ガンダムビルドファイターズ ダークレイヴン   作:級長

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 イレギュラー
 「不規則な~」という意味。
 ゲームでは度々、管理の行き届いた社会において出現した想定外の敵を指す。
 ロックマンXシリーズではロボットの犯罪者を指す。その後の時代を描いたと思われるロックマンゼロ、ロックマンゼクスシリーズでも使用されている単語。
 そして、アーマードコアでは各作品において管理された社会に反抗する存在を指す。大体は主人公。
 初代ACでは掛値無しに主人公のこと。ボス・サヴェージが「まだ生きていたとはな。だがそれも終わりだ。わからんのか? イレギュラーなんだよ。やりすぎたんだ、お前はな!」と発言。記念すべき初イレギュラー認定。マスターオブアリーナでもナインボーがセラフ持ち出すくらい同様に主人公を指す。
 2では「消えろイレギュラー!」とレオス・クラインが発言。しかし、反乱なんて起こしているフライトナーズの方がイレギュラーに見える気が……。ちなみに英語音声では「ダァーイレイヴォォォン!」と言う。
 3では「消えなさい、イレギュラー!」とリップハンターが裏切る。MTに乗っている時からの付き合いなのに酷い。
 4では低いAMS適正ながら企業を一つ壊滅させたアナトリアの傭兵がイレギュラーに相当する。Faでは主人公がどのルートを選ぶかで変化。最悪の場合、人類を一億人以上大虐殺する。
 VDでは「神様の作ろうとする秩序を壊してしまう者」、すなわち『黒い鳥』のことと思われる。


11.認識不足

「あばっ、あばばばば……」

加賀ら水雷学園の生徒が牟田口を追い返したその日。菊乃は縦に傾けたDSを手に慄いていた。

「だからナナシノゲエムは止めといた方が良かったのに……」

「やりました」

「あっ! やられた!」

菊乃がしていたのは、ホラーゲームだった。初代DSのゲームならそう怖くないとタカを括ってやってみたが、廃病院で敵キャラが初めて主人公の前に姿を現した段階でしめやかに失禁しそうになっていた。

一方、戦は加賀と何かのゲームで対戦していた。彼らの他に、剛、青葉、飛龍、多聞も参加している。3DSで通信しているらしい。

「というより皆さん何してるんですかそんな大人数で!」

『倉庫番』

全員が対戦要素無さそうなタイトルを上げるので菊乃は仰天する。

「どこに対戦する要素があるんですかそれ!」

「今の倉庫番はすごいぞ、最高だ」

戦はその倉庫番を褒め称えているが、菊乃には名前しか聞いたことのない昔のゲームでしかなかった。スタンダードなゲームの最大対戦人数である4人を超えて遊ぶ倉庫番とは一体何か。

「ああ、それよりやっとカルテ見つけました」

「そうか」

嬉しそうにする菊乃を見て、戦はニヤついていた。そして、明るい顔をしていた菊乃の顔が一瞬で青ざめる。

「リコオオオオオオオオオオっ!」

そして絶叫。何が起きたのかは是非『ナナシノゲエム』をご自身でプレイして確かめていただきたい。

「戦くん助け……リコが! リコがぁぁぁぁぁあ!」

「そうか、それは……気の毒に」

咽び泣く菊乃を見て、全員が若干引いていた。戦は笑いを堪えている。ホラゲーを人に勧める時の醍醐味は、この絶叫である。

「あんなメンタルでよく本番当てるな……」

多聞からすれば、ここまで脆弱な神経で本番のプレッシャーに勝てていることが不思議で仕方なかった。それだけ、彼女が天才であるということだ。

豆腐メンタルは菊乃も自覚していることであり、それを鍛え直すために戦特選の怖いホラゲーを紹介してもらったのだ。

「もうやだ! リコにムッコロされた! 私も倉庫番やる!」

早速心折れて倉庫番に飛びつく菊乃。この倉庫番は一本のソフトで対戦できるらしく、菊乃も3DSを手に参加する。

「倉庫番.exeですか、これなら怖くないはず」

対戦が始まると、飛び飛びのBGMと共にキャラクターが表示される。見た目は荷物を所定の場所まで押して運ぶ倉庫番そのものだ。

BGM自体は明るく、中国語の歌らしきことが菊乃にもわかった。それが『香港97』という大問題作にも使用された『我愛北京天安門』なる曲であることを彼女は知らない。

対戦BGMはホストのプレイヤーが自由に変更可能で、『ナナシノゲエム』に登場するノロイノゲエムのBGMや『ポケモン赤・緑』でお馴染みのシオンタウンなどが収録されている。ちょっとしたホラーBGMサウンドトラックだ。そこが戦のお気に入りポイントでもある。

