遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第45話 微速

 

 世界大会ジェネックス、そのさなか。

 俺はこの日も対戦相手を探して島の中をブラついていた。レッド寮を出発し、デュエルを求めて島中をさすらう。中には何人かの生徒とも出会うのだが、俺の顔を見た途端「皆本が来たぞ!」「散開だ、諸君!」と言ってこちらが話しかける前に蜘蛛の子を散らすように視界から消えていってしまう。

 聞けば、十代の方も似たようなものだとか。お前ら、本当は俺と十代のこと嫌いだろ。そんなことを若干拗ね気味に心の中で思う。

 まぁ、嫌い云々はさすがに冗談だが。その証拠に一日一回のデュエルを終えた生徒は、普通に接してくるのである。単に強制的にデュエルをしなければならない最初の一戦でメダルを失う確率が高い人間に会いたくないだけなのだろう。

 実際、万丈目も俺たちのように若干避けられているとか。だから外来のデュエリストを中心に相手をしているらしい。

 しかし、この状況は十代や俺には結構堪える。俺たちはもっとデュエルしたいのである。

 はぁ、と溜め息をつきつつ精霊となっているマナを連れて校舎から離れた海辺の方に向かう。あまり俺が行かないところに行けば、相手もいるかなと期待してのことである。

 しかし実際に来てみると、生活圏と言っていい校舎から離れているせいか人自体がいない。考えてみれば当然の話だった。

 だがしかし、そんな場所にもかかわらず俺は浜辺の隅にて知り合いの姿を見つける。なんでこんなところにと疑問に思いながらも、俺は背中を向けているそいつにゆっくり近づいていく。

 そして、ぽんと肩を叩いてそいつに声をかけた。

 

「よ、レイ。何してるんだ?」

「え? ――わぁっ!? と、遠也さん!?」

 

 振り向いた知り合い――レイは、相手が俺だとわかった途端にかなり大げさに驚いてぱっと距離を取る。

 びっくりさせようという意図が全くなかったわけではないが、ここまで驚かれるとむしろ俺の方がびっくりする。確かに突然肩に触れるのは驚くかもしれないが、飛び退くほどか?

 

「どうしたんだ、レイ。ん? それは、帽子に……バンダナか?」

「え? えっと、あははは……」

 

 レイは手に持っているそれを俺に指摘されると、さっと背中に隠す。今更隠しても意味がないと思うが。

 それによく見れば、今のレイの格好は制服ではない。どことなく男性的なパンツスタイルであった。

 

「なんだ、珍しい格好してるな」

「よいしょっと。何かあったの?」

 

 精霊となっていたマナも疑問に思ったのか、実体化して俺の隣に立つとレイに問いかける。もし何か力添えがいるようなら協力してあげたいということだろう。

 それは、それだけレイのことを気にかけているからでもある。無論、その気持ちは俺も同じだ。レイが何かやっているとするなら、それに力を貸すぐらいの甲斐性はあるつもりである。

 そんなふうに純粋なるレイへの気持ちから問う俺たちを前に、レイはうっと言葉に詰まったように呻いた。

 余程言いづらいことなのか視線をあちこちに泳がせる今のレイには、挙動不審という言葉がぴたりと当てはまる。

 その態度を不審に思う俺たち。そんな中、レイは曖昧に笑って俺たちから一歩後ずさる。

 

「あははは……その、な、なんでもないからー!」

 

 言って、背中を向けると逃げるようにしてレイは浜辺から走り去っていった。

 突然のことに、俺もマナも呆然とそれを見送るしかない。

 

「……なんだったんだ?」

「さぁ……?」

 

 二人して首を傾げ、レイが走り去った方を見る。

 一体なぜレイがあんなに動揺していたのかはわからないが、あの様子を見るに別段厄介ごとに巻き込まれているというわけでもなさそうだ。まぁ、そうなっていたら傍にいるレインのほうから何か連絡があるだろうけど。

 ともあれ、それならレイ自身のことに俺がとやかく口を出すことでもないか。大丈夫なら、それでいいし。

 そういうわけで、俺は再び対戦相手を探して歩き始める。再び精霊となったマナを連れ、今度はどこに行こうかとふらふら歩きながら考え始めた。

 ……うーん、浜辺には来たし、あとは森の方を通って山の方にでも行くかな。火山の物珍しさもあって外部の人がそっちにいるかもしれない。

 頭の中でそう結論を出すと、俺は進路を火山の方へと向ける。今度はいったい誰とデュエルできるのか。でも火山だからってまた火炎系バーンは勘弁な。

 そんなことを考えつつ足を進める俺だったが、不意にポケットから振動が伝わってくる。

 着信を知らせるPDAのバイブレーション機能である。何かあったのかと俺はPDAを取り出すと、電話をかけてきている相手を確認する。液晶には『遊城十代』の文字。

 どうしたんだろうかと訝しみながら、俺は通話ボタンを押した。

 

「もしもし?」

『お、繋がったか! 遠也、今すぐ校舎の入口に来てくれ! なるべく急いでくれよ!』

 

 興奮したように話す十代に、俺は困惑する。

 

「どうしたんだよ、一体」

『とにかく、来てくれって! 絶対驚くからさ! 待ってるぜ!』

「あ、おい!」

 

 言いたいことだけ言って、通話が切られる。

 ツー、ツー、と機械的な電子音が聞こえてくるだけになったPDAを前に、通話を切ってポケットに突っ込む。

 そして進行方向を火山から校舎へと変更するのだった。

 

『十代くん、なんだって?』

「なんか急いで校舎の入口まで来てくれってさ」

『え? 急にどうしたんだろう』

「わからん。でも急げって言うんだから、まぁ急ぐとするか」

 

 ひょっとしたら何かあったのかもしれないからな。それが大会に関することか、光の結社に関係することかはわからないけど。

 いずれにせよ、今この島は色々あって何があってもおかしくない状態にある。そんな中で十代からの呼び出しがあった以上、無視するわけにもいかなかった。

 それに、俺だって対戦相手を探していただけで忙しいわけじゃない。十代の呼び出しを断る理由もなく、俺は小走りに校舎へと駆けていくのだった。

 

 

 

 

 辿り着いた校舎前の道は、人が集まっていて随分と盛り上がっているようだった。

 港から一直線に続く石畳のそこは、両脇にモンスターのイラストが彫られた石板がモニュメントとして置かれており、中にはそのモニュメントの上に立っている生徒もいるほどだ。

 いったい何が行われているのか。そう疑問に思って見ていると、人の輪の中からひょこっと知った顔が飛び出してきた。

 

「お、来たか遠也! こっちだ、こっち! 急がないともう終わっちゃうぜ!」

 

