新学期が始まり、俺達は問題なく二年生になった。
後輩が出来る、という状況にも徐々に慣れ、これまでは自分第一だったいけ好かない奴が途端に世話好きな一面を披露したりするのもこの時期である。
主に部活に所属しているくせに一匹狼を気取る奴に多く見られる傾向だ。そんな時には決まって周囲は生温かい視線を送ることになっている。
尤も部活をしておらず、一匹狼を気取っていない俺には何の関係もない話だ。今そんなエピソードを語ってみたのは、単に昨日ブルーの寮内でそんな生徒がいたと話題になったからに過ぎない。
そんなわけで、俺は特に後輩を可愛がるということもなくいつもの日々を過ごしている。
……と思ったが、そういえば可愛がっている後輩、俺にもいたわ。レイだけど。
まぁ、あいつは中等部なので授業時間に会うことはないし、こうして選択講義の合間に会うなんてことはありえない。そこが義務教育である中等部との違いよ。
そんなわけで、俺はマナと二人でレッド寮に向かっている。そういえば、一年生の頃のセブンスターズ戦以来、俺たちは何かあればレッド寮に集まるのが暗黙の了解みたいになっているな。
そこから転じて、何もなくても「とりあえずレッド寮に行くか」みたいな軽さでたびたび訪れる。明日香でさえそうなのだから、すっかりレッド寮は俺たちのたまり場になっていた。
恐らくはいつも中心となる十代、更に翔と万丈目も所属しているなど、仲間内にレッドのメンバーが多いからだろう。三沢がいなければアウトなイエローなどとは違い、レッドには一人いなくても誰かがいるだろうという安心感があるのだった。
そんなわけでレッド寮にたどり着き、俺は階段を使って二階に上がる。そして十代の部屋の前まで来ると、勝手知ったる何とやらでそのままドアを開けた。
「よっす、十代、翔。いるか?」
「ん? アンタ誰ザウルス」
「失礼しました」
バタン。
扉を閉め、ドアの脇にかかった表札を確認する。そこには間違いなく『遊城十代・丸藤翔』の文字。
……おかしいな。いま十代の部屋の中に筋骨隆々で浅黒い肌にドレッドヘアーのイエロー生がいた気がするんだが……。疲れてるのかな。
そんな奇抜な風体をした男と十代が知り合いだなんて聞いたことがない。
「どうしたの、遠也?」
「いや……なんでもない」
まぁ、いい。いや、よくないけど。
とりあえず真相を確かめるにはこの扉を今一度開けなければならないようだ。
俺は意を決して再びドアノブを掴んで一気に回した。
「………………」
「またザウルス? いったい何の用なんだドン」
そして部屋の中を確認するも、そこにはやはりマッチョなイエロー生がいるだけだった。呆れ気味のその顔から発せられたその言葉は、俺の方こそ聞きたいものだ。
「いや……十代たちに用があったんだけど。おたく、誰?」
恐る恐る聞くと、ソイツはふふんと大仰に胸を張った。盛り上がった胸筋が実に男らしい。横から顔だけ出したマナも「うわ、凄い筋肉」と感心している。
そんな俺たちをよそに、ソイツは誇らしげに語り始めた。
「よくぞ聞いてくれたドン! 俺こそは十代の兄貴の真の弟分、ティラノ剣山だドン!」
親指を立てて自身を指さしたソイツ……本人いわく剣山は、言ってやったとばかりにドヤ顔である。
しかし、十代の弟分? それって翔のポジションじゃなかったっけ? って、そういえばそんな奴もいた気がするなぁ。
俺がそんな風に思っていると、剣山は表情を訝しげなものに変えて俺に問いかけてくる。
「で、そっちは誰なんだドン。俺はきっちり名乗ったんだから、そっちも名乗るのが礼儀ってもんザウルス」
「ああ、まぁ、それはそうか。俺は皆本遠也。見ての通りオベリスクブルーの生徒で、十代の友達」
で、こっちは同じく十代とは友達のマナ。
そう言って後ろにいたマナを示すと、マナはよろしくとばかりに小さく頭を下げた。
だが、そんなマナのことは剣山には見えていなかったようで。俺の名前を聞いたソイツは、ただひたすら驚愕に目を見開いていた。
「なに! それじゃアンタが、この学園最強と噂されるエンペラー遠也ザウルス!?」
「…………………………はい?」
「そうとわかればデュエルだドン! 最強は十代の兄貴ただお一人! 弟分であるこの俺が、それを証明してみせるドン!」
「待て待て待て! 十代の弟分とか色々聞きたいことはあるが、それより今ものすごく気になる言葉を聞いたぞ、おい!?」
エンペラーってなんだそれ!? 初耳だぞ、そんな恥ずかしい呼ばれ方!
