メデル・プルーフ   作:Cr.M=かにかま

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60.地獄耳のティロス

ライムとレッドはギース家を出て、グラッダの町長の屋敷へと向かっていた。

飛び出したハルクのことはミスティが何とかすると言って聞かなかったので彼女に任せることにした。

 

ルナの容態は危険ではあるが、ハルキとティルナが側にいるので大丈夫だろう。

元より効果的な対処法がないのに余所者のライムが深く関わったところで何もできやしないのだ。

そこでライムはルナの治療に必要なバルダ草の情報をグラッダの町長であるティロス・グラッダに尋ねに行くつもりだった。

本来ならば、顔見知りのハルキが行くべきなのだが、本人はルナの側を離れないという建前本音は人と会いたくないという理由で外に出ようとはしなかった。

そのついでに二年前メデルの街を焼き払った魔術師、イブリ・M・アマテラスのことに関する情報も一緒に。

イブリ・M・アマテラスなる人物が世界で最も危険視されている犯罪者、アルテナの無法人の一人ならば中堅都市であるグラッダにも情報が来ていても不思議ではない。

 

「そういえば、ハルキさんは知らなかったみたいだな。街中に知らせているわけじゃないのか?」

 

「あの人はまず街に来る回数が少ないらしいからな。それにここはイルバースほどの大都市じゃないから、町長にだけ情報が伝わっている可能性が高い」

 

「なるほど。でも、それならイルバースでも一度もそんな話題にはならなかったぞ?」

 

「南北問題だろうな。北ではおそらく多くの人に知られているはずだ。俺たちがいたのは南だったからな」

 

「それもそうか、それに二年前のことなんて今更話題にする物好きも少ないのかもな」

 

「珍しく察しがいいな、ライム」

 

「喧嘩売ってんのか、こら」

 

二人(正確には一人と一羽)が口喧嘩をしている間にハルキに渡された簡単な手書きの地図の赤丸になっている場所に到着する。

他の家とは違い、装飾が多く煌びやかな造りとなっていたので一目でここが目的の場所だとわかった。

 

「.....レッド、何で権力者ってのはどこに行ってもいつの時代も目立ちたがり屋なんだ?」

 

「さぁな、庶民の俺たちとは考えが違うんだろう」

 

レッドが無駄に渋い声でライムの疑問に応える。

巨大な扉の前では門番らしき二人の強面でスーツ姿のおっちゃんがそれぞれ双方に立ち、険しい表情をしていた。

少し怖いが、ライムは覚悟を決めて二人のおっちゃんに話しかける。

 

「すみません、ティロス氏は今おいででしょうか?」

 

「ティロス様の客か?」

 

「え、えぇ、まぁ」

 

「なら通れ」

 

めちゃくちゃあっさり通ることができた。

 

「おい待て、お前何してんだ!?」

 

やはり、そういうわけにもいかず片方のおっちゃんがライムを制止させる。

 

「いや、だってティロス様の客人だろ?しかも見た感じ悪党って感じしないし」

 

「お前はいつも何で見た目で判断してんだよ!いい加減に誰彼構わず通そうとするんじゃねぇよ、その内大変なことになるぞ!」

 

「.....まぁ、ダイチが言うならしゃーねぇな」

 

ポリポリとおっちゃんはオールバックにした茶色の髪を掻く。

ダイチ、と呼ばれた黒髪のおっちゃんは溜息を吐きながらライムのことを観察するように見つめる。

やがて彼は顎に手を当てて、視線はレッドの方に向かっていった。

 

「.....こいつは魔物じゃないのか?」

 

「無害だから安心しろ」

 

「いや、自分で言うなよ。ていうか喋るんかい!」

 

「まぁ、そういうわけです。ハルキさんの伝言というか、頼みもあるんですが」

 

「ハルキさんの?」

 

ライムはこくり、と頷いた。

出発前にハルキにもしも困ったら名前を出せと言われたのだ。

どうやらハルキはグラッダではちょっとした有名人のようで、融通は利くらしい。

二人のおっちゃんはひそひそひそ、と小声で話し始めた。

 

「わかった、ハルキさんの頼みなら仕方ない。君を客人と認めよう」

 

「あの、こんなこと言うのも何ですが俺がハルキさんと知り合いであるという裏付けは取らなくていいんですか?」

 

「構わん。あの人はそもそも滅多に外出しないから、名前もほとんど知られてないから」

 