 十代は焦ったように言って俺を手招きする。

 よほど皆が見ているものを俺に見せたいらしいと悟り、俺は集まる生徒をかき分けて進んでいく。どう考えても空気読めてない奴だったが、十代がああまで言うほどのことだ。俺も結構興味をそそられているのである。

 そうしてどうにか人の輪を抜け、十代の元に辿り着く。そして、その横にいる翔と剣山、そしてレインにも気が付くのだった。

 

「レイン? お前も来てたのか」

「……十代先輩のせい」

 

 なんでも校舎から出てくると既にこの騒ぎが始まっており、レインは騒々しい彼らを避けて寮に帰ろうとしたらしい。だが、ちょうどそこにいた十代に見つかり、「お前も見ていこうぜ!」とそのままとっ捕まって現在に至るとか。

 見るからに物静かなレインにとって、こうして大勢が集って騒ぐ場は好みではないようだ。

 ぶすっとした顔で十代を睨んでいた。

 

「た、大変だったな」

「……ん」

 

 俺が心底同情したように言ったためか、レインは少し機嫌を持ち直したようだ。

 翔も剣山もどちらかというと十代のように騒ぐのが好きだし、きっとレインに同調することはなかったんだろうな。

 偶然居合わせたレインを不憫に思っていると、ぐいっと十代が俺の腕を引いた。

 

「おい、遠也! それよりほら、見ろよ! 万丈目と戦ってる相手!」

「わかった、わかったって!」

 

 興奮気味の十代に引っ張られ、俺はレインの相手をするのを切り上げてこの騒動の中心を見る。

 人がリング状に広がったこの場の真ん中。ぽっかりと空いた空間には二人の男がデュエルディスクを構えて対峙していた。

 一人は万丈目。いつも通りの黒い衣装で不敵に笑ってデュエルをしている。場には《アームド・ドラゴン LV7》と《おジャマ・イエロー》がいて伏せカードが1枚。

 対してもう片方はかなり大柄で長身の男。黒いトレンチコートを身に纏い、これまた黒い中折帽子をかぶっている。場には《デーモンの召喚》が存在しており、男の顔は黒い独特の仮面で隠されている……――って。

 黒いトレンチコートに長身、中折帽子に仮面だと? ……そこまでどこぞの人間になりたい妖怪であるベムさんに酷似した人物といえば、心当たりは一人しかいない。

 

「まさか、廃寮の……タイタンか!?」

「おっ、気づいたか遠也! 驚いたろ!?」

 

 驚きの声を上げた俺に、十代が我が意を得たりとばかりに笑う。

 そんな十代に頷きを返しつつ、俺は更に観察するが……どこからどう見てもタイタンだ。

 かつて廃寮において明日香と俺を捕えて十代とデュエルをした男。途中、恐らくは理事長の手による闇のアイテムの影響によって闇のデュエルに巻き込まれたものの、どうにか闇に呑まれずに済み、そして島を去っていったデュエリストだ。

 そのタイタンを、こうして再びデュエルアカデミアで見ることになるとは。恐らくは外来のデュエリストとして大会に参加しているのだろう。

 

『あの時の人かぁ。ビックリだね』

 

 マナも思い出したのだろう、目を見張ってタイタンを見ている。もう一年も前のことだ。まさかまたその姿を見ることになるとは俺と同じで思ってもいなかったんだろう。

 マナの言葉に頷きを返しつつ、俺は同じく当時タイタンを見たことがある翔に声をかけた。

 

「それで、デュエルの方はどうなんだ?」

「万丈目くんの残りライフが2200で、タイタンが1000っす。でも、ホントに驚いたっすよ見つけた時は」

「だよなぁ」

「ぐぐ……丸藤先輩は知っているのに俺だけ知らないのは、なんか悔しいザウルス」

「……私も、知らない」

 

 しみじみと頷く俺と翔に対して、剣山が良くわからない対抗意識を出して悔しがり、レインはそんな剣山の肩をポンと慰めるように叩いた。

 この二人は今年からこの島に来て俺たちと親しくなったからな。去年のことを知らないのも無理はない。

 と、そんな時。デュエルに動きがあったようで、ワッと声が上がった。

 

「ほら、お前ら! 今はあいつらのデュエルを見ようぜ!」

 

 楽しそうに言う十代。その言うことも尤もだったので、俺たちは揃って万丈目とタイタンに目を向けた。

 

万丈目 LP:2200

タイタン LP:1000

 

「私のターン、ドローぅ!」

 

 相変わらず独特のバリトンボイスに、伸ばし気味の語尾。うん、間違いなくタイタンだ。

 

「私は《天使の施し》を発動ぉ! デッキから3枚ドローし、2枚捨てる。更に、《ジェネラルデーモン》を手札から捨てることによって、デッキからフィールド魔法《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-》を手札に加え、そのまま発動ぉ!」

「ちっ、またそいつか!」

 

 万丈目が周囲を覆うように現れた禍々しい地獄のような光景に、舌打ちをする。どうやら、タイタンは一度このカードを使ったらしい。そしてそれを万丈目は破壊したみたいだな。

 

「更に《デーモン・ソルジャー》を召喚! そして速攻魔法《収縮》を発動ぉ! アームド・ドラゴン LV7の攻撃力を半分にするぅ!」

「なにッ!?」

 

《デーモン・ソルジャー》 ATK/1900 DEF/1500

 

 青い身体に鋭い目つき。そして身に纏う闇色のマントと手に持った剣は、戦士というよりは悪魔の騎士と言った風体である。

 攻撃力1900と、下級モンスターとしては高めのステータスの通常モンスター。そこに収縮が加われば、大抵の上級モンスターが獲物になる。

 それはアームド・ドラゴンであっても例外ではない。

 

《アームド・ドラゴン LV7》 ATK/2800→1400

 

「バトォル! デーモンの召喚でぇ、アームド・ドラゴン LV7に攻撃ぃ! 《魔降雷》!」

「ぐぁああッ!」

 

万丈目 LP:2200→1100

 

 デーモンの召喚の攻撃に、攻撃力が下がったアームド・ドラゴンは為す術がない。

 そしてこれで万丈目の場に残るモンスターは守備表示のおジャマ・イエローだけになってしまった。

 

「更にデーモン・ソルジャーで《おジャマ・イエロー》を攻撃だぁ! 《両断魔剣》!」

『ち、ちょっと剣は怖いのよって、あーれーッ!?』

 

 迫る剣に怯えるイエローが、剣が触れた瞬間破壊されて墓地に行く。場のモンスターを一掃され、万丈目は苦い顔である。

 

「ターンエンドだぁ」

 

