遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第28話 特別

 

遊城十代 LP:4000

マナ LP:4000

 

「先攻は俺だぜ、ドロー!」

 

 十代がカードを引き、手札に加える。

 それをニコニコと見ているマナと、負けろ負けろと念を送っている男子ども。ホント、学園祭を心の底から楽しんでいる連中である。

 

「俺は《E・HERO エアーマン》を召喚するぜ! そしてその第2の効果発動! デッキから《E・HERO バーストレディ》を加え、手札の《E・HERO フェザーマン》と融合! 来い、《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100 DEF/1200

 

 2体のHEROのご登場か。それぞれ攻撃力がそれなりに高いうえ、1体は戦闘破壊した相手モンスターの攻撃力と同等のダメージを相手に与えるという強力な効果を持つ。

 特にフレイム・ウィングマンは十代がフェイバリットと呼ぶモンスター。初手融合はもう十八番と言ってもいいが、その中でも今日の十代は調子がよさそうだ。

 十代自身、満足げな顔で自分のフィールドを見ている。実況たる翔と万丈目も今のプレイにそれぞれコメントを寄せている。

 まぁ、デュエルに集中するためにそっちはあまり気にしないことにしよう。

 だが、十代。いきなりのガチ攻勢はちょっとまずいぞ……。なぜなら、この場にはブラマジガールに現を抜かす男子生徒が多数いるんだからな。

 

「こら、遊城ー!」

「女の子相手に何本気出してんだー!」

「男らしくないぞー!」

 

 案の定、そんな十代の全力姿勢は周囲の男子から非難轟々であった。

 なにせ、十代が調子がいいほどマナの負ける確率は高くなり、そのぶんマナを見ていられる時間も減る。そう考える彼らにとって、十代の好調は歓迎されるものではないのだ。

 というか、男と可愛い女の子なら、可愛い女の子を応援したいのが男の性である。誰だってそうする、俺だってそうする。

 そして、こうも露骨に責められれば十代も自分がアウェイに立っていることを悟る。心なしか、その表情は困惑気であった。

 

「な、なんか調子狂うなぁ。俺はこれでターンエンドだ!」

 

 男子の睨みに引き気味ながらエンド宣言をする十代。

 それにより、ターンはマナへと移った。

 

「さすが、十代くん! 私も負けてられない……私のターン、ドロー!」

 

 そしてマナがカードを引いた瞬間に上がる歓声。そこに翔の声も交じっているのはお約束だが……しかし、単にカード引いただけだろうに。

 周囲の熱狂ぶりにさすがに呆れつつ、マナを見る。

 今回俺はマナにデッキ……正確には俺の持つカードを貸したが、それらでどんなデッキを組んだのか俺は知らない。

 マナいわく、当日のお楽しみだそうだ。俺が持つ5D’s以降に販売された魔法使い族のカードを中心に見ていたようだが……いったいどんなデッキに仕上げていることやら。

 どんな展開になるのかわからない期待感を抱きつつ、俺はマナのプレイングに注目した。

 

「うーん……私はモンスターをセット。そしてフィールド魔法《魔法都市エンディミオン》を発動し、更に魔法カード《闇の誘惑》を発動。デッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性《執念深き老魔術師》を除外するね。魔法カードの発動により、魔法都市エンディミオンに魔力カウンターを1つ置くよ」

 

《魔法都市エンディミオン》 counter/0→1

 

 ほう……エンディミオンか。ということは、マナが今回組んだデッキは魔力カウンター軸か?

 

「魔法都市エンディミオン? 初めて聞くカードだ」

「そうかもねー。これは遠也のカードだけど、遠也はあんまり使わないし」

 

 だから男連中。マナの口から俺の名前が出るたびに舌打ちするのをやめろ。

 

「それでエンディミオンの効果だけど……相当長いけど、聞く?」

 

 確かに、エンディミオンの効果は長い。

 具体的には、「自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。魔力カウンターが乗っているカードが破壊された場合、破壊されたカードに乗っていた魔力カウンターと同じ数の魔力カウンターをこのカードに置く。1ターンに1度、自分フィールド上に存在する魔力カウンターを取り除いて自分のカードの効果を発動する場合、代わりにこのカードに乗っている魔力カウンターを取り除く事ができる。このカードが破壊される場合、代わりにこのカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事ができる」である。

 正直に言って俺も一度聞いただけで覚えられる自信はなかった。

 なんといっても、効果が長すぎるのである。

 そして、勉強苦手な十代がそんな説明を悠長に聞くはずもなく。予想通り、

 

「んー、まぁいいや。とりあえず魔力カウンターのカードなんだろ? それよりもデュエルの続きをやろうぜ!」

 

 こうである。

 まぁ、最悪デュエルディスクの機能で確かめられなくもないけどさ。けど、たぶんそうはしないんだろうなぁ。

 マナも同じことを思ったのだろう、苦笑しつつ説明は避けるようだった。

 

「じゃあ、続きからね。私はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「よっしゃ! 俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いた十代は、そのまま手札に加えてメインフェイズを素通りした。

 

「バトルだ! フレイム・ウィングマンでセットモンスターに攻撃! 《フレイム・シュート》!」

 

 フレイム・ウィングマンが右腕の竜の咢から炎を吐き、マナの場の裏側守備表示のカードに襲い掛かる。

 そしてその瞬間、カードが翻って金髪の男性魔術師が飛び出した。

 

「セットしていたのは《見習い魔術師》! そしてその効果が発動! デッキからレベル2以下の魔法使い族をセットできる! 私は《水晶の占い師》を選択するよ!」

 

