遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第39話 復帰

 

 間近に迫ったデュエルアカデミアの修学旅行。その行き先を賭けたデュエルに勝った十代は、急いでレッド寮まで戻ると、その一階部分――万丈目が改造した一室の扉を開けた。

 

「よっしゃあ! 勝ったぜ遠也! これで行き先は童実野町に決定だぜ!」

 

 十代が飛び込むような勢いで部屋に転がり込み、満面の笑みでそう結果を伝える。

 それに対して、部屋の中にいる遠也の反応は淡泊なものだった。

 

「……お、そうか。んじゃ、その時は案内してやるよ」

 

 起伏のない語調でそう言うと、遠也はテーブルの上に置かれた己のデッキに目を落とす。

 自分が入ってきた時も、遠也はそうしていた。十代はどうにも調子がおかしい友人の姿に、自分までなんだかおかしくなったような気分に陥っていた。

 そんな遠也を、後ろで心配そうに見ているマナが十代には見えた。というのも現在のマナは精霊状態であり、余人にはきっとマナは見えていないことだろう。

 といっても、この場には精霊を見ることが出来る十代と遠也しかいない。あとから恐らく自分を追って皆も来るだろうが、その前に十代はマナに手招きをした。

 それを視界の端で確認したのか、マナの目が十代に向けられる。そして自分を呼んでいるのだと悟ると、変わらずデッキを見つめる遠也を気にしながらも、マナは十代の元へと移動してきた。

 

『どうしたの、十代くん』 

「ああ、いや……あいつ、ホントにどうしたんだよ?」

 

 十代は遠也に目線を投げる。

 思えば、この前の晩に帰ってきてから遠也はずっとあの調子だ。おかしいとは思っていたが、受け答えは出来ていたし、そういうこともあるかと思って深くは考えていなかった。

 というのも、遠也と付き合いが長いと自負している十代は、何があっても遠也なら立ち上がってくるだろうという信頼もあったのだ。

 だが、結果はご覧のとおりというべきか。遠也はやはり元気がなく、何かをずっと考えているかのような態度を崩していない。

 遠也がああなって二日。全く変わっていないがゆえに出てきた問いかけに、マナは少し表情に影を落とした。

 そして遠也を一瞥すると、十代に外に出るように促す。十代はそれに頷くと、マナと一緒に部屋から出て行く。

 その間も、遠也はじっとテーブルの前に座り、何事かを考え続けているのだった。

 

 

 

 

「――遠也が、斎王と戦っただって!?」

 

 レッド寮の脇、遠也の部屋からは離れたところで、十代はマナから事情を聴いて驚きの声を上げた。

 まさか自分が知らない間に斎王と一戦交えているとは思っていなかったのだろう。十代は遠也が斎王に洗脳されなくてよかったという思いと、俺も戦いたかったという思いで複雑な気分だった。

 そして、マナは更に詳しい事情を話し始める。

 

『うん。それで、負けはしなかったんだけど……』

「まさか、遠也相手に引き分けたのか? 斎王って、やっぱ強ぇんだな」

 

 シンクロ召喚。それを自在に使う遠也の強さは、頻繁にデュエルする十代が一番よく知っている。

 その遠也相手に斎王は引き分けたというのだ。十代としては、その強さに自分も挑んでみたいという気がしてならない。どれだけ強いのか、デュエルで確かめてみたいのだ。

 内心でそう燻る気持ちを自覚する十代だったが、しかしマナの表情は晴れない。それを見て、さすがの十代もデュエルがしたいと口に出すことは出来なかった。

 だから、気になっていることを訊く。

 

「……斎王と、何かあったのか?」

 

 負けなかった、ということは光の結社の一員になったというわけではないだろう。勝てなかったのは残念だが、だからといって遠也があそこまで落ち込むとは考えづらい。

 何か他に原因があるはず。そう考えての発言は、やはり的を射ていたらしい。

 十代は、表情を一層曇らせたマナを見てそう確信した。

 

『……遠也にはね、何枚かの特別なカードがあるの』

「特別? スターダストのことか?」

 

 十代が問うと、マナは首を振る。

 

『スターダストも確かに特別で、遠也にとっても大事なカードだよ。けど、それとは違うベクトルで特別なカードなの』

「べクトル? ……よくわかんねぇけど、そのカードがどうしたんだ?」

『あの人とのデュエルで、遠也はその中の1体を召喚しようとしたの。けど……出来なかった』

「出来なかった?」

 

 それはおかしい。

 デュエルディスクは、あらゆるカードに対応してソリッドビジョンを作り出し、即座にデュエルに反映させる。

 だというのに、召喚できない。それは故障やトラブルといった理由以外にありえない。

 一般的な考えからそう思う十代だが、しかし事はそう単純なことではなさそうだと二人の様子は物語っていた。

 そして、更にマナは言葉を続ける。

 

『……その後、遠也はその2枚のカードを見た。そうしたら、そのカードの絵柄がゆっくりと灰色に染まっていって、見えなくなっちゃったんだよ』

「カードが見えなくなった!?」

 

 十代は驚く。

 それはまるで、この間までの自分みたいではないか?

 ということは、まさか遠也も斎王の力にやられて……。

 そう考える十代だったが、顔色を変えた十代に十代が考えていることを察したのか、マナは小さく首を振った。

 

『斎王の力、ってわけじゃないみたい。遠也は、原因に心当たりがあるみたいだったから』

「遠也が? そうか……」

 

 十代は斎王の力によるものではないと聞き、ひとまずは安堵する。また、遠也自身がその原因を把握しているというのも、大きな不安に繋がらなかった。

 遠也なら、きっとその原因をなんとかするだろう。そう思えるぐらいには、十代は遠也の強さを信頼していた。

 だが、カードが見えなくなる辛さを、誰よりも十代は知っている。

 あの時は、初めてデュエルモンスターズというものに悲しみを抱いた。大好きなデュエルモンスターズがもう出来ないかもしれない。そう考えただけで、悲しくて悲しくて仕方がなかったことを、よく覚えている。

 そしてその辛さに挫けそうになった時、思わず十代は友に寄りかかった。そして、その友は自分に一つの答えを示してくれた。

 遠也自身は、ただ思ったことを言っただけだったかもしれない。しかし、それは十代にとって確かに希望の光になったのだ。

 なら、今度は自分が返す番だ。

 十代は、心の中でそう決意する。

 