後ろで笑いをこらえているマナが実にムカつくが、それよりも何よりもまずなんでそんな呼ばれ方をされたのかを問い質さなければ気が済まない。
俺の鬼気迫る様に剣山は驚いたようだが、しかし素直に教えてくれた。
「噂に詳しい子分が教えてくれたザウルス。高等部には、
なんだそれ!
くそ、これだから中学生は……! すぐに二つ名とか何だかをつけやがってからに。っていうか、吹雪さんはキングなんて呼ばれ方されてたのか。そっちも初めて知ったぞ。
「高等部には、カリスマと呼ばれる遊城十代。エンペラーと呼ばれる皆本遠也。最強の双璧がいると聞いたドン! 十代の兄貴には負けたが、その男気には惚れたザウルス! だから、兄貴の最強を証明するために、弟分の俺がアンタにデュエルを申し込むドン!」
「ぷっ……え、エンペラー……」
「うるさいぞ、マナ!」
ついにこらえきれずに噴き出したマナに俺が怒鳴る。
しかしマナはどうにも収まらないのか、口元を抑えてプルプル震えている。
この野郎……今度絶対に仕返ししてやるからな。どこでとかいつにとは言わないけど。
だが、今はそれよりも何よりも。そのくそ恥ずかしい二つ名をどうにかしなければなるまい。俺は剣山に真正面から向かい合い、びしっと指を突きつけた。
「いいだろう、そのデュエル受けた! だが、その申し出を受けるにあたって条件がある!」
「条件……? いったい何ザウルス!」
「俺が勝ったら、お前はどうにかしてそのエンペラーとかいう二つ名を消滅させろ! もちろん俺も手伝うが、どうにかして確実に抹消するんだ!」
俺が提示したその条件に、剣山は怪訝な顔になる。
「なぜだドン? エンペラーなんてカッコいいザウルス!」
「知るかぁああ! とにかく俺の感性には合わないんだ! それが飲まれないなら、このデュエルは辞退させてもらう!」
「そ、それは困るドン! わかった、その条件を受けるザウルス!」
こうして俺と剣山はデュエルすることになり、さすがに室内で行うわけにはいかないので俺たちは十代の部屋から表に出た。
レッド寮から少し距離を開けて、俺たちは対峙する。観客はマナ一人だけ。さすがにデュエルともなれば真面目に見てくれるのか、さっきまでの笑い交じりの態度ではなくなっている。
俺と剣山は互いにデュエルディスクを展開。そして、デッキから5枚のカードを手札として引き抜いた。
「いくドン、エンペラー! 俺の恐竜さんの力を思い知るザウルス!」
「エンペラー言うな! ああもう、とりあえずさっさと始めるぞ!」
また笑いがぶり返して口を押さえている相棒の姿を視界に収めつつ、俺は剣山に叫ぶ。
そして同時に開始の宣言をした。
「「デュエル!」」
皆本遠也 LP:4000
ティラノ剣山 LP:4000
「先攻は俺だドン! ドロー!」
さて、デュエル前にこぼした言葉から、剣山のデッキは恐竜族とみて間違いないだろう。
……まぁ、ドンとかザウルスという独特すぎる語尾である程度想像は出来ていたけど。
「俺は手札から魔法カード《化石調査》を発ドン! これによりデッキからレベル6以下の恐竜族モンスターを手札に加えるザウルス! 《暗黒ダークドリケラトプス》を手札に加えるドン!」
びしっとデッキからカードを1枚抜き取り、俺に見せる剣山。
……発ドンには突っ込まないからな俺は。
「そして《俊足のギラザウルス》を召喚! このモンスターはその召喚を特殊召喚扱いに出来るドン! 俺はこの召喚を特殊召喚とし、ギラザウルスをリリース! 手札から《暗黒ドリケラトプス》を召喚ザウルス!」
《暗黒ドリケラトプス》 ATK/2400 DEF/1500
大きな嘴を持ち、首回りに鳥のような羽毛を生やした恐竜が剣山の場に現れる。全体像を見ればトリケラトプスなのだが、顔付近が鳥のような姿をしており、特徴的なモンスターである。
しかし、ギラザウルスからの速攻か。更に言えば暗黒ドリケラトプスは貫通効果を持つ。パワーとスピードが合わさった定番ながらいいコンボだ。これは甘く見ていたらまずいか?