「よーし、気をとり直してやりますよ」

「とにかくたくさんステージをクリアしたら勝ちだ。全部の荷物を所定の場所に置く必要は無いぞ。道を開いて先に進めばいい」

戦のルール説明を聞きながら、菊乃はキャラクターを動かす。倉庫番のくせにいちいち3Dで、テクスチャがバグっている様に見える。

「あ、上がった」

次々と他のプレイヤーが先に進む。菊乃はまだ、先に進められない。

「うーん、これ以外と難かぁぁぁぁぁ!」

「あ、全画面攻撃きたか」

菊乃の3DSの画面全てに、怖い画像が貼られていた。悲鳴の様な音を鳴らし、白い顔面が画面いっぱいに表示される。

その日一日中、菊乃の悲鳴が絶えることはなかったという。

 

暁中学 模型部部室

 

「戦いないけど、とりあえず今後の予定を話すよ」

一方その頃、葉月は戦不在の最中後々の予定を辰摩と桜に話しておくことにした。

「まず、天城高校との練習試合があります。その次、地区大会の前に、ある大会に出場しようと思っています」

「大会?」

葉月が見せたチラシには、『夕日ヶ丘市主催 ガンプラバトル大会』と書かれていた。優勝商品はなんと、バトルシステム一式だ。

「まず、私もみんなも、チーム戦大会の経験がありません。なので、ここで経験を積みましょう」

葉月はまず、ガンプラバトル選手権中高生の部、地区大会の前に経験を積むべく市主催の大会に参加する予定だった。

「その必要はない」

それら今後の予定を話していると、ある人物が部室に入ってきた。それは、前期の生徒会長だった。今の生徒会長がアホやらかした結果、謹慎処分が終わるまで代理で仕事をしている。仕事があれば、の話ではあるが。

「前生徒会長!」

「これ以上君達の好きにさせるわけにはいかないな」

辰摩と桜は、前生徒会長の顔を知っている。しかし、葉月は初対面だ。

「バトル部潰しは現行生徒会の愚行です。何もあなたが引き継がなくても」

葉月は前生徒会長が現生徒会のバトル部潰しを引き継いでいるものだと思っていた。なので、それをする意味はないと勧告する。

「甘いな君は。こんな狭い学校で新たな部活を生み出す様なイレギュラー、見逃せるわけないだろ?」

「バトル部は教員の認可を受けています。生徒会が口を挟む事項ではありません」

前生徒会長の言葉に、葉月は反論する。だが、生徒会長は懐からあるものを取り出す。それは、灰色のジャハナムだった。

その機体は、戦の前に姿を現した『ジャハナム・アドミニストレータ』だ。あのカウントカイザーを倒したガンプラが、なぜ生徒会長の手にあるのか。

「それは! 戦の言っていた!」

「そうだ。君たちのしていることが単なるお遊びに過ぎないことを証明してみせよう」

葉月も戦から灰色のジャハナムの話は聞いていた。まさか、見るからに素人の生徒会長がカウントカイザーを倒せるほど優秀な機体なのだろうか。

「明日、バトルをしよう。別に私が勝ったら廃部とか条件はいらないさ。君たちは自ら、この部を取り下げる」

前生徒会長はそれだけ言い残すと、部室を去っていった。葉月は彼から、不気味な自信を感じていた。あの自信の根拠は一体どこにあるのか。

「条件つけないなんて、意外だなぁ」

辰摩が呑気なことを言っているが、普通の人間なら漫画の様に試合負けたくらいで部活が潰せるとは思わない。特にバトル部の様に教員の認可を受けた部活などは尚更。

それをマジでやろうとしていた現行生徒会の愚かさはさることながら、特に廃部へ追い込む条件も無しに潰すと宣言する前生徒会長も不気味ではある。

まるでこちらが自ら取り下げると言わんばかりの発言だ。彼が現行生徒会並みの超弩弓馬鹿だからこその発言か、そうも言い切れない理由がある。

「あのガンプラ、そして撃破されたカウントカイザー……少し対策を練るべきですね」

葉月はジャハナムがカウントカイザーを倒した件を、ハッキングチップによる不正の可能性も視野に入れて考えていた。

だが、この部の型落ちバトルシステムならまだしも、稼動中のオンラインバトルシステムに不正を仕込むのは困難だろう。そもそも、7年前にハッキングチップを使われたからこそバトルシステムのセキュリティが向上したのだ。

