ジオン公国が実践投入したモビルスーツ。アニメ『機動戦士ガンダム』ではオープニングを除いて初めて顔見せするMSである。この、敵側の量産型モビルスーツが主役機より先に登場するスタイルはシリーズの定番となっている。
現地改修や様々なバリエーションが展開され、あの三代目メイジン・カワグチも『ガンプラを象徴する機体』として愛機にした。
生徒会を撃破したバトル部は、これで悠々と部活が出来る、というわけでもなかった。
「あの部屋、一年生が多目的室にしてるんですよね?」
「だから一年の多目的室を取り戻さないと。先生方も手を焼いてるし」
葉月は、バトル部の部室となった空き倉庫が一年生の多目的室になっていたことを気にしていた。システムを置いては、学年集会などに使えない。辰摩が言うには、一年生の本来の多目的室は何者かに占拠されているらしい。
「で、その様子を見に来たのですが……」
「多目的室を返せー!」
葉月が多目的室の前を見ると、プラカードを掲げたデモ隊が集まっていた。先頭に立つのは、ヘルメットを被った戦と桜だ。お前はどこの中核派か。バンダナマスクも完備だ。後は鉄球で突入するだけだ。
「何かガンダムAGEのワンシーン思い出した」
「夜食はカップヌードルかな?」
「あ、辰摩と葉月か。お前らの分のメットもあるぞ」
葉月と辰摩が口々に言っていると、戦が気付いた。正直、他人のフリをしたかった。
「おいおい、あさま山荘ごっこは余所でやれ。あと戦、お前警察側だろ」
これには後から来た遠藤先生もツッコミを禁じ得ない。警察側が革命起こしてどうするのか。
「あ、そうか。警察の衣装はと……」
戦と桜はボストンバックから次のアイテムを出す。今回の為にいろいろ用意してきたのだ。二人が取り出したのは変身ベルトだった。
「行くぜベルトさん!」
「早く出て来ないと絶許しちゃうよ!」
戦がベルトさんことドライブドライバーを、桜が戦極ドライバーを取り出す。なんだこの二人は。
「今度はどうした」
「二人は俺より仲いいですからね」
困惑する遠藤に辰摩が解説する。戦の持つオレンジ色のミニカー、シフトカー『シフトフルーツ』と桜の持つ錠前『ドライブロックシード』はセット商品であり、お金を出し合って分け合うくらい仲がいいというわけだ。
「「変身!」」
『ドライブ!』
変身の掛け声も同時だ。あまりにあんまりな光景であったため、立て篭もっていた人物が姿を現した。
「何よピコピコと煩い音出して。ウケないんだけど」
「よっしゃ出て来た、計算通り! 早速How do you like me now!」
「あんたが一番煩いんだけど」
けだるそうな話し方をするのは、明らかに校則違反のミニスカートにケバい化粧の女子達。髪も染めており、校則違反のオンパレードといったところか。多目的室にはアイドルグッズが並べられている。
「今だ! 清掃部隊! 綺麗に片付けちまいな!」
「ていうか臭いんだけど。香水って高い金払って臭くするから、金を直接ドブに捨てた方が経済的よね」
戦が一年生の清掃部隊を突入させ、桜は無香空間の消臭ビーズを部屋にばらまく。
「馬鹿な、あのような豆まきを行う先輩が我が校にいたのか!」
「知ってるのか雷電!」
この行為に、後輩達も称賛の意味でもどよめきが起きた。
『豆まきとは、平安時代に、たまにしか風呂に入らない女性達が臭いをごまかすために焚いていたお香があるのだが、藤原道長がその臭いを嫌って無香空間のビーズを宮中に投げたのが始まりとされる。
これに参った人々が毎日入浴をする様になり、衛生面が飛躍的に発展した。それによってかつては鬼の仕業とされていた疫病が格段に減り、無香空間のビーズには魔よけの力があると信じられ、年中行事の一環として投げられる様になった。ガスなどない当時、入浴を怠りがちな寒い冬に行われることが多く、次第に2月2日と日取りを決める様になった。
江戸時代、町人にこの文化が普及した際、無香空間のビーズは高価なので煎った大豆が用いられるようになる。また、食べ物を粗末にするなと苦情を入れる視聴者に配慮して意味ありげに投げた豆を歳の数だけ食べる様になったのもこの時期である。
明治の初期に起きた極端な西洋化の影響で臭いだけを消す無香空間が廃れ、香料付きの消臭剤が明治政府のお墨付きとなると、豆を投げる文化だけが残って現在の豆まきとなった。
民明書房「日本の文化、知られざる起源」より抜粋』
それはさておき、撤去作業に不満を隠せないのはここを占拠している女子達、『アイドル研究会』だ。
「私達は生徒会の許可を得てここを使ってるんですけど?」
「全メンバーが生徒会じゃあ、信用もされんさ。それに、他の部がミーティングにしか使ってないのにお前らときたら……」