 そして戦闘によって破壊された見習い魔術師は墓地に送られた。

 

「まだまだ! フレイム・ウィングマンには戦闘で破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える効果がある! いけ、フレイム・ウィングマン!」

 

 見習い魔術師を葬ったフレイム・ウィングマンは、再び右腕を構えてマナに直接焔を浴びせる。

 

「きゃあっ!」

 

マナ LP:4000→3600

 

 それにより、マナのライフが400ポイントダウン。それを見て、後ろのレイが「うーん、十代さんの先制かぁ」と呟いていた。

 

「更にエアーマンで攻撃! 《エア・スラッシュ》!」

 

 エアーマンが風の刃を放ち、セットされていた水晶の占い師が破壊される。

 

「あたた。けど、水晶の占い師のリバース効果が発動だよ。デッキの上から2枚をめくり、その中の1枚を手札に加える。――やった! 私は《マジカル・コンダクター》を手札に加え、《一族の結束》をデッキの一番下に戻すよ!」

 

 喜びの声を上げるマナ。そしてその原因はマジカル・コンダクターか。これは、結構いい感じに回ってきたんじゃないか?

 

「俺は、カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを手札に加え、その中の一枚を手に取った。

 

「私は《マジカル・コンダクター》を召喚! 更に《魔力掌握》を発動! マジカル・コンダクターに魔力カウンターを乗せて、デッキから魔力掌握を手札に加える。魔法カードの発動により、マジカル・コンダクターに魔力カウンターを合計で3つ置くよ」

 

《マジカル・コンダクター》 ATK/1700 DEF/1000 counter/0→3

《魔法都市エンディミオン》 counter/1→2

 

 一気に溜まった魔力カウンター。そして3つ目のカウンターがマジカル・コンダクターに乗った瞬間、マナが再び口を開いた。

 

「マジカル・コンダクターの効果発動! 自身に乗っている魔力カウンターを任意の個数取り除き、同じ数値のレベルを持つモンスターを手札から特殊召喚できる! 私は3つ全て取り除き、レベル3のチューナー《氷結界の風水師》を特殊召喚!」

 

《マジカル・コンダクター》 counter/3→0

《氷結界の風水師》 ATK/800 DEF/1200

 

 現れるのは、陰陽師を連想させる和装に、顔を隠すほどの大きさを持つ鏡をお面のようにつけたツインテールの少女。

 ソリッドビジョンでは初めて見るが、その鏡の隙間から見える顔は可愛らしいものだった。カードにも顔が描かれていれば、それだけで高値カードの仲間入りだったに違いない。

 と、そんなズレた感想を抱く俺とは裏腹に。戦っている十代は、マナが口にしたモンスターの区分にぎょっとした顔を見せた。

 

「チューナー!? ってことは、マナも遠也みたいに!?」

「えへへ、実は私もやってみたかったんだよね。じゃあ、いくよ! レベル4マジカル・コンダクターに、レベル3氷結界の風水師をチューニング!」

 

 飛び立つ2体。風水師の身体が薄くなっていき3つの輪を形作ると、その中を4つの星と化したマジカル・コンダクターが潜り抜けていく。

 

「集いし神秘が、今新たなる魔導の力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 輝いて、《アーカナイト・マジシャン》!」

 

 強い光が一瞬で場を満たす。

 そしてその中から現れるのは、白い布地に青いデザインが施されたローブを纏う一人の魔術師。ゆったりとしたローブから覗く手にはぼんやりと光る宝玉を乗せた杖を握っている。

 

《アーカナイト・マジシャン》 ATK/400 DEF/1800

 

 レベル7シンクロモンスター、アーカナイト・マジシャン。シンクロ召喚に場が盛り上がるが、そのステータスには誰もが驚いていた。

 

「って、攻撃力400!? レベル7にしては低すぎじゃないか?」

 

 十代もまた素直に突っ込みを入れてくる。

 しかし、それに対してマナは笑みを崩さない。当然だ、アーカナイト・マジシャンの真骨頂はそこではないのだから。

 

「大丈夫だよ、十代くん。アーカナイト・マジシャンの効果、シンクロ召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを2つ置く。そしてそのカウンターの数×1000ポイントこのカードの攻撃力はアップする!」

 

 アーカナイト・マジシャンの周囲に漂っていた光の残滓が、やがて杖先の宝玉へと集まる。それは身体全体を覆う光となってアーカナイト・マジシャンの魔力を強化していった。

 

《アーカナイト・マジシャン》 ATK/400→2400 counter/2

 

「げ、一気に2400!?」

 

 2000ポイントもの攻撃力上昇。更に、マナは言葉を続ける。

 

「まだだよ、アーカナイト・マジシャンの効果発動! 自分フィールドの魔力カウンター1つにつき1枚、相手の場のカードを破壊できる! 私はエンディミオンの魔力カウンターを1つ消費し、十代くんの伏せカードを破壊するよ!」

 

《魔法都市エンディミオン》 counter/2→1

 

「うわっ!」

 

 エンディミオンから魔力供給を受けたアーカナイト・マジシャンが、杖から一筋の光を紡いで伏せカードを破壊する。

 破壊されたのは、《ヒーローシグナル》か。

 

「じゃあ、いくよ! アーカナイト・マジシャンでフレイム・ウィングマンに攻撃!」

 

 その宣言と同時に、マナはの場の伏せカードが起き上がる。

 

「そしてこの瞬間に罠発動! 《マジシャンズ・サークル》! デッキから攻撃力2000以下の魔法使い族をお互いに特殊召喚する! 私が特殊召喚するのはもちろん私自身――《ブラック・マジシャン・ガール》だよ!」

 

