遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第71話 二層

 

  * * * *

 

 

 

「――俺のターン、ドロー! スタン……っと、別にいいのか。俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果で墓地から《ボルト・ヘッジホッグ》を蘇生する。――レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 俺がディスクの上にそれぞれのカードを置いて宣言すれば、ソリッドビジョンとして立体化されたジャンク・シンクロンが、自身に取り付けられているリコイルスターターを引っ張り、背中に背負ったエンジンを始動させた。

 そして同じく立体映像となっているボルト・ヘッジホッグと共に飛び上がると、ジャンク・シンクロンは三つの輪に。ボルト・ヘッジホッグは二つの星となってその中心を潜っていく。

 

「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 眩くフィールドを照らす閃光。

 ジャンク・シンクロンが作り出した輪の中心から直角に円柱型の光が伸びると、その中から勢いよく紺碧の装甲に身を包んだ機械の戦士が拳を振るって現れた。

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 

 まだいささか見慣れない映像のモンスター。その姿に若干気圧されながら、俺は言葉を続けた。

 

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、自分フィールド上に存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分攻撃力をアップする! 俺の場にはレベル2のスピード・ウォリアーがいる。……《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3200

 

 

 前のターンの終わりに復活させていたスピード・ウォリアー。その攻撃力は900ポイントだ。その値がそのままジャンク・ウォリアーの攻撃力に加算され、相手を倒すに十分な攻撃力を得るに至った。

 なら、下すべき判断は決まっている。俺は対峙する相手を視界の中心に収めた。

 

「バトル! ジャンク・ウォリアーで《ブラック・マジシャン・ガール》に攻撃! えっと、《スクラップ・フィスト》!」

「きゃあぁっ!」

 

 ジャンク・ウォリアーが構えた文字通りの鉄拳が、対戦相手であるマナの場に立っていたブラック・マジシャン・ガールに向けて振り抜かれる。

 なんとか杖を拳の前に突き出すものの、やはり攻撃力の差は如何ともしがたく、ブラック・マジシャン・ガールは破壊され、その差分のダメージによってマナの敗北が決定された。

 

 

マナ LP:900→0

 

 

 デュエルが終わったことで、ソリッドビジョンも消えていく。

 日常には不似合いなモンスターたちが存在しなくなり、周囲はようやく慣れてきた武藤家裏手の風景を取り戻す。

 ふぅ、と軽く息を吐き出すと、デュエルのために距離を開けて立っていたマナが笑って歩いて来ていた。

 

「お疲れさまー。それにしても、何度見ても面白いねぇ、シンクロ召喚って」

「俺の世界では一般的なカードだけどな」

 

 ディスクに置かれていたカードを回収しながら俺は言う。

 デッキケースにしまわれる白枠のカードたちを目で追いつつ、マナは「そっかぁ」と無邪気に笑った。

 

「そういえば、だいぶ慣れてきたんじゃない? こっちのデュエルにも」

「まぁ……そのためのデュエルなんだしな」

 

 腕に着けたデュエルディスクを軽く掲げれば、マナはさもありなんと頷いた。

 それを見ながら、思う。こうしてマナとデュエルするのが日課になって、もう一週間。この世界に来て一月が過ぎようとしているとは、時間の流れとは早いものだと。

 

 

 *

 

 

 俺が元の世界から弾き出され、この世界で遊戯さんの家にお世話になるようになって幾許か。最初の頃の俺の生活は、まさしく引き籠りのそれに近いものだった。

 といっても、それは単に色々と学ぶことがあったために出不精になっていただけでもあるのだが。例えばこの世界と元の世界での常識をすり合わせだ。これが出来なければ、俺はこの歳になっても常識知らずの変人でしかない。俺がこの世界で暮らしていけるようにするためにも、その勉強は必須だった。

 まずはそれに時間を割いたため、外に出るということはあまりなかった。最初の数日はそれだけで終わってしまったのだ。

 なんといっても、世界トップの企業がI2社やKC社といった俺にとっては画面の向こうにあった会社が実際に存在し、かつとんでもないお金で世の中を動かしているのだ。そのことが社会に与えた影響が少ないわけがなく、有名企業または都市の名前や世界情勢、はては生活の基準に至るまで多くの差異があるのは必然だった。

 ましてこの世界ではデュエルモンスターズが広く世界に浸透している。カードゲームで物事を解決することすらある社会など、正直に言って理解に苦しむことであるのは間違いがないが。

 

 それでもどうにか俺は知識を詰め込んだ。何故なら今俺がいるのは元の世界ではなく、遊戯王世界だからだ。それは諦めの気持ちに似ていたかもしれない。

ともあれそうなれば、次は実地だ。まずは実際にこの町を歩いてみようかと遊戯さんに誘われ、俺は初めて本格的に童実野町と向き合うことになった。

 

 

 ――そこで俺は思い知ったのだ。この世界が、全く違う世界だということを。

 

 

 世界が違っても、日本語を話し、同じ人間である。文明にだって大きな違いはない。ならすぐに順応できるはず、という俺の考えは甘いものだったと悟らざるを得なかった。

 まず、耳に入って来る世間話の内容が理解できない。ある程度の常識を詰め込んだとはいえ、細かい所に手が回っていないのは時間的に当然のことだ。

 それでも、最近の話題や芸能人、流行、エトセトラ。子供でさえ難なくついていっている会話に眉をひそめるしかできないのは、実に奇妙な気持ちだった。

 歩き慣れない町、見知らぬ風景。KCと書かれた大きなビルに、視界の端で見られるデュエルの風景。観光気分もあるにはあったが、それでも言葉には言い表せない独特の違和感は、そんな気分を少なからず削っていた。

 そういった気疲れを遊戯さんは察したのだろう。カードショップに案内してくれると、そこで色々とこの世界のカードについて説明してくれた。

 

 遊戯王……この世界ではたんにデュエルモンスターズだが、そのカードだけは元の世界と変わらなかった。カードショップに流れる空気は、元の世界と大差ないように感じられる。

 自然、俺も肩から力が抜けて遊戯さんの話にも相槌を打って答えるようになっていた。精霊としてついて来ていたマナにマハードは、遊戯さんの後ろで微笑んでいる。どうやら二人にも心配をかけていたらしいと気づき、俺は何とも気恥ずかしい気持ちを味わった。

 そうして幾らかの時間が経ったとき、不意に遊戯さんが言った。

 

 せっかくだから、デュエルをしていくといいよ、と。

 

 ただ、その相手は遊戯さんではない。何故なら有名人である遊戯さんがデュエルをするとなれば、騒がしくなるからだ。遊戯さんはそれは俺にとっていいことではないと気を使ってくれたらしい。

 確かに、今は遠巻きに見られているだけだが、デュエルとなれば人は集まって来るだろう。まだ色々と馴染んでいない中で、騒がれながらデュエルをしたくはない。

 俺は遊戯さんの気遣いに感謝しながら、そうですねと頷いて店の中にあるフリーデュエルスペースに向かった。

 取り出すのはシンクロデッキではなく、魔法使い族を主体にしたデッキだ。こちらなら、シンクロが存在しないこの時代でも問題はないと思ったからだ。

 デュエルスペースに座ると、中学になったばかりか小学生だろうか。そのぐらいの男の子が早速デュエルを申し込んでくる。

 さすが、デュエルモンスターズが根底にある世界だ。子供でもデュエルには積極的だった。

 自信があるのか口元を緩ませるその子からの申し出を受け入れ、デュエルを開始する。

 

