遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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※とても長いので、ご注意ください。


第73話 遠也

 

 * * * *

 

 

 

皆本遠也 LP:4000

武藤遊戯 LP:4000

 

 

「――俺のターン、ドロー!」

 

 デッキからカードを引き、手札に加える。

 そうして六枚になった手札を眺めつつ、俺は収まらない理不尽な感情を持て余していた。

 そう、理不尽だ。遊戯さんにとって、俺のこんな感情は理不尽でしかない。なにせ遊戯さんは正しいことしか言っていないのだから。それなのに、こんな八つ当たりを受ける理由がどこにあるというのか。

 しかしそれでも。それでも、今の俺にとってデュエルが唯一の安息だった。元の世界と変わらないソレと触れ合っている時だけ、目を逸らしたいモノから目を逸らしたままでいられた。

 

「俺はモンスターを裏守備表示でセット! カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 けど、遊戯さんの言葉はその状況を変えてしまう。目を逸らしたいモノと向き合わなければいけなくなる。

 逃げだろうとなんだろうと、どうだっていい。まだ目を向ける勇気も覚悟もない今、俺は逃げだとわかっていても、このまま逃げ続けていたいのだ。

 いつかはきっと、向き合うから。

 

「僕のターン、ドロー! 僕は《イエロー・ガジェット》を守備表示で召喚!」

 

 

《イエロー・ガジェット》 ATK/1200 DEF/1200

 

 

 向き合う遊戯さんのフィールドに、銀色に輝く巨大な歯車を背負った黄色のロボットが現れる。ロボットとはいっても等身は低く、さながら子供が描いたようなデフォルメチックなモンスターだ。

 イエロー、レッド、グリーンの三体からなるいわゆる「三色ガジェット」の一体だ。原作においてもこの遊戯さんが初めての使用者であり、まさに本家本元というべきか。

 そしてこのガジェットは、元の世界においても非常に強力なカードとして名を知られていた。その理由は、この三体が持つ効果にある。

 

「イエロー・ガジェットの効果発動! このカードの召喚に成功したため、デッキから《グリーン・ガジェット》1体を手札に加える」

 

 デュエルディスクからデッキを抜き、そこからグリーン・ガジェット一枚を遊戯さんは手札に加える。

 この効果こそが、ガジェットの特徴であり強力と言われる所以だ。三体はそれぞれをサーチし合う形で循環する効果を持っており、召喚に成功するだけでその効果は発動する。

 つまり、手札を減らすことなくモンスターを展開できるのである。

 これに魔法・罠による除去カードを大量に投入したデッキが俗に【除去ガジェ】と呼ばれ、魔法・罠で相手の場から邪魔なカードをなくし、途切れないガジェットでライフを削っていくという、単純ながらも恐ろしいデッキが誕生した。

 ガジェットは手札に持って来れるので、手札コストを要求するカードとの相性がいいこともこのデッキが強くなった理由の一つだろう。その安定性、バックの固さによる防御力、それらゆえの多テーマへのメタ率は非常に高く、シンクロ・エクシーズといった新システムが猛威を振るう中でもガジェットは常に結果を残し続けた。

 OCG環境における最古参――ガジェット。加えて、それを操るのはゲームの天才と称されたファラオをも下した最強のデュエルキング、武藤遊戯だ。

 油断はしない方がいいだろうな。手札を見ながら、そう思う。

 

「カードを2枚伏せて、ターンエンドだよ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 攻撃をしてこなかった、か。先手は譲るということなのか、シンクロというこの時代にはまだ見られないデッキを扱う俺に警戒しているのか……。

 どちらかはわからないが、もし前者だとしたら、そいつは舐めすぎだな。

 確かにガジェットは強い。しかし、シンクロ召喚は環境の全てをその勢力に塗り替えたこともあるシステムである。古参とはいえ、ガジェットに負けるつもりは更々ない。

 

「セットモンスターを反転召喚! 《ドッペル・ウォリアー》! 更に手札からチューナーモンスター《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

 

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800 DEF/800

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 

 レベル2の戦士族、ドッペル・ウォリアー。そしてレベル3のチューナー、ジャンク・シンクロン。ともにこのデッキにおけるキーカードとも呼べるモンスターだ。

 残念ながら墓地にモンスターがいない今ジャンク・シンクロンの効果は使えないが……それでも十分に力を発揮できるのがこのデッキの強みである。

 

「チューナーとそれ以外のモンスターが揃った! ということは――くる!」

 

 マナのほうが俺と一緒にいる時間は多かったが、遊戯さんと全く交流がなかったわけではない。当然遊戯さんもある程度こちらのデュエルを見ており、シンクロ召喚のシステムならば既に把握している。

 だからこそ、俺の場に揃った二体に警戒をし始める。そして、俺はその警戒に見合う結果を生み出すのみだ。

 

「レベル2ドッペル・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 二体が飛び上がり、ジャンク・シンクロンが自身のリコイル・スターターを引き、背負ったエンジンを駆動させる。

 するとその体は三つの光る輪と化し、その中を二つの星となったドッペル・ウォリアーが潜り抜ける。

 

「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 瞬間、フィールドを覆う光。

 その中から拳を突き出して現れたのは、青い装甲に身を包んだ鋼鉄の戦士。このデッキの切り込み隊長を務める、レベル5のシンクロモンスターである。

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 

「この時ドッペル・ウォリアーの効果発動! このカードがシンクロ素材となって墓地に送られた時、レベル1のドッペル・トークン2体を攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 

《ドッペル・トークン1》 ATK/400 DEF/400

《ドッペル・トークン2》 ATK/400 DEF/400

 

 

「そしてジャンク・ウォリアーの効果発動! このカードがシンクロ召喚に成功した時、俺の場に存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分、攻撃力がアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3100

 

 

 場に現れたドッペル・ウォリアーを小型化したようなトークン。その二体から噴き上がるエネルギーがジャンク・ウォリアーの拳に乗せられる。

 攻撃力3100。一気に最上級モンスターでさえ射程内に収める威力となった拳を握り、ジャンク・ウォリアーがイエロー・ガジェットに目を向けた。

 

「バトル! ジャンク・ウォリアーでイエロー・ガジェットに攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 ジャンク・ウォリアーが一瞬身をかがめると、反動をつけて一気に遊戯さんのフィールドに向かって飛び出していく。

 右拳は振りかぶり、既にいつでも放てる状態だ。攻撃力3100の攻撃を、イエロー・ガジェットが耐えられる道理はない。

 すぐさまイエロー・ガジェットの目前まで迫ったジャンク・ウォリアーがトリガーを引いた撃鉄を思わせる速さで拳を繰り出す。

 しかし、それはイエロー・ガジェットに届く前に不気味な渦によって阻まれた。

 

「リバースカードオープン! カウンター罠《攻撃の無力化》! その攻撃は時空の渦に呑まれて無効になり、バトルフェイズも終了させる!」

 

 攻撃の無力化……! スペルスピード3のカウンター罠なため、ほぼ必ずそのターンは攻撃から守ることが出来る優秀なカードだ。

 攻撃力が勝っていようと、さすがにこれはどうしようもない。

 

「……ターンエンド!」

「そのエンドフェイズ、罠発動! 《機動砦 ストロング・ホールド》! このカードは発動後に守備力2000のモンスターカードとなり、守備表示で特殊召喚される!」

 

 

《機動砦 ストロング・ホールド》 ATK/0 DEF/2000

 

 

「ストロング・ホールド……!」

 

 どこか古代の機械巨人にも通ずる、無骨な機械の巨体。胴体に不自然に空いた三つの穴が何のためにあるものなのか、知らない人間はいないだろう。ガジェットを知る者なら、このカードの存在もまた知っているからだ。

 ということは、次に遊戯さんが取る戦略も見えてくる。俺はその巨体からその陰に立つ相手に視線を移した。

 

「僕のターン、ドロー! さすがだね、遠也くん。このカードが出ただけで僕の手を読んできた」

「さすがに、わかりますよ。でも……」

 

 その戦術には一つ欠点がある。それを指摘しようとするが、遊戯さんは小さく笑むだけだった。

 

「いくよ遠也くん! 僕は《グリーン・ガジェット》を召喚! その効果によりデッキから《レッド・ガジェット》を手札に加える!」

 

 

《グリーン・ガジェット》 ATK/1400 DEF/600

 

 

 ガジェットの一体。こちらは名前の通り緑色をしており、その胴体がそのまま歯車になっている。また、ガジェット三種の中で最も攻撃力が高いモンスターでもある。

 

「更に《二重召喚(デュアルサモン)》を発動! このターン、僕はもう一度だけ通常召喚できる! 《レッド・ガジェット》を召喚! 効果により、デッキから2枚目の《イエロー・ガジェット》を手札に加える!」

 

 

《レッド・ガジェット》 ATK/1300 DEF/1500

 

 

 そして赤い体に歯車を背負った、最後のガジェット。こちらはガジェット三種の中で最も守備力が高いモンスターである。

 しかし、今重要なのはそこではない。

 

「三色ガジェットが揃った……!」

 

 重要なのはその一点。互いが互いをサーチしあう三体のガジェットが、フィールドに出揃ったということにあった。

 思わず声を出して俺に、遊戯さんが頷く。

 

「そう、ガジェットたちがフィールドに揃ったことにより、ストロング・ホールドの効果が発動する! レッド・グリーン・イエローのガジェットが存在する時、攻撃力が3000になる!  起動せよ、ストロング・ホールド!」

 

 その声に反応し、遊戯さんの場のガジェットたちが次々とストロング・ホールドの体に向かっていく。

 ストロング・ホールドの体に空いていた三つの穴。そこにそれぞれ身を預けた三体、それぞれの歯車が動きだし、ストロング・ホールドは力強く立ち上がった。

 

 

《機動砦 ストロング・ホールド》 ATK/0→3000

 

 

 攻撃力0から一気に3000に。ガジェットとストロング・ホールドのこのコンボは非常に有名で、ガジェットを使っていない人間でも知っているほどだ。

 いきなりの攻撃力3000の出現は強力だ。しかし、忘れてはならないのが俺のジャンク・ウォリアーの攻撃力は3100であるということだ。そう、100ポイント今でも上回っているのである。

 俺が言おうとした欠点がこれだった。たとえ3000になったとしても、ジャンク・ウォリアーを倒すには至らない。そのことは遊戯さんも承知のように見えたが……。

 しかし、結局遊戯さんは普通にストロング・ホールドの攻撃力を3000にしている。どういうことなのかと訝しむが、その答えはすぐにわかることとなった。

 

「更に魔法カード《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、その後手札を2枚捨てる!」

 

 最高の手札交換カード。遊戯さんはそれによって墓地にカードを置いた瞬間、続けて口を開いた。

 

「そして今手札から捨てた《暗黒魔族ギルファー・デーモン》の効果発動! このカードが墓地に送られた時、攻撃力を500ポイント下げる装備カードとなってフィールド上のモンスター1体に装備できる! 僕は遠也くんのジャンク・ウォリアーを選択!」

「ッ! そういうことか……!」

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/3100→2600

 

 

 床から黒い影がフィールドに噴き出し、ジャンク・ウォリアーを拘束するようにまとわりつく。ギルファー・デーモンの怨念とでもいうべきか、その影によってジャンク・ウォリアーの攻撃力は3100から2600に減衰した。

 恐らく、ストロング・ホールドを発動させた時点で手札にギルファー・デーモンがあったのだろう。また、天使の施しもあった可能性が高い。元々これを遊戯さんは狙っていたのだ。

 遊戯さんを見れば、その考えを肯定するように力強い瞳で場を見据えていた。

 

「ストロング・ホールドとイエロー・ガジェットを攻撃表示に変更! バトルフェイズ! ストロング・ホールドでジャンク・ウォリアーを攻撃! 《スチール・ギア・クラッシュ》!」

「く……!」

 

 

遠也 LP:4000→3600

 

 