 ポン、と音を立てて飛び出すマナとうり二つの姿をした少女。

 当然と言えば当然だが、寸分違わぬ人物が並んで立っているのは、なんだかひどく違和感のある図でもあった。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 だが、そう思ったのは俺だけだったようである。

 

「う、うおぉ――ッ! ブラマジガールだぁ!」

「皆本の気が向いたときじゃないと見れなかった幻のカード……!」

「それだけでも珍しいのに、ブラマジガール自身がブラマジガールを召喚……」

「イイ! すっごくイイ!」

「ブラマジガール最高ぉおお!」

 

 そんな男子勢の叫びに、マナは機嫌よく手を振って応える。それによって、更にボルテージの上がる男ども。

 そしてそんな男子を冷めた目で見ている女子たち。

 ……早くその視線に気づけ、お前ら。今後の学校生活に支障をきたすことになるぞ、恋愛的な意味で。

 そんな周囲のあれこれがありつつ、しかし意に介しないままデュエルを続行していくマナと十代の二人であった。

 

「ちぇ、俺のデッキに魔法使い族はいないんだよなぁ」

「なら、攻撃を続行! アーカナイト・マジシャンでフレイム・ウィングマンを攻撃! 《秘奥魔導波(アーカナイト・マジック)》!」

 

 アーカナイト・マジシャンの杖からひときわ強い輝きが閃光のように鋭く飛び出して、フレイム・ウィングマンを貫いた。

 

「くっ……フレイム・ウィングマン!」

 

十代 LP:4000→3700

 

 破壊され、ダメージを受ける十代。だが、攻撃はそれだけでは終わらなかった。

 

「更にブラック・マジシャン・ガールでエアーマンに攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 エアーマンもまた破壊され、これにより十代のライフはさらに削られる。

 

十代 LP:3700→3500

 

「私はこれでターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いた十代は、「おっ」と声を出した後に笑みを見せた。

 

「俺は《ハネクリボー》を守備表示で召喚! ターンエンドだ!」

『クリクリー!』

 

 俺や万丈目、十代のように精霊を見ることが出来る人間にしかわからないだろうが、ハネクリボーが力強い鳴き声と共にフィールドに召喚される。

 

《ハネクリボー》 ATK/300 DEF/200

 

 マナもまた、旧知の間柄のモンスターの登場に頬を僅かに緩ませる。しかし、すぐに引き締めて自身のターンへと移っていった。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、マナはそのままバトルフェイズへとフェイズを進行させる。

 

「バトル! アーカナイト・マジシャンでハネクリボーに攻撃! 《秘奥魔導波(アーカナイト・マジック)》!」

「くっ……」

 

 先程と同じ閃光がハネクリボーを貫き、破壊する。

 これで十代の場はがら空きとなった。だが……。

 

「ハネクリボーが墓地に送られたターン、俺に対する戦闘ダメージは全て0になるぜ!」

 

 これこそ、ハネクリボーの本領である。これにより、例えまだ攻撃可能なモンスターがいたとしても、このターンで十代にダメージを負わせることは出来なくなったのである。

 

「うーん……さすがハネクリちゃんは強いなぁ。私はこれでターンエンド」

「相棒が繋いでくれたこのターン、無駄にはしないぜ。ドロー!」

 

 手札に引いたカードを見て、すぐさま十代はそのカードを公開した。

 

「よっしゃあ! 俺は《融合》を発動し、手札の《E・HERO クレイマン》と《E・HERO スパークマン》を融合! 現れろ、《E・HERO サンダー・ジャイアント》!」

 

《E・HERO サンダー・ジャイアント》 ATK/2400 DEF/1500

《魔法都市エンディミオン》 counter/1→2

 

 現れたのはでかい図体を持つ雷のHEROである。ごつい体を揺らしながら登場し、その手に雷を発生させて集束させていく。

 

「サンダー・ジャイアントの効果発動! 手札1枚を墓地に送り、相手の場に存在する元々の攻撃力がこのカードよりも低いモンスター1体を破壊する! 俺が選ぶのは、アーカナイト・マジシャンだ! 《ヴェイパー・スパーク》!」

「……魔法都市エンディミオンの効果により、魔力カウンターが乗っているカードが破壊された場合、それと同じ数のカウンターをこのカードに乗せる。アーカナイト・マジシャンの2つのカウンターが乗るよ」

 

《魔法都市エンディミオン》 counter/2→4

 

「更にサンダー・ジャイアントでブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《ボルティック・サンダー》!」

 

 そして今度はさっきよりも大きな雷をその手に作り出し、サンダー・ジャイアントはおもむろに振りかぶるとそれをブラック・マジシャン・ガールに向けて投擲した。

 雷は過たずブラマジガールに直撃し、破壊する。そしてその超過ダメージがマナのライフから引かれることとなった。

 

「きゃあっ!」

 

マナ LP:3600→3200

 

 そしてマナの場のブラック・マジシャン・ガールが破壊された瞬間、周囲からこぼれる絶望の声。

 それはそのまま怨嗟の声となって十代に向けられた。

 

「遊城ぃ! なにやってんだ、おまえぇええ!」

「ブラマジガールをどうして倒した!」

「むしろなんで攻撃した!」

「っていうか、負けろ!」

「無茶言うなよ、お前ら!」

 

 さすがの十代も思わず言い返してしまうほどに、なんとも理不尽な周囲の声であった。いくらなんでも、負けろは直接的過ぎるだろ。

 そしてそんな彼らの応援の対象であるマナはというと、苦笑いと共にそれを見ていた。

 

「ったく、俺はこれでターンエンドだ!」

 

