ドクドクドク、とゴルドスの左腕の切断面から流れる血は止まることはなかった。
心なしかゴルドスの顔色も青くなってきており、先ほどから滝のように汗が流れ出ている。
「.....どうやら、私とハルク君が手を下すまでもなさそうね」
ミスティはそんなゴルドスの様子を見て、冷たい瞳で睨みつける。
そう、ここまで移動するにしてもヨルダンと戦闘を行ったにしろ、ゴルドスは一度も止血をしていない。
ここまで意識を保てたのが奇跡とも言えるほどのガッツと精神力で今も意識を手放さずにいられているのだ。
おそらく、このまま何もせずともゴルドスは一人勝手に膝をついて、意識を失うだろう。
運が悪ければ後遺症が残り、私生活にも支障が出る可能性もある。
最悪の場合は命を落とすほどの重傷なのだ、本来ならば今すぐ止血し応急措置を取らなければならない。
しかし、
「クハッ、ハ、ハハッ、おい女ァ、テメェ俺をちと舐めすぎじゃねぇか?」
「何ですって?」
ゴルドスはニヤリと笑みを浮かべ、余裕の表情を崩さなかった。
彼の右腕に装着された籠手が淡く輝き始め、ビキビキビキ、とエネルギーの刃が生成される。
「血が止まらねぇ、手を下すまでもねぇ、ダメージを受けすぎている、だ?だから何だって言うんだよ、そんくらいのハンデの方が丁度いいだろ?」
ゴルドスは滝のような汗を流しながら、白目を剥いて限界に近いのが目に見えてわかった。
しかし、それでも彼は負ける要因などないとばかりに殺気を放出させながら右腕を大きく横に振るう。
「ッ!」
スパン!とミスティが咄嗟に杖を変形させた鋼鉄のオブジェをプリンのように真っ二つにする。
しゃがんだミスティの髪も巻き添えで先端からバッサリとカットされてしまった。
「ミスティちゃん!」
同じく攻撃を回避したハルクがミスティに近寄る。
「大丈夫か?」
「えぇ、どうやら彼、もうヤケクソみたいね」
次の瞬間、ゴルドスが右腕を再度振るい、周囲の建造物に切り傷を刻んでいく。
固体の剣とは違い、変幻自在のエネルギーを軸とした剣は縦横無尽に暴れ回り、軌道を読むことすら困難である。
「オ、オ、オォォォォォォ!!!」
「これ以上、は!」
ミスティが杖を構え、ゴルドスの足元にある先ほど斬り落とされた鋼鉄を変形させ足元を固定する。
しかし、それだけではゴルドスの攻撃は止まらない。
今もなおミスティとハルクは攻撃を避けながら、意識を失ったクロフ達に被害の及ばない場所を選びながら戦闘を行っている。
側には意識が消えかかっているヨルダンがいるだけで、とてもではないがまともに戦える状態ではない。
だからこそ、二人が今ここでゴルドスを止めなければならなかった。
前衛をハルク、後衛をミスティとし接近戦慣れしているハルクがエネルギーの刃の軌道をずらしながら突き進んで行く。
「今だ、ミスティちゃん!」
「ナイス!ハルク君!!」
ハルクが対魔術師用に作られた特殊な大剣でゴルドスの刃を弾き、隙を作った瞬間にミスティが刃こぼれして落ちた僅かな鉄を凶器に変形させ、ゴルドスの体を確実に狙う。
ミスティの魔法、鉄の処女は対象に一度触れなければ変形、及び操作することはできない。
だが、逆に言えば一度触れてしまえば操作は簡単にできてしまう。
いくら対魔術師用に制作された大剣といえども、魔法による作用を全て無効にできるわけではない。
特に刃こぼれして本体から離れた鉄屑に関してはほとんど機能しないも同じである。
「カッ!」
しかし、ゴルドスは器用に体を捻らせて向かってくる鉄屑を全て蹴り砕いた。
「ゴルドスさん、片手じゃその態勢はキツイだろう、よ!」
「ガッ!?」
右脚を上段に、左脚を支えにした態勢のゴルドスに左脚を払うようにして大剣の峰を左脚の脛に全力でぶつける。