「あのガンプラ、一体……」

葉月は生徒会長の自信の謎を解けないでいた。

 

夕方 菊乃の家

 

菊乃の家に長居せず住むよう、牟田口の方を加賀の親衛隊が見張っている。そのため、水雷学園の生徒達は菊乃の家から帰っていった。

「んじゃ、菊乃先輩。また明日」

戦も菊乃の家を発とうとしていた。その時、菊乃が戦の服の袖を掴んだ。その手は震えていた。

「待って、戦くん。今日はうち、誰も帰ってこないんです」

「え?」

それはつまりどういうことだってばよ。戦はそう思った。

誰も帰って来ない、というのは菊乃の両親が共働きかつ忙しいということ。誰も帰って来ない、遠回しになにを言っているのか、戦は思考を巡らせる。

「泊まっていきませんか? 一人だと、何だか怖くて……」

「な、何ですと!」

戦は飛びのいた。まさかの、お泊りのお誘いである。しかもとびきり美人の菊乃からだ。菊乃はホラゲーをした結果、一人で家にいるのが怖くなったというだけなのだが。

あの面子だと、同性の友人である加賀にはこれ以上迷惑はかけられないし、そうなると消去法で戦しかいなくなる。

正直、男子である戦を泊めるのも憚られたが、心霊的恐怖とペイオフしてそちらをとった形だ。ゲームに出てきた幽霊に怯えるくらいなら、誰かにいてもらったほうがいい。

「じゃ、じゃあとりあえず明日も学校だし、必要なもん取りに帰りますわ。じゃ!」

戦は冷静さを取り戻すために、一度家に帰ることにした。

 

戦は必要なものを取りに帰る。菊乃の家までは山道を通るが、興奮状態なら苦にもならない程度に平坦な道だ。

自転車を全力で漕ぐ戦は、最高に青春していた。信号に差し掛かる戦は、どうせ車など来ないから無視したかった。だが、そうやって無視した時に限って車が通って轢かれるのだと我慢する。

「羽黒戦……」

「ん? またお前か」

ふと、自分を呼ぶ声がしたため、戦はその声の方を向く。そこには、アルビノの少女がいた。戦は信号が青になったのを見て、少女を無視して自転車を走らせた。

 

戦は菊乃の家へ即座に戻った。途中、例の少女が帰りで会った場所で待っていたが、再びスルーした。

菊乃の家に戻ると、彼女が玄関で出迎えてくれる。部屋着に着替えたのか、黄色のTシャツにホットパンツという服装になっている。髪が濡れて、顔が上気している。シャワーも浴びた様だ。

普段は長いスカートを穿いている菊乃が、生足を大胆に晒している。戦は思わず生唾を飲む。しかも裸足だ。

戦は特に菊乃へ特別な好意を抱いているわけではないが、こんな些細なポイントに興奮するくらいには、戦も思春期だ。

「あ、戦くん。早いね」

「レイヴンですから」

自転車を飛ばしてきた戦は、息を切らしていた。膝のダメージなんて何のその。

改めて菊乃の家を見ると、豪邸という程ではないが広くて綺麗な邸宅だった。

「戦くんもお風呂入ってきたら? 汗だくだよ?」

「え……?」

菊乃が戦に風呂を薦める。彼女はシャワーだけではなく、風呂にも浸かっていた。

(アカン、これ弾道上がるヤツや)

だんだん怪しい雰囲気になり、戦は冷や汗をかく。思春期の男女が一つ屋根の下ということが何を指すのか、戦にはまだわかっていなかった。

(落ち着け……よく考えれば俺葉月の家に泊まったじゃねえか。その時は葉月、桜、レイモンドさんで3人も女いたんだぞ? 1人くらいなんてことないさ)

戦は自分を鎮めようとする。しかし、その時は辰摩がいたし、桜に至っては異性として認識していない。レイモンドも見た目年齢が年下過ぎて似た様なものだ。

「で、では、お言葉に甘えて……」

「あ、シャンプーは家族で共用だから、使って」

戦はそのまま風呂場へ向かう。菊乃は弓道詰めの生活をしていたため、シャンプーを家族と別のものにするほどオシャレに気を使えていない。

戦がトドメの追撃を食らいつつ、風呂場に向かう。甘い匂いが広がる。おそらく、菊乃のものだ。

戦は服を脱いで浴室に入る。膝の傷はなるべく菊乃に見せない様にしようと決め、比較的新しく広い浴室を確認した。

(菊乃先輩、これに浸かったんだよなぁ……)