 ジャンク・ウォリアーが見上げるほどの巨体から、唸りを上げて拳が振り下ろされる。たとえそれに攻撃の意思がなかったとしても、頭上から迫る鉄の塊はそれだけで脅威である。

 ジャンク・ウォリアーは破壊され、その差分だけ俺のライフが削られる。

 

「更にガジェットたちの追撃! いけ、みんな!」

 

 ストロング・ホールドの体からぴょんと飛び降り、三体が向かってくる。これを受ければ、攻撃力の低いドッペル・トークンしかいない今、大ダメージは必至。

 だが。

 

「これ以上のダメージは受けない! 罠カード《ダメージ・コンデンサー》! 手札を1枚捨て、俺が受けた戦闘ダメージ以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから攻撃表示で特殊召喚する! 俺は攻撃力0の《ゼロ・ガードナー》を特殊召喚!」

 

 青く小柄な人形のようなモンスターが現れる。プロペラと翼で空を飛び、その体からは自身の倍以上もある大きな「0」を象った模型をぶら下げているという、なんとも奇妙なモンスターである。

 

 

《ゼロ・ガードナー》 ATK/0 DEF/0

 

 

「攻撃力0? それを攻撃表示なんて……」

 

 俺が受けたダメージは400ポイント。だからそれ以下の攻撃力がいるのであれば、わざわざ0のモンスターを出す必要はない。

 元々攻撃力400以下はかなり低く、デッキに入っていない可能性は十分ある。俺のデッキに攻撃力400以下のモンスターは攻撃力0しかいないことも不思議ではないが、遊戯さんはそうは思わなかったようだ。

 

「怖いな……けど、ここは踏み込む! イエロー・ガジェットでゼロ・ガードナーに攻撃!」

 

 何らかの効果があると思いながらも、遊戯さんは最終的にそのまま攻撃に移った。

 迫るイエロー・ガジェット。その攻撃が届く前に、ゼロ・ガードナーは一層飛ぶ高度を上げた。

 

「この瞬間、ゼロ・ガードナーをリリースして効果発動! このターン俺は一切の戦闘ダメージを受けない!」

 

 頭上を飛ぶゼロ・ガードナーが吊るしていた模型を落とす。それは壁となって俺のフィールドと遊戯さんのフィールドを隔て、イエロー・ガジェットは遊戯さんの場に戻っていった。

 

「さすがにそう簡単にはいかないか……カードを1枚伏せて、ターンエンドだよ」

 

 そして攻撃を終えたガジェットたちは再びストロング・ホールドの一部となる。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、手札を見る。そこには、充分にこのターンで勝負を決められるカードが揃っていた。

 だから、俺は躊躇いなくそれを実行する。この胸に抱える遊戯さんへの反発と、逃げ続ける自分への自己嫌悪を忘れるために。

 

「魔法カード《調律》を発動! デッキから「シンクロン」と名のつくチューナー1体を手札に加え、その後デッキをシャッフルし、デッキトップのカードを墓地に送る! 俺は《クイック・シンクロン》を手札に加える!」

 

 墓地に落ちたのは《おろかな埋葬》。正直惜しいカードだが、しかしこれからやることに何ら支障はない。

 

「そして手札のモンスターカード《カードガンナー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚する!」

 

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

 

 

「レベル1ドッペル・トークン2体に、レベル5クイック・シンクロンをチューニング!」

 

 クイック・シンクロンが中空に現れたルーレットを持ち前の銃で撃つ。撃ち抜かれたのは、《ニトロ・シンクロン》のパネルだった。

 

「集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

 クイック・シンクロンとドッペル・トークン。計三体によるシンクロ召喚のエフェクトがフィールドを照らし、次いで姿を現したのは緑色の肉体と厳めしい顔つきが目立つ炎属性の戦士である。

 

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

 

「そして速攻魔法《エネミー・コントローラー》を発動! その一つ目の効果、相手モンスター1体の表示形式を変更できる! 俺はストロング・ホールドを選択!」

 

 ストロング・ホールドがゆっくり膝をついて守備表示になる。その体を動かしていたガジェットたちの歯車も止まる。

 守備表示になれば、ダメージは通らない。しかし、ニトロ・ウォリアーの前ではこの状態こそが最高だ。表側守備表示であることは、大きな意味を持つ。

 

「バトルだ! ニトロ・ウォリアーでイエロー・ガジェットに攻撃! この時、ニトロ・ウォリアーの効果発動! 魔法カードを使用したターンのダメージステップ、1度だけこのカードの攻撃力は1000ポイントアップする!」

 

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800→3800

 

 

 咆哮を上げ、ニトロ・ウォリアーから蒸気が噴き出す。煮えたぎるマグマのように熱された炎が現出し、その拳を包み込む。

 

「喰らえ、《ダイナマイト・ナックル》!」

 

 ここまでは狙い通り。この攻撃でイエロー・ガジェットを破壊できれば三色ガジェットが場にいなくなり、ストロング・ホールドは攻撃力が0に戻る。

 そしてニトロ・ウォリアーが持つ第二の効果。相手モンスターを戦闘で破壊した時、表側守備表示のモンスター一体を攻撃表示にして再度バトル出来る。

 攻撃力3000のストロング・ホールドも、ガジェットが一体でも欠ければその攻撃力を維持できない。そこにニトロ・ウォリアーの追撃が決まれば、更に2800ポイントのダメージとなって遊戯さんは倒れる。

 このターンでこのデュエルに決着をつけることになるのだ。

 

 ……もっとも、それはあくまでこの攻撃が通ればの話である。

 

「リバースカードオープン!」

 

 響く遊戯さんの声。やはりそう上手くはいかないようだと、俺は内心舌打ちした。

 

「罠カード《迎撃の盾》! 僕の場のモンスター1体を生け贄に捧げ、その守備力の数値を別のモンスターの攻撃力に加算する! 僕はストロング・ホールドを生け贄に捧げ、その守備力2000をイエロー・ガジェットの攻撃力に加える!」

 

 ストロング・ホールドが消え去り、組み込まれていたガジェットが飛び降りる。そして消えゆくストロング・ホールドから放たれたエネルギーは、余すところなくイエロー・ガジェットへと降り注いだ。

 

 

《イエロー・ガジェット》 ATK/1200→3200

 

 

「だけど、攻撃自体は防げない! イエロー・ガジェットを撃破!」

 

 

遊戯 LP:4000→3400

 

 

 ニトロ・ウォリアーの攻撃がイエロー・ガジェットに炸裂し、600ポイントのライフを奪う。本来ならばここで追撃が可能になるはずだったのだが……。

 

「相手の場に表側守備表示のモンスターがいなくなったことで、ニトロ・ウォリアーはもう攻撃できない。ターンエンド!」

 

 遊戯さんの場に残った二体のガジェットはともに攻撃表示。ニトロ・ウォリアーの追撃効果は発動させることが出来ず、俺はターンを終えるしかなかった。

 さすが、と言うべきなのだろう。だが、今の俺にあるのは賞賛ではなく、上手く事が運ばない苛立ちのみだった。

 

「僕のターン、ドロー! 僕は《サイレント・マジシャン LV4》を召喚!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/1000 DEF/1000

 

 

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、遊戯さんがデュエルを進行する。

 召喚されたのは、レベル4のサイレント・マジシャン。「LVモンスター」と呼ばれる、ある条件を満たすことでより強力な進化形態に成長していく特殊なモンスターたちだ。

 白い法衣に身を包んだ幼い少女。銀色の髪の向こうに隠れた目が、遥かに強力なニトロ・ウォリアーを前にしながらも強く輝いている。

 サイレント・マジシャンはその成長後の姿である《サイレント・マジシャン LV8》が強力なことで知られるモンスター。出来ればそのモンスターが現れる前に決着をつけたいところだが……、ッ!?

 

「これは!?」

 

 思考の途中、俺は自分のフィールドに起きた変化に思わず目を見張る。

 そこにはニトロ・ウォリアーを囲うように浮遊する何本もの光の剣が存在していたのだ。

 

「――魔法カード《光の護封剣》を発動! 僕はこれでターンを終了する!」

「光の護封剣……!」

 

 3ターンの間、こちらの攻撃を封じる魔法カード。OCG黎明期から存在する有名な魔法カードの一つだ。

 その攻撃抑制能力は、群を抜いて高い。3ターンもの長い間、攻撃を行うことが出来ないというのはこちらにとって大きな痛手である。

 こんなデュエル、早々に終わらせてしまいたい俺としては、これ以上に面倒なカードはなかった。

 その感情が表に出て、俺は顔をしかめた。

 

「……遠也くん、君は今、何を考えているの?」

「っ、何の話ですか、いきなり……」

 

 不意に、遊戯さんが声をかけてくる。唐突なそれに思わず怪訝な声を返せば、遊戯さんは首を小さく横に振った。

 

「いきなりじゃないよ。僕は言ったはずだ、君のことが知りたいって。僕に特別な力なんて何もない。口に出して聞かなきゃ、人の気持ちを知ることは出来ないんだ」

 

 そう言う遊戯さんの目には何か強い意志のようなものが感じられた。そこにあるのは、俺に話してほしいという真摯な、どこまでも真剣な気持ち。

 相手の気持ちはわからない。けれど、察することは出来る。俺は遊戯さんから一歩も引かない気持ちを感じ、少し顔を伏せた。真っ直ぐに見つめてくるその視線が、今はひどくばつが悪かった。

 

「……俺はただ勝つだけです。それだけですよ」

「どうして、そんなに苛立っているの?」

 

 直後、続いた言葉に俺は反射的に顔を上げて声を荒げた。

 

「ッ! それはっ、あなたが俺がデュエルに没頭するのがよくないことだって言うから……!」

 

 感情的な言葉。けれど、それにも遊戯さんは泰然と頷くだけだった。

 

「うん。けど、僕にはそれだけには見えない。君がデュエルに没頭しているのは逃げだって僕は言った。……君はこの現実から逃げている。独りこの世界で自分だけが違うことが不安だって言っていたけど……」

「けど……なんですか」

 

 問い返せば、一拍の間。

 考えをまとめるかのように一瞬目を伏せて、遊戯さんは再び口を開いた。

 

「君が逃げている理由の一端はそうなのかもしれない。けど、僕には君がもっと大きなものに怯えているように見えるんだ」

「――ッ!!」

 

 その言葉に、俺がいま最も恐れている思考が脳裏によぎる。

 出来るだけ考えないようにし、決して向き合うことがないようにしてきたその考えを呼び起こされる。言葉に出来ない感覚、その押し寄せる不安にぐっと唇をかみしめて耐えた。

 

「君は一体何に――」

「俺のターンッ!!」

 

 デッキからカードを引く。話は終わりだという気持ちを乗せた行動に、しかし遊戯さんは食い下がる。

 

「遠也くん!」

「今はデュエル中だ、遊戯さん! ……それに、認めたくないことだってあるんだ! 俺がこのデュエルに勝ったら、もう何も聞かないでくれッ!」

 

 叫び声に近い言葉を吐き出して、俺は遊戯さんを睨みつけた。

 しかし、自分でもその睨みに力がないのがわかる。もうそのことには触れないでくれ、そん懇願にも似た気持ちが込められた訴えに、遊戯さんはゆっくり頷いた。

 

「……わかった。なら僕は、勝って君の本当の思いを見つけてみせる!」

 

 そんな機会は俺が勝つ以上は訪れない。

 たとえデュエルキングとはいえ、この世界と元の世界ではカードプールも、戦略も大きく違う。だからこそ、俺は遊戯さんに勝つ自信があった。

 だから、心の中で突きつける。そんな機会はやってこないと。

 

「君がドローした瞬間、サイレント・マジシャンの効果発動! 相手がドローするたびにこのカードに魔力カウンターを1つ乗せる。そしてカウンター1つにつき500ポイント攻撃力をアップさせる!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/1000→1500 魔力Counter/0→1

 

