遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第37話 諸々

 十代がいなくなり、既に一週間をゆうに越えた。

 さすがにこうも行方が分からないと、いい加減に不安になってくる。あの書き置きからして、十代の調子は以前とほとんど変わらないほどにはなっているはずだから元気ではいるんだろうが……。

 さすがに木星付近から連絡しろと言っても無理だろうからなぁ。俺たちは待つしかない。

 自室のベッドに寝転がりながら、俺は溜め息をつく。まったく、いつになったら帰ってくるのやら。

 そんなことを考えていたからだろうか。唐突に俺のPDAからメールの着信を知らせる音が鳴る。

 枕元に置かれていたそれを手に取り、俺は片手で操作してメール画面を開く。そして、届いたメッセージを送った送信者欄。そこを確認した瞬間、俺はがばっと半身を起こしていた。

 

「十代……! 帰ってきたのか!?」

「え、十代くん!?」

 

 俺が思わず発した言葉に、部屋の中でテレビを見ていたマナが反応して駆け寄ってくる。

 

「ああ! ほら、十代からのメールだ」

「ホントだ! 無事でよかった……」

 

 ほっと息を吐くマナに、俺もまた頷く。

 そして久しぶりとなる友からの便りに思わず緩む頬を隠さず、俺は届いたメールを開く。

 そこにはこう書かれていた。

 

『よ、遠也。迷っちまった。何日か粘ったんだけど、道わかんねぇ。ここどこだ?』

 

「………………俺が知るか」

「あはは……十代くんらしい、のかな?」

 

 喜びと安堵とで一杯だった心が、一気に冷めていくのを感じる。

 まったく、気を揉んだこっちのことも考えてくれよ。ここまでいつも通りの反応をされると、せっかくの感動も台無しだ。

 そんな何とも言えない空しさを感じつつ、とりあえず俺は十代に返信を送る。まったく、世話が焼ける。

 

『おかえり。とりあえず現在地の特徴を教えてくれ。話はそれからだ』

 

 まぁ、こんなもんだろう。

 それを送信し、一息つく。まったく、相変わらず人騒がせな奴め。

 だが、本当にいつもの十代のようで安心もした。呆れながらも、やはり喜びの感情の大きさは誤魔化せなかったのか、俺が知らず浮かべていた笑みに、マナはにっこりと微笑む。

 

「よかったね、遠也」

「……ああ。心配させやがって」

 

 心の中にずっと居座っていた悩みが消え去り、肩にかかっていたように感じた重みがすっとなくなったのは事実だ。

 そのあたりを、マナは的確に把握していたのだろう。まったくもって、敵わない。俺は小さく苦笑を浮かべた。

 と、再びPDAがバイブレーションによって振動する。

 十代からの返事が来たか、とメール画面を開くと、それは十代からの返信ではなかった。

 送信者は天上院明日香。内容は、『明日の朝、レッド寮の存続を賭けたデュエルを学園の代表者と行うことになった。レッド寮側の代表として出てもらえないか』といったものだ。

 どういうことだ、と訝しむ俺だが、レッド寮の存続となると恐らくナポレオン教頭の悪巧みだろう。

 それならば無視するわけにはいかない。幸い、俺以上にレッドの代表に相応しい人物がたった今戻ってきたことでもあるし。

 俺はひとまずメール画面を閉じる。そして、明日香の番号を電話帳から引きだし、早速コールするのだった。

 

 

 

 

 翌朝。

 レッド寮の前に集まった俺たちは、連れだって会場となるいつものデュエルステージに向かおうとしていた。

 俺、マナ、明日香、翔、剣山、三沢、レイ、そして一応万丈目もいる。

 だが、肝心のレッド寮の代表が来ていないようである。時間はあるが、しかしだからといってギリギリになっても困る。

 未だ姿を現さない真打に、明日香は疑問顔で俺の方を見た。

 

「……ねぇ、遠也。本当に帰ってきているの? 十代は」

「ああ。昨日メールもらったしな。島にいるのは間違いない」

 

 俺は明日香の問いかけに頷いて応える。

 しかし、確かに遅いな。一応、昨晩に明日香から連絡をもらった後、十代が帰ってきていることを教えて、十代に代表になってもらうことで話はついているんだが。

 もちろん、十代のPDAにその旨メールは送った。そして返信もあった。なんでも、『いま島中に散らばったネオスペーシアンを集めてるんだ。それが終わったらすぐに向かうぜ!』だそうだ。

 俺が相手だったからいいが、他の人だったら意味不明だっただろうなきっと。

 ともあれ、そういうわけで十代は自分がレッド寮の代表だとわかっているはずなのだ。いくら十代でも、無理な約束はしない。約束をした以上、十代はこちらに来れる目算があったということなのだが……。

 

「……来ないなぁ」

 

 現実はこれである。

 いったいどうしたというのか。

 

「兄貴、道に迷ってるんじゃないんすか?」

「まさか。聞けば十代は昨日も迷っていたんだろう。いくらなんでももう……」

 

 翔の予想に、三沢がさすがにそれはないだろうと否定の言葉を返す。

 その時。俺のPDAが震えた。メールの着信である。

 俺はすぐさま取り出して画面を確認する。……そして、溜め息をついた。

 

「……翔、お前が正解だ」

 

 俺は自分のPDAを皆に見えるように手に持って突き出した。

 そして、その場の全員が画面に顔を寄せてくる。

 

『わりぃ、迷った。どこだろう、ここ』

 

 ちなみにこの文の後には現在地と思しき特徴が申し訳程度に書かれている。

 無論、全員の口からため息が漏れたのは言うまでもない。

 

「……仕方ない。マナ!」

「はいはーい」

 

 隣に立っていたマナが、俺の呼びかけに応えて一歩前に出る。

 そして、俺は呆れ混じりながらも急いで指示を出した。

 

「十代がいるだろう場所を、上から探してくれ。そして会場まで案内よろしく」

「了解! あ、でもまだ精霊が見えなかったら……」

「む……」

 

 ネオスペーシアンがどうこうと言っていたからそれはないと思うが……。でも、その可能性もないわけではないか。たんにカードが散らばっただけ、とも取れる内容のメールだったし。