「更にカードを1枚伏せてターンエンドだドン! さぁ、先輩のターンザウルス!」
「おう! 俺のターン!」
手札は悪くない。
ここはこちらも速攻で行かせてもらおうか。
「俺は手札の《スポーア》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に《ドッペル・ウォリアー》を召喚し、魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のもう1枚の《クイック・シンクロン》を墓地に送り、デッキからレベル1の《チューニング・サポーター》を特殊召喚する!」
《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400
《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800 DEF/800
《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300
「い、一気に3体も!? け、けど攻撃力は全然及ばないドン!」
動揺しつつも俺のモンスターのステータスを見てそう言う剣山だが……チューナーが存在している状況で、その認識は誤りだ。
ステータス至上主義も、シンクロ自体が浸透していない現状、そこまで薄れているわけでもないってことか。
まぁ、それはいいや。ともかく、今はターンを進める。
「レベル2ドッペル・ウォリアーとレベル1チューニング・サポーターに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング!」
お馴染みのエフェクトによって、飛び立ったそれぞれが光の輪と輝く星となってその姿を重ね合わせていく。
「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」
《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500
まずは鋼鉄の巨人ことジャンク・デストロイヤー。
攻守のバランスに優れ、またその効果が非常に強力なモンスターだ。
もちろん、俺はその効果をいかんなく発揮させる。
「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、シンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数まで場のカードを破壊できる! その数は2体! よって俺はお前の場の《暗黒ドリケラトプス》と伏せカードを破壊する! 《タイダル・エナジー》!」
ジャンク・デストロイヤーの胸部装甲が開き、そこから溢れるエネルギーの奔流が、剣山の場の全てのカードを押し流す。
一気に場をゼロに戻された剣山が、呻き声を上げた。
「くっ……俺の恐竜さんが! なんてことをするドン!」
「そういう効果なんだから仕方ないだろ。俺はチューニング・サポーターの効果で1枚ドロー。更にシンクロ素材となったドッペル・ウォリアーの効果により、場にドッペル・トークン2体を特殊召喚する!」
《ドッペル・トークン1》 ATK/400 DEF/400
《ドッペル・トークン2》 ATK/400 DEF/400
本来ドッペル・トークンは即座にシンクロ素材とするのが最良なのだが、手札にこの状況で召喚できるチューナーはいない。
手札も2枚しかないし、これ以上の展開は諦めてここらで納得しておくとしよう。
「いくぞ剣山! バトル! ジャンク・デストロイヤーで直接攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」
ジャンク・デストロイヤーが、その巨体から鋼鉄の拳を振り下ろし、剣山を上から殴りつける。ソリッドビジョンとはいえ、かなりの迫力である。
「ぐぁあッ!」
剣山 LP:4000→1400
「更にドッペル・トークン2体の追撃!」
「くっ……!」
剣山 LP:1400→600
合計3400もの大ダメージを受け、思わず剣山は膝をつく。
しかも開始僅か2ターン目、俺のターンに限定すれば最初のターンの出来事である。このデッキにとっては比較的よく発生する状況だが……本来はここで更にシンクロをする。今回は上手くチューナーが来なかったけど。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
ともあれ、ライフアドバンテージも稼げたことだしと俺がエンド宣言するのと同時。
剣山は膝をついた状態から、立ち上がる。そして、犬歯が覗くほどに口角を上げた。
「へ、へへ……先輩も強いザウルス! さすがは十代の兄貴と並び称されるだけのことはあるドン! けど、俺もこのまま負けるわけにはいかないザウルス! ドロー!」
カードを引いた剣山は、にやりと笑った。