蓋を開けて湯船を見ると、お湯が張ってあった。

 

(菊乃先輩の匂いがする……)

同じシャンプーを使えば、当然そうなる。正確には高崎家と同じ匂いであるのだが。

思春期全開の戦が風呂から上がると、菊乃がダイニングで晩飯の用意をしていた。さすがに手料理ではなく、冷凍食品の解凍であったわけだが。

戦は学校のジャージを着ている。菊乃が、風呂から上がった戦を確認する。

「あ、もうすぐご飯出来るからね」

この妙な甲斐甲斐しさは、戦の負傷に後ろめたさを感じているからだ。おまけに怖いからといって、ここまで付き合わせてしまっている。

(き、菊乃先輩が料理を……)

一方、戦は膝に矢を受けたことなどまるで忘れて思春期全開。なんというすれ違い。

菊乃が解凍していたのは、冷凍のパスタ。袋に入っており、それを皿に乗せてレンジで温めるタイプだ。

「すみません、いただきます。スプーン?」

戦は食卓にスプーンが並べられているのに気づいた。フォークはまだわかるが、何故スプーンなんだろうか。とりあえず、無視することにした。

「カルボナーラとカルボナーラがあるよ」

「両方カルボナーラですね」

菊乃が変な質問をしてきたので、きっと彼女も異性を泊めて緊張しているのだろうと戦は間違った方向で察する。

(あ、変なこと言っちゃった)

そこは菊乃も気づいていた。麺がいつものやつかきしめんみたいなフィットチーネかを聞きたかったのだ。

「あ、よく見ると麺が違う。きしめん?」

戦も菊乃が言いたかったことに気づいた。

食事が始まると、気まずい無言タイムとなる。よく考えれば、戦は菊乃と話せる話題など持っていない。

「菊乃先輩、どうして弓道始めたんですか?」

そこで、普遍的な話を振ってみる。菊乃は悲しげな顔で言った。

「見学に行ったら、先生が才能あるからやれって。そこで断っていれば、あなたに怪我させなくて済んだのに……」

普通の話題だと思ったらとんだ地雷を踏んでしまった。ただ、戦は本当にそこまで怪我させられたことは気にしていないのだ。

「いや、俺も卓球部は親に『中学くらい運動しとけ』って言われて入っただけだし……。まぁ、運動部の中じゃ好きだったけど」

戦は、横槍が入らなければバトル部の前にいたパソコン部に入る気満々であった。卓球は好きだが、怪我による引退は痛手ではなかった。選手生命は絶たれたが、生涯スポーツとして卓球をする分には不都合も無い怪我だ。

「というか、中学の部活が出来なくなったくらいで人生終わった! みたいな気分にはならんでしょうよ。甲子園とかいう新興宗教の信者とかを除いては」

戦の本職はレイヴンである。手の怪我なら、また菊乃への感情も変わっただろう。

「俺、レイヴンだし。例え自力で立てなくなってもゲーム出来りゃそれでいいの」

「戦くん、その、自分のことレイヴンってよく言っているけど、それ何?」

菊乃はレイヴン、という単語に興味を示した。待ってました、とばかりに戦が説明する。

「レイヴンとは、人型機動兵器アーマードコアを駆る傭兵のことです」

「アーマードコア? ガンダムとは違うの?」

菊乃の疑問も最もだった。何より、戦がデュナメスを、モビルスーツを動かしているところは見たことがあるのだが、肝心のアーマードコアを動かしたところは見ていない。

「違いますね。まず……」

戦はアーマードコアについて解説を始めた。菊乃はそれを食い入る様に聞いていた。

その後、二人は夜遅くまでホラーゲームを堪能した。

 

翌日 暁中学

 

「昨日そんなことがありまして」

戦は職員室で昨日の牟田口襲来を証拠画像と共に報告する。結局、登校は授業後になってしまった。

隣には泣き腫らした菊乃がいた。これを見ると菊乃が怯えている原因が牟田口にある様に見えるが、現実は違う。

深夜のホラゲー祭りで憔悴し切った菊乃を見て、『これ利用できるな』と思った戦がさも『慰めて落ち着かせるまでにここまで掛かりました』と言わんばかりに、この時間の登校を選んだのだ。

