遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第49話 苦悩

 

 上も下も、左も右も、そして奥行きさえも見通せない真っ白な空間。

 地平線の彼方さえあるのかどうか疑わしい。そんな現実にはあり得ない異常な空間の中に、ぽつりと染みのように存在するものがあった。

 

 さながらアンモナイトを模したかのような、奇妙な物体。大の大人がすっぽりと収まって余りあるような巨大なそれは、よくよく見れば機械によって形作られた装置であった。

 静かに響く駆動音は、その装置が正常に動いている証なのか。その装置はふわりと宙に浮かびその白い空間の中にたたずむ。

 

『――……皆本遠也、ですか』

 

 突然、その装置の中から異質な声が発せられた。声でありながらそれは人のものではなく、機械を通した電子音声のように違和感を覚えるものだ。

 装置の中にいると思われる人間は、声帯に異状を抱えているのだろう。機械処理された声はくぐもっており、些か聞き取りづらい。

 しかしこの空間に彼以外の存在はおらず、そのため彼もそんなことを気にすることはない。しかし、ならば何故誰もいないとわかっているのに声に出しているのか。

 それはひとえに、自身の考えをまとめるためであった。そのために、彼は虚空に無意味と知りながらも言葉を吐き出しているのである。

 そして、彼にとって今考えるべき事柄はただ一つ。つい先ほど、自身の部下であるレイン恵を通して知った皆本遠也の情報。その内容についてしか有り得なかった。

 《スターダスト・ドラゴン》を使ったシンクロモンスター同士のシンクロ。それが示すものはアクセルシンクロしかない。元々、遠也の手元にスターダスト、フォーミュラ・シンクロン、モーメントといった必要なパーツが揃っていることは把握していたが、まさかその概念すら知っているとは夢にも思っていなかった。

 なぜなら、それはライディングデュエルがあって初めて発見された召喚方法だったのだから。

 だというのに、いまだライディングデュエルが存在しない時代にそれを知り、かつ不動博士が研究中のモーメントの実物すら持っている男。

 今までは少々の前倒しにすぎないと見過ごしてきたが、ここまでくるともはや捨て置くことは出来ない。何らかの対策を取らねばならないだろう。

 

『………………』

 

 しかし、ならばどう対処をすればいいのか。彼はそのことについて頭を悩ませた。

 彼の目的は“破滅の未来にさせないこと”。そして、そのために必要なのがモーメントとシンクロ召喚への対応である。

 モーメントについては、どうにかする計画を既に考え付いている。まだ不動博士によるモーメントの実験が行われていない今、それは実行すべき時ではないが。

 そしてシンクロ召喚。こちらについて、彼はその登場を防ぐということはしなかった。いずれシンクロは出てくる。どれだけ止めようとも、誰かが思いついて作り出すことは想像できたからだ。

 モーメントと違いその開発はアイデア一つで可能なのだから、わりと簡単にシンクロ召喚の実装は出来る。いちいち対処しても仕方がない、というのが彼の考えである。

 もっとも、彼の仲間にはシンクロ召喚そのものを忌み嫌い排除しようとする者もいる。彼は別段そちらを否定するつもりもない。それでシンクロ召喚がなくなるなら、それはそれで破滅の未来に進む可能性が減るので、願ってもないことだからだ。

 彼がそこまでシンクロ召喚の撲滅に積極的ではないのは、単にそれ以上に優先すべきことがあるからに過ぎない。その結果として、彼は遠也のことも見逃してきていた。

 だが、彼がシンクロ撲滅に乗り出さないのには、もう一つの理由があった。

 

『シンクロ召喚は、かつて世界を救った希望の力。そうでしたね……』

 

 かつて古に封印された地縛神といった勢力から世界を救った男、不動遊星。彼がその手に携えたのが、シンクロ召喚という力だった。

 そして彼はそんな不動遊星に憧れた。いや、固執していたと言ってもいいかもしれない。破滅の未来を生きた男は、世界を救ったという不動遊星に対して並々ならぬ思いを抱いていたのだ。

 そして、彼自身も遊星のようにシンクロ召喚を……また、その先にあるアクセルシンクロを手に人々に救いをもたらしてきた。

 アクセルシンクロによって至る境地、クリアマインド。悪しき心に負けぬ強い境地に立つことで、モーメントの暴走は止まり世界は救われると信じたからだ。

 だが、それは叶わなかった。いや、確かに彼の考えは正しかったのだ。しかし、世界にはあまりにも多くの人がいて、その考えを一つの方向に向けるには圧倒的に時間がなかった。それだけであった。

 遠也がアクセルシンクロを行うということは、すなわちクリアマインドをこの時期に発現させたということ。かつて時間の不足から失敗した彼にとって、今の状況は僥倖であるように思える。今から時間をかけて世界中に広めていけば、あるいは世界は救われるかもしれないのだから。

 これは、彼自身真っ先に思い付いた対処法であった。一瞬、わずかな希望が心に宿る程に、それは甘く魅力的な未来だった。

 しかし。

 その選択をするには、彼が体験してきた未来と歴史は、過酷すぎたのである。

 

『本当に、魅力的な選択だ。……叶うならば、ですが』

 

 彼は知っている。人間が持つ欲望の限りなさを。そして、土壇場にならねば学習せず、その中でもなお学ばない者がいることを。

 クリアマインドを広める。それ自体は可能だろう。だが、結局はシンクロの持つ力にヒトは引き寄せられる。限りない進化の可能性を秘めたそれの魅力に、抗えないのが人間だからだ。

 ならば、全てを明かして彼らにも危機感を持ってもらうという手もある。だが、それが未来を救うと言って誰が信じる? 我々自身が身を明かし、これまでのことを全て語ればいいのか?

 彼は、それが上手くいくとは到底思えなかった。たとえ映像とともに人々に未来の姿を見せても、彼らはそれを映画の延長としてしか受け取らないだろう。よしんば本気にとってくれたとしても、それは真に切羽詰ったものではない。

 “ひょっとしたら、大変なことになるかもしれない”という実感の伴わない曖昧な気持ちでは、未来を救うために行動できるはずなどないのである。

 かつて彼自身が救った人たちは、実際に破滅の未来の中に生きていたからこそ世界にはびこる絶望に対して心から真剣に向き合い、決意することが出来たのだ。

 そうでない、豊かで平和なこの時代に暮らす人が、それを為せるとは思えない。彼の膨大な人生経験が、人間とはそういうものだと告げていた。

 ゆえに、彼は考える。果たしてどうするのがベストなのだろうかと。

 このまま野放しにする……。いや、いずれモーメントが出てくれば、アクセルシンクロと合わせてかつての未来以上に急速に発展する危険がある。そうなれば、ヒトの心と技術の進化は本来の歴史以上に歪な関係となってしまうだろう。それは許容できない。

