遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第43話 ラー

 

 ジェネックスが始まり、既に三日。

 徐々に外部からの参加者も顔を出し始め、大会は一層の盛り上がりを見せている。

 そんな中、今日も今日とて俺は大会規定のノルマでもあるデュエルに精を出していた。ちなみに相手はやたら濃い顔に黒いスーツで決めたプロデュエリストである。

 

「――俺は《シールド・ウィング》をリリース! 現れろ、《ブラック・マジシャン・ガール》!」

『はいはーい!』

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 緑色の羽をたたみ、守備態勢を取っていた巨鳥が光の粒子となって消え去る。そして、その中からポンッとコミカルな音を響かせて黒魔術師の少女が現れた。

 

「な、なに! ブラック・マジシャン・ガールだとぉ!?」

「更に手札の《アンノウン・シンクロン》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! そしてチューナーが場に存在する時、ボルト・ヘッジホッグは墓地から蘇る! 来い、《ボルト・ヘッジホッグ》!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 相手の驚きには特に触れず、俺は現れたモンスターたちに手を向けた。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし叫びが、木霊の矢となり空を裂く。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・アーチャー》!」

 

《ジャンク・アーチャー》 ATK/2300 DEF/2000

 

「ジャンク・アーチャーの効果発動! 1ターンに1度、相手の場のモンスター1体をエンドフェイズまで除外する! 《ディメンジョン・シュート》!」

 

 細身な機械の身体を持つ戦士。その背に携えた矢筒から一本の矢を取ると、ジャンク・アーチャーは手に持った弓にそれを番え、相手の場のモンスターに向けて放つ。

 それはもちろん命中し、そのモンスターは次元の彼方へと飛ばされた。

 

「くっ……私の《マシュマロン》が……!」

「これで終わりだ! 2体のモンスターでプレイヤーに直接攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》! 《スクラップ・アロー》!」

「ぐわぁああッ!」

 

ゲルゴ LP:3200→0

 

 ライフを削り切り、俺の勝利が決まる。

 がくりと膝を落とした相手に近づき、メダルを受け取ると、俺は一礼してからその場を離れてレッド寮の方へと進路を向けた。

 もしかしたらみんながいるかもしれない。十代たちは早速森の中に対戦相手を捜しに行ったようだから、暫くは戻ってこないだろうが……。

 誰かいたら儲けもの。いなくても、歩いていればデュエルする相手にも出会えるだろう。生徒には避けられる傾向にあるので、基本的に外来狙いとなるが、それはそれで良しだ。

 そう思って歩いていると、ふと俺の五感を刺激する奇妙な感触を感じ取った。

 

「ん?」

『これ……?』

 

 マナも同じだったのか、二人してその奇妙な何かを感じた方向に目を向ける。

 そこには、森の中でありながら一瞬だけ見えた大きな火柱。ソリッドビジョンであるのはわかるが、それにしてもあれほどの映像エフェクトを使うモンスターとは一体?

 そんなふうに疑問に思ったその時、校舎のほうから外部に向けた放送が聞こえてきた。

 

『オベリスクブルーの皆本遠也君。校長先生がお呼びです、校長室に来てください。オベリスクブルーの……』

「俺?」

 

 放送から聞こえてきたのは、間違いなく俺の名前だった。なんでいきなり呼び出されてるんだ、俺は。

 

『何かやったの、遠也?』

「いや、心当たりはないけど……」

 

 マナの問いかけに首を傾げながら答えつつ、俺はレッド寮に向けていた足を方向転換させて校舎のほうに向ける。

 心当たりは確かにないが、だからといって校長からの呼び出しを無視するわけにもいかない。何が待っているのかはわからないが、とりあえず行くしかないだろう。

 俺は横でふよふよと浮かぶマナを引き連れ、歩いていく。

 校舎に入り、途中で会う生徒たちにデュエルを挑みたい気持ちを抑えつつ進むことしばし。ようやく校長室の前までたどり着く。

 そしていざ中に入ろうしたところで、背後からドタドタと騒々しく近づいていく足音に気が付いた。

 思わず振り向けば、そこにはこちらに向かってくる友の姿。十代が、なぜか全力疾走で向かってきていた。

 

「十代?」

「おっ、遠也じゃんか! お前も隼人に会いに来たのか?」

「隼人? 一体何の……」

「何言ってんだ! 隼人を見たって話をお前も聞いて来たんだろ? ほら、早く入ろうぜ!」

「うぉっ、お、押すな十代!」

『あはは……』

 

 ぐいぐいと俺の背中を押しまくる十代に、マナの笑い声もどこか乾いている。

 そして押される形で俺は校長室の自動ドアを潜り、やたら騒がしく入室する運びとなってしまったのであった。

 

「来たかね、遠也君。おや、十代君も一緒か」

 

 入って来た俺を見て鮫島校長が笑みを見せるが、後ろにいる十代を認めると意外そうな顔になった。だが、その表情もすぐに消えて元の笑顔に戻る。

 しかし、俺はそれよりも校長の目の前にいる人物に驚いていた。驚きに思わず固まった俺の横から十代が顔を出す。

 

「校長先生! 隼人が帰ってきてるって聞いたんだけどさ!」

 

 前のめりに声を発した十代に校長が苦笑し、視線を少し横にずらす。

 そこには、スーツを着込んだ懐かしい顔があった。

 

「――久しぶりなんだな! 十代、遠也!」

 

 どこかコアラを思い起こさせるような特徴的な髪形に、恰幅のいい体格。去年ずっとつるんでいた友達の一人、前田隼人がそこにいた。

 隼人はダッシュで駆け寄ってくると、俺と十代をいっぺんに抱き寄せて抱きしめる。かなり苦しいが、甘んじて受け入れた。俺たちとは違い、隼人はI2社に就職した身だ。慣れない環境で色々あったことだろう。それを思えば、旧友と会えた喜びの表現ぐらい、受け入れようじゃないか。

 十代も同じ気持ちなのか、苦しそうにしながらも文句は言わない。そんな俺たちを見て笑う校長先生。そして、その前に立つ俺がこの場にいることに思わず驚いた人物が口を開く。

 

「Oh! ユーが十代ボーイですか! 話は隼人ボーイと遠也からよく聞いていマース!」

 

 大げさに腕を広げ、隼人の抱擁から解放された十代の手を握る。

 そう、俺が驚いたのはペガサスさんがここにいたからだったのだ。なにしろペガサスさんは世界に名だたる企業、I2社の会長……まぁ正確には名誉会長だが、その肩書に見合った多忙な身なのだ。

 そのペガサスさんがわざわざ時間を割いて学園に来ているとなれば、驚いても仕方がないというものである。

 さてそのペガサスさんだが、十代との挨拶が済むと隣に立つ俺に目を合わせてにっこりと微笑んだ。

 

「遠也も、元気そうで何よりデース」

「ペガサスさんも」

 

 ペガサスさんの言葉にそう返せば、ペガサスさんの視線は俺の横を滑り、「マナガールもいるのでしょう?」と虚空に声を出す。

 凄いな、見えてないはずなのに、場所はドンピシャだ。

 それを受けて、マナが精霊状態を解いて実体化する。格好はアカデミアの制服だ。

 

「お久しぶりです、ペガサスさん」

「マナガールも元気そうで何よりデース。遠也とは仲良くやっていますか?」

「もちろんですよー」

 

 屈託のない表情で言われ、ペガサスさんは満足そうに頷いた。そしてペガサスさんとの挨拶を終えたマナは、隼人にも声をかける。隼人も十代と俺に次ぐ知った顔との再会を喜んでいるようだった。