 なら、一応俺も向かうか。幸い、まだ時間には若干だが余裕もある。

 

「じゃあ、俺も十代のほうに向かうか。上から見つかったら知らせてくれ」

「うん、じゃあ行くね!」

 

 言って、マナが精霊化して浮かび上がる。そして、そのまま十代が大雑把に書いたメールの特徴を頼りに、マナは森の方へと飛んでいった。

 さて、じゃあ俺も行くか。

 マナの後ろ姿を見送り、足を踏み出した瞬間――、

 

「ど、どどどどういうことザウルス!?」

「ま、マナさんが消えちゃった!?」

 

 後ろで、剣山とレイが大いに狼狽していることに気付く。

 まるでマナが精霊であることを知らなかったかのようなその反応。

 ……ふと、この場にいるメンバーを思い返す。ここにいるのは、俺、明日香、翔、三沢、万丈目、レイ、剣山。……あ、後ろの二人は三幻魔の時にいなかったじゃないか。そりゃ知ってるはずないわな。俺も三幻魔の後にマナのことを誰かに説明した覚えないし。

 思わず、冷や汗が一筋俺の頬を伝う。はたから見れば、今の俺の顔には大きく「しまった!」と書かれているように見えることだろう。

 一歩踏み出した状態で、衝撃のあまり立ち止まってしまった俺。

 そんな俺に、剣山とレイはずいっと身を乗り出して迫ってきた。

 

「遠也先輩、どういうことザウルス!?」

「遠也さん、どういうことなの!?」

 

 二人が凄い剣幕で俺を見る。

 俺がマナと最も親しいため俺に訊いてくるのは分かるが……さすがに今は時間がない。十代を早く迎えに行ってやらねばならないのだから。

 そして何より、驚きのあまり勢いつけて迫ってくる二人に対応するのは、ちょっとご遠慮願いたかった。

 というわけで。

 

「明日香、手」

「はい?」

 

 俺はすーっと明日香に近寄ると、その手に軽く触れる。

 

「タッチ」

「……は?」

 

 わけがわからないといった面持ちの明日香から離れ、俺はとびきりの笑みを浮かべてシュタッと手を挙げる。

 

「じゃ、説明は任せた! 俺は十代の方に行くから!」

「え、ち、ちょっと!?」

「じゃあ、また後でなー!」

 

 困惑しきりの声を振り切り、俺は一目散に駆け出してマナの後を追う。既にその後ろ姿は見えないが、魔術によって俺に声を届けてくれているので、ここからでも正確にマナのいる方へと向かうことが出来る。魔術って便利。

 そして後ろでは、対象を明日香に変更して説明を要求している剣山とレイの二人。

 直後、「遠也ーッ!」と怒りの声が聞こえてきた気がしたが、今はひとまず聞こえないふりをしておこう。

 さて、後が怖いがまずは何より十代だ。約束の時間よりもある程度の余裕を持って集合しておいてよかった。そのおかげでこうして不測の事態にも対応できているのだから。

 だが、そこまで絶対的な猶予があるというわけでもない。早く十代を見つけるに越したことはないのだ。

 俺はマナの案内を聞きながら、同時に十代発見の報も来ないかと逸る心を抑えて走り続ける。

 

 と、その時。

 

『いたよ、遠也! そのまま真っ直ぐ走って!』

「っ、了解!」

 

 ついに待ち侘びた知らせが耳に届く。

 俺はマナの指示通りにそのまま直進していき、草木をかき分けながら獣道を踏破していく。

 そうして三分ほど進んだ先にて、精霊の姿で浮かぶマナとその隣に立つ見慣れた赤い制服が、ようやく目に飛び込んできた。

 

「十代!」

「遠也! マナと探してくれたんだろ、助かったぜ!」

 

 十代の前に姿を現し、俺は膝に両手を置いて項垂れる。

 さすがに、走りっぱなしはキツイ。弾む息と上下する肩を、俺は必死に回復させるのだった。

 何度か深呼吸を繰り返して落ち着いたところで、改めて十代に向き合った。

 

「ふぅ……なんか凄い久しぶりに感じるな。もう大丈夫なのか、十代」

「へへ、心配かけたな。けど、大丈夫だ! 相棒も見えるようになったし、それに新しいHEROとも出会ったんだぜ!」

『クリクリー!』

 

 エドと戦う以前と同じ底抜けに明るい笑顔で、十代は自身の肩の上に身を置くハネクリボーに笑いかける。

 ハネクリボーも少し前に見せていた悲しげな顔ではなく、楽しそうに笑っている。そんな二人の姿を見て、俺も、そしてマナも、自然と頬が緩んでいた。

 

「でさ、遠也! その新しいHEROってのがなんと昔俺がKC社に――」

「その話は俺も詳しく聞いてみたいけど、その前に今は急いでアカデミアに向かうぞ!」

 

 嬉しそうに話す十代の話を遮って悪いが、しかしまずはレッド寮の存続のほうが差し迫った問題として片づけなければならないことだ。

 昨晩PDAですでに伝えてあったため、十代もまた今の状況を思い出したようである。

 

「っと、そうだったな。んじゃ、この話はまた後でだな!」

「ああ、その時はたっぷり聞かせてくれ」

 

 にっと笑う十代に、俺もまた小さく笑みで応える。

 そして、俺たちは示し合わせたかのように一緒に走り出した。

 

「マナ! アカデミアの方まで案内頼んだ!」

『うん、任せて!』

「へへ、やっぱ遠也とマナがいるとなんか安心するぜ。なぁ、相棒!」

『クリー!』

 

 俺と十代と、マナとハネクリボーと。人と精霊の混合による奇妙なマラソンが始まる。

 とはいえ、ゴールはそれほど距離もないアカデミア校舎だ。先程までの疲れはあるが、それぐらいの距離なら体力も問題なさそうだ。

 走りながら、腕時計を確認する。このスピードで走り続ければ、約束の時間の五分前……悪くても三分前には確実に着けるはず。デュエルそのものには間に合わせられるだろう。

 俺はそう確信すると内心でほっと一息つき、両足を急かして森の中を駆け抜けていくのだった。

 