 モーメントは破壊するつもりだが、何事も最悪を考えておかなければならない。モーメント破壊後に何らかの要因で二つが揃った時、その圧倒的な魅力に人は抗えないだろう。

 むしろ、一度失っている分固執する可能性もある。それは人の感情を読み取るモーメントのことを考えると好ましくない。

 ならば、こちら側に引き込むのはどうだろう。幸い遠也はレイン恵と仲がいい。その繋がりを使って接触することは出来るはずだ。

 こちらで管理していれば問題はない。そう彼は考えるが、この案にはある問題点があった。

 それは、彼らが行っていることや行おうとしていることに、遠也が拒否感を示す可能性である。

 そもそもが破滅の未来などという今を生きる人間にしてみれば理解しがたいことを言っているのだ。前述したように、心からそれを信じることは難しいだろう。そこに数百では済まない何万といった人間の犠牲すら視野に入れた計画まであるのだ。

 真っ当な考えを持つ人間なら、そんな計画に賛同はしない。それだけならいいが、内部事情を知られて敵対されると厄介だ。そして、その可能性はこれまで観察してきて得た遠也自身の性格データを見ればそれなりに高い。それなら初めから引き入れない方がマシである。

 洗脳といった手もあるが、遠也には精霊の加護がついている。精霊については詳しくない彼だが、少なくとも実体化して物理的な干渉が出来ることは知っている。なら、そんな真似をすれば遠也と共にいる精霊が黙っていまい。

 精霊の力が計り知れない以上、下手に手を出してこちらに被害が出てはたまらない。そういった不利となる可能性を内包する以上、引き入れることには消極的にならざるを得なかった。

 となると、もっとも確実かつ安全に事を済ますならば、方法は一つ。

 遠也自身が持つ可能性を、全て奪ってしまえばいいのだ。そうすれば、アクセルシンクロも出来ない。敵対されることもない。アクセルシンクロは正史の通りに不動遊星がしかるべき時に発見してくれることだろう。

 幸いと言うべきではないのだろうが、彼はシグナーではない。そして当然不動遊星でもない以上、スターダスト・ドラゴンのカードさえ残っていれば歴史に大きな影響はないはずなのだ。

 つまり――。

 

『……皆本遠也。あなたに恨みはありません。ですが、不確実な可能性にすがるには、あの未来は悲惨すぎるのです……』

 

 誰もいない空間に機械処理を施された声が響く。

 それはまるで懺悔のようであり、決意を表明するかのようでもあった。

 

『――謝ることはしません。許しを得ようなどとは思わない。……ですが代わりに、私は必ず未来を救ってみせる』

 

 その後であれば、きっと死後の世界で私が犠牲とした人々に裁かれましょう。

 彼は最後にそう呟くと、暫くの間押し黙る。

 それが数分続いたのち、彼の収容された機体からピッと電子音が鳴った。そして、彼の目前に一つの空中ディスプレイが現れる。

 そこに映っているのは、どこか不安そうな顔で彼を見ているレイン恵であった。

 

『……レイン恵。あなたに指示を与えます』

 

 レインの眉がピクリと動く。しかし彼はそれを些細な筋肉の動きでしかないと気にせず、淡々と決定された対処を告げる。

 

『――皆本遠也を抹消する。その役目を、任せたい』

 

 その言葉を受けたレインは、即座に一礼すると通信を切った。

 いやに速い対応であったが、彼はそれを特に咎めなかった。一応付き合いがあった人間を相手にするのだ。レインとて覚悟はあっただろうが、それでも感じるものはあったに違いない。

 たとえレイン恵の心が人間本来が持つ心とは異なるモノであったとしても、そういった機微は解しているはずだから。

 もしレインが失敗したならば、新たにこちらからその役目を持った存在を向かわせるだけだ。アクセルシンクロに皆本遠也は失敗したらしいので、次があるとすれば三皇帝の誰かに指示を出してもいい。

 いずれにせよ、これで遠也に対する対処は成ったと彼は考えた。

 ゆえに、その心にはその命の重さがのしかかる。犠牲すら容認して世界を救うと誓った身であっても、それに心が痛まないわけではないのだ。人間だからこそ、そこまで割り切ることは出来ない。

 しかし、やらねばならないことなのだ。だからこそ、そんな痛みすら受け入れて彼は進む。未来に希望を残すために。その禍根となるものは全て、粉砕しながら。

 それこそが、彼の信じる道だった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 斎王が去った後、十代に電話をかけた俺は、そのまま校舎に向かってある教室で十代と合流を果たした。

 そこで斎王の刺客であったデュエル物理学者であるツバインシュタイン博士とデュエルし、十代が勝ったことを知るのであった。

 なるほど、斎王が十代には有効というわけだ。今でもたまに勉強を見ることはあるが、本当に物理とか数学とかは苦手だからなぁ十代は。そういう話をされれば、十代が怯むのは間違いない。そういう意味での選択だったのだろう。

 勝ったことで嬉しそうに笑っている十代に、事情を知った俺は頷きを返す。そして、すぐさま「で」と言葉を続けた。

 

「……あれは、どうしたんだ?」

 

 俺がくいっと親指を向けた先を見て、十代も苦笑いを浮かべる。

 そこにはツバインシュタイン博士に対して熱心に話しかける三沢の姿があった。

 

「ははは、三沢はあの爺ちゃんのファンなんだってよ」

「ファン?」

「そうだとも!」

 

 十代の言葉に俺が首を傾げて返せば、聞こえていたらしい三沢が勢い込んでこちらに振り返った。

 そして拳を握りこむと、ひどく真剣な顔で語りだすのだった。

 

「俺のデュエルは理詰めのデュエル! 効果的な戦術と、計算されつくした隙のないデュエルこそが求めるものだ! 運すら自らの計算のうちに捉え、全てを解明しようとする博士こそ、まさに俺の理想の人物! あ、そうだ、サインください!」

「ほっほ、いいじゃろう」

 

 携帯しているのか懐から取り出した色紙にツバインシュタイン博士はさらさらとサインを書く。

 それを受け取った三沢は、おお、と感動の声を漏らしてそれを大切そうに掲げていた。

 

「博士! ぜひ俺にあなたの知識を分けていただきたい! こんな機会、そうそうあるものじゃない。ぜひとも己の糧にさせていただきたいのです!」

「ふむ……儂の知識を糧にするとな。何とも率直な男よの。よかろう、それでは特別講義といこうかの。お主には見どころがありそうじゃ」

「あ、ありがとうございます! それでは早速行きましょう!」

「ひ、引っ張るでない! わしゃ年寄りじゃぞ!」

 

 憧れの人物に師事してもらえることが相当嬉しいのか、三沢が珍しく興奮した様子でツバインシュタイン博士の腕を取って教室を出て行く。

 ツバインシュタイン博士が大股で歩く三沢についていくのに苦労しているが、それを気にする余裕もないようだ。それほどまでに、三沢にとっては憧れの人物だったわけだ。

 その姿を見送り、俺と十代は顔を見合わせて苦笑した。

 