戦も戦で、ホラゲー中に菊乃が抱きついてきたりしたので、二人してそれぞれの理由で消耗してしまい、朝の登校が叶わなかったのだ。それが功をそうして、青葉が現像の上で郵送してくれた牟田口の証拠写真を持ってこられた。

「そうか、もう大丈夫だぞ」

遠藤も菊乃を安心させようと、肩を叩く。職員室の前がガヤガヤと騒がしい。菊乃は弓道部のエースで、学校のマドンナ的存在。そんな彼女を嫌われ者の牟田口が危害を加えたとなると、『牟田口ぜってぇ許さねぇ!』という空気になるのは必然だった。

「そうですな。牟田口先生には然るべき処罰をしましょう」

校長も流石に由々しき事態だと眉をひそめる。教師達も牟田口を良くは思ってなかった様だ。特に社会科の教師陣は、牟田口が担当するクラスは地理、歴史公民など社会の成績が悪化するので頭を悩ませていた。

校長、教頭クラスも教育委員会から押し付けられたお荷物を何とか処分したいと考えていた。これはいい機会でしかない。

「それより戦、お前目が充血してないか?」

「え? まぁ、ちょっーと時間掛かりましたからね」

遠藤が戦の目を覗き込む。戦は敢えて語弊のある言い方をするのだが、時間が掛かったというのは『ナナシノゲエム』&『ナナシノゲエム目』の通し攻略のことだ。『目』の方はステージ分岐があり、隠しアイテムを全て取るのに二周する必要があったのだ。

「いや、充血してるというより黒目が変だぞ?」

「黒目?」

遠藤に指摘され、女性教師が持ってきた手鏡を戦は覗き込む。すると、彼の黒目は『AC3』のOPに出てくるカラスの様に、赤っぽいオレンジに変色していた。瞳孔も縮み、赤い目の中央にポツリと黒いものがある状態だ。

「あ、本当だ」

「見え方は大丈夫か? 一応、病院行っとけ」

戦が気づかなかったのは、特に見え方には異変がなかったからだ。とにかく理由はわからないが、目が変色しているのは随分マズイのではないか。戦は眼科検診を考慮した。

「眼科かぁ、俺眼圧嫌いなんだよね。あの風がプシュってやつ」

「大変です羽黒先輩!」

戦が眼圧が嫌すぎて眼科検診を躊躇っていると、後輩の一人が職員室に駆け込んでくる。園芸部の男子だ。

「なんだ?」

「バトル部が前の生徒会長と戦ってます! なんかしかもピンチっぽいです」

「前の生徒会長? なんであいつが?」

戦は前の生徒会長についてよく知らないが、なんだか嫌な予感がしたので向かうことにした。

数分前 バトル部 部室

 