 手札を五枚引き、先攻は俺。

 いつものように、デュエルを始める。

 

「ドロー。スタンバイ、メインフェイズ」

「え、それなに?」

 

 突然進行を止められ、俺は怪訝な顔になる。

 そして、心から疑問だと言わんばかりの少年に向かって「何を言っているんだ」という響きすら持たせて口を開いた。

 

「なにって……フェイズの確認。常識だろ?」

 

 当たり前すぎて、聞かれるまでもないこと。

 しかし、それを聴いた少年はきょとんとした顔になると、やがてケタケタと笑いながら言った。

 

「あはは、常識じゃないよー、そんなの。僕初めて聞いたもん。お兄さん、面白いね」

「――……そう、か……」

 

 結局俺はそれだけを返し、デュエルを続行した。

 結果は俺の勝ちだったが、カードにおいてもやはり違いはあると実感せずにはいられなかった。

 たとえここが日本で、言葉も同じで、文明だって似通っていようと、やはりここは違う世界なのだと実感した一日だった。

 

 

 武藤家に戻った俺は、やがて夜になると用意された部屋で静かに体を横たえる。常識も、話題も、全く違う世界。遊戯王のカードでさえ今まで通りとはいかず、何より自分を知る者が一人もいない世界。

 ぼうっと天井を見上げながら、俺はふと恐怖に襲われた。

 

 ――ひょっとして、元の世界なんて最初からなかったんじゃないか。向こうのほうが夢だったのでは……。

 

 即座に、馬鹿な、と鼻で笑う。俺にはしっかり元の世界での記憶がある。それが嘘であるはずがない。そう強く思うが、しかし思考は一度脳裏によぎった幻想を手放してはくれなかった。

 既にこの世にはいないが、俺を生んでくれた両親。折り合いは悪かったが、一緒に暮らしていた親戚。趣味を共有した、数少ない友人たち。

 そして、漫然と過ごしながらもどこか安心感に浸っていられた、もうこの手にはない生活。

 けれど、ここは違う。自分を証明するものもなく、自分を知っている者もいない。ただ一人、自分だけがここではない世界に拠り所を持っている。

 

 帰りたい。

 

 唐突に胸の中に湧く、狂おしいまでの望郷の念。一度生まれたそれは、じわりじわりと心を蝕む。

 たとえ似ていても、違う。決してここは俺が生きた世界じゃない。その強烈な違和感が、悲しみにも似た不安となって瞼の裏を熱くする。

 中学生活も終わりを迎え、これから高校に進もうかという時に、どうしてこんなことになってしまったのか。

 自分はひとりきりだ。それをはっきりと自覚し、ぞっとして体を丸める。

 

 ぽつんと暗い室内で独り寝るこの状況が、今の俺と世界の関係を現しているかのように感じられて、俺は途端に恐ろしくなった。

 自分では高校生になるんだからもう大人だと思っていたが、どうやら存外自分は子供だったらしい。たった一人という恐怖に、こうして震えているのだから。

 家族や知り合いが一人もいない。それだけではなく、自分が存在していたと証明するものが一切ない世界。そんな、繋がりが一切断ち切られた世界。

 そこに突然放り込まれるという恐怖を実感していた俺に――ふと、かけられる声があった。

 

『あれ、どうしたの?』

 

 響いた高めの声に、はっとして顔をそちらに向ける。

 そこには振り向いた俺を見て目を丸くするブラック・マジシャン・ガール――マナの姿があった。

 

『遠也くん……泣いてたの?』

「え? あ、いや……」

 

 言われて頬に手を持っていけば、確かに指先が水に濡れる。

 途端、泣いているところを見られたことに対する恥ずかしさが胸に湧き、俺は涙を止めるべく目の周辺にぐっと力を込めた。

 しかし、そんな俺の意思に反して涙が止まることはなかった。この世界に来て数日、ずっと溜め込んでいた不安や動揺が一気に噴き出したように、涙は俺の頬を伝って布団の上に染みを作っていく。

 

「……や、その……なんでもないんだ。……ちょっと、目が痛いだけでさ……」

 

 ぐいっと腕で目を擦り涙をぬぐう。しかし、涙はいったん収まりを見せたものの、すぐにまた零れ落ちる。

 止まない涙の原因は、明らかだった。不安と恐怖、緊張に遠慮、動揺に困惑、それら負の感情が数日を経て溢れ出したのだ。これまでそう言った感情を無理やり押さえつけていた蓋が、望郷の念によって開いてしまったのである。

 だが、それだけでは俺もここまで感情を露わにしない。ならどうしてこんなに俺は心を揺るがしてしまっているのか。

 それは、同じく心の奥に閉じ込めていたモノが原因だった。

 両親がいない寂しさ、上手く溶け込めない他人の家庭、一線を越えて踏み込めない友人たち。元の世界で感じていたいくつもの不満や悩み、そういったものまで芋づる式に意識してしまったのだ。

 幼い頃から何年もかけて溜めこんできたそれらが、今回のことにつられて表に出てきてしまった。それは俺自身にも制御できない大きな感情の渦となって、俺を飲み込むことになったのだ。

 積もり積もった感情の解放は、いま滂沱の涙という形で行われている。ただそれだけのこと。

 そのことをどこか冷静でいる脳の片隅で考えながら、俺はどうにか笑みを作ってマナを見た。変わらず目に涙は溜まっていたが、しかしそれでも泣き続けていては心配をかけるだけだと思ったのだ。

 だから精一杯表情を作って大丈夫だと言おうとする。

 が、その前に。突然マナは腕を伸ばすと、俺の頭を捕まえる。そして軽く抱き寄せると、小さく背中を叩いた。

 

「…………え?」

 

 突然実体となった彼女と触れ合ったことに、俺は一瞬頭が真っ白になる。

 すぐ横で感じる息遣いと、背中を撫でるように叩く手。そして温かな生身の感覚をただ呆けたように受け入れる俺に、マナは囁くように言った。

 

「んー、私には遠也くんの気持ちはわからないけどね」

 

 ぽんぽん、と背を叩かれる。

 

「我慢は体によくないよ。でしょ?」

 

 そんな、なんてことはない一言。

 ありふれた、月並みな一言でしかなかったそれは、しかし俺にとっては一種救いにも似た言葉となって閉じ込めようとしていた感情を揺り動かした。

 それこそまるでダムが決壊するように、気付けば俺は泣いていた。今度は溢れる涙を止めることもない。体の奥から突き上げる何かを受け入れ、ただ俺は涙を流し続けた。

 元の世界への思いだとか、ずっと抱いていた悩みだとか、それら全てがごちゃ混ぜになった形容しがたい感情の波。心の奥でずっと解放される時を待っていたかのようなその流れに身を任せ、涙を流し続けた。

