遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第21話 帰還

 

遠也 LP:1600

手札1 場・《スターダスト・ドラゴン》、伏せ2枚

 

万丈目 LP:3800

手札4 場・なし

 

 

 俺の場にはスターダストと伏せカードが2枚。対して、万丈目は手札こそ4枚あるが、場には何もない。

 間違いなく万丈目がピンチであるこの状況で、向こうにターンが移り、万丈目は引いたカードを手札に加えた。

 さて、どういう手で来るのか。俺は油断なく万丈目の動向に注意を向けた。

 

「俺は《強欲な壺》を発動し、2枚ドロー! そして墓地の風属性モンスター《ドラゴンフライ》を除外し、手札から《シルフィード》を特殊召喚する!」

 

《シルフィード》 ATK/1700 DEF/700

 

 長身で白い装束に身を包んだ男性が降り立つ。手に持った芭蕉扇は、風で連想される天狗を意識したものだろうか。

 天使族ではあるが、風属性というアームド・ドラゴンと同じ属性。そしてその効果ゆえにアームド・ドラゴンとは抜群の相性を誇る。リリース要因、またもう一つの効果である戦闘破壊された際のハンデス効果も併せて使いやすいモンスターだ。

 

「更に、俺はシルフィードを生贄に捧げ《アームド・ドラゴン LV5》を召喚!」

 

《アームド・ドラゴン LV5》 ATK/2400 DEF/1700

 

 シルフィードが光の粒となって消え、代わりに再び現れるアームド・ドラゴン LV5。その姿に、ノース校のほうから大きな声が上がり、一層の盛り上がりを見せた。

 しかし、やっぱりこの短期間でここまでノース校の人間の心を掴んでいるとは。改めて思うと、凄いな万丈目。心の中でこの状況の中心にいる万丈目に感嘆しつつ、俺は万丈目の行動を見据えた。

 

「更に《サイクロン》を発動! お前の場の《くず鉄のかかし》には消えてもらう!」

「くっ……!」

 

 攻撃を1度だけ、しかし何ターンも防いでくれる防御の要がここで破壊されるか。

 自身が信頼するモンスターを呼び出し、かつその攻撃を防ぐ術まで除去してくる。このあたりは、やはり流石と言うほかない。

 そして、アームド・ドラゴンを出して、くず鉄のかかしを除去したということは、ここで決めるつもりか万丈目。

 

「いくぞ、遠也! いかに貴様が上級モンスターを呼び出そうと、俺が何度でも破壊してくれる! アームド・ドラゴン LV5の効果発動! 手札からモンスターカードを墓地に送り、その攻撃力以下の相手モンスター1体を破壊する! 俺は手札から攻撃力2800の《可変機獣 ガンナードラゴン》を墓地に送り、スターダスト・ドラゴンを破壊する! 《デストロイド・パイル》!」

 

 アームド・ドラゴン LV5が身体中のトゲが発射させようと、ぐっと身体に力を込める。

 それを見て、ああっと思わず声を漏らす本校生徒。同じく絶望的な表情になる鮫島校長。

 これが通れば俺の場にはモンスターがいなくなり、更にくず鉄のかかしという防御カードもすでに破壊されてしまっている。

 もう1枚の伏せカードがあるとはいえ、それが攻撃を防ぐ類のものでなかった場合、ゲームセットが確実となる状況である。

 確かに、それだけ見れば絶望的といえる中にいると言っていいだろう。

 しかし、俺の場にいるのは他でもない、スターダスト・ドラゴンである。

 ゆえに。

 

「それを待っていた」

「なに!?」

「確かにアームド・ドラゴンの効果は強力だ。除去効果に加えその攻撃力。容易に勝てるものじゃない。だが――」

 

 単体制圧能力という意味では、屈指と言ってもいいだろう。こちらの世界で伝説と呼ばれるのも分かるかもしれない。

 だが、しかし。

 

「スターダスト・ドラゴンの効果はその上を行く! この瞬間、スターダスト・ドラゴンの効果発動!」

 

 俺がそう宣言すると、応えるようにスターダストが嘶いなないた。

 

「フィールド上のカードを破壊する効果を持つ魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、このカードを生贄に捧げる事でその発動を無効にし、破壊する! 《ヴィクテム・サンクチュアリ》!」

「な、なんだとぉッ!?」

 

 万丈目の驚きを余所に、スターダストが先程以上に甲高い声を響かせ、身体中が発光していく。

 そして、やがてその身体が徐々に光の粒子となって消えていくと、同じくして万丈目のフィールドのアームド・ドラゴン LV5もまたフィールド上からその姿を霞のように消していくのだった。

 

「なっ……くっ……!」

 

 これで、万丈目のフィールドには何もなく、ただ手札が1枚あるのみとなった。

 アームド・ドラゴン LV5を召喚した時点では予想もしていなかっただろうこの状況に、万丈目は悔しげに歯を噛んで、絞り出すように声を出した。

 

「……ターンエンドだッ!」

 

 そしてエンド宣言をしたその瞬間、俺が再び声を上げる。

 

「スターダスト・ドラゴンの効果発動! 自身の効果で墓地に送られたターンのエンドフェイズ、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する! 再度飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!」

「なぁっ……!?」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 墓地から光に包まれて飛び出し、再び俺のフィールド上へと舞い戻る星屑の輝き。