「俺はもう1枚のギラザウルスを特殊召喚扱いで召喚! この時先輩は墓地のモンスター1体を特殊召喚できるドン」
《俊足のギラザウルス》 ATK/1400 DEF/400
「なら俺は《スポーア》を墓地から守備表示で特殊召喚する」
《スポーア》 ATK/400 DEF/800
さすがに特殊召喚扱いに出来るという便利効果で、かつレベル3の攻撃力1400とくれば、それぐらいのデメリットは持ち合わせているか。
考察している俺だったが、その余裕はすぐに崩れ去る。
剣山は更に手札のカードに手をかけた。
「いくドン、先輩! 俺は場の恐竜族モンスター、ギラザウルス1体をリリースして《大進化薬》を発ドン! このカードは相手ターンで3ターンの間フィールドに残り、そしてこのカードがフィールド上に存在する限り、俺はレベル5以上の恐竜族モンスターをリリースなしで召喚できるドン!」
恐竜族のサポートカードか。
ディノインフィニティを除き最上級モンスターこそが肝な恐竜族にとっては、1体のリリースを発動に要するとはいえ、それをしても大きなリターンを見込める強力なカードだ。
「俺は手札からレベル8の《
鎧のように固く黒い外骨格。それは先が尖っており、非常に見るものに攻撃的な印象を与える。
その巨体もジャンク・デストロイヤーに並ぶほどであり、その鋭い爪と牙、更にはその眼光が、見た目以上の迫力となって視界に飛び込んできた。
《究極恐獣》 ATK/3000 DEF/2200
「うわ、マジか」
ここで究極恐獣とか。
デッキに低ステータスモンスターが多く、それらを場に揃えることが多い俺にとって、かなり相性が悪いモンスターの1体だぞ、こいつは。
慄く俺を前に、剣山は威勢よく声を上げる。
「バトルだドン! そして究極恐獣の効果発ドン! 相手フィールド上に存在するモンスター全てに攻撃を行う! まずはジャンク・デストロイヤーに攻撃だドン! 《アブソリュート・バイト》!」
「くっ……!」
遠也 LP:4000→3600
「続いてドッペル・トークンの1体目!」
「罠発動、《ガード・ブロック》! この戦闘ダメージを無効にし、カードを1枚ドローする!」
これで、ワンターンキルを防ぐことには成功した。
剣山も思わず悔しそうな顔を見せたが、しかしすぐさま追撃を行ってきた。
「まだまだだドン! ドッペル・トークンの2体目に攻撃ザウルス!」
「ぐっ……!」
遠也 LP:3600→1000
「最後にスポーアを攻撃して破壊し、終了ザウルス! カードを1枚伏せて、ターンエンドン! どうだドン!」
自信たっぷりに胸を張る剣山の姿に妙な微笑ましさを感じつつ、俺は素直な賞賛を送る。
「やるな、剣山。まさかここまでやるとは思わなかったよ」
「こう見えて、俺はイエローの1年でナンバーワンの実力者ザウルス! それに、兄貴の弟分としても負けるわけにはいかないドン!」
なるほど、つまり外部からの新入生では1番の実力を持っているわけか。
わずか1ターンで俺の場をゼロに戻し、かつライフも大幅に削った今の大胆な戦術は、確かにその言葉に信憑性を持たせていた。
俺が感心していると、俺たちの方に走り寄ってくる姿が目に入った。
そちらに目を向ければ、そこには十代と翔が驚いた表情で近づいて来ていた。
遠くから俺と剣山がデュエルしていたのが見えたのだろう。急いで来たのか、十代と翔の息は少し乱れていた。
「と、遠也と剣山!? なんでお前らがデュエルしてるんだ!?」
十代が心底驚いたとばかりに声を上げる。
まぁ、俺は十代に剣山をまだ紹介してもらっていないし、知り合いだとも思っていなかっただろう。そうである以上、俺たちがこうしてデュエルしているのは不思議でたまらないはずだった。
そんな十代の怪訝な声を受けて、剣山は十代にバッと手の平を突きつけた。
「止めてくれるなドン、兄貴! これは兄貴こそがこの学園最強であることを弟分の俺が証明してみせる、大事なデュエルザウルス! たとえ兄貴でも、この俺の心を止めることは出来ないドン!」
「だ・か・ら! 兄貴の弟は僕だけだって言ってるだろ!」
「丸藤先輩は黙っているザウルス!」
「剣山くんこそ!」
言うが早いか、歯を剥き出しにしてぎぎぎ、と唸りあう二人。あそこまで対抗意識を丸出しにした翔は初めて見るな、と若干驚いた。
そんな二人にやれやれと肩をすくめて、十代は俺に話しかけてくる。
「……で、なんでこうなったんだよ?」
「いや、お前の部屋に入ったらコイツがいてさ。で、俺が名乗ったら、こうなった」
「なんだそりゃ」
十代、それは俺の台詞だ。
まぁ、そのおかげで俺は恐ろしい二つ名の存在を知ることが出来たわけだから、いきなり喧嘩腰でデュエルを吹っ掛けられたことは気にしないことにしている。
あのまま気づかず、そんな名前で呼ばれていたらと思うと寒気がする。カイザーみたいに慣れるまで放っておけば気にならなくなるんだろうが、そこに至るまでに俺の精神が削られ過ぎるのが目に見えているので却下である。