 俺とマナにとっては二人とも良く見知った顔であり、同時にそう頻繁に会えない二人でもある。それだけに喜びもひとしおである。

 思わず笑顔になる俺たち。校長はそんな俺たちを見て、相好を崩していた。

 

「折角ペガサス氏が来ているのだからと思い遠也君を呼んだのだが……その様子だと要らぬお節介とはならなかったようで、安心したよ」

「校長……ありがとうございます」

 

 俺は素直に校長にお礼を言うと頭を下げた。これは俺にとって本当に嬉しいサプライズだったからだ。

 校長はそれに笑顔で頷いて応えると、その視線を笑い合う十代と隼人に向けるのだった。

 そしてその視線を受けた十代は、ふと何かを思いついたかのように一瞬表情を素面に戻すと、口を開いた。

 

「そういや、隼人やペガサス会長はなんでアカデミアに?」

 

 浮かんだ疑問をそのまま口に出したような、実にストレートな問いかけ。

 ここにいる理由を問うだけの何でもないような質問であるが、それを受けたペガサスさんと隼人、そして校長は揃って渋面を作ると口を噤んだ。

 その先程までとは打って変わった三人の様子に、俺たちの表情も怪訝なものに変わっていく。

 そんな俺たちの様子を見てとったのか。はたまた十代の問いに元から答えるつもりだったのか。

 わからないが、ともかく一拍置いたタイミングで、ペガサスさんが神妙な声で話し出した。

 

「……私と隼人ボーイがアカデミアに来た理由。それは、我が社のメインカードデザイナーに盗まれた1枚のカードが原因なのデース」

「I2社から盗まれたカードだって!?」

 

 十代がペガサスさんの言葉に驚きを露わにする。

 デュエルモンスターズの製作を一手に引き受けるI2社。そこに置いてあるカードには、それこそ莫大な価値を持つものもある。それは少し考えればわかることであり、十代も俺と同じくすぐにその事の大きさに気付いたようだった。

 

「その通りなんだな。その盗んだ人が、この大会に紛れ込んでるという情報を掴んだから、俺たちが来たんだな」

「隼人君は元生徒ということもあってこの島の地理に詳しい。それもあっての随行というわけだよ」

 

 隼人と校長の補足が続き、俺たちは一気に与えられた情報をただ受け取ることしかできない。

 I2社からカードが盗まれた? ものによっては本当に大事だ。なにせ未発売のカードや、プレミアものなんて当然のようにあるだろう。……それに、I2社とKC社でも極々一部しか知らないエクシーズカードも幾つか置いてあるはずだ。

 それが世に出てしまうのは非常にマズイ。そう俺は考えていたが、どうやら事態は俺が考えるよりもさらに悪いものであるらしかった。

 

「……一体何のカードを?」

 

 自然、十代の声も潜めるように小さくなる。

 そしてその問いに対して、隼人の横に立つペガサスさんが、ゆっくりと口を開いた。

 

「――神のカード《ラー》。そのコピーデース」

 

 ペガサスさんが告げたその名前に、俺と十代、マナは揃って目を見開く。

 コピーとはいえ、神のカードが盗まれた。想像の上を行くその事態に、俺たちはただただ言葉をなくすのだった。

 

 

 

 

 《ラーの翼神竜》。三幻神と呼ばれる《オシリスの天空竜》《オベリスクの巨神兵》と並ぶ“神のカード”の1枚だ。

 かつての所有者はエジプトにて古代ファラオの墓守をしていた一族を出身に持つ、マリク。バトルシティにおいて遊戯さんと死闘を繰り広げた、千年アイテムを巡る因縁を持つ一人である。

 マリクが操ったラーの効果は強力無比の一言に尽きる。自身を対象にするモンスター効果や罠の効果は全て無効となり、魔法カードでさえ発動ターンしか受け付けない。

 またその攻守は生贄として捧げた3体のモンスターの合計となり、更にはプレイヤーのライフポイントと自身の場のモンスターの攻撃力をラーに加算することもできる。この時プレイヤーとラーは融合モンスター扱いとなるという特徴も珍しい。

 加えて1000のライフを支払えば、相手の場のモンスター全てをステータスや効果に関係なく破壊するという効果まで持つ。

 その強力さはまさに神。三幻神の中でも最上位に位置する神と言われるだけのことはある、圧倒的な能力を持っているのだ。

 ……まぁ、元の世界ではかなり弱体化してOCG化したけども。後に登場するホルアクティのために特殊召喚を封じる必要があったとはいえ、あの弱体化はひどかった。

 そのためか陰で「これは《ラーの翼神竜》じゃない、《ヲーの翼神竜》だ」とか「これがもし《ラーの翼神竜》じゃなくて《ライフちゅっちゅギガント》って名前なら面白い効果として受け入れられたかもしれないのに……」なんて言われる始末。神の威厳は欠片もなかった。

 だが、この世界では違う。選ばれた人間にしか扱うことは出来ず、コピーカードでさえ使った人間に死を与える恐ろしいカードだ。

 それゆえにペガサスさんも慌てて自らがこの島に来たのだろう。ペガサスさんはラーをカード化した当人であり、自身もかつては千年アイテムの所有者だった身だ。気が気ではなかったに違いない。

 

 ――俺たちに事情を話し終えたペガサスさんは、まずジェネックスの一時的な中止と外出禁止を校長に申し入れる。更に自分が島の中を自由に行動することを一時的にだが許してほしいと願い出た。

 前者はラーのカードによる被害者をこれ以上増やさないため。後者は自身でラーのカードを盗んだというデザイナーを捕まえるためだろう。

 校長はその要請に即座に頷き、これよりその犯人が捕まりラーのカードを確保するまでジェネックスは一時中断と相成った。

 ペガサスさんはそれを見届けると部屋を出て早速捜索に出て行く。隼人には俺たちと共に友人たちに会いに行ってきていいと許可を出して。……この島の地理に詳しい、というのはどうやら建前で、隼人と俺たちの再会こそがペガサスさんが隼人を連れてきた理由らしかった。相変わらず気の利く人である。

 ……だが、その気遣いは嬉しく思うが俺がそれに従う必要はないわけで。一応もう隼人とは話せたし、それよりも俺は千年アイテムが既にないペガサスさんが神に一人で立ち向かうことの方が気がかりだ。

 校長室からレッド寮へと向かう道すがら、俺は意を決すと踵を返した。

 

「……悪い、十代、隼人! 俺はペガサスさんのほうに行ってくる!」

「あ、おい、遠也!?」

「待つんだな、危ないんだな、遠也!」

 

 二人の声を背中に感じながらも答えは返さず、俺はペガサスさんが向かったであろう森の方へと一目散に駆ける。

 まだペガサスさんが出て行ってそう時間は経っていない。見つけるのは容易いはずだ。

 そう思って足を動かしていると、不意に横に感じる人の気配。

 視線をずらせば、そこには精霊状態のまま宙に浮いて俺と並走するブラマジガール本来の格好となったマナの姿があった。

 

「マナ」

 

 呼びかければ、マナはこちらを向いて小さく笑う。

 

『遠也のことだから、そうするだろうと思ってたよ』

 

 まるで何でもお見通しだとでも言いたげな顔に、自分がペガサスさんを心配していたことがバレバレだったことを悟る。

 何となく気恥ずかしくなって小さく舌打つと、俺は気を紛らわせるかのように声を上げた。

 

「頼りにしてるからな、マナ!」

『うん! 私に任せなさい!』

 

