いや、一年も待たせて本当に申し訳ない。
天城学園 道場
「どうも、お世話になりました」
高崎菊乃は、弓道を引退するにあたり世話になった人へ挨拶回りをすることにした。天城も練習試合などで接点がある。
「へぇ、そういうわけなんだ。なんか不思議な縁だな」
長い髪を無理やり纏めたポニーテールの女子が菊乃に声を掛ける。彼女は薙刀部の藤野渚。部活は違えど道場に出入りするためか、割と面識はある。
「今日、うちの模型部と暁中のチームが練習試合なんだって?」
「ええ、知り合いなんですけど」
二人が話していると、薙刀部が二人掛かりでダンボールを運んできた。
「渚ー、このダンボール重いよ」
「経口補水液って一箱でこんな重かったっけ?」
どうやら部活で使う経口補水液を運んできたらしい。だが、二人掛かりでも厳しそうなくらい重いようだ。
「え? せいぜい20キロくらいだろ?」
渚が不思議そうに近づく。薙刀部の二人がダンボールを置くと、鈍い音がした。
「いてっ!」
「ん? 今なんか……」
ダンボール箱の中から声が聞こえた。これはいよいよ怪しいとその場にいた全員が警戒する。菊乃は戦とやったホラゲーを思い出して青ざめる。
倉庫番.exeでは一定時間以内に解かないと箱から化け物が飛び出すのだ。
「これ本当に経口補水液か?」
「な、なんか入ってません?」
渚が薙刀を向けて遠ざかる。その時、ダンボールからまた声が聞こえた。
「誰かいます? とりあえず離れて下さい」
「お、おう。最初から離れてるぞ!」
渚がダンボールに状況を伝える。すると、ドンッとダンボールからカッターナイフが飛び出てきた。カッターはダンボールの上に突き出し、そのまま梱包していたガムテープを切り裂いていく。
「キャァァァっ!」
菊乃は絶叫した。完全にトラウマ再発である。そのまま気絶して倒れてしまった。
「お、おい。楳図かずおの漫画みたいな顔してどうした?」
渚が菊乃に意識を向けていると、ダンボールを突き破って人が出てきた。
「そおぉいッ!」
「なんだこいつ!」
天城のでも暁のでもないジャージを着た、背の低い男子が出てきたではないか。顔に特徴は無く、メガネすらかけていない。モブという表現が正しく当てはまる。やってることはモブ臭くないが。
「おのれ教育委員会……必ずレッドバロンに戻ってきてやる」
その後、取り押さえられたのは言うまでもない。
「ここが天城学園か」
山から降りてきた暁中学、Gブレイカーズは天城学園の綺麗さに息を呑んでいた。レイモンドの運転で天城に到着し、部室へ向かって学校の敷地内を歩いていた。
「うへー、学校ってのはなんでこう迷いやすいかね?」
ゲーマーの戦でも、学校の間取りは迷子になり易いほど複雑だ。レイモンドが地図を持っていなかったら迷子確定だった。
「お嬢様、学校ってなんでこんな複雑な間取りなんですか?」
レイモンドはボヤきながら地図を見る。わざわざコンパスで確認までする。
「案内の人が来るはずなんですけど……」
葉月は段取りを確認していた。本当ならば案内の人が迎えに来る手はずだったが、来る気配が無い。それどころか学校が少し騒がしい。
「なんだか穏やかじゃないね」
辰摩はその空気を感じていた。今日は休日でそんなに人もいないはずだ。それを忘れるような騒ぎとはいったい。
「さっきすれ違った人の話だと、有名な先生が来てるらしいよ。それも講演会とかの予定も無いのに」
桜はすれ違った人の会話から情報を得ていた。他にも騒がしい理由は幾つかある様だ。
迷わない様に地図を見て、辺りを確認するGブレイカーズ。そんな彼らに、白衣の女性が近づいた。
「で、その有名な先生とは私だよー」
それを見た葉月は絶句した。それか正気を取り戻したのか驚く。
「アイエエエエエ? 星影主任? 星影主任ナンデ?」
「葉月がなんか壊れた!」
普段の彼女からは考えられない驚き様に、戦も釣られて驚く。辰摩は普通にこの女性について解説する。
「無理も無いよ、この方はヤジマ商事のプラスフキー粒子研究部門主任、星影雪菜さんだからね。最近出来たガンプララボの代表、ニルス・ニールセンの上司って言えば凄さがわかるかな?」
「つまり、とても有名な人か」