「――っよし! じゃあ、俺は俺に出来ることをするぜ!」

 

 遠也のために。

 言葉にせずとも伝わるその意志に、マナは最初こその発言に驚いたが、次第に表情を綻ばせる。

 

『うん、ありがとう十代くん』

「へへ、友達のためだからな! これでも、俺はあの時のこと本当に感謝してるんだぜ」

 

 少し照れくさそうにする十代に、マナはやはり嬉しそうに笑う。

 その微笑ましいものを見るような目に、なんとなく十代は居たたまれなくなる。話を逸らすつもりで、十代は焦り気味に口を開いた。

 

「そ、そういやマナって遠也とホントに仲いいよな! 入学した時からいつも一緒だったし、あの時まだ出会って一年しか経ってなかったなんて信じられないぜ!」

 

 その照れ隠しにしか見えない十代の言葉に、マナは一層笑みを深くする。そして、一年前にこの学園に遠也と一緒に来た時のことを思い出す。

 入学した時、遠也とマナはまだ出会って一年であった。

 十代はそれを遠也から聞いており、たった一年であそこまで仲が良くいられるのかと感心したこともあったほどである。

 十代が遠也からその話を聞いた時に傍にいたマナは、当然その時のことも覚えている。

 確かに、自分と遠也は当時一年の付き合いしかなかった。

 だが、その年数以上に遠也と付き合ってきた時間は密度の高いものだったと自負している。それは、遠也が突然この世界に来て不安定だったゆえに、色々とあったからこそそう思うのかもしれない。

 しかしそれによって、普通に出会うよりもずっと濃い時間を過ごしてきたことは事実だ。そして、それがたった一年で遠也がマナをこれほど受け入れる要因となっているのは確かだろう。

 それはマナにとっても同じこと。しかし、マナには遠也と違う点が一つだけあった。

 

『うん、そうだね。でも……私やお師匠様、マスターは、遠也に会う前から名前だけは知ってたからね』

「へ、そうなのか?」

『うん。人づてにね。だから、どんな人なのかなっていう興味は、会う前からあったんだ』

 

 ふーん、と十代はマナの言葉に相槌を打つ。

 ……遠也の事情を知らない十代には、その言葉に含まれる真の意味は理解できなかった。

 遊戯、マハード、マナ。この三人が、当時まだこの世界にいないはずの遠也のことを、名前だけとはいえ既に知っていたという、その説明しがたい矛盾。その意味を。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ……俺はテーブルの上に置いたデッキをじっと見つめる。そして、その横に自分のデュエルディスクを置いた。

 俺のデュエルディスクは特別なものだ。この時代にはあり得ない、オートシャッフル機能がついており、そして何よりその動力はモーメントによって賄われている。

 俺がこの世界で目を覚ました時、気づけば腕に着いていたデュエルディスク。どうしてこの時代のものではなく未来の代物が俺の手にあるのかはわからないが、いま肝心なのは動力がモーメントであるという点である。

 シンクロ召喚そのものは、モーメントがなくともデータさえデュエルディスクに打ち込めばこの時代でも使用可能になる。シンクロ召喚にはモーメントの回転を加速させる効果があるが、それはあくまで副次的なものにすぎない。

 モーメントの加速にシンクロ召喚は不可欠であっても、シンクロ召喚にモーメントは不可欠ではないのである。

 だが、アクセルシンクロとなると話は変わる。

 あれは未来においてモーメントが普及し、エネルギーやデュエルが爆発的に進化したことによって可能となった新たなデュエル方式――ライディングデュエルが大きな意味を持っているのだ。

 スピードに乗り、光さえも超えたその先にある新たなシンクロ召喚。それこそがアクセルシンクロである。

 だが、それも突き詰めればモーメントの動力を加速度的に増加させ、その尋常ではないエネルギーによって行われるシンクロ召喚、と言い換えることは出来るのだ。

 ゆえに、D・ホイールは絶対条件ではない。無論、D・ホイールでの加速なしで爆発的にモーメントからエネルギーを取り出す方法が他にあれば、という条件付きではあるが。

 結局そんなエネルギーをこのデュエルディスクのモーメント一つで補えるわけはないのだから、不可能は不可能のままである。

 だがしかし、絶対条件ではない以上、俺がアクセルシンクロできなかった要因は、それだけではなく他にもある。

 それは恐らく俺自身の問題……“揺るがなき境地”、クリアマインドに至っていないことがその原因だったのではないだろうか。

 その境地に立ち、人の感情を読み取るモーメントに余分な感情を一切伝えずに、ただエネルギーだけを取り出す。その純粋無垢なエネルギーこそが、アクセルシンクロには必要なのではないだろうか。

 余計なものが一切ないそれは、高純度のエネルギーに違いない。それほどのエネルギーを用いて行う、特別なシンクロ召喚。

 それが、アクセルシンクロというものなのではないだろうか。

 そしてそれを行うことが出来ないということはつまり、俺はその境地に至っていないということ。それこそが、あの時失敗した要因の一つに他ならない。

 一つは、モーメントから得られるエネルギーの不足。一つは、俺自身の未熟。結論としては、その二つこそがアクセルシンクロを失敗した理由と言えるだろう。

 

「………………はぁ」

 

 思わず、嘆息する。

 結局、俺の至らなさ故にスターダストとフォーミュラ・シンクロンには負担をかけてしまったわけだ。

 そして俺がまだその境地にたどり着いていないからこそ、あの2枚のカードは時至らずということで、姿を隠したのではないだろうか。

 もちろんD・ホイールによるライディングデュエルではない、という点もかなりのマイナス要素ではあるだろう。だから仕方がないといえば仕方がない。

 しかし、そうであってもやはりカードの絵柄が消えるというのはかなり落ち込む。

 自分の弱さを目の前に突き付けられたかのように感じられるのだ。

 

「……十代も、こんな気持ちだったのか」

 

 尤も、十代の場合は全てのカードが見えなくなっていたので、俺よりもよほど深刻だったはずだ。

 比べるのは失礼かな、と苦笑と共に考え直す。

 とはいえ、クリアマインドに至る方法なんて、俺は知らない。揺るがなき境地、という言い方からぼんやりと想像することは出来るが、それだけである。更に言えば、モーメントなみのエネルギーにも心当たりはない。

 要するに、俺には今の状況を改善する手立てがないということだ。

 

「……どうしようかなぁ」

 

