもって訪れるその時。覇王を倒し、十代の心を取り戻す。その何物にも代えがたい目的を達成せしめんと、ブラック・マジシャンがついにその魔力ごと杖を覇王目がけて振り抜いて――、

 

 うっすらと覇王を包む影に、弾き飛ばされた。

 

 

「……え……?」

 

 マナの口から、声と言うにも声らしくない音がこぼれる。

 ブラック・マジシャンの攻撃は完璧だった。どこにも落ち度などなかったはずである。

 それに、覇王のフィールドにはモンスターも伏せカードもなかった。手札すら一枚もないのだ。ならば、どうしてブラック・マジシャンの攻撃を防ぐことが――。

 

「墓地の《ネクロ・ガードナー》の効果発動。このカードを除外することで、その攻撃を無効にする」

 

 覇王の姿を覆う半透明の影。墓地に存在することで一度だけ攻撃を無効にする効果を持つ戦士族モンスター。

 十代のデッキには、確かにそのカードが組み込まれていた。しかし、よりにもよってこのタイミングで、と誰もが思わずにはいられなかった。

 今の攻撃は、正真正銘全力を振り絞った末の攻撃だった。もはやマナの場に攻撃が可能なモンスターは残っておらず、そして攻撃を行う余裕もマナにはなかった。

 もつれる足が体を揺らす。マナはそれでもせめて倒れるまいと歯を食いしばって踏みとどまり、そして絞り出すようにして終わりの一言を口にした。

 

「……ターンエンド、だよ」

 

 そして、覇王がデッキからカードを引く。

 

「――ドロー」

 

 これが唯一の手札。そしてそのカードを、覇王は淡々と発動させた。

 

「魔法カード《地獄の取引》を発動。相手の墓地の攻撃力2000以上のモンスター1体を相手フィールド上に特殊召喚し、墓地の魔法カード1枚を手札に加える」

 

 覇王の宣言の後、ジムのフィールド上に岩石で構成された巨人が再び姿を現す。

 

「《地球巨人 ガイア・プレート》を選択。そして墓地から《命削りの宝札》を手札に加え、発動。手札が5枚になるようにドローする」

 

 反則級のドローカードを再び使用する。それによって一気に増える手札。

 マナたちは痛みと疲労で喘ぐ中、それを眺めていることしか出来なかった。

 

「装備魔法《D・D・R》。手札1枚を捨て、除外されているモンスター1体を帰還させこのカードを装備する。――現れろ、《E-HERO マリシャス・エッジ》」

 

 除外領域から、空間に穴を開けて這い出てくる悪魔族の最上級HERO。

 暗い紫に染まった肉体を覆う太いベルト、鋭利な棘を纏い、その背中には巨大な刃のごとき翼があり、攻撃的なモンスターであることを窺わせる。

 その手の甲からは鋭く尖った爪が三本生えており、計六本のそれは怪しく光を反射させて見る者に不気味なイメージを与えていた。

 

 

《E-HERO マリシャス・エッジ》 ATK/2600 DEF/1800

 

 

 マリシャス・エッジは覇王のフィールド上で、歯が見えるほどに口を裂いて笑っている。それは余裕の現れであると同時に、弱者である彼ら三人を嘲るかのようでもあった。

 

 ――そしてこの瞬間、マナは自らの負けを悟っていた。

 何故ならばマリシャス・エッジの攻撃力は2600。対してブラック・マジシャンの攻撃力は2500である。その攻撃力の差は100ポイント。そしてマナの残りライフはわずか――100ポイントしか残っていなかったからである。

 この世界におけるデュエルは命のやり取り。そして、負けとはすなわち、死である。

 その残酷な事実が、今マナの身に降りかかろうとしていた。それを回避しようにも、マナの手の中にそんな都合のいい手段は残されていない。

 つまり、その現実を受け入れるしかなかったのだ。

 それを悟ったマナは、静かに目を閉じる。そうして脳裏によぎる様々な記憶を思い返し――ただ一言がこぼれるようにしてその口から漏れた。

 

「……ごめんね……遠也……」

 

 それは、何に対しての謝罪だったのか。

 十代を助けられなかったことか、遠也を助けられなかったことか、遠也よりも先に死んでしまうことか。

 きっとそれは、マナ自身にも定かではなかった。ただ、その胸の中に溢れるどうしようもないやるせなさと申し訳なさがそう呟かせたのだった。

 その一言に込められた恐ろしいまでの諦観。もはや自分の命はこれまでなのだと認めたかのような響きに、それを感じ取ったジムとオブライエンは必死に体を動かしてその攻撃を止めようとする。

