メデル・プルーフ   作:Cr.M=かにかま

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43.英雄

 

ゲルマックがイルバースにやって来て四年が経過したある日、イルバースに訪れた一人の魔術師が覇権を握り始めた。

元々治安も衛生管理も行き届いていない犯罪や悪臭が漂う無法地帯で指導者がいなかったので指導者が現れたと言ってもおかしくはない。

 

魔術師の名はデジオン・パルサイザー。

ゲレネ聖書を片手に杖を振りかざし、人々に富を得るための商売術、世間の広さ、ゲレネ教の教えを広めて回り、イルバースは活気に溢れ始めていた。

 

同時に富や力を得た者は何も持たぬ者を差別、卑劣に扱い貧富の差が誕生した。

やがて、イルバースは北と南に分かれ、壁の制作が始まった。

元々巨大なクレーターに住み着いた人々が多かったため街として扱われてきたイルバースだが、イルバースという名前そのものは当時は呼ばれていなかった。

イルバースと呼ばれるようになったのはブロスの祖父であり、デジオンの旧知の仲であるジネット・イルバースが最高権力者の座に就いた時以来である。

 

「ちなみに、このジネットっつー人は俺の父親な」

 

「ふーん」

 

「興味ないのかよ!?お前から聞いてきたんだろ、ちょっとは聞けよ!」

 

はいはい、と叫んでいる自称ジネット・イルバースの息子を語っている少年、ザルド・イルバースを適当にあしらいながら、メギル神話:旧約レプリカ版、税込1,648uのページを進める。

ちなみにuはウルドと読み、500年近く昔から使われている全世界共通の通貨である。

 

「なぁ、ロブ!お前も北に来いよ、南よりは仕事もあるし、何より豊かだ!お前が来てくれるなら俺も歓迎する、だから頼む!俺、お前以外に友達いないんだ!」

 

「...........」

 

頼むよー!と両手を合わせながら懇願しているザルドにため息を吐いてロブは本を閉じて鉄パイプを手に取る。

ロブとザルドが出会ったのは今から半年前、北と南を分離する壁は現在作成中だが警備が厳しいため渡るのさえ困難である。

そんな折にザルドは警備を潜り抜けて、興味本位に南へとやって来たのだ。

そして数秒後、北からやって来た金持ちという名目で南の平均年齢三十路越えのおっちゃん達が子供一人を囲ったのだ。

そこを偶然通りかかり、見兼ねたロブが鉄パイプ片手におっちゃん達をコテンパンに叩きのめして、ザルドから尊敬の眼差しを向けられるようになり今に至る。

ちなみにロブはザルドのことを助けたつもりはなく、自分はどこまで強くなったのか確かめるための腕試しにおっちゃん達に挑み、偶然そこにザルドがいて勝手に尊敬されているという認識だ。

 

ぶっちゃけ言っちゃうとロブはザルドのことを親友とは思っていない。

そもそも彼が本当にジネット・イルバースという最近よく聞くようになった人物の息子かも本気で疑っていた。

 

「俺がお前の親友になった覚えはない、それに俺はまだお前の言うことを信じてるわけじゃない」

 

「おい!どんだけ疑り深いんだよ!ていうか俺とお前って本当に同い年なんだよな、全然そんな感じしないんだけど!?」

 

ギャーギャー騒ぐザルドに頭を抱えながら溜息を吐く当時14歳のロブが歩き始めると、自然とザルドも付いてくる。

彼としては少しでもいいから一人の時間が欲しかった、ゲルマックの元に戻ればゴルドスに絡まれ、街を闊歩すれば何故かザルドに絡まれる。

ゴルドスはともかく、ザルドに関してはストーカーにしか感じれなくなっていた。

 

「ロブ!ここにいたのか!」

 

「ん、グラハム?」

 

ロブがどうやってザルドを仕留めようか、と割と本気で悩んでいたところに二人目の弟弟子であるグラハムとその実弟、ハーディ・ティンダロスがこちらに向かってやって来た。

 

「どうしたんだ?」

 

「いや、実はさっきゲルさんの所に北から黒服の連中が来たんだ。目的はわからないけど」

 

「ゲルさんのところに?」

 

「北から、黒服.....」

 

ザルドは北、黒服という単語に反応する。

 

「ていうか、こっちの人は?」

 

「ストーカー」

 

「おい」

 

「それで、ゲルさんがどうしたんだ?ゴルドスの奴は一緒じゃなかったのか?」

 

「スルーかよ!」

 

ビシッとザルドは突っ込み代わりに拳骨を放ってくるが、鉄パイプで防ぐ。

おぉぉぅ、と悶えるザルドを無視してグラハムは続ける。

 

「ゴルドスはその場にはいなかった、ていうかまだ寝てる。ゲルさんが連れて行かれたんだ、デジオンって奴が会いたいとか言ってたらしくて」

 

 

 