 ……が、現実というものはそういう時にこそ問題を持ってくるものらしく。

 視界の端にちらりと映ったものに気が付いた俺は、即座にその場で急停止をした。

 

「っとっと、どうしたんだよ遠也!」

 

 隣を走っていた十代もまた、俺が止まったことにより少し遅れて足を止める。

 だが俺はそれに答えず、草むらの中に見えた青色……もっと言うなら、オベリスクブルー女子の制服が見えたそこに近づいていく。

 そして、そこには案の定というか、ブルーの女子がいた。しかも、何故か寝ている。木に背を預けて、熟睡である。しかも、足元には数匹の猫が寄ってきている。どういう状況なんだ、これは。

 

「うわ、なんでこんなトコに女の子が? しかも体格からして、中等部なんじゃないか?」

 

 後ろから顔を出した十代の言葉に、俺は首肯を返す。

 背格好からして、たぶんその通り。この子は中等部の子なんだろう。だとしたら、尚更不思議だ。なんでこんな朝早くからこんな森の中に? いくら校舎から数分の場所とはいえ、一人で来るような場所じゃないだろうに。

 一応ここは学園が管理する島だから、崖や川ならまだしも、既に校舎が見えてきた距離にあるこの場所程度なら大きな危険はない。

 ないのだが……。

 

「放っておくわけにも、いかないよなぁ」

「だな。さすがに後輩の女子を森に置き去りは、後味悪いぜ」

 

 呟いた言葉に、十代もまた同意する。

 そうと決まれば、俺たちがとる行動は一つだ。

 

「十代。もう校舎は見えるし、ここからなら一人でも大丈夫だよな?」

「ああ。じゃあ、遠也はその子を送ってくのか?」

「さすがに中等部校舎まで行くのはな……ひとまず保健室にでも連れて行くさ」

 

 まだ朝も早いが、鮎川先生は急な事故にも対応できるように出勤する時間が早い時もあると聞いたことがある。運が良ければ、先生に任せることもできるだろう。

 そう伝えると、十代は大きく頷いた。

 

「わかった! じゃあ、先に行ってるぜ! 遠也、マナ! 案内ホントに助かったぜ!」

「ああ! 勝ってこいよ!」

「当然!」

 

 最後に自信ありげに笑って、十代とハネクリボーは校舎に向かって全速力で走っていった。

 それを見送り、俺はその少女に近づいて、軽く揺すってみる。

 

「ほら、起きろ。こんなところで寝てると風邪ひくぞー」

「………………」

 

 ……反応なし、か。

 

「おい、起きろ!」

 

 今度は大声を出してみる。

 だが、それでも何も反応がない。

 っていうかこれ、本当に寝てるだけなのか? ここまで無反応なんてありえないと思うんだが。

 となると、考えられるのは何かの病気、とか? 血色はよさそうだが、専門家じゃない俺にはこれが正常かどうかなんて詳しくは分からない。

 

『どうするの、遠也?』

 

 全く起きる気配がないこの子の様子を見て、マナが俺に対応を問うてくる。

 どうするも何も、ここまで反応がないのはやはり異常だと思わざるを得ない。それなら、一刻も早く保健室に連れて行って鮎川先生の判断を仰ぐべきだろう。

 幸いなことに、ここから保健室なら、デュエルステージに向かうよりも早い。

 

「やれやれ……」

 

 俺はその子に背を向ける形でしゃがみこむと、強引にその腕を取って首に回させる。そしてそのまま自分の背中をその子に押し付けるようにしつつ後ろ手で体を支え、そのまま一気に持ち上げた。

 いわゆる、おんぶの格好である。こうまでしても全く反応がない。なんだか本当に心配になってきた。

 

「じゃ、いくぞマナ!」

『うん! あ、そうだPDA貸して。鮎川先生に連絡取ってみるから』

 

 マナに言われ、俺はPDAを実体化したマナに渡す。

 そして、俺はすぐさま走り出した。なるべく揺らさないように注意しつつ、しかし急いで保健室を目指すのだった。

 

 

 

 

 保健室に到着し、俺はおぶっていた子を下ろしてベッドに寝かせた。

 鮎川先生はまだ来ておらず、マナの話だといま急いで向かってくれているらしい。本当に、頭が下がる思いである。

 そうして待つことしばし。保健室のドアが勢いよく開けられた。

 

「ごめんなさい、遅くなって。それで、倒れた子っていうのは?」

 

 開口一番そう聞いてきた先生に、俺とマナはベッドに眠るその子を鮎川先生に見せた。

 すると、その顔を確認した先生は一度きょとんとした顔になる。そして、徐々に肩の力を抜いていったのである。

 この事態の中突然リラックスした先生に、俺たちは思わず首を傾げる。

 そんな俺たちの様子を見てとったのだろう、先生は苦笑して口を開いた。

 

「この子は大丈夫よ。私も知っている子だから」

 

 鮎川先生いわく、この子は異常なまでの低血圧っぷりで、凄まじいまでに朝が弱い子らしい。そのくせ野良猫の世話などで朝早く無理やり起きたりするため、授業前にそのままどこかしらで寝てしまうことがあるらしい。

 しかも本当に起きないので、先生も何らかの病気なのではと疑って調べたのだが結果は異状なし。そのため、どうしようもないなら出来るだけ保健室に来て休みなさいと言いつけたのだとか。

 以降たびたび訪れるため、鮎川先生も見知っている、というわけらしい。

 ……病気とかじゃなかったのか。まぁ、それなら良かった。

 

「じゃあ、後はお任せしていいですか? 実は用事がありまして……」

「ええ、いいわよ。私も慣れたものだし、このままここで始業まで時間を潰すわ」

 

 苦笑して言った鮎川先生に俺たちも小さく笑みをこぼし、軽く頭を下げる。

 そしてそのまま保健室の扉を開けると、「失礼しました」の言葉と共に俺とマナは急ぎ足で廊下を移動していく。

 十代のデュエルがどうなったのか。というか、まだやっているのか。とりあえず出来るだけ急いで俺たちはデュエルステージへと向かうのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 遠也たちが去った、直後。