 己の優勢を確信したからか、タイタンは自信に溢れた声でエンド宣言をする。

 万魔殿も発動済みであるし、タイタンのデッキコンセプトから言って次のターンには更に動いてくることだろう。

 だが、それは対戦している万丈目にもわかっているはず。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 万丈目に視線を移し、その様子を見守る。ライフはほぼ互角だが、しかしボードアドバンテージは圧倒的にタイタンが上。ここから万丈目はどうするのか。

 

「《強欲な壺》を発動し、2枚ドロー! そしてライフポイントを1000払い、手札から《おジャマンダラ》を発動! 墓地からおジャマ三兄弟を特殊召喚する!」

 

万丈目 LP:1100→100

 

 ついに万丈目のライフが残り100となる。だが、その代わりおジャマたちがフィールドに揃うことになる。万丈目のデッキにとって、それは見た目以上に大きなアドバンテージである。

 

『あいたた、オイラ刃物はやっぱり慣れないわぁん』

『大丈夫か、弟よ』

『サンダーは精霊使いが荒いからなぁ』

 

 ……たとえおジャマたちの様子に緊張感が足りなかったとしてもだ。

 フィールドに出た途端に世間話よろしく話し出した3体に、万丈目が思いっきり目を吊り上げた。

 

「口の減らない雑魚どもめ……! まぁいい、リバースカードオープン! 罠カード《おジャマトリオ》! 相手フィールド上に「おジャマ・トークン」3体を守備表示で特殊召喚する! このトークンはアドバンス召喚のリリースに使うことは出来ない!」

 

《おジャマ・トークン1》 ATK/0 DEF/1000

《おジャマ・トークン2》 ATK/0 DEF/1000

《おジャマ・トークン3》 ATK/0 DEF/1000

 

「ふん、それがどうしたぁ」

「まだだ! 手札から《融合》を発動! クズどもが力を合わせ、クズの王へと昇華する! 来い、《おジャマ・キング》!」

 

 万丈目の発動した融合によって、おジャマたちが飛び上がって一つになっていく。

 

『いくわよぉ! おジャマ!』

『究極!』

『合体ー!』

 

 3体が渦に巻き込まれるように溶け合い、そしてその中から現れるのは白く巨大な身体に顔をそのままつけた、胴体そのものが頭となっているモンスター。それでもその身体から生える足の間にあるパンツはおジャマのアイデンティティーなのだろうか。

 唐草模様の風呂敷をマントのように羽織り、小さな王冠を乗せたおジャマたちの王が、存在感たっぷりに万丈目のフィールドに降り立った。……それにしても、顔でかいな。

 

《おジャマ・キング》 ATK/0 DEF/3000

 

「更に《おジャマッスル》を発動! おジャマ・キング以外の「おジャマ」と名のついたモンスター全てを破壊する! そしておジャマ・トークンには破壊された時、そのコントローラーに300ポイントのダメージを与える効果がある!」

「な、なんだとぉ!? 私の場には、おジャマ・トークンが3体ぃ……」

「そうだ! おジャマ・トークンの効果により、合計900のダメージを受けろ!」

 

 タイタンの場に存在していたおジャマ・トークンが一斉に爆発を起こしてフィールドから消える。

 無論、至近距離で起こった爆発はタイタンまでをも巻き込んだ。

 

「ぬぉぁああああッ!」

 

タイタン LP:1000→100

 

「おジャマッスルの効果はまだ続く! 破壊したモンスター1体につき、おジャマ・キングの攻撃力が1000ポイントアップ! よって、おジャマ・キングの攻撃力は3000だ!」

 

《おジャマ・キング》 ATK/0→3000

 

 おジャマ・キングに割れた腹筋が現れ、膨れ上がった筋肉を見せつけるように両腕を上げる。

 0から一気に3000へ。そのコンボに、見ていた周囲の人間も驚いていた。そしてもちろん、タイタンも。

 

「攻撃力3000だとぉ!?」

 

 驚きの声を上げるタイタンを前に、万丈目はにやりと自信に溢れた笑みを浮かべる。

 

「この俺相手によくやったが、ここまでだ! バトル! おジャマ・キングでデーモンの召喚に攻撃! 《おジャマッスル・フライング・ボディアタック》!」

「ぐ……ぬぅぁああッ!」

 

 筋肉質な白い顔のお化けが上から降ってきてデーモンの召喚をプチッと潰す。そんな何ともシュールな絵面を最後に、このデュエルは決着を迎えるのだった。

 

タイタン LP:100→0

 

 デュエルが終わったことで、万魔殿をはじめとしたソリッドビジョンが解除されて元の風景へと戻っていく。

 勝者である万丈目は膝をついたタイタンに近づき、手のひらを出した。言葉はなくとも、タイタンとてそれが意味するところは了解している。懐から十はありそうな数のメダルを取り出すと、それを万丈目の手のひらに乗せるのだった。

 それを見届けたところで、俺と十代は顔を見合わせて頷き合う。互いの考えが同じであると悟った俺たちは、すぐさま二人に駆け寄るのだった。

 

「おーい! えっと……あん時のおっちゃん!」

「タイタンだろ、十代。おーい、タイタン!」

 

 一年前に一度しか会っていない人間の名前をはっきり憶えてはいなかったのか、十代が非常にあやふやな呼び方をしたので俺が横から訂正する。さっき俺はタイタンの名前を言ったのに、十代は聞いていなかったようである。

 そんなこんなで近づいていくと、タイタンは俺たちの姿を認めて声を上げた。

 

「おぉ! お前たちはぁ、十代に遠也ではないかぁ!」

 

 膝をついた状態から立ち上がり、タイタンは口元に笑みを見せる。

 どことなく嬉しそうですらあるその雰囲気に、あの廃寮での姿しか知らない俺たちは少しだけ驚いたが、こちらもにっと相好を崩して応えるのだった。

 

「……なんだ、お前ら。知り合いなのか?」

 

 親しげにタイタンに声をかけた俺と十代に、万丈目が怪訝な顔になって問いかけてくる。

 それに俺はちょっと前にな、と濁して答えを返した。明日香にホの字の万丈目のことだ。こいつが去年に明日香をさらってさぁ、なんて言ったら、面倒くさいことになりそうだからな。

 そんなこんなで万丈目には悪いが事実は誤魔化しながら簡単な説明をし、俺は改めてタイタンに向かい合った。

 

「……それにしても、久しぶりだなタイタン。あれからどうしてたんだ?」

「それに、まさかこの大会に出てるなんて思いもしなかったぜ!」

 