戦は割とそういうのに疎い。多分理解はしていないだろう。
「で、そんなすごい人が何故ここに? もしかして母校とか?」
戦は純粋に、星影がいる理由が気になった。
「私の母校は天上高校だよ。用があるのは君だよ、羽黒戦くん」
星影は戦に用事がある様だ。それを聞いた葉月は、戦の胸ぐらを掴んで振り回す。
「戦ぁぁぁぁッ! 貴女一体何したんですかぁぁぁッ!」
「お、お嬢様、落ち着いて……」
レイモンドに引き離され、葉月は落ち着きを取り戻す。
「ぜーはー、ぜーはー、す、すみません」
「いや、むしろ年頃っぽい反応がお初で逆に安心した」
戦としては葉月が年相応な反応を見せたことに喜ぶところであった。どうも彼女は同い年ということを忘れそうになる。
「まぁまぁ、サインなら書いてあげるから。そうだね、私が羽黒くんにある用ってのは、これ」
星影が取り出したスマホには、あるバトルの映像が流れていた。それは、東京で以前、戦がマグノリア・カーチスの機体を借りて行ったバトルだ。
「これって、東京の……」
「そう、君が乱入した東京でのバトル大会のだよ。これを見て私は、ある可能性に気づいた。今日はそれを確かめに来た!」
星影は戦のバトルで何かに気付き、それの確認に来たという。
部室
「で、何で箱に詰まってたんだ?」
「聞いてくだせぇよ、それが教育委員会の奴らひでぇんですよ。チームの方針転換とかなんとかで創設者のあっしを追い出したんでさぁ」
渚に先ほど箱から出てきた男子は事情を説明する。まるで悪代官に助けを求める時代劇の悪党だ。
「意地でもチームに残ってはいますが、度々こうやって配送される羽目に……」
「へぇ」
この男子、佐天継人の言うことを渚は話半分に聞いていた。創設者と言うにはパッとしないし、どうも嘘くさい。
「今回なんてクール便だぜ? 死ぬかと思った!」
「それで死なないのは実際凄い」
菊乃も佐天を胡散臭く感じてはいた。年齢は戦と同い年で後輩に当たるが、妙なしぶとさもあった。
「で、ここは天城学園ですか」
「そうだよ。天城学園は初めてか?」
佐天は今いる場所を確認する。天城は随分と仙堂から遠い。来たことは無かったはずだと思い起こす。
「ええ、まあ」
「今日は暁中学と練習試合だってよ」
「本当ですか?」
練習試合と聞き、佐天は少しテンションが上がる。
「混ぜてもらっていいですか?」
「両方の部長に聞いてみな」
配送されて悪いことばかりではなかった。その先で練習試合に出くわすとは。ガンプラバトルの練習試合はその他スポーツと違ってガッチガチのセッティングでは無いので、飛び入りもよくある。
「ここが部室だ」
佐天が通された部室は結構なカオスであった。山積みのガンプラ、散乱する工具、随分と自由に使っている。
「これがヴァリアント・ヘブンズの……」
「あ、暁中の人が来たかな?」
山積みにされたガンプラの箱の影から、赤み掛かったセミロングの髪をした女子生徒が現れる。
「いや、クール便で送られてきた違う学校の奴だ」
「へぇ。って、クール便?」
女子生徒は首を傾げたが、まぁ当たり前だと渚も思う。クール便で送られてくる中学生がこの世のどこにいるというのか。ここにいたけど。
「どうも、仙堂中学のチーム『レッドバロン』、リーダーの佐天継人です」
「私はここの部長、天野杏夏よ」
クール便中坊と才色兼備な『核の女王』が自己紹介を交わす様は、事情を知る者が見ると中々シュールだろう。
「よし、早速だがバトルしようか!」
渚はノリノリで佐天を誘う。この後、Gブレイカーズとの練習試合を予定しているが、ウォーミングアップのつもりだろう。
「はい、やりましょうとも」
『Please set your GP-Base!』
佐天は快く了承した。バトルシステムにガンプラを置き、バトルの準備をする。
『Beginning [Plavsky particle] dispersal.GUNPLA BATTLE Combat Mode start up.model Damage Level,Set to B』
フィールドは砂漠。というより荒野に近いか。遮蔽物の無い、開けた場所だ。
『Field2,Desert.Please set your GUNPLA』