「はは、普段冷静な三沢があんなに取り乱すなんてな」

「まぁ、それだけ博士に会えたのが嬉しかったんだろうさ」

 

 俺たちの中でも割と大人びた雰囲気を持つ三沢の意外な姿に、俺たちはどこか微笑ましいものを見るような気持ちになっていた。

 そしてそんな三沢の後を追うように俺たちも教室を出ると、そこには剣山とクロノス先生が立っていた。

 十代はクロノス先生を見ると、笑顔になってブイサインを向ける。しかし、それを向けられたクロノス先生は困惑した顔をしていた。

 

「へへ、物理の追試終了! これで俺は自由の身だぜ!」

「なに言ってるノーネ? 追試はジェネックス後にまとめてやることになっていルーノ」

「へ? だってクロノス先生が放送で……」

「私は今日一度も放送室には行っていないノーネ」

 

 あっさりとした返答を受け、十代がええっ、と声を上げて驚く。今のデュエルで追試がなくなったと思っていたらしいから、まぁその気持ちはわかる。

 しかし、どうやら斎王はクロノス先生の声を使った放送で十代を呼び出したらしいな。斎王が取った手法を察した俺はショックを受けている十代に近づき、その事実を耳元でこっそり教える。

 すると、それを聴いた十代は歯を食いしばって拳を握った。

 

「ぐぬぬ……斎王の奴! この借りは、絶対にデュエルで返してやるからなぁ!」

 

 見事に騙されてぬか喜びさせられたことに十代は大層ご立腹である。

 とはいえコイツのことだから、いざデュエルとなったらそんなことは忘れ去ってデュエルを楽しむんだろうけど。

 それがわかっているから、俺も適当に「まぁ頑張れ」と声をかけておく。

 何はともあれ、これで本日の斎王の企みも一応の終息を見たわけだ。とはいっても、ジェネックスも徐々に終わりに近づいている現在、また斎王が動きを見せるのは明白だ。

 油断するのは禁物だが、しかし気ばかり張っていても仕方がない。そういうわけで、俺は十代と別れるとジェネックスの本分であるメダル集めに戻ることにした。校舎を離れ、島の中を歩いていくつかのデュエルをして回る。

 終盤になっても残っているデュエリストにはやはり実力があるため、デュエルに緊迫感があって最高に楽しい。何とか勝ち続けているが、やはりそういうデュエルの方が燃えるというものだ。

 

「――《大地の騎士ガイアナイト》で直接攻撃! 《ハリケーン・シェイバー》!」

「ぐあぁあああッ!」

 

 そういうわけで今日何度目かのデュエルに、再び勝利を得る。

 デュエルを終えた相手からメダルを受け取ると、俺はその相手と握手を交わして互いの健闘をたたえ合う。

 デュエル中は敵同士でも、終わってしまえばデュエルを通して友人となれる。何とも不思議かつ強引な理屈だが、しかしそんな理屈も俺は嫌いではなかった。

 そういうわけでデュエルを終えた俺たちは、今のデュエルを思い返して互いに反省会を始める。自分のここが駄目だった、相手のここが良かった。そういったことを言い合うことによって、更に自分を高めていくのだ。

 メダルをもらって、はいさようならでは寂しすぎるからな。それに相手の意見を聞くことで自分では気づけないことに気付くこともある。たまに行うこの時間は、そういう意味で実に有意義な時間でもあった。

 そうして話していると、ふと視界の端に銀色が映った気がして一瞬俺はそちらに気を逸らす。

 風に乗って揺らぐのは、銀色に輝く二房の髪。

 

「……レイン?」

『え、レインちゃん?』

 

 俺の言葉に反応してマナも同じ方向に目を向ける。しかし、その時には既にレインの姿は見えなくなっていた。もしくは、あれはレインではなかったのか。しっかり見たわけじゃないから、本当にそうだったか自信がない。

 首をひねっていると、どうした、と対戦した相手が尋ねてくる。その呼びかけで会話の最中だったことを思い出すと、俺は慌てて何でもないと返して再び会話に戻るのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 一方、レインは遠也の近くを通り過ぎたことなど気が付かないまま、ぼうっとした面持ちで足を進めていた。

 とはいっても、別段目的地があるわけでもなかった。ただじっとしていると思考に埋没していってしまって身動きが取れなくなりそうになるのが怖かったのだ。そのため、無理やりにでもレインは外に出て歩くことにしたのだった。

 しかし、それが解決になっているわけではない。たとえ外に出て動いていても、レインの頭の中から告げられた言葉が消えてなくなるわけではない。

 彼女のマスターから言われた言葉……皆本遠也を抹消する。それが指し示すものを考えると、レインはどうしようもなく自分の心が軋みを上げるのを感じるのだった。

 レインにとって、遠也とはある意味で特別な存在だった。先輩であり、友であり、仲間であり、親友の思い人。また自分に対して初対面から気軽に接してきた数少ない人物の一人でもある。

 あちらは知らないだろうが、監視対象として彼を見ていることにレインが気後れを感じるほど、遠也は純粋に自分のことを見てくれていたとレインは思う。

 だからこそ、レインも遠也には気を許していた。その後遠也やレイを通じて仲を深めていった十代たちとの時間も、今ではレインにとって大切なものだ。そのきっかけはレイであり、そして遠也でもあったのだ。

 その遠也を自分が消さなければならない。その事実を認識した時、レインの心に真っ先に浮かんだのは「嫌だ」という否定の意思だった。

 しかし、それを表に出すことはしなかった。彼女のマスターは、レインがそこまでの親しみを彼らに感じていることを知らない。だからこそ、彼はレインにその指示を与えたのだ。もし知っていれば、マスターはレインに慮って実行役を他の誰かにしていたかもしれない。

 その場合は恐らくイリアステルの三皇帝……その誰かに話が行くことになっていたに違いない。正式にはイリアステルの所属ではなく、その更に上位に位置する男の直属であるレインにとって顔も知らない三皇帝であるが、彼らにそういう役がいく可能性は高い。

 しかし、それであっても遠也が消されるという結果に変わりはない。そもそも遠也の抹消という結果にこそレインは反発しているのであって、実行役が変わったところでレインにとっては意味がない変化であった。

 遠也の抹消。それをどうにかすることこそ、レインの本当の望みだ。それは単純に遠也を慕っているからだけではない。それに加えて、彼女は遠也の存在に一縷の希望を見ているからという理由もあるのだった。

 本来ありえないこの時期にシンクロ召喚を使い、そしてアクセルシンクロすら実行に移そうとしている存在。確かに奇異であり、それゆえに理解できず不確定要素であることに間違いはない。

 

