遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第29話 幻魔

 

 ――さて。全身に負った怪我のため、俺はすっかり保健室の住人である。

 安静にしているようにとの言いつけを守りずっと寝ているのだが、正直に言ってかなり暇だった。

 マナが隣で色々と話してくれるし、皆も来てくれるからそういう時はいいんだが……基本的に暇だと感じる時間が多いのは事実である。

 そして、今はちょうどそんな時間だ。付きっきりでいたマナは、ウマが合ったらしい明日香にちょっと会いに行くと行って出かけており、鮎川先生も保健室を離れている。

 つまりこの部屋に俺は一人で寝ているわけで、そうなるとどうしても出来ることは限られる。いつもはデッキ調整なんかもしているのだが、そう日に何度もやることでもない。

 そのため、俺はただ寝転んでじっと天井を見つめていた。その脳裏に、俺が怪我を負った原因をぼんやり思い浮かべながら。

 

「……トラゴエディア、か」

 

 俺は枕元に置かれたデッキケースを手に取り、その中から《トラゴエディア》のカードを取り出す。本体たる魂が消滅した以上このカードは今やただのカードであるため、こうして持ち歩いている。

 今度ペガサスさんに見せて量産してもらうのもいいかもしれない。今なら、危険はもうないだろう。

 そんな思考が浮かぶが、それよりも俺が今考えているのは別のことだ。

 俺が持ち込んだカードが、現実に影響したという事実。俺の怪我はそれを証明するものであるため、どうしても考えてしまう。

 俺が持ち込んだカードたちの、これからの扱いを。

 これまでは特に気にせずにデュエルしてきていたが、これからはしっかり考えていかないといけないのかもしれない。

 たとえばセイヴァー・スター・ドラゴン。あれもまた俺のカードだが、十代たちの目に触れた、ということはあのカードもまた現実に影響を与える存在だということだ。

 ならば、他の原作において重要な位置を占めていたカードもそういったことが出来ると見た方がいいだろう。尤もセイヴァー・スターに関しては赤き竜が関わった疑惑があるので確実にそうとは言えないわけだが。

 少なくとも、原作で悪役側だったカードには細心の注意が必要だということは間違いない。

 

「……やれやれ。この世界に来たばかりの時とは、全然違うな俺は」

 

 最初、まだ夢うつつで童実野町に立っていた俺。

 その後、ふらりと遊戯さんの実家、おもちゃ屋「亀」に向かい、遊戯さんと出会った。――そして、その時。俺が今いるこの世界が元の世界ではなく、紛れもない現実の別世界であると知ったのだ。

 もう生まれ育った世界には戻れない。既にいないが両親が生まれ、俺が生まれ、そして友人たちと過ごした世界。どうあっても戻れないと知った時は、いるかどうかわからない神や運命を恨んだりもした。

 とはいえ、それがみっともない癇癪であり、勝手な自己憐憫にすぎないと俺はわかっていた。だから、結局八つ当たりも出来ないまま俺は無気力に目的もなく過ごすことになったのだった。

 それでも俺を住まわせてくれた武藤家の皆さんには感謝してもし切れない。あのころの俺は、ホントに酷かったからなぁ、我ながら。

 そんな中、見かねた遊戯さんに発破をかけられ、カッとなって感情のままにデュエルをした時もあったっけ。まぁ、そこで遊戯さんに諭されたから、こうして今の俺がいるわけだけども。

 

 俺はおもむろに一枚のカードを取り出す。枠が白く彩られたシンクロモンスターのカード。そこに映るのは、美しい純白のドラゴンである。煌めくその姿は、しかし、どこか翳っているように見えた。

 これはそのデュエルの時に一度だけ召喚したモンスター。子供のように勝手な感情に支配されて召喚し、そしてそれ以降召喚する機会がないカード。

 ……いや、違うか。俺が召喚しないようにしているんだ。出せる機会は何度もあった。だが、俺は決してこいつを出さなかった。

 この世界では効果やステータスが強力だから、というのもある。だがそれ以上に、相手の言葉を妄想と決めつけた俺の無思慮からこの世界に来たことを忘れ、遊戯さんに勝手な不満をぶつけようとした情けない自分を戒めるために、そうしたくないのだ。

 

 ――だから、こいつを出す時は、きっと大切な何かを守るために必要な時だ。そしてそれは、情けない俺から成長したと自分で自分に誇りを持って言える時となるだろう。

 

「……その時まで、待っていてくれ。いつか、また力を借りるからさ」

 

 その時こそ、俺は全幅の信頼と共にお前を召喚する。

 そう心に誓い、俺はカードをケースに戻して枕元へ置いた。

 と同時に、デッキケースの隣に置いてあったPDAにメールの着信を告げるライトが点灯する。

 俺はケースを置いた手でそのままPDAを取り、メール画面を開いた。送り主は十代。何の用だろうと本文を開き、そこに書かれた文章を読んだ。

 

『大徳寺先生を捜しに行ってくる』

 

 簡潔に書かれたそれに目を通し、俺は起こしていた半身をどさりとベッドに戻した。

 

「これが、最後のセブンスターズ戦か……」

 

 十代が大徳寺先生の元に向かうということは、つまりそういうことだろう。俺も何か力になりたかったが、まさか身動きすら取れないとはな。

 その場にいない俺に出来ることは何もない。だから俺は、拳を握って虚空に掲げた。

 

「頑張れ、十代」

「……ほう、元気そうだな」

 

 俺しかいないはずの保健室に、突如響いた低い男性の声。

 俺は驚きつつ身を起こすと、すぐさまその発生源に目を移す。そこは保健室の入口。そこに、目深にフードをかぶったうえに仮面までつけた見るからに怪しい男が立っていた。

 埃をかぶっていた記憶と一致する。間違いなく、アムナエル……大徳寺先生だ。

 俺はいつでも動けるように身体に力を入れる。少々痛みが走って顔が歪むが、問題はなさそうだった。

 