 その光景を前に万丈目は驚きのあまり声もないのか、ただ目を見張ってスターダスト・ドラゴンを見つめていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――そして、同じく驚いているのは、万丈目だけではなかった。

 会場にいる誰もが、スターダスト・ドラゴンのその効果に、程度の差はあれ驚愕を隠せないでいたのだった。

 それは遠也の友人たちも例外ではなく、観客席で一塊になっていた彼らは、初めて見るスターダストの効果に揃って声を失っていた。

 そんな中、三沢が不意に口を開く。

 

「……前にペガサス会長とのデュエルで出した時は、ただフィニッシャーとして出てきただけだった。だが、あの遠也が信頼を寄せるほどだ。当然、何かしらの効果を持っているだろうと思ってはいたが……」

 

 三沢はそう言いながらフィールドに向ける視線を外さない。遠也の姿と、その前に彼を守るようにして浮かぶスターダスト・ドラゴン。それを見て、一筋の汗が三沢の頬を伝った。

 三沢の隣に座る明日香も同じような感想を抱いたようで、彼女もまた真剣な表情で三沢の言葉に首肯した。

 

「ええ。でも、まさかあれほどの効果だったなんて……」

「破壊効果の発動そのものを無効にし、更に破壊。その上、エンドフェイズに自己蘇生する効果まで持っているとはな……」

 

 強い。

 明日香に続いて効果を確認するように述べたカイザーは、最後にそう簡潔にスターダスト・ドラゴンを表現した。

 そしてその言葉に異を唱える者はそこにおらず、誰もが無言でその言葉に頷く。

 実際、遠也が元々暮らしていた世界においても、スターダストはその優秀な効果により、エクストラデッキには必須と言われていた時代もあったほどだ。

 様々なカードの登場等により、後に必須とまでは言われなくなったが、それでも高い採用率であることに間違いはない。

 この時代よりもはるかにカードプールが豊富であり、かつ戦術も洗練されていた遠也の環境。その中でそこまで評価されていたカードが、この時代において優秀と評価されないはずがなかった。

 

「これで、万丈目のフィールドは空っぽになっちまったな」

 

 おもむろに、十代がフィールドに目を向けてそう口にする。

 それに、隣の翔が頷いた。

 

「ライフポイントにはまだ差があるっす。けど……」

「ああ。流れが変わってきたぜ」

 

 十代はそう言うと、遠也に目を向ける。

 白銀に輝く竜に守られるようにそこに立つ遠也。そして、向かいに立つ万丈目にも視線を移す。その姿に、十代は先程トイレに行った際に万丈目がその中で口にしていたことを思い出していた。

 勝たなければ。勝たなければ、自分は評価されない、認めてもらえない。そんな言葉を吐露し、悩みに人知れず押し潰されそうになっていた万丈目。

 しかしそれを悟らせず、アカデミアにいた頃から自分に絶対の自信を持って振る舞ってきた万丈目に、十代は純粋なる敬意を抱いていた。

 すげえ、と素直にそう思う。崩れ落ちるようなプレッシャーを受けながら、万丈目は逃げずに立ち向かっているのだ。だからこそ、十代は凄いとそれを思う。

 だから、十代の心境は遠也にも万丈目にも頑張ってほしいという実に欲張りなものとなっていた。

 どちらを応援すればいいかなんて、十代にはわからない。そんな小難しいことを考えるのは苦手なのだ。なら、どうすればいいのか。簡単だ、自分がやりたいようにすればいい。

 十代はたいして悩まずに即座にそんな結論を出す。すなわち。

 どっちも応援したい。なら、どっちも応援すればいいだけだ。

 そう答えを出した十代は、ごく普通にフィールドに向かって応援の声を上げた。

 

「いっけー遠也! 万丈目も、気合見せろー!」

 

 何故か万丈目まで応援する十代に、周囲の人間がぎょっとして十代を見る。

 なんで敵の応援してるんだこいつは、と言いたげなその視線に、しかし十代はまったく堪えない。

 その声が届いたのか、遠也と万丈目まで十代を見ている。それに気づいた十代は、にかっと笑ってガッチャの決めポーズを二人に見せる。

 それが十代なりの、二人のライバルに対する気持ちだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「ふん……万丈目さん、だ! 馬鹿が!」

 

 万丈目が、十代の応援の声を受けて舌打ちと共にそう吐き捨てる。

 その姿に苦笑しつつ、俺は十代の応援にやれやれと肩をすくめる。十代が万丈目の何を知っているのか俺には分からないが、きっと十代にとって万丈目は敵ではないのだろう。

 万丈目は敵視しているが、十代にとってはいいところライバル、もしくは気難しい友人、といったところか。まったく、平和かつ羨ましい性格だよ。

 

「俺のターン!」

 

 さて、万丈目込とはいえ応援された身としては頑張らないとな。

 

「バトル! スターダスト・ドラゴンで直接攻撃! 響け、《シューティング・ソニック》!」

「ぐぁあッ!」

 

万丈目 LP:3800→1300

 

 スターダストの口から放たれた真空の砲撃が、万丈目を呑みこんでそのライフポイントを大きく削り取る。

 これでライフ差はほぼなくなった。ここで追撃ができれば勝ちが決まっていたのだが、残念ながら手札は2枚しかなく、その中にこれ以上攻撃を行うことのできるカードは存在していなかった。

 ゆえに、このターン俺にこれ以上出来ることは何もない。

 

「ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 万丈目はカードを手札に加えると、その中の1枚を手に取った。