 ベッドに寝かせられた少女の目がすっと微かに開き、その瞳は保健室を出ていった遠也の後ろ姿を確かに追いかけていた。

 

「――……あれが、皆本遠也……」

 

 誰にも届かぬ小さな声で呟かれた言葉は、保健室の静寂の中に消えていく。

 次の瞬間には、その瞳は再び閉ざされ、彼女は眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 マナと並んで駆け込んだデュエルステージ。そこではちょうど、エドの大嵐剣を装備したドグマガイが十代のフレアネオスに斬りかかり、十代の場に2枚の伏せカードが現れたところだった。

 

「――これで《フレアネオス》の攻撃力は3700! 《D-HERO ドグマガイ》の攻撃力3400を上回ったぜ! 迎え撃て、フレアネオス!」

 

 フレアネオスの身体から炎が巻き上がり、それはドグマガイが装備している大嵐剣を破壊し、そしてドグマガイ自身をも焼き尽くす。

 それによりドグマガイは破壊。その攻撃力の差分、300ポイントがエドのライフから引かれる。

 そして、現在のエドのライフは200ポイント。これで、十代の勝ちが決まったことになる。

 

エド LP:200→0

 

 負けたエドが、フィールドに膝をつく。

 よく見れば十代の残りライフも150しかない。本当に接戦だったようだ。

 ……っていうか。

 

「間に、合わなかった……」

 

 俺は肩を落とす。

 仕方がないとはいえ、やはり鮎川先生が来るのを待っていた時間が大きかった。ブルー寮から女性が身支度を整えてここまで来たんだ。それなりに時間もかかっていたのである。

 かといって、あの子をそのまま放り出しておくわけにもいかなかったし……。

 でもやっぱり、残念は残念である。俺は溜め息をついた。

 

「まぁまぁ、遠也。十代くんは勝ったんだから」

「はぁ、そうだな。これでレッド寮が潰れることもなくなったんだし」

 

 マナの言葉に、俺は伏せがちだった目を開いて階下の二人を見る。

 十代とエドは、互いの健闘をたたえ合うかのように笑っていた。

 この間は十代のことを蛇蝎のごとく嫌っていたというのに、エドも十代を認めてくれたのかもしれない。やはり、自分のせいで十代がいらぬ不利益を被ったことも負い目として感じているのかもしれないが。

 そんな時、ふとエドと目が合う。だが、エドはすぐに視線を逸らしてステージから降りて行ってしまった。

 それを見送り、客席で見ていたであろう皆に視線を移す。そこには、さっきまで一緒だった仲間たち全員の姿が……あれ?

 

「万丈目がいない?」

「え? あ、ホントだね」

 

 明日香、翔、剣山、レイ、三沢はいるのに、なぜかさっきまでいた万丈目の姿がなかった。

 それを疑問に思っていると、ふいに横から声がかかる。

 

「ふん、俺ならここだ」

 

 視線をずらす。すると、そこには白い制服に身を包んだ万丈目が不敵に笑って立っていた。

 

「万丈目、お前なんであっちにいないんだ?」

「俺はエド・フェニックスに用があっただけでな。だが、どうも奴は斎王から何も聞いていないらしい。おかげで斎王に確認を取る羽目になった。まったく手間を取らせやがって」

 

 言いつつ、万丈目の視線は階下の十代に向けられる。「もっとも、収穫はあったが」とこぼれたその言葉は、十代の新たなHERO……恐らくはネオスのことだろう。

 十代の新たな力を確認できたことは大きいということか。考える俺に、万丈目は再び視線を戻す。

 

「遠也、お前も光の結社に入らんか? 貴様ほどの力なら、必ず俺たちの目的のためになる」

 

 万丈目は突然そう言って俺を誘ってくる。そのことに僅かに驚くが、しかし俺が返す答えは決まっていた。

 

「悪いな、万丈目。俺は光の結社には入らないよ。……デュエルを挑まれれば、逃げるわけにはいかないけどな」

 

 腰のデッキケースに触れる。もし本当にデュエルを挑まれた場合、万丈目とは本気でやりあうことになる。

 その覚悟も持っての言葉だったが、しかし万丈目は鼻を鳴らして「ふん、ならいい」と言うと踵を返した。

 あまりにあっさりとした反応に、俺の方が威勢をそがれたような形になる。自然、呆けた俺に、万丈目は背中を向けたまま言葉をかけた。

 

「貴様とのデュエルは、俺もお前も自分のために行う最高のものでなければならん。光の結社が介入するデュエルなど、つまらんことこの上ない。この俺は約束を破るような、程度の低い男ではないからな。ハーッハッハッハ!」

 

 最後に高笑いを残し、万丈目は去っていった。

 それを唖然として見送り、だが徐々に万丈目が残した言葉の意味を思い返して、俺はその表情を苦笑の形に変えていった。

 

「約束、ね」

 

 万丈目との間に交わしたソレなど、一つしか思い当たらない。

 かつて万丈目がアカデミアを去る前に行ったデュエル。その時に俺から一方的に告げた「楽しいデュエルをしよう」という、たったそれだけのもの。

 万丈目はそれを馬鹿にされたと思って一蹴していたが、それを万丈目は覚えていたのか。それも、互いに交わした約束とまで思ってくれていたとは。

 万丈目とは既に学園対抗デュエルで対戦しているが、あれは俺たちの意思というよりは学園の代表という立場が主だった。

 それ以後に時間の合間に行った数度の対戦でも、そういえば万丈目は他者の介在をあまり快く思っていなかった。

 俺もやはり集中して万丈目とのデュエルを楽しみたかったので気持ちは同じだったが、俺は万丈目がそこまでこだわる理由に思い至らなかった。あの時に一蹴されたため、その言葉をまさか万丈目が覚えているとは思っていなかったのだ。

 白くなっても、決して変わらない万丈目の在り方。それに、俺は友人としての喜びを感じた。

 

「……あの男、やはり斎王に繋がりがあるのか」

「おわっ、エド!?」

 

 気づけば隣でエドが同じく万丈目の後ろ姿を見つめていた。

 思わず驚いて飛び退くと、エドは真剣な顔で俺に向き合った。

 

