咲闇の闘牌   作:きりりり

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本編
第一話


1999年9月27日ある1人の男がこの世を去った。

男は歴史に名を残す功績を残したわけでもなく、道徳的な善行をしたわけでもなかった。

……むしろ、他人から見れば男はいわゆる「人生の負け組」の部類にはいるだろう。進学や出世の道からは完全に外れ、日々ギャンブルに明け暮れるヤクザまがいの行動。しかし男は自分の人生を悔いることはなく、むしろ誇ってさえいた。

ただ……唯一心残りがあるとすれば……。もう少し……もう少しだけ長生きをしていたかっただけだった。

 

 

第一話「再動」

 

 

「ロン、タンピンドラ2……終了だな」

「あうぅ……」

 

冥界……世間一般で言うところの死後の世界で男は何の因果か閻魔(なぜか女)と麻雀を打っていた。男からすれば自分を地獄送りなり、なんなり好きにして欲しかったのだが、閻魔曰く『たまにいる、善でも悪でもない人間』らしい、ここで指す「善悪」とは、生前無益な殺生をしたか、しないかという一点であり、日々努力に励み生きていようが、自堕落に生きようが関係ないらしい。

この観点から、自分の人生を振り返ると、確かに男は人を殺したことも、誰かを貶め謀殺したこともない。かといって自分が間接的な原因となって死んだ人間も数多くいることも確かだ。

そこで行われた天国行きか地獄行きかの審判がこの麻雀勝負というわけだ。

麻雀なんかで、人の逝き先を決めてしまって良いのかという疑問は残るが、男からすればどちらだろうと興味は無かったから適当に決めるよう求めたのだが、閻魔があまりにしつこかったので、渋々勝負を受けることにしたのだ。

 

「半荘5回勝負で、先に3勝した方が勝ち。文字通り勝てば天国負ければ地獄というわけです。ああ、面子のことなら安心してください、それなりに打てる死神を2人ほど呼びますから」

 

との取り決めで行われた勝負だったが、男は早くも3連勝を決め冒頭にいたる。

 

「……それじゃ、約束通り俺は天国へ行って良いんだな?」

 

男はやれやれとばかりに溜息を1つ吐き卓を離れようとした。……がそれに待ったを掛けた人物がいた。

 

「ま、まだです!勝負はまだ終わっていません!」

 

閻魔は顔を真っ赤にしながら声をあげた。

 

「……先に3勝すれば勝ち……そう決めたはずだ」

 

男は聞く耳も持たないとばかりに『天国行きコチラ』と書かれた、扉を開けようとしたが、扉はぴくりとも動かなかった。

 

「……なんのつもりだ?」

「あと3回だけ!あと3回だけ私と勝負しなさい!そうでないと天国に行かせませんよ!」

 

閻魔をやって20000年経つがここまでコケにされたのはこの男が初めてだった。このままでは名だたる雀士達に何かと理由を付けて対局し、勝利を収めてきた彼女が、何も出来なかったまま3連敗を喫したとなれば彼女のプライドに関わる重大な事件となってしまう。

……もっとも取り決めを反故にした時点でプライドもなにもないのだが……。

 

「……俺が勝ったとしても何の得もない。まさか閻魔様ともあろう者が一方的に約束を反故にした上に、不理を押しつける気か?」

 

いくらか皮肉を込めた台詞ではあったが、彼の主張は譲れなかった。

自分が身の破滅を賭けるのに対して、相手はノーリスクである。これでは勝負……ギャンブルでとして成り立たない。彼は例え地獄行きになろうともこのままでは勝負する気は一切無かった……が。

 

「……わかりました、もし私が負けたならば、その時は私も覚悟を決めましょう」

「「閻魔様っ!?」」

 

閻魔の言葉に他の死神達(やはり女)が驚きの声をあげるが、閻魔をそれを手で制した。

 