 文句ひとつ言わず背中を撫でる手に、例えようのない安堵を感じながら。

 

 

 ……そういえば、泣くことによって気分がスッキリするという現象は、今や科学的に立証された純然たる人間の機能であるらしい。

 泣くことによって副交感神経が云々。エンドルフィンの分泌がどうたらこうたら。まぁ詳しいことは俺も知らないが、要するにそういうわけらしい。

 というわけで翌朝の俺はすっかり気分一新、弱気もひとまず鳴りを潜めた状態にあった。ネガティブ方面に振り切っていた思考も正常な働きを取り戻し、いま自分が置かれている現状を率直に受け止める程度には回復していた。

 

 ……マナの太ももを枕に一晩寝て過ごしてしまったという現状を。

 

 目を覚まし、先に起きていたらしいマナが上からにっこり笑って俺を見下ろし、「おはよう」と言った――直後。

 俺はすぐさま飛び退くと両膝を折って頭を垂れていた。

 

「大変すみませんでした」

「んー、私はそんなに気にしてないんだけどね」

 

 言葉通りにあっけらかんとした口調に、俺は下げていた頭を恐る恐る上げた。

 窺うようにその表情を確かめるが、確かに怒っているようには見えないほどに朗らかである。気にしていないという言葉に嘘はなさそうだ。

 が、しかし。それはそれ。これはこれ。どちらかといえば俺の気持ちの問題だった。

 泣いている俺を慰めてくれ、膝まで借りてしまったのだ。このまま「はいそうですか」で引き下がっては男の沽券に関わるというものだ。

 

「迷惑をかけちゃったからさ。何か……」

「うーん、遠也くんがそこまで言うなら……よし!」

 

 それじゃあ、と言葉を続けて、マナは明るい笑みを顔中に広げた。

 

「デュエルしようよ!」

 

 

 

 どうしてそうなる、とは思ったものの、それがお礼というか償いというかそういうあれになるのならということで了承したのが、日課となったデュエルの始まりだった。

 どうもマナは遊戯さんやマハードから俺のサポートというかお世話を頼まれているらしく、このデュエルもその一環であったようだ。

 元の世界とこの世界ではデュエルにも違いがある。たとえばフェイズ確認や優先権の譲渡確認などがそれに当たる。これらは一応ルール上この世界でも行われるべきなのだが、デュエルの勢い……あるいは楽しさを優先させ、実践する人間はおらず、I2社などもその風潮を積極的に否定することはないためそのままになっている。

 それにより、この世界ではいわゆる「発動していたのさ!」が使用可能など、独特の暗黙の了解的ルールによってデュエルが進められているのだった。

 この世界になじむためにはデュエルは避けて通れない。この世界の人間にしてみれば至極真っ当らしいそんな意見によって、マナは俺にデュエルを持ちかけてきたのだ。

 

 要するに、この世界独特の決まりごとをまずはデュエルを通して知ってもらおうということらしい。

 マナ自身どうやら俺のことは気に掛けてくれていたようで、この提案を積極的に推してきた。

 しかし、初対面にしては俺に膝枕を許したりとマナは色々と世話を焼きすぎな気がする。遊戯さん達に言われているのだとしても、無理はしてほしくない。

 そう気を使って言えば、マナはこう言った。

 

「気にしないで、これは私がやりたいからでもあるし。……なんで私をご指名だったのかも気になるし」

「え?」

「あ、ううん。こっちの話、こっちの話」

 

 あはは、と誤魔化すように笑うマナはそこはかとなく挙動不審だったが、どうもマナは遊戯さんに言われたからこうしている、というだけではないらしかった。

 ともあれ、そこまで気にすることではないかとそれについては気にしない方向でいくことにする。そして、もともと迷惑をかけたことに対する対価として用意された話ということもあり、俺はこのデュエルを受諾。

 そしてデュエルディスクも用いてこの世界独自のデュエルをマナに教わりつつ行い、それは一日では終わらずに日を跨いで続いていった。

 こうして、マナによるデュエルを通じてのこの世界への理解を深める試みが始まったのである。

 

 

 *

 

 

 そんなわけで、今日も今日とてマナとのデュエルが行われたわけだ。

 デュエルディスクによるデュエル、フェイズ確認はしない、効果を説明しながらのプレイ、などなど。元の世界とは大きく異なるデュエル様式には正直なところ戸惑いを隠せなかったが、反復していくうちに次第に慣れ始めていった。

 アニメで遊戯王を見ていたというのも大きいだろう。お手本自体は繰り返し見たことがあるのだから、あとはそれをなぞっていけばよかったのだ。

 それでも今日のデュエルみたく、まだ言い間違えることがあるのはご愛嬌だが。

 しかし、ソリッドビジョンシステムは凄いものだと実感する。目の前でモンスターによる大迫力の戦いが見られるというのは、予想以上の衝撃だった。しかも、映画などとは違いその戦いは全て自分が指示を出しているものなのだ。

 臨場感という意味では、3D映画なんて目じゃない。もしこのシステムが元の世界にもあれば、間違いなく遊戯王は世界中で大ブームを起こしていただろうと思うほどだった。

 俺がこんな状況に置かれた中、まがりなりにも楽しんでデュエルが出来ている理由の一つはこのソリッドビジョンにあると言っても過言ではない。それほどまでに、デュエルディスクで行うデュエルは革新的だった。

 もっとも、原因はそれだけじゃないが。例えば――、

 

「ん? 遠也、どうしたの?」

「いや……」

 

 この一週間で俺の名前を呼び捨てるようになったマナが、小首を傾げて疑問を発する。

 

「なんでもない」

 

 例えば、目の前にいる存在も原因の一つだろう。図らずも弱みを見せてしまい、そして今デュエルを通して俺の力になってくれている。

 それが単なる善意なのかそうでないのかなど知る由もないが、少なくとも俺のことを気に掛けてくれているのは事実だ。その事実が、俺にとっては嬉しかった。

 ……まぁ、俗なことを言えば、マナが現実でもめったにお目にかかれないような美少女であるという点もそう思えた一因ではあるが。

 ともあれそういった理由で、俺は少しずつではあるがこの世界を受け入れ始めていたといえる。

……しかしながら、そうせざるをえない状況であることが一番の要因であったということに間違いはない。結局は受け入れるしか選択肢はないわけなのだから、そうするべきなのだろうと判断して受け入れた一面は確かにあるのだ。

 しかし形はどうであれ、俺にとってそれは悲観的に過ぎた状態からの脱却であり、成長と言ってもいい進歩だった。

 

 もっとも、そう思っているのは俺だけだったのだが。

 

 この時の俺は気づいていなかったのだ。――それは、決してこの世界と前向きに向き合ったというわけではない。どうしようもない現実をただ甘受するだけの、諦観からくる思考放棄だったということに。

 

 

 

  * * * *

 

 

 

 ――【暗黒界】というテーマがデュエルモンスターズには存在する。

 