 

 サイレント・マジシャンの体を淡い光が包む。白の法衣に反射する光が幻想的な輝きを見せる中、俺は手札のカードに視線を落とした。

 

「……俺は、このままターンエンド!」

 

 今できることは何もない。幸い場にはニトロ・ウォリアーがいるため、何の行動をしなくとも今ならまだ大丈夫だ。

 エンド宣言をしたことでターンが移り、遊戯さんがデッキトップに指をかけた。

 

「僕のターン、ドロー! 《イエロー・ガジェット》を召喚! その効果によりデッキから《グリーン・ガジェット》を手札に加える! カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 

《イエロー・ガジェット》 ATK/1200 DEF/1200

 

 

 再び現れるイエロー・ガジェット。これで再び遊戯さんの場に三色ガジェットが揃ったことになる。

 だが、今はストロング・ホールドもおらずガジェットの攻撃力はニトロ・ウォリアーに届かない。遊戯さんも、今は行動できないようだった。

 

「俺のターン、ドロー!」

「この時、2つ目の魔力カウンターがサイレント・マジシャンに乗る!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/1500→2000 魔力Counter/1→2

 

 

 徐々にその身を覆う光を強くしていくサイレント・マジシャン。確かにこのまま攻撃力が上がっていけば、LV8にならなくても危険な存在になるだろう。

 だが、今のドローで俺は十分にこの状況を変えることが出来るカードを引いていた。

 

「サイレント・マジシャンがいくら強くなろうと、すぐに決めれば問題はない! 速攻魔法《サイクロン》を発動! 光の護封剣を破壊する!」

 

 フィールドに現れる激しい風。これで光の護封剣は破壊され、俺は攻撃が出来るようになる……はずだった。

 

「させない! カウンター罠《魔宮の賄賂》を発動! 相手の魔法・罠の発動を無効にして破壊し、相手はデッキからカードを1枚ドローする!」

「く……ドロー!」

 

 スペルスピード3のカウンター罠。それによって光の護封剣の破壊はならなかった。それどころか……。

 

「遠也くんがドローしたことで、更にサイレント・マジシャンに魔力カウンターが乗る!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/2000→2500 魔力Counter/2→3

 

 

 サイレント・マジシャンに更なる魔力カウンターを乗せることになってしまった。その攻撃力は2500。ついに上級の基準値になるほどであった。

 

「なら、俺はモンスターを裏守備表示で召喚! ターンエンド!」

「僕のターン、ドロー! 魔法カード《壺の中の魔術書》! 互いのプレイヤーはデッキからカードを3枚ドローする!」

 

 これによって俺の手札は六枚に。遊戯さんの手札は五枚となる。

 そして……。

 

「俺の手札も増えた、ってことは……」

「そう! 再びサイレント・マジシャンにカウンターが乗る!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/2500→3000 魔力Counter/3→4

 

 

 その身を包む光は、もはや眩しいほどの輝きとなって杖先に集まっていく。最上級にも見劣りしない、圧倒的な力がそこにはあった。

 

「攻撃力3000……!」

「これでサイレント・マジシャンはニトロ・ウォリアーの攻撃力を上回った! 更にイエロー・ガジェットを生け贄に捧げ、《サイレント・ソードマン LV5》を召喚!」

 

 

《サイレント・ソードマン LV5》 ATK/2300 DEF/1000

 

 

 大剣を肩に担いだ、こちらもLVモンスターのサイレント・ソードマン。青を基調とした服に身を包み、青年らしくがっしりした体躯がその強さを物語る。

 このカードはLVモンスターではあるが、通常召喚に関する制約が一切ない。そのため普通にアドバンス召喚が可能なのだ。そのくせ、相手の魔法カードの効果を受けないという効果まで有している。

 唯一の弱点はその攻撃力が若干低い点である。そのため戦闘破壊するだけなら難しいことではない。ただし、それも俺が攻撃できればの話だが。

 

「バトル! サイレント・マジシャン LV4でニトロ・ウォリアーに攻撃! 《サイレント・バーン》!」

「ぐぅッ……!」

 

 サイレント・マジシャン LV4の小さな体からは想像もできない威力の魔法攻撃。杖先に集まった膨大な光が指向性を持ってニトロ・ウォリアーにぶつけられ、僅かに耐えるもののニトロ・ウォリアーはその身を墓地に置くことになった。

 

 

遠也 LP:3600→3400

 

 

 そしてサイレント・マジシャンの攻撃が終わった直後。サイレント・ソードマンが担いでいた大剣をゆっくりと正眼に構えた。

 

「更にサイレント・ソードマン LV5でセットモンスターを攻撃! 《沈黙の剣LV5》!」

 

 サイレント・ソードマンが疾走し、その剣で伏せられていたカードを引き裂く。その影から出てきた少女が、体を丸めたまま消えていった。

 

「セットしていたのは《薄幸の美少女》だ! このカードが戦闘で破壊されて墓地に送られた時、バトルフェイズを終了させる!」

 

 遊戯さんの場にはまだグリーンとレッドのガジェットが残っている。その追撃もこれで防ぐことが出来るはずだった。

 さすがにこの状況で発動できるカードまでは無かったのか、遊戯さんは一つ息を吐いていた。

 

「僕はカードを2枚伏せて、ターンエンド!」

 

 新たに二枚のカードが遊戯さんの場に現れてターンが俺に移る。

 今のターンで俺と遊戯さんのライフは並んだ。一進一退、そう言えば聞こえはいいが、本来の予定では俺は既に勝てるつもりでいた。そのため、この状況に満足できはしない。

 いくら遊戯さんがこの世界のチャンピオンであると言っても、元の世界はここよりも洗練された戦略が溢れていた世界だと自負していた。その世界にいたからこそ、苦戦するとは正直思っていなかったのだ。

 まして、今は何としても勝ちたいデュエル。だというのに進まない状況に、俺は納得かないものを感じながらデッキに指をかけた。

 

「俺のターン、ドロー!」

「この瞬間、サイレント・マジシャンに最後のカウンターが乗る!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/3000→3500 魔力Counter/4→5

 

 

 サイレント・マジシャンに魔力が満ち、溢れる魔力が風となってフィールドを駆け巡る。

 攻撃力は3500。ついに最高値にまで到達したが、今はまだ何の効果も持たないバニラに近い。なら、さっさと破壊してしまうに限る。

 幸い、手札にいいカードが来てくれた。

 

「俺は《ライトロード・マジシャン ライラ》を召喚!」

 

 

《ライトロード・マジシャン ライラ》 ATK/1700 DEF/200

 

 

 白のドレスに白のマント。金色の装飾が随所に散りばめられた豪奢な装いに身を包んだ魔法使いの女性が、召喚による光の中から現れる。

 墓地肥やしに長けた効果を持つライトロードの一体であり、その中でもかなり汎用性に富んだ効果を持つモンスターである。

 

「ライラの効果発動! このカードを守備表示にすることで、相手の場に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する! 光の護封剣を破壊!」

 

 どうせこのターンの終わりには消えていたカードだが、一ターンの遅れが致命的になることもある。そんな中でライラが来てくれたことはありがたかった。

 これでようやく攻撃を行うことが出来る。

 

「更に手札の《ターボ・シンクロン》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスター《スター・ブライト・ドラゴン》を墓地に送り、デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する! 来い、《チューニング・サポーター》!」

 

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 

 再び登場するクイック・シンクロン。そしてもう一体、中華鍋をかぶった小柄なモンスターは、シンクロ素材として非常に有用な効果を持つモンスターである。

 

「チューニング・サポーターの効果発動! このカードはシンクロ召喚の素材となる時、そのレベルを2として扱える! レベル2となったチューニング・サポーターにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 クイック・シンクロンが「ジャンク・シンクロン」の絵を撃ち抜き、そのままフィールドから飛び上がった。クイック・シンクロンが徐々に五つの輪に変化し、その中を二つの星が潜り抜けていく。

 

「集いし怒りが、忘我の戦士に鬼神を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 吼えろ、《ジャンク・バーサーカー》!」

 

 光が溢れ、その中から赤い鎧に身を包んだ鬼の偉丈夫が姿を現す。担いだ巨斧はその身の丈を超えるほどであり、武器というよりは兵器のような迫力がある。

 その瞳は白く、狂戦士の名が示すように正常な光は見られない。口から断続的にこぼれる吐息が、その不気味さを引き立てていた。

 

 

《ジャンク・バーサーカー》 ATK/2700 DEF/1800

 

 

「チューニング・サポーターがシンクロ素材となって墓地に送られた時、デッキからカードを1枚ドローする!」

 

 ドロー効果が発動したが、既にサイレント・マジシャンには最大までカウンターが乗っているため、これ以上攻撃力が増えることはない。

 

「そしてジャンク・バーサーカーの効果発動! 墓地に存在する「ジャンク」と名のつくモンスターをゲームから除外し、そのモンスターの攻撃力分相手モンスター1体の攻撃力を下げる!」

 

 ニトロ・ウォリアーに並び、戦闘に滅法強いのがこのジャンク・バーサーカーだ。その理由がこの効果である。

 

「俺が選ぶのは、ジャンク・シンクロン! その攻撃力1300ポイント、サイレント・マジシャン LV4の攻撃力を下げる! 《レイジング・ダウン》!」

 

 掠れた咆哮を轟かせ、ジャンク・バーサーカーが力任せに戦斧を床に叩きつける。その衝撃は、相手のフィールドにまで届くほどだった。

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/3500→2200

 

 

 仲間の死によって狂い、そして死した仲間の無念を力へと変える戦士。それこそがジャンク・バーサーカーだ。

 その効果によってサイレント・マジシャンの攻撃力は大幅に下がり、ジャンク・バーサーカーの射程圏に収まった。

 

「バトル! ジャンク・バーサーカーでサイレント・マジシャン LV4に攻撃! 《スクラップ・クラッシュ》!」

 

 荒々しく地を踏み鳴らしながらジャンク・バーサーカーがフィールドを駆ける。その手に持った巨斧が炸裂すれば、サイレント・マジシャン LV4はひとたまりもないだろう。

 これが決まれば遊戯さんのエースは倒れ、こちらが断然有利になる。

 そしてついにジャンク・バーサーカーが遊戯さんのフィールドに踏み入った、その瞬間。

 

「させないよ! 罠カード《和睦の使者》! このターン僕は戦闘ダメージを受けず、モンスターも戦闘では破壊されない!」

「くっ、またか……!」

 

 ジャンク・バーサーカーが斧を思い切り振り下ろすも、それは見えない壁にふさがれてサイレント・マジシャンに届かない。そして攻撃を終えたバーサーカーは、大きく後ろに跳躍して戻ってくる。

 またしても攻撃を防がれた。攻撃を行う時、遊戯さんには必ずそれを防御する手段が残されている。巧いが……しかし、厄介なものだった。

 

「ターンエンドッ! そしてこの瞬間、ライラの効果によりデッキの上からカードを3枚墓地に送る!」

 

 墓地に送られたのは、《光の援軍》《エフェクト・ヴェーラー》《ライトロード・ハンター ライコウ》の三枚。

 あまりいい結果とは言えない。無意識に眉が寄った。

 

「僕のターン、ドロー! そしてこのスタンバイフェイズ、サイレント・マジシャン LV4の効果発動! このカードを墓地に送ることで、手札またはデッキから進化した姿となって現れる!」

 

 遊戯さんのフィールドにてサイレント・マジシャン LV4が静かに目を閉じると、光の奔流がその身を覆い隠す。

 まったく姿が見えなくなってしまった小柄な魔法使いの少女は、これまでに溜めてきた魔力によって一気にその力を開花させる。

 

「デッキから特殊召喚! 《サイレント・マジシャン LV8》!」

 

 光のヴェールが取り払われ、その姿がついに現れる。

 子供だった魔法使いはどこにもいない。その身は女性を意識させるほどに均整の取れたものへと変わり、長い銀色の髪が魔力の風に揺れる。かつての少女の趣を残しつつも美しい大人の女性に成長したサイレント・マジシャンが、手に持った杖をそっと構えた。