 仏頂面の十代がエンド宣言をする。

 

「なんかごめんね、十代くん。私のターン、ドロー!」

 

 さて、十代の攻撃によってマナの場は空っぽである。ここからどうするのか……。

 既にあのデッキは俺の知らないデッキとなっているだけに、俺は楽しみを込めてそのプレイングに注目していった。

 

「私は《王立魔法図書館》を守備表示で召喚! そして《魔力掌握》を発動し、王立魔法図書館にカウンターを1個、また魔法カードの発動により、エンディミオンと王立魔法図書館それぞれ更に1個ずつカウンターが乗るよ」

 

《魔法都市エンディミオン》 counter/4→5

《王立魔法図書館》 ATK/0 DEF/2000 counter/0→2

 

「王立魔法図書館の効果発動! このカードに乗っている魔力カウンター3つを取り除き、デッキから1枚ドローできる。私はエンディミオンの効果で使用するカウンターをエンディミオンから取り除いて、1枚ドロー!」

 

《魔法都市エンディミオン》 counter/5→2

 

 マナがデッキからカードを引く。

 そして、その表情を一気に明るいものへと変化させた。

 

「きたっ! 十代くん、このデッキの切り札を見せてあげるよ!」

 

 意気込んで言うマナ。それに、十代はにかっと笑って応えた。

 

「おもしれぇ! 見せてくれよ、マナ!」

 

 マナはそれに頷き、たった今ドローしたカードをそのままディスクにセットした。

 

「いくよ! 私は手札から《ミラクルシンクロフュージョン》を発動!」

「ミラクルシンクロフュージョン? 《ミラクル・フュージョン》とは違うのか?」

 

 十代が己の持つカードと似た名前のカードに、疑問符を浮かべる。

 十代の言う《ミラクル・フュージョン》は墓地の「E・HERO」を除外し、それを融合素材とする融合モンスターを特殊召喚するカードだ。

 ミラクルシンクロフュージョンも、似たようなカードだ。ただ、シンクロとつくだけあって明確な違いもある。マナは疑問顔の十代に対して口を開いた。

 

「ちょっと違うかな。《ミラクルシンクロフュージョン》の効果、自分のフィールド上・墓地から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターをゲームから除外し、シンクロモンスターを融合素材とするその融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する!」

 

 そう、ミラクル・フュージョンとほぼ同じ。ただ、「シンクロモンスターを融合素材とする」という部分が明確に異なっているのだ。

 そしてその文言に、十代が驚きを露わにする。

 

「シンクロモンスターを融合素材にした融合モンスター!? そんなのいるのかよ!?」

 

 十代の言葉は尤もだ。なにせ、シンクロモンスター自体特殊な融合モンスターと言えなくもない存在なのだから。

 だが、シンクロモンスターを融合素材とする融合モンスターは存在する。とはいえ、OCGでさえその数は少ないのだが。

 そのうえ、アーカナイト・マジシャンとくれば出すモンスターなど分かり切っている。

 

「私は墓地の《アーカナイト・マジシャン》と魔法使い族の《水晶の占い師》をゲームから除外して融合! 魔導を極めたその叡智をここに示せ! 《覇魔導士アーカナイト・マジシャン》!」

 

 墓地からアーカナイト・マジシャンの姿が場に現れ、その身が莫大な魔力に包まれていく。

 それにより、徐々に白かったローブが深い青に染まっていき、そのデザインもローブよりも鎧のような重厚感が見て取れる作りへと変化していく。

 そして杖先の宝玉から放たれる緑色の光は、蜃気楼のようにゆらゆらと揺らめいている。それはさながら、有り余る魔力がその解放する場所を探し求めているかのようであった。

 

《覇魔導士アーカナイト・マジシャン》 ATK/1400 DEF/2800

《魔法都市エンディミオン》 counter/2→3

《王立魔法図書館》 counter/2→3

 

「召喚に成功したため、このカードに魔力カウンターを2つ乗せる。そして、その数×1000ポイント攻撃力がアップ!」

 

《覇魔導士アーカナイト・マジシャン》 ATK/1400→3400 counter/2

 

「攻撃力3400か……!」

 

 元々の攻撃力が先程より1000ポイント多い分、上昇後の数値もそれに合わせて高くなっている。

 攻撃力3000を超える大型モンスターの出現に、観客もわっと盛り上がりを見せた。

 

「私は王立魔法図書館のカウンターを全て取り除き、1枚ドロー! そして、覇魔導士アーカナイト・マジシャンの効果発動! 1ターンに1度、自分フィールド上の魔力カウンターを1つ取り除き、相手の場のカード1枚を破壊できる! 私はエンディミオンのカウンターを1つ取り除き、十代くんの場のサンダー・ジャイアントを破壊!」

 

 アーカナイト・マジシャンの杖から先程よりも巨大な魔法が解放され、それはサンダー・ジャイアントを丸々覆いこんで、そのまま破壊した。

 

「く……!」

 

《王立魔法図書館》 counter/3→0

《魔法都市エンディミオン》 counter/3→2

 

 見通しの良くなった十代の場を見て、マナが得意げな笑みを見せた。

 

「これで今度はそっちが空っぽだね。いって、覇魔導士アーカナイト・マジシャン! 十代くんに直接攻撃! 《真秘奥魔導撃(ジ・アーカナイト・マジック)》!」

 

 サンダー・ジャイアントに向かって撃ち出されたそれよりも更に大きな魔力の塊が作り出され、まるで隕石のように十代の頭上に降りかかる。

 

「ぐぅうッ……!」

 

 そんな攻撃に晒された十代はたまったものではない。そのライフポイントは、一気に危険域まで削られてしまうこととなった。

 