 俺に続いて十代もこの場で会ったことへの驚きを口にする。

 あの時の去り際にタイタンは闇のデュエルからは足を洗うと言っていたから、今はインチキに任せたあくどいことはやっていないと思いたい。

 しかし、一般的な仕事をしていればジェネックスに出るなんてことにはならないはずだ。いったい何がどうなってジェネックスに参加することになっているのか。気にならないはずがなかった。

 俺たちの言葉に、タイタンはコート型デュエルディスクの中心部分に手を置く。ちょうどそれは胸のあたり。デッキが収められている場所だ。

 

「あれからぁ、私は本土に戻りデュエルの腕を磨いていたのだぁ。あの出来事以降、私はこのデッキを悪事に使うことに抵抗を覚えるようになったからなぁ」

「へへ。タイタン、アンタやっぱ悪い奴じゃなかったな!」

 

 カードを大切にする奴に悪い奴はいない。十代の持論だ。

 かつて自身の命の危機にデッキを捨てねばならなくなった時カードたちに謝罪し、そして早々に逃げねばならない時にデッキを見捨てられず取りに戻っていたタイタン。

 それはやはりタイタン本来の気質がさせたことだったのだろう。快活に笑う十代につられ、俺も口の端を上げる。それにタイタンはゴホンと咳ばらいをした。

 

「……そして修行の末、腕に覚えが出来た私はぁプロの門を叩いた。そして現在、私はここにいるというわけだぁ」

「……おい、ちょっと待った。ってことは、タイタン」

「あんた、プロデュエリストになったのかよ!?」

 

 俺と十代の驚愕に、タイタンは「あぁ」と何でもないことのように頷いて答えた。

 いや、あぁって簡単に言うけど、それって凄いことだぞ。ただでさえプロデュエリストは狭き門と言われているのに、そこを僅か一年前に目指し始めて、しかも受かったとか。

 しかもジェネックスに参加しているということは、校長の眼鏡にもかなった期待の新鋭ということになる。この一年の間でプロになれるまでに自分を高めたとなれば、素直に感心するほかない。

 そんな風に驚きに包まれる俺たちの背後から、徐々に足音が近づいてくる。

 

「なるほど……あなたがデーモン使いのタイタンか。俺もいずれ戦いたいと思っていた」

「カイザー! お前も見てたのか」

 

 後ろから歩いて来ていたのは、カイザーこと丸藤亮。カイザーもさっきまでの騒ぎを聞きつけて観戦していたのだろう。俺が思わず声を上げると、俺を見てふっと笑う。

 

「ほぉ、カイザー丸藤亮ぉ。下位ランクの私に対してそう言ってもらえるのは光栄だぁ。だが、私は今この坊主に負けたのだぁ。残念だが、その申し出は受けられん」

「おいこら。誰が坊主だ、誰が!」

 

 坊主扱いされた万丈目が憤るが、タイタンの目にはカイザーしか見えていない。超えるべき壁として、プロで既に上位にいるカイザーに思うところがあるのかもしれない。

 緩やかに張りつめていく空気。もはや互いのことしか見えていないタイタンとカイザーには、万丈目のことが意識の外になっているらしかった。

 さすがに不憫なので、万丈目の相手は俺と十代でしておくことにする。

 

「気持ちはわかるけど、落ち着けって坊主サンダー」

「そうだぜ。俺たちが話を聞くからさ、坊主サンダー」

「き、貴様ら……ッ!」

 

 ぐぎぎ、と怒りに震える万丈目だが、一応はカイザーの前ということもあってか抑えているようだ。ついからかってしまったが、まさか十代も乗ってくるとは。

 とはいえ、言ったように万丈目の気持ちもわかるので、からかったことを謝ってから「まぁまぁ」と取り成す。

 そんなどことなく和やかムードな俺たちを余所に、タイタンとカイザーの会話は続いていた。

 

「ふっ、何も今とは言っていない。またいずれ、プロとしてデュエルをしたい」

「ふん、いいだろう。我がデーモンの力、その時こそとくと貴様に見せてやろぉ」

「ああ。俺も全力を尽くさせてもらう」

 

 互いに口角を上げ、好戦的な笑みを見せあう。その気迫はかつて三幻魔などと対峙した俺であっても感じたことがない、独特の重みがあった。

 あるいはこれが、プロとしての姿。プロが身を置く世界の空気ということなのかもしれない。

 こんな連中とこの張りつめた空気の中で、思う存分デュエルが出来る……。そう考えると、プロというのも悪くはないのかもしれない。知らず笑みを浮かべてそんなことを思っていると、十代も影響されたのかデュエルしたそうにうずうずしていた。十代らしいことである。

 そんな中、どうやらカイザーとタイタンの話一区切りついたようだ。それを見計らい、俺は再び口を開いた。

 

「なぁタイタン、負けてメダルがなくなっただろ。これからどうするんだ?」

「……暫くは校舎にある宿泊施設で過ごすつもりだぁ。すぐに帰るのも、勿体ないのでなぁ」

 

 ちなみに外来の参加者を受け入れる施設はアカデミア校舎内にある宿直室や仮眠室、教室を貸し出して賄われている。

 寮は基本的に生徒で一杯一杯で余裕がないため、外部の人間が泊まる場所は校舎の中に作らざるを得なかったためだ。授業などが軒並み禁止になっているのは、一部の教室が使えないからというのも関係している。

 外からの参加者であるタイタンも当然ながらそこを利用しているということだろう。タイタンが言うように、折角来たのに負けたからといってすぐに帰るのも確かに勿体ない気がしなくもない。そのため滞在するというのも分かる気がした。

 タイタンの言葉に成程と頷いていると、隣の十代が目を輝かせてタイタンに詰め寄った。

 

「よっしゃ! じゃあタイタン! この島にいる間にさ、また俺とデュエルしようぜ!」

「……十代ぃ。私は既にメダルを失っているが、いいのかぁ?」

 

 たとえ自分に勝ってもメダルは増えないと告げるが、十代はそんなの気にしないぜ、と言って笑った。

 

「メダルより、デュエルするほうが大事だぜ!」

 

 きっぱり断言した姿に、俺をはじめ翔や剣山にレイン、万丈目とカイザーといったこの場にいる面子が揃って苦笑する。

 

「まったく、兄貴らしいや」

「だドン」

 

 二人が言うように、こうまで清々しく言い切る姿はさすが十代と言えるものだった。

 そしてタイタンもまたそんな率直な態度を見せる十代に、笑みを浮かべた。

 

「ではぁ、またいずれデュエルするとしよう」

「おう! 楽しみにしてるぜ!」

 

 その時が本当に楽しみだと言わんばかりの表情。

 かつて敵として向かい合った相手と今こうして笑い合っているとは、なんとなく不思議なものである。

 そういえば、前に十代は言っていたな。俺たちはデュエルで繋がっていると。

 去年に廃寮で対峙したタイタンと和やかに話している今この時は、十代のその言葉を体現しているかのようだ。十代の言うように、俺たちはデュエルを通じて、色々な繋がりを作っていっている。