 

 

《サイレント・マジシャン LV8》 ATK/3500 DEF/1000

 

 

「ついにきたか……!」

 

 その白い魔術師の姿に、俺は警戒を強くする。

 サイレント・マジシャン LV8はサイレント・ソードマン LV5と同じく自身への魔法カードの効果を無効にする効果を持つ。しかし、その脅威はサイレント・ソードマンの比ではない。

 なぜならば戦闘で比較的簡単に倒せるサイレント・ソードマンと違い、サイレント・マジシャンの攻撃力は3500。戦闘でも早々破壊できない数値なのだ。場に出た時の処理の難しさは圧倒的に上なのである。

 ゆえに、こちらは攻撃力3500を超える攻撃力を用意するか、モンスター効果または罠によって除去するしかない。前者は骨が折れるので、後者が望ましいだろう。

 そう思考を続ける最中、遊戯さんは更に手札のカードを手に取った。

 

「僕は更に永続魔法《冥界の宝札》を発動! 2体以上の生贄を必要とする召喚に成功した時、デッキからカードを2枚ドローする! そしてレッド・ガジェット、グリーン・ガジェットを生け贄に捧げ、《バスター・ブレイダー》を召喚!」

 

 

《バスター・ブレイダー》 ATK/2600 DEF/2300

 

 

 鈍く光を反射する全身鎧に、竜ですら倒すと言われる大剣。レベル8の最上級モンスターであるバスター・ブレイダーが堂々と遊戯さんの場に立つ。

 サイレント・マジシャンに続いて出てきた大型モンスターに、俺は驚きを隠せない。ガジェットの利便性に助けられているとはいえ、よくあんな重いデッキが回るものだと思わずにはいられなかったのだ。

 

「生け贄2体による召喚に成功したため、冥界の宝札の効果で2枚ドロー!」

 

 その上で手札の補充まで行うとは……どこまでも隙を見せないそのタクティクスに、今はしかし歯噛みするしかなかった。

 

「バスター・ブレイダーは相手のフィールド上と墓地に存在するドラゴン族1体につき500ポイント攻撃力がアップする! 遠也くんの場にドラゴン族はいないけど、さっき君は墓地にドラゴン族を捨てていたはず」

「……ッ!」

 

 ……確かに、俺はさっきワン・フォー・ワンのコストでドラゴン族モンスターである《スター・ブライト・ドラゴン》を墓地に送っている。そしてそれ以外に俺のフィールドと墓地に現在ドラゴン族は存在していない。

 

「よってバスター・ブレイダーの攻撃力は500ポイントアップ!」

 

 

《バスター・ブレイダー》 ATK/2600→3100

 

 

「バトル! バスター・ブレイダーでジャンク・バーサーカーに攻撃! 《破壊剣一閃》!」

 

 バスター・ブライダーが勢いよく飛び出し、ジャンク・バーサーカーの前で大きく跳躍する。

 そして竜殺しの大剣を頭上に掲げると、上から一気にジャンク・バーサーカーを切り裂いた。

 ジャンク・バーサーカーは為す術なく倒され、そしてその攻撃の余波が俺を襲う。

 

「ぐぁああッ!」

 

 

遠也 LP:3400→2600

 

 

「更にサイレント・ソードマンでライトロード・マジシャン ライラに攻撃! 《沈黙の剣LV5》!」

 

 サイレント・ソードマンの剣がライラを一刀のもとに切り伏せる。

 これでついに俺のフィールドにモンスターはいなくなった。

 

「これで最後! サイレント・マジシャン LV8でダイレクトアタック! 《サイレント・バーニング》!」

「まだだ! 手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動! この直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

 

 手札から瞬時に現れた機械づくりのかかしが、サイレント・マジシャンの杖から放たれた白い波動を一身に受け止める。

 やがてその攻撃を余すところなく受け切ったかかしは、役目を終えて俺のフィールドから姿を消した。

 

「なら、僕はカードを1枚伏せて、ターンを終了する!」

「く……俺のターン!」

 

 俺は苦い顔をしながらカードを引く。何故なら流れがずっと向こうにあることを肌で感じているからだった。

 例えば相手の場にはモンスターが常に存在しているというのに、こちらはモンスターを召喚してもすぐに対処されて倒されているという事実がそれを裏付けている。

 どうにかしてこの流れを自分に向けなければ、たとえシンクロ召喚を使っていたとしても俺に勝ちはない。そのことをようやく俺は実感していた。

 

「このカードは相手フィールド上に存在するモンスターの数が自分フィールド上に存在するモンスターの数よりも多い場合、手札から特殊召喚できる! 《ヴェルズ・マンドラゴ》を特殊召喚!」

 

 

《ヴェルズ・マンドラゴ》 ATK/1550 DEF/1450

 

 

「更に《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果で墓地から《チューニング・サポーター》を効果を無効にして特殊召喚!」

 

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 

 再び俺の場にチューナーとそれ以外のモンスターが揃う。何としてでも流れをこちらに引き寄せる。そのために、これから召喚するカードはうってつけだった。

 

「レベル4ヴェルズ・マンドラゴとレベル1チューニング・サポーターに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 

 三体のモンスターが光の中に消え、代わりに降り立ったのはスーパーロボットを思わせる巨大なモンスター。戦士族であることが不思議なほどに全身が機械で構成された巨大ロボットだ。

 雄々しく、迫力に満ちたその見た目。そのモンスター効果もまた、見た目通りにパワフルなものとなっている。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そしてジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、素材にしたチューナー以外のモンスターの数まで場のカードを破壊できる!」

「なんだって!?」

 

 これこそがこのカードが持つ最大の魅力だ。

 シンクロ召喚に成功すれば、最低でも一枚。素材が増えれば増えるほどこのカードの破壊可能枚数も増え、そのぶんこちらに有利な状況を作っていくことが出来る。

 状況によっては破壊しないという選択も可能なため、パワフルでありながら意外と対応力もある効果といえる。

 

「素材にしたチューナー以外のモンスターは2体! よって2枚破壊できる! 俺が選択するのは、サイレント・マジシャン LV8とバスター・ブレイダー! いけ、《タイダル・エナジー》!」

 

 そして今、ジャンク・デストロイヤーはその効果をいかんなく発揮する。

 胸部装甲が開き、そこから溢れ出るエネルギーが遊戯さんのフィールドに波となって押し寄せていく。

 これが決まれば遊戯さんは一気にエース二体を失うことになり、こちらにとって大きなチャンスとなる。

 そうしてジャンク・デストロイヤーによる破壊の波がフィールドに届くところで、遊戯さんはデュエルディスクに手を伸ばした。

 

「その効果にチェーンして罠発動! 《亜空間物質転送装置》! 僕の場に存在するモンスター1体をエンドフェイズまで除外する! サイレント・マジシャンを除外!」

 

 瞬時、フィールドに現れた奇妙なデザインの機械によって、サイレント・マジシャンが遊戯さんの場から消える。

 それを見て思わず、くそ、と声が漏れた。

 

「逃げられたか……! だが、バスター・ブレイダーは破壊される!」

 

 あくまで逃げることが出来たのはサイレント・マジシャンのみ。バスター・ブレイダーにこの効果を回避する術はなく、波に呑まれて竜殺しの戦士はその姿を消していった。

 これで遊戯さんの場にはサイレント・ソードマン LV5が一体のみ。伏せカードが気になるが、ここは攻めるのみだ。

 

「バトル! ジャンク・デストロイヤーでサイレント・ソードマン LV5に攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

「くぅ……!」

 

 デストロイヤーの文字通りの鉄拳がサイレント・ソードマンを上から殴りつけて粉砕する。

 受け止めようとした剣ごと叩き潰し、それによって遊戯さんのライフを更に300削ることに成功した。

 

 

遊戯 LP:3400→3100

 

 

 微々たるものだが、今は相手の場のモンスターの大半を除去できたことを喜ぶべきだろう。俺は自分の場に戻ってきたジャンク・デストロイヤーを見上げ、一つ息を吐いた。

 

「俺はこれでターンエンド!」

「そのエンドフェイズ、亜空間物質転送装置によって除外されていたサイレント・マジシャンが僕の場に戻ってくる!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV8》 ATK/3500 DEF/1000

 

 

 攻撃力3500を誇る、遊戯さんの場で今一番厄介なモンスター。それを除去できなかったのは痛いが……仕方がないことだと割り切るしかない。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 遊戯さんが勢いよくカードを引く。そして手札を見つめると、その中から一枚を選択してデュエルディスクに置いた。

 

「僕は《グリーン・ガジェット》を召喚! 効果で《レッド・ガジェット》を手札に加える!」

 

 

《グリーン・ガジェット》 ATK/1400 DEF/600

 

 

 もはや遊戯さんのフィールドにいない時の方が珍しいガジェット。その中でも最も攻撃力が高いグリーン・ガジェットが攻撃表示で佇む。

 

「バトルだ! サイレント・マジシャンLV8でジャンク・デストロイヤーに攻撃! 《サイレント・バーニング》!」

「くッ!」

 

 放たれる閃光がジャンク・デストロイヤーをするりと呑みこみ、大きな爆発と減ったライフポイントが攻撃の結果を俺に知らせる。

 

 

遠也 LP:2600→1700

 

 

「更にグリーン・ガジェットの追撃! 《ガジェット・パンチ》!」

「ぐぁッ……!」

 

 

遠也 LP:1700→300

 

 

 グリーン・ガジェットが繰り出した何の変哲もないパンチは、壁も何もない今直接攻撃となって俺のライフを削り取る。

 残るライフは僅かに300。遊戯さんとは十倍以上の開きがある。

 俺は勝てる。未来に出るはずのカードやシンクロ召喚というシステムを持つ俺が負けることはない。そう心のどこかで確信していただけに、俺はこの状況に不甲斐なさと怒り、そして焦りを感じざるを得なかった。

 

「僕はカードを1枚伏せてターンを終了する」

「くそッ! 俺のターンッ!」

 

 毒づき、すぐさまターンを開始する。

 焦りが思考を灼く。しかしそれでも焦ったままでいいことなど何もない。だから冷静にターンを進行するため、俺は努めて平常心を保つように意識しなければならなかった。

 

「俺は《調律》を発動! デッキから《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、そのまま召喚! その効果で墓地から《ライトロード・ハンター ライコウ》を特殊召喚!」

 

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ライトロード・ハンター ライコウ》 ATK/200 DEF/100

 

 

「レベル2ライトロード・ハンター ライコウにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし狂気が、正義の名の下動き出す! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

 

 現れるのは白の装甲に覆われた機動兵器。顔と思われる位置に鎮座する青い一つ目のごときレンズがピントを合わせるように絞られ、サイレント・マジシャンを見つめる。

 

「バトル! カタストルでサイレント・マジシャンに攻撃!」

「攻撃力が低いモンスターで攻撃を……?」

 

 遊戯さんの訝しげな声が耳朶を打つ。

 確かに普通ならば破壊されてダメージを負うのもこちらだろう。しかし、ことカタストルに関してはこの状況においてそんなことはありえない。

 

「カタストルの効果! カタストルには闇属性以外のモンスターと戦闘を行う時、ダメージ計算を行わずに相手モンスターを破壊する効果がある! 《デス・オブ・ジャスティス》!」

 

 言うと同時に、カタストルの一つ目にエネルギーが充填されていく。これならばサイレント・マジシャンを破壊することが出来る。

 攻撃力3500を誇るモンスターがいなくなる。その事実は大きい。その結果を導き出すカタストルの攻撃が放たれようとした、その時だった。

 

「その攻撃を通すわけにはいかない! 罠発動、《シフトチェンジ》! 僕のモンスターが相手の魔法・罠の効果あるいは攻撃の対象になった時、僕がコントロールする別のモンスターに対象を移す! グリーン・ガジェットを選択!」

「なにッ!」

 

 また……また防がれた?