十代 LP:3500→100

 

「私はカードを2枚伏せて、ターンエンドだよ!」

 

 今ので一気に100まで十代のライフは減少した。

 学園でも実力者として名を上げている十代の追い込まれた姿に、男子はこれまでの流れ的に当然として、女子勢からも歓声が上がる。

 それは十代がやられているのが面白いのではなく、単純に実力者をマナが……というより、女子が圧倒しているのが新鮮だからだろう。

 そして俺のすぐ後ろにも、マナの活躍に喜んでいる子がいる。

 

「うわぁ! マナさん、強い! ね、遠也さん!」

「そうだなぁ。魔力カウンターとブラマジガールの併用とか、よくやるよマナも」

 

 普通ならブラマジガールは抜くところだろうに。そこらへんはこだわりなんだろうな。気持ちはわかるけど。

 

「このまま十代さんに勝ったら、いったい何をお願いするつもりなんだろう、マナさん」

「さぁな。無茶なものでもない限りは、聞いてやるつもりだけど……」

 

 日頃お世話になっているのは事実だし、それでなくてもマナがわざわざ口にするほどのお願いなんだ。あえてそれを断る理由もない。

 俺の言葉に、そっかぁと頷くレイ。しかし、レイよ。それはいわゆる皮算用ってもんだぞ。

 

「レイ、お前は十代が負けると思っているみたいだけど……まだわからないぞ」

「え? でも十代さんの場は空っぽだし、手札も0枚だよ」

 

 レイはきょとんとした顔で言うが、それは十代に対する認識が甘いと言わざるを得ない。

 

「あいつは、たとえ手札が0でも逆転する時はしてみせるさ。そういう奴だからな」

 

 俺はそう笑い交じりに答えて、再び視線を二人に向ける。レイはそんな俺の言葉に首を傾げるが、俺が視線をデュエルステージに戻したのを見て、自らもそうする。

 ちょうどマナがターンの終了を宣言したところだ。つまり、次はフィールドと手札が0で迎える十代のターンである。

 そしてそんな劣勢でありながら、十代は笑っていた。そこに諦めも絶望も存在していない。ただでデュエルを楽しむ姿がそこにあった。

 それでこそ、十代である。

 

「へへ……まだまだ! いくぜ、俺のターン! ドロー!」

 

 手札は今引いたカードだけ。ゆえに、十代はそのカードをすぐさま使用する。

 

「魔法カード《ホープ・オブ・フィフス》を発動! 墓地の《E・HERO サンダー・ジャイアント》《E・HERO フレイム・ウィングマン》《E・HERO スパークマン》《E・HERO クレイマン》《E・HERO フェザーマン》をデッキに戻し、場と手札が0のため3枚ドロー!」

 

 これで、手札は3枚。

 

「更に《強欲な壺》で2枚ドロー! そして《E・HERO バブルマン》を召喚! 場にバブルマン以外カードが存在しないため、2枚ドローするぜ!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 更に1枚と1枚がプラスされ、十代の手札が0から一気に5枚まで回復する。ハンドレスから手札の規定枚数に迫るところまでドローするとは、よくやるよ。

 そしてそれを見たレイの反応はというと……。

 

「………………」

 

 見事なまでにぽかーんである。宝札シリーズも使わずに、ここまで一気に手札を回復する光景はなかなか見れるものじゃない。しかも、残りライフ100という土壇場だ。それはこんな顔にもなろうというものである。

 そして相対しているマナは苦笑い。十代の持つ驚異のドロー能力は、誰もが認める出鱈目さなのである。

 

「更に《融合回収フュージョン・リカバリー》を発動! 墓地の《融合》と《E・HEROバーストレディ》を手札に加えるぜ! そして《E-エマージェンシーコール》を発動し、デッキから《E・HERO フェザーマン》を手札に加える! そしてバーストレディとフェザーマンを融合! もう一度来い、《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」

 

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100 DEF/1200

 

「更に《融合賢者》を発動! デッキから《融合》を手札に加える! そして《死者蘇生》を発動し、墓地の《E・HERO エアーマン》を特殊召喚!」

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

 

「エアーマンの第1の効果発動! 自分の場のエアーマン以外のHEROの数だけ場の魔法・罠カードを破壊できる! 俺の場のHEROはバブルマンとフレイム・ウィングマンの2体! よって2枚の伏せカードを破壊するぜ!」

「うぅ……ここにきてエアーマンなんて……」

 

 破壊されたのは《マジシャンズ・サークル》と《ガガガシールド》か。共に魔法使い族を相手取る時には厄介なカードだ。十代にとっては僥倖。マナにとっては痛手だな。

 

「そして《融合》を発動し、エアーマンと水属性のバブルマンを融合! 現れろ極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

「更に速攻魔法《融合解除》! アブソルートZeroを融合デッキに戻し、バブルマンとエアーマンを特殊召喚! この時エアーマンの第2の効果発動! デッキから《E・HERO スパークマン》を手札に加える!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

 

 この十代のプレイングに、周囲の観客は揃って「は?」といったご様子。つまるところ、何故わざわざ融合召喚したモンスターを即座に融合解除? ということだろう。

 その疑問はレイも同じようで、困惑した目で十代のプレイングを見ていた。

 対して、俺は純粋に驚きの顔。ホント、よくやるよ十代の奴は。

 そして実際に相対しているマナはというと、もう諦めきってどこか達観した顔だった。……まぁ、ほんの1ターンでこうきたらねぇ。思わずしみじみと頷く俺だった。

 そんな周囲をよそに、十代は言葉を続けていく。

 