「約束通り、敗北に怯えてきたかな?」

前期の生徒会長が自信満々でそう宣う。戦がいないものの、今は戦うしかない。葉月は単なる自信過剰ということにして、バトルシステムを起動する。

「3人一緒に来るがいい。おや、羽黒くんがいないみたいだが、彼は負けるのが嫌で来なかったかな?」

「そっちこそ、随分自信満々みたいですけど。またハッキングチップですか?」

生徒会長が戦の不在を気にしていた。葉月も戦に倣い、相手を煽ってみる。おそらく自信の理由は十中八九ハッキングチップにあるのだろう。

「君たち凡人は、私たちの様な天才がズルをしていると信じたいのだろうね。だが、これは真っ当な才能だ」

生徒会長の自信は消えない。それがますます不気味だった。

フィールドは大きな施設。天井や床、壁に囲まれたスペースは四角く、内部には円柱の大型シリンダーがある。

大部屋にいくつかの廊下が繋がったタイプのもので、葉月には見覚えのない場所だった。

『battle start!』

「如月葉月、ザク、出る!」

バトルが開始された。フィールドに葉月のザク、辰摩のヴァーチェ、桜のアルケインが降りた。目の前には、ジャハナムが棒立ちしている。

『先手必勝!』

辰摩のヴァーチェがミサイルを放つ。この狭い空間で大量のミサイル。ジャハナムには避けきれまい。ジャハナムは棒立ちのまま、ミサイルを受けた。

研究所の施設ごと、ジャハナムが爆撃される。辺りは黒煙に包まれ、ジャハナムが見えなくなった。

「やったか?」

辰摩が煙の晴れた場所を確認する。なんと、ジャハナムは無事だった。あれだけのミサイルを受けて、煤一つ付いていない。

「これは……」

葉月は剣を抜き、ジャハナムに切りかかった。ジャハナムはそれを最小の動きで回避すると、距離を取る。

「早い」

『そこだ!』

葉月の攻撃を避けたところを狙っていたのは桜だ。ちょうど着地したところにビームライフルを放つ。ジャハナムは回避できず、確実に直撃を受けた。

『よし!』

桜はとりあえず喜ぶが、やはりというかジャハナムは無事だった。シールドもしていないのに、何故ここまで硬いのか。

『その程度か、これだから凡人共は!』

ジャハナムがビームライフルを棒立ちのままポスポスと垂れ流す。辰摩が前に出て、GNフィールドを張る。

『ビーム相手ならこれだ!』

ビームライフルは普通の単発で太くはない。葉月と桜も辰摩の後ろに隠れた。グライヴァーチェは実体弾に攻撃を任せている分、フィールドの回せる粒子量が多い。防御力はあるはずだ。

『無駄だ!』

しかし、ジャハナムは特になんの工夫も無くビームライフルでヴァーチェを撃つ。辰摩も防げると考えていたが、なんとビームライフルがGNフィールドを貫通したのだ。

『何?』

「フィールドを貫通した?」

ヴァーチェの背中が赤く光ったのを見て、葉月は飛び退く。だが、桜が遅れてしまう。

『ヴァーチェが! って、えぇ?』

貫通したライフルのビームがアルケインに到達する。しかも、ライフルの弾速と威力は変わっていない。

「桜!」

アルケインが貫通したライフルに貫かれる。一気に二体がやられてしまった。

「そんな馬鹿な!」

『わかったかい? これが天才の作るガンプラだ!』

生徒会長の自信は、このガンプラが原因だった。明らかに素人である動きでも、これだけ硬く、強い武器を持つガンプラがあればあの態度も頷ける。

「当たらなければ、どうということはない!」

だが、ガンプラが強くても所詮動きはトロいまま。攻撃に当たらなければいいのだ。

『強がりを』

ジャハナムの背中にあるボールのようなパーツから、小さな物体が大量に吹き出す。それはライフルと変わらない太さのビームを乱射してくる。

「ファンネル?」

葉月はそれをファンネルに類する武器だと判断する。ビームを避けようとするが、物理的に回避不能なほど周りでファンネルが乱射してくる。

「くっ!」

さすがにファンネルが本体ほど高威力ということもないだろうと考えた葉月は、ビームサーベルを手にして手首を高速回転させ、バリアを作る。

「防ぎきれない?」

だが、それだけでは防ぎきれないほどファンネルが多い。隙間から飛んでくるビームに当たり、ザクも大破してしまう。

「あぁっ!」

一撃受ければザクが止まり、残りのビームで忽ち蜂の巣にされる。あっという間に、葉月の視界が赤く染まる。

「くっ……なんだこいつ」

『ふははは! ようやくだ、これで僕はアクトニウム学院に入学できる!』

葉月は悔しさよりも奇怪さを覚えた。あまりに強すぎる。彼女はイオリ・タケシと戦ったこともあるが、確かに強いものの、当てれば勝てるという当たり前の可能性は感じられた。一方、このジャハナムはそんな可能性を微塵も感じない。

動きは単調、だがジャハナムは強固で高い威力の武器を持つ。全生徒会長の素人候な動きもあり、ますます不気味だ。

「アクトニウム学院? 戦の言ってた……」

葉月はアクトニウムの名前を聞き、その正体に少し近づいた。そこは葉月の転校初日、戦が試験を受けた学校だったはず。

『そうだ、天才だけに入学が許される学校。僕はその試験に恥ずかしながら落ちてね。だが、このジャハナムでガンプラバトル部を倒せば入学させてくれるらしい。その約束を果たさせてもらうよ』

「でも、負けても解散なんてルールは無いですよね?」

葉月は生徒会長が目的に反して、バトル部の廃部をルールに盛り込まなかったのが気になった。今まで戦った現職の生徒会は、妄言でしかなく有効になっていなかったが、そのルールを押し付けてきた。