「……アンタ、誰だ」

 

 尋ねるも、その質問にアムナエルは答えなかった。

 

「そういえば、貴様の鍵は遊城十代に渡していたのだったな。無駄足を踏んだ……」

 

 まるで言い聞かせるかのようにそう残し、こちらに背を向ける。

 そしてそのまま去ろうとするその背中に、俺は思わず声をかけていた。

 

「待て!」

 

 それで止まってくれるかは賭けだったが、アムナエルは足を止めてくれた。それを見て、俺は素早く声を続けた。

 

「その声、アンタ……大徳寺先生なんじゃないのか?」

「………………」

 

 答えない、か。だが、それでもいい。とりあえず言いたいことだけ言わせてもらおう。

 

「先生。十代、心配してましたよ。十代だけじゃない、翔も隼人も万丈目も……俺だってそうです」

 

 それに、三沢、明日香、カイザーも。クロノス先生だって、同僚が行方不明なら心配しているだろう。大徳寺先生の失踪は、それだけ俺たちにも影響を与えていたのだ。

 

「………………」

 

 しかし、そんな言葉も大徳寺先生には届かなかった。止まっていた足は、再び動き出す。

 それを見て、俺は慌てて一番言いたかったことを口にした。

 

「――あの時は、ありがとうございました!」

 

 目の前の男の身体が固まる。

 

「カミューラが叫んでいたアムナエルとは、あなたのことですよね。これまでのセブンスターズに、そんな名前の奴はいなかった。……あの時、先生がカミューラのデュエルディスクを暴走させてくれなかったら、俺もクロノス先生も皆も、無事じゃなかったかもしれない」

 

 だから、と繋げて俺は頭を下げた。

 

「助けてくれてありがとうございました、大徳寺先生!」

 

 一番俺が言いたかったこと。それはお礼だった。

 大徳寺先生が教師として行動していた時は、そんなことを言うわけにはいかなかった。先生がアムナエルだと知っているはずがないのだから。

 だから、お礼を言う機会はここしかない。アムナエルとして大徳寺先生が現れたここしか。

 俺の言葉に最後まで耳を傾けてくれたものの、しかし先生は無言で保健室から出ていく。それでもいい。お礼は言えたし、あとはきっと十代が上手くやってくれる。そう願って、俺は力を抜いた。

 その時。

 

「……元気なら、それでいいんだにゃ」

 

 ふと、そんな声が聞こえてきた。

 はっとして保健室の入口を見るも、そこには既に誰もいない。

 なら幻聴だったのか。だが、俺にはそうは思えなかった。あれは紛れもなく大徳寺先生の声。なら、どうしてあんなことを言ったのか。先生は鍵を探しに来たみたいだけど……。

 いや、待てよ。

 

「……ひょっとして、ただのお見舞いだったのか?」

 

 鍵を十代に渡したなんて、簡単に知れることだ。そして知ったなら、そんな重要なことを忘れるはずがない。だというのに、忘れたふりをしてまでここに来たその理由。

 それはきっと、あの最後の言葉の通りだったのだろう。

 トラゴエディアとの戦いで怪我を負った俺を、大徳寺先生は心配してくれていたのだ。

 

「はは、相変わらずだなぁ、大徳寺先生は」

 

 相変わらず、生徒思いのいい先生だ。

 俺がそう実感して笑っていると、慌てた様子のマナが息せき切って走りこんできた。

 

「遠也! 明日香さんがどこにもいなくなって……! 遠也は大丈夫!?」

 

 切羽詰った顔で俺の身体に飛びつくマナ。心配からくるものだろうが、その衝撃は身体の痛みを再び起こさせるに十分なものだった。

 

「いたたた! 大丈夫、大丈夫だって! なんともないから!」

「本当? なんだか変な気配がしたから……」

 

 それはきっと、たった今去っていた大徳寺先生のものだろう。心配そうに俺の顔を覗き込んでくるマナの頭を撫でながら、十代と大徳寺先生のことを思う。

 この後すぐ、二人は戦うはずだ。先生と生徒、セブンスターズとその企みを阻止する者として。

 今は敵同士の二人だが、それでも互いに先生と生徒として大事に思っていることは間違いない。大徳寺先生はこうして俺のことを心配してくれていたのだから。

 だから、二人にとっていい結果になることを祈る。そのためにも、俺は心の中で十代にもう一度声援を送った。

 頑張れ、先生を頼む、と。

 その声援が届くように、俺はマナの頭を撫でつつ保健室の窓から外を見つめる。暗く闇に覆われた島の空。セブンスターズ最後の戦いに臨む友の助けになることを願いながら。

 

 

 

 

 ……その後。数時間後になって十代が保健室を訪ねてきた。

 それだけで、俺は悟る。大徳寺先生は敗れ、消えてしまったのだと。

 感傷を感じつつ迎え入れた俺だったが、十代は入り口に立ったままじっと俺を見つめていた。

 

「なんだよ?」

「ん、いや……」

 

 ベッドの上から投げかけた声に、十代は歯切れが悪そうに頭をかきながら入ってくる。そしてベッド横にいるマナの横に立ち、神妙な顔で俺に目を合わせてくる。

 

「……俺たちさ、仲間だよな?」

「は?」

 

 いきなり妙なことを言い出した十代に、思わず間抜けな声が出る。横ではマナも驚いた顔で十代を見ていた。

 そんな俺たちの反応を見ても、しかし表情を崩さない十代に、俺はやれやれと首を振ってまっすぐ正面から十代を見る。

 

「当たり前だろ。俺とお前は仲間で、ライバルで、でもって、大切な友達だ。一年前に会った時からな」

 