 テーブルに向けていた顔を天井に向け、ぼーっとそんなことを呟く。

 別にアクセルシンクロが出来なくったってデュエルは出来る。だが、俺のデッキに……大切な仲間に自分の未熟を突きつけられたことが、俺はショックなのだった。

 俺が最初からしっかりしていれば、こんなことにもならなかった。そんなことを考えてしまう。

 はぁ、と俺の口から再びため息が漏れた。

 と、その時。

 バン、と勢いよく扉が開かれる。

 どうしたのかとそっちを見れば、そこにはさっき部屋に来た十代……それと、その後ろにはマナに翔、剣山に三沢に吹雪さん、更にはレイとレインまでいて、現在のフルメンバーが揃っていた。

 

「……どうしたんだよ、みんな」

 

 俺がさっきまでの脱力感が抜けないままにそう言うと、十代が一歩前に出て左腕を掲げた。

 そこには、アカデミア仕様のお馴染みのデュエルディスク。

 

「デュエルしようぜ、遠也!」

「……はい?」

 

 にかっと笑う十代。その口から出た突然の申し出に、俺は間の抜けた声しか出せなかった。

 

 

 

 

 そして俺は今、レッド寮の外で十代と向き合っている。

 俺が呆気にとられた間に、部屋に入ってきた皆によって俺は強制的に連れ出されたのだ。デッキも気づけばデュエルディスクにセットされた状態で俺の腕に着けられていた。

 なんだこの連帯感は……。

 あの無口であまり他人に興味がなさそうなレインまで、レイと一緒になって俺の腕にディスク着けてたし。なんでこんなことに?

 

「よっしゃ! さぁ、デュエルだ遠也!」

「十代……今はそういう気分じゃ……」

 

 俺が断りを入れようとすると、十代はその言葉を聞いて「だからこそデュエルだ!」と返してきた。会話になってないぞ。

 

「デュエルは、最高に楽しいもんだぜ! デュエルしている間、ワクワクしてくるだろ! お前だってそうじゃないのかよ、遠也!」

「それは……」

「気持ちが落ち込んでるからこそ、デュエルで盛り上げるんだ! 落ち込みっぱなしなんて、らしくないぜ!」

 

 十代がそう言い放ち、俺はハッとする。

 そして十代と、こっちを横合いから見ている皆へと視線を向けた。

 そこには、俺の方をどこか心配そうに見ている仲間の姿がある。

 ……そうか。これは、元気がなかった俺を励まそうとしてくれているのかもしれない。そのために、俺にこうしてデュエルをさせようとしてくれているのか。

 今デュエルしたい気持ちではないというのは本当のことだ。まだ悩みが解決したわけでもないのだから、当然だろう。

 だが、こうして俺のことを思ってくれる心遣いを無碍にすることなんて、俺にはできなかった。

 俺はデュエルディスクを着けた左腕に力を込める。

 そして十代を真っ直ぐ見ると、その視線を受けて十代は笑った。

 

「へへ、そうこなくちゃな! さぁ、やろうぜ遠也! 俺の新しいデッキの力を見せてやるぜ!」

「こうまでお膳立てされちゃ、やらないわけにもいかないだろ。それじゃ、その新しいデッキの力を見せてもらおうか」

 

 互いにカードを5枚引き、そしてディスクのスタートボタンに指を置く。

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

遊城十代 LP:4000

 

「先攻は俺だぜ! ドロー!」

 

 先攻は十代。カードを引いた十代は、すぐさま手札から1枚のカードを場に出した。

 

「いくぜ! 俺は《E・HERO スパークマン》を召喚!」

 

《E・HERO スパークマン》 ATK/1600 DEF/1400

 

 スパークマン……十代のHEROデッキにおける切り込み隊長の登場か。

 

「更にカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 無難といえば無難な布陣。てっきりNネオスペーシアンがくると思っていたが、手札にいなかったのだろうか。

 いや、そうでなくてもネオスペーシアンはステータスがかなり低かったはずだから、先陣向けではないか。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、そしてその中から必要なカードを選び取る。

 

「俺は《レベル・スティーラー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更にクイック・シンクロンのレベルを1つ下げて、レベル・スティーラーを守備表示で特殊召喚する! そして《チューニング・サポーター》を通常召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「その組み合わせは……くるか?」

 

 十代のその言葉に、俺は頷いて応えた。

 あっちが切り込み隊長で来るなら、こっちもこのデッキの切り込み隊長で行く。

 

「レベル1チューニング・サポーターにレベル4となったクイック・シンクロンをチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 シンクロ召喚のエフェクト、その光を拳で切り裂いて現れる青い体躯を持つ機械の戦士。このデッキの切り込み隊長といえば、やっぱりこいつしかいない。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、自分の場に存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力はアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 俺の場にいるレベル2以下のモンスターは、守備表示のレベル・スティーラーのみ。その攻撃力が、ジャンク・ウォリアーに加算される。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→2900

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! バトルだ! ジャンク・ウォリアーでスパークマンに攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

「させないぜ! 罠発動、《ヒーローバリア》! 俺の場に「E・HERO」と名のつくモンスターがいる時、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする!」

 

 スパークマンの前に現れたバリアが、火花を散らせつつジャンク・ウォリアーの拳を防ぎきる。

 やっぱり、そう簡単に先制はさせないか。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 エンド宣言をすると、十代が楽しそうに笑いながらデッキの上に指をかけた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を確認した十代は、そこからモンスターゾーンにカードを置く。

 

「いくぜ遠也! 俺は《N(ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィン》を召喚!」

 

《N・アクア・ドルフィン》 ATK/600 DEF/800

 

 イルカと同じ顔と色つきをしながら、身体だけがマッチョというどことなくミスマッチなモンスターが現れる。一瞬目が合ったかと思うと、片手を上げて爽やかに手を振ってきた。

 表情がにこやかに笑っているのは、仕様なのだろうか。

 

「アクア・ドルフィンの効果発動! 相手の手札を確認し、その中のモンスターカードを選択! そのモンスターの攻撃力以上のモンスターが俺のフィールドに存在する場合、選択したモンスターを破壊して500ポイントのダメージを与える! 外したら、俺が500ポイントのダメージ受けるけどな」

 

 また随分と博打な効果である。まぁ、外しても受けるダメージは500程度だからこそ、だな。そう考えれば、ピーピングにハンデス、小規模ながらバーンも行えるという結構優秀な効果といえる。

 

「いけ、アクア・ドルフィン! 《エコー・ロケーション》!」

 