 特徴を挙げるならば、効果で手札から墓地に捨てられた時に発動する効果を持ち、属するモンスターは全てが闇属性・悪魔族で統一されている点が挙げられるだろう。

 その特性上ハンデスに強く、また効果に展開を補助するものが多く、展開力にも長けたデッキである。その強さは折り紙つきで、遠也が元いた世界では環境の常連であり、かつ安価なストラクチャーデッキを買うだけで構築できる手軽ながらに戦えるデッキとして知られていた。

 また、闇属性・悪魔族という点から誤解されがちだが、暗黒界の住人は非常に義に厚く誇りを持った存在だ。見た目こそ悪魔なだけあって恐ろしい外見をしているが、その本質が善人であることはカードテキストによって語られている事実である。

 

 だからこそ、扉を潜って異世界第二階層にやってきた十代たちは困惑を隠せなかった。

 夜の闇に包まれた暗い空。空に浮かぶ異様に明るく輝く青い彗星。その光に照らされた廃墟と化した街。

 瓦礫だらけの街の中、本来は心優しいはずの暗黒界の住人が子供を襲っていたのだから。

 

「く……!」

「十代!?」

 

 自身の腕をデュエルディスクのように変化させた異形――《暗黒界の斥候スカー》。赤い甲殻に覆われた身体を揺らしながらへたり込む子供に近づいていく。

 よくよく見れば、その少年の腕にはいささかサイズの合っていないデュエルディスクが装着されている。恐らく、スカーは少年にデュエルを迫っているのだろう。

 そのことを確信した瞬間、十代は一も二もなく飛び出していた。

 数瞬遅れ、飛び出した十代をオブライエンが認識する。

 

「ッ! 待て、十代!」

 

 はっとなって制止するが、その時には既に十代の姿はスカーと少年の間にあった。

 

「なんだぁ、貴様は?」

 

 突然の闖入者に怪訝な声を出すスカーと、己の前に立つ男の後ろ姿に目を丸くする少年。

 二人の視線を一身に受けながら、十代は左腕に着けたデュエルディスクを起動させた。

 

「俺の名は遊城十代! この子供の代わりに、俺がデュエルを受けるぜ!」

「ほぉ……貴様、戦士か。いいだろう、戦士は全員捕らえろとの命令だからな!」

 

 スカーがゆっくりと腕を上げて、デュエルディスクを胸の前に持ち上げる。その間に、十代は背後にいる子供に離れるように言った。頷いて近くの瓦礫の裏に身を隠した少年を見届け、十代もまたデュエルディスクを掲げた。

 そんな今にもデュエルが始まりそうな気配を前にして、慌てたようにオブライエンが声を発する。

 

「よせ、十代! この世界のデュエルでは、負けた方が死ぬ! バードマンの最期を忘れたのか!」

「なんだと!?」

「そんな……マナさん、本当ザウルス!?」

 

 オブライエンの口から告げられたこの世界独自のルール。

 それを耳にした皆は驚きに目を見開き、信じられないとばかりに万丈目が声を上げれば、一方では剣山が第一層で十代と共に行動していたマナに確認を求める。

 そして当然ながら、マナが返す答えは肯定以外にありえなかった。

 

「うん。私もオブライエンくんも、確かにデュエルに負けた方が消滅したのを見ているから」

 

 改めてマナがオブライエンの言葉の正しさを認めれば、この世界でデュエルがもたらす恐ろしい結末に一同の顔色がさっと青くなる。

 

「あ、兄貴は、そんな危険なデュエルを……?」

「――っ十代!」

 

 翔が震える声で言い、明日香が十代が死ぬかもしれないという可能性に恐怖し、咄嗟に十代の名前を呼ぶ。

 その声が届いたのだろう。十代は明日香たちに振り返ると、にっと笑った。

 

「なんて顔してんだよ、明日香。俺たちがなんとかしなきゃ、この子はどうなってたかわからないんだぜ。なら、こうするしかないだろ」

「けど、それで負けたら……いいえ、勝っても苦しいだけじゃない!」

 

 十代の言い分はわかる。ここで子供を見捨てるなど、十代でなくてもきっと出来なかっただろうからだ。

 しかし、その結果相手が死ぬか自分が死ぬかという事態に巻き込まれるなど、不条理に過ぎるというものだった。

 命ほど重いチップは存在しない。負けて自分が死ぬことも当然恐ろしいが、勝って相手の命を奪うこともまた恐ろしい。誰かの命を奪って、何も感じないはずがないのだから。

 どちらにせよ十代の心にとって大きな負担となるだろう。その重みを感じさせることがどれだけ十代を苦しませるだろうかと考えると、明日香は胸が締め付けられるような気持ちになる。

 だから、できればデュエルを受けずに他の方法がないか考えてほしい。そんな都合のいい話があるわけがないと知りながらも、そう思わずにはいられなかった。

 

「大丈夫だって。俺を信じろ明日香」

 

 そんな明日香の内心はその表情にありありと浮かんでいたらしい。

 それを見てとった十代は、安心させるように歯を見せて笑う。

 次いで、「みんなも信じてくれ」と言葉を付け足して仲間たちの顔を見渡す。

 バードマンのことを忘れたわけではない。コブラや佐藤先生のことも、決して忘れてはいない。

 デュエルによって命を落とした人たち。自分のデュエルで、傷つけ傷つけられた事実。それを苦しく感じることがなかったことなどないが、しかしそれでも今はその痛みに目をつむってでも前に進むべき時なのだ。

 その確信を胸に、十代は前を向く。暗黒界の斥候スカーを正面から見据えながら、十代はこのデュエルの結末を脳裏に描いていく。

 十代とて、なんの考えもなくこのデュエルを受けたわけではない。十代も決して好んで相手の命を奪いたいわけではない。そうならないための考えも、おぼろげながら浮かんでいる。

 上手くいくかはわからないが、しかし。

 

「上手くやるさ……!」

 

 決意を込めた声が流れる風に乗り、その背を見守る仲間たちの耳に届く。

 最初こそそれを聴いた彼らは驚いたが、次第にその驚きは微かな笑みさえ伴う鷹揚な態度に取って代わられた。

 

「……十代くんは、相変わらず頑固だねぇ」

「But、その芯の硬さが十代の強さだ」

 

 言葉とは裏腹に、吹雪の顔に十代を非難する色はなく、むしろ自分たちが知る十代ならそうするだろうという行動をとる姿に、安心しているかのようでもあった。

 ジムもまた吹雪と同じような印象を持ったのだろう。小さく笑んで、背中のカレンを軽く撫でていた。

 そして今の十代に“らしさ”を感じたのは彼らだけではなかった。命を懸けたデュエルであっても、十代は決して諦めていない。それは勝つことをではなく、“誰も命を失くさない事”をだ。

 それを悟った彼らは、同時にここで自分たちが出来ることが何であるかを知る。

 それは、十代を信じること。単純かつ至極当たり前なことが求められていると知ることが出来た。なら、あとはそれを実行するだけだった。

 

「頑張ってね、十代くん!」

「ふん、仕方がない奴だ。――十代! しくじるなよ!」

「マナ、万丈目……ああ!」

 