「遠也。お前に言われて僕なりに斎王に探りを入れてみたが、上手くはぐらかされてしまった。その後、斎王とは連絡がつかない。どうやら、僕の前から姿を消さねばマズい何かをやろうとしているようだ」

 

 それだけを告げると、万丈目が去っていった方向とは逆の方に足を向けて、エドもまた俺に背を向ける。

 

「十代に起こった事態に関しては、僕の落ち度だ。迷惑をかけた。……これから僕はこのアカデミアを拠点に、斎王の目的を探る。ここにいれば、斎王は必ずやって来るはずだからな……」

 

 言い終えると、エドもまたこのアリーナを後にした。

 やれやれ。二年生になってそう多くの時間が過ぎたわけでもないというのに、次から次へとまぁ。

 残された俺は、やはり起こり始めた新たな事件に嘆息するしかなかった。

 

「えっと……無理はしないでね? 遠也」

「ああ。けど、それも向こうさんの出方次第だな」

 

 また闇のデュエルとかを持ち出されるのは勘弁してほしいが、やはり最悪は想定しておかなければならないだろう。

 だがそんな俺の答えに、もしどうしようもなくなれば闇のデュエルだろうと迎え撃つということを読み取ったのか、マナの表情が曇る。恐らく、去年のセブンスターズの時のことを思い出しているのだろう。俺が車椅子生活を強いられた、あの時のことを。

 それがわかるから、俺は無言でマナの頭に手をやってぐりぐりと撫でまわし、そしてデュエルステージの方を指さした。

 そこには、十代の元へと集まった仲間たちの姿がある。

 

「ほら、俺たちも行こう」

「……うん。うん、そうだね!」

 

 自分の中で折り合いをつけたのか、マナは間を置いてからいつもの笑顔になる。

 それを確認してから、俺たちは階下に向かう。笑い合う友人たち。その輪の中に、俺もまた加わっていくために。

 ……余談だが。下についた途端、マナはレイと剣山に「マナさんが精霊でもボクは大好きだよ!」「なんだろうとマナ先輩は俺たちの仲間だドン!」と駆け寄られ、レイにはそのうえ抱き着かれて、困惑気味だった。

 それでも嬉しそうだったのは、やはり隠しきれていないようだったが。

 で、俺はというと。

 

「よくもやってくれたわね、遠也。大変だったのよ、一からあの二人に説明するのは……」

「す、すまん。でも助かったよ、明日香」

 

 明日香にぐちぐちと文句を言われていた。まぁ、押し付けた俺が悪いので、これは仕方がないことだろう。

 そして、そんな俺たちを見て十代は楽しそうに笑っている。

 

「へへ、やっぱいいな。帰ってきたって感じがするぜ」

「……やっぱり、普段の俺たちは騒がしいのか?」

「……万丈目くんと吹雪さんがいないぶん、マシだと思うっす」

 

 その横では、三沢と翔がこそこそと話している。

 十代が戻ってきて、俺たちも少しテンションが上がっているのだろう。いつもなら誰かがそろそろ締めてくれるのだが、今日はそんな気配がない。

 そのため、俺たちはそのあと十代を囲んで、心行くまで暫くのあいだ雑談に興じていったのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 さて、その数日後。

 レッド寮の存続を巡る問題は、ついにナポレオン教頭が無理やり破壊するという暴挙にまで行きついてしまう。

 とはいえ、それはクロノス先生の強硬な反対。そして、クロノス先生とナポレオン教頭とのデュエルでクロノス先生が勝ったことにより、白紙に戻された。

 これで暫くはレッド寮に関する問題は安泰なはず。まったくもって、本当に人騒がせな人だ、教頭は。きっと鮫島校長も苦労していたことだろう。

 そういうわけで当面の問題はこれで解決。ようやく落ち着けるかと思っていたのだが……。

 

「皆本遠也! 俺とデュエルだ! 貴様も白く染まれ!」

「光の結社に貴様も来い! デュエルだ!」

「さぁ、デュエルだ!」

「デュエルだ!」

 

 俺は何故かこうしてブルーの寮内でひっきりなしにデュエルを申し込まれている。

 いささか騒がしいなとは思っていたが、まさか僅か一日でブルー男子のほぼ全員が白く染まっているとは。万丈目は学園でも指折りの実力者だけに、ブルーの男子の実力では食い止められなかったのだろうか。

 ともあれ仕方なく俺は片っ端からデュエルで倒しつつ、寮の玄関に向かっている。最初から万丈目の狙いがこうだと気づいていれば対処も出来たんだが……。

 どうも途中で倒した生徒からの情報によると、万丈目は俺がブルー寮にいるためか、細々とブルーの生徒を寮以外の場所で倒して仲間に引き入れていっていたらしい。

 そしてブルーの制服のまま寮に戻らせ、彼らにまた同じようなことをさせることでどんどんと数を増やしていったそうだ。

 そして今日。ある程度の数が白く染まったことで、寮ごと一気にものにしようと動き出したのだとか。

 頭を使ったものだ。表面上はいつも通りだったから、俺も吹雪さんも気づけなかった。

 そして数に任せて生徒たちは俺に襲い掛かってきているというわけだ。この前の万丈目の言葉から察するに、これは万丈目の指示ではないだろう。彼らの独断で俺も仲間にしようと挑んできているのだ。

 しかも、倒したとしても洗脳が解ける様子がない。やはり、精霊の力なりなんなりで特別なデュエルをしないといけないのだろうか。だが、それをやるにはひっきりなしに来すぎである。

 結局俺は、まず自分の脱出を優先させるしかなかった。

 

「――《ジャンク・ウォリアー》でプレイヤーに直接攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

「ぐぁああッ!」

 

 寮の玄関手前。そこで挑まれたデュエルに勝利し、俺は急いで外に出る。

 そして玄関から離れたところで、吹雪さんがへたり込んでいるのが見えた。制服の色は青い。だとすれば、まだ洗脳はされていないはず。俺は慌てて駆け寄った。

 

「吹雪さん!」

「と、遠也君か。さすがに、あれだけの連戦は疲れたよ……」

 