 アカデミアに入学してすぐ。初めてデュエルした時から、俺たちは友達だったはずだ。

 今更言うまでもなく、わかってると思ってたけどな。

 

「そんなこと、翔とか皆には聞くなよ。俺たちは誰が何と言おうと友達なんだからな」

 

 基本ネガティブなところがある翔なんかは、十代が改めてそんなことを聞いたら何か妙な方向に勘違いをしそうだ。そんな珍騒動にまた付き合うことになるのはごめんである。

 そんな思いからそう忠告すると、十代はうんうんと頷いて破顔した。

 

「だよな! へへ、やっぱ俺、最高の友達を持ったぜ!」

 

 笑顔でそう言うと、十代は似合わない顔ではなくいつもの快活な笑顔に戻った。

 まったく今のやり取りは何だったのか。そう思いつつ、いつもの十代の姿に俺は安心感を覚える。

 すると、十代は突然こんなことを言い出した。

 

「大徳寺先生が言ってたんだ。俺は一年前と何が違うのかって。今の俺には、たくさんの仲間がいる。そうしてみんなで作っていく未来が、きっと大徳寺先生が俺たちに教えたかったことなんだ」

 

 一人一人の個性が仲間という輪の中で溶け合い、新たな未来を作り出す。それこそが大徳寺先生が錬金術に込めた思いだったのだ、と十代は言う。

 物質と物質を混ぜ合わせ、新たな物質を作り出す錬金術。それと非常に似た十代を取り巻く環境。それに、大徳寺先生は希望を見出したらしい。

 先生は最後に、自分の後に現れる脅威に気を付けてくれと言い残して消えていったらしい。

 その未来を知っていた先生は、そんな脅威に立ち向かえる存在として十代を導こうとしていたのだろう。

 

「……そうか、大徳寺先生がそんなことを」

 

 最後に交わした仮面越しの会話を思い出す。

 あの人はやはり、生徒思いのいい先生だった。違う寮の人間だが、それでも大徳寺先生にお世話になったことは多い。軽く目を閉じ黙祷していると、十代が再び口を開く。

 

「あと、遠也のことも言ってたぜ」

「俺?」

「ああ。俺の融合と同じく、遠也のシンクロも未来を照らす大きな可能性。仲間と力を合わせて更なる希望を作り出す、その極意を忘れるな……ってさ」

「そうか……」

 

 あの人が見た未来には、果たして俺もいたのだろうか。

 その言葉がどんな未来を暗示しているのかはわからないが、それでも俺にとっても恩師である人の言葉だ。忘れないようにしよう。

 

「まぁ、そういうわけでさ。俺にとって仲間ってのは大事な存在なんだって気づかされたわけだ。……それで、聞いてみたくなったんだよ。皆にとっての俺は、どうなのかってさ」

 

 その表情に僅かに覗くのは、不安だろうか。

 十代自身は俺たちのことを信頼している。だが、相手が同じように思っているかは聞いてみなければわからない。そこに不安を感じるのは、人として当然のことだ。いくら明るい性格であろうと、それは同じ。

 それを知っている俺は、ふっと笑みを浮かべて十代に答えた。

 

「もう一度言ってやろうか? 俺にとってお前は大事な親友だよ。何があっても、それは変わらないさ」

 

 この一年で互いに築いた関係が、それ以外の何物でもあるはずがない。その確固たる思いから紡いだ言葉に、十代は照れ臭そうに笑った。

 

「へへ、俺も同じだぜ遠也! ま、これからもよろしくな親友!」

「ああ。こっちこそ」

 

 互いに笑い、拳と拳をコツンとぶつけ合う。

 この瞬間、長く続いたセブンスターズとの戦いはついに終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 手を開き、握る。足を上げ、下ろす。肩を回し、腰を回す。

 それらの動作に何の痛みも走らないことを確認した後、俺はぐっと拳を突き上げた。

 

「俺、ふっかーつ!」

「気持ちはわかるけど皆本君、君まだ治ったばかりなんだから無理は禁物よ?」

「あ、はい。鮎川先生」

 

 若干テンション高くベッド脇で声を上げた俺を、鮎川先生が肩をすくめながら窘める。

 だがしかし、ようやくベッド生活&車椅子生活から脱却できた俺にとって、久しぶりの地に足をつけた感覚というのは感情を高ぶらせるには十分なものだった。

 鮎川先生に言われて収まらせてはいるが、それでもやはり嬉しいことに変わりはない。

 思わず顔に喜色がにじむ俺だが、そんな様子を鮎川先生は嘆息して見た後に俺の横に視線を移した。

 

「やれやれ……マナさん? 皆本君のことはしっかり見ていてちょうだいね」

「はーい、任せてください!」

 

 そしてその視線の先で、鮎川先生の頼みを快諾するマナ。

 俺が不自由している間その生活をずっとサポートしてきたマナは、鮎川先生とも親しげである。

 先生はマナが精霊であるとか本当は生徒でもないということを知らないが、俺と親しい女の子だとは理解しているようで、すっかり俺とセットで考えているようだった。

 

「信用ないなぁ、俺」

「別にそういうわけじゃないわよ? ただ、遊城君や天上院君に続いてでしょう。私としては生徒に危険なことはしてほしくないんだけど……どうしようもない以上せめて怪我だけはしてほしくないのよ」

 

 だからちょっと過保護気味になるのは見逃してちょうだい、と鮎川先生は笑った。

 ……そう言われては、何も言えるはずがない。そして同時に、俺たちのことをそこまで思ってくれている先生に感謝の念が浮かんだ。

 大徳寺先生といいクロノス先生といい、この学園は教師に恵まれているとつくづく思う。

 

「ありがとう、先生。……たぶんもうすぐ終わるから、安心してください」

 