「大丈夫です、仮にも雀狂閻魔と陰口を叩かれている身……。もう油断はしません!」

 

覚悟を決めた閻魔の顔を見た男は薄く笑い。

 

「……わかった。受けよう、そのギャンブル。ただしあと3回なんて面倒なことは無しにして半荘1回の勝負だ……その条件以外で受ける気はない」

「いいでしょう。元々無茶を押しつけたのはこちらですから、その条件でいきましょう」

かくして男と閻魔の最終決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

              局は進み南4局のオーラス。 ドラ 4

 

東家 閻魔  38400点

南家 死神A 15100点

西家 男    30100点

北家 死神B 16400点

 

ツモに恵まれた閻魔は男より若干リードしていた。

 

(さあ、この局さえしのげば私のトップ……来い好配牌!)

 

閻魔手牌 {三三四五⑥⑦⑧3445東北}

 

(よし!三面子の軽い手!タンヤオでさっと和了ってしまえば……)

 

……八巡後

 

閻魔手牌 {二三三四五⑥⑦⑧3445北}

 

(あれから金縛り状態でしたがなんとか一向聴……ただ、牌姿が悪い……4索が来れば理想的なのですが……)

 

鳴くに鳴けず、かといって面前で進めるには一歩遅れてしまう。

 

「リーチ」

 

そんな中途半端な流れに更に追い打ちを掛けるかのように、男からリーチが入った。

捨牌 {西八白發3東南一}

 

(あの捨て牌は全て手出し……ということは最低でも5枚不要な字牌があったにも拘らず引く牌全て有効牌でなおかつテンパイ!?どんな強運ですかっ!)

 

閻魔は心中愚痴るが、そうしたところで場は好転するわけでもなくこのリーチにどう対処するかが問題だった。……が神は閻魔を見放さなかった。

 

閻魔手牌 {二三三四五⑥⑦⑧3445北} ツモ{4}

 

(来たっ!理想的な{一四}のテンパイッ。これで後はお互いめくり合いの勝負……)

 

打 {北}

 

この時、彼女は間違った選択をしたとは夢にも思わなかった。……そう全ては男の手の平の上で踊らされていたことに気がついていなかったのである。

 

「ロンッ」

「んなっ!?」

 

男手牌 {一二三七八九⑦⑧⑨123北}ロン{北}

 

「リーチ一発チャンタ……満貫だ」

 

この時、閻魔は驚愕していた。自分が振ってしまったことではない、問題は男の手である。

 

(リーチ直前の1萬を手に留めておけば、平和純チャンの満貫手、それを敢えて蹴っての一萬切りリーチ……。下手をすればフリテンになっていたかもしれないのに、この人……)

 

無論この男とて超能力者ではないこのリーチは読みがあっての北単騎である。

 

(つまり、配牌時からずっと右端にあった牌を字牌と断定し、あとは場の捨て牌から推理し、単騎の北で待つ……確かに読み切ることは不可能とは言い切りませんが……)

 

そう、この計算には不確定要素が多すぎる上に、そもそも相手が字牌を一牌手に持っているという前提で成り立っている理……本来なら計算と呼ぶことさえ出来ないか細い理である。

 

(しかし、私はこの理によって敗北した……完敗ですね)

 

閻魔は確信した。何回やったとしてもこの人間には勝てないと。

 

「約束通り俺が勝ち天国行きが決まったわけだが……見せて貰おうか閻魔様の覚悟やらを……」

 

正直に言えば閻魔の誠意などに興味はなかったが、勝利した以上勝ち分はきちんと貰うべきであり、それが勝者の義務である……というのが男の信条である。

 

(まぁ、下らないことをしてくれないことを祈っておくか……)

 

男の心中は内心冷ややかなものだったが、閻魔の方はさっきから顔を赤らめてモジモジしていたが、やがて腹をくくったのか。

 