 

「くッ、マナ――!」

 

 だが、体は言うことを聞いてくれない。残りライフが50にまでなる莫大なダメージのツケがきていることを実感し、その煩わしさに叫びだしそうになる。

 だが、そんな無駄な時間を使うわけにはいかない。二人はならばせめてと、自由になる口を使ってマナの命を刈り取る刃を食い止めようと声を張り上げた。

 

「やめろ! 十代ッ! わかっているのか!? お前は今、仲間をその手にかけようとしているんだぞ!!」

 

 ジムが叫ぶ。懇願にも似た声。

 しかし、覇王の手はゆっくりとフィールドに向けられた。

 

「――バトル」

 

 バトルフェイズの、開始宣言。

 マリシャス・エッジが力を溜めるかのように、体勢を低くした。

 

「やめろっ――やめるんだッ! 十代ッ!!」

 

 オブライエンが叫ぶ。掠れた声、必死の響き。

 それでも、覇王の冷徹な声が紡ぎ出す指示を押し止めるには至らなかった。

 開かれる口。そして、マナはそっと目を閉じた。

 

「マリシャス・エッジでブラック・マジシャンに攻撃。――《ニードル・バースト》」

「――ッ! 十代ィッ!!」

 

 取り返しのつかない行動を実行に移したことに、絶叫が轟く。

 マリシャス・エッジは勢いよく空に飛び上がると、その両手の爪で空を切り裂くようにして十字型に振り抜いた。

 その瞬間、何本もの鋭い爪が中空に作り出されて、それは一気に豪雨のようにブラック・マジシャン目がけて降り注いだ。

 それを避ける術はマナにはない。ジムにも、オブライエンにも、マナを助ける術はなかった。

 それがわかっているからだろう、マナはただ静かに目を伏せている。もはや死への抵抗を諦めたかのような姿。しかし、伏せられたその睫毛が震えているのは、死を受け入れ切れていないことの証左であった。

 考えてみれば当然だ。誰だって死にたくはない。けれど、本当にどうしようもない状況であるから、ただ諦めてしまっただけなのだ。

 本当は、もっと生きたかった。マハード、遊戯を始めとした多くの仲間。十代や明日香といったアカデミアに来て得た多くの友達。

 

 そして――。

 

 脳裏に描き出される一人の少年。出会った時はその特異な境遇や過去に聞いた名であったことから興味を持って接していた、それだけの人。

 けれど、いつの間にかそんな彼が自分の中では大きな存在になっていた。

 決して特別な何かがあったわけじゃない。普通に日々を過ごし、話をして、ただそれだけの関係だったのだ。

 けれど、楽しかった。その日々はマナにとって、とても楽しかったのだった。

 向こうの世界のカードのことを聞くのが楽しかった。この世界との違いを知るのも楽しかった。そして、その世界がどんな世界なのか気になった。そんな世界で彼がどう過ごしていたのかに興味を持った。

 きっと、それだけ。そこから自分たちの関係は始まったのだとマナは思い返した。

 遊戯に言われたからじゃなく、自分が好きで彼の傍にいるようになったのはいつからだったか。

 特別惹かれる何かがあった覚えはないのに、何となく居心地のいい彼の隣。それはきっと、遠也が自分にだけは全てをさらけ出してくれていたからかもしれない。

 それを遠也は「あれだけ情けない姿を見せたんだから、今更飾っても仕方がないだろう」と言っていた。その時のどことなく憮然とした顔を思い出して、ふと可笑しくなった。

 カードの精霊としてでも、魔術師としてでもなく、ただ一人の“マナ”として自分を心底頼りにしてくれたそのことが、マナは気恥ずかしくも嬉しかった。

 だから、自分は遠也の隣に居続けたのかもしれなかった。そしてその気持ちが、やがてこれからもそうしていきたいという願いになり、彼を想う心へと変わっていったのかもしれなかった。

 

 ――もう、その願いは叶わないけれど。

 

 自身の命を削り取る攻撃を前に、マナはそう心の中で呟く。

 マリシャス・エッジの攻撃は確実にこの命を奪うだろう。そのことがマナには悔しく、そして悲しかった。

 もう誰にも、遠也にも会えなくなる。そのことだけがこの最期の瞬間になっても、マナの心にしこりとなって残っている。

 絶望をその表情に浮かべてこちらを見るジムとオブライエンにも責任を感じさせて申し訳ないと思う。けれど、もうどうしようもないのだ。この結末を覆すことなど出来ないことは、彼らもわかっているはずだった。