 だがしかし、定められた破滅に向かう世界において、不確定要素とは取りようによっては希望にもなり得るのではないか。ふとレインはそう考えたからである。

 不確定要素だからこそ、計画遂行には障害となる。たとえ希望になり得るとしても、なり得るなどという不確実な要素に頼って失敗するわけにはいかない。

 そう考えるマスターの気持ちもわかる。しかし、レインはその理屈で心底納得することは出来なかった。

 遠也が持つ、可能性。そして、自身の仲間を思う気持ち。それらがレインに遠也の排除を躊躇わせた。

 それは、機械によって命を繋いでいる者との違いによるものだったのかもしれない。いつ命の期限が訪れてもおかしくないマスターとレインでは、ものの感じ方が違うのは当然と言えた。

 そして、そう思っているレインは歩きながら考えるのだ。一体自分はどうすればいいのだろう、と。

 もやもやと胸の内に溜まっていく、正体の見えない何か。それを払うのは自分の決断だと理解はしている。

 しかし、どんな決断を下せばいいのか。レインは決断が必要だと理解しつつも、それをどうしても決めかねているのだった。

 思考がどんどんと複雑に絡まり、自分が取るべき行動が見えなくなっていく。それでも、レインは悩むことを止められない。安易に結果を出すことは、背負いきれない罪と後悔を招くと感覚で理解しているからだ。

 だが、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。指示を受けたにもかかわらずレインが何の行動をもとらなければ、不審に思ったマスターは新たな行動を起こすだろう。

 だからこそ、迅速に決めなければならない。そんな時間的な焦りも加わり、レインの思考は更に複雑化していく。

 一体、どうすればいいのか。悩みに悩むレイン。その耳に、ふと聞き慣れた声が飛び込んできた。

 

「――これで最後だぜ! 《E・HERO フレイム・ウィングマン》は、倒したモンスターの攻撃力分のダメージを与える効果を持っているんだ! いっけぇ!」

「な、なに!? うわぁああッ!」

 

 俯きがちだった顔を上げて、その声がした方向に目を向ける。

 すると、そこには対戦者が膝をつき、その前に立ってお決まりの決めポーズをしている十代の姿があった。

 しかしその横にはいつも一緒にいる剣山と翔の姿がない。珍しいな、と思いながらレインは十代を見ていた。

 その視線の先でメダルを相手から受け取っていた十代は、突然虚空に向かって「どうしたんだ相棒?」と呟くと、直後にレインの方へと目を向けた。

 今さっきまで全く気付いてなかった様子を見るに、恐らくは十代の精霊がレインが見ていることを教えたのだろう。こっちに笑顔で近づいてくる十代を見ながら、レインはそんな考察を思い浮かべるのだった。

 

「よ、レイン! 今日はレイと一緒じゃないのか?」

「……先輩こそ。剣山先輩と丸藤先輩が、いない……」

 

 レインがそう返せば、十代は「あの二人もジェネックスを頑張ってんのさ」と言って笑う。

 つまり、二人もそれぞれジェネックスで成績を残すためにデュエルに精を出しているということなのだろう。

 確かに十代と一緒にいるだけでは、自分は大会で実績を残すことは出来ない。二人もそれを承知で、今は離れているということか。

 レインがそう納得していると、再び十代が虚空に目を向けた。精霊が見えないレインには、十代に見えているものが理解できない。遠也の場合は、精霊であるマナが実体化できるためマナと会話している姿を想像できるのだが……。

 そう考えたところで、遠也のことを思い出したからだろうか。レインは再び顔を少し下に向ける。とてもではないが、十代と明るく話すような気分ではなかったのである。

 ここは断りを入れてすぐに去ることにしよう。そう決めたレインだが、それを告げるより早く十代が口を開いていた。

 

「確かに、相棒の言う通りかもな。元気がないぜ、レイン。何かあったのか?」

「……それは……」

 

 驚いて顔を上げれば、そこにはどこか心配そうにレインを見る十代の顔があった。

 

「相棒がさ、なんかお前を凄く心配してるんだよ。俺は気づかなかったけど、今ならわかるぜ。お前の顔、どう見ても楽しくなさそうだもんな」

「……っ」

 

 当たり前だ、楽しいはずがあるものか。

 反射的に胸の内でそう言葉を返し、レインはぎゅっと唇をかみしめた。

 それではただの八つ当たりだ。十代は自分のことを心配して言ってくれているだけ。だからこそ、そんなみっともない真似をするわけにはいかなかった。

 そして、口を閉ざしたレインを見て十代はどうしたものかを頭を捻る。

 もともと小難しいことに関しては致命的に向かないと自分でも思っている十代である。しかし、だからといって思い悩む後輩を見捨てるなんて行動が出来るはずがなかった。

 まして、レインとはそれなりに付き合いもある仲間だと思っているのだ。悩みがあるのなら、先輩としてどうにかしてやりたい。十代はそう思っていた。

 

「お、あそこにベンチがあるじゃん。ちょっと座ろうぜ、レイン!」

「……え、あ……」

 

 だから、十代はレインの手を取ると無理やり近くにあったベンチに引っ張っていった。

 自分が的確な答えを返せるとは思っていない。しかし、友達に悩みを話すことで気持ちが楽になることを十代は知っていた。自分もかつて、遠也に悩みを吐露したことがあるのだから。

 そして今、友達がこうして目の前で悩みを抱えている。なら、その話を聞くのは仲間である自分の役目だ。何より、後輩が困っていて手を貸さないなんてことを、先輩としてするわけにはいかなかった。

 そういうわけで、半ば強引にレインを手近なベンチに座らせると、十代はその隣に腰を下ろした。

 やはり顔を俯かせたレインを横目で見つつ、十代はいよいよレインから話を聞こうと思ったが……そこで重大な問題に気付くのだった。

 すなわち、どうやって聞いたらいいんだ? である。

 遠也の時は、無理やりデュエルに誘って何とかなった。それは互いにデュエルが絆を紡ぐものと信じていたからであり、また気兼ねすることがない同性かつ同年であったからだ。

 しかし、レインの場合は違う。同性でもなければ、同年でもない。十代としては、話題が合うかどうかすら自信がない存在であり、どんな風に話しかければいいのかすらわからなかった。

 これがレイならまだ十代としても手があったのだろうが、基本的に自分のことを語らないレインに対して、どういう対応が正解なのかを十代は導き出すことが出来なかったのである。

 頭を抱える十代。そして、そんな土壇場になって十代が取るべき手段といえば、もちろん一つしかなかった。

 

「――よっし! デュエルだ、レイン!」

「……え?」

 

 いきなりの発言に、レインが驚きを込めた目で十代を見る。

 その目は一体どういうことだという疑問に満ちていたが、しかしもうデュエルをすると決めた十代にそんなことは関係なかったのか、ベンチから立ち上がった十代は「ちょっと待ってろ!」と言って走り出してしまった。

 それを見送り、レインが呆気にとられたままベンチに座っていることしばし。校舎の方からデュエルディスクを持って帰ってきた十代は、それをレインに渡すとベンチの前の広場に立ってデッキを自分のデュエルディスクに収めた。

 そして、デュエルディスクを受け取ったまま呆然としているレインに手招きをする。

 