 バトル中にもかかわらず一瞬呆ける中、対象を変更されたカタストルの攻撃はグリーン・ガジェットへと向かう。

 レーザーに貫かれたグリーン・ガジェットはカタストルの効果もあって確実に破壊された。そしてカタストルの攻撃力はグリーン・ガジェットを上回ってはいたが、しかし。

 

「く……カタストルの破壊は効果による破壊だ。よって遊戯さんに戦闘ダメージはない……」

 

 モンスターを減らせはしたが、減らしたのはすぐに後続がやって来るガジェット。あまり効果はないと見た方がいいだろう。

 俺はいま苦虫を噛み潰したように渋い顔になっているに違いない。それほどまでに、この状況は俺にとって気に食わないものだった。

 そして手札に目を落とす。《サンダー・ブレイク》と《くず鉄のかかし》……ひとまずこの2枚で耐えるしか俺の取るべき道は存在していなかった。

 

「……カードを2枚伏せ、ターンエンド」

「そのエンドフェイズにリバースカードオープン! 速攻魔法《速攻召喚》! この瞬間に僕は通常召喚を行える! 手札から《レッド・ガジェット》を召喚し、効果で《イエロー・ガジェット》を手札に加える!」

「く……!」

 

 

《レッド・ガジェット》 ATK/1300 DEF/1500

 

 

 これだけやっても、流れは遊戯さんにある。そのことに俺は歯がゆい思いを感じずにはいられない。

 

「僕のターン、ドロー! 手札から《天よりの宝札》を発動! お互いに手札が6枚になるようにドローする! そして今ドローした《ワタポン》の効果発動! このカードがカード効果によってデッキから手札に加わった時、特殊召喚できる。守備表示で特殊召喚!」

 

 

《ワタポン》 ATK/200 DEF/300

 

 

 その名前の通りにふわふわの綿に大きな目と触角がついたような、可愛らしいモンスターが遊戯さんの場に特殊召喚される。これで遊戯さんの場にはモンスターが三体となったわけだ。

 

「……っ」

 

 それを俺はただ見つめる。俺が伏せたのは攻撃反応系の罠と除去罠。除去カードを発動させることは出来るが、今はまだ使う時ではない。

 そのため今は付け入る隙がないか注意深く遊戯さんの挙動を見ることしかできなかった。

 

「更に《強欲な壺》を発動! デッキからカードを2枚ドロー! ――いくよ、遠也くん! 僕はワタポンとレッド・ガジェットを生け贄に捧げ、最上級モンスターを召喚する! 裏側守備表示で召喚!」

「セット召喚だって!?」

 

 それも最上級を。そのことに一体何の意味があるのか。そして召喚したモンスターは何なのか。俺はなかなか見ない戦術に目を丸くするしかない。

 

「冥界の宝札の効果で2枚ドロー! 更に魔法カード《ワーム・スリップ》! 僕の場のモンスター1体は次の君のターンのスタンバイフェイズまで除外される。サイレント・マジシャンを除外!」

 

 再びフィールドからサイレント・マジシャンが消える。

 だが、この状況でわざわざサイレント・マジシャンを除外する意味は何だ? さっきデストロイヤーによる破壊から逃れた時とは状況が違い過ぎる。何より自分のターンで自分のエースが除去されるような事態など……、――いや待て。

 確か、遊戯さんにはサイレントの名を持つLVモンスター以外にも切り札がいたはず。磁石の戦士、バスター・ブレイダー、デーモンの召喚、そして――。

 

「魔法カード《太陽の書》を発動! 僕の場に存在する裏側守備表示のモンスターを表側攻撃表示に変更する! 今こそその姿を現せ……《破壊竜ガンドラ》!」

 

 伏せられていたカードが縦向きに変わり、次いで表側表示に変更される。それによってソリッドビジョンがモンスターを認識し、その漆黒の巨体をフィールド上に顕現させた。

 

 

《破壊竜ガンドラ》 ATK/0 DEF/0

 

 

 見上げるほどの大きさ。そして見上げた先には鋭い眼光がこちらを見据えている。

 その迫力に口の中が乾き、つばを飲み込む。それが合図だったというわけではないだろうが、直後に赤い水晶のような器官を体中につけた闇色のドラゴンは、けたたましい咆哮を上げて翼を広げた。

 

「ガンドラ……!」

 

 レベル8の最上級ドラゴン族にして遊戯さんのデッキの切り札的存在。サイレント・マジシャン、サイレント・ソードマンに次いで遊戯さんのデッキでも名の知られたモンスターだ。

 ガンドラはステータスが攻守ともに0で、特殊召喚が出来ない。つまりアドバンス召喚しかできないわけだが、これだけではそれに見合った能力があるとは言えないだろう。

 だから、ガンドラが強力なのはその効果。破壊竜とまで称されるその効果にこそ、このモンスターの真価がある。

 だからこそ、それを使わせるわけにはいかない!

 

「罠発動! 《サンダー・ブレイク》! 手札1枚を捨て、フィールド上のカード1枚を破壊できる! 破壊竜ガンドラを破壊する!」

 

 これでガンドラの脅威はなくなる。

 遊戯さんのフィールドの上空にて現れる雷雲。そこから一筋の雷が走った時、遊戯さんは手札のカードを掴みとった。

 

「そうはいかない! 速攻魔法《瞬間氷結》! 魔法・罠カードの発動を無効にし、そのカードを再びセットする! そして今から3ターン、そのカードは発動できない!」

「なにッ!」

 

 落雷を阻止するように雷雲が凍り付いていく。稲光も消え去り、フィールドは元の状態へと戻る。

 これでは手札を捨てただけだ。俺は音が鳴るほどに歯をかみしめた。

 

「破壊竜ガンドラの特殊能力発動! ライフを半分支払うことで、ガンドラ以外のフィールド上に存在するカードを全て破壊して除外する! 《デストロイ・ギガ・レイズ》!」

 

 

遊戯 LP:3100→1550

 

 

 遊戯さんの宣言を受け、ガンドラの体がぼうっと妖しく光る。体表の随所に見られる水晶状の器官が赤い光を放ち、ガンドラの体を照らしていたのだ。

 そしてその光はやがて指向性を持ったレーザーとなって、幾筋もの閃光が互いのフィールド目がけて解き放たれた。

 

「くっ……!」

 

 遊戯さんの冥界の宝札、そして俺の場に存在するカタストルと伏せカードが二枚。合計四枚のカードがその赤い光に貫かれて消滅していった。

 

「そしてガンドラはこの効果で破壊したカードの枚数×300ポイント攻撃力がアップする!」

 

 

《破壊竜ガンドラ》 ATK/0→1200

 

 

 破壊できた枚数が少ないため、見た目に反してその攻撃力は低く収まる。しかし、微々たる数字であっても、今の俺にはそれでも即死級の威力であった。

 遊戯さんがこちらに手を向ける。

 

「バトル! ガンドラで遠也くんにダイレクトアタック!」

 

 俺のライフは残り300。攻撃力1200だろうと、この攻撃を受ければ一巻の終わり。

 だが……!

 

「――まだだッ! 墓地に存在する《タスケルトン》の効果発動! このカードを除外して、ガンドラの攻撃を無効にする!」

 

 俺の墓地からポンッと真っ黒い子豚がフィールドに現れる。そしてその大きな鼻を軽く動かすと、それがむずがゆかったのか盛大なくしゃみをした。

 その衝撃でタスケルトンの中身……骨だけがジェット風船のごとく飛び出し、ガンドラに直撃する。骨はバラバラに砕けてしまったが、しかし今の奇をてらった行動はガンドラの攻撃を止めることに成功したようだった。サンダー・ブレイクのコストも無駄にならずに済んだようだった。

 そしてサイレント・マジシャンを除外した今、他のモンスターは遊戯さんの場に存在しない。ゆえにバトルフェイズはこれで終わり。それを示すかのように、遊戯さんは手札のカードをディスクに差し込んだ。

 

「僕はカードを2枚伏せて、ターンエンド! そしてガンドラは召喚・反転召喚されたターンのエンドフェイズに墓地に送られるけど……生け贄セットは「召喚」じゃない。そして《太陽の書》によるリバースは反転召喚じゃなくて「カード効果によるリバース」だ。よってガンドラは破壊されず僕のフィールドに留まる!」

 

 それはつまり、やろうと思えば毎ターン全体除去が出来るということだ。ガンドラの発動コストはライフの半分。つまりコストが足らなくなるということがないため、維持さえ出来れば何ターンでも居座れるのだ。

 しかも除去するたびにガンドラの攻撃力は上がっていく。エンドフェイズに自壊しないガンドラなど、悪夢以外の何物でもなかった。

 

「くッ……俺のターンッ!」

「そのスタンバイフェイズ、ワーム・スリップで除外されていたサイレント・マジシャンが僕のフィールドに戻る!」

 

 空間に歪みが生まれ、それはやがて歪な穴となる。その穴の向こうからゆっくりとサイレント・マジシャンが現れると、遊戯さんの場へと降り立った。

 

 

《サイレント・マジシャン LV8》 ATK/3500 DEF/1000

 

 

 これで遊戯さんのフィールドは万全というわけだった。

 俺がたとえ高レベルのモンスターを出そうと、サイレント・マジシャンの攻撃力は3500。よほど強力なモンスターでない限り、返しのターンでやられて終わりだ。

 守備に徹そうとしても、ガンドラがいる。自身を除く全体除去を行えば、がら空きになったこちらのフィールドにガンドラの直接攻撃が決まって、これもジ・エンドだ。

 なにせ俺の残りライフは300しかない。どちらも俺にとってはぐうの音も出ないほどの致命傷だ。回避することが困難な敗北へ、いま俺は着実に近づいている。

 その事実が気持ちを焦らせる。このデュエル、負けたとしても俺にペナルティのようなものは存在しない。だから本来ならば焦燥を感じる必要などないはずだった。

 しかし、実際には違う。負けた時俺は、俺だけがわかるペナルティを受けることになるのだ。

 それはただの思い込みであり、また勝手な願掛けのようなものだ。このデュエルに負けたら、きっと俺は認めなくちゃいけなくなる。――この世界のことを。

 そうしたらきっと、俺はもう……。

 

 ――だから!

 

「負けられないんだ……俺はッ! 手札から《異次元からの埋葬》を発動! 除外されている《A・O・J カタストル》《タスケルトン》の2体を墓地に戻す!」

 

 続けて手札の一枚を手に取ってデュエルディスクへと差し込み発動させる。

 

「更に《貪欲な壺》を発動! 墓地の《A・O・J カタストル》《ニトロ・ウォリアー》《ジャンク・バーサーカー》《ジャンク・デストロイヤー》《ターボ・シンクロン》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 これで手札は六枚。

 

「《音響戦士ベーシス》を召喚! その効果により、ベーシスのレベルは手札の枚数分アップする! 更に場にチューナーがいるため、ボルト・ヘッジホッグを特殊召喚!」

 

 

《音響戦士ベーシス》 ATK/600 DEF/400 Level/1→6

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 

 ベースギターに手足が生えた、そのものズバリなモンスターであるベーシス。そしてこのデッキには欠かせないお馴染みのモンスターであるボルト・ヘッジホッグ。こちらは前のターンに発動した調律の効果で墓地に落ちたカードだった。

 そのレベルの合計は8。そして今、汎用レベル8シンクロモンスターは俺のデッキに一枚しか入っていない。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル6となった音響戦士ベーシスをチューニング! ――集いし願いが、新たに輝く星となる! 光差す道となれ!」

 

 六つの光輪を二つの星がくぐり、フィールドに光が満ちる。その光に向けて手をかざし、俺はその名前を呼んだ。

 

「シンクロ召喚! 飛翔せよ! 《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 煌めく光の粒を纏い、一身を白銀に染め上げられたドラゴンが宙に舞う。翼をはためかせ、身に纏う光が雨のようにフィールドに降り注ぐ中、そのドラゴンは甲高い嘶きを上げて遊戯さんのフィールドに目を向けた。

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 攻撃力は2500。そしてその効果は決して攻撃向けと言うわけではないが、しかしそれはつまり防御に秀でているということだ。

 場もちの良さで言うならば、スターダストはかなり優秀なカードである。だからこそ俺は今このモンスターを呼んだ。攻撃力に乏しいというのなら、足りない攻撃力は他のカードで補えばいいだけだ。

 

「速攻魔法《イージーチューニング》を発動! 墓地のチューナー1体を除外し、その攻撃力を場のモンスター1体に加算する! ジャンク・シンクロンを除外し、1300ポイントスターダストの攻撃力がアップ!」

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500→3800

 

 

 満ちる力に、迫力のある雄叫びを上げてスターダストが応える。

 これでスターダストの攻撃力はサイレント・マジシャンの攻撃力ですら超えるほどとなった。だが、攻撃対象にサイレント・マジシャンを選択する真似をするはずがない。

 ガンドラの攻撃力は現在1200。そして遊戯さんの残りライフは1550。スターダストとガンドラの攻撃力の差は2600。

 ならば、スターダストが攻撃するのは当然――!