 二人の声、その後にも続いて届けられる仲間の声援を心強く感じながら、十代は力を入れて大きく頷いた。

 そして、ちらりと廃墟と化した建物の陰に逃げ込んだ子供の姿を確認してから、再びスカーと向き合う。

 視線を合わせてきた十代に、スカーはにやりと牙を見せて笑った。

 

「グフフ、別れは済んだか? ではゆくぞ……デュエル!」

「デュエル!」

 

 

遊城十代 LP:4000

暗黒界の斥候スカー LP:4000

 

 

 互いの宣言によってデュエルがスタートする。ディスクが示す先攻は、十代だった。

 

「先攻は俺だぜ! ドロー!」

 

 六枚となった手札に目を落とし、黙考する。やがてそのうちの一枚を手に取ると、ディスクに攻撃表示で置いた。

 

「《E・HERO スパークマン》を召喚! 更にカードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 

《E・HERO スパークマン》 ATK/1600 DEF/1400

 

 

 電光を操る雷のHERO。青い肉体は引き締まり、金色の軽鎧が一層その頑強さを強調させる。

 相手が使う手がどのようなものかわからず、先攻は攻撃が出来ないため、十代はひとまず攻撃力が高いスパークマンで様子を見ることにしたのだった。

 

「グフフフ、ドロー!」

 

 不気味な笑いと共にカードを引いたスカーは、手にしたカードを見て口の端を歪めた。

 

「《デーモン・ソルジャー》を召喚! バトルだ! デーモン・ソルジャーでスパークマンに攻撃! 《両断魔剣》!」

 

 

《デーモン・ソルジャー》 ATK/1900 DEF/1500

 

 

 手に持った大太刀を振り上げマントをはためかせながら、悪魔の騎士がスパークマンに迫る。

 攻撃力はデーモン・ソルジャーのほうが上。よって、スパークマンは一刀のもとに破壊されて墓地へと送られた。

 

「く……!」

 

 

十代 LP:4000→3700

 

 

「カードを1枚伏せて、ターンを終了する」

 

 自信ありげにエンド宣言をするスカーに、十代も警戒を抱く。

 しかしだからといって消極的になっていいことはない。そう自分に言い聞かせると、十代は勢いよくデッキからカードを引いた。

 

「俺のターンだ、ドロー!」

「そのスタンバイフェイズ、リバースカードオープン! 永続罠《偽りの友好条約》! このカードが存在する限り、貴様はレベル4以下のモンスターを召喚できない! フフ、もっともこちらが貴様に攻撃したり、ダメージを与えればこのカードは破壊されてしまうがな」

 

 待っていましたとばかりに発動されるスカーの場に伏せられていたカード。

 偽りの友好条約……下級モンスターの召喚を制限する、展開の阻害を目的としたカード。もしかすると、スカーのデッキは展開の阻害に長けているのかもしれない。十代はその可能性に思い当たり、何とも厄介なデッキだという感想を持つ。

 それならば恐らくは特殊召喚を封じる系統のカードなども入っているはず。それを出されては、融合主体の十代にとって苦しい展開となるだろう。

 この時点で、十代がするべきことは決まった。速攻で勝負を決めることだ。そんなカードが出てくる前に、勝利を確かなものにする。

 

「やるな……! だが、俺のHEROたちの力を舐めてもらっちゃ困るぜ!」

 

 幸い、手札とフィールドには十分な勝利への要素が揃っている。ならばあとはやるべきことをやるだけだった。

 しかしその前に。十代はスカーからは目をそらさずに小さな声でデッキに眠る己のエースに声をかけた。

 

「ネオス」

『どうした、十代』

 

 呼びかけに応え、十代の隣に姿を見せるネオス。異世界であるために実体化できるはずだが、今のネオスの姿はぼんやりとしている。それは小声で呼ばれたことで、あまり大っぴらにしたくないことを十代は伝えようとしているとネオスが察したからだった。

 その甲斐あって、スカーはネオスに気付いていない。それを確認しつつ十代は言葉を続けた。

 

「頼みがあるんだ。俺が今から言うことを、みんなに伝えて欲しい」

 

 ぼそぼそと周囲には聞こえない音量で十代はネオスに伝言を託す。

 あまり長くはないその内容を全て聞き取った後、ネオスは頷いて十代の隣を離れた。

 

『……なるほど。わかった、任せてくれ!』

「頼んだぜ! ――待たせたな、スカー! いくぜ、俺は手札の《E・HERO フェザーマン》と《E・HERO バーストレディ》を融合! 来い、《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」

 

 十代にとって、ネオスとは違う意味で信頼を寄せるこちらも自身にとってのエースモンスター。

 右腕の竜の頭を猛々しく構えて、フレイム・ウィングマンは左右非対称の翼を広げる。

 

 

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100 DEF/1200

 

 

「これで俺の手札は1枚。このカードは手札がこのカードだけの時、特殊召喚できる! 《E・HERO バブルマン》を特殊召喚!」

 

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 

 残念ながらフィールドに他のカードがあるため、バブルマンのドロー効果を発動させることは出来ない。

 だが、もともと十代の狙いはそこではない。自分のフィールドに立つ恰幅のいい水属性HEROとフレイム・ウィングマンに相次いで視線を向けると、ゆっくり息を吐いて十代は強くスカーを睨んだ。

 

「バトルだ! フレイム・ウィングマンでデーモン・ソルジャーに攻撃! 《フレイム・シュート》!」

「ぐぅ……!」

 

 

スカー LP:4000→3800

 

 

 フレイム・ウィングマンが上空へと飛び上がり、一直線にデーモン・ソルジャーに向けて降下する。重力を味方につけた一撃は容易に防ぐこともままならない。デーモン・ソルジャーは押し潰されるように破壊されてスカーのフィールドから姿を消した。

 フレイム・ウィングマンの攻撃はこれで終わった。だが、フレイム・ウィングマンは十代の場に戻らずスカーに右腕のドラゴンヘッドを向ける。それは、彼に備わる効果ゆえのものだった。

 

「そしてフレイム・ウィングマンの効果! このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、そのモンスターの攻撃力分のダメージを与える!」

 

 ガゥンッ、と大砲の発射音にも似た轟音が響き、炎の一撃がフレイム・ウィングマンから放たれる。

 それは狙い違わずスカーにヒットし、たまらずスカーは苦悶の声を上げてライフポイントを減らすこととなった。

 

 

スカー LP:3800→1900

 

 

 思わずよろめくスカー。その声には、抑えきれない怒りがあった。

 

「おのれェ……! だが残る貴様のモンスターの攻撃力は800だ! ならば次のターンで引導を渡して――」

「速攻魔法発動!」

 

 怨嗟の籠もる声を、しかし十代の言葉が遮った。

 同時に、十代のフィールドに伏せられているカードの一枚が起き上がっていく。その動きに合わせ、十代はそのカード名を宣言した。

 

「《瞬間融合(インスタント・フュージョン)》! このカードはバトルフェイズ中のみ発動できる! 俺のフィールド上に存在する融合素材を墓地に送り、融合召喚を行う! バブルマンとフレイム・ウィングマンを墓地に送り、融合!」

 