「あ、納得」

 

そんな感じでライムとレッドは屋敷の中に案内された。

中からはおっちゃんが案内せずに物静かそうなメガネを掛けた女性が先導する形となった。

屋敷の中は広く、壁や床、置物なども綺麗に掃除が行き届いていた。

 

「こちらです。ティロス様、お客様がお見えですよ」

 

コンコン、とノックしながら女性は扉に向かって声を出す。

 

「どうぞ」

 

「では、私はここで失礼いたします」

 

始終キリッとした様子で女性は静かに去っていった。

ライムは扉を静かに開けた。

 

「やぁやぁ、これこれは、ご無沙汰してるねぇ」

 

「.....え?」

 

「あー、失礼。初対面だったね」

 

ハハハハ、と赤茶色の髪で細目の青年は腹を抱えて笑い始める。

若くも見えるが、その態度と剃り残しの無精髭を見るにそれなりの年月を過ごしていることを物語っている。

高そうな執務机に両足を乗っけている時点で偉そうにしているのは明らかである。

ライムは静かに扉を閉めて改めて青年と向かい合った。

 

「初めまして、ライム君。僕がここの町長のティロスです」

 

「あ、あぁ、初めまして。ライ.....!」

 

ライムは自己紹介をしようとしたが、言葉を思わず引っ込めてしまった。

初対面、そうティロス・グラッダとライム・ターコイズは先ほどのやりとりでわかる通り初対面である。

なのに彼は何故かライムの名前を知っていた。

 

「驚いてるみたいだね。実は僕って生れながら地獄耳でさ、この街の中の声ならほとんど拾えちゃうんだよね」

 

ニコニコ、とただでさえ細い目を更に細めてティロスは戯けた様子で話し始める。

 

「ということは俺がここに来た目的とかも既に知ってるんですか?」

 

「あー、それは無理。僕があくまで聞き取れるのは街の中だけで家の中の声までは聞き取れない。君の用事っていうのは多分ハルキさんの家の中で話してたことだよね?」

 

「何故そうだと?いくら地獄耳でも聞き逃したということは考えないのか?」

 

「それはないな、レッド君。僕はこの街の人の声は全部覚えてる。街の外からやって来た、ましてや商人でもない君たちの声を聞き間違えるはずもないし、何をしに来たのかもわからないのに聞き逃すはずもない」

 

「.....なるほどな」

 

「ま、ハルク君と一緒だったからそこまで疑ってはなかったけどね。念には念をってやつだよ、悪かったね」

 

と、謝ってるもニコニコとした表情のせいで微塵も謝罪しているようには思えない。

 

「ま、とにかく用事は手短に済ませよう」

 

「話が早くて助かります」

 

ライムは目の前に用意された椅子にゆっくりと腰を下ろした。

 

 

 

その頃、ハルクは未だ灯台で水平線を眺めて煙草を吸っていた。

既に五本目になる数を吸ったが、気持ちが落ち着くことはなかった。

ルナが目覚めるかもしれない唯一の糸口、治療魔術師であるライムですら困難であると判断したルナを苦しめる病は一体何なのか。

あまり後ろ向きの考えをしたくないと考えるが、不安ばかりが募っていく。

そんな彼に近づく小さな一つの人影があった。

 

ハルクが気がつき、振り返るとそこには小さな少女がいた。

赤と茶色の混じったどちらかというと茶色寄りの髪をツインテールにした可愛らしい印象の少女が木陰からチラリとハルクのことを見つめていた。

 

「.....ハルクさん、帰って来てたんだ」

 

「その声、シャリーちゃんか?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「何が!?」

 

ビクゥ!とハルクにシャリーと呼ばれた少女は涙目になり、肩を大きく震わせる。

ガタガタガタガタガタ、と全身を小刻みに震わせながら恐る恐るといった様子でハルクに声をかける。

 

「あの、その、なんというか、えー、何してるんですか?」

 

「.....海を眺めてるんだ。ここに来ると落ち着くからな」

 

「は、はぁ」

 

「.....ていうか、いつも思うんだけどもっと近づいて来てもいいんだぞ?」

 

実際、ハルクとシャリーの距離は五メートルほど離れている。

心なしかシャリーが段々と遠ざかって行っている気もする。

 

「お、お父さんが『パパ以外の男は皆ケダモノだから近づいちゃダメだよ〜』と言っていたので、このくらいが丁度いいかと」

 

