第十話 「応援」
赤木の劇的な大逆転により、部室内は騒然としていた。
この先どんな対局を見ることにしても、ここまで華麗な逆転劇見ることはおそらくないだろうから、無理もないのだが。
(……どうしても満貫が必要な時に裏ドラ頼みでリーチすることはたしかにある……あるが……それも1つ。多くても2つまでだ。なのに四暗刻蹴ってまでドラ9乗せようとするなんて、無茶とかそういうレベルじゃねえ……)
透華戦で見せた理詰めの打ち方、そしてその築いた理さえもあっさり捨て去るその感性。
たった三回の対局しか見てはいないが、純は赤木の強さをおぼろげながらも理解したのだった。
そんな部員たちの声を気にすることなく赤木は静かに席を立った。
「どこへ行く気ですの?」
「なに、ちょっと休憩を入れるだけさ……」
呼び止める透華に対し赤木はしれっと答えた。
「今度は乗ったな、ひろ……」
「!」
それは聞こえるか聞こえないかの小さな声だったが、ひろゆきを戦慄させるには十分だった。
「あっ赤木さん!」
そう叫ぶや否や、ひろゆきは赤木を追いかけるように部屋から飛び出していった。
「ちょ、ちょっとどこに行くんですのーーーー!?」
思わず呆然とする透華だったがすぐ我に返り、ヒステリックな声だけが部室に残ったのだった。
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「赤木さんっ!」
部室から少し離れた空き教室の中にゆったりとイスに腰掛ける赤木の姿を見つけたひろゆきはすぐに近くに詰めよった。
「よお、ひろ元気そうだな」
まるで毎日顔を合わせている友人に投げかけるような軽い挨拶にひろゆきは全身から力が抜けていくのがはっきりとわかった。
「よお、じゃありませんよ……どうして赤木さんがこんなところにいるんですか!?そもそもその体……明らかに若返ってるじゃないですか!?」
まくしたてるかのようなひろゆきの質問攻撃に赤木は困った顔を浮かべながらも事のあらましをかいつまんでひろゆきに説明した。
「……というわけさ、どうだ?なかなか面白い話だろ?」
「……正直信じられませんね」
この手の話を信じるタイプではないひろゆきは話の最中目が点になっていた。
「ハハ……もっともな意見だが……俺だって半信半疑なんだ。まあ、事実は小説より奇なりってことで納得してくれ」
まるで他人事のように笑う赤木をひろゆきは釈然としない表情で赤木の顔を眺めた。
昔の写真などは見たことはないが、しわ一つない若者そのものの顔は確かに赤木の若い頃と言われれば確かに納得はできる。
「しかし……ひろ……お前変わったな。死んだ魚みてえな顔をしていた時とは大違いだ」
「そ、そうですか……」
そういえば面と向かって褒められたのは初めてだなと頭の隅で考えつつも素直に赤木の言葉を受け止めた。
「ああ……命が輝いてる。それもほどよい輝きだ」
「ほどよい……ですか?」
「ああ、蝋燭みたいに儚くもなく、太陽みたいに輝きすぎもしない……ホタルの光さ」
赤木の妙な言い回しに首をかしげるも、ひろゆきは真剣な面持ちで話を聞いている。
「ホタルは自ら輝き、自由に飛び回れるからこそ美しい。だが太陽じゃだめだ、光が強すぎて誰も太陽そのものを見ようとはしない……結果人が見るのは地位とか名誉とかそういう本人とは関係ないものばかりだ」
原田みたいにな、と赤木は付け加えた。
「それに、お前と打ってすぐにわかった、ぬるま湯なんかじゃない熱い人生を送ってるんだな……ってな」
「あ、ありがとうございます」
くすぶっていた自分の人生をここまで変えてくれた赤木からの言葉だ。嬉しくないわけがない。
「……だってのになんだ、さっきの局は?あんなにサービスしてやったのに勝てないなんて……情けないったらありゃしない」
「あれは……その……」
無理を言ってくれるとひろゆきは思った。あんな暴挙ともとれる打ち方をしておいて、なおかつそれを成立させてしまうのだ。どうすれば勝てるのか知っているならだれか教えてほしいものだ。