 アクア・ドルフィンが口を開き、そこからリング状の超音波が放たれる。そしてそれは俺の手札の中の1枚に当たり、そのカードがフィールド上に表示された。

 

「よし、選んだモンスターは《カードガンナー》! その攻撃力は400! 俺の場のスパークマンより下だぜ! よってカードガンナーを破壊し、500ポイントのダメージだ! 《パルス・バースト》!」

「くっ……!」

 

遠也 LP:4000→3500

 

 アクア・ドルフィンの超音波によってカードが破壊され、その際の衝撃がこっちにも伝わってくる。

 

「……やってくれたな、十代!」

 

 いきなりのダメージ、それも戦闘ではなく予想外のところからのものだ。

 初めて対戦するネオスペーシアンの力。それを目の当たりにして、俺は思わず自分の口元が緩むのを感じた。

 

「へへ! 更に俺は《融合》を発動! フィールドのスパークマンとアクア・ドルフィンを融合し、現れろ極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 ここでアブソルートZeroだって!?

 随分と最初から飛ばすじゃないか、十代。

 

「バトル! アブソルートZeroでレベル・スティーラーに攻撃! 《瞬間氷結-Freezing at moment-》!」

「くっ……!」

 

 レベル・スティーラーは守備表示。戦闘ダメージこそないが、それよりも相手の場にアブソルートZeroが現れたことのほうが厄介である。

 

「よっしゃ! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

「いきなりアブソルートZeroとはな。俺のターン!」

 

 ……十代の場にはアブソルートZero。フィールドから離れた時、相手の場のモンスターを一掃する、まさしく最強のHEROの名に相応しいカード。

 ジャンク・ウォリアーならば戦闘破壊できるが、その効果によって結局こちらの場も空っぽになってしまう。

 手札には攻撃力を増加させるカードもあるが……それでもこの1ターンで勝負を決められるほどではない。

 ならば、やはりここは攻撃力を下げてでも自分の場にモンスターを残したいところだ。相手はあの十代、次のターンで一気に決められてしまう可能性も否定できないのだから。

 となると、一番の候補は……《スターダスト・ドラゴン》か。

 だが、この間俺はアイツに負担をかけたばかりだ。俺の未熟ゆえに……。だからこそ、後ろめたい部分がないと言えば嘘になる。

 だが、この状況ではスターダストの力を頼りたいのも事実。……ここは、腹をくくるしかないか。

 

「俺は魔法カード《調律》を発動! デッキから「シンクロン」と名のつくチューナー1体を手札に加えてデッキをシャッフル、その後デッキトップのカードを墓地に送る! 俺は《ジャンク・シンクロン》を手札に加える! ――そして《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 これで、素材は全て俺のフィールドに揃った。ジャンク・ウォリアーとジャンク・シンクロン。その姿を見ながら、俺はエクストラデッキから1枚のカードを取り出す。

 ……頼む、スターダスト。俺に力を貸してくれ。

 

「――レベル5ジャンク・ウォリアーにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 光を切り裂き、その中から雄々しく飛び立つ白銀の竜。

 常と変わらぬその美しい姿。それを前に、俺は気後れさえ感じてしまうほどだった。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

「スターダスト……この間はお前の力を引き出してやれなくて、ごめんな。こんな俺だけど、一緒に戦ってくれるか?」

 

 俺はソリッドビジョンだとわかっていても、そう問わずにはいられなかった。この相棒が持つ可能性を俺自身が潰してしまったことが申し訳なく、そして悔しかったのだ。

 そんな思いから口にしたそれに、スターダストは大きく嘶いて応えた。

 ……それは、単にタイミングよくソリッドビジョンの効果で音声が流れただけなのかもしれない。

 しかし、俺にはスターダストが気にするなと言っているように聞こえた、勘違いと思われるかもしれない。だが、確かにそう聞こえたのだ。

 そして、そう感じたことが間違いだとは、何故か思えなかったのである。スターダストは、俺のことを信じてくれている。そう不思議と確信し、俺は一度目を閉じる。

 ……そしてもう一度その目を開いた時、俺の心は既に決まっていた。

 

「――そうだよな。失敗したら、取り返せばいい。一度駄目でも、諦めずに挑戦し続ければいい。……じゃないと、お前の相棒として胸を張れないもんな」

 

 肯定するかのように、翼を大きく広げるスターダスト。その姿を前に、俺は表情に笑みを取り戻した。

 

「情けない奴で悪いな、スターダスト。これからも、よろしく頼むぞ!」

 

 甲高い声で鳴くスターダスト。力強さを感じるその咆哮を心地よく思いながら、俺は手札のカードに手をかけた。

 

「――いくぜ、十代! 手札から速攻魔法発動! 《イージーチューニング》! 墓地のチューナーを除外し、その攻撃力分俺の場のモンスター1体の攻撃力をアップさせる! 墓地のジャンク・シンクロンを除外し、スターダストの攻撃力をアップ!」

 

 墓地から立ち昇る光がスターダストに吸収されていく。ジャンク・シンクロンの攻撃力は1300。それが加算されたことによって、スターダストの攻撃力は、アブソルートZeroを大きく上回った。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500→3800

 

「バトル! スターダスト・ドラゴンでアブソルートZeroに攻撃! 響け、《シューティング・ソニック》!」

 

 スターダストの口から放たれた音速の弾丸が、大気ごとアブソルートZeroを押し潰して破壊する。

 アブソルートZeroは細かな氷の粒子となって散っていき、十代のライフもまたその余波によって削られた。

 

「ぐぅうっ!」

 

十代 LP:4000→2700

 

「くっ……けどこの瞬間、罠発動! 《ヒーロー・シグナル》! 俺の場のモンスターが破壊された時、手札かデッキからレベル4以下の「E・HERO」を特殊召喚できる! 来い、《E・HERO バブルマン》!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

「バブルマンの効果発動! 自分の場に他のカードが存在しない時、デッキからカードを2枚ドローする! ドロー!」

 

 バブルマンはデッキから特殊召喚された。手札の消費はなく、これで十代の手札は4枚となる。相変わらず、便利なカードである。

 

「更に破壊されたアブソルートZeroの効果発動! このカードがフィールドを離れた時、相手の場のモンスターを全て破壊する! 《絶対零度-Absolute Zero-》!」

 