 かくして俺たちは森に入ったであろうペガサスさんを追って、森の中へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 森に入り、ペガサスさんの姿を捜す。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、徐々に奥へと進みながら走り続けることしばし。

 俺たちはようやく人の話し声らしきものを耳に拾った。

 今はジェネックスが中断され、外出も禁止されている。つまりそこにいるのは生徒ではない人物。そして話し声といいうことは、相対しているということだ。

 今外に出ている人物は、俺たちを除けばペガサスさんと件のデザイナーしかいないはず。となれば、急がなければ。

 俺は足に力を込めて地を蹴る。そして目の前の草むらを飛び越えると、視界に広がった小さな広場にて、ペガサスさんはコートを着た眼鏡の男と向かい合っているところだった。

 二人は突然乱入してきた俺に揃って目を向ける。眼鏡の男は訝しげだが、ペガサスさんはその片目を大きく見開いた。

 

「遠也!? なぜ来たのデスか!?」

 

 驚きに染まったその声に、俺はペガサスさんの前に立って当然とばかりに言い返す。

 

「なぜって、ペガサスさんに危ないことはさせられないからですよ。こう見えて俺は、家族思いでして!」

「遠也……」

 

 言いつつ、俺は腕に着けていたデュエルディスクを展開。デッキを差し込み、臨戦態勢を取る。

 そして眼鏡の男の方を強く見据えれば、相手は口の端を持ち上げて勿体つけた笑みを見せる。

 

「ほう……君が噂に聞くペガサス会長が保護したという子供か。君の名は知っているぞ、皆本遠也君。私のような、しがないカードデザイナーとは違って有名だからな、君は」

「なんだよ、俺の人気に嫉妬か? おっさん」

「おっさ……! まぁいい。しかし、その様子だと君は私とデュエルするつもりかね? このカードを持つ私と……」

 

 そう言うと、奴は懐から1枚のカードを取り出して俺に見せる。どこか古ぼけたカードの装丁に、古代神官文字によって書かれた解読不能の効果文。間違いない……ラーの翼神竜のカードだ。

 そのカードを前にして、俺の後ろにいるペガサスさんが身を乗り出す。

 

「Mr.フランツ! それを返すのデース! そのカードの恐ろしさは、あなたもよく知っているはずデース!」

『ラーの翼神竜……』

 

 ペガサスさんと表情を険しくすると、マナもまたどこか寂しげな感情を覗かせながら顔色を変えた。

 マナは実際にラーと戦ったことがある数少ないラーとの対戦経験者だ。それどころかバトルシティ決勝、対マリク戦ではマハードと共にラーを倒したこともあるマナだが、そこに至るまでの遊戯さんの苦しみもまたマナはよく知っている。

 だが、その後はマナと共にラーは遊戯さんのデッキに入っていた。寂しげな表情は、仲間としてのラーに向けられたものなのかもしれなかった。

 無論、フランツにマナを見ることは出来ない。ゆえに、ペガサスさんの言葉にのみ、フランツは答えた。

 

「ええ、知っていますよ。このカードは、この世で最も美しく、そして最強のカードであるということを」

 

 どこか得意げにそう言うと、フランツはラーのカードをデッキに入れてシャッフルし始める。そして、そのデッキをデュエルディスクに収めた。

 

「……取り戻したくば、このカードが入ったデッキを、破ってごらんなさい」

 

 挑発的なその言葉に、俺はデュエルディスクを着けた左腕を掲げることで応えた。

 そして、後ろのペガサスさんに振り返る。

 

「見せ場を奪っちゃって、悪いですね」

 

 俺が悪戯気に笑うと、ペガサスさんは少し驚いた後にふっと笑みを漏らした。

 

「遠也なら、私も安心して任せることができマース。……ですが、相手は神。マナガール、どうか遠也のことを守ってあげてくだサーイ」

『任せてください!』

 

 ペガサスさんには見ることが出来ない今のマナに、それでもペガサスさんはそう言伝る。

 それに対してマナがしっかりと頷きを返したところで、フランツはデュエルディスクを展開し終えて構えていた。

 ――神のカード。その中でも最強のカード、ラー。OCGとは比べ物にならないその効果と、現実にまで力を及ぼす圧倒的な存在感。

 それに対する恐怖がないと言えば嘘になる。だが、だからといってペガサスさんを危険にさらすなど許せるわけがない。ここは俺が、何としてでも神を倒す!

 

「「デュエルッ!」」

 

皆本遠也 LP:4000

フランツ LP:4000

 

「先攻は俺だ! ドロー!」

 

 相手は間違いなくラーの召喚を狙ってくるはず。だが、ラーはリリースを3体要求する重いモンスターだ。1ターンでの展開は非常に難しい。

 となれば、その間に俺は自分の場を盤石にしなければならない。

 

「俺は魔法カード《光の援軍》を発動! デッキの上からカードを3枚墓地に送り、「ライトロード」と名のつくモンスターカード1枚を手札に加える! 俺は《ライトロード・ハンター ライコウ》を手札に加える!」

 

 デッキの上3枚を手に取り墓地に送る。落ちたのは、《ボルト・ヘッジホッグ》《ヴェルズ・マンドラゴ》《増援》の3枚だった。これなら、手札と合わせてシンクロが可能である。

 

「《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果により墓地のレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! 来い、《ボルト・ヘッジホッグ》!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 俺のデッキに欠かせない定番のモンスターたち。その頼もしい姿を前に、俺は手を前にかざして指示を出す。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG(テック・ジーナス) ハイパー・ライブラリアン》!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800

 

 攻撃力2400のハイパー・ライブラリアン。初手としては悪くない。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 ここで、向こうがどう出てくるか。

 俺が窺うような視線を飛ばすと、対戦者であるフランツは不気味に笑っていた。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを引いたフランツは、すぐに手札のカードをディスクに置く。

 

「私は手札から《ラーの使徒》を召喚!」

 

《ラーの使徒》 ATK/1100 DEF/1100

 

 ラーの翼神竜を象った金色の兜。それをかぶった古代エジプトの戦士のような装いをしたモンスターがフィールドに立つ。

 

「ラーの使徒の効果発動! このカードが召喚に成功した時、デッキから2枚までラーの使徒を手札に加えることが出来る! 更に速攻魔法、《トラップ・ブースター》! 手札を1枚捨て、手札の罠カードを発動できる! 私は永続罠《血の代償》を発動! ライフを500ポイント払うことで、手札のモンスターを通常召喚できる! 私は1000のライフを払い、《ラーの使徒》2体を召喚!」

 

《ラーの使徒2》 ATK/1100 DEF/1100

《ラーの使徒3》 ATK/1100 DEF/1100

 

フランツ LP:4000→3000

 

 まさか《トラップ・ブースター》とは……。手札から罠カードの発動を可能にする、アニメオリジナルのカードだ。手札1枚をコストにするとはいえ、汎用性が高い驚くほどに便利なカードである。

 その便利さゆえの、怒涛の展開。ライフ1000を犠牲にしているとはいえ、これでフランツの場には3体のリリース要員が揃ったことになる。

 来るか、と思わず身構える俺を見て、フランツがにやりと笑みを浮かべる。

 

「見せてやろう、神の姿を……! 私はラーの使徒3体をリリース!」

 

 3体が光となって消え失せ、代わりに暗雲が立ち込めてくる。昼のさなかに起こった不可思議な現象。これもまた、神の力によるものだというのか。

 

『くるよ、遠也!』

 

 マナに注意を喚起され、俺は一層気を引き締める。

 そんな中、フランツは感極まったように両腕を天に突き上げ、その名を呼んだ。

 

「目覚めるがいい、神よ! この者に我に歯向かう愚かさを刻み込め! ――出でよ、《ラーの翼神竜》!」

 

フランツ LP:3000→2500

 

 暗雲の中、鳴り響く雷を切り裂きながらゆっくりと降りてくる黄金の巨躯。

 広げた翼は視界を覆うほどに大きく、雷光を反射する金色の輝きは神の名に相応しい神々しさを感じさせるほどに美しかった。

 鋭くラーの瞳に光が宿ると、暗い空の中でひときわ輝く巨大な身体に力が込められて一気に躍動する。

 同時に空間を揺らす咆哮が俺の鼓膜に響き、その圧倒的な存在感を俺は全身で実感することとなった。

 これが本来のラーの翼神竜……本物の神か!