 バブルマンとフレイム・ウィングマン。二体の前に現れた空間の渦に、頷き合って彼らは飛び込んでいく。

 水属性のモンスターと、E・HERO。この組み合わせで召喚されるのは、十代にとって三体目のエースモンスター。

 キラキラと輝く結晶が徐々にフィールドに現れ始めたのを見て、十代はそのモンスターの名前を力強く読み上げる。

 

「現れろ、極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

 ひときわ結晶が激しく散り、その中から姿を現すのは白銀の鎧に身を包む氷のE・HERO。体にかかるマントを振り払い、威風堂々と君臨する姿には目を奪われるような美しさすら感じられた。

 

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

「ただし、瞬間融合の効果で特殊召喚した融合モンスターはエンドフェイズにエクストラデッキに戻る」

 

 バトルフェイズ中に融合召喚を行える、その欠点がそれだった。エンドフェイズになればフィールドから去ってしまう重い制約。

 しかし、状況によってはそのデメリットはないものとして扱うことも可能なのだ。

 その状況に当てはまる現状を正しく理解し、十代は「けど」と付け足してスカーを見据える。

 

「このターンで勝てば問題はないぜ! 覚悟しろ、スカー!」

「く……お、おのれぇえッ!」

 

 怒鳴りつけるように声を上げれば、侮られたと感じたスカーが激しく憤って十代を睨みつける。

 もはや周囲の他事など視界に入ってすらいないその様子に、十代は内心で安堵の思いを抱きつつもそれを表に出すことはせずに行動を続けた。

 

「アブソルートZeroのダイレクトアタック! 《瞬間凍結(Freezing at moment)》!」

 

 宣言を行い、アブソルートZeroがぐっと身体を低くして構える。

 いよいよ自身の終わりが近づいていることにより、スカーの視線はアブソルートZeroに集中している。

 そんなスカーの背後に視線を向けた十代は、そこに存在する者を確認して、口を開いた。

 

「今だ、マナ!」

「――えいっ」

 

 合図を受け、スカーの背後に人知れず回り込んでいた者――マナが手に持った杖を思いっきり振り下ろす。

 ささやかな気合と共に下されたそれはしかし、ドゴンッ! と盛大な音を響かせてスカーの意識を刈り取ると同時に大地に沈めることとなった。

 マナの見た目からは想像もできない威力を容易に思わせる音と成果に、全員の目が畏怖と驚愕を伴ってマナに向けられる。

 その視線に大いなる勘違いが含まれていることを察したマナは、慌てた様子でぶんぶんと手を振った。

 

「ま、魔力を込めてたからね! 決して私が怪力とかそういうことじゃないから!」

 

 必死に弁明するマナに、ああうん、と曖昧に返すに留めた一同は、次いで十代のほうに顔を向けた。

 信じろ、上手くやる、と言っていたが、それはこのことだったのだろう。十代もまた命のやり取りなど望んでおらず、どうにか命を奪わずに何とかできないかと考えていたのだ。

 その結論が、デュエルで意識を自分に向けている間に不意打ちで昏倒させるというもの。いかにもズルく真っ当な方法ではない。しかし、それを非難する者は一人もいなかった。

 十代が死ぬ、あるいは十代が命を奪う。そのどちらも為されないなら、方法はどうあれこの結果が一番いいと彼らは思ったからである。

 そんな十代は今、マナと「お疲れ、助かったぜ」と笑いながら言葉を交わしている。見慣れた笑顔だが、その笑顔もこんなデュエルを続けていけば見られなくなってしまうかもしれない。

 改めて異世界におけるデュエルの過酷さに戦慄を隠せないが、しかし今は結果として十代は笑っている。

 明日香はそんな十代の笑顔に、ほっと胸を撫で下ろすのだった。

 

「……さて、と。そこの君、大丈夫だったか? 名前は?」

 

 そんな仲間たちの視線の先で、瓦礫の陰に隠れている少年に十代は声をかけた。

 恐る恐る十代たちの様子を覗き込んでいた少年は、まずスカーが大地に伏せていることを横目で確認する。そうしてやっと少しは安心できたのだろう。大きく息を吐いた少年が立ち上がって瓦礫から出てきて、

 

「カイルッ!」

 

 響き渡った何者かの声に、びくっと肩を震わせた。

 少年だけではなく、驚いたのは十代たちも一緒だった。つられるようにその声が聞こえた方に振り返れば、そこには重装鎧を身に纏い伸びた金色の髪を風に揺らす壮年の騎士が歩いてくるところだった。

 その表情は厳しく、どことなく威圧感を周囲に振りまいている。

 

「フリード隊長……」

 

 どうやら二人は知り合いらしい、ならば様子を見てみようと十代たちはひとまず動くことはなかった。

 すると、少年の前に立ったフリードと呼ばれた男は、いきなり少年の胸元を掴むと無造作に手を振り払う。

 小柄な少年は、それだけで体勢を崩して地面に倒れ込んでしまった。

 

「カイル、いつも言っているだろう。勝手な行動をするなと!」

「ごめん、なさい……フリード隊長」

 

 しょげ返った様子で肩を落とすカイルの姿を見て、十代は一歩前に進み出た。

 

「おい、子供になんてことをするんだ! ひどいじゃないか!」

 

 確かに一人でこんな所を出歩いているのは褒められたことではないが、それでもいきなりあんな手段に出なくても良かったのではないか。

 そんな批判を込めて言えば、フリードは十代とその後ろにいる面々に目を移して溜め息をついた。

 

「まったく、余計なことをしてくれたものだ……」

「ふん、ならそのガキを助けないほうが良かったのか?」

 

 十代が命の危険を顧みずに戦ったというのに、その言い草はないと思ったのだろう。万丈目が噛みつくようにフリードに突っかかる。

 しかしフリードはそれに答えず、ただ腰に差した剣を抜き放つと、両手でしっかり握りこむと倒れ伏すスカーに歩み寄っていく。

 

「What!? なにを――」

「ふんッ!」

 

 ジムがうすうすフリードが行おうとしている行動を察しながらも、信じたくないとばかりに声を出す前で、フリードは躊躇いなく手に持った剣を上からスカーに振り下ろした。

 が、それは寸前でマナが差し出した杖によって、フリードの剣はスカーに突き刺さることなく甲高い音を立てて弾かれる。

 

「なぜ、邪魔をする」

「こっちの台詞だよ! いきなり、どうしてこんなことを……!」

 

 フリードは理解できないとばかりに眉を寄せた。

 

「何を言っている。暗黒界のモンスターはこの街の――むっ」

 

 不自然に声を途切れさせると、フリードは街の向こうに視線を投げた。

 そして厳しい表情を更に険しくすると、剣を鞘におさめてカイルを呼んだ。そして十代たちに背を向けると、「ついてこい」と抑揚のない声で呼びかける。

 

「何か異常を察したのか、奴らが近づいてきているようだ。お前たちも来い、この場に残られて我々のことを話されては困る」

「俺たちはそんな事しないザウルス!」

 