 アブソルートZeroがフィールドに残した冷気。それが、一気に俺の場のモンスターに襲い掛かる。

 氷のHEROが仲間のために残した最後の力。だが、その脅威の前にスターダストが立ち塞がった。

 

「させるか! スターダスト・ドラゴンの効果発動! フィールド上のカードを破壊する効果が発動した時、スターダスト自身をリリースすることでその発動を無効にし、破壊する! 《ヴィクテム・サンクチュアリ》!」

 

 その身を輝きに変え、フィールドに迫る極寒の脅威を払うスターダスト。その身は墓地へと行ってしまったが、その役目は存分に果たしてくれた。

 とはいえ、スターダストがいる時点で十代も予測していたのだろう。その表情にはやはりという得心だけがあった。

 

「ちぇ、やっぱそうくるよな」

「まぁ、そのために攻撃力が下がってもスターダストを呼んだんだしな。俺はこれでターンエンド! そしてこの瞬間、スターダストはフィールドに戻る!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/3800→2500

 

 当然、一度フィールドを離れた以上、イージーチューニングの効果は切れている。攻撃力は元の値に戻っていた。

 それでも、フィールドに戻ったスターダストを、俺は信頼を込めた目で見つめる。これほど頼もしい姿はない。そう真剣に思っていた。

 そして、そんな俺の姿を見て十代は満足そうに笑う。

 

「はは、どうやらいつもの調子に戻ったみたいだな、遠也!」

「十代……悪かったな、迷惑かけて。それに、みんなも」

 

 ギャラリーとなっていた皆に目を向ければ、揃って笑顔で手を振ってきた。その全く気取ることのない態度に、俺は固まっていた心がほぐされていくように感じた。

 そして、向かい合っている十代もまたいつも通りの笑顔で俺に答える。

 

「気にすんなよ! それより、お前が斎王と戦ったって聞いた時は肝が冷えたぜ。仲間が洗脳されるのを見るのは、やっぱり気分がいいものじゃないからな」

「洗脳……、そうか」

 

 今、わかった気がする。俺がアクセルシンクロを行えなかった一番の原因が。

 モーメントの出力不足、そしてクリアマインドに至っていないこと。それもあるが、何よりも俺は、怖がっていたのだ。斎王に負ける未来を。デュエルの結末を。

 万丈目と明日香を助けるためと言いつつ、心の奥ではその恐怖に突き動かされ、負けてたまるかと必死だった。そして、シューティング・スター・ドラゴンを召喚する準備が整った時、俺はなんて思った?

 そう、「これで負けることはない」と安心したんだ。

 そんな負けた時のことばかりを考えていた奴に、カードが応えてくれるわけがない。俺はどんな理由よりもまず、心が既に負けていたのだ。

 姿を消した2枚のカードは、俺にそのことを教えてくれようとしていたのではないだろうか。あの時の俺では、例えそのカードを使って勝ったとしても、今のような考えに至ることはなかっただろうから。

 

 ――もっと強く在れ。そう腰にあるデッキホルダーから、2枚のカードの励ましの声が聞こえる。そんな気がした。

 

「ありがとうな、十代。こうしてデュエルをしなければ、もっと気づくのが遅れていたかもしれない」

「俺だって、落ち込んでた時に励ましてもらったんだ。その借りを返しただけだぜ」

 

 照れくさそうに頬をかいた十代に、俺は小さく笑う。そして心の中で改めて感謝するのだった。

 ……さて、それじゃデュエルの再開だ。

 互いに何も言わずともその雰囲気を感じ、それぞれ笑みを見せながら俺たちは仕切り直して向かい合う。

 ターンは俺のエンド宣言によって十代に移っている。

 十代は気兼ねするものがなくなったかのように、すっきりとした顔つきでカードを引いた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 5枚ある手札。その中から、十代は1枚を手に取った。

 

「俺は《死者転生》を発動! 手札1枚を墓地に送り、墓地のアブソルートZeroをエクストラデッキに戻す。更に《O-オーバーソウル》を発動! 墓地の「E・HERO」と名のついた通常モンスターを特殊召喚する! 来い、《E・HERO ネオス》!」

 

 十代の宣言と共に、光り輝く1体のモンスターがフィールドに姿を現す。

 どことなく元の世界では有名だった宇宙人のヒーローに似た姿。これまでのアメリカンコミック的な容姿だったHEROたちとは一線を画す姿である。

 銀色の体躯は余すところなく盛り上がった筋肉によって覆われており、その力強さはこちらにまで迫力として伝わってくるほどだった。

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 これが、十代の新しい相棒――E・HERO ネオスか!

 

「ついに来たか、ネオス! 今の死者転生で墓地に送っていたってわけだ」

「大正解だ! 更に俺は手札から《N(ネオスペーシアン)・フレア・スカラベ》を召喚!」

 

《N・フレア・スカラベ》 ATK/500 DEF/500

 

「フレア・スカラベの攻撃力は相手の場の魔法・罠カード1枚につき400ポイントアップする!」

 

《N・フレア・スカラベ》 ATK/500→900

 

 俺の場には伏せカードが1枚。これでフレア・スカラベの攻撃力は400上昇する。

 そして、これでネオスとネオスペーシアンがフィールドに揃った。となれば、やることは一つしかない。

 

「いくぜ、遠也! これが俺の新しい力だ! 俺はE・HERO ネオスとN・フレア・スカラベをコンタクト融合! 2体をデッキに戻し、現れろ《E・HERO フレア・ネオス》!」

 

 フレア・スカラベの黒く昆虫的だった容姿を受け継ぎ、更に力強くなったネオスの姿。

 ところどころに見られるオレンジと赤のコントラストが、まさに炎のような威圧感を感じさせる。

 

《E・HERO フレア・ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

「コンタクト融合体にはエンドフェイズにデッキに戻るデメリットがある。だが、それを回避する手段も、ちゃんと用意してあるぜ! 俺はフィールド魔法、《ネオスペース》を発動!」

 

 フィールド魔法ゾーンに十代がカードをセットする。

 すると、周囲の景色は一変。上も下もない、ただマーブル状の極彩色だけが広がる広大な空間へと変貌していた。

 これが、宇宙。その中でもネオスたちにとっては特別な意味を持つ、ネオスペース。

 

「フレア・ネオスの攻撃力はフィールドに存在する魔法・罠カード1枚につき400ポイントアップする! 更にネオスペースの中では、ネオスとネオスを融合素材としたモンスターの攻撃力が500ポイントアップ! そしてエンドフェイズにデッキに戻る効果を発動しなくてもよくなるぜ!」

 

《E・HERO フレア・ネオス》 ATK/2500→3300→3800

 

 俺の伏せカードに加えてフィールド魔法が発動したことにより、フレア・ネオスの攻撃力は自身の効果で合計800アップ。更にネオスペースの効果で500アップ。一気に高攻撃力のモンスターに早変わりとは、これがコンタクト融合の力か。

 

「最後にバブルマンを攻撃表示に変更し、バトルだ! フレア・ネオスでスターダスト・ドラゴンに攻撃! 《バーン・ツー・アッシュ》!」

「くっ……罠発動、《ガード・ブロック》! この戦闘ダメージを0にし、俺はデッキからカードを1枚ドローする!」

 

 だが、スターダストの破壊まではどうしようもない。俺自身は守られたが、スターダストは倒されて墓地へといってしまう。

 すまない、スターダスト……!