 

《ラーの翼神竜》 ATK/? DEF/?

 

「ラーの攻守はリリースに使用されたモンスターの攻守それぞれの合計となる!」

 

《ラーの翼神竜》 ATK/?→3300 DEF/?→3300

 

 ラーの使徒の攻守はそれぞれ1100。よってラーの攻守はその3倍である3300となる。

 いきなり神が召喚されるという事態に、俺とマナは表情を硬くする。そして同じく後ろのペガサスさんも、ラーの登場に声を荒げてフランツさんに呼びかけた。

 

「やめるのデース、Mr.フランツ! 神のカードを操ることが出来るのは、選ばれし決闘者(デュエリスト)だけ……ユーでは神の怒りを買ってしまいマース!」

 

 ペガサスさんはフランツの身を案じてのこともあってか、必死にそう説得する。だが、向こうはそれを本気にはしなかったようで、薄ら笑いを浮かべるだけだった。

 

「ふふ、ペガサス会長。生憎ですが、私はラーを従えることが出来るのですよ。そのカードを、私はついに完成させたのだから!」

「まさか……神を強制的に従わせようというのデスカ!?」

 

 驚愕の声を上げるペガサスさんに、フランツは得意げな顔になって残った1枚の手札を見せつけるように突き出した。

 

「フィールド魔法《神縛りの塚》を発動! このカードがある限り、場のレベル10以上のモンスターに対するあらゆる効果破壊を無効にし、更にレベル10以上のモンスターが戦闘でモンスターを破壊した時、相手に400ポイントのダメージを与える!」

 

 その宣言と同時に、ソリッドビジョンによって地面から無数の鎖が現れてラーの身体に巻きついていく。鎖によって雁字搦めになったラーは、自由に身動きが取れずにもがくが、鎖が外れる気配はない。

 なるほど、これこそが神縛りの塚に隠された本来の効果。神を鎖で縛りつけ、問答無用で支配下に置くカードか。

 恐らく、オリジナルであればこうはいかなかったはず。コピーカードであるがゆえに可能な所業だといえるだろう。

 

「ハハハハ! くらえ、神の一撃を! ラーの翼神竜でライブラリアンに攻撃! 《ゴッド・ブレイズ・キャノン》!」

 

 その指示が下ると同時に、ラーの頭上に火球が形成される。それはやがてラーの顔を包む込むようにして口腔へと伝導していき、莫大なエネルギーを秘めた炎の砲弾となる。

 傍目にもその膨大な熱が伝わるかのような、大火球。それを、ラーはこともなげに一息で放つと、火球は過たずにライブラリアンへと命中し、その身体を飲み込んだ。

 そしてその熱波は、プレイヤーである俺にも過剰ダメージとなって襲い掛かる。

 

「ぐぁああッ!」

『遠也!』

 

遠也 LP:4000→3100

 

 まがりなりにも神による攻撃だ。マナが心配そうに声を上げたが、俺は手で大丈夫だと伝える。

 やはりフランツはただのデュエリストでしかないということなのだろう。千年アイテムもなければ精霊だって見えていない。更に使っている神のカードはコピーで、しかも無理やり従わせているものだ。

 そのためかソリッドビジョンを越えてダメージを現実化させるほどの力はないらしく、肉体的なダメージというものは感じられなかった。

 

「これこそが神の力! そしてそれを扱う私の力だ! 更に神縛りの塚の効果により、400ポイントのダメージを受けろ!」

「くっ……」

 

遠也 LP:3100→2700

 

「ククク、ターンエンドだ」

 

 自信にあふれた笑みをこぼし、エンド宣言を行うフランツ。

 その様子は自身の勝利を微塵も疑っていないものである。しかし、それがラーの力を自分の力と勘違いした張子の虎であることは明白だ。だからこそ、たとえラーを前にしていたとしても、俺がそれに恐怖を感じることはなかった。

 だが、しかし。

 

「ラー……」

 

 見上げた先に映る、鎖によって絡め捕られた最強の神。その瞳がどこか悲しげに揺れているのは、きっと俺の勘違いではないであろう。

 ラーにとっても、この状態は不本意に違いない。なにせ一人の人間の欲望の言いなりになっているのだから。

 ラーの翼神竜。かつて遊戯さんを苦しめ、そしてその後は遊戯さんを支えた神の一柱。

 マナにとっては敵対した苦い思い出があると同時に、共にデッキに組み込まれていた仲間でもあるという間柄になる。そう考えれば、ラーを単純な敵とはどうしても思えない。

 なんといっても、マナの仲間だったのだ。そんな相手を、俺が心底敵だと思えるわけがない。

 

「マナ」

『遠也?』

「ラーをあいつの手から救い出すぞ。遊戯さんと共に戦い、お前の仲間でもある、ラーの翼神竜を」

『遠也……うんっ!』

 

 マナの力強い頷きを受け取り、俺は一層このデュエルにかける意志を強く持ってデッキトップのカードを引き抜いた。

 

「俺のターン!」

 

 そして引いたカードを手札に加える。その時、森の中で草が擦れる音を聞いた俺は後ろを振り返る。

 すると、そこには茂みを抜けてこちらに駆け寄ってくる数人の姿。十代、隼人、翔、剣山、そしてレイとレイン、その6人の姿がそこにあった。

 

「みんな!?」

 

 俺が驚きの声を出すと、十代たちはペガサスさんの横に並んで気のいい笑顔を浮かべて見せた。

 

「へへ、遠也に任せるだけってのも何だしな」

「応援ぐらいなら俺たちにも出来るんだな」

「隼人くんの言う通り。というわけで」

「遠也先輩、負けるなザウルスー!」

「遠也さん、ファイトー!」

「……頑張れ」

 

 やんややんやと一気に騒がしくなった背後の風景。

 一応今は校長直々に外出が禁止されているはずなんだが……特にレイとレイン。中等部のくせに何故ここにいる。レインが何かしたのだろうか?

 まぁ、どうでもいいか。それよりも、こうして応援に駆け付けてくれただけで十分だ。

 皆の声を受けて自然とテンションが上がっている自分を自覚し、我ながら単純だと呆れる。だが、決してそれが悪いとは思わない。呆れはするものの、同時に嬉しくもあり、照れくさくもあり、そして誇らしくもあるのだから。

 俺に声をかけてくれる皆に手を挙げて「おう!」と返す。そんな俺たちを見て表情を和らげたペガサスさんと目が合い、ペガサスさんもまた行けとでも言うかのように首肯する。

 俺はそれに頷き、皆の声を背中に受けながら、再びフランツと向かい合うのだった。

 こちらを不愉快そうに見ているそんな男を前に、俺は手札と相談して取るべき行動を選択していく。

 今引いたカードを使えば、キーカードを呼び込める確率は上がる。……鎖で御された神の姿は、あまりにも痛々しい。

 1ターンでも早く、その戒めから解放する!