 俺は鮎川先生にそう答えて、手を振りつつマナと共に保健室を後にする。

 そう、既にセブンスターズの撃退は完了している。なら、残るは本命ともいえる三幻魔……黒幕たる理事長だけだ。

 その決戦がいつになるかまでは覚えていないが、こうして俺が自由になった以上早くみんなと合流して備えるべきだろう。

 俺はそう判断すると、PDAを取り出して十代にメールをする。内容は、『俺、完治! 皆はどこにいる?』である。

 送信。そしてその一分後。十代から返信があった。なになに……。

 

『よかった、安心したぜ! んで、俺たちは今、浜辺でラブデュエルを見てるところだ!』

 

 ……どういう、ことだ。

 俺はあの十代がラブなんていう言葉を使ったことに戦慄しながら、とりあえず詳しい場所と経緯を尋ねるのだった。

 

 

 

 

 さて、わかった限りのことをまとめると、ラブデュエルというのは吹雪さんと万丈目の仕組んだことだったらしい。

 明日香と付き合いたい万丈目、その気持ちに気付いた吹雪さんが手を貸そうと名乗り出る。そこでデュエルを通じて気持ちを伝える(どうしてそうなった)ことになり、万丈目は俺たちが守った7つの鍵を盗み(解せぬ)、それを餌にしてやってきた明日香にデュエルを挑んだのだとか。

 まるで意味が分からんぞ!

 告白するだけなら、デュエルする必要はないだろうに。そしてそれにしても、「俺とデュエルしてくれ」と明日香に頼めば済むことだ。デュエルを挑まれれば、気心知れた仲間内だし明日香も断ることはないだろう。鍵を盗む必要はどこにもない。

 と、そんなわけで浜辺では俺と同様の考えに至ったのだろう、十代たち含め全員が万丈目とそのセコンドについている吹雪さんを呆れた目で見ていた。

 そして当然、合流した俺も同じ目で二人を見る。俺たちでもそうなのだから、実際にデュエルを吹っ掛けられた明日香はいったいどんな顔をしていることやら。背後からでも怒りのオーラが出ているのは分かるんだが。

 

「お、遠也来たのか。マナも」

「おう。……しかし、ホントにやってるんだな、ラブデュエル。冗談かと思ってたんだけど」

「それが冗談じゃないんすよ」

「まったく……吹雪にも困ったものだ」

 

 翔とカイザーが溜め息交じりに俺の願望交じりの言葉を否定する。

 隼人と三沢もうんうんと頷いて二人に賛同していた。やっぱり、本気でやってたのか、ラブデュエル。万丈目の奴も、普通に告白すればいいのに。

 と思っていると、既にデュエルは佳境に入る。俺が合流する前からデュエルしていたのだから、それも当然か。

 

「――私は手札から《機械天使の儀式》を発動! 場の《おジャマ・トークン》3体を墓地に送り、手札から《サイバー・エンジェル-弁天-》を儀式召喚!」

 

《サイバー・エンジェル-弁天-》 ATK/1800 DEF/1500

 

 両手に扇子……恐らくは鉄扇か。それを武器にした長い黒髪の女性が明日香のフィールドに現れる。明日香の持つサイバー・エンジェルのうちの1体か。

 対して万丈目の場には、攻撃力300、守備力3000の《おジャマ・キング》が1体である。弁天の効果を考えれば、これでデュエルは終わりだな。

 

「バトル! サイバー・エンジェル-弁天-でおジャマ・キングに攻撃! 《エンジェリック・ターン》!」

 

 弁天が飛び上がり、巨体のおジャマ・キングに鉄扇で鋭い往復ビンタを食らわせる。精神的ダメージとしても、なかなかキツイ攻撃方法だな。

 

「ぐッ……!」

 

万丈目 LP:2900→1400

 

「更にサイバー・エンジェル-弁天-の効果発動! このカードが戦闘で破壊し墓地に送ったモンスターの元々の守備力分のダメージを相手プレイヤーに与えるわ!」

「そ、そんな……おジャマ・キングの守備力は3000……!」

 

万丈目 LP:1400→0

 

 効果ダメージにより万丈目のライフポイントが0を刻む。そしてそれと同時に万丈目が膝から崩れ落ちた。

 こうしてここに、万丈目いわくのラブデュエルは終わりを告げたのだった。

 

「デュエルにも……恋にも、俺は破れた……うぅ……」

 

 地面に手をつき、うなだれる万丈目。

 俺たちにとってはよくわからない趣旨のデュエルだったが、万丈目にとってはそれだけ本気だったのかもしれない。膝を折り、肩を震わせる万丈目を見ると、その方向性はどうあれ明日香を好きな気持ちは本物だったのだろうと思うことが出来た。

 セコンドたる吹雪さんが、万丈目に駆けより、そして同時に自らを奮い立たせて万丈目が顔を上げる。やはりその顔にはショックが色濃く残っていたが。

 定番の万丈目サンダーの叫びと共に立ち上がる万丈目。それを見て、「こんなにカッコいい万丈目くんに、何故惚れない明日香!」と恋破れた男の姿に涙しながら言う吹雪さん。

 いや、そこは個人の好みの問題でしょうが。

 とはいえ、そこまで想ってもらっていたことに対しては、明日香としても素直に嬉しく感じていたようだった。デュエル中とは異なり、肩の力を抜いた温和な雰囲気を見せ、万丈目へと歩み寄る。

 

「万丈目くん、あなたの気持ちは嬉しいけど――」

 

 明日香が和らいだ声で言葉を紡いだ、その時。

 

「な、なんだ!?」

 

 突如島を大きな地震が襲う。

 そればかりか、光の柱が空に向かって放たれ、しかしそれは一瞬で消え去った。

 

「い、今のは……?」

 