佐天のガンプラはネクストカラミティ。あの葉月と互角にやりあった、一つ目のガンダムだ。一歩、渚は真紅のペイルライダー。
『BATTLE START!』
「佐天継人、ネクストカラミティ!」
「藤野渚、ペイルライダー・イザナギ!」
二人のガンプラが荒野に投げ出される。ネクストカラミティはそのまま勢い任せに突撃してきた。左手にショートバレルライフル、右手にナイフを持っている。
「お、始まってるぞ!」
「そのようだね」
バトル開始と同時に、戦と星影がやってきた。Gブレイカーズが部室に到着した様だ。
「あ、あの人は……」
葉月は佐天を見つけ、先日の練習試合を思い出す。
「先手はもらった!」
利き手である右に銃を持たないのは、モビルスーツのマニュピレーターなど銃器を扱う限りハードポイントでしかないからだ。右手でナイフを使い、銃の標準は火器管制任せにする。佐天は自身の技量を過信してはいない。
ネクストカラミティが左手でライフルを放つ。狙いはペイルライダーの足元。砂埃が舞い、視界を隠す。
「くっ、目隠しか!」
視界は防がれた。だが、渚は音を頼りにフェダーインライフルを振るう。ガチン、という音と共にナイフがライフルとぶつかった。
「何?」
ネクストカラミティはバーニアの推力が大きい。故にその音量も高い。音を頼りに攻撃を防いだのだ。
「あれを防いだ!」
葉月は渚の冷静さに感嘆する。彼女が佐天と打ち合ってわかったことは、佐天継人の制作能力及び操縦技術があまり高くないということ。しかし、彼はそれを補うための策をこれでもかと用意していた。
常識では考えられない、銃による格闘戦もその一つ。先ほどの目くらましもそれだ。腕に自信のあるファイターはまずしない『奇策』で相手の調子を乱し、自分の土俵に引きずり下ろす。
先日の葉月とのバトルも、あれが単純なビームサーベルでの斬り合いだったら、銃による撃ち合いだったら、佐天は数秒も持たなかっただろう。だからネクストカラミティの高機動力で銃を持った相手に接近、射線で殴りあう様なイレギュラーファイトを仕掛けたのだ。
佐天は攻撃の失敗を悟ると、ネクストカラミティの足を振り上げ、バーニアで砂埃を巻き上げる。そのまま距離を取り、次の手を考える。
「どうするつもりだ……?」
葉月が息を呑んだ瞬間、佐天は急にネクストカラミティの、右側のウェポンバインダーを射出した。ウェポンバインダーがペイルライダーに向かっていく。
「なんだ?」
渚は身構える。その時、ウェポンバインダーは突然爆発した。避けるまでも無い。派手に煙を撒き散らすだけの爆発。
「なんだ、煙だけか?」
渚がそう思ったら、煙から複数のスパイクが飛んできた。ブルデュエルから移植したものだろう。それを投げて煙の向こうから攻撃したのだ。
「性懲りもなく!」
正確にスパイクをフェダーインライフルで弾く渚。佐天はこの煙に紛れてやってくる、と彼女は考えていた。だが、突然渚は左を向いて薙ぎ払う。
「そこか!」
なんと、そこには急接近してきたネクストカラミティがいた。煙を迂回して、左側を大きく旋回しながら弧を描く様に接近したのだろう。
「チィッ!」
ネクストカラミティはナイフでフェダーインライフルを受けると、再び距離を取る。
「あの技は……」
葉月は佐天が戦の技を盗んだのだと判断した。戦のバーニアを偏らせて急制動を掛ける技、それを早速取り入れていた。
「本格的に追い詰められたな……」
だが、佐天にはもう手が無い様に見えた。同じ手が渚に通じるはずも無い。その上、ネクストカラミティは大出力のバーニアを片方失って推力が減っている。
「これで最後だ!」
ネクストカラミティは残ったバインダーから武器を取り出す。それは、黒と金色に塗られた刀であった。
「ビルダーズパーツの刀?」
葉月はその刀を観察する。ネクストカラミティがそれを受け止め、鞘から抜く。その刀身は金色に輝いていた。
「ようやく真正面からやる気になったか」
接近するネクストカラミティに対し、渚もフェダーインライフルを構える。刀とフェダーインライフルがぶつかり、激しく火花を散らす。
「互角か?」
戦がそう思った矢先、葉月が否定する。