「あー! 初武道館ライブ記念限定ポスターを乱暴に剥がした!」
戦は片付けをしながら、反論していく。アイドル研究会のメンバーは全員が生徒会の女子。内部不正にしか見えないのが普通だ。
「ちょっと、そのカレンダー予約限定品なんだから丁寧に扱いなさいよ!」
「ブッ、去年のカレンダーとか……こんな紙切れの何処が貴重なんだ。『悪魔城ドラキュラ』のおおこうもりさんの方がまだ貴重だぜ」
戦は性格が悪いのか、わざと乱暴にグッズを撤去していく。遠藤にしてもかつて仲間だった卓球部員から『戦とはやりにくい』と言わしめた部分を久々に見て戦慄していた。
運動能力が低い戦ではあるが、相手の弱点を見抜く力は高い。それゆえ、強くないが簡単に勝たせてくれない、やりにくい相手となるのだ。
「すみません、掃除は慣れてないもので。やり方をご教授願えれば幸いです」
「あら、結局バトル部を作りましたの? 子供の遊びで青春を潰すおつもり?」
ビルダーの本能に従い窓拭きスプレーを振る葉月に、嫌みたらしく言う人物がいた。戦や辰摩、桜にはもうコピペにしか見えないが、一応副会長であり、葉月の転校初日にアイドル研究会へ誘った人物だ。
「音楽ですか、所詮趣味など油絵だろうと山登りだろうと、同じことです」
「あらあら、趣味には優劣がありましてよ」
「何かにつけて優劣を語る人間ほど余裕が無いものです」
のらりくらりと煽りをかわし、ひたすら慣れた手つきでスプレーを振り続ける葉月。目がマジだ。
「何を……」
「おーい、葉月。スプレーくれ。あとこれ焼却炉な」
戦が葉月に指示を出す。ポスターは綺麗に畳まれて廃品回収の雑誌みたいに縛られていた。丸まっていたポスターもわざわざ伸ばして折り畳む嫌がらせだ。
「うわぁ……こいつ男でよかった。これ絶対嫁いじめる姑になるやん」
これには遠藤もドン引き。何より掃除している姿が様になっている。
「あらあら戦さん、団扇が残っていましてよ」
「あ、それは……そうだな、焼き芋するか。葉月、焼却炉キャンセル。それ燃料な」
戦は桜に渡された飾り付けられた団扇から、引火の恐れがあるキラキラした毛虫みたいな紐を剥ぎ取る。完全に狩猟したモンスターから素材を剥ぎ取る段取りだ。
「やめろと言ってるだろ!」
「痛って!」
メンバーの一人に左膝を蹴られた戦は痛いのでネクストばりのクイックブーストで飛び上がる。わざとあちらこちらに窓拭きスプレーを飛び散らせて被害を拡大した。
「ああ、まだ被害が少ないポスターまで!」
「とりあえずDVDは園芸部にプレゼントしようよ。カラス避けに調度いいかも」
「いてて……カラス避けってレイヴンも避けられちまうな、ワタリガラスだし」
桜に対して冗談を言っている戦だが、表情は本気で痛そうな時のそれだ。脂汗をかいて、顔面蒼白である。
「ちょっと戦、大丈夫? 当たりどこが悪かった?」
「昔私も君と同じ冒険者だったのだが、膝に矢を受けてしまってな……マジで」
葉月は本気で心配していた。戦が冗談でごまかそうとしている様に見えたのだが、これ割と実話なのだ。
「とりあえずアイドル研究会、この教室、一年生に返しなさい! さもないと妖怪ボタン毟りが出るぞ!」
「誰が返すもんですか!」
「なら、俺とガンプラバトルで勝負だ!」
ここまでされても戦の要求を呑まないアイドル研究会だが、彼がガンプラバトルを申し出た。これには葉月も乗った。
「あんたらの得意分野で戦うわけないでしょ!」
「いえ、ガンプラに関して素人である貴女達が私達バトル部を倒して、バトル部を解散させ、現在バトル部が使っている倉庫を貴女達が使えばいいんですよ」
葉月の提案を聞いて、研究会達も考える。なるべく自分の有利な方向に持っていく作戦を練っていた。
「なら、桜さん一人で私達三人を倒すのですね。私達はガンプラバトルに関しては素人、それくらいのハンデは当たり前でしょう」
「冗談は顔だけにしろヤマンバ。桜だって素人だ」
「私、戦うよ!」
「え?」
研究会の狙いを知り、何とか阻止しようとする戦。だが、桜は戦いを決めていた。
「操縦に関しては、戦から借りたACで何とか」
「なら、今から特訓だな」
「では、バトルは来週の月曜日。貴女達も自分のガンプラを組むんですね」
桜も操縦に自信はあった。辰摩はそれなら鍛えれば大丈夫と確信した。葉月がバトルの日取りを告げ、バトル部は部屋を後にした。
弓道場
「知っているか菊乃。俺達、前生徒会が召集されている」
グラウンドの隅にある弓道場から練習を終えて出て来た黒髪の三年女子が、眼鏡をかけた学ランの男子に声をかけられる。
「何故?」
「今の生徒会がヘマやらかしたのさ。イレギュラーの処分に失敗した」
