ハルクはルナの部屋に訪れていた。
イルバースからグラッダにまで戻ってきた時はいつも寄り添うように彼女の側に座り、日記を綴るように彼女に語りかけている。
本当ならイルバースに戻らずここに留まっていたいのが本音だが、向こうに行かなければならない理由もある。
それも恋人であるルナの側を離れなければならないほどの重要で必要性のあることなのだ。
「頑張れ、ルナ。俺もお前の意識を戻せるならどれだけ手を汚そうとも構わない。何だってする」
−−−たとえそれが、彼女が望むことでなかったとしてもだ。
ルナが返事をすることはない、ハルクによるマシンガントークになっている。
それも今に始まったことではないが、もう長い間彼女の声を聞いていない気もする。
一年、長いようで短い期間ルナは眠り続けており、目を覚ますどころか治療法、病状すらもハッキリとわかることはなかった。
そこで出会ったのが治療魔術師のライムだった。
メデルの生き残りでそれも若くして相当の知識と腕を持ち合わせている。
絶好のチャンスだった、希望への活路が見えた気がした。
ハルクはルナの綺麗な黒髪を撫でながらフッと笑みを浮かべる。
(思えば、俺はお前のことあまり知らないな。グラッダに来てからのお前しか知ることができていない)
過去も出生も家族関係も、ハルクはルナ・シノハラという少女の一部しか知らない。
これから二人で仲を深めて互いを知っていこうとした矢先に彼女の意識が戻ることがなくなってしまった。
ググ、と腕に力が入る。
やっと見つけた希望は簡単に手放すつもりはない。
ハルクは名残惜しそうに立ち上がり、ルナの部屋から出て一階のリビングに向かう。
リビングでは既に眠ってしまったシャリーを除いたメンバーが机を取り囲むようにして座っていた。
「シャリーちゃんもここに混ぜた方がいいんじゃない?」
シャリーをこの場に居合わせない方がいいと提案したハルクに姉であるハルキは異論を唱える。
まだハルクは事情を全員に説明したわけではない、これから情報を共有しようというときに幼いとはいえ彼女一人だけ抜いていいものだろうか?
ハルキの異論にハルクは応える。
「それについては順を追って話す。別に考えなしにシャリーちゃんを外したわけじゃないからな」
「ハルク、俺としては先に話してくれた方が話を進めやすい。どちらにしろ知られることなんだから隠しておいても仕方ないからな」
「レッド、お前!」
「あぁ、実は屋敷に写真があったのを見た。彼女はティロス殿の娘さんなんだろ?」
レッドが改めて確認をするためにハルクに質問すると、ライムがビクッと肩を震わせる。
ミスティは少し驚くだけでライムほど大きな反応は表さなかった。
「あぁ、シャリーちゃんはティロスさんの娘だ。そのことに間違いはない」
「ライム...」
「.....あぁ」
ライムとレッドは表情を暗くして頷きあう。
ハルクもできることならば認めたくないことだった、だが一瞬だけ感じられた屋敷から放たれた禍々しい魔力が真実への裏付けを取るには十分すぎる証拠だった。
未だに何が何だか理解できていない様子のミスティ達にライムは固唾を飲み、若干の戸惑いを覚えながら言葉を紡ぐ。
「その、ティロスさんは殺されたんだ。俺の後に訪問してきた魔族の二人に」
ハルキは大きく目を見開き、ティルナは義理の兄の突然の死に戸惑い、ミスティはティロスが死んだという事実よりも別の点に驚いていた。
「ちょっと待って、ライム君。今、二人って言った?あの魔族の他にもう一人いるの!?」
「.....あぁ、女が一人いる。その女がティロスさんのことを殺した」
ライムの言葉に場は静まり返る。
ハルキはここで初めて何故シャリーをこの場に置くことを弟が反対したのかをハッキリと認識した。
「ティ、ティロス義兄さんが.....!?」
「落ち着いて、ティルナちゃん!」
ティルナはハルキから慰めを受けるもこの場にいることが耐えきれなくなり、顔を隠しながらドタドタと階段を駆け上がり二階へと行ってしまった。
「ティルナさん!」
「追わなくていい、ハルク!」
「けど!」
「今は一人にしてあげなさいな」
ハルキも友の死を悔やんでおり、目尻に涙が溜まっていることがわかった。
「ライム君、それでティロスの馬鹿を殺したクソアマの特徴は?」
「.....口元をマスクで覆っててハルキさんやハルクみたいな髪色をした女です。両手から見たこともない魔法を使ってました」
「見たこともない魔法?」
ライムの言葉に反応したのはミスティだった。
「あぁ、あの男とは違って魔力のオーラみたいなものを直接纏っているような感じの。それも、感じたことないくらい禍々しい雰囲気の」
「魔族だけが持つ限定器官、呪臓ね」
二人の疑問に応えたのは先ほどまで怒りと悲しみに満ちていたハルキだった。
彼女はどこか確信めいた自信満々といった様子だった。
「姉貴、その呪臓ってのは何なんだ?」
「私も詳しくは知らないけど、一時期興味本位で魔族を研究していた時期があってね。呪臓っていうのは魔族だけが持つ器官で大きくわけて三種類に別れるらしいわ」
「三種類に?」
「私もどれだけ資料を漁っても種類までは特定できなかったけど、特徴としては血のように赤黒い見た目ね。血と魔力を練り合わせて形成しているようだからね」