『そうだね、無いね。だが、ただ昨日今日ガンプラバトルを始めただけの天才にこれだけ圧倒されるのだ。日本一なんて、君ら程度では夢のまた夢。諦めるだろう?』

前生徒会長は、自分の力を見せればGブレイカーズが諦めると思っていたのだ。確かに圧倒的だが、どう見てもチートしている相手に負けて諦める奴がいるのかという話だ。

『へっ、バーカ。まだこっちは戦が戦ってないんだぞ!』

辰摩が残りのミサイルを撃ちながら、反論する。ミサイルはジャハナムに当たるも、やはりダメージはない。

『それに、その交換条件がなくても僕は君らの存在を許さなかった。如月葉月、君の様なイレギュラーの存在を』

朗々と前生徒会長が話していると、今度はビームワイヤーが飛んでくる。これはアルケインのものだ。

『何か勘違いをしているようね。イレギュラーの称号は、レイヴンである戦にこそ相応しい!』

桜の反論の意図が、生徒会長はわからなかった。だが、どのみち潰すことには変わらないとファンネルを全員に向ける。

『わけのわからないことを。さらばだ、才能無き者共!』

その時、ファンネルが残らず叩き落とされた。周りが爆炎に包まれ、見えなくなる。

『なんだ?』

煙の中に立つモビルスーツを、前生徒会長は見た。赤い瞳を輝かせるその機体は、ガンダムデュナメス。スナイパーライフルを手に、ジャハナムを睨んでいる。

「戦!」

『君か、アクトニウムの試験を身の程も知らずに受けた劣等存在は!』

ジャハナムが身構え、再び構えを解く。

『出血大サービスを君にもしないとな。攻撃してくるがいい、このジャハナムの硬さを見せてあげよう』

余裕を見せる生徒会長に、デュナメスが走り寄る。そして、デュナメスはジャハナムを蹴り飛ばした。

「蹴った!」

『v系のブーストチャージだ!』

辰摩がその蹴りもACの技術だと解説する。

『ただの蹴りか、凡才らしく見苦しい攻撃だ!』

前生徒会長はジャハナムがそのくらいで壊れはしないと考えていた。だが、ジャハナムはボディを大破させて後退した。

『なに?』

破壊されたジャハナムの内部を見て、葉月はトリックに気づく。

「何あの作り込み。スケールモデル並?」

ジャハナムの内部が物凄く作り込まれていた。まるで、実機をそのまま小さくしたかのようなディテールだ。あれだけ作り込めば、確かに性能は上がる。だが、反して強度は落ちてしまう。

機体内部に入れられたモールドは、パーツを削って作ったもの。あれだけ細かくモールドを刻めば、プラスチックのパーツは薄くなってしまう。

ジャハナムに効かなかったのは、ミサイルやビームなどプラスフキー粒子によるエフェクトで形成された攻撃。それらに関しては作り込みによる防御力補正で防げていた。だが、プラモデル同士が直にぶつかる格闘戦では、その補正も意味がない。

