ガンダムビルドファイターズ ダークレイヴン   作:級長

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企業の運営において、安定は前提であり、爆発的な変化を前提とした経営は厳に慎まれるべきである。それは戦前から続く企業連の中でも脈々と守られていた。
圧倒的な物量とライフラインの制圧により、企業連の支配体制はハードウェアとして安定したものであった。しかし時に七年前、爆発的な変化であるガンプラバトルを排除しようとした結果、企業連は大きな傷を負った。
彼らはまだ気づいていなかった。自分達の成し得た支配が奇跡の親戚に過ぎないことを……。
-Chapter2-


chapter2.団結力は育む
幕間 爪痕


飛行機内

 

牟田口は震えていた。

なんとか企業連の人間から飛行機のチケットを貰い、国外逃亡の手筈を整えた。だが、彼の脳内にはカラスの声がこだましていた。

「あのガキ……」

デュナメスの赤い瞳が視界に焼き付き、今の風景は見えない。杖をつかねば歩けない状態となってしまった。

ファーストクラスのチケットだけあり、精神的要因で視力を失った牟田口は苦労無く搭乗できた。それでも、カラスなどいないはずなのに、その鳴き声は消えない。

 

同じ機内に、ある女性がいた。ファーストクラスにいたその人は、高級そうなスーツを体の一部みたいに着こなし、タブレットに目を通していた。イヤホン越しに、かつての同僚の声が聞こえる。

『星影主任、アシムレイトという現象についてなんですが』

「うん、アランくん。聞いてるよ。アシムレイト、ね。要は『病は気から』の上位版みたいなものでしょ? プラススキー粒子、アリスタは人間の願望を吸収するから、ガンプラと一体化しているというファイターの思い込み、裏返せばガンプラと一体化したいという願望、ガンプラと一体化するぞという意思を読んで叶えている可能性はあるよね」

その女性は難しいことを言っていた。ただ、よく聞けばわからないものではない。

彼女は星影雪菜。元PPSE研究員で、現在はヤジマ商事のプラスフキー粒子研究部門の研究員だ。通話の相手、アラン・アダムスはPPSE時代に部署違いの後輩だった。

PPSE倒産後、ヤジマ商事がプラスフキー粒子の研究機関を買収した際、地位に無頓着な彼女が真っ先にヤジマ商事への移籍を決めた。

雪菜は『私がいなくてもプラスフキー粒子は復活出来た』とニルス・ニールセンの頭脳を認めているが、勢力戦におけるオンラインフィールドの整備、ダメージ度レベルの設定、ハッキングチップの対策など細かい仕様では彼女の尽力があった。

優秀な研究員である雪菜はこの日、フィンランドのルーカス・ネメシスに会いに行く予定であった。

 

フライト開始から5時間、デュナメスの姿は視界から徐々に消えていた。日本を離れたという安心があったのだ。いくら戦が常識知らずでも、国外逃亡した人間を手掛かりも無く追いかけることはしないだろう。

「ふぅ」

ようやく落ち着いた牟田口は、機内食を楽しもうと気持ちを切り替える。耳にはカラスの鳴き声ではなく、囁く様な駆動音が聞こえていた。

「ん? あれは?」

そこでようやく、牟田口は自分が窓際の席に座っていたことを認識する。そして、窓の外では緑色に光る何かが飛行機に迫っていた。

牟田口はそれをじっと見つめた。接近するそれは人型であった。緑色の光は、それが撒いている粒子のようなものだった。

「あ、あれは……!」

その人型は急に速度を上げて飛行機に接近した。それは、ガンダムデュナメスであった。牟田口は心臓が跳ね上がり、戻らずに止まった。

「な……」

気づけば、牟田口は声にならない悲鳴を上げて操縦席に走っていた。そして、馬鹿力で扉をこじ開け、機長と副機長を席から刎ね飛ばす。

「なんだ?」

「お前何を!」

そのまま重い体重を乗せて、牟田口は機長と副機長の手を折る。扉の外から様子を見ていた添乗員達が絶句する。その機を預かる機長の負傷は、自分の負傷と同じだ。

「機長!」

「腕の骨が折れた……」

本来、骨など簡単に折れるものではないが、牟田口が馬鹿力だけは自慢のアホであること、そして掛けた体重は彼の肥満体質もあって重かったことが原因で折れてしまった。

「逃げろ逃げろ!」

牟田口は滅茶苦茶にコンソールを動かす。ガンプラバトルで動かしたことがあるから大丈夫、などと思っていたのだろうが、実機はそこまで甘くない。飛行機は急に下へ傾き、客の悲鳴が響く。