 

「俺は手札から《アンノウン・シンクロン》を特殊召喚! このカードは、相手の場にモンスターがいて、自分の場にモンスターがいない時、特殊召喚できる! 更に魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札の《ライトロード・ハンター・ライコウ》を墓地に送り、デッキからレベル1の《チューニング・サポーター》を特殊召喚!」

 

《アンノウン・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 まずはレベル1のチューナーと非チューナーが俺の場に揃う。となれば、ここで召喚するモンスターは1体しかいないが、その前に。

 

「罠発動! 《リビングデッドの呼び声》! 墓地のモンスター1体を特殊召喚する! 来い、ライブラリアン!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800

 

 蘇るライブラリアン。これで、シンクロ召喚を行う場は全て整った。

 

「レベル1チューニング・サポーターにレベル1アンノウン・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

 フォーミュラ・シンクロン。かつてはライブラリアンとのコンボによって猛威を振るい、制限カードにまでなったシンクロチューナー。

 今回は残念ながらアクセルシンクロのために呼んだわけではないが、それでなくても効果は非常に優秀なモンスターだ。

 ライブラリアンと合わせたドロー加速は、驚異の一言に尽きる。

 

「フォーミュラ・シンクロンはシンクロ召喚に成功した時デッキからカードを1枚ドローする! 更にライブラリアンの効果、自分か相手がシンクロ召喚に成功した時カードを1枚ドローする! シンクロ素材となったチューニング・サポーターの効果と合わせて3枚ドロー!」

 

 この時点でこのターンの手札消費分は既に回復している。だが、これで終わりではない。

 

「更に魔法カード《シンクロキャンセル》! フォーミュラ・シンクロンをエクストラデッキに戻し、アンノウン・シンクロンとチューニング・サポーターを特殊召喚! そして再びフォーミュラ・シンクロンを守備表示でシンクロ召喚し、3枚ドロー!」

「すげえ……手札が一気に5枚も増えたぜ」

 

 強欲な壺などがいまだに制限に留まっているこの時代においても、滅多に見られないほどのドロー加速。さすがの十代も驚きの声を上げるが……強欲な壺に限らずバブルマン、悪夢の蜃気楼まで使う十代に言われてもなぁという気もする。

 さて、これで俺の手札は7枚。そしてその中にキーカードはほぼ出揃っている。ならば、あとは相手の行動にしっかり対処し、勝利を手繰り寄せてみせるだけだ。

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンド!」

「私のターン、ドロー!」

 

 フランツがカードを引き、そのカードをそのままディスクに叩きつけた。

 

「私は《有翼賢者ファルコス》を召喚!」

 

《有翼賢者ファルコス》 ATK/1700 DEF/1200

 

 鳥の頭にヒトの身体。首元から下は全て白いローブで隠された大きく広げた翼が特徴的なモンスターだ。確か戦闘で破壊したモンスターをデッキの一番上に戻す効果を持つモンスター。

 エジプト関連のモンスターという点で見れば、ラーのデッキに入っていても不思議じゃない。バクラが使ったモンスターでもあることだし。

 

「クク……いくらモンスターを並べようとも無駄なことだ! 私はライフを1000払い、ラーの特殊効果発動! 相手の場のモンスター全てを破壊する! 行け、ラーよ! お前以外の雑魚など焼き尽くせ! 《ゴッド・フェニックス》!」

 

フランツ LP:2500→1500

 

 ラーの身体が炎に包まれ、その名の通りの不死鳥のような姿となる。そして炎の化身となったラーは羽ばたきながら俺の場に舞い降りると、一気にモンスター全てを焼き払った。

 

「くッ……」

 

 すまん、みんな。思わず犠牲になったモンスターたちに内心で謝る俺だったが、対してフランツは自身の有利を深めたことに愉悦を感じるのか口が裂けそうなほどに口角を上げて笑っていた。

 

「ハハハハ! これこそ、最強の力! ペガサス会長! どうです、これこそが私が作ったカードの力! これこそが私の才能! 私のカードの強さを、あなたも認めざるを得まい!」

 

 フランツの極まった声にペガサスさんは沈痛な面持ちになる。

 どういうことかと思えば、フランツは得意顔で語った。

 新作のカードに隼人のデザインが採用され、フランツのものは採用されなかったこと。そして何故だとペガサスさんに詰め寄った時に言われた言葉「ユーのカードは力に頼りすぎている」。それは、強いカードこそ求められている、と考えるフランツからすれば到底理解できない言葉だった。

 ゆえに、フランツは実行に移した。強いカードこそが強いと示すために。強さの代名詞ともいえる神のカードを使い、強さこそがカードには必要なのだとペガサスさんに説き、己の才能を認めさせるために。

 それゆえ、興奮したようにペガサスさんに語りかけるフランツには喜びの色があった。これでペガサス会長も自分の才能を認める。そう確信していたからだろう。

 だが、現実はそんな予想を裏切る。ペガサスさんは、フランツの言葉に首を振ったのだ。

 

「グッ……! あくまでも、私のカードを認めないつもりか!」

「……あの時の私の言葉が足りていなかったことは謝りマース。あなたのカードは力に頼りすぎていると思ったのは事実ですが、それだけではありまセーン。あなたのカードには、決定的に足りないものがあるのデース」

「私のカードに足りないものだと……!」

 

 あからさまに力不足だと言われ、フランツの顔が歪む。

 しかし、ペガサスさんはそんなフランツを諭すように口を開いた。

 

「あなたのカードに足りないもの、それはカードに対する愛情デース! それこそが、あなたに最も必要なものなのデース!」

 

 今さっきも俺のモンスターたちを雑魚と呼び、ラーを無理やり従わせるフランツには、確かにカードへの思いやりといったものが感じられない。

 ペガサスさんの言葉に俺は納得するが、しかしフランツは全く理解できないとばかりに不快気に表情を変えるだけだった。

 

「くだらない……! ペガサス会長、力こそがカードの全てだ! それを私が今から証明してみせる!」

 

 フランツはそう叫ぶと、ラーの巨体を見上げた。

 

「ラーの特殊効果発動! ラーよ……お前の主たるこの私の声を聴け! そして我々が持つ力を知らしめるのだ! 私はライフを1ポイントだけ残し、残り全てをラーの攻撃力に変換する!」

 

フランツ LP:1500→1

 

 フランツの身体が靄に包まれ、その靄はやがてラーの巨体へと吸い込まれていく。

 そしてラーの頭上にて、まるで一体化したかのように生えているフランツの上半身。これこそがラーの特殊能力。プレイヤーと融合することで、そのライフを攻撃力に変換する脅威の能力である。

 

《ラーの翼神竜》 ATK/3300→4799

 

 そしてラーと一体となったフランツが、血管を浮かび上がらせながら血走った眼で叫ぶ。

 

「これこそが神の力! そしてそれを従える私の力だ! 神となったこの私の攻撃を受けるがいい! くらえ、《ゴッド・ブレイズ・キャノン》!」

 

 ラーの口から放たれる大火炎球。

 既にラーの効果に寄って俺の場にモンスターはおらず、このまま喰らえば負けが確定する。

 

「遠也!」

「頑張れ、遠也くん!」

「遠也さん、負けるな!」

「気張るんだな、遠也!」

 

 それぞれの声で聞こえてくる応援に、我知らず笑顔になる。その声を受けながら、俺は手札を確認した。

 さっきの大量ドローは伊達ではない。この状況を切り抜けるカードも引いていたのだ。俺は手札から1枚のカードを手に取ると、そのカードを見せつけるように掲げた。

 

