グラッダに夜が訪れる。
太陽は完全に沈み、街も一部を除き静寂に包まれ僅かな明かりだけが夜歩きする人々にとっての道標となっていた。
普段対立し合っている八百屋のドケチと魚屋のガンコの店も今日の営業が終了してしまったことも静寂の原因であろう。
街で一番大きな酒場「黒夜叉」は一日中経営が続いているグラッダ唯一の店であろう。
毎晩仕事の疲れを癒しに人々は酒を飲みに訪れる。
ガヤガヤと騒いでいる一角で一組の男女が喧騒の場には似合わないほど静かに酒を飲み、誰とも関わりを持つという様子もなくただその場に佇んでいた。
「ていうかどーいう風の吹き回しだっつーの?わざわざ私をこんな酒場に誘うなんて、さ☆」
「少し気になることがあってな。別に君と飲みたかったわけではない」
「ったく、おかしーと思ったよん。あんたが私をデートに誘う訳ねーもんな☆」
「誰が君みたいな悪ガキをデートに誘うものか。それに俺はもう結婚して息子もいる」
「浮気したって奥さんに言ってみて修羅場体験とかしてみない?」
「フン、君が妻に勝てるなどと一ミリたりとも思ってないから俺は構わないがね」
「つまんねー」
会話自体はその場の雰囲気と喧騒に違和感はない。
金髪に褐色で露出の多い和服を着た女性と眼帯で片目を隠した短髪の男はとてもではないが仲がいいと呼べる状態ではなかった。
互いに互いを疑い合い、いつ裏切ったり裏切られてもその場で切り捨てることなど当たり前といったドライな関係だった。
「それで、わざわざ帰る途中にこんなちっぽけな街に寄る理由はなんなのかなー、オロチちゃん」
「オロチちゃんはヤメろ」
「私のことはカグヤたんでいーぜ☆」
「却下だ。君はもう既にそんなキラキラした呼び方ができる年齢ではあるまい?」
「私は永遠の16歳だからいーんだよ、いつまでも若く元気にってな!」
「ほう。老化を止める技術がいつの間にか俺の知らぬところで大きな発展をしているようだな。興味深い、一度帰ってそっちの部署に顔を出してみるか」
「そんなマジで捉えんなよ!」
ガタン!とテーブルを叩いた金髪褐色の女性、カグヤは眼帯の男、オロチの思考を無理にでも止める。
「で、気になることって何なわけ?どーせ大したことじゃないんでしょーけど☆」
「まぁな」
「マジで大したことねーのかよ」
「まぁ聞け」
オロチはカグヤに座れ、とジェスチャーをしてカグヤを座らせる。
カグヤは渋々と言った様子でゆっくりと腰掛け、カグヤが座ったことを確認してオロチは肘をついてゆっくりと口を開く。
「そうだな、違和感を始めて感じたのは三年前だな」
「えらく戻るな」
「あぁ、それが今日ここに来て確信に変わった。イルバースとここはそれほど遠い距離じゃない。何百年前かは忘れたがイルバースの地は元々更地であのようなクレーターなどなかった」
「あの大魔法の実験に失敗してできた巨大クレーターか」
「そうだ。それが原因でこの辺りに魔力の残滓が漂い世界一魔法が発展し、同時に魔術師の人口が世界一という大陸になった。魔族の出処もこの辺りという説もあるが今は置いておこう」
「あんま焦らすなよな、私早く帰りたいんだけど?」
「.....三年前の実験は覚えてるか?」
「あぁ、あの始末したばっかのグズがこっちに来たときの実験だろ?それが何なんだよ?」
カグヤは本格的に帰りたくなってきたのか、声に鬱憤が篭り始めている。
そんなカグヤの様子も気にせずにオロチは酒を一口飲み言葉を紡ぐ。
「こっちに来たのは奴だけじゃなかった。それを証拠にここに来る途中でアレを採取できた」
ニヤリ、と普段笑わないオロチが怪しげな笑みを浮かべる。
オロチが懐から取り出したあるモノはカグヤを驚かせるには十分だった。
「こ、これって.....!」
「あぁ、そうだ。君にもこの重要性がわかるだろ?戻ってあの人にこのことを報告するぞ、あのときの実験は失敗なんかしていなかったんだ」
カグヤはニィィィ、と口が裂けそうなほど表情を歪ませ席を立った。
オロチも遅れて立ち上がり、勘定を済ませて店を出る。