「落ちる、そんな馬鹿な!」

牟田口はさらにコンソールを操作する。飛行機は当然、持ち直しなどしない。

その時、牟田口の身体が操縦席から投げ出された。添乗員達は牟田口を軽々投げたその人物を見る。

牟田口を投げたのは、メイドであった。メイド服を着込んだ茶髪の女性がそこにいた。背中まで癖のある髪を伸ばし、所作に華麗さがある。

「ふーん、なかなか厄介なことになってるね」

落ち着いた様子で操縦席に座るのは、星影雪菜。

「あの男……コンソールを勝手に」

「大丈夫大丈夫、戻るから」

機長の心配をよそに、雪菜は飛行機を立て直す。最小限の操作でコンソールを正常に戻し、飛行機を水平に持ち上げた。

「貴様!」

牟田口が起き上がろうとすると、喉元にメイドの踵が刺さる。それだけで、メイドは馬鹿力の大男を固定した。

「メアリー、飛行機戻ったのかい?」

落ち着きを取り戻したコクピットに、中学生くらいの少年がやってきた。顔立ちなど容姿に目立った点は無いが、利発そうではあった。

「ええ、あちらのレディが」

メアリーと呼びかけられたメイドは、恭しくお辞儀をした。

中学生は操縦席に座る雪菜の隣に立つ。雪菜は車の助手席に顔見知りが乗った時の様に、特に変化なく対応した。

「あのメイドのご主人様?」

「よくわかりましたね。僕がメアリーの主人だって気づく人、なかなかいないですよ」

中学生くらいの少年がメイドを連れている、という発想に至ったのが珍しいのか、少年は雪菜を讃える。

雪菜はその考えに至った種明かしをする。

「簡単簡単。君たちのやり取り見ればすぐわかったよ。今時年がら年中メイド服着てるのって、執事連盟所属くらいでしょ? 執事連盟の執事は金があれば雇えるってものじゃない、主人の気品が認められれば、金持ちでなくても雇える。君の服から聞こえる衣摺れの音から、生地、縫製は量販店で売られている服と変わらないってわかったしね。足音からわかるけど靴も、そこらに売っている運動靴を年相応に履き慣らしているね。それはつまり、君がむやみに高級な服を着回す成金でもなければ、普段使いの服が高級な生まれついての富裕層でもないことを示している。このデータだけだと『君がメイドの主人である』という仮説への反証にしかならないけど、前述の通りメイドが執事連盟ならそれは当てはまらない。年齢差、衣服などなど、人物についてあらゆる付属物を取り払い、観察の対象を二人の仕草に限定して考慮すれば、君とメイドさんの関係性は私の持つサンプルの中では長年連れ添った主とメイドに近いね」

雪菜の長台詞を少年は困難なく理解する。話し始めと話し終わりに結論を述べているため、冷静に聞けば言いたいことはわかる。

「なるほど、トリックはわかりました。そらよりあなたが戻してくれたんですか? あとは代わりますよ」

「ノンノン、近くの空港までこのまま行くよ」

少年が操縦を代わろうとしたが、雪菜は断る。いくら頭良さそうとはいえ、子供に乗員乗客の命を背負わせるつもりはない。

「君、飛行機運転できるんだ。名前は?」

「和です」

「じゃ、管制官への連絡よろしく」

飛行機は乱入した二人の天才により、近くの空港への緊急着陸を成し遂げだ。

 

夜 駅前

 