 項垂れていた吹雪さんが顔を上げ、力なく笑う。

 俺も少なくとも十回はデュエルをして抜け出してきたのだ。吹雪さんも同じぐらいに挑まれたに違いない。そのうえ、吹雪さんのデッキはレッドアイズを軸にしたビートダウン。俺のシンクロデッキのように速攻が簡単にできるわけではないので、苦労したのだろう。

 黒炎弾さえ手札に来ればそれも可能だろうが、この様子だとその幸運にはあまり恵まれなかったらしい。本当に疲れが見えていた。

 

「大丈夫ですか、吹雪さん」

 

 すると、俺の隣でマナが実体化して吹雪さんに回復の魔術をかけ始める。攻撃一辺倒の魔術のほうが本人は得意らしいが、一応申し訳程度には使えるらしいのだ。セブンスターズの時も、俺に使っていたしな。

 それを受け、吹雪さんは少し元気を取り戻したようだ。足に力を入れて、立ち上がる。

 

「ありがとう、マナ君。助かったよ」

「いえいえ」

「――兄さん! 遠也、マナ!」

 

 俺たちが寮の前で立ち止まっていた、その時。明日香の俺たちを呼ぶ声が響いて来て、そちらに目を向ける。

 そこには明日香を先頭に走ってくる、ジュンコ、ももえ、十代、翔、剣山、三沢の姿があった。

 皆もブルー寮の異変には気付いたらしい。なんでも、授業にブルー寮の生徒が一人も出ておらず、それに異状を感じた皆は揃ってこちらに向かってきたのだとか。

 

「遠也、いったい何があったんだよ? ブルー寮も……こんなだし」

 

 十代が視線で示した“こんな”を見る。

 そこにはかつて青で彩られていた屋根やところどころの装飾、それら全てを白く塗りなおされたブルー寮の姿があった。

 本当に、こんなである。僅か一日でこれとは、万丈目の力がどれだけ凄いのかよくわかるな。まぁ、この場合の力とは万丈目家の力と言った方がいいかもしれないが。

 そうしてブルー寮……いや、もうこの場合はホワイト寮とでも言った方がいいかもしれないな。既に住人は全員白い制服だし、俺も吹雪さんもここに戻ろうとは思わないし。

 そのホワイト寮を見ていると、その正面の扉が開き、そこから白い制服を着た団体が姿を現す。そして最後に、その団体が真ん中で分かれて整列し、その真ん中に出来た道を通って、奥から万丈目が出てきた。

 

「万丈目くん! これは一体どういうことなの!?」

 

 その姿を認め、明日香がこのブルー寮やブルー生徒の変貌について問い質す。この白い制服を真っ先に着始めた万丈目だけに、原因が万丈目だと特定するのは簡単だったのだろう。

 それに対し、万丈目は不敵に笑った。

 

「フフフ、天上院君。どういうこととは、ご挨拶だね。これはなるべくして起こったことでもあるのさ」

「どういうことだい、万丈目君」

 

 明日香に続いた吹雪さんの問いに、万丈目はやはり笑みを崩さない。

 

「なに、師匠。もともと光とは世界を照らすもの。それに身を預け、やがて光の素晴らしさに囚われるのは人として当然でしょう。これが運命だったということです」

「運命? 何言ってんだ、サンダー」

「フン、十代。貴様に説明しても理解できんか。まぁいい。ともかく、斎王が生徒を白く染めておけと言った以上、協力者である俺はそれを実行するだけだ。特に不都合もないしな」

 

 だが、と万丈目は俺を見る。

 

「勝手に貴様が白く染められそうだった時は、少々焦ったがな。貴様は俺の思惑もそうだが、斎王からも勝手に手を出すなと言われている。俺としては、面倒なことにならずに済んでいいがな」

「斎王が、俺に?」

 

 一度も会ったことがないのに、斎王が俺を気にかけている? 何故かは分からないが、とにかくそのことは覚えておいた方がよさそうだな。

 と、そんなやり取りをしていると、明日香が痺れを切らしたのか再び声を上げた。

 

「そんなことはどうでもいいわ! それより、すぐに皆を元に戻して、こんな馬鹿なことはやめなさい!」

「馬鹿なこととはひどいな、天上院君。なら、こうすればどうだろう。俺とデュエルして、勝ったらその言うことを聞くというのは」

「……いいわ。そのデュエル、受けて立ちましょう」

「大丈夫なのかよ、明日香」

 

 デュエルを受けた明日香に、十代が声をかける。

 今の万丈目はかつてアカデミアにいた頃とは違う。本当に実力で現在のアカデミアのトップクラスに位置しているのだ。それを間近で見ていて知っているだけに、十代は明日香を心配したのだろう。

 

「そうです、明日香さん。それなら私が彼のお相手を……」

「いえ、私が代わりにデュエルしますよ!」

 

 ももえとジュンコも明日香を止めようとするが、しかしそれらの声に対して、明日香は真剣な顔で向き合った。

 

「ありがとう、十代、ももえ、ジュンコ。けど、デュエルを挑まれたのは私よ。デュエリストとして、挑まれたデュエルから逃げることは出来ないわ」

「気をつけるんだ、明日香。あの生徒たちは、元は万丈目君が倒していったことで白くなった子ばかりなんだ。負けた時は、もしかしたら……」

「ありがとう、兄さん。……大丈夫、負けないわ」

 

 既に意志を固めた明日香に吹雪さんがせめてとばかりに忠告を送る。

 明日香もまたそれを受け止め、しかしその上で勝つと宣言してみせた。

 このデュエルの結果、どうなるのか。俺はもうそれを覚えていない。だからこそ、俺は無理やり止めることはせず、明日香の意思を優先させた。デュエリストとして挑まれたデュエルには応える。その決意を、無碍にはできない。

 

「大丈夫っすかね、明日香さん」

「心配だドン」

「天上院君の実力は知っているが……今の万丈目は、強敵だ」

 

 翔と剣山に三沢も、やはり不安は消しきれないようでその顔には心配の色が濃く出ている。

 俺は三人の言葉に頷いた。

 