「いや、佐天さんが不利です!」
そう言ったのは、ある法則によるものだった。
「刀で槍に勝つには、相手の三倍強くなければならない。佐天さんの実力は高く見積もっても藤野さんの半分以下……持ちません!」
そう、リーチの長い槍に刀で勝つには相手の三倍強くなければならないのだ。渚は薙刀の使い手、佐天が同じ薙刀を使っても勝てる相手ではない。
「うおっ!」
案の定、佐天のカラミティは刀を弾き飛ばされてトドメの突きを貰いそうになっていた。
「もらった!」
渾身の一撃を放つ渚。しかし、その視界が大きく揺れる。
「な、何が……?」
腹部にダメージアラート。なんと、佐天の捨てた刀の鞘がペイルライダーの腹部に打撃を加えていたのだ。
「ファンネルか?」
辰摩は刀の特性に気がついた。
「カラーリングからしてどっかで見たことあるなぁ、って思ったし刀身をわざわざ金色にしてるし……サイコフレーム製のつもりなのか?」
辰摩が予想したのは、あの刀と鞘がサイコフレームで出来ているということだ。
桜もだいたい察した。サイコフレーム刀、その脅威を。
「サイコフレームってことは凄く硬い上に、推進バーニアが無くてもファンネルみたいに使えるの?」
『機動戦士ガンダムUC』劇中、フルアーマーと化したユニコーンガンダムはガトリングの付いたシールドをファンネルの様に操っていた。ファンネルというのはよく見ると推進機構が存在し、それを蒸して動くのだ。だが、最初からファンネルとして作られていないユニコーンのシールドに推進機構はない。
サイコフレームの力が、シールドをファンネルみたく動かしていたのだ。それと同じことを、佐天のサイコフレーム刀は行える様だ。
「形成逆転!」
佐天はペイルライダーからフェダーインライフルを叩き落とし、蹴って距離を作る。そして、弾かれた刀もファンネル挙動で手元に戻す。
「ダメ押し!」
さらにネクストカラミティが残るウェポンバインダーを射出。それをペイルライダーにぶつけた。
「くっ、小技を!」
重く勢いのあるウェポンバインダーが直撃し、ペイルライダーは仰け反った。より確実な隙を作り、佐天は刀を構えて突撃する。
「決まったッ!」
ネクストカラミティがペイルライダーに刀を振り下ろす。その瞬間、どういうわけかカラミティの手から刀が消えていた。
刀はペイルライダーの手に収まっており、そのままカラミティは切り裂かれて斃れる。
「な……」
「何が起きた!」
戦は困惑しつつも、オレンジに変色した瞳で一部始終を目撃していた。
消えた刀はペイルライダーの手元にあった。そして、額に見覚えの無い角が出現し、バーニアが金色に輝いている。
「『黒い鳥』……見えてたようだね」
星影は何事かを言いつつ、戦の様子を見ていた。
倒れたカラミティは爆散。ペイルライダーはバーニアの色が戻る。角も消えた。
「ふー、ペイルライダーのこれがなかったら危なかったぜ……」
渚は溜息を吐く。ペイルライダーには隠された機能としてサイコニュートライザーというものがある。短時間なら攻撃を遮断するフィールドが張れ、さらにファンネルのコントロールまで奪える隠し球である。
「これを使わせるなんて、相当の策士だな」
渚は一応であるが、佐天の実力を認めた。彼が本当にチームを追われるレベルの、十派一絡げの雑魚ならばサイコニュートラライザーなど使わされはしない。
「私と互角に斬り合った佐天さんがあれだけの策を尽くしたのに一瞬で……」
一方、葉月はヴァリアントヘヴンズの力に息を飲む。彼女にはサイコニュートラライザーが見えておらず、佐天が一瞬で負けた様にしか見えなかったという。
「さぁ、練習試合を始めましょう」
杏夏が練習試合の開始を告げる。今までの相手とは違うが、地区大会を勝ち抜くにはこのレベルのファイターなどゴロゴロいる中で戦わねばならない。果たして、Gブレイカーズの力は何処まで通用するのか。
練習試合 結果表
第一回戦
●佐天継人(ネクストカラミティ)VS○藤野渚(ペイルライダー・イサナギG型)
佐天は搦め手に次ぐ搦め手で渚を追い詰めるも、隠し玉で奇策を逆手に取られてしまった。
次回
GブレイカーズVSヴァリアントヘヴンズ
領地争奪戦