『ふ、ふざけるな!』

ジャハナムが残りのファンネルを放ち、戦に仕向ける。360度全ての方向から、大量のビームがデュナメスを襲う。

『ああ、虫姫さまほどじゃあねえな』

だがしかし、戦は一点のファンネルを集中的に叩き落とし、そこにできた穴を抜けた。

『避けただと? 雑魚のくせに!』

残ったファンネルも生徒会長が慌てている隙に落とされる。

『こちとら、幻想郷で鍛えられてんだよ。話は聞こえていたよ。お前、アクトニウム落ちたんだってな? 俺と一緒だな!』

『お前の様なカスと同じにするな!』

デュナメスに向かって、ライフルを向けるも、あのファンネルで落とせなかった機体が素人エイムのライフルで当てられるはずもなかった。

デュナメスはジャハナムが持っているライフルを蹴り落とす。その時、右のマニュピレーターも粉砕された。

『この俺が……イレギュラーでもない、予定調和のゴミなどに!』

そのまま脳天にパンチを受け、ジャハナムが止まる。あっという間の決着だった。

「これが戦? 一体どうして急に……」

葉月すら、その力に慄いた。戦は確かに強い。だが、それでもこんな化け物ではなかったはずだ。葉月は戦に通信する。

「戦!」

『葉月か。奴は倒したぞ』

通信に出た戦の目を見て、葉月は息を飲む。目が赤くなっているのだ。

「戦、それは……SEED? それともイノベーターの力?」

『field change』

葉月が様々な可能性を考える。目が変わる系の力はガンダムでも多い。だが、それを考える暇もなくフィールドが突如、変化する。研究所が消え去り、雪山になった。

『なんだ?』

「ジャハナムは倒したはず!」

雪山に取り残されたデュナメスに、迫る機影があった。それは、アームの付いた大型の戦闘機だった。

「あれ! PGのスカイグラスパーがベースなの?」

『羽黒戦! 貴様だけは許さん!』

戦闘機から声がする。操作しているのは牟田口らしい。昨日、菊乃の家で散々墓穴を掘った挙句、戦を逆恨みしている様子だ。

「なんでガンプラバトル?」

葉月は許さんと言いつつ律儀にガンプラバトルを挑んでくる牟田口に疑問が湧いた。

『企業連のお偉いさんも学校用品を下すパイプとしてこの私を必要としている。そいつがこれで貴様を倒せというのだ! なんだか知らんが、これでお前を殺せるはず!』

『おもちゃで死人が出るか』

葉月の疑問に答えた牟田口だったが、戦のツッコミがブッ刺さる結果となった。おもちゃで死人が出るのはホビーアニメくらいなものだ。それも、偉い人が倒せると言ったのを大幅に曲解した結果の解釈。お前生きてて恥ずかしくないの?

『お前はやり過ぎたんだよ! 羽黒戦! 教師を脅し、多くの生徒が努力している部活をめちゃくちゃにし、才能ある先輩を引きずり落とす! 貴様はイレギュラーだ、やり過ぎたんだ!』

『いやいや、あんたほどじゃごさいませんよ』

アームに接続された機銃から、ビームが放たれる。そのビームマシンガンを難なく避けると、戦は距離を取ってライフルで地道に撃つ。的が大きいので、当てるのに苦労はしない。

『殺してやる!』

戦闘機がミサイルを大量に放つ。グライヴァーチェを超える量だったが、戦はバルカンなどを駆使して落としていく。

『ミサイルの雨くらいでビビるか!』

ミサイルを切り抜け、戦のデュナメスは敵に接近する。そして、ビームサーベルを抜いて解体を開始する。

まず、ミサイルポッドを貫いて誘爆させる。戦闘機は爆発でフラつき、スピードが落ちる。

さすがに牟田口にも状況の悪さがわかった。

『馬鹿な!』

その隙に胴体を切り裂きながら右の機銃に近寄り、アームごと無理矢理切り離す。前方に向かって移動しながら、戦闘機の鼻を切り落とし、左の機銃を狙いにいく。

『この! この!』

アームを振るも、関係なく切り取られる。

抵抗の手段を失った戦闘機は墜落し、胴体着陸する。

『動け! 動けこのノロマ!』

牟田口が必死にレバーを動かすも、戦闘機は飛べなくなっていた。それを、デュナメスが見下ろしていた。

『ヒッ!』

牟田口は恐怖した。赤い目のデュナメスがこちらを見下ろす。手にはビームサーベルを持ち、コクピットから離れた場所を順番に突き刺し、ジワジワ嬲り殺しにする。

『や、やめろォ! やめてくれェ!』

最後にビームサーベルはコクピットを貫いた。牟田口はその場で泡を吹いて気絶した。

『battle ended!』

 

「戦!」

「ん?」

葉月はバトルが終わると、戦に駆け寄る。彼の目は元に戻っており、普通の黒目であった。

「さっきのは一体……?」

「さぁ? 所謂シューターズハイってやつ?」

戦にも自分が有り得ない力を発揮したという自覚は無かった。

一方、前生徒会長と牟田口は自失呆然であった。牟田口が気絶して泡を吹き、前生徒会長はブツブツ言いながら俯いていた。

「馬鹿な……俺がこんな凡才に……アクトニウムに入るべき天才が……」

桜と辰摩は敵のガンプラを回収。怪しいところが無いか調べていた。

「作り込みは凄いね」

「繊細だから扱いには気をつけないと」

近くで見れば見るほど、ジャハナムの異常な作り込みがわかった。戦闘機もジャハナムほどではないが、それなりに作り込まれている。

ジャハナムの方はメタルパーツの使用は当然、パーツ裏にまでモールドが仕込まれ、各部の点検用ハッチが開くほどであった。

それがプラススキー粒子による攻撃エフェクトに耐性を付けたが、却って物理的耐久力は減ったものと考えられる。

「これでようやく、バトル部も安泰だな」

「ええ、戦達のおかげです」

理由はともかく、ガンプラバトル部はこれで妨害する者を全て破壊したというわけだ。葉月は部長として、次の作戦を指示する。

「さて、皆さん。次は大会に向けてガンプラを直しますよ。大会の前には天城高校との練習試合もあります」

長かったが、ガンプラバトル部はスタートを切ることが出来た。多くの停滞を焼き尽くして。




 次回予告
 辰摩「ガンプラ治さないとなー」
 ビスケット「いいもの揃ってるよ」
 戦「誰?」
 葉月「次回、『イサリビ』」
 戦「なるほど、噂通りか」

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