 剣山が心外とばかりに声を荒げるが、しかしフリードは問答をするつもりがないらしくそのままカイルと共に歩き去ってしまう。

 どうするかと十代たちは顔を見合わせるが、取るべき選択肢など一つしかなかった。

 十代たちは遠也とヨハンを探しているのだ。ならば、今最も欲しいのは情報である。二人についてや、この世界のこと。それを知るには誰かに聞くことが一番手っ取り早い。

 となれば、彼らについていって話を聞くのが一番適切だろう。暗黒界の住人であるスカーも言葉を話してはいたが、どう考えても友好的な関係になれるとは思えない。ならば、フリードと呼ばれたあの男についていく方がまだ希望があるというものだった。

 その結論に至ったのは、十代だけではない。全員が一致でその方がいいと頷き合い、彼らは急いでフリードの後を追うのだった。

 

 

 フリードが向かったのは、町はずれに聳える岩山だった。慣れた足取りで進んでいく二人について、十代たちも山を登る。

 そして山の中腹辺りにまで来たところで、突然フリードとカイルは足を止めた。

 

「ここだ」

「ここって……何もないじゃん」

 

 辺りを見回すが、あるのは岩壁ぐらいなもの、それ以外にはせいぜい街が一望できるぐらいでこれといった特徴は見当たらない。

 どういうことなのかと不思議に思うが、しかしフリードが岩壁に触れた途端、その疑問は氷解することとなった。何の変哲もない壁にしか見えなかった一部が窪み、重みのある音を出しながら横にずれていったのだ。

 

「隠し扉か……」

 

 オブライエンが呟くと、小さくフリードは頷いて開かれた扉の向こうへと歩き出す。

 十代たちもその背中を追って、周囲の様子に気を配りながら暗い洞窟の中へと進んでいった。

 そうしていくらか進んだところで、壁面には燭台が飾られ始める。無風状態の洞窟の中、歩く十代たちの動きによって蝋燭の灯が揺れて、一種幻想的な雰囲気を作り出していた。

 無言で歩くフリードとカイルの背中を十代たちはついていくが、しかしよくよく考えればフリードらが信用できる存在であるという保証はない。そのため、オブライエンを筆頭に何人かは注意深く周囲を観察しながら歩いていた。

 

 時間にして二分も経っていないだろう。やがてフリードは一枚の扉の前で立ち止まると、扉を開いて中に入っていく。十代たちも続いて中を覗き込めば、そこには女性や老人、子供が火を囲ってくつろぐ部屋となっていた。

 いささか石の壁というのが寒々しくはあるが、それでも寝具や暖炉なども置かれたそこは立派な居住空間と言って差し支えないほどであった。

 よくこんな洞窟の中に、と感心していると、女性の一人が立ち上がってカイルの名前を大きく呼ぶ。そしてフリードの横に立っていたカイルに走り寄って抱きしめると、喜びを滲ませて「心配をかけないで!」と涙を流した。

 その光景を見ていると、十代は自分がしたことが間違っていなかったと思えて嬉しくなった。微笑ましくそんな姉弟の姿を見ていると、部屋の奥の壁に背中を預けたフリードが重々しく口を開いた。

 

「お前たち、この世界の住人ではないな。それも、ごく最近に来たばかりだろう」

「え、なんでわかるんすか?」

 

 翔が反射的に返せば、フリードは簡単なことだと答える。

 

「お前たちは暗黒界の奴らを知らなかった。奴らは、この世界に君臨する支配者集団。いくつもの街が奴らによって滅ぼされてきたのだ。この世界で、奴らを知らぬ者はいない」

「なるほどねぇ……その暗黒界の存在を知らない僕たちは、新参者だと丸わかり、と」

「そういうことだ」

「でも、彼らは何故街を滅ぼしているの? メリットがないと、そんなことはしないはず……」

 

 明日香が浮かんだ疑問を口に出せば、フリードはわからないと首を振った。

 

「わかっているのは、奴らが戦士を集めているらしいということぐらいだ。この世界の者だけではない、我々のように違う次元から飛ばされてきた者たちからも、奴らは戦士をかき集めている」

「あんた達も、異なる次元から!?」

 

 フリードの言葉に含まれていた事実に、十代が驚きの声を上げる。無論、驚いたのは十代だけではなく、ここに来た全員が驚いていた。

 フリードは頷き、いつの間にかこの世界に来ていた、と当時のことを振り返る。

 突然この世界に放り込まれた彼らだったが、しかしフリードを隊長とする騎士団がいたおかげか、ある程度の統率を保って生活圏を築くことが出来たという。家を建て、街を作るなど、そういったことも全てフリードの騎士団が先導して行ったという。

 一緒に飛ばされてきた多くの民のために働く彼らは、街の住人の尊敬を一身に受けていた。その尊敬の念に応えようと騎士たちも奮起し、見知らぬ土地でありながらもそれなりに上手く生活していくことが出来ていたという。

 が、それも暗黒界の軍勢が襲い掛かってくるまでのことだった。

 ある日、大勢のモンスターを伴って現れた敵の指揮官と思われる存在――《暗黒界の騎士ズール》によって、町は瞬く間に攻め落とされてしまったのだ。

 騎士たちも力では負けてはいなかった。しかし数の暴力に勝ることは出来ず、騎士団は壊滅。多くは捕虜となり連れていかれ、民の避難を優先して指揮していたフリードだけが、多くの民と共に無事に生き残ることとなってしまったのである。

 暗黒界の軍勢は、未だにこの周辺をうろついている。それは、まだ生き残りがいるのではないかと疑っているからだ。

 また見つかっては大変なことになる。それゆえ、彼らはこうして洞窟の中に身をひそめて生活しているのだった。

 

 その話を聞き終え、十代はばつの悪い顔になる。

 何故なら、自分がスカーを倒したことで、この街に誰かが残っていることが向こうに知られてしまっただろうからだ。

 また、フリードの邪魔をしてスカーにトドメを刺していないことも大きい。確実に情報は渡っていると見ていいだろう。十代とマナは、フリードの前に立つと頭を下げた。

 

「悪い、そんなことになってるとは知らなくて……」

「私も、ごめんなさい」

「もういい。過ぎたことは仕方がないし、おかげでカイルの命は助かったのだ。気にするな」

 

 そこで初めてフリードは笑みらしきものを表情に乗せた。

 十代は周囲を見渡す。火を囲んでいた老婆の一人が、一度姉と笑い合うカイルに目を向けてから十代に小さく頭を下げた。

 自分たちはいらぬ危険を増やしてしまったというのに、感謝をしてくれている。その優しさに、十代のほうこそ頭が下がる思いだった。もちろん全員がそう思っているわけではないだろうが、大変な状況の中でも思いやりを忘れない人の温かさに、十代はもう一度頭を下げた。

 

「それで、お前たちは何故この世界に来た。我々のように飛ばされたのか?」

「いや……」

 

 フリードからの問いかけに、十代は一瞬言葉を濁した。

 一度仲間たちに振り返り、全員の姿を視界に収める。本来ならそこにいるはずの二人がいない光景に、ぐっとこみ上げてきた寂しさと辛さをこらえて、十代はPDAを取り出しながらフリードに向き直った。

 

「俺たちは、人を探してこの世界に来たんだ。皆本遠也と、ヨハン・アンデルセン。俺たちと同い年ぐらいで……この画像の二人なんだけど……知らないか?」

「……知らんな、見ていない」

 