彼らが出て行ったことにもいたことにも誰も気がつかない。
店ではいつものようにドンチャン騒ぎで大盛り上がりだった。
※
「姉貴入るぞ」
「淑女が水浴びしてるとこにノックもなしに失礼だぞ、愚弟がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「痛ッ!?」
夜のギース家に小さな姉と大きな弟の声が響き渡る。
素っ裸のハルキはタオルで体を隠す様子もなく堂々と水浴びを続けている。
ハルクは部屋の扉をそっと閉じてハルキの部屋に静かにお邪魔する。
「.....何で入ってきてんの?」
「話がある。ルナのことでだ」
ハルクは真剣な眼差しでハルキの顔を見据える。
ハルキは失礼な愚弟を追い出す様子もなく、タオルで体を拭いながらふかふかして柔らかそうなパンツを履き始める。
「何?」
「三年前、俺がルナを連れてきた日のこと覚えてるか?」
「覚えてるよ、ちょうど雨季の時期だったわね。食糧が尽きそうで買い出しをさせるためにあんたをイルバースから呼び戻した日でもあった」
そんな理由で呼び戻したのかこのコミュ障、とハルクは心の中で悪態を吐く。
「最初姉貴はルナのことを追い出そうとしていたが、あんたがルナに何か聞いた。そうしたら姉貴はルナを家に置こうと言った。俺はこのことに未だに違和感と疑惑しかないんだが」
「言ったでしょ、あの娘可愛かったのよ。妹も欲しかったし行くあてがないっていうなら仕方ないんじゃない?」
「本当にそれだけか?」
ハルクは迷うことなく問い返す、そこで納得していればわざわざ姉が水浴びをしているときにまで聞きにはやって来ないだろう。
それもライムやミスティ達が既に寝てしまったこんな夜遅くに。
「まぁ、そこはいい。俺が聞きたいのはあんたがあの時ルナに何を聞いたかだ」
「...........」
「あの後ルナに聞いても何も教えてくれなかった。俺だけに隠し事ってのもいい気分じゃねぇんだ、なぁ姉貴」
「.....それだけのためにこんな夜中にワザワザ姉の部屋に来たわけ?」
「それだけ?もっと早く教えてくれてたなら、いや、あの時教えてくれてたなら俺だってワザワザ聞きに来ねぇよ!」
「乙女の秘密ってやつよ」
「姉貴ッ!!」
パッドとブラを付けながらハルキは小さく溜息を吐く。
どうやらこれ以上隠していても意味がなさそうだと判断したのだ。
ハルキはハルクの側にまで近づき、ぐっと見上げる。
「わかったわ。こんな状況だし教えておく、でも、ライム君達には、いえ、決して口外しないことを約束して!」
「.....わかった」
ゴクリと固唾を飲む。
ハルクはハルキの紡ぐ言葉を一言一言聞き逃しのないようにしっかりと脳に刻み付ける。
ハルキから告げられたことはハルクの想像を絶する真実だった。
いや、だがよくよく考えてみれば可能性はあるがあまりにも信憑性がない上に絵空事にしか過ぎないため、すぐに受け入れるには難しかった。
「まさか、そんな...!」
「信じられないならいいわよ、私だってルナちゃんが来るまでは御伽噺とかだと思ってたから。まさか、何も知らずに本気で信じるような人はいないでしょうけど」
ハルクは本当に聞いても良かったのか、今の今まで二人が口外することを恐れていた理由もわかった。
「ハルク、あなたはルナちゃんの彼氏で未来の旦那様でしょ?」
「姉貴」
「目が覚めたらしっかりと受け入れてやりなさい。女は男の包容力に惚れるのよ」
いつの間にか服を着ていたハルキは水を飲みに部屋を出て行った。
叩かれた胸は今でも僅かな温もりが籠っている気がした。
−−−しかし、ハルクは勿論、ライム、ミスティ、レッド、ハルキ、シャリー、ティルナ、エイラ、シャチ、カラスと現在グラッダで抗争をしている彼らは知らない。
今、グラッダに巨大な軍勢が向かってきていることを。
怒りの炎が関係のない人々にまで飛び火することを、少なくとも今この時は誰も知らなかった。
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