眼鏡の男子は絵に書いた様な優等生だったが、菊乃と呼ばれた女子は大和撫子を体言した様な、おしとやかな雰囲気を持つ美人だ。学校の芋ジャーが似合わな過ぎるほどに大人びている。
「いいか、羽黒戦にあの事を話させるなよ。あいつはいつもなら無関心だが、ガンプラバトル部が潰されそうになったら何をするかわからん」
「……わかってる」
それだけの会話だったが、菊乃は羽黒戦の名を聞いた瞬間に冷や汗が吹き出した。これまで沈黙を守っていた戦が、一番の地雷となっている。
「君の立場からすれば、ガンプラバトル部に、いや、羽黒戦に触れない方がいい。だが、現職の生徒会に恥をかかせた罪は精算させる。そのつもりでいろ」
菊乃は駆け足気味にその場を去った。今日はやけにカラスがうるさい様な気がしていた。
体育館 倉庫前
「待ってたぞバトル部!」
「お前は!」
桜の特訓に向かっていたバトル部の前に、山田がいた。みんな忘れているかもしれないが、戦のクラスにいた宇宙世紀厨だ。
「商業主義の産物に過ぎないアナザー系の機体を俺の縄張りで生かすわけにはいかんのでな。バトル、ここで潰させてもらう」
「やれやれ、今回は時間が無いので私がサクッとやりますね」
やる気満々の山田に対し、早く特訓に入りたい葉月が前に出た。取り出したガンプラは、白いアカツキではない。白いザクだ。
「ザクだと? ふん、今更まともな機体を用意しても意味はない。急ごしらえのガンプラなど!」
「ただのザクではありません。行け、ソードストライカー!」
葉月のザクには、高機動型ザクをベースにしつつ細やかな改造が施されていた。顔以外のパイプの排除、肩のシールドなどもオミットしてハードポイントになっている。
何も付いていない背中にソードストライカーを背負い、シールドを腕に付ける。肩以外にも腕や脚などハードポイントが増設されている。
「な、ザクにそんな汚物を!」
「これこそ組み替え自在、我が盟友が作りし素材となるガンプラ、ザク・プレリュードです!」
葉月のザクは、ただのザクではなかった。ソードストライカーを背負う背中には幾つもの穴があり、様々なバックパックに対応している。
「性懲りもなくそんな真似をしたこと、後悔させてやる!」
『Please set your GP-Base. Beginning [Plavsky particle] dispersal.Field4,』
戦いの舞台は渓谷。山田の旧ザクは徹底的に汚された地上戦仕様なので宇宙では戦えない。だが、汚しに法則性が無く、ただ汚く見える。
『Please set your GUNPLA. BATTLE START』
「如月葉月、ザク・プレリュード、出る!」
渓谷に降りた葉月を待っていたのは、束ねたザクバズーカを持つ旧ザクだった。
「旧と名の付く最新キットですか。しかしウェザリングが汚いですね。剥げ塗装も無節操です」
『ウェザリングを汚いと思うとは、残念な感性だ』
ウェザリングというのは現実の汚れを研究して行うものだが、山田の旧ザクにされたウェザリングは『ただ汚しました』というもの。汚れが現実に側していないと地上適性も上がらない。
キットのエッジなど角に銀の塗料を乗せる剥げ塗装だが、これは角を引っ掻いて塗装が剥げた様に表現する技術。それなのに、ど平面にべったりやっては意味がない。なにをどうすればそんな場合を塗装が剥げるほど擦るのか。
『さぁ、死ねぃ!』
未塗装で灰色のヒートホークを振り下ろす。グフカスタムのヒートサーベルと同じ要領なんだろうが、せめて刃やパイプは塗れ。
「避けるまでもない」
葉月は頭でヒートホークを受けた。ザク・プレリュードにダメージはない。
「ヒートホークはシャープ化しないと攻撃力が上がりませんよ」
『傷付かない……SF考証無視のアナザーのチート技術か?』
「私の友人にリアルタイプを得意とする人がいますが、彼女のヒートホークなら白熱してなくても真っ二つにされてました」
葉月の友人にもリアルタイプ派はいるが、作り込みが違う。説得力の無いこだわりは偏屈に過ぎない。
「では、こちらの番です」
葉月はソードストライカーの大剣を抜く。ビーム刃を出しておらず、そのまま全力で振り抜く。
『そんなもんが効くはず……何ィ?』
油断した山田は回避しなかった。だが、旧ザクは間接の部分で綺麗に解体されて爆散した。
『BATTLE ENDED』
「そうか、切っ先だけで斬ったのか」
戦は葉月が何をしたか見えていた。大剣の切っ先は実体剣。シャープ化されていれば当然、切れる。
「言いましたよね、時間が無いと」
これが『大会荒らし』、『メンバーがいたら全国に行ける女』如月葉月の実力である。
次回予告
戦「ガンプラ作るぞ!」
桜「週末特訓、みんなで合宿!」
葉月「次回、『ランク1「停滞」』」
戦「ま、空気で構わんがな」