 誰かが発した疑問の声。だが、それに答えが返ってくる前に、もう一度大きな揺れが俺たちの身に降りかかる。

 全員が身体に力を入れ、浜辺から徐々に距離を取っていく。波にさらわれでもしたら洒落にならないからだ。

 そうして少しずつ全員の身を寄せ合い始めたところで、揺れがぴたりと止む。それと同時に、異変に気付いた翔が声を上げた。

 

「ああっ! みんな、森の奥に……!」

 

 翔が指差すその先には、森の上から僅かに飛び出した石柱が見えた。先しか見えないが、その形は四角錘に近い特徴的なもの。

 

「あれは……オベリスク、か?」

「ああ。エジプトの代表的なモニュメントだ」

 

 俺の呟きに、カイザーが答える。

 しかし、なぜそんなものが……。見る限りは複数あるみたいだし、ここから先だけとはいえ見えるということは、かなり巨大なもののはずだぞ。

 疑問に思っていると、今度はマナが「万丈目くん!?」と驚きの声を上げた。今度はなんだ、と思いながら全員の視線が万丈目へと向けられる。

 そこには、首から下げた7つの鍵が光り、浮かび上がっている姿があった。

 

「な、なんだこれ、はぁッ!?」

 

 万丈目自身が驚くと同時に、鍵は万丈目の首にかかったまま森の方へと移動し始める。首にそれがかかっている万丈目は、突然のことに首から外す暇もなく引っ張られていく。

 

「ま、万丈目! どこ行くんだ!?」

「お、俺が知るかぁ! あと、さんだぁー……!」

 

 十代の問いに、首を引っ張られて走りながらも律儀に返答する万丈目。その姿が森へと消えていくのを見て、俺たちはすぐに足を動かしていた。

 

「ったく、追うぞみんな!」

 

 俺の声に頷き、全員が万丈目を追って走り出す。

 森の中を、俺、十代、マナ、翔、隼人、三沢、カイザー、明日香、吹雪さんの順番で走り抜ける。基本的に真っ直ぐ最短距離を進んでいるのか、曲がることが一切ない。この先にはさき見えたオベリスクがあるはず。

 この異常な事態……あそこが三幻魔の封印場所か?

 

「ぁがッ!?」

 

 追いつつも考えていると、前方で万丈目の悲鳴が聞こえてくる。

 何事かと思えば、横につきだした木の枝に正面から顔をぶつけたらしい。だが、その衝撃のおかげで鍵をかけていた紐が切れて、万丈目は解放されたようだ。代償は、顔に横一文字で走った打撲の跡だな。

 そして同時に鍵が飛んでいった目的地……石柱の場にも出たようだ。改めて見てみれば、ビルの10階ほどに相当する巨大なオベリスクが7本、地面から斜めに突き出している。

 それはちょうど円を描くように配置されており、その中心地は木々が存在せず円形の窪みが赤茶色の土を見せて形作られていた。

 

「み、見ろ! 七星門の鍵が……!」

 

 三沢の言葉に、俺たちは光を放つ鍵を見る。

 宙に浮かぶ7つの鍵はやがてゆっくりと移動を始め、7つの柱それぞれに吸収されていった。

 そして、それと同時に再び振動を起こす大地。まず間違いなく、門が開く。この場の誰もがそのことを確信していた。

 

「みなさーん!」

「何事なノーネ!?」

 

 同じくして、学園の校舎の方から走ってくる鮫島校長とクロノス先生。セブンスターズに深く関わる二人はこの異常事態をすぐにそれと結び付け、駆けつけてきたようだった。

 

「いやぁ、それが……」

「サンダーのせいで……」

 

 と、みんなが先生の質問に対して納得の回答を返していたところで、今度は先程よりも小さな揺れが起こる。

 そして現れたのは、土がめくれ上がった窪みの中でも更に中心。その地面に鉄製の扉が掘り起こされ、そこから鉄柱がせり上がってきたのだ。

 尤も、その柱の大きさは周囲のオベリスクほどではない。せいぜい両腕で囲める程度の太さに、胸まで届くかといった高さしかない小さなものだ。

 だが、その柱の上部が開き、中から光と共に現れたものに、俺たちは目を見開いた。

 

「な……3枚のカード!?」

「まさか、あれが三幻魔のカードなのか!?」

 

 浮かび上がる3枚のカード。七星門の鍵によって開き、そこから現れた3枚のカードから、三幻魔を想像するのは当然のことだった。

 俺たちはそれを確保しようと、その場から動く。中心地に向かって俺と十代、万丈目が素早く円の外周部から窪みに降りたところで、空から声が降ってきた。

 

『そのカードを、貴様らにやるわけにはいかんな……』

 

 しかも、かなりの大音量で。

 どこの馬鹿だと思って空を見上げれば、そこにはこちらに飛来する輸送機が一機。まだそれなりに距離がある。あそこから届かせようとすれば、そりゃ音も大きくなるわな。

 そして俺たちの真上に来た輸送機が、突然何かをパラシュート付きで降ろす。目を凝らしてみれば、それは俺の身長の二倍はありそうな機械の塊だった。

 途中でパラシュートを切り離したそれは、ズン、と大きな音を立てて接地する。それによって立ち上る土煙が晴れた時、そこに現れたのは培養漕の中に一人の老人を擁した機械仕掛けの四足ロボットであった。

 

「なんだ、あのロボットは……」

 

 鮫島校長の言葉は俺たちの気持ちの代弁だった。

 そしてそれに、そのロボットはスピーカー越しの声で返答する。

 

『鮫島校長……私の声を忘れたのかね』

「ッ……この声、まさか……影丸理事長!?」

 

 校長の口から出た理事長という言葉に、俺を除く全員が動揺する。

 理事長となればつまりは学園の総責任者。そのような立場の人間が何故この学園を危機に陥れるようなことを? ということだろう。

 そしてそれにそのロボット……影丸理事長は、不気味な含み笑いを浮かべる。

 