 

「バトル! スターダストで破壊竜ガンドラに攻撃ッ! 響け! 《シューティング・ソニック》ッ!!」

 

 スターダストの口腔に集まっていく風。大気ごと呑みこむかのような激しさで集束していったそれは、やがてその密度により白く染まって目に見えるほどになった。

 そして一瞬の後。スターダストはその長い首をしならせて反動をつけると、その大気の砲弾を高速で撃ち放った。

 白く一筋の尾を引きながらガンドラへと直進するスターダストの攻撃。これが決まれば俺の勝ちだ、と緩やかに握り拳を作ろうとした、その時。

 

「罠カードオープン、《炸裂装甲(リアクティブ・アーマー)》! このカードの効果により、攻撃してきたモンスター1体を破壊する!」

「なっ……!?」

 

 まだ防ぐっていうのか!?

 いっそ理不尽なまでに防がれ続ける攻撃に、思わず漏れそうになる苛立ち。それをどうにか抑え込んで、俺はまずこの状況に対処するべく意識を集中させた。

 

「く……! スターダストの効果を発動ッ! フィールド上のカードを破壊する効果を持つ魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、スターダスト自身をリリースすることで、その発動を無効にして破壊する! 《ヴィクテム・サンクチュアリ》!」

 

 自身の効果により全身から輝きを放つと、スターダストはその身を幻のように消滅させていく。

 これによりスターダストの破壊を免れることは出来たが……しかし、このターンで決着となるはずだったのだ。それを逃した事実は、俺に苦い思いを味あわせていた。

 

「くそ……俺はカードを3枚伏せて、ターンエンド! この時、自身の効果で墓地に送られたスターダストは、フィールドに戻る!」

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 再び俺の場にて翼を広げるスターダスト。しかし、残念ながら一度フィールドを離れてしまったために、イージーチューニングの効果は消えて元の攻撃力に戻ってしまっている。

 こちらの不利は拭えない。だが、俺が伏せた三枚の伏せカード。そしてスターダストという守りに長けたモンスターも存在しているのだ。

伏せカードは次のターンを見越したコンボ用のものもあるが、妨害用のものもある。そしてスターダストがいれば、ガンドラの効果は怖くない。いくら遊戯さんとはいえ、これは容易に突破できる布陣ではない。

 だから大丈夫だ。そう強く思いながら、俺はデッキからカードを引く遊戯さんを見つめた。

 

「僕のターン、ドロー! 破壊無効は厄介だね……けど、ならこうするまでさ! 罠カード《強制脱出装置》! フィールド上のモンスター1体を手札に戻す! 僕はスターダスト・ドラゴンを選択する!」

「そんな……!」

 

 最後の伏せカードがよりにもよってそれだと……!?

 スターダストの効果はあらゆる破壊を無効にする強力なものだが、しかし弱点も存在している。それは除外やバウンスには無力であるという点だ。

 そして強制脱出装置はバウンス系カードの中でも有名な一枚。自分と相手、どちらのフィールドに存在するモンスターも選択できるため、相手の行動の阻害や自分のモンスターの再利用等を行うことが出来る。高い汎用性を持つカードなのだ。

 そして厄介なのはシンクロモンスターを戻された時である。シンクロモンスターはエクストラデッキから特殊召喚されるモンスター。そのため強制脱出装置を受けると、手札ではなくエクストラデッキに戻ってしまうのだ。つまり、素材だけが無意味に失われるだけになってしまうのである。

 このタイミングで伏せていたカードがそんなスターダストの天敵とは……。俺を勝たせないように運命を仕組んでいるのではないかとさえ思わせられる。

 何をやっても、どう頑張っても、俺の行動は止められてしまう。

 ……遊戯さんには、絶対に敵わないとでもいうのか。

 

「更に強制脱出装置の効果にチェーンして手札から速攻魔法《非常食》を発動! 強制脱出装置を墓地に送り、ライフを1000回復する! 非常食に発動した効果を無効にする効果はない。よって、スターダスト・ドラゴンは手札……融合デッキに戻る!」

 

 

遊戯 LP:1550→2550

 

 

 駄目押しのようにライフが回復していく。ガンドラの効果によって半減していたライフも大幅に戻ったことで、更に俺の勝利は遠のいた。

 ただでさえスターダストもいなくなり、俺のフィールドにはいま三枚の伏せカードがあるのみだ。劣勢――それは間違いない。しかし、ただ苦しい状況ならばこのデュエル中何度もあった。

 だが、今は違う。俺は今、この人には勝てないと思い始めている。怒りも、苛立ちも、もはや無い。ただあるのは、手を尽くしても全てが無駄に終わる徒労感だけだった。

 

「これで最後だ、遠也くん! 破壊竜ガンドラの効果発動! ライフを半分支払い、このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊する! 《デストロイ・ギガ・レイズ》!」

 

 

遊戯 LP:2550→1275

 

 

「く……リバースカードオープンッ! 罠カード《ブレイクスルー・スキル》! 相手の場の効果モンスター1体の効果をエンドフェイズまで無効にする!」

 

 ガンドラの体中から放たれる赤い閃光が、ブレイクスルー・スキルの効果によって消えていく。同時に攻撃力を効果に依存するガンドラのステータスは元の値である0に戻る。

 

 

《破壊竜ガンドラ》 ATK/1200→0

 

 

 最善は尽くす。しかし、結局何をしても駄目なのではないかという諦念が、頭にこびりついて離れない。

 

 

「なら、サイレント・マジシャンでダイレクトアタック!」

「《リビングデッドの呼び声》を発動……ッ! 墓地のゼロ・ガードナーを蘇生して、リリース! このターン俺は戦闘ダメージを受けない!」

 

 

《ゼロ・ガードナー》 ATK/0 DEF/0

 

 

 サイレント・マジシャンの攻撃を寸でのところで止め、ゼロ・ガードナーが消えていく。

 どうにかこの場は耐えきったが……しかし。

 

「さすがだね、遠也くん。カードを1枚伏せて、僕のターンは終了だよ」

 

 ブレイクスルー・スキルのおかげでガンドラの攻守は0に戻せたが、それも再び効果を使われれば意味がない。所詮はその場しのぎだ。俺の明確なアドバンテージとはとても言えない。

 遊戯さんが浮かべる微かな笑みは、俺を讃えるためのものだろうか。恐らくは俺のためを思ってのこのデュエル。それを真摯に続ける遊戯さんの中にある優しさ。それをひしひしと感じる表情だった。

 

「………………」

 

 もし、俺が元の世界にいる時の俺なら。この賞賛も素直に受け入れられただろう。

 真っ向から言われて照れることはあるだろうが、それでもその言葉に喜んだに違いない。

 そしてきっと、デュエルを続けたはずだった。笑顔で、楽しく。互いに互いの全力をぶつけ合う、そんなデュエルを。

 ――しかし。

 

「遠也くん?」

 

 今の俺に、そんなことを思う余裕はなかった。押し黙った俺に不審を感じたのか呼びかけてくる遊戯さんの声にも、俺は俯くだけで応えられない。

 

 負ける――。

 

 その事実が俺の心に大きな闇を植え付けて影を落とす。

 俺はこのデュエルに、負けたくなかった。だって、負けるということは遊戯さんの言を認めるということだ。俺が逃げていると、改めて突き付けられるということだ。

 確かに俺は逃げていることを自覚していた。けど、自分の中だけならどうとでも言い訳をすることが出来た。「仕方ない」「俺のせいじゃない」「いずれ何とかすればいい」……そんな誤魔化しの言葉で俺は日々を生きてきたのだ。

 確かに俺は逃げていた。けれどそれは、俺にとって必要なことだった。何故なら、この世界を認めたら、俺は最も目を逸らしていたいことを認めなければならなくなるのだから。

 だというのに、思い通りにならない。負けそうになっている自分。俺を下そうとしている遊戯さん。遊戯さんの言葉が正しいとわかっていても、“認めたくないソレ”からの恐怖に、俺は心の内から溢れ出る激情を抑えることが出来なかった。

 

「――なんでだ……。こっちはずっと……ずっとカードプールが豊富な世界だったのに! どうしてッ! なんで、負けるんだ……!」

「遠也くん――」

 

 名を呼ばれ、顔を上げる。そして、強く強く遊戯さんを睨みつけた。

 

「負けられない……! 負けたくないんです、俺はッ! 負けたら、俺が逃げていたって認めなくちゃいけない! ここが現実なんだって、認めなくちゃいけなくなる!」

 

 そうなったらもう誤魔化しはきかない。ここが現実の世界だと真に認めてしまったその瞬間、俺がずっと逃げ続けていた事実に俺は追いつかれてしまうだろう。

 

「“ひょっとしたらこれは夢で、ふと元の世界に帰れるんじゃないか”……そう思ってた――! それが希望だったんだ! ここが現実だって認めたら……そんなこと、もう思えなくなるじゃないかッ!!」

 

 ――それが、ここまで俺が抵抗する理由だった。

 いまだ俺の心の片隅に燻る、これはきっと夢なのだという儚く脆い小さな幻想。

 無意識のうちに、俺はその可能性に縋っていた。これは夢で、きっといつか元の世界に俺は帰っているはず。だから、今はとりあえずこの世界で過ごしていよう。

 そう意識せずとも考えることで、俺はひとまずこの状況を受け入れることが出来たのだ。だというのに、もしここが決して戻ることが出来ないたった一つの現実なのだと認めてしまえば、そんな甘い夢に逃げることは出来なくなる。

 それは俺にとって、ひどく恐ろしいことなのだった。

 

「それが――遠也くんの本音だったんだね」

 

 思わず溢れ出した俺の訴え、それをただ静かに聞いていた遊戯さんが真っ直ぐ俺と視線を合わせる。

 そして言った。

 

「やっぱり、君は逃げているんだね」

 

 再度同じ言葉をかけられる。

 馬鹿にされた、そう感じた俺は声を荒げた。

 

「ッ! ……そうですよ! 情けないことなんてわかってる! けど、夢に縋るしか俺は――!」

「……違うよ、遠也くん」

 

 俺の言葉を遮り、遊戯さんが落ち着いた声とともに首を小さく横に振る。

 わけがわからなかった。逃げていると言ったのは遊戯さんなのに、そしてそれを俺も認めているというのに、違うと言う。

 馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。そんな気持ちを表情に乗せて、視線を交わす。

 

「……何が違うって言うんですか」

「君が逃げているのは……本当に逃げているのは、そのことじゃないと思う」

「……だったら、何から――!」

 

 わかったような口調で言う遊戯さんに激昂する。

 しかし、そんな俺を前にしながら遊戯さんは、言った。

 