 歳が離れていても、かつて対峙した仲でも、いがみ合っていた間柄でも。

 俺たちはきっと、これからもデュエルで繋がっていくんだろう。

 何となくそんなことを十代の横顔を見ながら思う。だが、首を振って俺は自分の思考を振り払った。なんでこんなセンチメンタルなことを考えてるんだ俺は、恥ずかしい。

 いきなりかぶりを振った俺を見て、どうしたのかとレインが小首をかしげる。それに愛想笑いを返し、俺もまたタイタンや十代との会話に加わろうと足を踏み出す。

 

 ――だが、その時。

 俺は袖を掴まれて進むことを断念させられた。

 翔、剣山、万丈目、カイザーはタイタンと十代の傍にいる。そこから少し離れているここには、俺とレインしかしない。案の定俺の袖を引いたのはレインであり、振り返ればレインは相変わらず感情が読み取りにくい表情で俺を見つめていた。

 

「どうした、レイン?」

 

 俺が尋ねると、レインは少し困ったように眉を寄せた。

 しかしそれだけであり、俺としては反応に困る。これがレイなら、レインが何を考えているのかも読み取れるのかもしれないが……。まだ俺はそこまでのレベルには至っていないようだった。

 そうして、互いに動かぬまま佇むことしばし。

 レインは、ゆっくりとその小さな口を開いて言葉を紡いだ。

 

「……あとで、部屋に行っていい?」

「なんだ、そんなことか。もちろん、別にいいぞ」

 

 溜めに溜めた末での発言なだけに、どんな無茶振りがくるかと内心ビクビクだった俺は、その何とも可愛らしい一言を聞いてほっと胸を撫で下ろす。

 部屋ぐらい、それこそ無断で来たって大して構わない。見られるとマズいもの……カードなどは隠してあるし、そもそもこれまでだって何度も気にせず来ているはずだ。

 今更拒むのもおかしな話というものだ。

 しかし、そんないつものことであるというのに、レインの肩からあからさまに力が抜ける。……緊張か? なんで今更。

 

「……ん。……あとで」

「あ、ああ」

 

 くるりと踵を返し、レインは足早にこの場を去る。

 それを見送るしかない俺は、胸の内にこみ上げてくる焦燥を抑えることが出来なかった。

 常と違う態度のレイン、どこか緊張した様子、そしてわざわざ俺の部屋に来ることに許可を請うという、これまでになかった行動。

 はっ、これはつまり……。

 

「……レインって、俺に気があったのか!?」

『そ、そんなわけないでしょ!』

 

 思わず口に出た安直すぎる解答に、マナから即座に突っ込みが入る。

 ですよね。いや、だがしかしだな。

 

「けど、あんなに緊張して「部屋に行っていい?」だぞ? 可能性は――」

『ないない、ないよ! レインちゃんに限ってそんな……!』

 

 何故か必死に否定してくるマナ。俺だってレインと付き合うとかそんなつもりは毛頭ないが、それでも女子に好意を向けられていると考えれば嬉しくなるのが男心だ。

 それを全否定は悲しいものがある。それに、それって俺に魅力がないとも受け取れるんだぞ、マナさん。泣けるぜ。

 ……ん、ちょっと待てよ? マナの今の態度って、もしかして。

 ピンときた俺は、思いついたこの態度の理由をそのまま口に出す。

 

「ひょっとしてお前、嫉妬してる?」

『なっ……!』

 

 マナが言葉に詰まり、頬がうっすら赤くなる。

 やっぱり。確信して思わず顔がにやける。

 俺だってマナのファンだと言って、マナに近づく男には少なからずむっとしていたのだ。彼ら相手にマナがどうこうするということはないと信頼していても、感情というものを容易に納得させることは出来なかった。

 だからこそ、俺に対してもマナがそう感じてくれているのだと思えば、嬉しい。

 俺はにやけた表情そのままに、口を開いた。

 

「なんだ、そうか。いや、結構嬉しいもんだなこういうのも。今まで経験なかったからわからなかったけど、うん、照れくさいけどこれは嬉しい」

『ち、ちょっと……!』

 

 どことなく焦ったようなマナの声。しかし、俺は気づかずに言葉を続ける。

 

「けど安心しろ。俺はもちろんお前だけあいてててぇッ! いきなりなにすんだ!?」

「……馬鹿っ!」

 

 突然姿を現して俺の耳を引っ張り出したマナに、俺は精一杯抗議の声を上げる。しかし返ってきたのは罵声であった。なぜに。

 そんなマナは俺の抗議に対して全く譲る気は無いようで、若干赤い頬のまま俺の耳を引っ張り続けている。さっきの状況からいって、俺がカッコよく決めるところだろ今のは。なんでこうなるんだ?

 心底からの疑問を抱きながら、痛い痛いとマナに訴えると、マナはようやく耳から指を離してくれた。

 心持ち熱くなった耳たぶをさすりつつ、俺はぶすっと頬を膨らませたマナを前に、どうしようかと頭をかく。やはりストレートに嫉妬しているなんて指摘したのが良くなかったか。冷静になって考えてみれば、普通は恥ずかしいよなそれ。

 つい嬉しさもあってはしゃいでしまったが、いささか調子に乗りすぎたようだ。

 俺は自分の迂闊さに内心で溜め息をつきつつ、既にここにはいないレインに謝る。

 すまん、部屋に戻るのは遅れそうだ、と。

 そして、俺はマナに機嫌を直してもらうべく、おっかなびっくり話しかけるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 どうにかこうにかマナに許しを得ることが出来た俺は、そのままレッド寮の自室へと戻る。

 十代は早速タイタンとデュエルをしようと言い出していたので、暫く帰ってこないだろう。ついていった翔と剣山も同じだ。

 万丈目は再び相手を探してどこかに行き、カイザーは吹雪さんに会いに行くそうで、それぞれが別々に散っていった。

 そして俺は先程のレインとの約束を果たすべく、こうして帰路についているわけだ。少々時間を取られてしまったので、早歩きでレッド寮に向かう。そして徐々に寮が見えてきたところで、俺は一気に走り出した。

 それというのも、遠くから見える俺の部屋の前に既にレインが立っていたからだ。だというのにそのまま歩いていくなんて真似が出来るほど、俺の神経は図太くないのである。

 レインも走る俺に気が付いたようで、ぼうっと虚空を見ていた視線が俺へと固定される。

 それを受けて俺はスパートをかけると、一気にレインの前まで辿り着いた。

 