『フフフ……時は満ちた。これより三幻魔復活の儀式を行う』

「馬鹿な!? この学園を守るべき方が、何故そんなことをする!?」

 

 カイザーが信じられないとばかりに詰問し、それに理事長は鼻を鳴らして答えた。

 

『最初から、私が計画したことだったのだよ。この三幻魔の儀式はな……』

 

 どういうことだ! と問い詰める皆。それを受けて、理事長は上手くいった悪戯を誇る子供のようにタネ明かしを始める。

 

 ――いわく、元々理事長は三幻魔のカードを手に入れてその力を己が為……永遠の命と世界の覇権の入手に利用しようとしていた。だが、三幻魔の力はデュエリストの闘志に満ちた空間でないと蘇らないとわかったらしい。

 そのため数年前に理事長はこの学園を設立。表向きの理由は学園が謳うように次世代を担うデュエリストの育成だろうが、本当は三幻魔の復活に見合う実力と意志を持ったデュエリストを生み出すため、というのがその真相だったようだ。

 そして現在。この場にいるデュエリストを見て機は熟したと見た理事長は、七星門の鍵を鮫島校長に託し計画の実行に移った、ということのようだ。

 

 その告白を受けて、全員が怒りをあらわにする。

 

「ふざけないで! 私たちはあなたの言いなりになるオモチャじゃないのよ!」

「そうだ! 勝手なことを言うな!」

「俺たちは自分たちの夢のためにこの学校に来たんだな! その気持ちを利用するなんて、許せないんだな!」

 

 明日香、翔、隼人がそれぞれ自身の思いを吐露し、理事長の言葉に真っ向から立ち向かう。

 それを受けて、クロノス先生も口を開いた。

 

「そうでスーノ! 我々教育者の仕事は、生徒の夢を叶えるために必要な力を彼らに教え、その夢へ導くことなノーネ! あなたはこの学園の理事長……教育者として失格でスーノ!」

 

 クロノス先生の言葉に、鮫島校長が大きく頷く。そして、その言葉に続いて今度はカイザーたちが声を上げる。

 

「そうだ、そんな横暴を許すわけにはいかない! その野望、この俺……カイザーと呼ばれるこの丸藤亮が打ち砕いてみせる!」

「いや! このデュエルは俺……一、十、百、千、万丈目サンダーが受けて立つ!」

「待てサンダー! ここはラーイエローのトップ、三沢大地が!」

「いいや、ここはアカデミアのブリザードプリンスと称されるこの僕、天上院吹雪がお相手しようじゃないか!」

「誰もそんな風に呼んでないじゃない……」

 

 最後の吹雪さんのセリフにだけ、明日香が呆れて突っ込みを入れる。

 とはいえ、皆も理事長の言葉に怒りを覚えているのは同じことのようだ。数ある学校の中からわざわざここを選んできた以上、誰であっても少なからず目的がある。夢であったり、進路であったり。

 しかし、理事長の発言はこの学園の責任者でありながらその全てを否定するもの。憤慨して当然だった。

 だが、そんな怒りを理事長は気にも留めない。いま声を上げた全員からの果たし状を退け、ただ二人……俺と十代にだけ目を向ける。

 

『貴様らでは駄目だ。私の相手は、皆本遠也、遊城十代。精霊の力を色濃く宿す、この二人でなければ意味がない』

「なに?」

「俺と遠也だって?」

『そうだ。遊城十代……貴様は精霊の宿るカードを持ち、その声を聴く力を幼い頃から持っていたという。そして、皆本遠也』

 

 俺に視線を向けた理事長は、その隣に立つマナにも目を向ける。

 

『貴様の持つ精霊のカード……《ブラック・マジシャン・ガール》。貴様はその存在を実体化させることが出来るほどの力を持つ。フフフ、ゆえに貴様らでなければならぬ』

「なんですと!?」

「シニョーラマナが、ブラック・マジシャン・ガールの精霊でスッテ!? どういうことなノーネ!?」

 

 理事長の発言に、その事実を知らなかった校長とクロノス先生が動揺を隠さずマナを見る。

 そしてマナは二人の視線を受けて、一つ息を吐いた。そして次の瞬間、その身は魔法を使い光に包まれる。その眩い光が晴れた後、そこにはブラマジガールと寸分違わぬ格好をしたマナが立っていた。

 この場にいる全員が知っているなら問題ないと判断したのだろう。本人としても、本来の格好が一番楽だと言っていたことだし。

 そしてそれを見た校長とクロノス先生は、あんぐりと口を開けて驚いていた。

 

『フフフ、さすがだ。それ程の力、実に高ぶる……』

 

 そして嬉しそうに笑う理事長。

 ……だけど理事長さん、言いにくいけどそれって勘違いです。だって、マナが実体化してるのって本人の力だし。俺まったく関係ないから。

 まぁ、精霊が見えるし声も聞こえるから、俺に何の力もないってわけでもないんだろうけど。だが、それなら俺と万丈目はほとんど変わらないはずだ。

 しかし、それを知らない理事長はノリノリである。さぁデュエルだ、とでも言いたげに三幻魔のカードをロボットアームで回収すると、それを機械の中から取り出したデュエルディスク、それに収められたデッキに組み込んだ。

 あちらさんは、完璧にやる気のようだ。まったく、やれやれ。

 

「遠也……さっき鮎川先生に言われたこと、覚えてる?」

 

 隣に来たマナが、じとりと俺の顔を見つめてくる。あちらさんに触発されて、ちゃっかり俺もデュエルディスクを装着したからだろう。

 ちなみにデュエルディスクは、ラブデュエルと聞いて一応持ってきた。その後普通に皆でデュエルする事態になったら、俺も混ざろうと思って。結局こんなことになったけど。

 そしてそんなジト目で見てくるマナに、俺は嘆息して答える。

 