「君が逃げているのは、“ここが現実だと認めてしまっていることから”……じゃないかな」

「――ッ!」

 

 続いた言葉に、俺は瞬く間に気勢を削がれてしまった。

 絶句して目を見開き、体の動きがぴたりと止まる。それほどまでに、今の言葉は並々ならない衝撃を俺の心に与えていた。

 それは、何故か。

 自分でも驚くほどに、その言葉が自然と心の内に入り込んできたからである。そのうえ、すとんと足りなかったパズルのピースが嵌ったような感覚さえある。まるで、その通りだと自分の心身全てが頷いているかのようだった。

 

「僕には、そう思える。だって君は……あれだけマナと楽しそうにデュエルしていたじゃないか」

 

 はっとして、俺は思わず遊戯さんの背後を見た。

 そこには真剣な面持ちで、しかしどこか表情を曇らせたマナがマハードと共に俺たちを見つめている姿があった。

 

「遠也くんが僕たちを夢の存在だと思っていたなら、あんな風に笑い合えたりしなかった……そう思う」

「………………」

 

 返す言葉もなかった。

 俺は今までずっと、心の中に感じる恐怖を、この世界を現実だと認めてしまうのが怖いのだと思っていた。それによって、この世界が夢なのだという希望を失くしてしまうのが怖いのだと。

 けれど、それは違ったのだ。俺はとっくに、この世界を現実だと認めていた。

 そして、だからこそ怖かったのだ。既に認めているからこそ、そのことを自覚するわけにはいかなかった。そうなれば本当に元の世界には戻れなくなると思ったから。

 だから、気付いていないふりをしたのだ。まだ自分はこの世界のことを認めていないとずっと……それこそ自分自身ですら騙すほどに。

 しかし、結局それは嘘に過ぎない。だから、誰かにこうして指摘されれば、急ごしらえのメッキなんてすぐに剥がれ落ちてしまう。

 俺は確かにこの世界が現実だと既に認めていた。遊戯さん、マハード、マナ。武藤家のみんなに城之内さんたち……。みんな確かに生きていた。そんな当たり前のこと……俺はとっくに気づいていたのだ。

 

「……わかってたんです、そんなこと……」

 

 改めて思う。俺はいま夢ではない現実世界に生きていると。

 けれど。

 

「それでも、踏ん切りがつかないんです! ここが現実だってわかっていても……それでも、元の世界にはもう帰れないんだって……」

 

 まだ、思ってしまうのだ。

 自分はいつかあの世界に帰ることになるのではないかと。それが、そう思いたいだけの願望でしかないのだとしても。

 どうしても、その思いが拭いきれない。

 

「――遠也くん!」

 

 ひときわ大きく呼ばれる名前。

 俺がはっとして俯きがちだった顔を上げれば、遊戯さんは怖いほどに真面目な表情を一転、にこりと笑った。

 

「そんな時こそデュエルだ! それに、言ったはずだよ。君の全てを僕にぶつけてくれって! 君の悲しみも、不安も、怒りも、寂しさも! 君だけじゃない、僕が……僕たちが分かち合ってみせる!」

 

 だって、と遊戯さんは迷いのない声で断言する。

 

「僕たちはもう、友達だ! だから、遠也くん!」

 

「遊戯……さん……」

 

 

 何の躊躇いもない。心からの言葉であると確信させるような響きを持つ言葉に、俺は言葉を詰まらせる。

 その後ろに浮かぶマナも、マハードも。笑みを浮かべて遊戯さんの言葉に頷き俺を見ている。

 ずっと二か月間迷惑をかけ続けていたというのに。今だって、こんな手間を取らせてしまっているうえ、八つ当たりのように怒鳴り散らしてしまったというのに。そんな俺を、友達だと言い切ってくれるのか。

 一瞬、目頭が熱くなる。じわりと視界が滲み始め、俺はぐっと目の周りに力を込めた。

 そして、僅かに震える指でデッキのカードに触れる。

 泣いたところで、何になるのか。未だ淡く儚い帰還できるのではという思いははなくならないけれど……しかし俺の事を友達だと言い、ここまで思ってくれている相手に応えるなら、俺がするべきことは涙を流すことではない。

 ただ俺の全力をぶつけること。それが、デュエリストとして出来る最高の答えなのだろうと思う。

 

 ――遊戯さんもそれを望んでくれているはず。

 

 デッキトップに指をかけたまま、俺は遊戯さんを見る。目が合い、遊戯さんが頷く。全力を見せてくれ。そう語っている瞳に見つめられ、俺はぐっと腹に力を込めた。

 今は……今だけは、ただこの一手一手に集中しよう。元の世界、この世界、そういったものも全て意識から取り払おう。

 そして、遊戯さんに集中する。俺が持つ力の全てを、しっかり出し尽くせるように!

 

「――っ、俺のターンッ!!」

 

 引いたカードは《調律》、そしてもう一枚の手札は《シンクロン・エクスプローラー》だ。

 なら!

 

「魔法カード《調律》を発動! デッキから《アンノウン・シンクロン》を手札に加え、デッキトップのカードを墓地に送る!」

 

 墓地に落ちたカードは《レベル・スティーラー》。最高のカードがここで来てくれたことに自然と浮かぶ笑みを自覚しつつ、俺はたった今手札に加えたカードを手に取る。

 

「《アンノウン・シンクロン》を特殊召喚! このカードは相手の場にのみモンスターが存在する時、手札から特殊召喚できる!」

 

 

《アンノウン・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

 

 

 薄い鉄板を丸く束ねた球体状のモンスター。無造作に合わさった鉄の隙間から覗く赤いレンズが、まるで瞳のようにきょろりと動く。

 

「更に《シンクロン・エクスプローラー》を召喚! そして効果発動! 墓地の「シンクロン」と名のつくモンスター1体を効果を無効にして特殊召喚する! 蘇れ、《クイック・シンクロン》!」

 

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

 

 

 全身を赤い装甲で覆う小柄なロボット。胴体部分に空洞を持つそのモンスター、シンクロン・エクスプローラーの空洞であるはずの胴体から光が差す。

 やがてその穴を通って現れるのは、墓地に存在していたクイック・シンクロンだ。ガンマンよろしく銃の先でウェスタンハットを軽く持ち上げ、二体のモンスターが俺の場に揃う。

 だが、もう一体!

 

「墓地の《レベル・スティーラー》の効果発動! クイック・シンクロンのレベルを1つ下げて、墓地から特殊召喚する! 来い、レベル・スティーラー!」

 

 

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 

 背に大きな一つ星が描かれたテントウムシ。クイック・シンクロンの星を一つその身に取り込んでフィールドに現れたことで、クイック・シンクロンのレベルが5から4に変更される。

 これで、まずは第一段階が終わった。

 そして、今度はその次の段階に移る!

 

「レベル2シンクロン・エクスプローラーに、レベル4となったクイック・シンクロンをチューニング! 集いし力が、大地を貫く槍となる! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 砕け、《ドリル・ウォリアー》!」

 

 

《ドリル・ウォリアー》 ATK/2400 DEF/2000

 

 

 クイック・シンクロンがドリル・シンクロンの絵を撃ち抜き、シンクロ召喚のエフェクトの下、二体のモンスターが光に包まれる。

 そして現れたのは、右腕に巨大なドリルを装着した迫力あるレベル6の戦士。首に巻いた黄色いスカーフをたなびかせながら、鋭い眼光で自身の名にもあるドリルを天高く掲げた。

 

「更にレベル1のレベル・スティーラーに、レベル1のアンノウン・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

 

 そしてこちらは、F1カーから手足が生えたロボットとでも言うのが最も近しい説明となるだろう、わずかレベル2のシンクロモンスターだ。

 

「フォーミュラ・シンクロンの効果! このカードのシンクロ召喚に成功したため、デッキからカードを1枚ドロー!」

 

 攻守ともにレベルに見合って低いが、しかしフォーミュラ・シンクロンが評価されるべきはその点ではない。

 まずはそのシンクロ召喚成功時のドロー効果。シンクロ召喚で生じるディスアドバンテージを一枚分とはいえ回復させ、更にデッキの圧縮にも貢献するその効果は十分に強力である。

 そして何よりも。このカード最大の特徴であり利点なのは、このカードがシンクロモンスターでありながら“チューナーでもある”という点だった。

 

「最後だ! リバースカードオープン! 罠カード《ロスト・スター・ディセント》! 俺の墓地に存在するシンクロモンスター1体を、効果を無効にし、レベルを1つ下げ、守備力0の表示形式変更が出来ない状態として、守備表示で特殊召喚する! 《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300→0 Level/5→4

 

 

 青い装甲に文字通りの鉄腕鉄拳を誇る、このデッキのエースの一体でもあるジャンク・ウォリアー。しかし今はその自慢の拳も振るわれることはなく、ただ腕を交差して片膝をつき、ジャンク・ウォリアーは守備の態勢を取った。

 しかし元々今はジャンク・ウォリアーに攻撃してもらう予定はなかった。この時最も重要なのは、レベル4となったシンクロモンスターが俺のフィールドに蘇ったことである。

 

 レベル6、レベル4、レベル2。これで、全ての準備は整った。

 

 

「……遊戯さん」

「うん」

 

 俺の呼びかけに、遊戯さんはただ頷くだけだ。

 もう言葉はない。俺に今できることは、このデュエルを行ってくれた遊戯さんに全力で応えることだけだ。

 元の世界のことは忘れられない。可能なら、今でも戻りたい。けれど……俺はもう認めているのだ。自分でどれだけ誤魔化しても、きっと。

 それを遊戯さんが自覚させてくれた。避け続けていたことを、突きつけてくれた。それはどうしても抗いたくなる、認めたくはない現実だったけれど……。

 きっと今でも認めたくはない。だが、言ってくれたのだ。俺は独りじゃないと。自分は友達だと。この一人で抱えているにはつらい気持ちも、分かち合ってくれるって。

 踏ん切りがつかなかった気持ち。もやもやした漠然とした不安と諦観。そんな心にいま光が差したのだと俺はうっすら感じていた。

 しかしまだ、この世界のことを認めない気持ちもどこかに存在している。だが同時に、俺はこの世界を認めているとも思っている。

 矛盾する心。しかし遊戯さんが最初に言ったように、前者は俺の弱い心が作り出した逃げでしかない。ならば、後者の気持ちを俺はもっと心にしっかり刻み込もう。ここは現実なのだと心から認めよう。

 

 ――俺は今、この世界で生きている。

 

 そのことを本当の意味で受け入れるために。

 俺は今……全力を尽くす!