 フリードの口から、期待に添わぬ答えが返ってくる。

 続けて一応この部屋にいる全員にも聞いてみたが、誰も見たことはないという。

 元々そう簡単に見つかるとは思っていない。だがそれでも、こうして可能性が一向に手元に寄ってこない事実を知ると、やはり少なからず気持ちは落ち込んだ。

 その時、落ちた肩がポンと叩かれる。

 

「元気出して、ね、十代くん」

 

 励ますように言うのはマナだった。

 よりにもよってマナに気を使わせてしまったことに、十代は自分を恥じた。

 自分と同じ、あるいはそれ以上に、マナはずっと心を痛めているはずだった。遠也とマナのことを一年生の頃からずっと見てきた十代だからこそ、遠也の安否がわからない今をマナが苦痛に思っていないはずがないのだ。

 だからこそ、自分がしっかりしなければいけないというのに、逆に心配されてどうするというのか。

 

 ――こんなんじゃ、遠也の親友として申し訳が立たないぜ。

 

 友として、仲間として。マナには出来るだけ負担をかけずに遠也と再会してもらいたい。それぐらいの気持ちでいなくてどうするのだ。

 そう自分を叱咤し、十代はよし、と呟いた。

 マナも十代が気力を取り戻したことを悟って、小さく微笑む。

 

「フリード。俺は二人を探すために外に行かなきゃいけない。だから、俺は――」

 

 そこで十代は再び仲間に振り返る。遠也とヨハンがいなくても、大事な友であり仲間たち。彼らが自分に笑いかけてくれる姿に頷きを返し、再びフリードに向き直る。

 

「俺たちは行くぜ! もちろん、ここが見つからないよう充分に気を付ける」

 

 決意に満ちた瞳と声だった。

 それを正面から見つめたフリードは、その気持ちを止めることなど出来ないと瞬時に悟る。ここから彼らが出て行くことでこの隠れ家が見つかる可能性は一層高まるが、しかし無理に押さえつけたところでこの手の瞳をした者には何の意味もない。

 経験上、多くの人間を見てきたフリードにはそれがよくわかる。だから、フリードは十代の要求に「わかった」と答えた。

 

「ただし! 出て行くのは奴らの活動が弱まる時――外の彗星の輝きが霞む時にしてくれ。ここを無暗に危険にさらすわけにはいかん」

「わかった。ありがとう、フリード」

「すまんな」

 

 短く謝ると、フリードは部屋を出て行った。

 それを見送った後、十代たちはここの住人たちに色々と話を聞きながら洞窟内で夜を明かす準備をし始める。幸いにも寝具には余裕があり人数分は確保できたので、寝る分には困らなそうだった。

 そうしてある程度の準備が終わると、吹雪や翔などは同じく此処とは違う次元からきたと言う彼らに積極的に話を聞きに行っていた。やがてそれは明日香や万丈目、剣山、マナにまで広がっていき、ついには全員で火を囲んでの雑談大会となっていた。

 彼らの住んでいたという世界の話や、十代たちが通うアカデミアの話。異なる常識と知識を持つ双方の会話は、意外なほどに盛り上がりを見せて退屈な時間を奪っていった。

 

 そんな中、輪を外れて壁際に立つ二人の男がいた。ジムとオブライエンの二人である。

 ジムは床に下ろしたカレンを見下ろしながら、そっと包帯が巻かれた右目に触れる。フリードが言っていた彗星。それは、ジムに大きな影響を与えるものだ。

 

「……痛むのか、ジム」

「……No problem。何でもないさ」

 

 ジムがしきりに右目を気にしていることを心配してか、オブライエンがジムを気遣う。

 それに何も問題はないと返して、ジムは右目を撫でていた手を離した。

 しかし、空に浮かぶ彗星に馳せた思いがジムの胸の内から消えることはない。

 他の誰にとってもアレはただの彗星だろう。しかし、ジムにとっては違う。なにせあの彗星はジムに向かって軌道を変えているのだから。

 

 ――その時が近い、そういうことなのか。

 

 今目の前にいる仲間たち。そして今はいない仲間二人を脳裏に描き、ジムは右目が訴える予兆にその確信を深めていくのだった。

 

 

 *

 

 

「……なるほど、人間の戦士に敗れ、なおかつ情けをかけられたというわけか」

「へ、へぇ!」

 

 彗星が空に輝く夜の闇の下、周囲を岩によって囲まれた要塞のごとき砦にて、暗黒界の斥候スカーはただただ平伏して冷たい地面に這いつくばっていた。

 じわりと気持ちの悪い汗が体中から湧いてくるようだった。目の前に立つ己の上司が、彼には恐ろしくてたまらない。なにせ、力こそが正義であるこの世界において、スカーが逆立ちしても敵わない存在が目の前の男――暗黒界の騎士ズールなのだから。

 まして、ズールは今隠しきれない怒気を放っている。そして、その原因は自分にあるのだ。一体どんな目に遭うのかを考えるだけで、スカーは恐怖で震えるのを止めることが出来なかった。

 

「愚か者めが……貴様を処分するために手を煩わせることすら不愉快だ」

「まったくですな。暗黒界の面汚しめ」

 

 ズールの横に立つ暗黒界の策士グリンも、口汚くスカーを罵る。

 しかし、ズールはまだしもグリンにそこまで言われることにスカーははらわたが煮えくり返る思いだった。なぜなら、グリンは戦闘力という意味では自分よりも弱いからである。

 奴がズールの隣に立つことを許されているのは、ひとえにその知能によるものだ。デュエルをすれば自分が勝つという自信があるからこそ、スカーはグリンの態度が許せない。

 もっとも、そんな内心をこの場で出すほどスカーも馬鹿ではない。ゆえに、怒りを感じながらもスカーは顔を伏せて耐えるのみだった。

 

「だが、あの街に戦士が残っている証拠を掴んだことは大きい」

 

 一転、怒りを感じさせない口調に、スカーははっとなって顔を上げた。

 

「もぬけの殻となった街に大規模な兵を出すのは憚られたが、近くに潜んでいると確信できるのならば話は別だ。――あぶり出し、狩り尽くしてくれる」

 

 ズールは楽しくて仕方がないとばかりに口の端を持ち上げて笑った。嗜虐的な色に染められたその表情は、悪魔を体現したかのような相貌の凶悪さを一層際立たせ、ズールが纏う雰囲気を攻撃的なものに変えていく。

 愛用の剣を手に、ズールは濃紺のマントを翻してグリンに指示を出す。

 

「全兵士に通達を出せ! 一刻の後、あの街に総攻撃を仕掛けるとな!」

「御意」

 

 恭しく頭を下げ、グリンがズールの前を辞する。途中、ズールの一瞥を受けたスカーも同じくこの場を去った。

 それを見届けると、ズールはこらえきれないとばかりに哄笑を上げる。

 

「フ、ハハハハ! 久しぶりに、戦士と相まみえる事が出来るとは! 楽しい時間になりそうだ! フハハハ!」

 

 

 

 

 


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