「ああ。けど、明日香がやるっていうんだ。なら、俺たちはそれを見守るしかない」

「そう、だな。勝ってくれればいいが……」

 

 三沢が同意しつつ、苦い顔で頷く。

 

 

 ――だが、俺たちの悪い予感は最悪な形で当たってしまう。

 万丈目と明日香のデュエル。それに明日香は負け、明日香もまた万丈目に影響を受けてか光の結社に加入してしまったのだ。

 俺たちはやはり無理やりでも止めておけばよかったと後悔するものの、しかし時間を巻き戻すことは出来ない。俺たちは明日香を取り込んだことでブルー女子寮にも勢力を伸ばし始めた光の結社を、苦々しく見ていることしかできなかったのである。

 しかも、明日香は万丈目とは異なり、斎王に従う忠実な部下となっているようだ。なぜ二人にそんな変化が生まれたのかはわからないが、いずれにせよ今の状態が歓迎できる事態でないことは確かだった。

 そんなふうに、徐々に俺たちの日常が崩れていく中、十代が万丈目に呼び出された。やけに精度の高い地図まで送りつけてきたうえで、だ。

 十代と翔、剣山はその地図に従って万丈目の呼び出しに応えるつもりのようだ。翔と剣山は乗り気ではなかったが、十代はやはり万丈目のことが気にかかるらしい。

 そういうわけでレッド寮から出て行った三人を見送り、俺は現在住んでいるレッド寮の一室で人を待っていた。ちなみにその部屋とは、万丈目が改装したあの広い部屋のことである。

 明日香が光の結社の影響を受けて出て行ってしまったため、今のブルー寮に戻る気にならない俺とマナが現在使用しているのだ。

 今でも他の面子の集合場所として使われているこの部屋だが、不意にその部屋のドアがノックされる。どうやら来たようである。

 俺とマナは座っていたソファから立ち上がると来客を迎えるためにドアを開いた。

 

「来たか、レイ」

「待ってたよ、レイちゃん」

「えへへ、お邪魔するね遠也さん、マナさん」

 

 小さく頭を下げたレイを迎え入れる。

 しかし、俺が待っていたのはレイだけではない。今日はレイが自分の友達を連れてきてくれるという約束だったのだ。最近は色々あったから、こういう何でもない出来事は心癒される。

 それゆえ、レイのそんな提案に、俺は快く了承したのだ。

 そして、今日レイが連れてきてくれるのは以前話にも出ていた恵ちゃんという子だそうだ。恐らくレイの後ろにいる子がそうなのだろう。

 レイが少し身体をずらしてその子を俺たちの正面に立たせる。

 そして、俺とマナは目を見開いて驚いた。

 

「ほら、恵ちゃん。この人たちが、ボクがいつも話してる遠也さんとマナさん!」

「……はじめまして」

 

 小さな声で、一言だけ呟く。そんな様子に、レイは不満そうにその肩にそっと手を乗せる。

 

「もう、恵ちゃん。名前ぐらい、ちゃんと言わないと」

「……レイン恵」

 

 またしても囁くような声で、自分の名前を口にするその子。それでもレイにとっては良かったようで、仕方ないなぁという顔をしてその子の手を取って笑う。

 それに対しても表情にほぼ変化は見られないが、若干目元が下がったことを考えると喜んでいるのかもしれない。

 だが、それよりも俺が驚いたのは、彼女が十代とエドのデュエルの前に俺が森の中で見つけた女の子だったからである。

 オベリスクブルー女子の制服に、銀色の髪をツインテールにした特徴的な容姿。改めて見れば、その容姿を見て間違えるはずもなかった。

 

「えっと……レインちゃん、だったか?」

「………………」

 

 いきなり名前呼びもないだろうと思って、たぶん名字……だと思われる方で呼びかける。

 すると、こくり、と首肯だけで返事が返ってきた。本当に無口な子なんだな。

 

「前に、森で寝ているところを保健室に連れて行ったことがあるんだけど……覚えてる?」

「え!? 恵ちゃん、そんなところで寝てたの!?」

 

 聞いてないよ、とレイが驚く。

 それに対し、レインの答えは簡単だ。「……聞かれなかった」の一言。まぁ、普通はそんなことを訊いたりはしないだろうけど。

 レイはそれに何とも言えない表情になるが、レイにはこうして普通に言葉を返すところを見ると、やはり仲がいいのだろう。俺とは初対面だから仕方がないか。

 この様子だと、どうもあの時のことは覚えていないようだ。まぁ、寝てたしな。

 俺はそう自分の中で結論を出すと、こうして玄関前にいつまでもいるものじゃないと思い至る。

 そして、俺もまたドアの正面から身体をずらして、二人が入れるようにスペースを作った。

 

「まぁ、今言ったことは気にしないでくれ。それより、遊びに来てくれたんだろ? せっかくだし、中でカード談義でもしよう。もしくはデュエルをしてもいいしな」

「遠慮しないで、レインちゃんもくつろいでね」

 

 俺とマナが口々にそう告げ、レインはやはり頷きだけを返す。

 それについては既に納得しているので今更俺たちは何も言わず、ただ二人を歓迎するのだった。

 

「それじゃ、行こう恵ちゃん! 遠也さんはシンクロモンスターも一杯持ってるから、きっと楽しいよ!」

「……シンクロ」

 

 レイに手をひかれ、レインもつられるように俺たちの部屋へと入ってくる。

 二人が入ったのを確認してから、扉を閉める。そして、それからはずっとカードについての話や、テーブルデュエル。

 途中ちらっと机から覗いていたエクシーズに気付き、俺が慌ててしまいなおすということもあった。それをレインに見られたときはちょっと焦ったが、何も言ってこなかったのでよかった。

 もしくは、その時はたまたま視線がそこを向いただけで気づかなかっただけなのかもしれない。そんなカードが存在するという発想自体がないはずだしな。

 そんなことがありつつ、他には世間話やレイが所属する中等部での話に花を咲かせた。

 ここ数日は特にいろいろあっただけに、こういう穏やかな日々は久しぶりだ。俺もマナも、様々な考えなければならないことから解放されて、純粋に楽しむことが出来た時間だった。