 

「魔法カード《トレード・イン》を発動! 手札からレベル8モンスター《闇より出でし絶望》を墓地に送り、デッキから2枚ドロー! 更に《天使の施し》! 3枚ドローし、2枚捨てる!」

 

 単なる手札交換。だが、確かに手札がその2枚じゃあ、交換しなければ何もできないだろう。しかし、ここでトレード・イン、そのうえ天使の施しまで手札に来るとは。

 そして最終的に残った2枚のカードを見て、万丈目はその顔を獰猛な笑みで彩った。余程いいカードを引いたらしい。

 

「くく……貴様がせっかく出したエースも、これで終わりだ! 俺は《死者蘇生》を発動! 墓地のアームド・ドラゴン LV5を復活させる!」

 

《アームド・ドラゴン LV5》 ATK/2400 DEF/1700

 

 三度その姿をフィールド上に晒すアームド・ドラゴン LV5。万丈目のデッキがこいつを中核にしているのはわかるが、一度のデュエルで三度も出すとは、なかなか出来ることじゃない。

 しかし、それでもその効果はスターダストによって封じられ、攻撃力も届かない。これでは万丈目がああまで自信ありげにするには足りないだろう。

 つまり、決め手はあの残り一枚となった手札。そして、この状況でスターダストを突破する手段といえば……。

 

「更に手札から《レベルアップ!》を発動! 再び進化、アームド・ドラゴン LV7ッ!」

 

《アームド・ドラゴン LV7》 ATK/2800 DEF/1000

 

 LV5の身体が光り、その身体が更なる巨体へと変貌していく。そうして再び現れる、アームド・ドラゴンの完全体。さすがに手札も尽きたため究極体であるLV10までは出てこなかったものの、それでもこの状況でLV7まで出てくるとは思わなかった。

 そしてスターダストの攻撃力2500を上回る数値を持つLV7。こうも早くスターダストを超えてくるとは、感嘆するほかない。

 

「いけ、アームド・ドラゴン LV7! スターダスト・ドラゴンに攻撃! 《アームド・ヴァニッシャー》!」

 

 アームド・ドラゴンがその腕を回転させ、その圧倒的な膂力でもってスターダストを粉砕せんと迫ってくる。

 それを受けて、俺は攻撃が直撃する前に口を開いた。

 

「この瞬間、墓地の《ネクロ・ガードナー》を除外し、効果発動! 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする!」

「ちっ、防がれたか。俺はこれで、ターンエンド!」

 

 最初のカードガンナーの効果で墓地に行っていたカードだが、上手く助けてくれた。破壊されなければ、まだ次に繋げることもできる。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 来たか、このデュエルを終わらせることのできるカードが。

 万丈目の場にはアームド・ドラゴン LV7が1体。そして手札は0で伏せカードもない。ならば、こちらの攻撃を防げる道理もない。

 

「いくぞ、万丈目! 俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果で墓地のレベル・スティーラーを特殊召喚する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 レベルの合計は4となり、キーカードの召喚条件は満たされた。

 

「レベル1レベル・スティーラーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」

 

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

 鋭く鋭利な爪を持った籠手のようなモンスター。その召喚に成功し、そしてすぐさま俺はその効果を発動させる。

 

「アームズ・エイドの効果、1ターンに1度、メインフェイズにこのカードを装備カード扱いとしてモンスターに装備できる! そして装備したモンスターの攻撃力が1000ポイントアップ!」

 

 アームズ・エイドが光の粒子となり、スターダスト・ドラゴンに降り注ぐ。星屑の名を冠するドラゴンが光を纏っていく様は、何とも言えない神秘性を感じさせる。

 そしてその光がスターダストの全身を包み終わった時。その攻撃力はアームド・ドラゴンを上回る値へと上昇していた。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500→3500

 

「いけ、スターダスト・ドラゴン! アームド・ドラゴン LV7に攻撃! 《シューティング・ソニック》!」

 

 スターダスト・ドラゴンが再び口から圧縮空気の砲弾を発射させる。

 アームズ・エイドには、装備したモンスターが相手モンスターを破壊した時、その破壊されたモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える効果がある。

 スターダストがアームド・ドラゴンを破壊しただけではライフが600残る計算になるが、その効果により、万丈目のライフは0を刻む。

 これで、俺の勝ちだ。

 俺がそうして勝利を確信していると、万丈目が大きな声を出した。それも、こちらが全く予想もしていなかった内容の。

 

「この瞬間、墓地の《ネクロ・ガードナー》の効果発動!」

「っな! なにぃ!?」

「このカードをゲームから除外し、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする!」

 

 墓地のカードから闇が広がり、それが壁となってスターダストの攻撃を受け止める。

 攻撃を止められてしまったスターダストは、止む無く俺のフィールドに帰ってきた。……が、それよりもまさか止められるとは思っていなかった俺は、思わず一瞬呆けた。

 まさか万丈目のデッキにもネクロ・ガードナーが入っているとは。さっきは俺も使ったし、それに十代も使っているカードだ。その便利さは元の世界で制限カードにまでなっていたこともあることから折り紙つきである。

 その有用性から万丈目が使ってもおかしくはないが、なんつータイミングで発動してるんだ。これ、逆転フラグになったりしないだろうな。嫌な予感しかしないんだが。

 畜生、こんなことなら《ダブル・アップ・チャンス》でも入れておくんだった。そんなことを考えつつ、俺は仕留めきれなかった悔しさを隠しきれぬまま口を開いた。

 