あいつは十代が一番強いと証明するため。俺はエンペラーとかいうふざけた二つ名をなくすため。互いに賭けるものは違うが、それでも気持ちは真剣そのものだ。切実に。
「まぁ、いっか。この際だ、せっかくだから二人のデュエルを見学させてもらうぜ!」
「ああ、好きにしろよ」
「おう! おい、翔! お前もそんなにいがみ合ってないで、こっちに来てデュエルを見ようぜ! あ、悪いマナ。隣失礼するぜ」
「うん、どうぞどうぞ」
そうして、十代と翔の二人がマナの隣に並び、観客が増えた。
そして敬愛する兄貴に見られている剣山は、俄然やる気になったようで十代を見て闘志を漲らせていた。
「兄貴が見ている前で、無様な姿は見せられないザウルス! 先輩、勝たせてもらうドン!」
勢い込んで言う剣山に、俺は苦笑する。相変わらず、十代の周りには面白い奴が集まるもんだ。剣山の、この一本気な調子も嫌いじゃない。
だが。
「どうかな。俺だって伊達で2年生やってるわけじゃないんだぜ」
俺だってそう簡単に負けるわけにはいかない。俺がこのデュエルを受けた理由は剣山のように誰かのためというわけではないが……。それは置いておいても、単純に先輩として、やっぱり後輩にカッコ悪い所は見せたくないじゃないか。
だから、ここは俺としても引けない。勝たなきゃ、格好がつかないからな。
「俺のターン!」
カードを引き、手札に加える。そして、その中から1枚を手に取った。
「相手の場にモンスターが存在し、俺の場にモンスターがいないため、手札から《
《TG ストライカー》 ATK/800 DEF/0
《カードガンナー》 ATK/400→1900 DEF/400
落ちたカードは……《ダーク・アームド・ドラゴン》と《レベル・スティーラー》と……ふむ。とりあえず、最後の2枚は実にいいカードが落ちてくれた。
「レベル3カードガンナーにレベル2のTG ストライカーをチューニング! 集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《
《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200
そして現れる白銀の殲滅機動兵器。
金色に輝く爪を大地に突き立て、青いレンズの一つ目が剣山の場を睥睨する。
「更に《貪欲な壺》を発動! 墓地の《クイック・シンクロン》《ドッペル・ウォリアー》《TG ストライカー》《カードガンナー》《ダーク・アームド・ドラゴン》をデッキに戻し、2枚ドロー!」
引いたカードも……悪くない。
よし。
「バトルだ! カタストルで究極恐獣に攻撃!」
「なっ、攻撃力は究極恐獣のほうがずっと上ザウルス! 自滅するつもりかドン!?」
ところがどっこい、そうはならないんだなこれが。
「A・O・J カタストルの効果発動! このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘する時、ダメージ計算を行わずにそのモンスターを破壊する! 《デス・オブ・ジャスティス》!」
「な……なんだドン、そのインチキ効果は!?」
叫ぶ剣山をよそに、カタストルの青いレンズから放たれた一条の光線が究極恐獣の身を貫く。それは見事に急所に突き刺さったのか、究極恐獣はその巨体を倒れさせ、そのまま破壊された。
究極恐獣は地属性。というか、ジュラック登場以前の恐竜族は大体そうだ。というわけで、カタスさんに美味しくいただかれてしまうわけである。
「……出たな、遠也のトラウマモンスターその1」
「……あのモンスターには嫌な思い出しかないっす」
十代と翔がひそひそと言い合う。聞こえてるからな、そこ。
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
「俺のターンザウルス、ドロー!」
カードを引いた剣山は、キッとこちらを睨みつける。
「恐竜さんは不死身だドン! 伏せていた《リビングデッドの呼び声》を発ドン! 墓地から《究極恐獣》を特殊召喚するザウルス!」
《究極恐獣》 ATK/3000 DEF/2200
再び場に戻る恐竜族屈指のパワーモンスター。
このままではカタストルに倒されるだけだが、わざわざ蘇生した以上、そこは手を用意してあると見ていいだろうな。
「更に《強欲な壺》を発動して2枚ドロー! そして魔法カード《テールスイング》を発ドン!」
剣山が発動したテールスイングのカードが場に現れ、それはやがて光となって究極恐獣の尻尾に吸収されていく。
「テールスイングは、俺の場に存在するレベル5以上の恐竜族モンスター1体を選択し、そのレベル以下のレベルを持つフィールドのモンスターを合計2体まで選択して手札に戻せるザウルス! 俺は1体を選択し、その対象は当然先輩の場のカタストルだドン!」
剣山の宣言を受け、蘇った究極恐獣が尻尾をぶるんぶるん振り回しながら接近してくる。そしてカタストルの前まで来ると身体を一回転させ、回し蹴りの要領で尻尾をカタストルに叩きつけた。
