メデル・プルーフ   作:Cr.M=かにかま

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59.ハルクとルナ

 

ある日のこと、ハルクとハルキが机を挟み、向かい合った状態で互いに真剣な表情を浮かべていた。

少し違いがあるとすれば、ハルクは頬を僅かに紅潮させ恥ずかしそうな様子で、ハルキはどこか驚いた様子で喉でつっかえてしまった次の言葉を出せずにいるように思えた。

 

「.....悪い姉貴、俺は本気なんだ。もう我慢できそうにないんだ」

 

「だ、だからって、あんた、わかってるの!?仮にも一緒に暮らしてるのよ!」

 

「だからこそ、だからこそ!俺は姉貴に全部打ち明けたんじゃねぇかよ!俺の気持ちを!!」

 

ハルクは気恥ずかしそうな様子で、それでいて真剣な表情でハルキに言葉を向ける。

勢いよく立ち上がり、机を両手で思いっきり叩いてしまうほど彼は興奮していた。

その際、二人の傍に置いてあった湯呑みが倒れ、中身が溢れてしまいハルクは顔を真っ青にしていく。

 

「.....あ」

 

「あんたねぇ」

 

対するハルキは頭を抱えながら落ち着きを失い、先ほどから貧乏揺すりが止まる気配はない。

明らかに怒っている、よく見れば額に青筋も浮かんでいる気もする。

 

「.....だからルナちゃんが買い出しに行ってる、この時間にあんたは全てを打ち明けた、と?」

 

「.....あぁ!」

 

ハルクの言葉に嘘は感じられなかったことから、ハルキは一旦怒鳴りたい衝動を抑える。

ルナがギース姉弟の家に居候するようになってから既に二年の歳月が流れていた。

 

この二年で互いの関係はとても良好となっていた。

彼女をイルバースに連れて行き、ランダリーファミリーの面々と顔を合わせたこともあった。

彼女と共に町の手伝いをし、町長と親しくもなった。

何度目かの雨季にはハルクとルナが初めて会ったことを思い出し、二人で笑いあったこともあった。

三人で幾千もの星を見上げて、感傷に浸ったこともあった。

少なくともハルクとハルキにとってルナ・シノハラは家族同然の存在であり、共に生きていく大切な存在になりつつあった。

特にハルキにとっては可愛い妹ができたみたいに物凄く可愛がっていたこともあった。

 

そして、今日。

ハルクは自身の想いを伝えんとする前にハルキに相談していたのだ。

 

ハルク・ギースという一人の青年はルナ・シノハラという一人の少女に恋していたのだ。

 

「.....今の関係が崩れるかもしれない、だけど愚弟の恋路を邪魔するほど私は馬鹿じゃないわ」

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「行ってきな!今世紀最大の勝負に、私は結果がどうであれ二人を咎めたりはしないから!」

 

「あ、ありがとう!」

 

バン!と背伸びしたハルキに背を叩かれて、ハルクは想い人に貰ったバンダナを頭に巻きながら勢いよく家を飛び出す。

実はハルキは薄々ハルクのルナに対する想いに気がついていた。

だが、それを知らせてしまえば互いに気まずい関係になってしまう。

下手すれば今の関係が崩れてしまうんじゃないかと危惧していた。

 

だが、ハルクが大一番の勝負に出ないで崩れるくらいなら一世一代の大勝負をして崩れる方が遥かにマシだとハルキは結論を出した。

身内の恋路は応援するものだと、ある偉人が言葉として残しているくらいである。

 

「じゃあ、姉貴!行ってくる!」

 

「おう!盛大に振られてきなー!」

 

「そいつは酷いぜ!?」

 

ハルクは今年で19歳、ルナは今年で18歳と互いにいい歳である。

.....そういうハルキは恋人どころか想い人すらも未だに見つからないわけだが。

 

(.....やれやれ、理想が高くて見つからない私とは大違いね。これを機に男でも探してみようかな?)