「手札から《クリボー》を捨て、効果発動! ラーからの戦闘ダメージを0にする!」

 

 墓地に送り、半透明のクリボーがふわりと俺の場に現れる。

 そしてラーからの攻撃をその身で受け止めると、ゆっくりと消えていった。

 さすがは遊戯さんのデッキで何度も活躍したモンスターだ。頼りになる効果である。皆も俺が凌いだことに、ワッと声を上げる。

 しかし、仕留めることが出来なかったフランツは恐ろしい形相になっていた。まして、力こそが全てと考えているフランツである。クリボーという低級モンスターに神の攻撃を防がれたことは我慢ならない屈辱だっただろう。

 

「おのれ……! ならば有翼賢者ファルコスでプレイヤーに攻撃!」

「つぅッ……!」

 

遠也 LP:2700→1000

 

 これを防ぐ術はない。俺は1700ポイントのダメージを受けた。これで俺のライフは残り1000ポイント。フランツの浮かべる笑みを見るに、ラーならばすぐにでも削り切れる値だと思っていることだろう。

 だが、今の状況こそが俺の最大の狙いである。戦闘ダメージを受けた、この時こそが。

 俺は手札のカード1枚に指をかけた。

 

「俺が戦闘ダメージを受けたこの瞬間、手札のモンスターの召喚条件が満たされた! このカードは、戦闘ダメージを受けた時に特殊召喚することが出来る!」

「なんだと!? そんなカードを持っていたのか!」

 

 驚きを露わにするフランツだったが、俺はそれに反応を返さない。

 去年にさんざん痛い目を見させられたこのカードを、こうして使う日が来るとは。元から俺のカードであるといえばそうだが、複雑である。

 だが、その効果が頼りになるものであることも事実。既にこのカードに巣くっていた存在は消滅しているので、その点では安心できるのだが……心情的な問題ということだ。

 そんなことを考える自分自身に苦笑しながら、俺はそのカードをディスクに置いた。

 

「来い! 古の悲劇によって生み出された怪物――《トラゴエディア》!」

 

 そして俺の場に現れる1体のモンスター。

 鬼のような顔、人の手と鋏を持つ手と両腕がそれぞれ異なる奇形、更に下半身は昆虫を思わせる節足であり、実に奇妙な姿をした漆黒のモンスター。

 身体の大きさではラーに勝るとも劣らない存在感を放つ、悲劇の名を冠する魔物。そしてレベル10のモンスターであるためか、神縛りの塚から鎖が向けられる。

 だが、神縛りの塚の鎖もこの世界におけるトラゴエディアのオリジナルともいえるこのカードには敵わないのか、腕の一振りで払われていた。

 

《トラゴエディア》 ATK/? DEF/?

 

「トラゴエディアの攻守は手札の枚数×600となる。俺の今の手札の枚数は4枚、よってその攻守は2400だ!」

 

《トラゴエディア》 ATK/2400 DEF/2400

 

 攻守ともに上昇するトラゴエディア。

 その姿を十代たちは驚きと感心でもって見ているようだったが、俺から話を聞いていたペガサスさんや実際に俺が戦うところを見ているマナは違う。険しい目でトラゴエディアを見つめていた。

 

『このカードは……遠也!』

 

 どことなく焦りを感じさせる声で俺に振り向いたマナに、俺は安心させるように笑顔を見せる。

 

「大丈夫だ、もうこのカードは何の力もないただのカードだよ」

『でも……』

 

 俺がそう言っても、マナは変わらず不安そうだ。

 去年のセブンスターズの時、精霊世界で俺はこのトラゴエディアと相対し、勝ったもののしばらくは車椅子での生活を余儀なくされるほどの怪我を負わされた。それほどまでに危険な存在だったために、安心しきれないのだろう。

 だが、セイヴァー・スターによってトラゴエディアは消滅しているのだ。ならば、恐れることはない。こいつも俺の仲間の一人なのだから。

 そう自信を持って言えば、マナもようやく頷いてくれる。そして、俺はフランツの方へと向き直った。

 

「ふん、それがどうした! 同じレベル10であっても、神である私には全く及ばぬ攻撃力ではないか! ターンエンドだ!」

 

 フランツはやはり自分の優位を疑わぬ態度で、エンド宣言をする。

 そして、ターンが俺に移った。

 

「俺のターン!」

 

《トラゴエディア》 ATK/2400→3000 DEF/2400→3000

 

 手札が増えたことでトラゴエディアの攻守も変わる。そんな中、俺はデュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバースカードオープン! 《ロスト・スター・ディセント》と《リミット・リバース》! 俺は前者の効果でライブラリアンを、後者の効果でフォーミュラ・シンクロンを蘇生する!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800→0

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

 ロスト・スター・ディセントは墓地のシンクロモンスターを守備力0かつ効果を無効にして表側守備で特殊召喚するカード。リミット・リバースは墓地の攻撃力1000以下のモンスター1体を攻撃表示で特殊召喚するカードだ。

 どちらも蘇生カード。これで、場には必要なモンスターが全て揃った。

 

「俺はフォーミュラ・シンクロンをリリース! 出番だぜ、相棒! 《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

『うんっ!』

 

 フォーミュラ・シンクロンが光となって消えていき、その中からブラック・マジシャン・ガールことマナが飛び出してくる。

 くるりと杖を回してそれをラーに向けるが、その視線はどこか懐かしみを帯びたもののように感じられた。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 また、手札の増減によってトラゴエディアの攻守も変化する。

 

《トラゴエディア》 ATK/3000→2400 DEF/3000→2400

 

「ブラック・マジシャン・ガールだと!? ……ふん、だが神には到底及ばぬ! この神たる私を侵すなど、何人たりとも不可能なのだ!」

 

 攻撃力がまるで足りていない俺の場の布陣を見て、得意げにフランツは叫ぶ。

 しかし、攻撃力だけを見て判断するのはいただけない。それはこのカードたちが持つ真価の一面でしかないのだから。

 

「それはどうかな」

「なに!?」

 

 ゆえに、俺は自信を持ってその考えを否定する。

 そしてまずは手札のカード1枚を手に取って、それをディスクに差し込んだ。

 

「速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動! このカードは、フィールド上のモンスター1体を選択し、エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力を400ポイントアップし、効果を無効にする! 俺はラーの翼神竜を選択!」

「なんだと!?」

 

《ラーの翼神竜》 ATK/4799→400

 

 これでラーの持つ効果はこのターンのみだが無効になった。神に魔法カードが効くのはわずか1ターンのみ。しかし、元々このカードの効果はエンドフェイズまでしか持たないので、そういう点では無駄がなくていい。

 そしてラーの攻撃力は効果に依存したもの。効果を無効にした以上、攻撃力は400まで下がることとなった。

 更に手札が減ったことで、トラゴエディアの攻守も下がる。

 

《トラゴエディア》 ATK/2400→1800 DEF/2400→1800

 

「やった! ラーの強力な効果を無効にしたっす!」

「それに、ラーの攻撃力も大幅に下がったドン!」

 

 翔と剣山の喜びの声が上がるが、レイやレインは固唾を呑んでこっちを見ている。

 とはいえ、マナでラーを攻撃すれば、それで相手のライフはゼロになって終わりだ。勝つだけならば、そうするのが一番いい。

 だが、俺が望むのは勝つことだけじゃない。ラーをあいつの手から離れさせることにあるのだ。ゆえに聖杯によって俺が本当にやりたかったことは、ラーが持つ「効果モンスターの効果を受けない」という点の消去である。

 そしてその効果が消えた以上、ラーをモンスター効果の対象に選択することが出来る。

 