「アブソルートZeroの効果発動! このカードがフィールド上から離れた時、相手フィールドのモンスターを全て破壊する! 《絶対零度-Absolute Zero-》!」

 

 十代の言葉通り、マナの場の覇魔導士アーカナイト・マジシャン、王立魔法図書館の2体が凍り付いて氷像と化したのち粉々に砕け散る。

 そのアブソルートZeroの効果が炸裂した瞬間、周囲の観客は揃って「はぁ!?」となった。それはもちろん、レイも例外ではない。「えぇ!? なにその効果!?」と驚きまくりである。

 まぁ、フィールド上から離れた時、なんていう緩い条件でサンダー・ボルトが飛んでくるって言うんだから、普通は驚きだろう。俺なんかは元いた環境が環境だったし、他の十代に近い皆はもう慣れたから気にしていないが。

 

「バトルだ! フレイム・ウィングマン、バブルマン、エアーマンでマナに直接攻撃! いっけぇ!」

 

 フレイム・ウィングマンが右腕についた竜の咢から炎を、バブルマンが水の放射を、そしてエアーマンが風の刃をそれぞれ同時に繰り出す。

 伏せカード、およびモンスターなし。場には魔法都市エンディミオンしかないマナにそれを防ぐ術はなく、それらの攻撃全てをマナは無防備に喰らうこととなった。

 

「きゃぁああっ!」

 

マナ LP:3200→0

 

 攻撃力2100、800、1800の合計4700ポイント。それはマナのライフポイントを一気に削り切って余りある威力であった。

 っていうか、ホント凄いな十代。あの状況から僅か1ターンで大逆転とか。あいつのことだから、このまま簡単に終わるはずはないと思ってはいたが……。ここまでやるか。

 ドローだけ見れば、十代って世界最強なんじゃないか? そんな気さえするほどだったぞ。

 

「う、うそ……あそこからマナさん負けちゃった……?」

 

 そして土壇場からの大逆転劇に、自分の目を疑っているレイ。

 その気持ちはよくわかる。まさかあの状況から1ターンのうちに勝利にまで持って行けるとは誰も思っていなかったに違いない。

 これが十代の恐ろしさよ……。エアーマンとZeroだけでこれなんだ、漫画版HERO全部持ってたらどうなっていたことか……考えたくないな。

 エアーマンなんて1枚しか入ってないのに3回も召喚されてるんだぞ。順調に過労死組に近づいているなアイツ……。

 

『じ、十代選手の勝利です! うぅ、兄貴が勝ったのは嬉しいけど、ブラマジガールが、ブラマジガールがぁ……』

『ええい、うるさいぞ貴様! 鬱陶しいから泣くな!』

 

 放送席に座る翔と万丈目がマイク越しに漫才を始めている。

 それを横目で見つつ、俺はフィールドの二人に視線を戻した。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

「もう、最後のはやられちゃったなぁ。勝ちたかったのに……」

 

 言って、マナの目がこちらを向いて視線が交わる。だが、マナはすぐにその視線を俺から外して十代の方へと戻した。

 

「でも、私も楽しかったよ十代くん。また機会があったらデュエルしてね!」

「おう! いつでも大歓迎だぜ!」

 

 マナは十代の言葉に満足げに頷き、次いで観客席の方に笑顔を見せて手を振った。

 

「みんなも応援ありがとう! すごく嬉しかったよ! この後はみんながコスプレデュエルを楽しんでね!」

 

 ニッコリ笑ってそう言えば、単純な男子連中は興奮しきりで「うぉおおー!」と叫び声をあげて応えている。

 興奮のあまり言語になっていないが、まぁそれだけブラマジガールというのはこの世界においては特別な立ち位置にいるということなのだろう。下手なアイドルよりも人気があるというのだから、凄まじい。

 マナはそんな彼らの反応にもう一度大きく手を振ると、その後はそのまま俺たちの方に一直線にやって来た。向こうでは、翔が『これにてプレデュエルは終了です! 皆さんもコスプレデュエルを楽しんでください!』とアナウンスを行っている。

 マナはそのまま俺の前まで来て、正面から俺にもたれかかるように抱き着いてきた。

 

「うー……負けたよ、遠也。最後のあれは正直ないよ、勝ったと思ったのにー」

「はいはい。確かにあれは予想できなくても仕方ないよ」

 

 泣きつく真似を見せるマナの頭を抱えるようにして撫でつつ、俺はとりあえずはそう慰める。

 そしてそんな俺たちに向けられる視線、視線、視線。

 そりゃさっきまで注目のど真ん中にいたマナがこうして抱き着いていれば、耳目を集めますわな。

 俺は少々居心地の悪い思いをしながら、とりあえず撫でていた手を離して立つように促す。

 それに従って俺から離れたマナに、俺はやんわりとこう提案する。

 

「それじゃ、イエローの出店でも見て回るか?」

 

 言いつつ、要するにこの衆人環視の中を早く脱したかっただけである。男子どもの鋭い眼光が俺の背中に嫌な汗を量産しているのだ。

 

「うん! でも、鮎川先生が言っていた時間になったら保健室に戻るんだからね」

「わかってるって」

 

 俺の言葉に賛同しつつ、しかし釘を刺すことも忘れないマナ。そのまるきり保護者のような役回りに、俺は思わず苦笑した。

 マナは一度寮の中へと戻り、制服姿に戻って再び俺たちの元に駆けてくる。そして俺の後ろにいたレイが場所を譲り、そこにマナが収まった。マナは車椅子の取っ手を持つと、くるりとその場で180度方向転換を行う。