 

しかし、彼女は知らない。

彼女の理想が高くて相手が見つからないのも事実だが、ハルキの見た目は12歳くらいの幼い少女にしか見えないため、恋愛対象として捉えられるには難があるということに。

ハルキはふと虚空を見上げて、天井を見つめながら思ったことを口にする。

 

「.....あいつらの為に料理でも作っといてやるか」

 

二人がくっつくこと前提でハルキは行動を始めたのであった。

.....もしものことを考えると恐ろしいが、今のハルキにそのことを考える余裕はなかった。

 

 

 

その頃、ルナは町の中央に位置する八百屋で買い物をしていた。

彼女は町にも馴染み、今では町のアイドル的存在となっていた。

何せ彼女の容姿と笑顔と優しさに惹かれる者たちが数多く存在し、グラッダではある意味有名人となってしまっていた。

 

「おうルナちゃーん!今日は魚はいいのかー!?安いぜ!」

 

「馬鹿野郎が!ルナちゃんは今俺の店来てんだよ、邪魔すんな営業妨害野郎が!」

 

「大丈夫ですよ、後で魚屋さんも行きますので。あ、この新鮮そうなはくさ、じゃなくて、ビャルク一つください」

 

「まいど!330uになりまーす!」

 

ルナは八百屋のドケチからビャルクと呼ばれる緑色の野菜を受け取り、財布から金を取り出してドケチに手渡す。

 

ルナはその後も露店を巡り、ハルキから頼まれた食材の購入を続けていた。

ハルキ本人が滅多なことがない限り町にやって来たがらないため、買い出しは基本的にハルクかルナかのどちらかとなってしまっていた。

長い間お世話になっているルナとしてはこの程度のことはして当然という感覚らしく、ハルクと違って嫌な顔一つせずに笑顔で了承している。

その度にハルキの中で好感度が上がっているのだが、本人は知る由もない。

 

ルナはその後もあちこち店を巡り、魚屋を去ろうと振り返った時、急な目眩に襲われた。

クラっと倒れそうになるが、何とか持ち堪える。

 

「お、おいルナちゃん。大丈夫かい?」

 

「は、はい。ちょっと目眩がしただけですので」

 

心配そうに声をかけてくる買い物仲間のケリーおばさん(愛称)に笑みを浮かべる。

しかし、ルナの額には冷や汗が流れていた。

 

「あまり無茶しちゃだめよ、体は大事にしないと。ハルク君をもっと頼ってもいいんだから」

 

「ははは、それハルキさんにも言われました」

 

ルナの一言を聞いたケリーおばさんはプッと笑みを浮かべた後、腹を抱えて大爆笑し始めた。

 

「なはははは、なら存分にコキ使ってやんないとね!」

 

ケリーおばさんはそのままその場を立ち去っていった。

魚屋のガンコも釣られて大笑いしながら機嫌よく魚を捌き始めた。

 

買い出しを終えたルナはハルキ達の住む家に向かい始めた。

道中、ルナはこの二年のことを思い出してフフフ、と口元を抑えながら小さく微笑んだ。

 

(ハルク達と出会えてよかった、あの雨の日に彼に出会ってなかったら私はここにいなかった)

 

ある日、自分でもよくわからないままオーガの森という危険地帯に落下したルナ。

彼女の事情を知るハルキと出会うことのできた幸運と、ルナを救ってくれたハルクに出会うことのできた幸せ。

そして、この生活を楽しんでいるルナ自身もこのまま平和に暮らしていければいいとまで望んでいた。

故郷に帰りたい、という想いはあるが今はハルク達と過ごすことの方が楽しくて仕方なかった。

 

道中、前方から息を切らしてハルクが走ってきた。

 

「ハルク?」

 

「よ、ようルナ。奇遇だな」

 