「はぁっ、悪いレイン。待たせた」

「……いい。言い出したのは、こっち」

 

 無表情で言うレインに気にした様子はない。それでも女の子を待たせたのは事実なので、俺はもう一度頭を下げて、さっと顔を上げた。

 

「んじゃ、まずは部屋の中にでも入るか?」

「……ん」

 

 いつまでも外で立ち話というのも何である。そういうわけで話は部屋の中でということとなり、俺は部屋の鍵を開けるとレインを中に招き入れた。

 もちろん精霊となっているマナもふよふよと浮いて部屋の中に入ってきている。

 二人が入ったのを確認すると扉を閉め、それと同時にマナが精霊状態から実体となる。そして、んーと伸びをした。

 続いて、よしと呟く。

 

「それじゃ遠也。私はお茶でも入れてくるね」

「ん、サンキュ。頼むわ」

 

 はーい、と返事を返してぱたぱたとキッチンの方に向かって言ったマナの背中を見送り、俺はレインをテレビの前に置かれたソファに案内する。

 気楽に座ってくれと告げて、俺はそのソファの端から九十度直角に設置された別のソファに腰を下ろす。さすがに女の子のすぐ隣にそのまま腰かけるほど無神経ではない。

 そして、俺は真っ直ぐレインの顔を見て口を開いた。

 

「それで、話ってなんだ?」

 

 わざわざこの場を整えるほどだ。何か特別な話であることは想像がつく。

 さすがに告白だとは思わないが、しかし恐らくは世間話程度で出す内容のものではないのだろう。だからこそ、俺はこうして真面目に聞いているわけだが。

 そして問われたレインは、やはりいつものように表情を変えない。

 しかし、今日は比較的すぐに答えが返ってきた。

 

「……カード」

「ん?」

「……カードを、見せてほしいの」

「俺のカードを?」

 

 こくん、とレインが頷く。

 カードが見たいだけ? それぐらいなら、正直いくらでもどうぞといったちょころである。

 とはいえ、全てのカードを見せられるわけではない。一部にはやはり見せられないものもある。そのため、一応は確認を取る。

 

「ちなみに、なんのカードを?」

「……《フォーミュラ・シンクロン》」

 

 レインが何でも無いように答えたその1枚の名前に、俺は自分の心臓の鼓動が一瞬跳ねたのを感じた。

 《フォーミュラ・シンクロン》。シンクロチューナーという、数少ない括りに分類されるモンスターだ。名前の通り、シンクロモンスターでありながらチューナーでもあるという特殊なカードで、これと同じシンクロチューナーと呼ばれるモンスターは他に数体しか存在しておらず、非常に珍しいカードだと言える。

 だが、その希少度はシンクロチューナーにとって全く本質ではない。シンクロチューナーの本質とは――アクセルシンクロモンスターに必須のチューナーであるという一点。それに尽きると言っていい。

 アクセルシンクロモンスターは、「シンクロモンスターのチューナー」を専用チューナーとして指定している。つまり、フォーミュラ・シンクロンあるいは他2枚のシンクロチューナーを使わなければ、アクセルシンクロは行えないのである。

 そして、アクセルシンクロを行った者は、すべてこの時代には存在していない。後にこの世界に現れる、不動遊星、アンチノミー、そしてゾーン。彼らしかアクセルシンクロを行った者はおらず、この時代では決して見ることが出来ないはずの召喚方法なのである。

 シンクロチューナーとは未来にのみ存在するカードであり、本来ありえないカード。そしてなにより、フォーミュラ・シンクロンは遊星とゾーンが使用したカードであり、最初に使用した遊星にとっては特別なカードの1枚でもある。

 そしてもう一人の使用者であるゾーンは、レインが所属していると思われるイリアステルのトップだ。レインがアクセルシンクロについて知っていることは不思議ではない。

 そういった意味を持つカードだけに、イリアステルが俺のフォーミュラ・シンクロンに興味を示すのは当然と言えば当然なのかもしれなかった。

 この前、I2社から盗まれたラーの翼神竜とデュエルをした時。あの時、俺はレインの前でフォーミュラ・シンクロンを召喚した。あれがきっとレインを通して伝わったのだろう。

 つまり、今更隠していても意味がないということだ。もうばっちりバレているのだから。

 俺はデッキケースを開き、その中のエクストラデッキから1枚のカードを取り出す。当然だが、《フォーミュラ・シンクロン》のカードである。

 

「ほら、これだろ?」

 

 カードを指で挟み、レインの方に突き出した。

 今の俺にこいつを使いこなすことは出来ないが、それでもデッキに入れてある。効果は優秀だし、フォーミュラ・シンクロンは通常のシンクロ召喚でもチューナーとして使うことは出来るからだ。

 こいつの真の力を引き出してやれない自分に忸怩たる思いはあるが……っと、それは今考えることじゃなかったか。

 ともあれ、俺はバレている以上は仕方がないとカードをレインに見せた。このカードがこの時代にあること自体は不思議に思うだろうが、大丈夫だろう。現在このカードがこの場にあることに対して、言い訳が出来ないわけでもないし。

 シンクロ召喚が正史より早く登場した以上、それ以降の変遷が異なるのは必然である。シンクロチューナーという発想が生まれ、このカードが一足早く生まれていたとしても不思議はない。

 それに、いざとなれば「このカードが特別なカードとは思わなかった」とすっとぼけることも出来るのだ。

 何故なら、アクセルシンクロという概念を知らなければ、シンクロチューナーとはなんのことはない「チューナーとしても使えるシンクロモンスター」としか誰も受け取らないからだ。

 「アクセルシンクロに必須のモンスター」とは、あくまでアクセルシンクロを知っていなければ意味がない。何か聞かれても、「フォーミュラ・シンクロン? チューナーとしても使える便利なシンクロモンスターでしょ?」という言い分が通じるのである。

 ゆえに、俺は必要以上に気負うことなくレインに見せる。

 本当ならレインの前ではずっと使わないようにするのが一番だったのだろうが……本物の神を相手にそんな余裕を持った気持ちではいられなかった、俺のミスだった。

 そういうわけで差し出したカードを、レインは受け取る。

 そして、ただひたすらにじっとカードを凝視し始めた。

 

「お待たせ! お茶入ったよー」

「………………」

 

 ちょうどマナがお盆にお茶が注がれたコップを乗せて現れるが、レインさんガン無視である。よほど集中して見ているようだ。

 マナもそんなレインに気付いたのだろう、コップをソファの前に置かれたテーブルに置くと、残り二つのコップを俺の前とその少し横に置く。

 そしてお盆を持ったまま俺の横に腰を下ろした。

 