イルバース北にある巨大な闘技場、一般人も観戦できる構造となっているが、生憎今回はギャラリーはいない。

東に立つのはゲルマック・ビードラー、南イルバース在住の格闘家で古今東西の武術を使いこなし武者修行がてらに世界中を旅したことのある歴戦の猛者である。

 

西に立つのはデジオン・パルサイザー、青い髪に無精髭が目立つ魔術師である。

愛読本であるゲレネ聖書は今でも彼の左手に携えられている。

 

「若僧が、私に喧嘩を売ったことを後悔するがいい」

 

「喧嘩を売ったことには後悔しねぇよ、何よりあんたみたいな強者と喧嘩できるなんて嬉しいよ」

 

「戯言を」

 

「本心だよ」

 

そもそもどうして二人がぶつかり合うことになったのか。

数分前、デジオンとゲルマックは出会い社交辞令の恒例として握手を交わした。

デジオンがゲルマックと会いたいと言ったのは彼を自身の配下に置きたかった。

中央政府が認めた超天十人衆の一人にして空飛ぶ竜を蹴り落とした武勇伝を持つ男を。

デジオンは早速ゲレネ教徒にゲルマックを勧誘した、ゲレネの教えを説いて信仰心を持たせるつもりだった。

 

そこでゲルマックがブチギレた。

 

何の前触れもなく殺気を放ち、今にも飛びかかりそうな勢いだった。

簡潔に言ってしまえば、ゲルマックは長い話、及び宗教が嫌いだった。

会いたいと言ってきたため弟子達との鍛錬を先延ばしにまでしても会いに来たのに、時間を返せと。

 

そして、両者は激突することとなった。

 

強大な闘気と魔力だけがぶつかり合い、両者は一歩も動かない。

ザッ、と静寂を最初に破ったのはゲルマックだった、態勢を低くしてデジオンに接近する。

その速度は音となり、ゲルマック自身は風となる勢いだった。

 

「ッ!ゲレネ聖書、253ページより引用、聖ゲレネによる破弓の如く迎撃!!」

 

デジオンが杖をゲルマックに向けて構え、ゲレネ聖書を開き詠唱を唱えると、杖の先端から幾百数もの魔力の矢が縦横無尽に放たれた。

乱雑に放たれた矢は全てゲルマックを確実に狙い撃つ。

 

「ッ!」

 

ゲルマックは一度立ち止まると、魔力によって生成された矢を一本一本確実に無力化していった。

ある時は叩き落とし、ある時は握りつぶし、ある時は相殺させ、ある時は武器として扱い、デジオンの常識を逸脱する動きでゲルマックは全ての矢を無傷で対処した。

 

「馬鹿な!」

 

「もう終わりか?」

 

ならば、とゲルマックが大地に向かって拳を叩きつけると大地は悲鳴を上げ、亀裂が走った。

デジオンはバランスを崩し、ゲレネ聖書を手放してしまい杖一本で自身の身体を支える。

ゲルマックはその隙を逃すことなく、一気に接近する。

 

「なっ.....!?」

 

「残念、どれだけ強いのかと思ったらこの程度か」

 

ガツン!とデジオンの顔面に拳を叩きつけることで勝負は決した。

地盤が異常に沈んだ闘技場の中心には勝者であるゲルマックと敗者であるデジオンの二人が残った。

 

この決闘以来、ゲルマック・ビードラーはイルバースの英雄と呼ばれるようになった。

 

 

 

ゲルマックとデジオンの一騎打ちから二年が経過した。

後々ゲルマック自身も初めて知ったのだが、デジオンはゲレネ教徒を増やすのと並行して、北イルバースで手に入れた権力を使い人々に重い重税を課していたのだ。

それを知ったジネット・イルバースはデジオンにゲルマックを会わせたいというネタを作り出し、二人をぶつかり合わせるように仕向けた。

 

全てはジネットの手のひらで踊らせられていたのだ。

もちろん、ゲルマックはそのことに激怒したがジネットが頭を下げることにより事件は丸く収まった。

デジオンはイルバースを追放、しかし彼の残した魔道書や魔術具はイルバースを魔術都市に発展させるには十分すぎる功績だったとか。

 

「おらー!」

 

「踏み込みが、甘い!」

 

「へば!?」

 

そして、未だに南北の壁の建設が今もなお続くイルバース。

南イルバースの某所ではゲルマックがゴルドスをあしらっていた。

16歳になってもゴルドスは未だにゲルマックに勝てずにいた。

 

「チクショー!ゲルさん、もう一回、いやもう百回!!」

 

「やっても結果は同じだよ」

 

ハァ、と溜息を吐きながらゴルドスの身体を起こす。

ここ数年でロブとゴルドスは著しい成長を遂げていたが、それ以上に才能の片鱗を見せたのがグラハムだった。

グラハムもまだゲルマックに勝てないが、ゲルマックに膝をつかせるという大きな成長を見せていた。

しかもロブとゴルドス、二人同時に相手をしても互角に渡り合えるほど強くなっていた。

 

