メデル・プルーフ   作:Cr.M=かにかま

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71.怒れる大地

 

グラッダの街の中心にある巨大な酒場「黒夜叉」の営業時間は長い。

人々が寝静まったはずの時間でも騒がしさが途絶えることはなかった。

 

「で、今日はどっちが勝ったんだよ!」

 

「わかりませんよ、俺だって途中までしか見れなかったんですから」

 

「カァー、俺は今日はドケチさんに賭けてたんだけどなァ!親父、おかわりー!」

 

とある一角では二人の先輩後輩の真柄にある男が酒を飲みながら愚痴をこぼし、今日一日の疲れを忘れようとしていた。

この二人はここの常連のようで慣れた様子でお代わりを頼み、慣れたように喧騒に紛れる。

 

−−−ズゥゥゥン、と少し軽い地鳴りがした。

 

「地震、今のは結構デカイですね」

 

「そうだな。夕方頃から小さいのはいくつか起こってたが、ここまで大きく揺れてるのは初めてだ」

 

「まだ揺れてます?」

 

「揺れてるぞ、気のせいかもしれんがどんどん大きくなってるし」

 

先輩の男は無精髭を撫でながらグラスを片手に神妙な表情を浮かべる。

対して後輩の男は不安なのかソワソワした様子で周囲を警戒するように落ち着きを失っていた。

 

−−−グォォォォォォォォォ!!!

 

「なんだ?叫び声−−−」

 

「おい、外!何だあれ!?」

 

一人の客が叫びだした。

はじめは自分が酔っているのだと疑ったが、あれは明らかに酔って見えるような幻覚ではない。

 

先輩と後輩も男につられるようにして店の外を見る、丁度森の方角。

後輩の男はそれを見た瞬間、手に持っていたグラスを地面に落とした。

グラスは重力に従い、パリンと音を立てて粉々に砕け散った。

 

「な、何だ、あれ?」

 

ブワッと全身から嫌な汗が噴き出てくる。

それは後輩だけでなく、先輩、いや、店の誰もが同じなのかもしれない。

店は先ほどとは違い驚くほど静寂に包まれていた。

 

 

 

ライムは林を駆け抜けていた。

あの場で自分がいてはハルクの足手まといになる、ハルクもそのことを察してくれたのかライムにできる仕事を与えてくれた。

残されたレッドも心配だったが、今はハルキの元へと急ぐ。

ハルクの声が脳裏を過る。

 

『ライム、頼みがある』

 

『頼み?』

 

『あぁ、このままじゃあいつに勝てる可能性はゼロだ。この剣だけじゃな』

 

『剣...』

 

『俺の武器、姉貴に預けてるからもらってきてくれ。まさかこんな事態になるなんて思わなかったからよ、俺が慢心しすぎていた』

 

『わかった、なら最初から俺が持ってきておけば』

 

『それは後から思ったよ!頼んだぜライム!こんなことになるんなら最初に頼んどくべきだったよ、チキショー!』

 

(急げ、もうすぐ到着だ!)

 

ゴールは近い、ライムはハルクの元に戻るための余力も残すように計算しながら走る。

 

−−−ズゥゥゥン、と大きな地響きが発生する。

これでもう既に五度目である。

 

「ちくしょう、もっと静かに戦えよな!」

 

−−−しかし、この時のライムはまだ知らない。

この地響きがミスティとカラス、そしてハルクとシャチによる戦闘とは全く関係がないということを。

 

ライムはギース家に到着すると家の扉を勢いよく開ける。

 

「ハルキさん!ハルクの武−−−」

 

「ノックもせずに、開けるなー!」

 

「−−−あべし!?」

 

扉を開けた瞬間、ハルキの回し蹴りがライムの顔面を捉えた。

 

「あれ、ライム君。どうしたの?」

 

「どうしたの、じゃないでしょ!?何でいきなり蹴られなきゃいけないんですか、俺何かしました!?」

 

「いやー、いつもの癖で」

 

てへへ、とあまり悪びれる様子もない見た目幼女に突っ込みどころはたくさんあるが、今はこんなことしている場合ではない。

ただでさえ走ってきて疲れてるのにこれ以上体力を使うわけにもいかなかった。

 

「ハルキさん、ハルクから預かったっていう武器を受け取りに来たんですが」

 

「あー、あれな。了解了解、ちょい待ってて」

 

トタトタトタ、と見た目に似合うが中身はとても似合わない可愛らしい足音を立てながら家の中へと消えていく。

−−−十秒もしないうちにハルキは少し大きめのリュックを持って戻ってきた。

 

「これだよな?」

 

「多分、中身物騒な物ばかり入ってますし」

 

「そうか、じゃ頑張−−−」

 

ゴゴゴゴゴ、と先ほどとは明らかに違う地鳴りが鳴り響く。

小規模な波が大きくなり最終的にはとても大きな波が来そうな、そんな感じだった。

 

「さっきから一体この揺れは何なんだ?」

 

「俺にもわかんないんですけど、嫌な予感しか−−−」

 

「ライムさん!」

 

ハァハァ、と息を荒げながらハルキの後ろからシャリーが姿を現した。

 

「シャリー?」

 

「起きてたのか、まぁ、こんなに揺れてたら仕方な」

 

「ライムさん、ハルキさん、違うの!さっきから怒ってる声がたくさん遠くから聞こえてくる、けど、もうすぐそこまで来てる!」

 

(声...?)