「ありがと、マナ」

「うん。……レインちゃん、どうしたの?」

「さぁな。どうも、あのカードが気になるみたいだ」

 

 俺とマナは黙ってカードを見つめるレインを見る。

 今のレインが一体何を考えているのかはわからないが、やはりシンクロチューナーの存在にはかなり考えさせられたはずだ。実際に見せられて、果たしてどう思うのか。そしてレインの背後がどう判断するのか。

 できれば、俺が先程挙げたように誤差として判断してほしいものである。まかり間違って喧嘩っ早い人が強硬策に出てこないことを祈るばかりだ。

 そんなふうに祈りを捧げていると、カードを凝視していたレインがカードから顔を上げた。

 そして、フォーミュラ・シンクロンのカードを俺の方に返してくる。

 

「……ありがとう」

「ああ。話ってのは、これだけか?」

 

 受け取ったカードをデッキの中に戻しつつ問いかける。カードを俺に返したレインは、マナが置いたコップに口をつけてお茶を飲んでいた。

 俺の言葉を受けたレインはコップをテーブルに戻すと、今度はすっと目を閉じる。しかし、それはわずか数秒のこと。その後ゆっくり目を開いたレインは、俺の目を真っ直ぐに見つめて、こう言った。

 

「……遠也先輩。……私と、デュエルを」

「デュエル?」

 

 いきなりの提言に驚きつつ問い返すと、レインはこくりと頷いた。

 デュエルの申し出を受けて、俺はしかしすぐには返事をせず逡巡する。

 フォーミュラ・シンクロンを見せた直後にデュエルを申し込んでくる以上、レインとしては俺がこいつを使ってデュエルする姿を改めて見たいということだろう。

 それでなくとも、俺はフォーミュラ・シンクロンだけでなくスターダスト・ドラゴンの所有者だ。アクセルシンクロに必要なモンスター一組を所有している俺のデュエルを見ることに向こうは何らかの意味を見出しているのかもしれない。

 それに何の意味があるのかはわからないが、まぁいい。どうせ相手の考えていることが読み取れるわけでもないんだ。それなら俺は、レインからの言葉を単純に受け止めればいい。

 デュエルがしたいから、挑んできた。ならばデュエリストとして、挑まれたデュエルを受けないわけにはいかない。

 たとえ裏で何があってそれを俺が把握していたとしても、きっと俺はデュエルを受けていただろう。レインと初めてデュエルするこの機会を、俺が逃すとは思えないからだ。

 だから、俺はにっと笑ってレインに答える。

 

「よし……――やるか! レイン!」

「……うん」

 

 俺はデュエルディスクを左腕に装着。レインもまた最初からそのつもりだったのか、デュエルディスクを左腕に取り付けていた。

 しかしさすがに部屋の中では狭すぎる。そういうわけで俺たちはソファから立ち上がり、レッド寮の外に出る。

 この時点で始めることも出来たが、ここはレインとのデュエルに集中したいということもあって、更に場所を移すことになった。なるべく人の目に触れない場所……レッド寮傍の森に入り、少し進んだ先にある広場へと向かう。

 木々の間にぽっかり空いた天然のフィールドにたどり着いた俺たちは、互いに距離を開けてデュエルディスクを展開する。

 向かい合う俺とレイン。そして再び精霊となって俺の傍に浮かぶマナ。

 俺とレインはデッキからそれぞれカードを5枚引き、それを手札として持つ。そこまでの準備が整ったところで、俺たちは一度目を合わせる。

 どんな思惑があれ、これがレインとの初デュエルだ。レイからもレインからもデッキについて何も聞いたことがない俺は、果たしてどんなカードを使ってくるのか楽しみだった。

 そんな気持ちを抱きつつ、デュエルディスクの開始ボタンを押した。

 

「デュエル!」

「……デュエル」

 

皆本遠也 LP:4000

 

レイン恵 LP:4000

 

「……先攻は私。ドロー」

 

 オーバーな動作もない無駄のない動きでカードを引くと、レインは手札から2枚のカードを手に取って、それぞれを場に伏せた。

 

「……モンスターをセット。カードを1枚伏せる。……ターンエンド」

 

 ともに裏側。これではまだレインのデッキがどんなものなのかはわからないな。

 

「俺のターン!」

 

 カードをドローし、手札に加える。

 未だ姿を見せないレインのカードたち。ならば、無理にでも姿を見せてもらうだけである。

 

「俺は《レベル・スティーラー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更にクイック・シンクロンのレベルを1つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを特殊召喚する!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 よくよく手札に来てくれる2体。いつも助けられているその姿に頼もしさを感じつつ、俺はフィールドに手を向けた。

 

「レベル1レベル・スティーラーにレベル4となっているクイック・シンクロンをチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 光のリングの中を星が潜り抜け、溢れ出た輝きを拳で切り裂き登場するのはこのデッキの切り込み隊長。

 青紫に輝く機械の身体を持つ戦士、ジャンク・ウォリアーである。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

「ジャンク・ウォリアーのレベルを1つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを守備表示で特殊召喚! いくぞレイン、バトルだ! ジャンク・ウォリアーでセットモンスターに攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 ジャンク・ウォリアーが背中のブースターを吹かし、鉄の拳を振りかぶる。そしてセットされたカードに攻撃が命中する瞬間、カードは表側へと移行し伏せられていたモンスターが明らかになる。

 それは、エジプトに存在する王の墓……ピラミッドを背負った一頭の亀だった。

 

《ピラミッド・タートル》 ATK/1200 DEF/1400

 

「《ピラミッド・タートル》……! 戦闘で破壊された時、デッキから守備力2000以下のアンデット族1体を自分フィールド上に特殊召喚するリクルートモンスター! ってことは……」

 

 間違いない。レインのデッキは【アンデット族】か!