「……ターンエンド!」

「俺のターンだ! ドローッ!」

 

 万丈目は場にアームド・ドラゴン LV7こそいるものの、手札が0で伏せもない状態であり、余裕はないと言っていいだろう。

 そのためか、心なしか声にも力が入ったドローであった。そして、それを行った万丈目は、手元に来たカードを見て口角を上げて笑みを見せる。

 たった1枚の手札。一体万丈目が何を引いたのか。それはすぐに明らかになった。

 

「俺は魔法カード《スタンピング・クラッシュ》を発動! このカードは自分フィールド上にドラゴン族モンスターが存在する場合のみ発動できる! 魔法、罠カード1枚を選択して破壊し、そのコントローラーに500ポイントのダメージを与える! 俺は、装備カードとなっているアームズ・エイドを選択して破壊! そして500ポイントのダメージを受けろ!」

「ぐっ……」

 

 俺の場のアームズ・エイドが破壊され、更にライフも削られる。それだけではなく、スターダストの攻撃力まで元に戻ってしまった。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/3500→2500

 

遠也 LP:1600→1100

 

 これは、まずい。

 

「バトル! アームド・ドラゴン LV7でスターダスト・ドラゴンに攻撃! 《アームド・ヴァニッシャー》!」

「くっ……スターダスト!」

 

 攻撃力の差は300ポイント。たったそれだけとはいえ、こちらが下回っている事実は変わらず、スターダストは破壊されて墓地に行ってしまった。

 

遠也 LP:1100→800

 

「ターンエンドだ!」

 

 くそ、ついにライフポイントが1000を切ったか。

 俺が追い詰められていることに、喜びの声でもって万丈目の声援とするノース校。対して最早なりふり構っていられないのか、立ち上がって俺に檄を飛ばす鮫島校長。

 本校の生徒みんなも応援してくれているのだが、それよりも校長の熱狂っぷりがやばい。一体何がそうさせているのかわからないが、俺としてもその声には応えるつもりだ。

 何より俺の勝ちを信じている友人たちがいるのだ。その前だからこそ、勝ちたい。向けられた信頼に、応えてみせるために。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、確認する。

 そして、俺はそのカードをそのままディスクに差し込んだ。

 

「魔法カード《星屑のきらめき》を発動! 自分の墓地に存在するドラゴン族のシンクロモンスター1体を選択し、そのモンスターのレベルと同じレベルになるように、選択したモンスター以外の自分の墓地に存在するモンスターをゲームから除外し、選択したモンスターを墓地から特殊召喚する!」

 

 ドラゴン族シンクロモンスターを、墓地アドの損失だけで完全蘇生させる優秀な魔法カードだ。無論蘇生制限を満たしていなければならないが、シンクロ召喚したモンスターであるならば問題はない。

 

「俺は《スターダスト・ドラゴン》を選択! 墓地のシンクロン・エクスプローラー、カードガンナー、ジャンク・シンクロンを除外し……三度みたび飛翔せよ! 《スターダスト・ドラゴン》!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 輝く光の雫を散らせながら、再び墓地より現れるスターダスト・ドラゴン。

 それを見て、万丈目の顔が苦々しげに歪む。

 

「更にリバースカードオープン! 罠カード《ロスト・スター・ディセント》! 自分の墓地に存在するシンクロモンスター1体を選択し、自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する! ただし、この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、レベルは1つ下がり守備力は0になる。また、表示形式を変更する事はできない。《TG ハイパー・ライブラリアン》を守備表示で特殊召喚!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800→0

 

 片膝をつき、身を守る姿勢を取るライブラリアン。

 本来のレベルは5だが、ロスト・スター・ディセントの効果により現在のレベルは4。それは、この状況においては大きなメリットになる。

 

「そして、チューナーモンスター《エフェクト・ヴェーラー》を通常召喚!」

 

《エフェクト・ヴェーラー》 ATK/0 DEF/0

 

 まるで羽衣のような質感を持つ半透明の大きな翼。その不思議な羽を広げ、青い髪に白装束を纏った少女が降り立つ。

 手札から捨てることで相手モンスター1体の効果をエンドフェイズまで無効にする効果を持つカードだが、同時にレベル1のチューナーでもある。シンクロデッキにとって、とても有用なカードの1枚だ。

 そして、チューナーとそれ以外のモンスターが揃った以上、やることは決まっている。

 

「レベル4となっているライブラリアンに、レベル1のエフェクト・ヴェーラーをチューニング!」

 

 2体が飛び上がり、光の中へと消えていく。

 そのレベルの合計は5。そして、素材指定がないという条件かつこの状況では、呼ぶのはもちろんアイツである。

 

「集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

 白銀の体躯に、金の縁取りで囲われた一つ目のレンズ。こと戦闘においては絶大な力を持つ戦闘兵器である。

 これで俺のフィールドには、スターダストとカタストルの2体が並んでいることになる。

 俺はまず、カタストルを指定して指示を出した。

 

「バトル! カタストルでアームド・ドラゴン LV7に攻撃!」

「馬鹿な! 攻撃力はこちらのほうが上だぞ!?」

 

 万丈目の言うとおり、彼我攻撃力差は600ポイントあり、カタストルの攻撃力は及ばない。

 だが、こと戦闘においてなら、カタストルに心配はいらないのだ。

 