「《トラゴエディア》の効果発動! 1ターンに1度、手札のモンスター1体を墓地に送ることで、そのモンスターと同じレベルの相手モンスター1体のコントロールを得る! 俺はラーの翼神竜のコントロールを得る!」

「このために神の耐性を無効にしたのか……! だが、神のレベルは10だぞ! まさか、貴様の場のトラゴエディア以外にレベル10のモンスターが手札にいるというのか!?」

 

 確かに通常で考えればレベル10なんて重いモンスターを複数デッキに入れるのは難しいかもしれない。だが、トラゴエディアは特殊召喚条件を持つモンスターだし、そう言った括りからは外して考えるべきモンスターだ。

 ならば俺の手札に更なるレベル10モンスターがいることは、なんらおかしいことではない。

 

「そのまさかさ! 俺は手札からレベル10の《スターダスト・ドラゴン/バスター》を墓地に送り、ラーのコントロールを得る! 何物にも縛られない、神の威信を取り戻せ! ラーの翼神竜!」

「な、なんだとっ!?」

 

 トラゴエディアが咆哮し、赤黒い魔力がその手に宿る。そしてその手を虚空に突き出すと、その手はラーの背後から現れてラーの腕を掴み取った。

 そしてそのままトラゴエディアが腕を引くと、ラーは相手フィールドから姿を消し、俺のフィールド上にて翼を広げるのだった。

 

「ぐっ……!」

 

 そしてコントロールが移ったためなのか、融合していた肉体が切り離され、ラーの頭上から生えていたフランツの身体が地上に落ちる。

 身体を打ちつけたフランツのライフは変わらず残り1ポイント。ラーを欲望のままに従えようとした報いというべきか、融合が解けたというのにライフを捧げたままでラーは俺のフィールドへとやって来たのだ。

 そして俺の場に現れたラーに再び拘束しようと神縛りの塚から鎖が伸びる。だがしかし、それは全てマナによって破壊され、鎖はラーを捕えられない。これは精霊として自由に動けるマナだからこそ出来ることだ。

 そして繰り返し伸びてきた鎖。マナがそちらに目を向けるが、その鎖はトラゴエディアが腕を振るうことによって防がれていた。

 

『え?』

 

 そのマナを支援するような仕草に、驚いたマナがトラゴエディアを見る。

 だが、トラゴエディアの本来の意思というべきものは既にこの世にない。マナの疑問の視線にトラゴエディアが答えることはなかった。

 そして手札が減ったことで、更にトラゴエディアの攻守が下がる。

 

《トラゴエディア》 ATK/1800→1200 DEF/1800→1200

 

 もはや下級アタッカーにも及ばないトラゴエディアの攻撃力だが、しかしそれはこの際関係がない。

 俺は俺のフィールドのモンスター全てに対して手を向けると、指示を出した。

 

「頼んだぞ、ラー! 皆! 俺は手札から《団結の力》をラーに装備! これにより、装備モンスターの攻撃力と守備力を自分の場に存在する表側表示のモンスターの数×800ポイントアップする! 俺の場にはラーを含めて全部で4体のモンスターがいる! ライブラリアン、トラゴエディア、ブラック・マジシャン・ガール……3体との団結により、ラーの攻撃力がアップ!」

『うん! いくよ、みんな!』

 

 マナの呼びかけに応えるように、ライブラリアンとトラゴエディアは頷いてその身体かを光を放ってラーに送り出していく。そしてそれはラーの身体を包み込むようにして溶け合っていき、ラーの攻撃力を上げていくのだった。

 そしてマナはラーの頭の横に立ってその手をラーに添えていた。かつては敵であり、その後は同じデッキの中で共に戦った仲間同士。

 コピーとはいえその記憶が残っているのか、ラーはマナが横に立つことに咆哮を上げて肯定の意思を返すのだった。

 

《ラーの翼神竜》 ATK/400→3600 DEF/0→3200

 

「馬鹿な……神縛りの塚の効果があるとはいえ、私以外がラーを従えるだと……!」

 

 慄くフランツの言葉に、俺は正面からそれを否定する。

 

「まだわからないのか! 神縛りの塚の鎖は、もはやラーを縛ってはいない! コピーとはいえ、絆の力を手にしたラーを縛ることは誰にも出来ない!」

 

 ライブラリアン、トラゴエディア、そして隣に立つマナ。その力を受けたラーは孤独な神ではない。仲間と力を合わせた神に、敵う者などいないのだ。

 

「どんなモンスターでも、力を合わせれば強くなる。そして真摯にカードに向き合えば、カードは応えてくれる! そこに強いも弱いも関係ない! カードとの絆があれば、従える必要なんてどこにもないんだ!」

 

 従えずとも、互いに信頼し合っていれば必ずカードは応えてくれる。それこそが、この世界で俺が学んだ真実だ。

 そんな言葉にフランツは目を見開き、ラーを見上げる。今フランツが何を考えているのかはわからない。だが、俺はデュエリストとして、このデュエルに決着をつけるだけである。

 

「バトル! 《ラーの翼神竜》で《有翼賢者ファルコス》を攻撃! 《ゴッド・ブレイズ・キャノン》!」

 

 俺がそう言えば、ラーは甲高い雄叫びと共に口を開き、その中に膨大な熱量が集まっていく。

 それはやがて信じられないほどに大きな炎の塊と化し、ラーはそれを一気解き放ってフランツの場を攻撃する。

 それはもはやモンスター1体への攻撃とは思えないほどに強力であり、フランツのフィールド全てを包み込むような攻撃であった。

 そんな神の一撃に耐えられるはずもなく、フランツの場のモンスターは破壊され、その余剰分は全てフランツ自身へと向かうのだった。

 

「うぁぁあああッ!」

 

フランツ LP:1→0

 

 炎に包まれ、フランツのライフポイントが0を刻む。

 これによってデュエルは俺の勝利となって幕を下ろすこととなった。

 

「よっしゃあ! やったな遠也! ハハハ!」

「……離れて」

 

 十代が俺より先に喜びを露わにし、横にいたレインの肩を叩く。

 さすがに加減はしているためか痛くはなさそうだが、レインは微妙に嫌そうな顔を十代に向けて小さく抗議していた。

 それをレイが止めに入り、翔と剣山が笑って見ている。そんな光景の中、隼人は自分たちを見ている俺の姿に気付くと、ぐっと親指を立てて笑みを見せてきた。

 俺はそれに同じく親指を立てて応え、次いでソリッドビジョンとして現れているラーの翼神竜に目を向けるのだった。

 

「ラー……」

 

 呼びかけに、ラーは小さく鳴き声を上げて応える。そしてそのままゆっくりとその姿を薄れさせていくのだった。

 完全に消え去り、その姿が見えなくなったラーの幻影を追うように、俺は暗雲が消え去った青空を見上げるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 その後、ラーのカードと共にペガサスさんと隼人は帰っていった。もちろん、フランツと呼ばれたあのカードデザイナーも一緒である。

 

 ――敗れたフランツは地面に膝をつき、項垂れていた。そこにペガサスさんが歩み寄ると、フランツもさすがに顔を上げる。そして、ペガサスさんはおもむろに自分の左目を覆い隠す髪をフランツにだけ見えるようにかき上げた。

 自分が見たペガサスさんの顔に驚くフランツ。その顔を前に、ペガサスさんはしゃがみこむと、その肩に手を置いてこう諭した。

 

「大きな力は、やがて大きな悲劇を生む。そしてその後悔を一生抱えて生きていかなければならないのデース」

「まさか、ペガサス会長も……?」

 