それにより、場のカタストルは消滅。俺のエクストラデッキに戻ることとなった。
基本的にシンクロモンスターはバウンスに弱い。なぜなら、その召喚方法故にバウンスされると大きなアドバンテージの損失に繋がるからだ。実に厄介なカードを持ってきてくれたものである。
結果、俺の場は空っぽ。攻撃力3000のモンスターを前にしてそれとは厄介である。
「これで終わりだドン、先輩! 究極恐獣で直接攻撃! 《アルティメット・バイト》!」
だが、伏せてあったのがリビデだったなら大きな問題ではない。俺は慌てず騒がず、手札にある1枚のカードに指をかけた。
「手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動!」
「なに!?」
「相手の直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」
場に一瞬だけ現れたかかしが、究極恐獣の噛みつきを受け止めた後、墓地へと消えていく。
究極恐獣を前にして焦らずにいられたのは、手札にかかしがいたからこそである。相変わらず、ここぞというところで助けてくれるかかしさんには頭が上がらない。
俺は胸を撫で下ろすが、しかしここで決められなかった剣山は悔しそうに歯ぎしりをしていた。
「ぐぐぐ……カードを1枚伏せて、ターンエンドン!」
「俺のターン、ドロー!」
……よし。手札に何が来るかが勝負だったが、どうやら賭けには勝ったようだ。
レベル1のチューナーはそれなりに入っているから引く確率は低くはないが、それでもここで引けるかは賭けだったからなぁ。
そしてそのギャンブルに勝った以上、あとはゴールまで一直線だ。
「相手の場にモンスターがいて、俺の場にモンスターがいないため、手札から《アンノウン・シンクロン》を特殊召喚! 更にリバースカードオープン! 《リビングデッドの呼び声》! 効果により墓地から《ジャンク・デストロイヤー》を特殊召喚する!」
《アンノウン・シンクロン》 ATK/0 DEF/0
《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500
「更に墓地の《レベル・スティーラー》の効果、ジャンク・デストロイヤーのレベルを1つ下げ、墓地から特殊召喚する!」
《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0
さぁ、準備は整った。
これから呼び出すモンスターが、このデュエルを制するモンスターだ。
「レベル7となったジャンク・デストロイヤーに、レベル1のアンノウン・シンクロンをチューニング! 集いし意念が、瓦礫の骸に命を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 猛れ、《スクラップ・ドラゴン》!」
《スクラップ・ドラゴン》 ATK/2800 DEF/2000
廃材と鉄屑によって形作られた、命無き身体に宿った竜の魂。
その金切り声に近い咆哮がフィールドに轟き、スクラップ・ドラゴンは俺のフィールド上にて滞空する。
「攻撃力2800? おどかすなドン、それじゃあ究極恐獣には敵わないザウルス!」
ほっと息をつく剣山。それには取り合わず、ひとまず俺はスクラップ・ドラゴンの効果を使用する。
「スクラップ・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、自分と相手の場に存在するカードを1枚ずつ選択し、そのカードを破壊する! 俺の場に残っているリビングデッドの呼び声とお前の伏せカードを選択し、破壊だ! いけ、《デュアル・ディストラクション》!」
スクラップ・ドラゴンがカパッと口を開け、そこから紫電を纏ったエネルギーを解放する。
そしてそれは空中で二筋の電光に分かれ、俺の場に残るリビングデッドの呼び声と剣山の場の伏せカードを狙い打って問題なく破壊した。
「ぐぅッ、《琥珀の落とし穴》が……!」
琥珀の落とし穴……初めて聞くカードだ。効果を確かめてみると、「相手モンスターの攻撃時に発動可能。攻撃モンスター1体の攻撃を無効にし、守備表示にする。このカードがフィールド上に存在する限り、対象となったモンスター1体は表示形式を変更できない」となっていた。
なるほどね。ミラフォなんかを警戒しての破壊だったが、そんなカードだったなら破壊して正解だったと言えるだろう。
加えて、これで相手の場には究極恐獣しかいなくなったのだから。
「けど……伏せカードがなくなっても、怖くはないドン! 究極恐獣の攻撃力は3000! 次のターンで決めてやるザウルス!」
「いいや、このターンで終わりだ」
「どういうことザウルス!?」
俺の勝利宣言とも取れる言葉に、剣山が目を見開く。
また、そんな剣山とは対照的に十代と翔は俺の方をワクワクした様子で見ていた。
十代は俺がどんな手を使うのか。翔は、剣山がやられるところが見たい。といったところかね。