「この瞬間、A・O・J カタストルの効果発動! このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘をする場合、ダメージ計算を行わず、そのモンスターを破壊する!」

「な、なんだと!?」

「いけ、A・O・J カタストル! 《デス・オブ・ジャスティス》!」

 

 俺の言葉に従い、カタストルがその身を僅かにのけぞらせる。

 そしてその一つ目のレンズに集束していくエネルギー。それは一筋のレーザーとなって解放され、一瞬でアームド・ドラゴン LV7を貫いた。

 その一撃で、消えていくアームド・ドラゴン。これで、万丈目のフィールドはがら空きになった。

 

「くっ……!」

「これで終わりだ、万丈目! スターダスト・ドラゴンで直接攻撃! 響け、《シューティング・ソニック》!」

 

 スターダストの口腔から、再び不可視の砲撃が万丈目に向けて放たれる。それを正面から見据えながら、万丈目は無念の咆哮を上げるのだった

 

「く、くっそぉぉお!」

 

万丈目 LP:1300→0

 

 万丈目のライフポイントが0になり、それと同時にフィールド上に映像化していたビジョンが消えていく。

 ショックのあまり、膝をついている万丈目と、立ってそれを見ている俺。その二人を交互に見てから、クロノス先生が対戦台の下からぴょんとフィールドに立ち、マイクを片手に俺に手を向けた。

 

「勝者! デュエルアカデミア本校代表、皆本遠也なノーネ!」

 

 クロノス先生がそう告げた瞬間、本校生徒たちから喜びの声が一気に爆発した。拍手、歓声、口笛、などなど。それぞれが思い思いの方法で俺の勝利を祝ってくれている。

 非常に嬉しいことではあるが、それが全て俺に向けられていると思うと、些かならずとも気恥ずかしい。

 だから、俺は控えめに片手を上げることで、それらの声に応えるのだった。

 そして、対するノース校だが、こちらは俺の勝ちが決まった瞬間、静まり返ってしまった。

 だが、その中の大多数は万丈目の敗北に涙しており、また崩れ落ちた万丈目に拍手を送っている者が大勢いる。

 この光景を見ると、万丈目がノース校の人間に本当に慕われているのだと実感する。全校生徒のほとんどが万丈目のために泣いてくれているのだから、本当に凄い。

 そう感心していると、不意にこのデュエルフィールドと観客席を繋ぐ入口から、見知った顔が走ってきているのが見えた。

 

「遠也!」

 

 走り寄ってくるのは、十代に翔、隼人、それから三沢か。明日香とジュンコにももえ、それからカイザーはいないようだ。

 そう思ってみんなが座っていたところを見ると、明日香がこちらに笑顔で手を振り、カイザーが相変わらずのカッコつけた笑みをしているのが見えた。

 ジュンコ、ももえも大歓声で聞き取れないものの、何か祝いの言葉を言ってくれているのが動いている口からわかる。

 だから、俺はその四人に向かってサムズアップを返すのだった。

 そうこうしている間に、十代たちは気づいたら勝手にフィールドに上がってきていた。

 テレビカメラが回っているのに、そんなことしていいのか。と思ったが、周りを見ると、カメラは既に下ろされている。理由は分からないが、どうも既に撮影は終わっていたようだ。随分急な話である。

 そんな風に周囲を見ていると、俺の視界に突然十代が顔を出す。そして、その表情は満面の笑顔であった。

 

「遠也、やったな! 最高のデュエルだったぜ!」

 

 そう言って手のひらを掲げる十代に、俺は応と答えて自分の手のひらをそこに合わせた。

 パシン、と鳴った甲高い音。それに続けて、翔たちも口を開く。

 

「うん、見ていて楽しかったよ!」

「さすが遠也なんだな」

 

 二人の言葉にも、サンキューと返す。そして、三沢も苦笑を浮かべて声をかけてきた。

 

「スターダスト・ドラゴン……まさかあれほどの効果を持っていたとはな。効果破壊も効かないとなると、ますますお前の攻略が難しくなるな」

 

 肩をすくめるように言われ、俺もまた苦笑いを返すしかない。

 スターダストの優秀さは元の世界でも認められていたほどだ。こうしてこの世界でも評価されるのは当然なのかもしれないが、それでも自分のカードのことなだけにそう言われるのは嬉しかった。

 

「でも、万丈目は強かったよ。あれだけ――」

「準! まったく、なんてザマだ!」

 

 言葉の途中、突然聞こえてきた怒鳴り声に、思わず声を詰まらせる。

 そして、半ば反射的にそちらのほうへと顔を向ける。その声を聴いた十代たちもまた気になったのだろう、共にその発生源に視線を移していた。

 俺とのデュエルに負け、膝をついた万丈目。その横に二人の成人男性が立ち、厳しい表情で万丈目を見下ろしている。その目に親しみはなく、苛立ちと怒りが万丈目に対して注がれていた。

 

「に、兄さん……」

 

 万丈目が、その目にたじろいだのか弱々しく彼らを呼ぶ。

 ……なるほど、あれが万丈目の兄たちか。家族と上手くいっていないのでは、という予想は当たっていたというわけだ。まったく嬉しいことではないが。

 そして万丈目の声に、二人の兄は舌打ちと溜め息で応えた。

 

「失望したよ、準。やはりお前は俺たち兄弟の中でも出来が悪かったようだ」

「期待し、こうして金をかけてやった結果がこれとはな。俺たちがせっかく用意してやったカードも使わず負けるとは、呆れて物も言えんぞ!」

「くっ……」

 