 

ライムとハルキはハッとした。

シャリーにもティロスと同じ地獄耳の能力があるのかもしれない。

あれが遺伝するのかどうなのかはさておき、地鳴りは時間が進むごとに次第に大きくなってきていた。

 

「くそ、嫌な予感がする!ライム、私は街の方見てくるから、シャリーちゃんとティルナのことよろしく!」

 

「え、ちょ、ハルキさん!?」

 

ハルキはライムの返事を聞く前に走り出してしまった。

全速力で走るハルキを目視することはできず、あっという間に姿を消してしまった。

 

−−−ハルキの事情はうまく飲み込めないが、今は。

 

「シャリー、ティルナさんを起こしてきてくれ。ここにはいない方がよさそうだ」

 

シャリーはこくりと頷くと家の中へと走って行ってしまった。

本当ならばシャリーとティルナを連れていくには危険が大きい。

しかし、今ここでライムと共に行動しなければ更に危険である。

ハルクにもこの武器の入ったリュックを届けなければならない。

 

シャリーとも約束した、何かあれば必ず守ると。

 

(俺が、必ず!)

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

「どうした?随分息が上がってるぞ?」

 

「ハァ、クソ!」

 

「何度やっても同じだ」

 

ヒュ、とシャチが両腕を振るうとハルクの攻撃はシャチに届くことなく吹き飛ばされる。

 

ライムが行ってからそこまで時間は経っていない。

しかし、その僅かな時間の間に何十、何百というぶつかり合いが行われていた。

ハルクのスタミナは限界を迎えようとしており、動きにもキレが失われていた。

 

「そろそろ終わらせるぞ人間。サルの方も終わっている頃だろうしな」

 

ビキビキビキビキ、とシャチが両手の呪臓に力を込める。

とてつもなく禍々しい魔力が周囲に充満し始めている。

この場に気の弱い人間が間違えて入ってきてしまえば意識を保つことさえ困難であろう。

 

−−−ビビビビビ、とシャチの耳元で何かが鳴る音がした。

 

「ッ、こんなときに!」

 

シャチは軽く舌打ちをし、呪臓を一旦収める。

するとシャチの両手から赤黒いオーラのようなものが消失した。

 

(チャンス!)

 

ハルクが好機、とばかりに満身創痍の体に鞭を打って一気に駆け出す。

−−−しかし、シャチの掌から放たれた魔力による衝撃波によって弾き飛ばされ、背後の木に背をぶつける。

 

「がっ、ぁ」

 

「しばらく大人しくしてろ」

 

シャチは耳元に指を当てる。

 

「どうしたサル?」

 

『カラスだってんだろ、撤退だ』

 

「何?」

 

『優先事項が変わったんだ、この件からは手を引く。ボックスが襲撃された、俺たちも急いで戻るぞ』

 

「わかった、一先ずdのk地点で落ち合おう」

 

『よし来た。それに何やらメンドーなのも来ちまったし』

 

話の途中だったが、シャチは一方的に通話を切断する。

シャチはまだ意識の残っているハルクのことを一瞥する。

 

「ハァ、ハァ、ハァ!」

 

「........」

 

シャチは胸元をゴソゴソと漁り、一つの小瓶を取り出してハルクに投げつける。

 

「くれてやる。ルナ・シノハラの、いや、異分子から出てるウィルスの代わりなら他にも探せばあるからな」

 

「どういう、意味だ?」

 

「丁寧に答えてやる義理はない」

 

ハルクに背を向けたシャチはその場を急ぎ離れて行った。

 

 

 

林を駆け抜け、海の見える断崖絶壁のとある岩陰にある合流地点へとシャチは到着した。

 

「おう、シャチ。早かったな」

 

「任務ご苦労だったな」

 

「カマキリさん、来てたんですか?」

 

「さっきな。奴らが攻めてきた」

 

カマキリ、と呼ばれた長身の女性は冷静に事情を説明する。

 

「奴ら、というと奴らですか」

 

「あぁ、フェンリル様ご不在のところを狙われた」

 

「なら急いだ方がいいだろ。早くしないとオーガ共も来ちまう」

 

「オーガ?」

 

シャチの疑問の声にカラスは苦笑いを浮かべながら応える。

 

「いやー、あんときオーガキングを惨殺したのが間違いだったのかなぁ?大陸中のオーガがここに集まりだしてるんだよ、しかも、だ。カイザーまで来ちゃったみたいでさ」

 

「.....馬鹿」

 

「んなハッキリ言うなって!」

 

バシバシとシャチの背中を叩きながら誤魔化す。

カマキリは一つため息を吐いてくいっと眼鏡のピントを調整する。

 

「一先ず戻るぞ。まだ奴らの好き勝手にさせるわけにはいかん」

 

カマキリの言葉にカラスもシャチも頷いた。

 

「全ては、こんなクソッタレな世界を変えるために」

 

カマキリは月を見上げながらニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

ハルキが街に到着した頃、街の入り口はオーガの群れが怒りの形相で佇んでいた。

 

(なんて数!?しかも、)

 

ハルキはゆっくりと視線を上に移動させる、オーガキングを遥かに上回る体長。

全身にできた古傷は歴戦の猛者であることを語りかけている。

オーガキングまでもが従い、全身に棘のような骨格が剥き出しになっている。

 

「あれは、オーガカイザー!?」

 

−−−魔族たちは街を去った、しかし、新たな危機がグラッダの街に降りかかろうとしていた。




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