「……わかりました、脱ぎましょう」

と、のたまった閻魔は上着をはだけさせたが、男は溜息を一つ吐き。

 

「いや、そいつはいい」

 

と、閻魔の覚悟を一蹴した。何が悲しくて死んだ身になってから、閻魔のストリップショーを見なくてはならないのか、男はこれ以上この空間にいたくはなかった。

 

「あ、あなたという人は、私が裸になっただけでは飽きたらず、これ以上のことを求める気ですかっ!?」

 

顔を真っ赤にしながら盛大な勘違いしている閻魔にもう何を言われても無視しようと心の中で決意しながら再度天国の扉へ向かおうとした

 

「分かりました……ならば、あなたを生き返らせてみせましょう」

「……何だと?」

無視を決め込むと決意した男でもさすがにこの提案を聞き流すことは出来なかった。

 

「閻魔様っ!そんなことをすれば……」

 

他の2名驚いているところを見ると相当不味いことらしい。

 

「いいのです、私も覚悟を決めると一度言った以上、この人が私の裸で満足しないと言うのならば、もうこれしか方法はありません」

 

自分の体にどれだけ自信を持っていたのかは甚だ疑問ではあるが、男はそんなことはお構いなしに考えていた。

 

(生き返る?この俺がか?フフ……悪い冗談だ。あれだけ命を粗末にしてきたというのに、何の因果かまた生き返ることになるんだ。これほどおかしな話もそうそう無いだろうな)

 

男は声を出して笑いそうになるが、我慢した。

 

「どうしますか?生き返りますか?……そ、それともやっぱり『これ以上』を希望するというなら……そ、その……」

 

再び顔を真っ赤にした閻魔を無視して男は思考を巡らしていた

生き返ったとしても何をするのか。

この話を信用しても良いのか。

そもそも自分にそんな権利があるのか。

しばらく考えていた男だったがすぐに考えるのをやめた。

 

(まぁいいさ、どう転ぼうとも……俺は……それに)

生き返ればまた命を賭けた勝負が出来る。

 

「おい」

「あ、そんな……こんな所まで……。はっど、どうかしましたか!?」

 

未だ妄想の世界から帰還できていない閻魔を軽くスルーし、男は自分の考えを閻魔に話した。

 

「そうですか……生き返るんですか……」

 

閻魔はどこか残念そうだったが男は敢えて突っ込まないことにした。

 

「それでは、開け転生の扉よっ!」

 

閻魔の簡単なかけ声と共に、いきなり足下に扉が出現した。

 

「……この中に入れば良いんだな?」

「ええ、そうです。しかし入る前に色々と決めなくてはならないことがたくさんあります。年齢、戸籍、出現する場所自分が何者で誰の子供かなどですね、この手順を怠ると色々と不具合が生じ、最悪全ての設定がランダムに決まってしまうので絶対にまだ入らないで下さいね」

 

長々と男に背を向け説明する閻魔だったが、隣にいた死神が気まずそうに声を掛けた。

 

「あの……もうすでに中に入っちゃったんですけど……」

「なんですってっ!?」

 

確かに振り返ると男の姿は既にそこにはなかった。

 

「そんな、いつ頃中に入ったんですかっ!?」

「男の人がここに入ればいいのかという確認を取った時にはもうすでに……」

「な、なんで止めなかったんですかーーーー!!」

 

閻魔の叫び声が地獄中に響き渡る中。男……赤木しげるは再び現世に舞い戻った。

これから先、どんな運命が待ち受けるのか……。

神でも悪魔でもないアカギがそれを知る由はなかった。

 




このSSにおける時間軸は、「咲」本編開始一年前………つまり咲達がまだ中学生の頃です。
なので、清澄ファンの皆様すいません。しばらく出てきそうにないです。
あとこれから先、龍門淵が女子校と判別してもこのSSにおける龍門淵は男女共学の高校ということにしておいて下さい。ご都合主義ですいません。

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