「ほら、デュエルしようぜレイン!」

「……どうして……?」

 

 当然と言えば当然なレインの疑問に、十代は自信満々に答えた。

 

「デュエルをすれば、相手が何を考えているのか理解できる! 少なくとも、知ろうとする切っ掛けになる! 俺はお前がどうして悩んでいるのか知りたい。けど、話しにくいことだってんなら、デュエルで聞くだけだ!」

「……意味が、わからない……」

 

 あまりといえばあまりな理屈に、思わずレインも率直に理解不能と言ってしまう。

 だが、レインは不思議とその理解不能な理屈に抗おうとは思わなかった。

 それは十代の飾り気なく自分を心配する心がそうさせたのか、それともレイン自身が単にストレスを発散させたかったのかはわからない。しかし、確かにレインはデュエルディスクを腕に着けて十代の前に立ったのである。

 

「よし、いくぜレイン! お前の悩みを解決してやるなんて言えねぇけど、このデュエルでお前の助けになってみせるぜ!」

「……デュエル」

「はやっ!? まぁいいや、デュエル!」

 

レイン恵 LP:4000

遊城十代 LP:4000

 

「いくぜ、まずは俺のターン、ドロー! 遠也を追い詰めたっていう力、見せてもらうぜ!」

 

 そう言ってデッキからカードを引いた十代は、手札からカードを選び取って場に出した。

 

「俺は《カードガンナー》を守備表示で召喚! その効果でデッキの上から3枚を墓地に送り、攻撃力をエンドフェイズまで1500ポイントアップ! カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900→400 DEF/400

 

 まずは態勢を整えようというところか。十代はカードガンナーを召喚し、その効果によって墓地肥やしまで行う。実にいい出だしだといえた。

 

「……私、ドロー。……《おろかな埋葬》、デッキから《馬頭鬼》を墓地に。……《ゾンビ・マスター》を召喚。モンスター効果、手札から《ゾンビキャリア》を捨てて、ゾンビキャリアを特殊召喚」

 

《ゾンビ・マスター》 ATK/1800 DEF/0

《ゾンビキャリア》 ATK/400 DEF/200

 

 レインにとって定番と言っていい筋書き。場に何もない状態から1ターンでレベル6のシンクロを行うという、彼女にとって信頼を置く先制のコンボであった。

 

「……レベル4ゾンビ・マスターに、レベル2ゾンビキャリアをチューニング。……シンクロ召喚、《氷結界の龍 ブリューナク》」

 

《氷結界の龍 ブリューナク》 ATK/2300 DEF/1400

 

 そして現れるのは、美しく光を反射する氷の龍ブリューナク。けたたましい咆哮を上げるドラゴンを前に、十代が表情を引き締めた。

 

「シンクロ召喚か……遠也と同じだな」

 

 シンクロと聞いて真っ先に思い浮かぶ親友の姿を思い起こしつつ十代が呟く間に、レインは手札のカード2枚を手に取って次の行動に移っていた。

 

「……ブリューナク、効果。手札を捨てて、その枚数分相手のカードを手札に戻す。……2枚捨てて、先輩の場のカード全てを手札に戻す」

「げっ、何だよその効果!? けど、甘いぜ! 速攻魔法発動、《エフェクト・シャット》! 効果モンスターの効果の発動を無効にし、そのモンスターを破壊する!」

 

 さすがにいきなりそんな真似をされてはたまったものじゃないと思ったのか、十代は即座に伏せカードを発動させて難を逃れる。

 対してコストだけ払って効果を使えず、そのままブリューナクを破壊されたレインは、思わずといった様子で眉を寄せた。

 

「……ッ! ……カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を引き、更に墓地のカードを確認した十代は、一つ頷いて行動に移った。

 

「よし! 俺は墓地の《E・HERO ネクロダークマン》の効果を使う! このカードが墓地にある時、E・HEROを1体リリースなしで召喚できる! 来い、《E・HERO エッジマン》!」

 

《E・HERO エッジマン》 ATK/2600 DEF/1800

 

 全身が黄金に輝く金属で構成された、雄々しいHERO。エッジマン本来のレベルは7であるためリリース2体を要求するが、ネクロダークマンが墓地にある時はその限りではない。

 カードガンナーの効果でネクロダークマンが墓地に行っていたことを悟り、レインはその強運に驚かずにはいられなかった。

 

「更にカードを1枚伏せ、カードガンナーを攻撃表示に変更する! そしてその効果で1500ポイント攻撃力がアップ!」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900

 

「バトルだ! カードガンナーで直接攻撃! 《トリック・バレット》!」

「……ぅッ……」

 

レイン LP:4000→2100

 

 カードガンナーから放たれた銃撃がレインを狙い撃つ。見事に命中したそれによって、レインのライフポイントは大きく削られることとなった。

 しかし、それだけでは終わらない。十代の場には更にそれ以上の攻撃力を持つエッジマンがいた。

 

「更にエッジマンで攻撃だ! 《エッジ・ハンマー》!」

 

 エッジマンが両腕を突き出しながら突進してくる。これを受ければレインのライフは残らない。

 レインはすぐさま伏せてあったカードを発動させた。

 

「……ッ罠発動、《次元幽閉》。……攻撃してきたモンスターを、除外する」

 

 エッジマンは突如空間に走った亀裂に吸い寄せられるようにして引き込まれていき、次元の彼方へとその身を投げ出してしまう。

 破壊でもなく除外されるという事態に、十代も計算が狂ったのか苦い顔である。

 

「くっ……なら俺は魔法カード《黙する使者》を発動し、墓地から通常モンスター《E・HERO スパークマン》を守備表示で特殊召喚する。そして装備魔法、《スパークガン》をスパークマンに装備! その効果でカードガンナーを守備表示に変更し、ターンエンドだ!」

 

《E・HERO スパークマン》 ATK/1600 DEF/1400

 

 これもまたカードガンナーの効果で墓地に送られていたモンスターなのだろう。スパークマンは専用装備魔法であるスパークガンをカードガンナーに向けると、その表示形式を守備表示に変更させる。

 合計3度まで表示形式変更を可能にする効果を持つスパークガンは、十代としても非常に扱いやすく重宝しているカードであった。

 

「……私、ドロー」

 

 レインがデッキからカードを引く。

 手札を見るが、その1枚はこの状況を動かせるカードではなかった。

 爆発力と展開力に優れた自身のデッキで、思うように動けない。自分のデッキで戦っているはずなのに、どこか空回りしている感覚をレインは味わっていた。

 しかしそれでも、今自分に出来ることをするしかない。なんとか喰らいついていって、機を窺うしかないのだ。

 そう考えを絞ると、レインは墓地に目を向けた。

 

「……《馬頭鬼》の効果。墓地のこのカードを除外して、《ゾンビ・マスター》を特殊召喚。……そしてバトル。カードガンナーに攻撃」

 

《ゾンビ・マスター》 ATK/1800 DEF/0

 