 その容赦ない叱責に、万丈目が目を伏せて苦しげに声を漏らす。

 あからさまに万丈目を侮蔑する言葉に、俺は自分の目つきが鋭くなっていくのがわかった。万丈目は正々堂々と戦い、そこに責められるべき点は何一つなかった。そんな万丈目が、何故こうまで言われなければならないんだ。

 文句を言ってやろうと俺は口を開きかける。が、その前に十代が一歩踏み出していた。

 

「おい、アンタら! 万丈目の兄だか何だか知らないけどな! 万丈目は精一杯戦ったんだ! アンタらのくだらないプレッシャーにも負けずにな! それを貶すなんて、俺が許さないぜ!」

 

 十代が珍しく怒りを込めた声で二人を睨む。

 その言葉から察するに、試合前に十代が万丈目のことを気にかけていたのは、こういった兄からのプレッシャーが万丈目にあることを何処かで知ったからだったのだろう。

 怒りの言葉と失望の感情を家族から受けるかもしれない恐怖、それは確かに想像を絶する。その恐怖を常に背負ったうえでこれまでデュエルに臨んできていたのだとすれば、万丈目は尊敬に値する精神の持ち主だ。

 ノース校で万丈目が慕われる理由が、少しわかったかもしれない。そういう心が根元にある人間を、本気で嫌える奴はそういないだろう。

 だが、兄たちにとってはそうではないらしい。十代の怒りを、鼻で笑って返してきた。

 

「ふん、部外者は黙っていてもらおう。これは我ら兄弟の問題だ!」

「それに、物事は結果が全てだ! 我ら万丈目家に生まれながら、その能力のない準が悪いのだ!」

 

 その高圧的かつ独善にすぎる物言いに、普段はオシリスレッドを馬鹿にするクロノス先生すら不愉快気に表情を歪ませる。

 いち教師としては、やはりそういった思考は受け入れがたいのだろう。そう感じる心を自覚して、いずれはオシリスレッドに対する嫌がらせも控えてほしいものだ。

 そして、二人が言い放った言葉に、万丈目は一層うなだれる。家族からお前は能無しだと告げられたその心情は、推し量るに余りある。

 ……しかし、この兄たちは馬鹿なのだろうか。万丈目は、滅多にない稀有な才能があることを自分で、しかもこの場で証明してみせているのに。

 俺には間違いなく無く、カイザーと十代にあるいはあるかもしれないその才能。持っていない人間の方が圧倒的に多いその才能に気付かないとは――。

 

「馬鹿じゃないの?」

「なに、貴様誰に向かって言っている!」

 

 あ、思わず口に出てた。

 兄の一人、なんか睫毛が濃いほうがそれに反応して睨んでくる。

 まあ、いいや。俺も腹が立ってたのは事実だし、こいつらに気付かせてやるのもいいだろうさ。弟の凄さをな。

 

「いや、だってアンタら、万丈目の才能に気付いてないだろ。こんなに珍しい才能持ってるのにさ」

「何を馬鹿な」

「準に才能だと? ふん、デュエルの才能がないことは、この場で証明されたわ!」

 

 俺の言葉に、兄二人は揃って否定的な態度でそれを一蹴する。

 対して俺は、そんな二人に溜め息をついた。理解していないな、と暗に示すそれに二人の表情が険しくなる。

 そして、俺のその反応に、周囲の面々も視線を向けた。いったい、俺が言う才能とは何なのか、ということだろう。むしろ、なんでわからないかな。こんなにわかりやすいのに。

 

「あるだろ、才能。万丈目はノース校に半年もいなかったんだぜ。なのに、こいつのために泣いてくれる生徒が、こんなに大勢いるんだ。これって、結構凄いことだぞ」

 

 なにしろ、一学校そのものなのだから、生徒数は三ケタに届いているのだ。そのほぼ全てから慕われるというのは、並みのことではない。

 

「言い換えようか。こいつにはカリスマっていう欲しくても得られない才能がある。この場で、万丈目のことを心から応援していたノース校の生徒たちがその証拠だ」

 

 そこまで言って、俺は二人に指を突きつけた。

 

「金と結果が全てだと思っているアンタら二人には、絶対に無い才能だぜ」

 

 最後にそう断言した瞬間、会場中からワッと声が上がった。

 本校、ノース校関係なく。全ての生徒が兄たちの横暴すぎる言葉に対して、帰れ、引っ込めと、さんざんに言い始める。だがしかし、万丈目に対しては、よくやった、いいデュエルだったぞ、カッコよかったぜ、と賞賛の声ばかりだ。

 それは、俺が今言ったことをまさに証明するかのような光景だった。

 

「くっ……!」

「不愉快だ! 帰るぞ、正司!」

「ま、待ってくれ長作兄さん!」

 

 そして、非難轟々となってその空気に耐えられなくなった二人は、忌々しげに俺たちを見てから足早に会場を去って行った。

 まったく、それに万丈目にはデュエルの才能もあるぞ。あのドロー力と今日のデュエルを見ていればわかるはずだろうに。弟だからって過小評価しすぎだ。

 そんな彼らが姿を消すのを見届けてから、俺たちは万丈目の方へと駆け寄った。

 膝をついていた万丈目も立ち上がり、その姿を認めた十代が彼らの去って行った方を見ながら不満を漏らす。

 