 

「いきますッ!!」

 

 声高く宣言し、俺はフィールドに向けて手をかざした。

 

「レベル6のシンクロモンスター《ドリル・ウォリアー》と! レベル4となったシンクロモンスター《ジャンク・ウォリアー》に! レベル2のシンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》をチューニングッ!!」

 

 ――レベルは12。デュエルモンスターズにおけるMAXレベル。

 

 もはや神でさえも超える最上級のモンスター。その存在を呼び出すべく、ジャンク・ウォリアーとドリル・ウォリアー、二体のシンクロモンスターを覆うようにして光の輪と化したフォーミュラ・シンクロンが大きな光の渦を作り出していく。

 瞬間、鳴動する空間。地は揺れ、壁は軋み、天井のライトは弱々しげな金属音を響かせて、アリーナ全体が異常を知らせはじめる。

 その時、三体のシンクロモンスターが作り出した光の渦が、爆発的な勢いでアリーナ中に広がっていく。

 余すところなく広がった光は一面を白く染め上げて、最早どこが床でどこが天井なのかさえ認識できない。そう、俺たちはアリーナごと極光に包まれたのである。

 ……いや、その表現は正しくないだろう。正確に言うならば、これはあまりにも大きく、あまりにも輝きが強すぎるため認識できないだけで、光に包まれているというわけではない。

 それを証明するように、俺のすぐ横に白い光が輪郭を感じさせない何かを形作っていく。

 俺の身長の何倍もある巨大な物体。遊戯さんは目を凝らしてその正体を見極めようとして――気が付いた直後、言葉を失っていた。

 

「まさか……顔? これは、巨大なモンスターの顔だっていうの!?」

 

 放つ光がそのモンスターの明確な全貌を認識させないため、体の色や細かな姿ですら見て取ることは出来ない。

 しかし、目の前にあるものが自分たちなどまとめて呑みこめるほどの口であり、また鋭く大きな牙であり、そして見上げた先にある殊更強い輝きを放つものが眼であると、遊戯さんは今この時ようやく察することが出来たのだった。

 もしそれが顔だとすれば、その全体像はどれほどのものか。このアリーナは十分な大きさを誇っている。しかしそれほどの大きさも、コイツの前では小さすぎるのだ。

 俺も辛うじて認識できる顔の形を見れば、その正体はドラゴンである。巨大な竜の眼がフィールドを見つめているのがわかるはずだった。

 つまりこれは光に包まれているのではない。俺たちはこのドラゴンの前に立っているだけなのだ。その巨大さゆえにそうとは認識できないだけで。

 よくよくアリーナの隅を見れば光が不自然に揺れ動いているのがわかる。それはソリッドビジョンがそこで途切れているということであり、さすがにアリーナの外までこのモンスターが侵食しているということはないようだった。

 もしそうであるならば、今頃このKC社ビル……いや、童実野町そのものが大騒ぎになっていることだろう。

 それほどまでに大きく、眩しい。今の俺には真っ直ぐ見ることすら憚られるような光が、そこに存在していた。

 輪郭が定まらぬままゆらりと揺れる竜の頭。全体像こそ見れないが、それでも十分にこのカードの力は遊戯さんに伝わっているようだった。

 

 そう、これこそが俺が持つ最大最強の切り札。

 

「このカードの攻撃力は4000! 更に一度のバトルフェイズに二回の攻撃が可能! そして1ターンに1度、あらゆる種類のカードの効果を無効にして破壊できる!」

「なんだって!?」

 

 俺の言葉を受け、遊戯さんがさすがに動揺を隠しきれない声を出す。

 攻撃力4000の二回攻撃とは、すなわちこの世界では一度のデュエルで二回相手を倒せる値ということになる。そのうえ、攻撃を妨害しようにも一部のごく少ないカードを除いた全ての効果はこのモンスターの前では無効となってしまう。

 まさに圧巻。俺がデッキにおける切り札として常に最も信頼を寄せて使ってきたカードの姿がそこにあった。

 

「いきます! 遊戯さん!」

「く……!」

 

 さすがにここまでのレベルのモンスターの登場は予想外……いや、予想を超えていたのだろう。さしもの遊戯さんの顔にも焦りがみられたが、それでも一歩も後ろに下がらないのはさすがと言う他ないだろう。

 俺の声を聴き、圧倒的な迫力を持った口が開かれていく。そして光のドラゴンの口に一層輝く光球が作り出される。それはまるでスケールダウンした太陽のようでもあった。

 炎ではなく光によるコロナを周囲にまき散らしながら急速に高まっていく膨大なエネルギー。それを解放するための宣言――勝利を告げる宣言を、俺は勢い込んで口にした。

 

「バトルッ! 破壊竜ガンドラに攻撃ッ!」

 

 破壊竜ガンドラの現在の攻撃力は0。対してこちらの攻撃力は4000。こちらが負ける要素はどこにもなく、そしてこの攻撃が通った時点で俺の勝利が確定する。

 

「――……くぅっ……!」

 

 遊戯さんが襲い掛かってくる閃熱を前に、くぐもった声を漏らす。

 こちらから見ていても圧倒的なまでの光の一撃。巨大すぎるそれは遊戯さんにはさながら迫りくる壁のようにも感じられることだろう。しかしそれは単なる壁ではなく、着弾した対象を確実に光の中へと消滅させる絶対の攻撃であった。

 遊戯さんの場に伏せられている伏せカード。たとえあれがこちらを妨害、あるいはモンスターを守るカードであったとしても、1ターンに1度このカードは魔法・罠・効果モンスターの効果を無効にすることが出来る。

 ゆえに、この攻撃は確実に通る。

 

 ――勝った。

 

 そう確信した時、不意に遊戯さんが目を見開いて驚愕を露わにする。

 一撃でライフを奪い取る攻撃を前に、どこか焦燥を感じていた表情とは違う。ただ純粋な驚きに染め上げられたその表情。

 この状況でいきなりそんな顔になる理由がどこにあるというのか。不思議に思いながら俺は改めてフィールドに注意深く視線を送り――、

 俺もまた、驚愕に声を失った。

 

「……な……なんで……」

 

 強烈な光と枠外の巨大さによって、未だ姿すら判然とさせぬ光のドラゴン。

 その眩く輝きを放っていた光が、徐々に消え始めている。同時にドラゴン自体も光を纏ったままゆっくりと姿を消し始めていた。

 それを俺は茫然と見る。遊戯さんは何のカードも発動させていない。そしてそれは俺も同じことだ。だというのに、遊戯さんに迫っていた光の一撃は既に消滅し、それを放った自身さえも今消え去ろうとしている。

 一度召喚したモンスターが、なんのカード効果も受けていないのに消えていく。デュエルディスクの機能を考えれば有り得ない事態に、俺は言うべき言葉を失っていた。

 何も言えず、ただ消えゆく姿を見つめていることしかできない。しかし、そんな俺にゆっくりとそのドラゴンは顔を動かして視線を投げた。

 

「お前……?」

 

 それはただの偶然なのか。それとも違うのか。

 それはわからないが、ただその大きな眼で視界に俺を捉えると、突然鼓膜を震わせる甲高い鳴き声を上げる。

 部屋が震えるほどの音量。しかし不思議と、俺はその声を不快に思うことはなかった。

 一鳴きしたドラゴンが、向こうの景色がすり抜けるほどに薄くなった姿で、その巨大な頭部を俺に寄せてくる。俺が思わずそれに手を伸ばして触れようとした瞬間、霞のようにそのドラゴンは姿を消してしまった。

 

「………………」

 

 伸ばした手の先を、僅かに握りこむ。その存在が確かにいた証である光の残滓が手の平の中に入り込み、そして蒸発するように消えていった。

 言葉が出ない。この唐突な事態に、何と言えばいいのかわからない複雑な気持ちで口を閉ざす。そんな中、遊戯さんの声が耳朶を打った。

 

「――きっと、今のモンスターは遠也くんのことが大好きなんだろうね」

 

 それは紛れもない賞賛の声。そして、こちらを慮る優しい声だった。

 

「僕の想像だけど、あのカードはかなり特別な……それこそ伝説になるようなレベルの謂れがあるんじゃないのかな」

 

 俺は答えない。しかし、その通りだった。

 あのカードはやがて世界の未来さえも救うことになるカードだった。それを考えれば、その内に秘めた神秘の強さは三幻神や光の創造神に勝るとも劣らないと考えることが出来る。

 あのモンスターは、それほどの存在だった。

 

「あれだけのエネルギーを秘めたカードなんだ。本当なら、きっとフィールドに出ることすら出来なかったはずだよ。それでも僅かとはいえフィールドに出てきたのは、きっと――」

 

 穏やかに、しかし確信を込めた声で、遊戯さんは俺に告げた。

 

「それだけ、君の力になりたかったんじゃないかな」

 

 その言葉に、俺はしばし目を伏せた。

 ずっと元の世界でデッキにおける切り札として使ってきたカード。手に入れてから今まで、デッキから抜いたことは一度としてなかった。遊星のファンデッキを作る前から、俺はずっとこのカードを切り札に据えてデッキを作ってきたのだ。

 それはこのカードの効果が強力だからではない。もちろん理由の一つではあったが、しかしそれだけで使い続けたわけではなかった。

 俺は、このカードが好きだった。だから使い続けた。たった、それだけのことだった。

 

「……はい、そうだったらいいなと思います」

 

 だからもしこのカードも俺のことを少しでも大切に思ってくれていたのなら、こんなに嬉しいことはなかった。

 そんな希望を込めて、そして俺のためにフィールドに姿を現してくれたその気持ちに感謝して、俺は遊戯さんにそう答える。

 遊戯さんはそれに、微笑みを浮かべて頷いた。

 

「――俺のターンはこれで終了です、遊戯さん」

「――うん。……僕のターン!」

 

 もう俺に出来ることは何もない。そして俺のフィールドにカードは何もなく、手札一枚も攻撃を防ぐことが出来るようなカードではない。

 確実に俺は負けるだろう。しかし俺の心に苛立ちや切迫感はなく、穏やかに凪いでいた。

 もう負けても怖くはない。俺には、この世界で俺と共にいてくれる友達が……仲間がいる。その心強さと嬉しさ、温かさと大切さ。それがもたらす幸福感に身を浸しながら、俺は遊戯さんを真っ直ぐに見つめた。

 

「サイレント・マジシャンで遠也くんにダイレクトアタック! 《サイレント・バーニング》!!」

 

 

遠也 LP:300→0

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 ――こうして、俺は遊戯さんとのデュエルを終えてこの世界で生きていく切っ掛けを掴んだ。

 そしてこのデュエルを終えた後、場所を提供した海馬さん、海馬さんと会談を行うため日本に来ていたペガサスさんと俺は会い、あの二人にもお世話になることになる。

 ちなみにデュエル後すぐに二人に会ったため、てっきり海馬さんとペガサスさんも俺たちのデュエルを見ていたと思ったのだが、どうも二人は見ていないらしかった。

 そのことを聞いてみると遊戯さんは、「言ったでしょ? 君がどんなカードを使っても広まらないって。海馬くんたちのことを僕は信頼しているけど、君はそうじゃない。だから、席を外してもらったんだ」と言って笑った。

 場所を貸せ、けど中は見るな。そう言われて素直に頷く人はいない。海馬さんならなおさらだろう。だというのにそれを認めさせるほどに、遊戯さんは俺のために動いてくれたのだ。そのことに深く感謝し、頭を下げた。

 

 ――これが、俺がこの世界に来て二か月の間に起きた出来事。俺がこの世界で生きていく心を決める切っ掛けとなった出来事だった。

 今ならば問題はない、けれど当時は本当につらかったこの世界に来たばかりの自分。情けなく、嫌になるような人間だったと自分でも思う。しかしそれも、今の自分を形作る大事な一部であることは間違いない。

 だから俺はどれだけ情けなく感じても、一切合財を含めて自分自身だと認めたうえで歩いていかなければいけないのだろう。それは、これからもずっと。

 俺は確かにこの世界で生きているのだから。

 

 

 

 *

 

 

 

「――随分、懐かしい夢を見たもんだ」

 

 目を覚まし、上半身を起こす。

 それと同時に口から漏れた言葉に自嘲が混じるのは、やはりそれだけ俺が当時の自分を子供だと見ているからなのだろう。今でも大人になったと胸を張って言えるわけではないが……うん、あれはないわ。そう思えるほどには成長したつもりだった。

 しかしまあ、あれがあったから今俺は普通に生きていられるとも言えるのだ。だから、結局は思い出として大切にしまっておくのが一番賢いんだろう。そう結論を出して一人頷く。

 

 その時、不意にかけられる声があった。

 

「気がついたか」

 

 聞き覚えのある声。それに、はっとしてすかさず声が聞こえた背後に振り返った。

 

「お前は――」

 

 

 

 




このお話は一話まるまる遠也の過去話に費やし、十代達が一切出てきません。
前話の過去編のラストから繋がる、遊戯とのデュエル。それを通じての遠也の本心、また心境の変化を主眼に置いたお話となっております。
遠也の過去編は今話で終了となり、次話からは再び十代達へと移ります。

ちなみにこのお話の文字数は38000字少々です。あと2000字で上限だったので危ないところでした。

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