 

「更にバブルマンで直接攻撃! 《バブル・シュート》!」

「ぐぁっ!」

 

遠也 LP:3500→2700

 

「俺はこれでターンエンドだぜ!」

 

 十代がターンの終了を宣言する。

 ネオスペースの効果により、エンドフェイズにデッキに戻るはずのフレア・ネオスは場に残っているし、バブルマンもいる。

 十代の手札はなくなってしまったが、態勢は十分に整えてあるといったところだろう。

 

「俺のターン!」

 

 引いたカードを確認し、俺は頷く。

 せっかくのコンタクト融合だったけど、悪いな十代。ネオスにはこのターンで退場してもらう!

 

「俺は《シンクロン・エクスプローラー》を召喚! 効果により墓地から《クイック・シンクロン》を蘇生する! 更に《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札の《スポーア》を墓地に送り、デッキからレベル1の《チューニング・サポーター》を特殊召喚!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 これで合計のレベルは8となる。そして、クイック・シンクロンが代わりを務めるのは、ジャンク・シンクロンだ。

 

「レベル2シンクロン・エクスプローラーとレベル1チューニング・サポーターに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 出てきたのは、フレア・ネオスの倍以上もある背丈の巨大な鋼鉄製ロボット。そして、その巨体の胸部装甲がゆっくりと開いていく。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数まで、相手の場のカードを破壊する! その数は2体! よって、十代の場のネオスペースとフレア・ネオスを破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

「げげっ!?」

 

 デストロイヤーの胸から溢れたエネルギー波が、十代の場を押し流す。

 バブルマンだけは残ったものの、これによってフレア・ネオスとネオスペースは破壊。周囲の風景は見慣れたレッド寮傍のものに戻った。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そしてバトル! ジャンク・デストロイヤーでバブルマンに攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

「うわぁっ!」

 

十代 LP:2700→900

 

 バブルマンとの攻撃力の差は1800にもなる。問題なく戦闘破壊し、これで十代の残りライフは1000を切った。

 ……だが、十代の場合はここからが一番気の抜けない時間だ。俺は気を引き締める。

 

「カードを1枚伏せてターンエンド! 有利な状況をそのまま残してやるほど、俺は優しくないぞ十代」

 

 俺が笑い交じりに言えば、十代は分かりやすく悔しそうな表情を見せた。

 

「くっそー、まさかこんなに早くやられるなんてな。ドロー!」

 

 カードを引いた十代の表情に明るいものが戻る。

 

「よし、俺は《強欲な壺》を発動! デッキから2枚ドロー! 更に《天使の施し》を発動し、3枚ドローして2枚捨てる!」

 

 落ちたカード、手札に残ったカードを確認した十代は更に言葉を続ける。

 

「墓地の《E・HERO ネクロダークマン》の効果、このカードが墓地に存在する時、1度だけリリースなしでレベル5以上の「E・HERO」を召喚できる! もう一度来い、ネオス!」

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 再び現れるネオス。確かにネオスはデッキに戻っていたが、天使の施しの効果でもう一度引いたのか。しかもその時にネクロダークマンまで墓地に落ちている。

 やっぱり、十代はとんでもないな。

 

「更に《ネオス・フォース》をネオスに装備! これによりネオスの攻撃力が800ポイントアップする!」

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500→3300

 

「そして《ネオス・フォース》は破壊した相手の攻撃力分のダメージを与える効果がある! これで終わりだ、遠也! いっけぇ、ネオス! ジャンク・デストロイヤーに攻撃! 《フォース・オブ・ネオスペース》!」

 

 光を纏い、よりその攻撃力を上昇させたネオスの攻撃が迫る。

 ネオス・フォースを装備したネオスの攻撃によって、俺はデストロイヤーの攻撃力との差分、700ポイントのダメージを受ける。そしてその後、デストロイヤー自身の攻撃力2600ポイントの効果ダメージだ。

 その合計の値は3300。俺の残りライフ3200を上回っている。つまり、これを通すと俺の負けということだ。

 だが……。

 

「まだだ! 罠発動、《ダメージ・ダイエット》! このターンに俺が受ける全てのダメージを半分にする!」

 

遠也 LP:2700→2350

 

「うぇ、そんなカード伏せてたのかよ!? けど、ネオス・フォースの効果も受けてもらうぜ! 破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを与える!」

「ぐっ……!」

 

遠也 LP:2350→1050

 

 あ、危なかった。ダメージ・ダイエットがなかったら、戦闘ダメージと効果ダメージで俺のライフは0になっていたところだ。

 それを狙っていた十代は、思惑を外されて少し拗ね気味だ。とはいえ、すぐにこの方が面白くなると思ったのか快活な顔つきに戻っていたが。

 

「へへ、さすがだな! 俺はこれでターンエンドだぜ! この時、ネオス・フォースは自身の効果でデッキに戻る」

 

《E・HERO ネオス》 ATK/3300→2500

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、これで手札は2枚。

 その中に逆転を狙うカードはないが、しかしネオスという厄介なモンスターを倒す手段なら残っていた。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果により墓地のレベル2モンスター《シンクロン・エクスプローラー》を効果を無効にして特殊召喚する! レベル2シンクロン・エクスプローラーにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

 既にお馴染みとなりつつある、闇属性以外の属性に対する強力なメタモンスターである。

 何故かこの世界では召喚されるとすぐに除去される傾向にある気がするが、それでも強力なモンスターであることに変わりはない。

 

「更にカタストルのレベルを1つ下げ、レベル・スティーラーを守備表示で特殊召喚!」

 

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 万が一の時の壁、もしくは攻勢に出る時のためのリリース、シンクロ素材要員を残しておき、これで今できることは全てやった。

 

「いくぞ、十代! カタストルでネオスに攻撃! この時カタストルの効果が発動し、闇属性ではないネオスはダメージ計算を行わずに破壊される! 《デス・オブ・ジャスティス》!」

 

 カタストルが放った一条のレーザーがネオスを貫き、ネオスはぐぉおお、と苦悶の声を上げながら姿を消した。

 ……あれ、精霊だったのか?