菊乃はその日、たまたま買い物のために町まで出ていた。弓道部を辞め、受験に目標を移した彼女は塾に入るための手続きをするため駅前にいた。

様々な塾を見て回り、通う場所を決める頃には夜になっていた。駅前には塾が多く、悩む価値のある時間ではあった。

部活ばかりで遊ぶ時間もなかった菊乃が町に出るのは久しぶりで、夜の駅前とはこんなに騒がしい場所だったのかと首を捻りたくなった。

背の高い、黒塗りの缶からドリンクを煽り、とても知能があるとは思えない笑い声をあげてたむろする若者の群れがいた。

菊乃は横切ることさえ危険を感じ、引き返そうとする。だが、若者は彼女の気配を嗅ぎつけ、声をかけてきた。

「へいネェちゃん、俺らも遊ばない?」

自分のことではない、と考えていた菊乃はそらを無視する。だが、若者はぞろぞろと菊乃を取り囲む。

「っ……」

若者は鳴き声に近い笑い声をしている。よく目を見ると、緑色に変色しているように見えた。

「あれ……?」

そのせいか、菊乃は恐怖よりも疑念が先にきた。緑色になっているのは、黒目の部分。戦も目が変色したが、赤という充血に近い色だったため、若者の方が変色はわかりやすい。

「どうしたんですか? 目が……」

疑念は早くも心配に変わる。菊乃は若者の足元に転がる缶をよく見る。缶から少し中身がこぼれており、緑色の液体が流れている。

菊乃の天才的視力は、その液体に向かって飛ぶハエを見つけた。液体からは甘い匂いがする。緑色のジュースくらい、メロンソーダがあるくらいだし、いくらでも着色料で製造可能だ。だが、菊乃はハエがその液体を避けて飛び去ったのを目撃してしまった。

(あれ、マズイやつなんじゃ……)

マズイというのは、味がという意味ではない。それを飲んでいた若者の様子からして、明らかに飲んでいいものではないと彼女は判断した。

「遊ぼうぜぇえ」

若者は菊乃の腕を掴む。その時、目の前の若者がブレた。

「え?」

若者の姿がぼやけた後、菊乃の耳に衝突音が響いた。彼女の腕を掴んだ若者は、地面に倒れていた。

「何? 何?」

そして、武闘家の様な構えをして残心する女性を見つける。顔立ちもスタイルも申し分無い美人であった。

「やりやがったな!」

仲間の一人がその女性に反撃しようとする。

「次元覇王流、流星螺旋拳!」

しかし、その女性は落ち着いて捻りを加えた拳をボディに加える。何が起きているのか理解できない菊乃は、その場で立ち尽くしていた。

 

菊乃が我に返った時、若者達はフラフラと逃げていた。

「大丈夫?」

「え? あ、はい」

女性に声を掛けられ、菊乃はなんとか反応する。関節がなんとなく重い。

「あなたは……」

「大丈夫ならいいの。じゃ、私はこれで」

女性はその場をそそくさと立ち去る。菊乃はまだ意識がはっきりせず、しばらく立っていた。頭の中が止まっていた。

怪しげなドリンク、そして格闘家美女、目の前で起きたことが現実とは思えなかったのだ。

「あ、お礼……」

そこでようやく、菊乃はお礼を言いそびれたことを思い出す。結局、名前も聞けなかった。

「ジゲンハオウリュウ? ゲームの技かな?」

手掛かりは『次元覇王流』という一言のみ。また今度、戦にでも聞いてみようと考え、菊乃はその女性を見つけることも今後の目標に加えた。




???「まさか、新たにチームが出来るとはね」
???「管理計画では、ガンプラバトル選手権地区大会に出るチームは昨年と同じ数のはずでは?」
???「そのくらい何とかするさ。所詮新興のチーム、世界の厚さを見せてやれば大人しくなる。そして彼らは気付く、自分が必死こいてしていることも、すべて我々の手の内だと」
???「ガンプラバトルは危険だ、早々に排除すべきだ」
???「何を慌てる、千田先生もこのままでいいと仰っている」
???「しかし天野、ガンプラバトルの排除に失敗した企業連は大きく力を削がれ、近隣諸国との関係を悪化させて支配体制を築き易くする我々の去年の計画もご破算になった。早いとこ始末すべきだ」
???「その必要はありませんよ。この新興チームのGブレイカーズ、メンバーにあのオチこぼれがいる。そんなのを加えてやっと四人。大したことのない連中だ。類は友を呼ぶ、というので残りも大したことありません。精々、キサラギの社長令嬢がいるくらいです」
???「ふん、どのみち、遅かれ早かれガンプラバトルは無くなってもらう必要がある。五年前にPPSEごと消えなかったことを後悔させてやる」

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