 召喚、直後に攻撃。

 ゾンビ・マスターの速攻はカードガンナーを即座に破壊し、十代の場から退却させる。

 しかし、ただではやられないのがカードガンナーの厄介なところだった。

 

「カードガンナーの効果発動! 破壊された時、デッキからカードを1枚ドローするぜ!」

 

 その効果により、十代の手札が1枚増える。それに、レインは顔には出さずとも渋い気持ちになる。十代や遠也といった手合いにドローさせる危険性を、彼女は十分に理解していたからである。

 だがしかし、今更そんなことを言っても仕方がない。気持ちを切り替え、レインはカードをディスクに差し込んだ。

 

「……カードを1枚伏せる……ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札に加わったカードを、十代が確認する。そしてその表情が笑みに変わったと思った瞬間、既に十代はそのカードをディスクに置いていた。

 

「《E・HERO エアーマン》を召喚! エアーマンは召喚に成功した時、デッキからHEROを1体手札に加えることが出来る! 俺は《E・HERO ネオス》を手札に加えるぜ!」

「……ネオス……」

 

 十代のデッキのエースモンスター。それがついに手札に加わった。

 そのことに危機感を覚えつつも、しかしそれをどうこうする手段は今レインにはない。大人しく見過ごすほかなかった。

 

「そしてバトル! ……といきたいけど、エアーマンとゾンビ・マスターの攻撃力は同じか。ここはこのままターンエンドだ!」

「……そのエンドフェイズ、リバースカードオープン。……速攻魔法、《終焉の焔》。私の場に《黒焔トークン》2体を特殊召喚」

 

《黒焔トークン1》 ATK/0 DEF/0

《黒焔トークン2》 ATK/0 DEF/0

 

 出来るだけのことはする。たとえデッキと噛み合っていなくても、レインにだってプライドがあった。

 このデッキとずっとやってきたのだ。なら、たとえ今の自分に応えてくれなくても最大限に自分の力を出すだけだ。

 

「……私、ドロー。……墓地のゾンビキャリアの効果。手札1枚をデッキトップに戻し、墓地から特殊召喚」

 

《ゾンビキャリア》 ATK/400 DEF/200

 

 再びレインの場に現れる、丸い身体に太い腕を持った体格のいいゾンビ型モンスター。

 手札1枚をデッキトップに戻すだけという手軽な蘇生こそ、このカードの真骨頂である。

 

「チューナー……ってことは、またシンクロ召喚か!」

 

 十代がレインの場に蘇ったゾンビキャリアを見て、警戒する。

 それを見ながら、レインは自分の場にいるモンスターを見渡した。必要なレベルは揃っている。ならば、あとは召喚するだけだ。

 自らが信頼を寄せる、1体のドラゴンを。

 

「……レベル4ゾンビ・マスターとレベル1黒焔トークン2体に、レベル2ゾンビキャリアをチューニング。……深き闇から現れよ……シンクロ召喚、《ダークエンド・ドラゴン》」

 

 4+1+1+2……その合計値8のレベルを持つ闇属性ドラゴン。チューナー以外の素材は全て闇属性でなければならないという条件を満たして現れたのは、その名の通り全身を闇色で覆う漆黒のドラゴンだった。

 頭部と胸部の両方に禍々しい造形の顔を持つ、まるで冥府の道から現れたような出で立ち。

 しかし、その効果・ステータス共に強力であり、レインが己のデッキのエースとして配置しているモンスターであった。

 

《ダークエンド・ドラゴン》 ATK/2600 DEF/2100

 

 その信頼すべきエースを従え、レインは十代の場に指を向けて指示を出す。

 

「……ダークエンド・ドラゴンでエアーマンに攻撃……《ダーク・フォッグ》」

「ぐぁっ!」

 

 ダークエンド・ドラゴンが首をしならせ、その上にある口から闇色の吐息が吐き出されると、それはエアーマンを一瞬で飲み込んで消えていく。

 

十代 LP:4000→3200

 

 だが、ダークエンド・ドラゴンの真価はそこではなく、その効果にこそあった。

 

「……ダークエンド・ドラゴン、効果。1ターンに1度、攻守を500下げて相手のモンスター1体を墓地に送る。……対象はスパークマン……《ダーク・イヴァポレイション》」

「くっ……!」

 

《ダークエンド・ドラゴン》 ATK/2600→2100 DEF/2100→1600

 

 ダークエンド・ドラゴンが咆哮を上げると、その胸部の口が開き、そこから闇が溢れてスパークマンを包み込む。

 まるで地面に溶けるかのようにスパークマンを飲み込んだ闇が沈み込んでいく。すると、それが見えなくなる頃にはスパークマンも闇と共にフィールドから消え去っていた。

 

「……ターンエンド」

 

 レインがエンド宣言をすると、ダークエンド・ドラゴンもまたそれに従ってその横に滞空する。

 ダークエンド・ドラゴンの効果は、カードアドバンテージを一切失うことなく相手モンスターを除去するという、非常に強力なものだ。

 だからこそのエース。レインの横に並ぶその姿には、その貫禄すら感じられた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そんなエースの姿を前に、十代は勢いよくカードを引く。そして手札を確認した後でレインを見ると、その表情を確認して僅かに相好を崩すのだった。

 

「やっぱりな、思った通りだぜ」

「……え?」

 

 不意に十代が口にした理解できない言葉に、レインは思わずといった様子で問い返す。

 それに対して、十代はにっと笑って応えた。

 

「デュエルをしている間は、俯いていられない! きちんと顔を上げるしかないだろ? 今のお前は正面を真っ直ぐ見てる! お前が何に悩んでいるのかは知らないし、どうすりゃいいのかなんて判らないけどさ。……けど、そうやって前を見てる方が絶対にいいぜ!」

「……十代、先輩」

 

 ただ素直にそう思っているとわかる十代の言葉に、レインも一瞬言葉を見失う。

 

「下を向いていると、解決できるものも解決できなくなるぜ! 頼りにならない先輩で悪いけど……俺に出来ることなんてデュエルしかないからな!」

 

 最後は照れ臭そうに、それでいて少し自嘲するように十代は言う。

 しかし、十代から言われたことにレインははっとしていた。目の前にかかっていた靄が晴れたかのように、視界が広がる。

 下を向いて悩んでいた時には見えなかったものが見えた気がした。……そう、自分はきっと悩むことなどなかったのだ。本当に望んでいるものさえ定まっていれば、あとはそこに向かって進めばよかったのだから。

 ただ、その自分が目指したい場所があまりにも困難なゴールであったから、他にもっと簡単な道はないかと逃げ道を捜していただけだったのだ。下を向いていたって、そんなものが見つかるはずはなかったというのに。

 既に自分の中に目指すべきゴールは存在している。それを自覚したレインは、はっきりと表情を改めて十代を見た。いま対戦者として向き合っている、十代を。

 その視線を受け止め、十代もまたレインを見返す。その目はようやく悩みを超えて自分とのデュエルに向き合ってくれたことを喜んでいるかのような、輝きを宿していた。

 