 

「……ピラミッド・タートル、効果。《ゾンビ・マスター》を特殊召喚」

 

《ゾンビ・マスター》 ATK/1800 DEF/0

 

 ぼろきれのような衣服をまとい、口元に笑みを浮かべた長髪の男が汚れた外套を翻らせてレインのフィールドに立つ。

 ゾンビ・マスターとは、これまた厄介なモンスターだ。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 アンデット族の厄介なところは、豊富な墓地からのサルベージ手段とそれを利用した大量展開にある。だが、反面除去などが少なく戦闘に長けたデッキ相手には分が悪いという一面がある。

 無論すべてのアンデットデッキがそうではないが、弱点とはそう簡単になくなるものではない。どうにかそういった面でアドバンテージを取っていきたいところだ。

 そう考えていると、レインがデッキに指をかけた。

 

「……私、ドロー」

 

 さて、どうくるか。

 ゾンビ・マスターの効果は「手札のモンスター1体を墓地に送ることで、自分か相手の墓地に存在するレベル4以下のアンデット族1体を特殊召喚する」というものだ。1ターンに1度の制限があるものの、非常に強力な効果である。

 恐らくはこの効果を使ってくるはず。果たしてそこからどんな手で来るのか、俺はじっとレインの行動を見守る。

 そして、レインは案の定手札のカード1枚を手に取った。

 

「……ゾンビ・マスター、効果発動。墓地に《ゾンビキャリア》、特殊召喚」

 

《ゾンビキャリア》 ATK/400 DEF/200

 

「なっ……!」

 

 レインがゾンビ・マスターの効果で手札から墓地に送り、そのまま特殊召喚されたモンスターに俺は目を丸くした。

 ゾンビキャリア……レベル2チューナーにして、アンデット族唯一のチューナーモンスターである。手札1枚をデッキトップに戻すことで墓地から自己再生する効果を持つ、優れたチューナーの1体だ。その証拠に、元の世界では制限カードに指定されていた。

 丸々と太った身体に異様なまでに太い腕。ゾンビらしく爛れた肌は毒々しい紫色であり、小刻みに体をゆらゆらと揺らしている。

 ……これで、レインの場にはレベル2チューナーとレベル4のゾンビ・マスターが揃ったわけだ。

 となると、来るのはレベル6シンクロ。アンデット族ということは、ハ・デスかデスカイザーあたりだろうか?

 そう考えこむ俺を前に、レインは手をフィールドにかざした。

 

「こうすれば……シンクロ召喚。……《氷結界の龍 ブリューナク》」

「はぁ!?」

 

 レインが口にした名前に、俺は思いっきり声を上げた。よりにもよって、ブリューナクだと!?

 しかし、そんな驚きも露わに動揺する俺など露知らず。デュエルディスクはきちんとシンクロ召喚の処理を行っていく。

 ゾンビキャリアが2つの光輪となり、4つの星となったゾンビ・マスターがその間を潜り抜けていく。

 そして溢れる光。その中から、青く光を反射する鱗に身を包んだ巨大なドラゴンが姿を現す。

 氷の結晶を連想させる六角形に近い特徴的な頭部、背中に生えた1対の翼、蛇のように長い胴体をうねらせて、ブリューナクは虚空に向かって咆哮を上げた。

 

《氷結界の龍 ブリューナク》 ATK/2300 DEF/1400

 

 その姿を正面から見て、俺はつばを飲み込む。……間違いなく、ブリューナクだ。元の世界でも禁止制限の話題が出るたびに議論が起こる、登場以後色々と猛威を振るったモンスターである。

 確かによくよく考えれば、5D’sの時代にはトリシューラが存在しているんだった。トリシューラが存在する以上、このカードも未来では存在していた可能性が高い。

 となると、未来に関係する組織であるイリアステルに縁を持つレインが、それを持っているのも不思議なことではないわけだ。

 実に厄介なことではあるが。

 

「……モンスター効果。手札を2枚捨て、ジャンク・ウォリアーとレベル・スティーラーを、戻す」

「ぐぐ……これだからブリューナクはー!」

 

 ジャンク・ウォリアーがエクストラデッキにとんぼ返りし、レベル・スティーラーが俺の手札に戻ってくる。

 氷結界の龍 ブリューナク。その効果は「手札を任意の枚数捨てることで、フィールド上のカードを捨てた枚数分だけ持ち主の手札に戻す」である。

 ブリューナクは、そんなとんでもなく強力なバウンス効果を持っているのだ。手札さえあれば、1ターンでの回数制限がない辺り本当にどうしようもない。

 これで、俺の場にはモンスターが0で伏せカードが1枚のみ。だが、伏せてあるのは《くず鉄のかかし》だ。これでなんとか……。

 

「……モンスター効果。墓地の《馬頭鬼(めずき)》除外、ゾンビ・マスター特殊召喚」

「いぃ!?」

 

《ゾンビ・マスター》 ATK/1800 DEF/0

 

 《馬頭鬼》だと!? そうか、さっきのブリューナクの効果の時に墓地に捨てたカードの1枚か。

 馬頭鬼は、自身を墓地から除外することで墓地からアンデット族1体を特殊召喚するモンスターだ。なんとこの特殊召喚するモンスターのレベルもステータスも問わない上に、蘇生させれば完全蘇生となる。

 制限カードとなっているのも納得のカードだが、まさかあそこで墓地に行っていたとは。

 

「……ブリューナク、攻撃。……大きいの」

「くっ、罠発動! 《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、このカードは再びセットされる!」

 

 これで、1体は防いだ。だが、もう1体はさすがにどうしようもない。

 レインもわかっているのか、表情を変えないまま俺の場を指さした。

 

「……ゾンビ・マスター、直接攻撃」

「ぐぁッ!」

 

 ゾンビ・マスターが両手から放った糸を模したような数本の光が俺の身体に巻きつき、ダメージを与えてくる。

 くそ……なんとかワンターンキルされることは防いだが、いきなり大きいのをもらっちまった。

 

遠也 LP:4000→2200

 

「……ターンエンド」

「俺のターン!」

 

 レインのエンド宣言を受けて、俺はすぐさまカードを引く。

 視線を向ければレインは相変わらず表情を変えずに佇んでいるが、やられているこっちは冗談じゃないぞ。

 俺は勘違いしていた。レインのデッキは【アンデット族】じゃない。【シンクロアンデ】だったんだ。それも、ブリューナクまで入っているとは。

 試験などでもブリューナクを使ったのかまでは知らないが、確かにこれならレインがレイに勝ったというのも頷ける。高度なプレイングが要求されるとはいえ、シンクロアンデは一時期環境を支配したほどの強デッキだからである。

 それを使いこなすレインも凄いのだが、それよりもまさかこの世界でシンクロアンデと戦うことになるとは、という驚きが強い。

 可愛い顔してえげつないデッキを使うものである。じっとこっちを見てくるレインを見つめ返しながら、俺は手札を見る。

 確かにシンクロアンデは強い。だが、だからこそやりがいがあるということでもある。普通に考えれば俺が圧倒的に不利だが、デュエルに絶対はない。ゆえに、俺は自分が取るべき手を考える。

 考えるのだが……結局まずはあのブリューナクを何とかしなければ始まらない。毎ターンのバウンスなんて悪夢以外の何物でもないからな。潰すべきは、まずあそこだ。

 手札のカードと相談しながら、俺は思考を続けていく。先輩として後輩に負けてたまるか、とそんな半ば意地のようなものを抱きながら、俺は手札から1枚のカードを手に取るのだった。

 

 

 

 

 


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