「相変わらず過保護だな、あの人は!!」

 

ハルクは再度大声を出し、シャリーは先ほどと同じように肩をビクゥ!と震わせる。

昔からシャリーという少女は人見知りが激しい上に対人恐怖症で自分から他人に話しかけることは滅多にないはずなのだ。

それなのに話しかけてきたのは誰かに頼まれたのだろう。

 

「で、何か用か?」

 

「お父さんが、ハルクさん帰ってきたって言ってた、から」

 

「流石は地獄耳。どうせこの会話も聞こえてんだろうな」

 

ハルクは六本目の煙草に手を伸ばし、口に咥える。

そう、シャリーの父親はグラッダ町長であるティロスなのだ。

誰があのような軽薄で笑顔の絶えないような人と、ここまで泣き虫で人見知りの子供が親子だと信じるだろうか。

 

「.....それで、ティロスさんに何を頼まれたんだ?」

 

「別に、何も頼まれて、ない」

 

「マジで何しに来たんだよ!?」

 

そして、再三シャリーは肩をビクゥ!と大きく震わせた。

 

 

 

一方、ハルクが家を出た後でハルクを探しに外に出たミスティはというと。

 

「そういえばハルク君ってどこに行ったんだろう?」

 

ハルキから何も聞かずに来てしまったため、道に、というより行き先に迷って途方に暮れていた。

 

 

 

「なるほどね。つまり、ライム君の個人的な要件はイブリ・M・アマテラスに関する情報。そして、ハルキさんの要件はルナちゃんの治療に必要なバルダ草の入手ルート、というわけか」

 

「まぁ、ざっくり言うとそんな感じです」

 

ティロスは顎に手を当ててしばらく考えるような仕草を見せる。

執務机に肘を置き、顔だけをこちらに向ける。

 

「それにしても、君があのメデルの生き残りだったなんてね」

 

「聞いてたんじゃないんですか?」

 

「直に見てみないとわからないことだってあるよ。これでも僕も昔治療魔術師の友人がいたんだから」

 

もう何年も連絡取ってないけどね、とティロスは少し悲しげな表情を浮かべる。

ライムが知ってるかもしれない彼の知る治療魔術師はおそらく既にイブリに殺されてしまっているだろう。

二年近く生き残りを探して大陸の端から旅をしてきたのに未だに生き残りの一人とも出会えてないのだ、生き残っている望みは薄い。

 

「イブリ・M・アマテラスの情報は後にしよう。バルダ草の入手ルートは時期があるからね、そちらを優先させてもらうよ」

 

「それでも構いません」

 

「わかった。僕の知る限りでは、バルダ草はこの街にやって来る行商人の中で取り扱っている者は三人いる」

 

「三人も!?」

 

「あぁ。だが、今街の中にはいない。それに今までのパターンから考えて五日はやって来ないだろう」

 

ティロスは苦虫を潰したような表情を浮かべ、細めていた目を若干広げる。

笑顔も浮かべておらず、真剣な表情だった。

 

「だが、まさかバルダ草にそんな用途があったなんてね。やはりメデルは進んでるね」

 

「.....少なくとも俺は必要最低限の知識は叩き込まれました。余程のことがない限りは全て治せる自信があります」

 

「それは心強い。僕としてもルナちゃんは親しい間柄だ。ハルク君の為にも是非とも治してやってほしい」

 

「そのつもりで来たんですから。絶対に治してやりますよ、治療魔術師の誇りにかけてね」

 

ニッとライムは小さく笑みを浮かべた。

肩に乗るレッドも同調するように軽く頷いた。

その後も詳しい情報を聞いていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。

 

「ティロス様、私です」

 

「んーエイラ?どしたのー?」

 

「ティロス様にお客人がお見えですが、お通ししますか?」

 

「客?」

 

ティロスは首を傾げた。

ライムの時もアポのない訪問だったが、ティロスはライムがやって来ることは事前にわかっていた様子だった。

おそらく、二人の門番のおっちゃんとのやり取りを聞いたからであろうと思われるが、今回は本当に予期せぬ客人のようだ。

 

「ちなみにどんな奴?名前とかわかったりするー?」

 

「二人組です、何やら装いが怪しいので現在ダイチとオオシオに相手をさせております」

 

あと、とエイラは一拍間を置いて思い出したように告げた。

 

「たしか、お名前が男性の方がカラス、女性の方がシャチと名乗っておいででした」

 




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