「まったく……なんだってオフの日に高校生の指導なんかやらなくちゃならないんだ」
団体からじきじきの頼みとあって断ろうにも断れず、指定された高校へと向かうタクシーの車内でひろゆきは一人ごちた。
ある男の死去から7年。近所のおじいちゃんおばあちゃん達の麻雀の講師などをして生計を立てていたが、ある日無性に麻雀を打ちたくなった。
それも近所の雀ゴロレベルではなく、本物の強者との真剣勝負を望んでいた。
しかし裏の道にはもう関わらないと天と固く約束したし、ひろゆきもそんな気はさらさらない。
そこでひろゆきは半ば興味本位で表のプロになろうと決意したのが人生の大きな転機となった。
結論から言えばひろゆきは強かった。B・Cランク程度ではほとんど相手にならず、デビューからわずか2年余りでSランクまで昇りつめたのだった。
そしてただプロ雀士になっただけではここまでひろゆきの人生も変わらなかっただろうが、ここ10年の麻雀競技人口の爆発的増加によって、今では野球中継の代わりに麻雀の対局が放送される時代にまで世界は大きく変化したのであった。
これにより今ではプロ雀士であることが一種のステイタスでありAランク以上のプロなら世間の注目の的である。
当然ひろゆきも月刊誌で特集を組まれるほど人気があった。
「昔はプロって言っても誰も見向きもしなかったくせに今じゃあちょっとしたスター並だもんな……」
今日何度目かわからない溜息は誰にもみとられることなく空へと昇っていった。
第七話 「期待」
車に乗り込んで十数分程度で目的地にたどり着いた。
「ここが龍門渕高校か……」
目の前に広がる広大な敷地は一般の学校と比べても3倍は大きい。
「不況不況って言っても、あるところにはあるんだな……」
正直言えばこういう金に物を言わせたものは好きでなく、今回の仕事が乗り気ではない理由の一つだった。
ひろゆきがふと横を見やると誰かがこちらへ近づいてきた。
「ようこそお待ちしてましたわ」
「君は?」
「申し遅れましたわ龍門渕高校1年生麻雀部代表の龍門渕透華ですわ。以後お見知りおきを」
口調といい格好といい、まるで漫画から飛び出てきたような「お嬢様」だった。
「はぁ……君が今回の依頼人の……」
「ええ、井川プロのご活躍いつもテレビで拝見させていただいてますわ」
「……どうも」
プロになって何年もたつが、未だにこういう対応は慣れなかった。
「では、さっそく部室へ案内しますわ」
部室へ向かってどんどん進んでいく透華のあとをひろゆきは黙ってついて行った。
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つれてこられた部屋は部室と言うよりも理科室などの隣にあるような準備室だった。
「ここでしばらくお待ちくださいな」
そう言い残すと透華はどこかへ行ってしまった。
おそらくは準備か何かだろうが適当なイスに腰掛けるとひろゆきはここへ来てようやく落ち着いた気分になった。
「そういや今年で十回忌だったな」
ふと頭によぎったのはかつての恩師ともいえる男のことだった。
日々鬱屈していた毎日を過ごしていた自分を導いてくれた存在であり、彼がいなかったら今の自分はないと言っても過言ではない。
忙しいスケジュールの中どう時間を抽出するか頭をひねっていると自分を呼ぶ声が聞こえてきたので、ひろゆきは気だるげに立ち上がった。
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「改めて紹介しますわね、3割7分2厘という驚異の勝率。日本を代表するプロ雀士井川ひろゆき八段ですわ!」
どう聞いてもおおげさな紹介に気恥ずかしさを覚えつつもひろゆきは一歩前に出た。
「井川ひろゆきです。今日は皆さんよろしくお願い……えっ?」
ある人物が――――決して見つかるはずのない人物が目に入った瞬間あまりの衝撃に言葉を失ってしまった。
(バカなっ……ありえない……!)