 向かう方向はイエロー寮。レッドのほうは十代や翔たちが何とかするだろう、たぶん。俺も手伝えたらよかったが、何分この身体では満足に動くこともできない。

 セブンスターズのこともあって本心から気を抜くことが出来ない皆には悪いが、今日ぐらいは羽目を外して楽しませてもらおう。せっかくのお祭りなんだし、それにレイも来てくれているんだしな。

 俺はマナが帰ってきたことで少し距離が開いたレイに顔を向ける。

 

「なぁ、レイ」

「遠也さん?」

「腹も減ったし、とりあえず焼きそばあたりを買いに行くか?」

「あ……う、うん!」

 

 俺がそう声をかけると、レイは嬉しそうに頷いて俺の隣に並ぶ。

 

「じゃあ、いくよー」

 

 マナが車椅子を押して、俺の身体がそのまま前進していく。

 レイは俺の横に立ち、自分の近況やこれからどうするのかといったことを、楽しそうに俺たちに話してくれる。

 俺とマナはそれに頷きを返し、時に突っ込み、時に逸れていく会話を楽しみながら三人でイエロー寮までの道を歩いていく。

 既にレッド寮で感じていた男子の視線(爆発しろ光線)は感じられない。まるで重荷から解放されたかのような感覚を安堵と共に感じながら、俺たちは祭りの定番――出店へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 その後、俺たちはさんざん買い食いやらデュエルやらを楽しんだところで保健室へと戻っていった。

 ベッドに戻った俺と、ベッド脇に座るマナとレイ。既に今日だけでかなり話しているが、不思議と話が尽きることはなく、俺たちは三人でずっと何でもない話に夢中だった。

 それはレイが帰らなければならない夕方になるまで続き、ベッドから動けない俺は保健室での見送りとなった。

 最後にぎゅっと抱き着いてきたレイの背中を撫でてやり、俺はレイを解放する。マナにも同じく抱き着いて別れを惜しんでいたレイだったが、最後には笑顔で俺たちに手を振っていた。

 

「それじゃあ、遠也さん、マナさん! またね!」

 

 そう言って明るく去っていくレイに、俺たちの方こそ寂しくなってしまったほどである。

 三人で話していた時は、あれほど狭く感じた保健室だが、一人いなくなるだけで受ける印象はだいぶ違う。

 夕陽の赤色も寂寥感を増幅させているのか、なんだか物寂しい気分に浸る俺だった。

 そうして、今現在保健室にいるのは俺とマナの二人きりである。鮎川先生はレイを含めた俺たちに気を使って、席を外してくれているからだ。

 マナはベッド脇の丸椅子に腰を下ろして、レイが出ていった扉の方を見ている。その姿を何とはなしに見ていて、俺は今日のコスプレデュエルを思い出していた。

 ――そうしていると、ふと俺はあることが気になりだした。こういうことは一度気になってしまうと、どうしても心の中からそれが拭いきれない。

 まるで小骨が引っかかったかのような違和感。それに押される形で、気づけば俺は口を開いていた。

 

「そういえば、お前が十代に勝ってたら、何を俺に頼むつもりだったんだ?」

 

 それは結局十代に負けたため、その後もずっと触れないでいたことだった。

 レイと三人で楽しんでいる間は特に気にもならなかったことだったが、こうして落ち着いて今日のことを振り返ってみると、そのことがどうも気になってしまった。

 俺にお願いするつもりだった“ご褒美”とは何なのか。

 俺はそれをマナに尋ねる。

 

「うーん、何って言っても……」

 

 俺の言葉を受けたマナは、そう曖昧に言葉を濁して困った顔になった。

 何をそんなに困ることがあるのか。俺はそんな疑問を抱くが、しかし、それもその次にマナが取った行動で霧散する。

 ベッドで上半身を起こしている俺に、立ち上がったマナが覆いかぶさるように顔を近づけてきたのだ。

 近い距離に見える綺麗な顔に、思わず思考が止まる。そしてその一瞬の空隙の間に、俺とマナの唇は確かに重なったのだった。

 数秒。時間にしたら、たったそれだけの短い時間。

 しかし俺にとっては数分にも数十分にも感じられた長い時間は、マナがゆっくりと唇を離して身を引くその時まで、俺の身体を硬直させたままだった。

 たぶん、呆気にとられているだろう俺と、赤い頬で照れ笑いを浮かべているマナ。ちょっとアンバランスな顔で黙ってしまった二人だったが、先に口を開いたのはマナだった。

 

「あ、あはは。本当は勝ってないけど……とりあえずご褒美ありがとうね、遠也」

 

 照れ隠しなのかわざとらしい笑いを混ぜながら、マナがそう言って自分の唇を指さす。

 その仕草に、お互いにさっきまで触れ合っていた箇所を意識してしまい、俺は今更ながら顔が熱くなってくるのを感じた。

 そして、俺はその本調子とは程遠い揺れ動く心のまま、何かマナの言葉に返さなければと気持ちを焦らせる。そしてその状態のまま口を開いた。

 

「……ど、どういたしまして?」

 

 結果、俺の口から出たのはそんな言葉。焦るあまり、何か言葉のチョイスをミスった気がしてならない。

 俺の額から一筋の汗が伝わり、そして言われたマナのほうも黙ってしまう。

 これは……やらかしたか?