息を荒げながら、何やら気まずそうに話すハルクにルナは違和感を覚えていた。

ハルクは何の気もなしに言葉を続ける。

 

「.....なぁ、ちょっと時間をもらってもいいか?」

 

と、頬を赤く染めてそっぽを向いてしまった。

 

 

 

「悪いな、買い出し帰りで疲れてるのによ」

 

「ううん、別に大丈夫」

 

「そうか」

 

その後、ルナはハルクに連れられる形で町外れの灯台にまでやって来ていた。

時間帯的に夕暮れだったため、青い空と海は沈む太陽によって橙色に広がっていた。

 

ルナは初めてやって来たこの場所と美しい風景に目を奪われていた。

 

「綺麗」

 

「......お前の方がな」

 

「え?」

 

「ここ、俺のお気に入りの場所なんだ。昔からよくここの夕日を見るのが好きでさ、今でもこっちに帰ってきた時は必ず来るようにしてる」

 

ハルクは基本イルバースという魔術都市とも呼ばれる大都市に住んでいる。

ランダリーファミリーに所属している以上、オーガの森を越えなければならない位置にあるグラッダからの実家通いは困難であるからだ。

 

「それで、さ。俺、ルナに言わなきゃいけないことがあるんだ」

 

「言わなきゃいけないこと?」

 

「あぁ、ずっと黙ってたことだ」

 

何だろう、とルナは真剣に考え始める。

勝手に部屋に入ってしまったことだろうか、勝手に楽しみにしていた菓子を食べてしまったことだろうか、勝手に室内でタバコを吸ったことだろうか。

考えれば考えるほどキリはないが、わざわざこんな所にまで呼び出して言うようなことでもない。

ハルキに黙っておくことならば、さっきの帰路でも言えたはずだ。

 

ハルクはルナの黒い両の瞳をジッと見つめ、頬を真っ赤に染めて夕暮れをバックに口を動かした。

 

「俺、実はお前と会ったあの日から、ずっと好きだったんだ!」

 

「................え?」

 

予想外の言葉にルナはポカン、と固まってしまう。

 

「一目惚れってやつ、その後一緒に過ごすってなってスゲー嬉しかった。それで」

 

「え、え、え!?ちょ、ちょ、ちょ待ってって!どういうこと!?急すぎて、え!?えぇ!?」

 

ルナも顔を真っ赤にして慌てふためいている。

ハルクもハルクで口は止まることなく動き続ける。

 

「だから、その、俺と結婚を前提にさ、付き合ってもらえないかな?」

 

グラッダでは告白=結婚前提のお付き合いという謎の風習がある。

ハルクもグラッダ生まれなので、本能に則ってその風習に従い、ルナに勇気を持って告白した。

だからこそ事前にハルキに相談を持ちかけたのだ、結婚を前提にするのだから。

ちなみに、その風習のことはルナは知らない。

 

「け、け、結婚」

 

ぷしゅう、と茹で蛸のように真っ赤になったルナに追い打ちをかけるようにハルクは彼女の唇を強引に奪う。

 

「!?」

 

「俺は本気だ」

 

ルナにとってはファーストキス、女性にとっては大切なモノだ。

そんなものを奪われてしまえば答えは決まったも同然である。

それ以前にルナもハルクに少しながら好意を抱いていたが、それが恋愛というものなのかがわからなかったため行動には移していなかった。

 

ルナはハルクの差し出した手を握りしめて、ニッコリと笑みを浮かべながら涙を流す。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

その言葉を聞き、ハルクは心臓の鼓動が早まるのを感じた。

二人は顔を真っ赤にし、夕焼けをバックに熱い抱擁を交わして幸せな時間を過ごした。

 

ちなみに迎えにやって来たハルキがニヤニヤしながら現場を見ていたことも追記しておこう。

 

そして、その二日後。

何の前触れもなく、ルナ・シノハラの意識が戻ることがなくなった。

 




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