「いくぜ、レイン! 俺は《N(ネオスペーシアン)・グラン・モール》を召喚! 更に魔法カード発動! 《フェイク・ヒーロー》! 手札の「E・HERO」1体を特殊召喚する! 来い、《E・HERO ネオス》!」

 

《N・グラン・モール》 ATK/900 DEF/300

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 ドリルを縦に割ったような肩当を両肩にそれぞれつけたモグラに、鍛え上げられた肉体を銀色の不思議な色合いで染め上げた宇宙のヒーロー。

 その2体が十代のフィールドに姿を現す。ともに十代にとっての頼れる仲間。その姿を前に、十代は言葉を続ける。

 

「《フェイク・ヒーロー》で呼び出したモンスターは攻撃できず、エンドフェイズに手札に戻る。けど、そのデメリットを回避する手段がある!」

 

 無論、その手段が何であるかは言われずともレインだってわかっている。

 

「……コンタクト融合……」

 

 呟かれたそれに、十代は嬉しそうに笑った。

 

「その通りだぜ! ネオスとグラン・モール、2体をデッキに戻し、コンタクト融合! 現れろ、《E・HERO グラン・ネオス》!」

 

《E・HERO グラン・ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 土色の鎧をまとい右腕に巨大なドリルを装備した、ネオスとネオスペーシアンが力を合わせた真の姿。

 そしてグラン・ネオスはその巨大なドリルを一気に地面に振り下ろした。

 

「グラン・ネオスの効果発動! 1ターンに1度、相手の場のモンスター1体を手札に戻すことが出来る! 俺が選ぶのはもちろん、ダークエンド・ドラゴンだ!」

 

 振り下ろされたドリルは地面に穴をあけることはなく、その直前にて時空間にこそ穴を開けていた。

 それはダークエンド・ドラゴンの足元に出口となって現れ、そこから放たれる引力がダークエンド・ドラゴンの身体を一気に次元の渦へと巻きこんでいく。

 

「……ぁ……」

 

 レインが思わず声を漏らした時には、既にダークエンド・ドラゴンの姿はなく、次元の彼方へと消え去っていた。

 そして、グラン・ネオスは態勢を整えるとそのドリルを一直線にレインに向かって構えていた。

 

「これで、お前の場はがら空きだぜ。――バトル! グラン・ネオスでレインに直接攻撃! 《グランド・スラスト》!」

「……っ、ぅッ……!」

 

レイン LP:2100→0

 

 グラン・ネオスの巨大ドリルによる一突きがレインに直撃し、そのライフポイント全てを奪い取っていく。目前に凶器が迫った恐怖ゆえか、レインは思わず地面に腰を下ろしてしまっていた。

 そうして二人のデュエルに決着がつき、十代の場に戻ったグラン・ネオスがゆっくりと消えていく。

 ソリッドビジョンが解除されたことにより通常の風景へと戻った景色の中、十代は座り込んでしまったレインに心配そうに駆け寄った。

 

「お、おい。大丈夫かよ?」

 

 座り込んだままでいるレインに、十代が気遣わしげな声をかける。しかし、それを受けてもレインはやはりぼうっと座ったままであった。

 しかしやがてその目が十代の方を向くと、レインは呟くように小さな声を漏らす。

 

「……負けた……」

「ん? んー、そりゃなあ。どう見たってお前は本調子じゃなかったし、それじゃあそのデッキだって最高の力は出せないだろ?」

 

 レインが負けた理由を十代が当たり前のようにそう言えば、レインはふっと笑みをこぼす。

 デッキはデッキでただのカードにすぎず、そんな自分の調子が影響するなんてありえない。レインは科学的に考えてその可能性はないと言うことも出来た。しかし、レインはこの時、そんな考えがあってもいいと素直に思えたのだった。

 

「……ありがとう、十代先輩」

「はは、お礼を言われてもなぁ……。結局、俺はデュエルしただけで何の解決にもなってないわけだし」

 

 気まずそうに十代が頭を掻きつつ言えば、それにレインは首を振って立ち上がった。

 

「……でも、俯いていたら気付けなかったことに、気付けた……」

「そうか? へへ、なら俺も先輩の面目は保てたかな」

「……うん。……じゃあね、十代先輩」

「おう! よくわかんねぇけど、頑張れよ!」

 

 にかっと笑って手を振る十代に、レインも小さく笑みを浮かべて手を振り返す。

 普段から感情を表に出さないレインがそんな行動をとることは珍しく、それは彼女が十代にそれほど感謝していることの表れでもあった。

 十代と別れたレインは、今度は俯くことなくひたすら歩く。

 あのデュエルで、十代は言っていた。下を向いていたら、解決できるものも解決できないと。その言葉は、まさに今のレインの状態を的確に言い当てていたと言ってよかった。

 レインにとっての最高の答え。それは、マスターに遠也を抹消することを躊躇うような遠也自身の価値を突きつけ、今回の指示を取り消してもらうこと。そして、遠也にはマスターの望む未来への協力をしてもらうこと。

 これが実現すれば、きっと全てが救われる。マスターが遠也を消すことはなく、そして遠也の協力のもとマスターの計画はより進行する。

 これがレインが望む最高の形だ。それが己の中ではっきりしている以上、あとはそこに向かって進めばいい。

 しかし、それには遠也の力を認めさせなくてはいけない。だが、いくらスターダスト・ドラゴンを持つ者とはいえ、遠也は不動遊星ではない。その名前にマスターが価値を見出すことはないだろう。

 ならば、それ相応の力を示す他ない。そしてそのための力として今最も効果的なのは、アクセルシンクロを行うことである。

 あの時の会話から察するに、現在遠也はアクセルシンクロに失敗している。これでは、マスターとてその力に信を置くことは出来ないだろう。

 だから、遠也にはアクセルシンクロを習得してもらう。そして、アクセルシンクロをこの時代で実行するほどの存在ならば、マスターとて利用方法を考えるはずだ。

 かつて三人しか使用したことがないシンクロ召喚。その貴重な四人目が現れるのだ。その希少性と有用性は、マスターもわかっているはず。ならば、きっと遠也に歩み寄ってくれるはずだ。

 本来の歴史にはなかった新しい可能性。その可能性という名の希望に、きっとマスターだって応えてくれるはず。

 レインは、そうなってほしいと必死に心の中で強く願う。……それが自分にとって都合のいい願いだとは分かっていても。

 彼女のマスターがそこまで考えずに指示を出したとは考えにくい。そして、マスターが何より重視するのは確実性であり、未来を救うことに関して一切妥協しない性格であることも理解している。

 レインが願う、遠也との協力。それすら熟考したうえで遠也の抹消という結論を出したであろうことは、レインにだって理解できる。彼女のマスターは、それほどまでに慎重に慎重を重ねて万全を期す人だから。