カラスの呪臓は背骨から尻尾のような触手のようなものが一本、シャチからは両手からオーラのようなものが溢れ出している。
一見してこの二つが同種の器官とは思えないが、赤黒い見た目と禍々しい魔力を放出していることは共通している。
「だから、呪臓は魔法や魔術の類ではないわ。ライム君達の前で呪臓しか使ってないのだとしたらその二人はまだ本気を出してないはずよ」
そのハルキの言葉だけで魔族の恐ろしさの片鱗に触れることができると言っても過言ではなかった。
魔族だからといって魔法を使うとは限らないが、使わないとも言い切れない。
「どちらにしろ、その二人が今ティロスの馬鹿の屋敷にいるのならシャリーちゃんはうちで匿うしかないわね」
「あの、ハルキさん。これまだ言えてないんですけど、奴らの目的はルナさんみたいなんです」
「ルナちゃん?」
「何か奴らに狙われるような心当たりはないですか?」
「.....ないわね」
ハルキは少しの間考えた結果、静かに答えを出した。
その際、ハルクはハルキのことを疑うような視線を向けていた。
「でも、それなら尚更下手に動けないわね。ルナちゃんを守りながら奴らの動き方を伺いましょう」
ハルキの言葉にミスティが静かに頷く。
下手に移動して移動中を襲撃されたなんてことがあるかもしれない。
そして何より、ルナとライムが繋がっているということはまだ知られていない。
できることならライム達だけでも別行動を取りたいが、ここで散り散りになるのも賢い選択ではない。
とにかくもう遅い、今日はゆっくり体を休めることに専念した。
※
ぐちゃぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃぐちゃ。
トロリ、扉の向こう側から異臭と共にまだ生暖かく液状の赤い液体が隙間から外に流れている。
屋敷に戻った男、カラスは出発する際に呪臓で肉体を貫いた今ではすっかり血の気が失せて冷たくなってしまった二人の人間の男の死体をズルズルと引きずりながらシャチのいるであろう部屋の前に立ち止まる。
ぬちゃ、くちゃくちゃくちゃ。
ドサ、と既に死体と化したモノを手放してゆっくりと扉を開く。
その執務机の裏にシャチはいた。
入り口の側では身体を拘束され、情報が入らぬように目隠しと助けを呼ぶのを防ぐための猿轡を咬まされた侍女であるエイラが横たわっていた。
扉が開いたことに反応し、ビクリと体を震わせるがそれ以上のことはできなかった。
「今戻ったぞ、シャチ」
カラスが電気の点いてない部屋の中でシャチの名を呼ぶ。
ぐちゃ、という音と共に立ち上がったシャチはマスクを外しており、口元は血と何かを食い散らかしたような食べカスが付着していた。
「サル、戻ったのか」
「だから、俺はカラスだって言ってんだろ?いつまでこのやり取りは続けなきゃいけないんだよ」
「さぁな。それよりあの小僧は?」
「残念だが、増援にあって逃げられたよ。ルナ・シノハラも見つからずに終わった」
「.....何しに行ってたのよ?」
「言わないでくれよ」
カラスは目元のマスクを外しながら苦笑いを浮かべる。
「それで、また喰って吐いてんのか?吐くくらいなら喰わなきゃいいのによ」
「魔物の肉はマズイが人間の肉だけはやめられないんだよ。その後の吐き気は凄いけどな」
「ま、いいだろう。ティロスは死んでお前がほぼ半身喰っちまったから処理はお前に任せるとして、この女はどうすんだよ?」
「もちろんルナ・シノハラのことを聞く。お前が聞くって言ったんだからワザワザ生かしておいたんだぞ」
「そうだったな。外の二人も思わず殺っちゃったし、これ以上死人増やすのは面倒だからなぁ」
ハァ、とカラスが溜息を吐く。
シャチは口元を綺麗に拭うとマスクを再装着する。
「全くよォ、お前ホント美人だよな。マスクしてたら男と間違えられたこともあったんだっけ?」
「そんなことはどうでもいい。女から情報を取り出すぞ」
「そうだな、ここに長居するのも危険だからな。明日の朝まで、いや夕暮れまでには聞きだせることは聞き出せれば十分だな。バルダ草は?」
「一応持っているが、いいのか?もしルナ・シノハラを救おうとしてる者がいたとして盗まれでもしたら我々の目的が達成できない」
「いいんだよ、俺らの目的はあくまでもルナ・シノハラの中身だ。俺たちも彼女を手に入れてからバルダ草は必要だ、それに人間ごときに俺たち魔族が負ける心配でもしてんのか?」
「まさか、そんな訳ないだろ」
二人はゆっくりとエイラに近づく。
その足音一歩一歩がエイラにとっては死へのカウントダウンに聞こえて仕方なかった。
ガクガクガク、と恐怖のあまり体を震わせる意識のあるエイラの気も知らずにカラスは静かに彼女の猿轡を外して質問を投げかけた。
「ルナ・シノハラはどこだ?」
これは正確に言うなら質問ではなく拷問、エイラからは見えないがカラスの背から生える呪臓がエイラの首筋に当てられていることがそのことを告げていた。
「安心しな、首を飛ばすなんてことはしねぇよ。一枚一枚首の皮を少し剥いでいくだけだ。お前が素直に答えるなら長生きできるぞ」
「ぁ、ひ、ぁぃ」
「もう一回聞く、ルナ・シノハラはどこだ?」
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