 俺が自分の中でその結論に達し、一層焦燥感を募らせようとした、矢先。

 

「……ぷっ、あはははっ」

 

 不意に、マナの口から笑い声が漏れた。

 こらえきれないとばかりに響くその笑い声に、俺は再び呆気にとられる。馬鹿にしたようなものではなく、単純におかしいとばかりに笑うマナは、目尻に浮かんだ涙を光らせながら、俺の横、ベッドにぽすんと腰を下ろした。

 

「ふふ……変なの、どういたしましてなんて。たまにちょっとズレてるよね、遠也は」

「う、うるさいな」

 

 からかうような物言いに、俺は照れもあって憮然となる。

 しかし、そんな俺の態度もマナの笑みを一層深くさせるだけだった。

 そして、マナはそのまま身体を傾けさせ、頭を俺の胸辺りに預けてくる。

 たったそれだけの動作、これまでよくあった触れ合いと変わらないのに、さっきの出来事が脳内に再生される。それだけで、俺の心臓がひときわ強く跳ねた。

 

「……なぁ、マナ」

「なに? 遠也」

 

 俺は身体を寄せているマナの肩を掴み、そのまま抱き込むようにして更に俺の方へと引き寄せた。

 ごく自然に、そうしていた。

 

「やっぱり俺、お前が好きだ」

「うん、私も好きだよ遠也」

 

 気が付けば、当たり前のようにその言葉を口にしていた。

 そしてマナも、当然のように受け止めて同じ言葉を返してくれる。

 この「好き」は友愛としてのそれではない。多分に男女の色を含んだ、もっと別のものである。

 俺はその意味を込めて言ったし、マナもそう受け取ってくれただろう。そうだという根拠のない確信が俺の中にはあった。

 それでも、俺たちの態度に恋が叶ったという達成感はなかった。いや、それどころかむしろ、この「好き」を俺たちは既に持っていたという再確認でしかなかったのだ。

 マナに「好き」と告げ、そして「好き」と返された瞬間。俺たちは、確かにお互いを恋人としての意味で好き合うことになった。しかし、それはこの時が始まりではなかったのである。

 きっと、マナと出会ってからの一年……いや、もうすぐ二年か。その間に、マナの存在は俺にとって大切なものになりすぎたのだろう。

 俺はマナをこの世界で一番大切に思っている。その気持ちの中に、マナを異性として好く気持ちも含まれており……結局俺は、恋も、友情も、家族愛も、それら全部ひっくるめてマナが「大切」なのである。

 だからこそ、俺にとってこの気持ちは既に自身の内で通り過ぎていたものだった。ただ、明確に区切りをつけていなかったから、こうして今日その区切りをつけただけにすぎないことだったのだ。

 この「好き」でさえも通過点でしかないほどに、俺にとってマナの存在は大きなものになっていた、というわけなのである。

 俺と同じ気持なのかはわからない。けれど、マナにとっても、この「好き」は恋の終着というような意味合いのものではなかったのだろう。既に抱いていた気持ちを、マナもまた再確認したにすぎなかったのだ。

 だからこその、ごく自然に紡がれた言葉だった。俺たちはきっと、俺たちが思うよりもずっとお互いのことをこの二年弱で大切な存在として認識しているのだ。

 気づいてみれば、それだけのこと。

 俺は確かにマナを相棒だと思っているし、家族だと思っている。それが、これまでのこと。そして今日、俺はマナを恋人として思う。これが、今回の「好き」という気持ちだ。

 更に、それらの気持ち全てをひっくるめて俺はマナが「大切」で、俺にとって唯一無二の「特別な存在」なのだと思う。

 それが、俺のマナに対する気持ちの全てだった。

 

「あー、なんか恥ずかしい」

「あはは、それは私も同じだよ。だって、私なんか自分からキスしたんだよ?」

 

 ま、既に持っている「大切」という大きな気持ちの中に含まれていた気持ちを自覚しただけとはいえ、一般常識が俺たちに無いわけではないのだ。

 つまり、世間的に言う「告白」をした俺たちは、互いに今更ながら恥ずかしさがこみあげてきていた。

 それを、俺たちは軽口を交わすようにすることで誤魔化す。

 ははは、と笑い合い、下から覗きこむマナの顔を見る。

 その時、マナもまた俺を見ており、ふと俺たちの目線が絡まった。

 ホント、何の気もなしに目が合っただけ。だというのに、俺の顔はどういうわけか勝手にマナに接近していた。

 ……夕陽の差し込む保健室。そのベッドの上で、二つの影が重なり合う。その時感じた唇、その感想としては、とても気持ち良かったとだけ言っておく。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 後日。

 俺たちはそれまでとほとんど変わりない関係のまま生活していた。今まで通りに一緒に過ごし、俺はベッドで、マナはその横で俺を手伝ってくれたり話をしたりしている。

 つまり、本当にそれまでと同じ生活であった。表面的には何も変わっていない。

 だが、あの日以来少し変わったことがある。

 それは……。

 

「あー……こうしてると落ち着く」

「お前なぁ、一応怪我人なんだぞ、俺」

 

 俺の腕を抱え、ぎゅっと抱き着いているマナ。それに、呆れ気味で返す俺。

 そう、あの日以来少し変わったこと。それは、触れ合い……というか、ボディタッチ型のスキンシップがとても増えたことである。

 ちなみに、キスなんかもその一つだ。

 それ自体は喜ばしい。こんな可愛い女の子とイチャイチャできて、喜ばない奴はいない。

 だから、問題はただ一つ。

 

 ――俺の理性、いつまで持つかなぁ。

 

 俺の腕を取り、リラックスしているマナの顔を見て、思う。

 マナの豊満な胸に挟まれた自分の腕、そこから伝わる感触などに、俺はかなりの神経を使って対処していた。

 目下、俺の敵は自分の本能ということになりそうだ。

 俺は自由の利かない腕を一瞥し、心の中で溜め息をつくのだった。

 

 

 

 


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