「あー、グラハムの奴め。一人先に進みやがってよ」

 

「ゴルドスもロブも十分強くなってるよ、毎日欠かさず真面目に鍛錬を積んでいる証拠だよ」

 

「でも、なーんか、実感わかないんだよな」

 

ゴルドスが開いた右手を太陽に向けながら呟く。

毎日毎日同じ相手ばかりでは、やはり実感がわかないらしい。

 

「ま、それでも慢心しないことだな。世界にはもっと、それこそ俺よりも強い奴なんてゴロゴロ蠢いてるからな」

 

「.....そっちの方の実感の方が沸きませんよ、俺」

 

ゴルドスは苦笑いを浮かべた。

 

 

 

その頃、ロブは南イルバースのゴロツキ達との喧嘩に明け暮れていた。

ゲルマックとの鍛錬、個人での鍛錬はもちろんだが、それでは足りない、強くなれないと焦りとストレスを感じ始め荒れるように喧嘩を売るようになっていた。

 

二年前、忍び込んだ闘技場で初めて見たゲルマックの本気に戦慄し、歓喜を覚え、自分はまだまだ強くなれると心に言い聞かせた。

半年前、グラハムが戦闘の才能の片鱗を見せつけて以来ロブは更に焦りを覚えていた。

別にそこまで強くなる必要はない、しかし年下に、弟弟子に追い抜かれるのだけは嫌だった。

もう何年も使い続けいつ折れるかもわからない血塗られた鉄パイプを握りしめてロブは進む。

 

進むごとに壁は近くなっていた。

まだ建設途中だが、近々完成すると言われている巨大な壁には光学迷彩やら、ついでに街全体を覆い不審者の侵入も妨げるらしい。

本来ならばデジオンがゲルマックに負けた時点で建設は中止になるはずだったのだが、大陸一の大都市であるリーノイアがイルバースを街として認め全面協力するという名目で建設は進んでいる。

南北をわける壁に関しては未だに反感を買っているが、北の高等遊民や富裕層の人々が安全かつ都合よく暮らすために建設は続いていた。

南の意見など一切聞く様子はなかった。

 

「ローブー!」

 

「.....また来たのかよ、ザルド」

 

ハァ、と呆れるように溜息を吐きながら鉄パイプを肩に添える。

ザルド・イルバース、北に住むジネット・イルバースの息子(自称)という大物人物のはずなのだが、毎日毎日南にやって来てはロブに絡んでくる。

 

「一体何の用だ、毎日毎日。前も言ったけど北には移住しないぞ、行ったら確実に腕が鈍る」

 

「そのことに関しては諦めたよ、お前にはお前の道があるしな」

 

ハハハ、と笑いながらザルドは明るい表情を浮かべる。

 

「実はさ、五年後に国王様がここに視察に来る手筈になったんだ!」

 

「国王、ってリーノイアの?」

 

「あぁ!イルバースを正式に街と認めてくれるかもしれない!大きな一歩だぜ!」

 

ヒャッホー!とザルドは興奮しながら熱く語る。

 

「でも五年って結構後だな」

 

「その五年の間にイルバースを街として形だけでも整えようと父さん達が今頑張ってるんだ、目指すは大都市!」

 

「それで、その息子は手伝いもせずに俺に会いに来たと」

 

「馬鹿言え!報告しに来たんだよ、朗報だからな!」

 

「悪いが興味ない」

 

ザルドはガビーン、という擬音が目に見えそうな表情を浮かべる。

 

「ま、何にせよ少しは暮らしやすくなるのはたしかなんだろ?」

 

「ま、まぁそうかな?」

 

「.....なぁ、ザルド。家族ってどんな感じなんだ?」

 

「家、族?」

 

ロブの突然の問いかけにザルドはポカンと呆気に取られる。

 

「俺は両親の顔を覚えてない、でもゲルさんに会えてよかった。あの人が俺にとっての父親だ、あの場所に戻ればゲルさんがいてグラハムがいてうざいけどゴルドスもいる。それだけで俺は救われた気分になる」

 

ロブは頬に着いた血を拭いながら続ける。

 

「でもさ、家族。俺には家族がいない、お前には父さんと母さんがいるだろ?だから、教えてくれよ」

 

「.....何、言ってるんだ?」

 

ザルドが呆れたようにロブをジト目で見つめていた。

 

「家族なんて、自分の帰る場所に待っててくれる人達のことだろ?お前にとってそいつらが家族じゃないのか?」

 

ザルドの返答にロブは目を大きく見開いた、同時に気付かされた。

 

「そう、かもな」

 

ロブは久々に笑った気がした。

今日もイルバースでは壁の建設が進められている。

五年後にやって来る国王を迎えるための準備と共に。

 




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