 

「ああっ、ネオス!」

 

 いや、そうか。精霊が見える十代の相棒だし、そもそもネオスは宇宙の危機を守るヒーローのような位置にいたはず。意思があるのは当然といえば当然か。

 だとすると、なんか悪いことした気になるな。あとで謝っておこう。

 

「ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 十代の手にある唯一の手札。こういう状況で十代が引くカードといえば……。

 

「俺は《貪欲な壺》を発動! 墓地のスパークマン、バブルマン、ネクロダークマン、アクア・ドルフィン、フレア・ネオスをデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 やはり手札増強カード。これで、十代の手札は2枚となった。

 そして増えた手札の中から、十代は1体のモンスターを場に出した。

 

「いくぜ! 俺は《N(ネオスペーシアン)・グラン・モール》を召喚!」

 

《N・グラン・モール》 ATK/900 DEF/300

 

 肩にドリルの形をした肩当てを着けた、小柄なモグラをそのまま立たせたようなネオスペーシアン。

 見た目はかなり可愛いのだが、その効果は正直に言ってかなり厄介だ。俺は、自分の場と相手の場のモンスターを見比べて、これはまずいと危機感を抱く。

 

「グラン・モールでカタストルに攻撃! そしてこの瞬間、グラン・モールの効果発動! このカードが攻撃する時、ダメージ計算を行わずにこのカードと相手モンスターを手札に戻すことができる!」

「くっ……カタストルの効果は強制効果だ。同時に複数のカードが発動した場合のルールによって、任意効果のグラン・モールの効果が後にチェーンを組まれる」

 

 逆順処理により、カタストルの効果が発動する前にグラン・モールの効果によってカタストルは手札に戻る。シンクロモンスターである以上、この場合はエクストラデッキだが。

 カタストルに限らず、シンクロモンスターはその特性から、デッキに戻されると洒落にならないアドバンテージの損失となる。グラン・モールは何よりもシンクロモンスターによく刺さるカードなのだ。

 元の世界で制限カードに指定されているのも納得な、本当に厄介なモンスターである。

 だが、それだけならこれで十代の手は打ち止めのはず。俺が次にモンスターを召喚すれば、それで終わりだ。

 そう考えていると、十代はグラン・モールではないもう1枚の手札をディスクに差し込んだ。

 

「そして手札から魔法カード発動! 《コンバート・コンタクト》! このカードは自分のフィールドにモンスターが存在しない時のみ発動できる! 手札、デッキから「Nネオスペーシアン」と名のつくカードを墓地に送り、カードを2枚ドローする! 俺は手札のグラン・モールとデッキのアクア・ドルフィンを墓地に送り、2枚ドロー!」

 

 更に2枚のドロー。だが、グラン・モールによって既に通常召喚権は失われている。手札次第といえばそうだが、果たしてこの状況を一気に動かす手なんてあるものなのか。

 そう考える俺の前で、十代は引いたカードをそれぞれ確認する。と、その表情は見る見るうちに興奮を抑えきれないとばかりの笑みへと移ろいでいった。

 ……これは、ひょっとしてかなりやばい?

 

「きたー! 手札から《ミラクル・コンタクト》を発動!」

「ミラクル・コンタクト!?」

 

 なんだその嫌な予感しかしない名前のカードは!

 

「俺のフィールド上または墓地から「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターカードによって決められたモンスターをデッキに戻し、その融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する! 俺は墓地のグラン・モールとネオスをデッキに戻し、コンタクト融合! 現れろ、《E・HERO グラン・ネオス》!」

 

《E・HERO グラン・ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 ドリル・ウォリアーに負けず劣らずに巨大なドリルを右腕に着けた新たな姿となったネオスがフィールドに現れる。墓地に行っても利用され、これで融合体も含めて本日3回目のネオスである。さすがネオス。

 と、そんなこと考えている場合じゃなかった。それより、グラン・ネオスの効果が問題である。

 ネオスのコンタクト融合体の効果は、基本的に素材となったネオスペーシアンに準ずる、または発展させた形となる。グラン・ネオスの素材は当然グラン・モール。ということは……。

 

「グラン・ネオスの効果発動! 1ターンに1度、相手の場のモンスター1体を手札に戻すことができる! レベル・スティーラーには手札に戻ってもらうぜ! 《ネビュラスホール》!」

「やっぱりそういう効果か!」

 

 グラン・ネオスが右腕のドリルで地面を掘ると、レベル・スティーラーの真下に穴が出来る。その穴の先は手札へとつながるワームホールのようになっているのか、レベル・スティーラーは俺の手札に帰ってきてしまった。

 これで俺の場は空っぽである。既にメインフェイズ2だが、あの効果で攻撃力2500と考えると、かなりピンチである。

 

「俺は《インスタント・ネオスペース》をグラン・ネオスに装備! これでグラン・ネオスはエンドフェイズにデッキに戻らなくてもよくなる! ターンエンドだ!」

「俺のターン!」

 

 ここでグラン・ネオスをどうにか超える攻撃力、あるいは除去しなければ俺に勝ち目はない。

 だが、手札にはレベル・スティーラーと異次元からの埋葬。そして、今引いたのは……。

 

「――俺は《星屑のきらめき》を発動! 自分の墓地のドラゴン族シンクロモンスターと同じレベルになるように墓地のモンスターを除外し、そのシンクロモンスターを特殊召喚する! 墓地のクイック・シンクロンとカードガンナーを除外し、再び飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 スターダストで攻撃しても、相打ちにしかならない。だが、ここは厄介なバウンス能力を持つグラン・ネオスを除去することを最優先に考える。

 

「モンスターをセットし、バトル! スターダスト・ドラゴンでグラン・ネオスに攻撃! 《シューティング・ソニック》!」

「迎え撃て、グラン・ネオス!」

 