「……まあそんなことよりも、ひろがいてくれて助かった。すまないがしばらくお前んちに厄介になっていいか?」
「ああ、それくらいなら……」
しかしその時ひろゆきの言葉をさえぎるようにポケットの携帯電話が鳴りだした。
「すいません、ちょっと……」
心の中で悪態をつきながら着信画面を見るとひろゆきは露骨に顔をゆがませた。
「……もしもし?」
『あーひろゆきか?電話は3回なるまでに取れといつも言ってるだろ。私は待たされるのが嫌いなんだ』
「……それで何の用ですか?」
相手の言葉に答えようともせず、ひろゆきは話を進めようとした。
『なに、たいしたことじゃない、ちょっと仕事でこっち(東京)に来てるんでな一晩泊めてくれ』
相手の爆弾発言にひろゆきは軽いめまいにおそわれた。
「いやいやいや、十分たいしたことがあるじゃないですか!ホテルなり馬杉さんに頼るなり方法なんていくらでもあるじゃないですか!?」
『馬杉は福岡に出張中、加えて今月は何かと出費がかさんでな金がないんだよ』
「だからって……」
『なるほど……お前はこのくそ暑い中私に野宿をしろと言うんだな?なんてやつだそれでも人間か』
「い、いや、そこまでは言ってないじゃないですか!」
通常、人生経験が豊富な人間なら相手の言葉を軽く聞き流し電話を切るのだろうが、 あいにくそんな行動を瞬時に思いつけるほどひろゆきの人生経験は豊富ではなかった。
『なら問題ないな。で、お前は今どこにいるんだ?』
「長野ですよ。なんですいません今日は泊めてあげられそうにないです」
仕事を理由に断ろうとするが、これが裏目に出てしまった
『ああ、それなら問題ない、合鍵なら私が持ってる』
「は……?」
ひろゆきは相手の言ってることがしばらく理解できなかった。
「な、なんでうちの鍵をあなたが持ってるんですか!?」
『ほら、この前、丘葉とかとお前んちに飲みに行っただろ?その時に落ちてたんでちょっとな』
「落ちてたからって持ってっていいわけじゃないでしょうが!」
とくに悪びれる様子もなく言い放つ態度にひろゆきは憤慨したが、そんなひろゆきの怒りさえ電話の相手はさらりと受け流してしまう。
『そう怒るな、今度うまいかつ丼屋につれて行ってやるから』
「……おごってくれるんですか?」
『ばか言うなお前のおごりに決まってるだろ、こんな美人といっしょに飯が食えるんだ、男冥利に尽きるじゃないか』
「えっ?もしもし?くそっ……」
そう言って一方的に電話を切ってしまった。これでは反論もくそもない泊めることを否定せずに電話を切ったのだからこれはかんぜんなひろゆきの負けである。
もう一度電話をかけようとも相手が出る可能性は0に近い。
また、家に帰ったら貯蔵している酒が残っている可能性も同様だ。
「どうかしたのか?」
赤木が意地の悪い笑みを浮かべながらひろゆきに尋ねる。会話を聞いていたはずなのにわざわざ聞くあたり赤木生来の性格の悪さがうかがえる。
「えっと……その、友人が急に家に来ちゃって……その……」
「なるほど……女か」
赤木の鋭すぎる直感はどうやら麻雀以外でも健在のようだ。
「い、いやそんなんじゃなくて……」
「隠すな隠すな、まあお前だってもうガキじゃないんだ。恥かしがる事もないだろ」
口ごもるひろゆき、どうやら上達したのは麻雀の腕だけでその他はなにも変わっていないようだ。
「いや、彼女はただの同僚で別に、そういう関係じゃ……」
慌てふためくひろゆきだったが幸運にも助け舟が現れた。
「ちょっと!いくら井川プロといえどいきなり出て行っては困りますわ!」
透華だった。大方いくら待っても帰ってこないので透華自ら探しに来たのだろう。
「あ、すいません赤木さん。オレ仕事なんで戻りますっ!」
そう言うと逃げるようにして部屋から出て行ってしまった。
「やれやれ……やっぱなんも変わってねえのかな、あいつは……」
そう呟くと赤木はフッと笑みをこぼした。