ま、ここはその期待に応えてみせるとしましょうか。俺はデュエルディスクを操作し、カードガンナーの効果で墓地に送られている、あるカードを選択した。
「こういうことだ、剣山! ――俺は墓地の罠カード《スキル・サクセサー》の効果発動!」
「なっ、墓地から
「墓地から罠だって!?」
「ええ!? 墓地から罠!?」
ぎょっとする三人。お前ら、墓地から罠に反応しすぎだから。
確かに、墓地から効果を発動する罠カードの数は少ないけどさ。
まぁいいや。
「墓地のこのカードをゲームから除外することで、自分フィールド上に存在するモンスター1体の攻撃力はエンドフェイズまで800ポイントアップする!」
《スクラップ・ドラゴン》 ATK/2800→3600
これで究極恐獣の攻撃力を上回った。そして、究極恐獣の攻撃力は3000。剣山の残りライフは600ポイント。
2体の攻撃力の差分は、ちょうど剣山の残りライフと同じ値となる。
俺は、剣山の場の究極恐獣を指さした。
「いけ、スクラップ・ドラゴン! 究極恐獣に攻撃! 《オーバーライド・バースト》!」
スクラップ・ドラゴンの口腔に電気を纏ったエネルギーが充満する。
先程はフィールドのカードを破壊するために二筋に分かれたそれが、今度は分かれることなく一筋のビームのようになって究極恐獣を貫き、究極恐獣はやがてその身を爆発させた。
「うぁぁあッ!」
剣山 LP:600→0
その余波を受け、剣山のライフがついに0を刻む。
がくりとその膝が地面に着くと同時に、勝敗が決したためソリッドビジョンも解除されて消えていく。
そしてデュエルの終わりを見届けた十代と翔、マナの三人は揃ってこちらに駆け寄ってきた。
「すげーな、遠也! 墓地から発動できる罠カードがあったなんて驚いたぜ!」
「僕も初めて見たっす!」
興奮気味に言う十代と翔に、俺はまぁなと答えてディスクの中からそのカード……《スキル・サクセサー》を出して渡した。
それを受け取った十代は、翔と共に興味深そうに絵柄やテキストを見ている。その姿を視界の端に収めつつ、俺は膝をつく剣山の傍へと歩み寄った。
「勝負は俺の勝ちだな、剣山」
「エンペラー先輩……」
「ぷっ」
噴き出したマナを睨みつける。マナは大人しくなった。
「その呼び方はやめてくれ。俺にも名前があるんだから、そっちで呼んでくれよ」
「じゃあ、遠也先輩と呼ぶドン」
「ああ、それでいい」
こうして俺の呼び方が普通のものに固定され、俺はひとまず安堵の息をつく。
だが、本題はこれからなのだ。俺は改めて剣山に尋ねた。
「それで、俺が勝った時の条件。それについても了承とみていいのか?」
「もちろんだドン! このティラノ剣山、デュエルで負けた以上約束はきっちり守るザウルス!」
すっくと立ち上がった剣山は、力強くそう断言する。
その真っ直ぐな言葉に、嘘偽りがあるとは思えない。俺はその言葉にほっと胸を撫で下ろし、これからどうやってあの名前を抹消するかを思索する。
と、俺の前に突然ごつい手が差し出された。その手から視線をさかのぼっていけば、そこには案の定剣山の顔がある。
どうしたのかと思えば、剣山はにかっと笑った。
「先輩は十代の兄貴と同じぐらい強いドン! 俺にはもう兄貴がいるから弟分にはなれないザウルス。……けど、ここは十代の兄貴と並ぶ男として敬意を払わせてもらうドン!」
いやに真面目くさった台詞だが、要するに俺のことも先輩として認めてくれたという解釈でいいんだろう。
そこまで理解した俺は、苦笑いを浮かべてその手を取った。
「まぁ、あれだ。よろしくな剣山」
「こっちこそ、よろしく頼むドン!」
握手を交わし、笑い合う。
デュエルを通じて芽生える友情……まぁ、先輩後輩だけど。それでも、こうして新しい関係が生まれていくんだから、デュエルはやっぱり面白い。
俺は新たな仲間となる剣山を見ながら、そう実感するのだった。
さて、その直後。
「あ、そうそう」
「なんだドン?」
俺が上げた声に、剣山が訝しげな顔をする。
それに対して、俺はいや……と間を挟んだ後に言葉を続けた。
「そういや、マナとはまだ挨拶してなかったよな? 一応さっき紹介はしたけど、見えてなかったみたいだし。改めて、ほらマナ」
俺の後ろにいたマナの手を引き、前に出す。
マナは素直にぴょこんと俺の横に立ち、剣山と向かい合った。
「うん! 初めまして、剣山くん。これから遠也ともどもよろしくね! あ、私のことはマナでいいよ」
明るくにこにこと笑いながらマナが挨拶をするが……しかし剣山の反応がない。
どうしたのかと思ってその顔を見て、思わず引いた。
見れば、剣山は浅黒い肌をほんのりピンクに染めていたのだ。
「……か、可憐ザウルス」
そしてなんか呟いた。
と思いきや、いきなり剣山は何を思ったのかマナの前に立ち、片膝をついてマナを見上げる。
その目は真剣そのものであり、ついでに言えばやっぱり頬もほんのりピンクに染まっていた。
「ま、マナさん! お、俺とお付き合いしてほしいドン!」
「はぇ?」
い、言ったァァ――ッ!?