 レインは最後までほとんどしゃべらなかったが、レイとのやり取りでは短いながらもしっかり受け答えをしていた。やはりまだ付き合いがない俺たちのことを警戒しているのだろう。

 それでも、レイの友達としてレインはここまで来てくれた。レイの誘いを断ろうと思えばできたはずなのに、そうしないその優しさを思い、俺たちはレインを友達思いの子として受け入れたのだった。

 そして、徐々に慣れてきてくれたのかレインは俺たちにも受け答えをしてくれるようになった。そのことに俺とマナは妙な達成感と嬉しさを感じ、互いに顔を見合わせて笑い合うのだった。

 だが、そんな楽しい時間もすぐに過ぎる。

 二人が寮に戻らなければならない時間になり、俺たちは二人を部屋の扉前まで送る。

 少し名残惜しそうなレイと、その隣でじっと眠たそうな半眼で俺たちを見ているレイン。共通点が特に見当たらない二人だが、しかし仲がいいのは今日の時間の中で見てとることが出来た。

 レイにもしっかり友達が出来ているようで、安心である。

 

「じゃあな、レイ。レインちゃんも。気を付けてな」

 

 俺がそう言って別れを告げると、不意にレインが小さく呟く。

 

「……レイン」

「え?」

「……ちゃん、いらない」

 

 それに、俺は……というかレイとマナも少し驚いていた。

 確かに受け答えはしてくれるようになったが、しかしそれはこちらから話を振った時だ。まさかこうして自分から話しかけてきてくれるとは。

 驚いている間も、レインは答えを待っているのかじっと俺を見ている。はっとして、俺は急いで答えを返した。

 

「わ、わかった。じゃあ、レイン、でいいのか?」

「……ん」

 

 頷き、レインは再び静かになる。

 そんなことが最後にありつつ、レイとレインはそれぞれ俺たちの部屋を離れ、レッド寮から帰っていった。

 それを見送り、俺とマナはなんとも心安らぐ時間だったことに表情を緩ませる。

 

「いい友達が出来たみたいで、よかった」

「うん。飛び級で入って浮いていないか、心配だったもんね」

 

 友達が出来たとは聞いていたが、やはりこうして実際にその目で見ると安心感が違う。

 俺とマナはレインと会うことで一層の安堵を得ることが出来たのだった。

 

「……さーて。それじゃ、こっちの問題について考えないとな」

「うん。万丈目くん、明日香さん、それに……斎王って人のこと、だね」

 

 ホワイト寮とかいう存在と光の結社、それに実はまだレッド寮の廃止を諦めていないらしいナポレオン教頭と。

 まったくもって、なんでこうも毎年毎年厄介ごとが起こるのかね。悲劇や事件は人生のスパイス、とは誰の言葉だったか。とはいえ、こうも連続されるとスパイスですらない気がする。

 そんなことを思いながら、俺とマナは自分たちを取り巻くトラブルに頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 レイン恵はレイと別れ、寮の自室に戻っていた。

 夕方の赤に染まる室内。その中でレインは、今日訪れた皆本遠也の自室の様子を思い出す。

 

「……シンクロ……あと、黒いカード……」

 

 シンクロについては事前に聞いていたから、そこまで気にしなかった。だが、カードの端が見えただけだったが、あの黒いカードは何なのか。

 ただの誤植……エラーカード? いや、それとも……。だとしたら、そんなカードは彼女の知識にはない。これはどういうことなのか。

 レイン恵は見る者に眠気を呼び起こさせるような半眼で、じっと身じろぎもせずに思考する。

 それは、やがて彼女自身に眠気が訪れるまで、彼女の脳内で続いたのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ……あのあとマナと二人でいろいろ考えてみたが、結局万丈目や明日香を元に戻す打開策や上手い対応策は思いつかなかった。

 精霊の力でデュエルを通して何とかできないかと思ったが、それが可能だとしても今のあの二人には多くの取り巻きがいる。デュエルを挑めば、ボディーガードよろしくそっちばかりが相手になってくるだろう。

 こちらの考え通り素直に受けてくれるとは思えない。

 万丈目とはそれでなくてもこんなふうにやりたくはないし。と考え始めると、どうにもならなかったのである。

 そんなわけで、俺はマナと溜め息交じりにアカデミアの校舎の中を歩いている。授業中にも暇があれば考えていたんだが、やはり上手い案が出てこなかったため、気分転換の散歩のようなものである。

 そうして歩いていると、ふと前方に電話をしている万丈目の姿が見えた。

 俺とマナは思わず身を隠してその様子をうかがう。

 万丈目はそれに気づかず、電話で話している。

 

「なに、お前もアカデミアに来るのか?」

 

 ……相手は誰だ? 少なくとも今アカデミアにいない万丈目の知り合いらしいが……。

 

「ほう、なるほど。……ふん、まぁ指示を受けやすくなるのはありがたい。では、待っているぞ斎王」

 

 斎王!?

 思わず声に出そうになったのを我慢し、俺はマナに目で合図を送ってその場を離れる。

 ある程度の距離を稼いだところで、俺はマナと顔を見合わせた。

 

「聞いたか?」

「うん。斎王って人……万丈目くんが言ってる、光の結社の中心人物だよね」

 

 そしてエドのマネージャーでもある男。

 その男が、あの口ぶりだと近いうちにアカデミアに来るらしい。

 

 ……そうだ、なら。

 

 ふと、ある考えが頭に思い浮かぶ。中心人物である斎王を倒せば、光の結社の起こす全ての騒動は片が付くのではないだろうか、と。

 無論確定ではないし、たとえ倒しても元には戻らない可能性もある。……だが、万丈目や明日香が元に戻る可能性がないわけじゃない。

 友達を洗脳して自由意思を無視されているんだ。出来るだけ早く皆を元に戻してやりたい。だが、斎王は今の万丈目すら倒したのかもしれないのだ。油断できない相手なのは間違いないだろう。

 ゆえに、決めなければならない。斎王が近くに訪れるという情報。これをどう使うのかを。

 俺はじっと自分の心内に潜り込み、有効にその情報を使うための思考を続けるのだった。

 

 

 

 


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