 だから、マナは胸中でごめんと謝って震える瞼を押さえつけるように更に力を込めて目を瞑った。

 これが、最期。様々なものを残していくことに寂しさと悔しさ、悲しみを滲ませながら、いよいよマナの生を終わらせる攻撃がその身に届く。

 

 

 

 ――その刹那、突如高く世界に響き渡った嘶きがその場を包み込んだ。

 

 

 

「――……ぇ?」

 

 耳朶を打つ甲高い咆哮。それを感じ取って、マナは閉じていた瞼を持ち上げて目を開いた。

 そしてマナの目に映ったものは、視界いっぱいに広がる輝く純白の光。目の前に存在するがゆえに大きすぎて全貌を見て取ることは出来ないが、それがどうやらモンスターの肉体であるということは認識できた。

 そしてそのモンスターがその体を盾にしてマリシャス・エッジの攻撃を遮ってくれたのだろうということも、状況から察することが出来る。

 つまり、このモンスターは自分を守ってくれたのだ。マナは茫洋とした思考の中で、何とかそのことだけを理解する。

 

「な、なんだあのドラゴンは――!?」

「一体、何者だ……!」

 

 ジムとオブライエンがこぼした言葉。それによって、マナは目の前のモンスターがドラゴンであることを知った。

 白く光り輝くドラゴン……。しかし、それだけではやはりまだ判然としない。助けられた身でありながら、相手の正体すらわからないままではいけない。ふとそんなことを思って、マナはその姿を確認しようと、一歩、また一歩と後ろに下がっていく。

 

 そして、気付く。

 

 その白く流麗な体面。大きく長い体。輝く二対四枚の翼。徐々に見えてくるその輪郭、姿に、マナは知らず自身の記憶の中に存在している合致するドラゴンの名前を呟いていた。

 

 

「……セイヴァー……スター……ドラゴン……?」

 

 

 かつて二度見たことがあるレベル10のシンクロモンスター。

 その素材にはスターダスト・ドラゴンが必要不可欠であり、でなければ決して存在することができないモンスターである。

 

 ならば、つまり。自分を助けてくれたのは――、

 

 

「――おいおい、十代」

 

「……――っ!」

 

 

 マナは一瞬、自分の呼吸が止まったと思った。

 聞き覚えのある、などという言葉では表しきれないほどに何度も、いつも聞いていた声。

 数えきれないほどに自分の名前を呼んでくれた、その声の持ち主が誰であるかを心が理解した瞬間。マナの視界がじわりと歪んでぼやけていく。

 

 

「随分と、似つかわしくないHEROを使っているじゃないか」

 

 

 もう、間違いない。

 自分の中で確信へと変わった思いを自覚して、マナは一気に心の底から押し寄せてきた感情に言葉が出ない。

 何を言えばいいのか、どう伝えればいいのか。様々な想いの行き先を探しながらも見失うマナの前で、セイヴァー・スター・ドラゴンの背中から件の人物が顔を覗かせた。

 その瞬間、マナの心の中で渦巻いていた千の言葉が一気に霧散する。それよりもただ一つ。マナはどんな言葉よりも先に、ただ自分にとって大切なその存在の名前を、万感の思いと共に叫んだ。

 

 

「――ッ、遠也ぁっ……!!」

 

 

 涙交じりのその声に当然のように気が付いて、名を呼ばれた彼はマナと視線を交わらせる。

 

 

「けどまぁ、今はとりあえず。――ただいま、マナ」

 

 

 最後は愛おしむような響きを乗せて、遠也は帰還の言葉をマナに告げた。彼女が最も欲しかった、笑顔を浮かべて。

 

 

 

 




覇王様マジ覇王。
最終的にLPは、覇王:50、ジム:50、オブライエン:50、マナ:100。限界バトルでした。
そして遠也くん復活&セイヴァースターも再登場。
セイヴァースターは強くてかっこいい良カードです。惜しむらくは使いにくいことが残念です。

覇王が使った《歓喜の断末魔》は原作効果と効果が異なっています。
これはこのお話を作る際に参考にした某サイトでの表記が、原作効果と違っていたためです。
後で調べて知りましたが、あの箇所の修正となるとかなり大掛かりになってしまうため現在そのままです。また修正案が思いつけば直しますので、ひとまずご了承くだされば助かります。
非力な私を許してくれ……。

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