第十二話 「鉄壁」
東三局 親…ひろゆき ドラ {1}
東家 ひろ 25000点
南家 智紀 23000点
西家 衣 29000点
北家 透華 23000点
十四巡目
ひろゆき 手牌
{一一二二三八九九①②③⑦⑨79 ツモ北}
河
{白⑨④東八②}
{西中二南五5}
{④1}
(一向聴になってからずつとこの形……今一ツモが効いてこない、金縛りだ……)
いくらチャンタ志向で受けが悪いとは言え鳴けず、引けずというのは異常だった。
打 {北}
普段ならばこれほどまで焦燥感に駆られることもなかっただろうが、目の前の少女の得体のしれない気配がひろゆきに纏わりつき離れようとしない。
智紀打 {三}
「チー」
流局間際の鳴き、これ自体そう珍しいことではないが智紀のしまったという表情がこの状況のまずさを暗に示していた。
ひろゆき手牌
{一一二二三八九九①②③⑦⑨79 ツモ南}
(最後の最後まで結局張れなかったか……)
打 {南}
これで山に残ったのは残り二牌、智紀と衣のツモを残すのみとなった。
(ここで引かなければ衣が和了ってしまう……お願い!)
打 {九}
ここで引くは幸運にもひろゆきが鳴くことのできる九萬。
鳴けばハイテイがずれ衣のツモ和了りを防ぐことができる。
そのはずだったが……
(…………)
衣の能力を知らないひろゆきは動かない。
しかし無理からぬ話で、ここで鳴いたところで聴牌に至るわけでもなく、むしろ振り込みによる失点のリスクが増すだけ……鳴く道理が無いのだ。
しかし、その道理がひろゆきの足を止め、目の前の魔物の正体を見誤ってしまう。
衣はさも当然というように流れる動作で引いた牌を倒す。
「ツモッ!」
衣 手牌
{②③四五六11234567 横五三四 ツモ①}
「海底掬月、ドラ2」
(この和了……まさか)
プロだから気づく……否、そうなくとも際立つこの異様さ。
ハイテイツモ以外和了目のない役なしの形テン。
(偶然……って言ってしまえばそれまでだけど……違う!)
確たる根拠はない、しかし偶然ではないと奇妙な確信があった。
(おそらく……いや、十中八九アガれると確信していた……だからこそのあの鳴き。なるほど、赤木さんが太鼓判を押すわけだ)
ひろゆきとてプロの世界に身を置く以上このような不思議な感覚の持ち主と打つことは稀なれど、ここまで露骨に力を押し出してくる打ち手は記憶にはない。
(ククク……こりゃいい、ようやくひろのケツに火がついたってところか)
いつもの不敵な笑みを浮かべ面白そうに勝負の行方を見守っている。
既に日の光も落ち、空には上弦の月が浮かび、闇夜を照らしていた。
(だが、ひろよ……ここからの衣に打ち勝つにゃ一寸ばかり骨が折れるぜ?)
場には衣の支配が及び、まるで海の底へと引きずり込まれるような錯覚さえ覚える程の息苦しさが満ちていた。しかし。
(…………)
ひろゆきに動揺の様子はない。
(忘れるな……俺の型……泳ぎを……)
水中に突如投げ出されたものが無暗に手足をバタつかせたところでドンドン沈んでしまうようにまずは心を落ち着かせ平常心を保つ。
南一局 親…衣 ドラ {8}
ひろゆき 手牌
{三四五七八九⑦⑧67999 ツモ 五}
衣 捨て牌
{②一發8⑦北}
{1⑤4七①}
一見するとただの無駄ツモであり五萬を残すメリットはない。
しかし衣の河を一瞥し。
打 {三}
(降りた!?普通衣のあんなアガリを見せられたらムキになって無茶しちゃうところだけど)
衣 手牌
{三四五六七④⑤⑥34588}
(もしもあの五萬を切っていたら12000点の失点だったけどきっちりと止めた……さすがはイージスの井川プロだね)
「イージス」ひろゆきの打ち筋から名づけられた異名であり代名詞である。
守備からリズムを作っていくとは彼の口癖で放銃率の低さはトッププロでも屈指の数字を誇っており特筆すべきは放銃率に対する和了率の高さにある。
『ただ振り込まないというだけなら二流の雀士でもできますわ!井川プロは相手の待ちを一点で読み切り尚且つ和了るまさに私の理想の姿ですわ!』
……とは透華の弁であり、当の井川プロはその単語が出るたびに眉を顰めているのは余談である。
「ツモ!4000オール!」
衣 手牌
{三四五六七④⑤⑥34588 ツモ二}