その様子からしてそうなんじゃないかとは思ったけど、まさか初対面でいきなり告白するだと!?
お、おそるべしティラノ剣山。ヘタレの気がある俺には到底真似のできない芸当だ。やはり恐竜を使う関係上、神経も強靭になっていたりするからだろうか。
俺が戦慄しつつも感心していると、剣山の突然の告白に驚いていたマナが自失から戻ってくる。
そして、即座にぺこりと頭を下げた。
「えーっと……ごめんなさい!」
ぴし、と剣山が固まった。
「が……そ、そんな! 理由を、理由を聞かせてほしいザウルス!」
ひどくショックを受けた顔になって硬直した剣山だったが、どうにか復活して振られた理由をマナに尋ねる。
それに対して、マナは俺をちらりと見ると、つつつと俺の横に寄ってきて腕を絡めてきた。
「その……私、遠也と付き合っているので」
「ガーン、ザウルスーッ!」
俺とマナのツーショットを目に映した剣山は、自分で擬音を叫びながら、がっくりを項垂れてその場に両手をついた。
そして、先程までの快活さが嘘のように暗い空気を纏って何事かを呟いていた。
俺はそっと耳を寄せてみる。
「ふ、ふふ……さすがは十代の兄貴に並ぶ男ドン……。デュエルでも、恋でも、遠也先輩はずっとデカい男だったザウルス……」
……いまいち要領を得ない内容だったが、落ち込んでいるのは分かった。だが、当人たる俺が言葉をかけるわけにもいかないので、何も言えない。
マナもさすがに気まずいのか、居心地が悪そうだ。
さてどうしたものか。そう考えていると、両手両膝をついて俯いていた剣山が、がばっと顔を上げて一気に立ち上がった。
その急な動きに驚きつつ剣山の顔を見れば、そこにはきりっと凛々しい顔をした男の顔がある。瞳は少し濡れていたが。
「遠也先輩は、敬意に値する男ドン! そんな先輩のお相手なら、諦めきれるザウルス! ――遠也先輩!」
「お、おう」
いきなり呼び掛けられ、思わず狼狽する俺。
しかし、それに構わず剣山は俺を見つめ……ぶわっと涙をこぼした。
「マナさんと、お幸せにザウルス……!」
がっしりと俺の手を掴み、そう懇願するように涙声で話す。
それに対して困惑しつつも、俺はとりあえず俺が言うべき言葉を剣山に返すのだった。
「ま、任せとけ!」
それは些かどもり気味であったが、まあそこは許してほしいと思う所存だったりした。
*
その数日後。
剣山と共にどうにか草の根的にあの恥ずかしい二つ名を否定して回っていた、ある日。
ふと中等部に近づくと、レイが俺を見つけて寄ってきた。
「あ、遠也さん!」
「お、レイか」
笑顔で俺に懐いてきてくれる妹分に、自然と俺の頬も緩む。
そして、俺の前まで来たレイは、その笑顔のまま口を開いた。
「ボク知らなかったよ。遠也さんってアカデミアではエンペラーって呼ばれてるんだね!」
「――ぐはぁッ!」
「あ、あれ? と、遠也さん!?」
いきなり崩れ落ちて膝をついた俺に、レイが慌てたように俺の名前を呼ぶ。
まさか、レイの耳にも入ってしまったというのか。中等部に所属しているんだから、ありえる事態だった。これは、急がねばなるまい……!
俯く俺にレイがかけてくる声を聴きながら、俺はそう強く決意するのだった。
後日。
どうにかこうにか中等部でも俺のことは普通に名前で呼んでくれるように出来たのだが……連中(中等部男子、主に二年生)はそれに代わる二つ名をつけようとしているという噂を聞いた。
まったく、ホントに勘弁してもらいたいものだ。
俺は溜め息をつきつつ、心からそう思うのだった。