「仕方ないだろ。あっちは俺たちをご指名なんだ。世界の命運がかかっている以上、下手に断るわけにもいかないだろ」

『その通りだ……見ろ』

 

 理事長が言うと同時に、7本のオベリスクの間に電磁波のようなものが走り、それぞれがその電磁波によって繋がる。完全に円を描いたそれによって、俺たちは閉じ込められた。

 

『私の挑戦を受けなければ、貴様らはこの中から出られず、島と共に海に沈むしかない。それが嫌なら、私と戦うのだ!』

 

 ほらな、とマナに目を向ける。逃げられるようにしているはずがないのだ。この学園を作って以来、待ちに待った三幻魔復活のためのエサなのだから、俺たちは。

 マナは理事長の所業に表情を険しくさせる。そんな中俺は、それに、と言葉を足して十代を見た。

 視線の先では、隼人が投げたリュックから取り出したデュエルディスクを腕に着け、デッキを弄っている友達の姿がある。

 

「十代一人に背負わせるわけにもいかないしな」

 

 ただでさえ、俺の分の鍵まで託したことがあるのに。そう心の中で付け足しながら言うと、聞いていた十代がにっと笑う。

 

「へへ、それは俺のセリフだぜ。遠也一人に任せっぱなしってのは性に合わないからな!」

 

 それに俺も笑みを浮かべて返し、それを見たマナは溜め息をついた。

 

「もう……前に翔くんが言ってたけど、二人ともやっぱり似た者同士だよ……」

「悪いな、マナ。けど、これが最後だからさ」

「うん。私の力が必要なら、いつでも使ってね?」

「おう」

 

 マナはその答えを聞いて、すっと一歩下がる。万丈目もまた、自身がいては邪魔になるだけだと判断したのか後方で皆と合流している。

 俺と十代はそれぞれその場に残り、窪みの方へと更に歩を進めた。

 それを見て、理事長がくぐもった笑いを響かせる。

 

『フフフ、待ちに待った一時だ。三幻魔の力をとくと見るがいい』

「へっ、俺たちはそう簡単にはやられないぜ!」

「ああ。お前こそ、俺たちの絆の力を存分に見るといい」

『フフ、威勢のいい……これが若さか。では、ルールを説明する。このデュエルは変則タッグデュエルだ。ライフは私が8000、貴様らは8000のライフを共有する。場と墓地も共有とし、タッグパートナーの伏せカードはもう一方も使える。ハンデとして、私は手札10枚スタートとする。そして1ターン目は互いにバトルフェイズを行えない。……異存があるなら聞いてやろう』

「異存はないぜ!」

「同じくだ」

『よかろう。では――』

 

 その言葉を合図に、互いにデュエルディスクを展開した。

 そして同時に開始を宣言する。

 

「「『デュエルッ!!』」」

 

遠也・十代 LP:8000

影丸 LP:8000

 

「俺の先攻……ドロー!」

 

 まずは十代のターン。この後が理事長のターンとなり、その後が俺。これが1ターンの順番だ。その後再び理事長のターンとなり、その次が最初に戻って十代……と続いていく。そして2回目の理事長のターン、その時からバトルフェイズを行えるようになる。

 

「俺は《E・HERO バーストレディ》を守備表示で召喚! カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

《E・HERO バーストレディ》 ATK/1200 DEF/800

 

 手堅い始まり方だ。相手の出方がわからない以上、守備を固めるのは正しい。バトルフェイズを行えない以上、様子見といったところだろう。

 

『私のターン……ドロー!』

 

 ハンデにより、この時点で理事長の手札は11枚。そこから取れる戦術の幅は想像もできないほどだ。

 あれだけ手札が充実している以上、場を整えることは容易なはず。果たしてどう出てくるか……。

 

『クク、私は手札から罠カードを3枚セット』

 

 理事長の場に3枚の伏せカードが現れる。

 だが、それを見た面々は揃ってそのプレイングに驚きを隠せない。

 

「あの男……本当にデュエルをしたことがあるのか?」

「ああ。伏せカードをセットするのに、わざわざ罠か魔法かを宣言する必要はない」

「確かにそうっすよね」

 

 万丈目と三沢の言葉に、翔が頷く。

 二人の言うことは正しい。だが、三幻魔の中にはそれでしか召喚できないものも存在する。OCGにおいては永続罠でしか特殊召喚できないモンスターだったが……。

 俺がOCGの効果を思い返しているところ、万丈目たちの声を聴いていた理事長は不敵な笑みを浮かべる。

 

『だがこれこそが、幻魔を呼び出すのに必要な条件なのだ……』

「3枚の罠カードが、三幻魔の召喚条件だって?」

『そうだ、十代。まずは第一の幻魔を貴様らに見せてやろう』

 

 言うと、理事長のロボットアームが手札の一枚を掴み取る。

 

『3枚の罠カードを生贄に、現れろ! 《神炎皇ウリア》!』

 

 理事長の宣言と共に3枚のカードが光となって消え去り、同時に島の火山傍から巨大な火柱が天に向かって立ち昇る。

 マグマが混じる膨大な熱気、その業火の中から姿を現したのは、三幻神オシリスの天空竜に酷似した赤いドラゴン……三幻魔の1体、神炎皇ウリアである。

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0 DEF/0

 

『ウリアの攻守は墓地に存在する罠カードの枚数×1000ポイントとなる。私の墓地に罠カードは3枚。よってウリアのステータスはそれぞれ3000となる!』

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0→3000 DEF/0→3000

 

「いきなり攻撃力3000のモンスター!?」

 

 十代が驚きを露わにするが、理事長は不敵に笑うだけだ。

 

『フフ……1ターン目は互いにバトルフェイズを行えない。私はこれでターンエンドだ』

「次は俺のターンだ、ドロー!」

 

 加えたカードと共に手札を確認し、するべきことを決めていく。

 

「俺は《おろかな埋葬》を発動し、デッキから《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送る! そして、《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果により墓地のレベル2以下のモンスター……ボルト・ヘッジホッグを蘇生する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 これは世界の命運もかかった一戦。なら、最初から全力でいく!