(井川プロが止めたところで衣には関係ない……悠々と和了っちゃう……)
この和了で差はさらに広がり、このままでは惨敗は免れない状況である。
(ここは仕方がない……今は我慢の時……捨て鉢になって貴重な点棒を減らすなんてそんな愚を犯すべきじゃない……)
ひろゆきも必死に歯を食いしばり来るべき勝負の刻まで息を殺し懸命に打開策を見出そうとしていた。
その後も衣はハイテイでツモ上がり着々と点数を蓄えていく。
南一局 一本場 親…衣 ドラ {二}
(東場を終えてわかったけどこの子……)
衣 手牌
{二二三三四四②②④⑤⑥⑦⑧ ツモ5}
(5ソーはいーらない)
打 {5}
衣の手からすると確かに不要となる5索。しかし
「ロン…」
「むー!」
智紀手牌
{1134455667白白白 ロン5}
「白、混一ドラ……8000は8600」
(脇がかなり甘い……ちょっと河を見れば染め手ということは明白なのに止まらない……いや、止めようともしない)
全力状態の衣であればこの放銃を防げただろうが今の状態では全局縛りつけることは不可能であり、手牌を見透かすことさえ出来ていない。
(他家を舐めてる……っていうのは少し違うな多分あれはこの能力の副作用……)
翼を持つ水鳥が路上の石で転んだことが無いように、そもそも他家がテンパイすら困難なのだ、テンパイしていない以上和了られることもない。
ならば一々警戒するよりは袈裟にかかって攻めるほうがずっと効率がいい
(多分この子は頭じゃなく感覚でそれを理解している……オレには備わっていない才能……か)
南二局 親…透華 ドラ {白}
透華 手牌
{五六七②③③④⑥99東東東 ツモ⑤}
(ここまで私だけがノー和了、焼き鳥だなんて……)
打 {③}
(井川プロの前でそんな無様をさらすわけにはいきませんわ!)
「リーチですわ!」
デジタル打ちの透華ならば和了を優先し、ダマテンに受けたであろうしかし、憧れの人物の前でいいところを見せたいという見栄が牌を曲げさせた。曲げてしまった。
「ポン」
(しまっ……)
この鳴きにより、ハイテイは衣へと移り立直をかけたころにより様々な制約が課せられる。
第一に捨て牌選択の権利を放棄した以上鳴くことのできる頭数が減ってしまう点。
第二にハイテイをずらすために鳴かそうとしてもなんでも切るわけにはいかなくなる。
点棒が潤沢ならば透華に差し込むという手もあったがその余裕はなくその上親リー相手に差し込むリスクも大きい。
ひろゆき 手牌
{一二三四④[⑤]⑥23356 ツモ⑦}
つまりひろゆきは透華と衣の追撃をかわしつつ、下家の必要な牌を送り込む必要があるのだ。
智紀 捨て牌
{九2西7八⑨}
{発六9三白8}
{①一南}
(智紀の捨て牌を見る限り危険なのは筒子ってところか、しかし……)
衣 手牌
{⑥⑥111四四} {③横③③横中中中}
(④筒から⑦筒の内、④⑦筒は透華の、⑥筒は衣の当たり牌。残った⑤筒も赤ドラで切りづらい……さて、井川プロはどうする)
しかし、ひろゆきは全員の河を一瞥すると躊躇うことなく。
打{⑤}
「……チー!」
智紀 手牌
{②④⑥⑧六七七八123北北北}
(てっきり降りちまうかと思ったが……)
この赤⑤筒は透華だけではなく衣にもキツイ牌である。
しかしひろゆきからすればデジタル指向の透華、智紀の捨て牌から当たり牌を割り出すことはそう難しいことではない、むしろ衣に通るかが心配だった程だ。
(赤木の奴といい井川プロといい、こいつらに牌が透けて見えるのかよ……)
その後は衣もハイテイをずらすことはできずそのまま流局。勝負の流れは依然として衣に傾いたままである。
しかし、ひろゆきとて百選練磨の兵……このままでは終わるわけにはいかない。
(正直厳しい状況だ……しかし)
負けるわけにはいかないのだ。
プロ雀士として何より赤木の前でこのまま惨めな敗北をさらすわけにはいかなかった。
ひろゆきが勝つか衣が勝つか、実際に打ったらどうなんるんでしょうね。
さて、弱体化状態の衣の制限ですがここでは
・テンパイ率上昇(ただし平均してもやはりテンパイしにくい、また手を崩せば鳴かせることも可能)
・他家のテンパイを察知しにくくなる。
として書いてます。あくまでこのSSのみの定義ですのでそこはご了承ください