「ちぇ、なんだよアレ。万丈目のデュエルを馬鹿にしてるぜ。それに――」

「そこまでにしとけ、十代。万丈目にとっては兄貴なんだ、馬鹿にされていい気分はしないだろ。俺もさっきは好きに言い過ぎたよ。悪かったな万丈目」

 

 自分のことを棚に上げ、謝りつつも十代にそう忠告する俺。

 まぁ、自分で言っちゃったからこそ気を付けようと思ったわけだし、それを他人に促すのも間違いではないだろう。

 

「あ、そうか。悪い、万丈目」

「ふん……」

 

 謝られた万丈目は、その不遜な態度とは裏腹に、口元には小さな笑みを浮かべていた。

 それを見てとったのは俺だけだったようだ。こいつも、素直じゃない奴である。

 そのまま徐々に騒ぎ始める友人たちを見ながら、俺は観客席にいる明日香たち女子とカイザーのほうに視線を移す。

 そこでこちらを楽しそうに見ている連中に、一度肩をすくめてみせる。そして俺は友人たちの輪に加わるため、「次は俺とデュエルだ!」「いいだろう、お前にも雪辱を果たす!」と言い合い始めた十代と万丈目のもとに歩み寄っていくのだった。

 

 

 

 

 対抗試合が終わり、ノース校の人間はみんな帰って行った。

 その折、優勝校の校長に渡す賞品とやらも発表されたのだが……それがなぜにトメさんのキス? っていうか、そんなもののために代表生徒は必死こいて戦わなきゃいけないのかよ。

 あまりにも馬鹿らしくなった俺は、ふと俺を代表に誘い込んだ元凶であるカイザーの姿を探した。だが、その場にカイザーは既におらず、その日一日会うことはなかった。

 

(あの野郎、知ってやがったな)

 

 俺がそう確信し、面倒事を押し付けられただけだったと知り憤るのは、当然のことであった。

 以後しばらく俺はカイザーにデュエルに誘われても軒並み断り、それに地味に嫌な顔をしたカイザーを見て、俺はひとまずの溜飲を下げたのだった。

 ちなみに万丈目はアカデミア本校に残った。やはり本人としては、アカデミアに思い入れもあったようで、再び通いたいという意思を校長に示したのだ。

 校長は快くそれを受諾した。尤も、勝手に学校を離れていた関係で出席日数が足らず、出席日数が単位に関係しないオシリスレッド所属になってしまったのは笑ったが。

 それでも大して不満も言わずにいるところを見ると、本当に変わったのだと思う。ノース校、それからあの対抗試合で兄貴たちと対したことが、いい切っ掛けになったのかもしれなかった。

 

 

 そして、今。俺は十代と万丈目という三人でブルー寮の俺の自室に集まり、顔を突き合わせていた。

 ちなみに万丈目はレッド所属でありながら、ブルー生徒に嫌われていない稀有な例だ。先日の対抗試合で好印象を持たれたのが原因らしい。

 まぁそれは置いておいて。こうして集まっている理由は、俺と十代が万丈目にかけたある言葉が原因だった。

 

「なぁ万丈目。そいつってお前の精霊か?」

「お、遠也も気づいてたのか。俺も気になってたんだよなー」

「なに!? 貴様らこのザコが見えるのか!?」

 

 その後俺たちも精霊が宿るカードを持っているという話になり、互いの精霊を確認しようと万丈目が言い出して比較的にスペースのある俺の部屋に集まったわけである。

 そして、まずは言い出しっぺの万丈目が一枚のカードを手に取った。

 その瞬間、万丈目の指示を待たずに飛び出してくる黄色く小さな人型のモンスター。

 目は頭部から伸びた二つの触角の先にあり、その姿はカネゴ○を連想させなくもない。唯一の衣服であるパンツが、どことなく哀愁を感じさせる。

 まごうことなき、《おジャマ・イエロー》だった。

 

『万丈目のアニキ! この人たち、オイラのことが見えてるのぉ?』

「ええい、鬱陶しい! 大人しくしていろ!」

 

 身体をクネクネさせながら顔に近づいてきたイエローをわずらわしそうに見て怒鳴ると、イエローは素直に万丈目の横に座った。

 やっぱり、こいつが万丈目の精霊だったのか。

 

「まぁ、なんというか……個性的な精霊だな」

 

 デッキ的にもあまりシナジーはないだろうに。まぁ、おジャマシリーズが揃えば、一気に凶悪カードと化すけれども。特に万丈目のようなドロー力があれば、おジャマカントリー、おジャマジック、おジャマデルタハリケーン!!のコンボが普通にやってきそうで怖い。

 この世界におジャマカントリーは今のところ存在していないのが、唯一の救いか。万丈目にとっては痛手だろうけど。

 そんな思考をしているとは露知らず、万丈目はその言葉に「ただのザコだ!」と断言してイエローに泣かれている。まぁ、これはこれでいいコンビなのかもしれないな。

 ちなみに俺たちが精霊を見ることができると知り、イエローは兄弟の行方を尋ねてきた。恐らく、おジャマ・ブラックとおジャマ・グリーンのことだと思うが、残念ながら心当たりはない。

 十代も同じく首を横に振ると、イエローはがっくりを肩を落としていた。なんか、すまん。見つけたら知らせるよ。

 

「よし、次は俺の番か。来い、相棒!」

『クリクリ~』

 