常人ならば今の一撃で骨がポキリと折れてしまうが、ゴルドスは常人ではないため膝をつくだけで終わった。
「悪いけど、あまり時間をかけるつもりはなくってよ」
ぐにゃり、とミスティが何度も何度も生成し、斬り落とされた鉄がスライムのように液状化し、一斉に地面に近づいたゴルドスの右腕にまとわりつく。
「なっ...!」
「私の狙いは、初めから一つよ!」
グッ、とミスティが開いた手のひらを握りしめた瞬間、ゴルドスの右腕にまとわりついた鋼鉄はギュッと圧縮され、籠手を粉砕した。
ついでにゴルドスの右腕が嫌な音を立てて凄まじい痛みが全身に走った。
「ガッ、ハァァァ、アァァァ!!?」
「終わりよ」
ミスティが慈悲のない冷たい瞳でゴルドスを見下し、周囲の鋼鉄でゴルドスを閉じ込める鳥籠のような檻を作り出し、心臓を狙うように鋼鉄の槍を生成する。
「待てミスティちゃん!何も殺すことはない!」
「今更何を言っているの、ハルク君?」
まさかここまでするとは思わなかった、ハルクがそう感じた時にはもう遅かった。
そう、最初からミスティは事の発端であるゴルドスを殺すつもりでこの戦いに挑んでいたのだ。
ミスティにより無慈悲な一突きがゴルドスの体を貫いた。
「ガッ、あ、アァァァァ!!」
「あら残念、ちょっとずれたみたいね」
「ゴルドスさん!!」
ハルクがミスティを止めに入り、彼女の杖を持つ手を力強く握りしめる。
「何してるのハルク君?」
「それは、こっちのセリフだ!」
ハルクは口に咥えた煙草を噛み潰してミスティの胸ぐらを掴む。
「お前、人の命を何だと思ってるんだ!!何もここまですることはないだろうが!!!」
「ここまで?私は敵将の首を取って今回の騒動を終わらそうとしただけよ?」
その一言にハルクはゾクッと背筋が凍った。
まるでそうするのが当たり前のように、それをしなければ次の段階に進むことができないようなミスティの軽い一言一つでハルクは彼女に恐怖を覚えた。
「私はこいつの首さえあれば他はどうでもいい」
だから、ゴルドスの部下であるイリアは殺しはしなかった。
今回の敵将はあくまでもゴルドスのみである。
部下はそれに従った、いや、従わざるを得なかった。
ミスティの中の常識はそうなっており、ハルクの言葉ではとても覆るモノではなかった。
「早くどいて、こいつを生かしておくわけにはいかない」
ミスティはハルクを力尽くで突き飛ばした。
しかし、ハルクにはゴルドスの命を奪う理由はない。
「.....何度立ち塞がるの?」
「君が、やめるまでだ!」
ギリリッとミスティは歯を強く噛み締めながら怒りの感情を露わにする。
互いの常識、考えの違いがここにきて食い違い二人の共闘という関係が破綻される。
もう左腕もなく、右腕も骨折、両脚は固定され動けない状態のゴルドスにとても戦意があるとは思えない。
更には体を槍で一突きされており、意識があるのかもわからない。
「ミスティちゃん、君には敵将を討ち取るという感情以外にも他の感情が混じっているようにも思える。目を見ればわかる、でもここで感情に身を任せて後悔するのは君なんだぞ!」
「後悔ならしてきたわ、生まれてきてから何度も、ね」
ビキビキビキ、ミスティの持つ杖の先端が鋭利のある鋼鉄の凶器に姿を変えて行く。
心なしか鋭利の先端がミスティの感情を体現しているかのように黒く染まり始めていた。
「もういいわ、本意ではないけど貴方も犠牲になってもらう」
ミスティが杖を構える、ハルクもゴルドスを庇うようにして大剣を構えてミスティを迎え撃つ態勢を取る。
そして、ミスティの槍がハルクの喉元に勢いよく迫った。
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