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

 現れる白銀の装甲を持つ機動兵器。冷たく光る金色の爪で身体を支え、青い一つ目のレンズが相手フィールドを見据える。

 闇属性モンスター以外との戦闘では絶大なアドバンテージを誇るモンスターだ。壁としてもアタッカーとしても、頼もしい存在と言える。

 

「更にカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 俺も伏せカードをセットしてターンを終える。これでウリアの効果を使ってきたとしても、どちらかのカードを残すことが出来るだろう。

 

『私のターン、ドロー!』

 

 理事長が手札にカードを加える。

 

『フフ、まずは神炎皇ウリアの効果発動! 喰らえ、遠也! 《トラップ・ディストラクション》!』

 

 その指示を受け、ウリアが甲高い鳴き声を上げる。そしてそれは超音波となって空間を渡り、やがてそれは俺が伏せたカードを破壊することとなった。

 

『幻魔に罠カードは通用しない。通用するのは発動ターンの魔法のみ! 私は更に魔法カードを3枚セット。そして出でよ、第二の幻魔……《降雷皇ハモン》!』

 

 今度は魔法カード3枚が光と化して消え去り、そして地面から現れた氷山より、全身を黄色で染め上げられたラーの翼神竜をモチーフにしたと思われるモンスター……降雷皇ハモンが現れた。

 

《降雷皇ハモン》 ATK/4000 DEF/4000

 

 そしてその攻撃力を目撃し、十代の頬に一筋の汗が伝う。

 

「攻撃力4000……!」

『フフフ、バトルフェイズに入る! 降雷皇ハモンでバーストレディに攻撃! 《失楽の霹靂》!』

 

 ハモンの口から放たれた雷が天に昇り、いつの間にか黒い雲で覆われた空が帯電する。そしてそこから幾筋もの雷が降り注ぎ、バーストレディを一瞬で破壊してしまった。

 

「くっ、バーストレディが……!」

 

 ダメージこそないが、これもやはり闇のデュエル。近くで炸裂した雷の熱が肌を焼くようだった。

 

『更にハモンの効果発動! 戦闘で相手モンスターを破壊した時、1000ポイントのダメージを与える!』

「な、なに!?」

「くっ……!」

 

 上空に留まっていた雷雲。そこから再び雷が落ち、俺たちの身体に直撃した。

 

「「ぐぁぁああッ!」」

 

遠也・十代 LP:8000→7000

 

『更にウリアでカタストルに攻撃……と言いたいが、そのモンスターの効果は知っている。バトルフェイズはこれで終わりだ』

 

 ぐっ、さすがに知ってたか。そのまま無防備に攻撃してくれていれば、逆にウリアを倒せていたんだけどな。

 だが、効果を知っているということは警戒して暫くは持たせられるかもしれない。そう考える俺だったが、それは甘い考えだったとすぐに悟ることになる。

 

『だから私はこうしよう。魔法カード《地割れ》を発動! 相手フィールド上の最も攻撃力が低いモンスターを破壊する! 貴様らの場のモンスターはカタストルのみ。カタストルを破壊だ!』

「なっ……!」

 

 地響きとともにカタストルが立つ大地にひびが入る。それは見る間に巨大な亀裂へと成長し、その上にいたカタストルを飲み込んだ。

 いくら戦闘で無類の効果を持つカタストルといえど、効果破壊には無力だ。これで俺たちの場は綺麗に空っぽになってしまった。

 

『フフフ、私はこれでターンエンドだ』

 

 悠々とターンを終えた理事長に対して、俺たちは苦い顔だ。

 まだまだこれからとはいえ、相手の場には攻撃力3000と4000のモンスター。そのうえ罠カードは効かないときたもんだ。面倒なことこの上ない。

 

「遠也……」

「ああ。一筋縄じゃいかなそうだな」

 

 まがりなりにも神に匹敵すると言われたカードか。OCGでは存在していない耐性が厄介だな。

 そんな思考をしつつ俺たちは互いに顔を見合わせる。そして、お互いの表情に諦めの感情が存在しないことを確認した。

 

「だけど……だからこそだろ、十代」

「ああ! だからこそ、倒しがいがあるぜ!」

 

 こんな時でもらしさを忘れない十代に、俺の口元も緩む。

 こいつといると、本当に諦めるなんて感情とは縁遠くなっていくな。

 

『随分と余裕だな。その意気は買ってやろう』

「言ってろ、金魚鉢」

 

 まさしく金魚鉢のような水槽の中にいる老人に向かって、挑発するかのように言い放つ。

 別にこれは余裕ってわけじゃない。ただ、デュエルはたとえどんな状況でもパートナーを、己のデッキを信じなければ勝つことは出来ないってだけの話だ。

 なら、三幻魔のカードを手に入れて独り浮かれている御老人に負ける道理はない。

 

「いくぞ、十代!」

「ああ、今度は俺のターンだ。いくぜ、影丸!」

 

 言って、十代がデッキのカードに指をかける。

 セブンスターズから始まった三幻魔をめぐる物語。それに終止符を打つデュエルはまだ始まったばかりである。

 だが、俺たちは決して負けない。その思いを互いに感じながら、俺は十代がカードを引く横で、理事長の場の三幻魔2体を強く見据えるのだった。

 

 

 

 


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