 十代の呼びかけに応えて出てきたのは、お馴染み《ハネクリボー》だ。

 イエローより少々サイズが大きいが同じく小型モンスターであるため、ハネクリボーはイエローに興味を持って、その大きな目でイエローを見つめていた。

 

「ふん、そいつか。精霊だったとはな」

「おう! 頼りになる俺の相棒だぜ!」

 

 万丈目に対して、自慢げに十代が答える。

 実際、十代のピンチを何度も救っている相棒というのは間違いない。俺とのデュエルでも何度かハネクリボーにダメージを消されているし、それでなくともその可愛さは傍にいると癒されるだろう。羨ましい。

 しかし、俺がさっきある程度は教えたとはいえ、万丈目の口から普通に精霊なんて言葉を聞くことになるとはな。しかもこんなに和やかな雰囲気で。初めて会ったころには考えられなかったことだ。

 そう思ってしみじみしていると、万丈目が若干羨ましそうにハネクリボーを見ていた。

 万丈目いわくザコカードだが、それでも優秀な効果モンスターである分イエローよりもマシだと思っているのだろうか。その視線に気づいたイエローが、ショックで顔色を青くしているんだが。

 まぁ、捨てられることはないだろうから大丈夫だろう。ハネクリボーは十代のカードだから、諦めるしかないしな。

 さて、十代のハネクリボーも出てきたことだし、次は俺の番か。二人の目もこちらを向いていることだし、さっさと紹介するとしよう。

 あらかじめ姿を消してもらっていた相棒に呼びかける。

 

「もういいぞ、マナ」

『はいはーい! ああ、窮屈だったー』

「姿を消してただけだろ?」

『もう、気分的な問題なの』

 

 そういうもんか?

 ともあれ、姿を現したマナに、ハネクリボーが早速とばかりに飛びつき、それを抱きとめたマナがその毛を梳くように撫でまわす。

 クリクリ言って笑うその姿を横目で見ながら、俺はデッキからカードを一枚取り出し、あんぐりと顎が落ちんばかりに口を開けている万丈目に見せた。

 

「そういうわけで、俺の精霊はこいつ。《ブラック・マジシャン・ガール》のマナだ」

『よろしくねー』

 

 ひらひらと万丈目に対してマナが手を振る。

 初対面の印象は決してよくなかったが、今の万丈目を見てマナも気持ちを切り替えたのだろう。普通に笑みを浮かべての対応だった。

 それを受けた万丈目は、落ちかけていた顎を強引に手で持ち上げると、驚きの声でもってそれに応えた。

 

「ぶ、ぶぶブラック・マジシャン・ガールだと!? 武藤遊戯しか持っていないカードを、なんでお前が持っている!?」

 

 あー、そこからか。

 俺は以前に神楽坂とデュエルした時にした説明と同じことを万丈目に話す。それを聞いて万丈目はなるほどと頷いた。考えてみれば当たり前のことだし、納得は容易だったようだ。

 しかし、今度は万丈目は真剣な眼差しをマナに向け始めた。じっと自分を見る視線に、マナは苦笑い。

 なんだ、可愛いから見惚れているのか? 確かにマナは可愛いが……やらんぞ、俺のだ。

 そう無駄に対抗心を燃やしていると、万丈目は次いで自分のおジャマ・イエローを見る。それにイエローはウインクをして返す。

 そして万丈目は十代のハネクリボーを見て、その視線は再びマナへ。最後にもう一度おジャマ・イエローを見た後、万丈目の身体がふるふる震えだした。

 そして、直後一気に爆発する。

 

「――な、納得いかぁぁあん! なんでお前らの精霊がそんなに上等なもので、俺の精霊はこのザコなんだぁッ!」

『そ、そんなぁ。アニキったら、ひどいのよ~』

 

 泣き出すイエローにイラッときたのか、万丈目が「黙れこのっ!」と言いつつイエローを掴もうとする。しかし、イエローは身の危険を感じたのか、ひょいっとかわす。

 それにまたイラッときたのか、万丈目はむきになってイエローを捕まえようとするが、イエローはそのたびに泣きながら回避する。

 そうして次第に部屋の中をドタバタと動き回り始めた二人に、俺と十代はやれやれと肩をすくめた。

 普段の万丈目は落ち着きのある奴なんだが、たまにこうしてはっちゃけることがあるようなのだ。まぁ、ずっと落ち着き払っていても気持ち悪いし、これぐらいのほうが万丈目は親しみがあっていいのかもしれない。

 

「ホント、あいつら仲がいいぜ」

『クリクリ~』

「本人は否定しそうだけどな」

『喧嘩するほど仲がいいって言うのにね』

 

 そして、俺たちはそんな万丈目をこうして生温かく見守るのだった。

 

 ――結局。二人の追いかけっこは俺が部屋で暴れるなと万丈目に注意したところで終わり、精霊発表の場もそこでお開きとなった。

 レッド寮に帰っていく二人に手を振りながら別れ、自室に戻る道の途中。俺は万丈目とこうして普通に話せるようになっていることに思考を傾ける。

 以前はあんなに険悪だったのに。そう思えば対抗デュエルに出たのも悪いことではなかったか。その点は、カイザーにも感謝しておくとしよう。

 ま、何はともあれ。友人がまた増えたことは、喜ばしいことだよな、うん。

 俺は誰ともなしに一人頷き、そんな感慨にふけるのだった。

 

 

 

 

 


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