自分を見つめる視線の中にかつての恩師――――――赤木の姿があったのだ。ひろゆきが驚くのも無理からぬ話だった。
(赤木さんの子供か?……いや、あの人に子供はいなかったはずだ……)
ならば他人の空似だろうか?しかしこれもない。
他人の空似ならば草食動物の中に肉食動物が紛れているような雰囲気の説明がつかない。
「どうかしたんですの?」
様子がおかしいひろゆきを不審に思った透華の声でひろゆきは我に返った。
「あ…ああ、すまないとにかく今日1日よろしくお願いします」
戸惑うひろゆきを部員全員が拍手で迎えた。
その様子を赤木はただ黙って見ていた。
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「とにかく、まずは話をしないと……」
部屋を見渡してすぐに部屋の隅で男子生徒と話をしている赤木を見つけ、ひろゆきはさっそく話しかけた。
「ちょっといいかい?」
「……なんですか?」
近づいて見れば見るほどに顔のシワこそないがこの人物がひろゆきの知る赤木なのだということがよくわかる。
(やっぱり……間違いないっ……!)
ひろゆきは意を持って赤木に話しかけた。
「赤木さん……ですよね……?」
ひろゆきの問いに赤木は一瞬間をおくと口を開いた。
「ええ、そうです嬉しいな井川プロに声をかけられるなんて、ファンなんですよ俺」
(白々しい……さっき興味ないって言ってたじゃねーか)
いけしゃあしゃあと嘘を述べる赤木を純は呆れ、ひろゆきは赤木の他人行儀な物言いに動揺を隠せなかった。
(どういうことだ!?やっぱり他人の空似なのか……?)
しかし、ひろゆきは目の前の少年が他人の空似だとは到底思えなかった。
(一体どうすれば……どうすればこの人が赤木さんだと確められる……)
考えて数瞬の後に気がついた。一つだけあるこの男が自分の知る赤木しげるなのかを確かめられる唯一無二の手段が。
「……俺と一局打ってくれませんか?」
そう麻雀だ。なぜこのような態度をとっているのかは不明だが、麻雀を打つ以上赤木は手を抜くような人物ではないし、なにより赤木の打ちまわしができる者など本人以外いる筈がないのだ
ハワイで赤木と打った時以来実に20年ぶりの対局だった
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「おい、聞いたか井川プロが対局するらしいぜ」
「あれ?絶対に打たないからっていう条件付きでここに来たんだろ?どうして急に打つことになったんだよ?」
急遽生でプロの対局が見れるとあって部員達も興味津津のようだ。
「なんでもプロの方から勝負を挑んできたらしいぜ」
「嘘?誰だよ?」
「また例のお嬢様が連れてきた新入りだよ、ちなみに男子らしいぜ」
「マジかよ-ただでさえレギュラー争い厳しいのにこれ以上ライバルが増えるのかよ」
「そういうなって、どうやら始まるみたいだぜ
席順は以下の通り。
東家 赤木 25000点
南家 国広 25000点
西家 井川 25000点
北家 透華 25000点
「それにしても憧れの井川プロと打てるなんて……夢のようですわ、でかしましたわ赤木!」
「透華ったら本当に井川プロのことが好きだよね」
実は、毎月麻雀雑誌を購読し、ひろゆきの記事が乗っていようものなら穴が開くほど読みつくし、過去全ての対局をチェックするほど透華はひろゆきの大ファンだった
「当然ですわ!計算し尽くされた無駄のない打牌。時節見せる思い切った大胆な強打……私の理想の雀士ですわっ!」
プロ雀士がいるということで、皆いつもよりはテンションが高いが透華はその中でも群を抜いてテンションが高かった。
「……別にそんな大層なもんじゃないさ、それこそ俺より強い打ち手なんかこの世にごまんといるさ」
別にひろゆきは謙遜して、こう言っているわけではない。
裏の世界に一時期とはいえ身を置いたことのあるひろゆきである。並みいる裏プロ達に比べ、雀力で劣っていることを東西決戦で嫌というほど思い知らされただけに、その言葉には説得力があった。
……尤も、現在のひろゆきは裏プロ達と互角以上に打ち合えるほどの実力がついてたりするのだが……。
「話はこれくらいにしてそろそろ始めましょうか……勝負を……」
こうして赤木対ひろゆきの勝負の幕が上がった