 スターダストとグラン・ネオスの攻撃がぶつかり合い、拮抗する。

 それを見ながら、俺は考える。これで相打ちには持ち込める。なら、後はどうにか十代の次のターンをレベル・スティーラーで耐え、次のドローにかけるしかない。

 そう考える俺の前で、スターダストとグラン・ネオスは互いに破壊されて墓地に行く。

 そしてその時、十代はにやりと笑った。

 

「この時、インスタント・ネオスペースの効果発動! 装備モンスターがフィールドからいなくなった時、デッキ・手札・墓地から「E・HERO ネオス」を特殊召喚する! 来い、ネオス!」

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

「な、なにぃ!? ……ぐぐ、ターンエンドだ!」

 

 まずい、これで次のターンに十代が攻撃力1100以上のモンスターで直接攻撃。あるいは攻撃力100以上のモンスターでレベル・スティーラーを倒した後にネオスで攻撃されたら俺の負けだ。

 ここは、魔法カードか罠カードを引いてくれることを祈るしかない。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見た十代は、にやりと笑う。

 ……何を引いた?

 

「手札から《H-ヒートハート》を発動! ネオスの攻撃力は500ポイントアップし、貫通効果を得るぜ!」

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500→3000

 

「いぃ!?」

 

 魔法カード引いてくれとは思ったけど、なんでよりにもよってソイツなんだ!?

 俺の場には守備表示のレベル・スティーラーのみ。一応それ以外のモンスターかもしれないと思わせるために異次元からの埋葬は伏せていないが、このまま攻撃されたら、俺の負けだ。

 

「ネオスなら大抵の守備力は突破できる! いけ、ネオス! セットモンスターに攻撃! 《ラス・オブ・ネオス》!」

 

 ネオスは勢いよく飛び上がると、その右手に力を込める。するとその右手は光り輝き、ネオスはそのまま右腕を振りかぶって下降してきた。そして、セットモンスターへと一直線に向かい、伏せられていたモンスターが反転されて露わになる。

 もちろん、そのモンスターは守備力0のレベル・スティーラーだ。ネオスの輝く手刀によって当然破壊され、貫通効果によってその衝撃は余すことなく俺の身に襲い掛かり、あっという間に俺の残りライフを全て削り取っていってしまったのだった。

 

「ぐぁあッ!」

 

遠也 LP:1050→0

 

 俺のライフが0になったことでデュエルに決着がつき、ソリッドビジョンも緩やかに消えていく。

 そしてそんな消えゆくモンスターの向こう側で、十代はいつもの決めポーズと共に俺を見ていた。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ、遠也!」

「はぁ……負けたか。久しぶりだな、十代に負けるのも」

「へへ、まあな。でも、これからはそう簡単には勝たせないぜ。今みたいにな!」

「何言ってんだ。次は返り討ちだよ」

 

 デュエルのために開いていた互いの距離を詰めるように近づきながら、俺たちはそんな軽口を交わし合う。

 そして手が届く範囲まで互いに近寄ると、俺は十代の手を掴んだ。

 

「改めてありがとな、十代。お前がデュエルに誘ってくれたおかげで、どうにか吹っ切れたよ」

「さっきも言ったけど、気にすんなよ! デュエルに誘ったのだって、いつも俺たちはデュエルで繋がってきたからっていう、それだけのことだしな!」

「デュエルで繋がってきた、か……」

 

 確かに、言われてみればその通りだ。

 俺と十代の関係も、ここにいる皆との関係も、デュエルがなければ生まれなかった。デュエルがあったからこそ、俺たちは友達になれたのだ。

 そう考えると、十代の言葉は存外に的を射ていることのように思えた。

 

「そうだな、俺たちはいつもデュエルと一緒だった。こういう時は、デュエルが一番か」

「そういうこと! そんじゃ、皆のところに行こうぜ。いやー、これで修学旅行に行ったら何をするのか、遠也に相談することが出来るぜ!」

 

 なんてったって、遠也は童実野町に住んでるんだからな。

 そう笑って言う十代に、俺はジト目を向けた。

 

「おい、まさかそのために俺を立ち直らせたかったんじゃないだろうな」

「あ、バレたか?」

「おい!」

 

 俺が思わず勢い込むと、十代は「冗談だって!」と言ってカラカラと笑う。

 俺も冗談交じりに怒ってみせただけなので、すぐに表情を崩して笑い合った。

 そして俺たちはデュエルを観戦していた皆のところに戻り、俺は皆から元気になってよかったと言って歓迎を受けた。

 それに少々照れくさくなりながらもお礼を返し、話題は徐々に今のデュエルについてへと移っていく。

 そこに俺たち修学旅行組は童実野町で何をするのかなどといったものも加わっていき、そのうちにいつまでも外で話し合うことでもないかと誰かが言い出した。

 ごもっともだと誰もが賛同して、俺たちはレッド寮1階にあるいつもの場所へと移動していく。

 そんな中、俺はいつの間にか隣に立っていたマナに、声をかけていた。

 

「……悪かったな、心配かけて」

 

 マナが十代と出て行ったことは、うっすらと覚えている。

 あの後いくらかしてから十代が突貫してきたので、十代に詳しい事情を話したのはマナなのだろう。

 だが、そのおかげで俺は今こうしている。それゆえ、感謝している。とはいえ、それを真っ直ぐに言うのも気恥ずかしいので、少々素っ気ない言い方にはなってしまったが。

 しかし、それでもマナには俺の気持ちが伝わったのか、マナは小さく笑うと俺の手を取った。

 

「ううん。よかった、遠也が元気になって」

 

 嬉しそうに笑うマナに、俺は何も言えなくなる。

 だから、ただ前を向いて俺は思考に耽った。

 ……アクセルシンクロのことを、忘れたわけじゃない。変わらず2枚のカードは見えないままなのだから、それは当然だ。

 だが、無理をしても状況が良くなるわけじゃない。なにより、原因と思われる理由には、現代ではどうあっても不可能なものも含まれているのだ。

 ならば、ひとまずそのことは置いておく。急がば回れともいうし、ここは俺に出来ることをコツコツとやっていくしかない。

 ただそれだけのこと。つまり、今まで通りに俺はやっていけばいいのである。

 だが、いずれ。いずれその領域に至り、全ての問題が解決したその時は。

 

 ――きっと、力を貸してくれ。

 

 そうデッキケースの中に眠る2体に投げかけ、俺は皆と一緒にレッド寮へと続く道を歩いていった。

 

 

 

 

 


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