 しかし、そうだとわかっていてもレインはどうしても遠也を抹消するという選択肢を選ぶことが出来なかった。ほんの僅かな可能性に縋らざるを得ないほど、レインにとって両者ともが大切な存在だったのだ。

 彼女のマスターは言わずもがな。そして遠也は、自分にとって友達であり、先輩であり、仲間であり……何より、親友の思い人であった。

 レイが悲しむことを、レインは絶対にしたくなかった。何故なら、淡々と監視の任務に従事していた機械人形であった自分に、ヒトとして接してくれたのはレイが最初だったのだから。

 その時は煩わしさしか感じなかった。しかし、今では根気よく自分に話しかけてきてくれたことに、心の底から感謝の念を抱いている。レイは、レインにとって誰よりも特別な存在であり、何人にも切れないと断言できる友情を抱く親友なのだ。

 しかし、今回の指示に従った場合、レイが悲しむ。なら、レインはそれを選択するわけにはいかなかった。

 だから、それがどれだけ有り得ない道でも、レインは可能性を信じてそれを実行するしかなかった。しかし、それではマスターの指示に逆らうことになる。そのため、決断に迷っていたのは事実だった。が、それも今のデュエルで吹っ切れた。

 自分に真正面からぶつかってきてくれた十代のように、自分も真正面から向かってみよう。下を向いてばかりいたら、きっと向かうべき場所すら定まらなかったに違いないのだから。

 前を向き、向かうべきゴールを見据えた今だからこそ、進むべきなのだ。たとえ、その先に待っている結果が99パーセント見えているとしても。

 それでも、可能性は決してゼロではないのだから。そうレインは決意し、目的地に向けて歩き続けるのだった。

 

 

 

 

 ほどなくしてレッド寮の遠也が住む部屋の前に着いたレインは、部屋に入ることなく彼が帰ってくるのを待っていた。その胸の内にはいまだにこれで良いのかと問いかける自分がいて、その声は常に自分の心を蝕んでいる。

 しかし、遠也を生かす手段をレインは他に思い付けなかった。もっと考える時間があれば違ったのかもしれないが、今日何も行動を起こさなかった場合、きっと不審に思ったマスターは違う手を打ってくる。

 そうなっては、レインに打つ手はなくなってしまう。だから、その前に……レインに一任されている間に、遠也の手にそれを渡さなければならなかった。

 希望であると同時に絶望へと向かう可能性も秘めた、そんな力を。

 ギュッと拳を握る。それと同時に、こちらに向かってくる遠也の姿をレインは見つけていた。

 

「――っと、どうしたんだ、レイン。今日って約束とかしてたっけ?」

「………………」

 

 自分の姿を見つけ、急ぎ足で向かって来た遠也の声に、しかしレインは何も答えなかった。

 そんなレインを遠也は少し不思議に思ったようだが、若干首を傾げただけで問い質すこともせずにレインの横に立つとドアノブに手をかけた。

 

「まぁ、いいや。それより中に入ろう。飲み物ぐらいなら出すし――」

「……遠也先輩」

「ん?」

 

 言葉を無理やり遮って、レインは遠也の名前を呼ぶ。

 それに振り返った遠也のいつも通りの表情を見て、なんだかレインは自分の心が安らぐのを感じていた。

 そうだ。こんないつも通りを続けてもらうために、自分は頑張るのだ。何の変哲もないやり取りを介して、勇気をもらったような気さえする。

 それがただの勘違いでも構わない。そんな気持ちに後押しされ、レインは口を開いた。

 

「……遠也先輩の、デュエルディスク。……貸してもらっても、いい?」

「俺のデュエルディスクを? ……なんでまた……」

 

 不思議そうに首を傾げる遠也。それを前に、レインは出来るだけ警戒させないよう、いつもの自分を意識して言葉を続けた。

 

「……そのままじゃ、アクセルシンクロが出来ない。……だから……」

「ッ! レイン、お前……!」

 

 驚愕に見開かれる遠也の目。

 その眼差しを受けつつ、レインは言葉を探す。

 遠也に余計な心配をかけないためにも、己のマスターが遠也の排除に出たことを知らせるわけにはいかない。知らせるにしても、今はその時期ではない。

 まずは遠也が力を得ること。それを最優先に考える。

 

「……わけは、後で話すから。……だから、お願い……」

 

 どうか信じてほしい。そんな祈りを込めつつレインは訝しげな顔になっている遠也に、頭を下げる。

 フォーミュラ・シンクロンの件に加え、今度はデュエルディスクを貸せと言っている自分は、どれだけ遠也にとって怪しく映っていることだろう。

 遠也とて自分のデュエルディスクに未知の動力が使われていることは承知のはず。ならば、それを余所に持ち出す危険性も認識しているはずなのだ。

 普通であれば、他人にそれを任せることはしない。それが普通であり、そうなるであろうことは頭で理解している。

 しかし、それでも。それでもレインは遠也からデュエルディスクを借り受けなければならなかった。遠也が新たな力を得て、希望となり得る可能性を拓くには、そうする他にないのだから。

 そんな必死の思いを込めた懇願に、返ってきたのは遠也の大きな手だった。

 肩を叩かれて顔を上げれば、今度はレインの手を取った。そして、その手の上に置かれるのは遠也が腕に着けていたデュエルディスクだ。

 それを受け取ったことをようやく悟ったレインは、はっとして遠也の顔を見る。

 そこには、何でもないことのように笑っている見慣れた顔があった。

 

「ほら。お前が必要だって言うんだから、必要なんだろ。あ、でも扱いには気をつけろよ。よくわからん動力使ってるからな」

「……どうして……」

 

 なぜ、モーメントを搭載したこれを、そうも簡単に渡すことが出来るのか。

 そんな意味を込めた問いに、「なんでって言われても……」と前置きをしてから遠也は言った。

 

「お前が悪いことに使うわけないだろ?」

 

 至極当然とばかりに言い放たれたその言葉に、一瞬レインは返す言葉を見失う。

 遠也は、自分のことを心底信じているから、こうも簡単に自分にこれを託したのだ。それを実感し、仲間として認められているという確信がレインの心に温かく広がっていく。

 

「でも、扱いには気を付けるんだぞ。そのエネルギー、色々と謎だからな」

 

 自身を心配する声を聴き、レインは大きく頷く。

 そして、渡されたデュエルディスクをぎゅっと胸に抱え込むと、遠也を見つめる。そして、真摯な気持ちを込めてその言葉を口にした。

 

「……ありがとう……」

 

 おう、と笑って応える遠也の顔を見ながら、レインの脳裏にはこうして遠也と知り合うようになった切っ掛けにして、今の行動の根幹に根差すものが映し出されていた。

 レインがマスターの指示に逆らってまで行動する原泉……親友――早乙女レイ。彼女との出会いが、きっとレインにこの行動をとらせたのだ。

 その出会いからこれまでを思い返し、レインは改めてその決意を強固なものにするのだった。

 

 

 

 


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