 フランツのその問いに、ペガサスさんは悲しげな笑顔になる。

 

「Mr.フランツ……私は大切な部下に、自分と同じ運命を歩ませたくはない。ただそれだけなのデース」

「か、会長……すみません、私は……」

 

 懺悔するフランツに、ペガサス会長は首を横に振ると明るい声を出して、彼の肩を叩いた。

 

「ユーは新しいカードの研究のため、神のコピーカードを我が社から借り出しまシタ。それに見合う、素晴らしいカードが新たに生まれてくることを、願っていマース」

「か、会長……!」

 

 社が貸しただけで盗んだわけではない。そう言って言外に罪を許すといったペガサスさんに、フランツは大粒の涙を流して、ただただ謝罪と感謝の言葉を繰り返すのだった。

 

 ――そして、フランツはペガサスさんと隼人と同じ小型ジェットで島を離れて行ったわけだ。あの人も、これからはこの経験を活かして、いいカードを作り出していってくれることだろう。そのカードを見る日が来るのを、俺も楽しみにしておこう。

 また、去り際にペガサスさんは「今回の来訪は急な事態でした。色々とMr.鮫島とは話したいこともありますし、また今度正式に訪ねさせてもらいマース」と言っていた。今度はいつ来ることやら。

 俺には「遠也も気軽に連絡をくだサーイ。ついでにマナガールとの進展についての報告も私は待っていマース」とか。大きなお世話と言わざるを得ない。

 あとはマナにも何か言っていたし、十代たちにも声をかけていたようだった。翔や剣山にレイなんかは、デュエルモンスターズの生みの親ということもあって、かなり嬉しそうにしていた。

 十代もそれは同じだったが、一度校長室で会っているためか、彼らほどの熱狂ぶりはなかった。

 ちなみにレインはペガサスさんにあまり興味がないのか、いつもと変わらないクールな様子であった。とはいえ全く興味がないわけではないのか、じっとペガサスさんを見つめてもいたのだが。

 そんなこんながあったものの、フランツを倒したことで彼が集めていたメダルも俺のものになり、ジェネックス大会自体もそれなりに順調である。

 ラーの翼神竜という大きなトラブルが起こりもしたが、その翌日にはジェネックスも再開される運びとなった。これは大会参加者には嬉しい知らせだろう。

 

 

 

 

 

 そしてジェネックスが再開されることとなった、翌日の昼ごろ。

 俺は港で人を待っていた。

 とはいえ、この場にいるのは俺だけじゃない。マナに、十代、翔、剣山、三沢、万丈目、吹雪さん、レイ、レイン。要するにいつものメンバー全員がここに集合しているのだった。

 とはいえ、何も外来のデュエリストを囲ってボコにしようというわけじゃない。全員が集まっているのは、それに足る理由があるからである。

 そして、その理由である船が港に到着した。

 そこから降りてくる人間。その中に一人混ざった知り合いの姿を見つけ、俺たちの表情が思わず緩む。

 そして、まずは翔が大きな声で呼びかけるのだった。

 

「お兄さん!」

 

 翔の大声に、港にいた数人の視線がこちらを向く。だが、それらの視線よりも早くその人物の視線は翔と俺たちの姿を捉えていた。

 そして同じく表情を綻ばせると、泰然とした様子でこちらに歩み寄ってくるのだった。

 

「……久しぶりだな、皆」

「ああ。卒業以来だな、カイザー」

 

 話しかけてきたそいつに、俺は軽快な声で返す。それに、カイザーはふっと笑みを浮かべるのだった。

 そう、俺たちはカイザーが来るのを待っていたのだ。今日アカデミアに着くという話を聞き、それを迎えるために。

 中にはカイザーと直接の面識がない者もいるが、剣山は翔の兄でありプロとして名が売れてきているカイザーに興味があり、レインはレイにつれられてこの場に来ていた。

 明日香がいないのが残念だが……それは近いうちにどうにかするしかないだろうな。

 

「再会を喜び合いたいところだが……すまんな、鮫島校長に挨拶がしたい。話は後でもいいか?」

「ああ。ならレッド寮に集合ってことにしよう。今のブルー寮には行かせられないからな」

 

 俺がそう言うと、カイザーは納得したような顔になる。恐らくは校長などから話は聞いているのだろう。この大会に誘われた時とかに会っているはずだし、校長が今の事態を全く把握していなかったわけがないのだから。

 カイザーは俺の提案に「ああ」と言って頷く。それを受けて俺達は一足先にレッド寮に向かおうと振り返った。

 その時。

 

「……ほう。エドに会いに来てみれば、まさか皆さんとお会いすることになるとは……」

 

 振り返ったその先。港の出入り口から歩いてくる男に、俺たちの警戒心は一気に跳ね上がった。

 白い制服に身を包んだ長身で髪の長い男。まぎれもない光の結社の盟主、斎王琢磨がそこにいた。

 戦慄する俺たちだったが、しかし斎王は気にせず笑顔で近づいてくる。そしてカイザーを見ると、少し驚いた顔を見せた。

 

「これはこれは、プロリーグで破竹の勢いを見せているカイザーではないですか。まさかエドのライバルと目していたあなたにここで会えるとは……」

「エドだと?」

「申し遅れました。私はエドのマネージャーをしております、斎王琢磨という者です」

 

 斎王は懐から名刺を取り出し、カイザーに渡すとにこやかに握手を交わした。

 いかにも外行きの態度に、剣山がけっと気に入らなそうな態度を見せる。

 

「話は聞いている。光の結社という組織のリーダーだそうだな」

「ええ、まあ。とはいえ、彼らが私を慕ってくれているだけで、私自身が彼らに何か言っているわけではないのですけどね」

 

 なんちゅー寒い言葉だ。

 それがこの場にいる全員一致の意見だったが、そんな冷たい視線などどこ吹く風。全く堪えた様子がない斎王の心臓の強さには感嘆するしかなかった。

 だが、そんな俺たちの中で唯一、十代だけは我先にと斎王に近づいていった。

 

「なぁなぁ! 斎王、俺とデュエルしようぜ!」

「あ、兄貴!?」

 

 翔が脈絡もなくデュエルを挑んだ十代に、目を白黒させる。

 負ければ洗脳が待っているだけに、普通なら翔の反応が正しいはずなのだが、十代にそれは通用しないらしい。

 だが、十代からの挑戦を、斎王は首を横に振って断った。

 

「私は既に今日デュエルしています。よって、断ることもできる。残念ですが、今日は遠慮させてもらいましょう」

「なんだよ、ちぇっ。しょうがねーなー」

 

 不満げに唇を尖らせた十代を斎王は一瞥し、目線をエドが暮らすクルーザーへと移す。そういえばさっきもエドに用事があると言っていたが、一体何の用事なのだろうか。

 

「では、これで失礼しますよ」

 

 斎王はそう言って俺たちの前を通ると、エドの乗る船に向かう。

 その姿を見送った俺たちは、エドの身を思わず心配する。斎王本来の意識が残っているのだとすれば、親友であるエドに手を出すようなことはないと思うが……。

 そんなことを考えていると、カイザーが斎王から受け取った名刺をしまいつつ呟いた。

 

「斎王琢磨……不気味な男だ」

 

 カイザーのその言葉に、全員が思わず頷く。

 ジェネックスに参加している光の結社の生徒は数多い。何かやらかさなければいいが……。

 ジェネックスに盛り上がるのもいいが、こっちも忘れるわけにはいかない。カイザーを出迎える場だったこの時は、そんなことを思い出させてくれる一時へと変わるのだった。

 

 

 

 


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